はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

花嫁の秘密 274 [花嫁の秘密]

「ダンスでも申し込んだらどうだ?」

サミーは目の前のいかれた男を睨むように見つめた。デレクは突如目の前にジュリエットを登場させただけでは飽き足らず、この僕に踊れと言う。

「踊るのは好きじゃない」きっぱりと言い切った。「誰とでも」ジュリエットの手前ひと言付け足すのも忘れなかった。相手が誰であろうとも、僕は踊ったりしない。

「サミュエルを困らせるのはやめてちょうだい」ジュリエットがデレクに向かって言った。くすくす笑い、まるで自分の飼い猫にちょっかいを出された時のような口調だ。

彼女との関わりを一切絶つと決めたのはほんのわずか前の事。新聞社にも僕たちのことを記事にするなと告げたばかりで、よりによってこんな場所で遭遇するとは思いもしなかった。いったいいつ彼女はこっちへ出てきたのだろう。この場で彼女に冷たくするのは得策ではないが、かといってこれまでのような振る舞いはできない。

サミーは溜息を吐きたいのをなんとか堪えた。
仕方がない。さっきからずっと僕の様子をうかがっている二人に助けを求めるか。

サミーは視線を舞踏室の入り口に向けた。もう彼らはこっちへ向かって歩いてきている。ふいにエリックはこのことを知っていたのではという疑惑が頭をもたげた。ジュリエットと僕を対峙させるため、わざわざこの集まりを選んだ。そう考えるとしっくりくる。

やけに擦り寄ってきていたのも、僕を思い通りに動かそうって魂胆だったのでは?

「サミー、ここだったか」いかにもな、わざとらしいセリフ。誰もがエリックを胡散臭いと思うのもこういったところからくるのだろう。

「君が迷子になってはと思って、動かずにいたんだ」悪いのは僕じゃないと肩をすくめる。

エリックの視線はすぐにいかれた男へと移った。「やあ、デレク。まさか、ナイト子爵未亡人――いや、今はレディ・オースティンと呼ぶべきだったか、一緒だったとはね。次の曲がそろそろ始まりそうだ。踊ってきたらどうだ?」

どうやらデレクの先ほどの言葉は、エリックの耳にも届いていたようだ。僕の代わりにやり返すとは、エリックへの怒りは収まらないが、この場で争うような真似だけは避けることにしよう。

「そろそろ父のところへ行かないと」デレクはひきつった笑みを顔に張り付けたまま言った。「レディ・オースティンはゆっくりしていってください。では」そそくさと去っていく姿は、沈みゆく船から脱出するねずみのようだ。

デレクが行ってしまうと、ジュリエットはサミーの肘の辺りにそっと手をかけた。ほとんど触れるか触れないかで、相手がどう反応するのか出方を伺っている。「喉が渇いたわ、サミュエル」

「応接室に飲み物と食べるものがありましたよ」セシルがつと口を挟む。

ジュリエットは形よく整えられた眉を上げてサミーを見た。初対面のセシルを紹介しろといった様子。当然知らないはずはないのだが、こういう形式ばったやり取りは必要なのだろう。

「ジュリエット、彼はセシル・コートニー。エリックの弟だ」

「はじめまして、ジュリエット・オースティンです。ジュリエットと呼んでください」親しげに振舞うのは、自分も家族の仲間入りを目論んでいるからか。

実際、彼女と結婚したらどうなるのか試してみたくてうずうずする。けどどうやってもうまくいかないのは明らかだ。それに、目の前の男がそれを絶対に許さないだろう。下手したらジュリエットに殺される前に、エリックに殺されてしまうかもしれない。

つづく


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花嫁の秘密 273 [花嫁の秘密]

ジュリエットの到着を確認したエリックは、中庭から邸内へ戻った。温室でちょっとしたゴシップも入手できたし、出だしは上々。

今夜の彼女はサミーを誘惑するためか、かなりめかしこんでいた。
と言っても露出は控えめ。サミーには大胆に持ち上げた胸を見せつけたところで、通用しないと理解しているからだ。腹立たしいのがドレスの色だ。まるでサミーに合わせたかのように、あのカフスボタンと同じ色をしている。

サファイアなんか選ぶんじゃなかった。

「リック!さっき、あの人を見かけた。サミーに知らせなきゃ」背後でセシルの慌ただしい声がした。すでにジュリエットに会ったようだ。

「わかってる、騒ぐな」エリックは声を低め、興奮する弟をたしなめた。役に立つとは思わないがせめて邪魔はするな。

「もしかして、もう中へ入っちゃった?」セシルは首を亀のように伸ばして舞踏室を覗き見る。

「デレクと一緒にな」

「止めなきゃ」

「正式に招待されているのにどうやって止めるんだ?しかも主催者と一緒にいるのに」ただ、なぜ二人揃ってサミーの前に顔を見せる必要があるのかってことだ。

ジュリエットがエスコート役を連れてこなかったからという理由ではなく、単にデレクはサミーの驚く顔を見たいのだろう。けど、残念ながらサミーはデレクの望むような反応はしない。

「ねえ、もしかして知ってたの?だからサミーに出席しろって言ったの?」セシルが恐ろしい事実に気づいたとでもいうように、目を見開きエリックを見る。

「いや、知らなかった」エリックはうそぶいた。

「嘘だっ!僕がリックの嘘を見抜けないと思ってるの?」

まったく、うるさいやつだ。「昨日知ったんだ」エリックは渋々認めた。本当のことをしゃべったからと言って何が変わるわけでもない。

「昨日?やっぱり!知ってたのにサミーに黙ってたんだ。早く助けに行かなきゃ」

「助ける?」エリックは失笑した。「あいつに助けはいらない。見てろ」

ちょうど音楽がやんだタイミングで人々が端にはけていく。おかげで入口に立つ二人には壁際に立つサミーがよく見えた。そしてサミーに近づく二人も。

サミーが自分に忍び寄る厄災に気付いた。顔色ひとつ変えないところが、サミーの強さを物語っている。正直なところもう少し愛想よくすると思っていた。サミーの考える計画に沿うなら、ジュリエットに結婚を出来ると思わせなければならない。

「ねえ、サミーってデレクのことなんで嫌ってるんだろう。昔何かあったのかな?」セシルが唐突に訊いた。

「過去、特に接点はない」けれど、確かに二人は以前からの知り合いで、相手を嫌うだけの何かが過去にあったはず。なぜ探っても出てこないのだろう。「さて、そろそろ行くか」

ジュリエットだけなら耐えられただろうが、デレクも一緒だと我慢もそろそろ限界のようだ。

つづく


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花嫁の秘密 272 [花嫁の秘密]

ジュリエット・オースティンは劇的な場面を演出するのを得意としている。

サミュエルがフェルリッジを発ったという知らせは、彼がロンドンへ到着する前にすでに耳に入っていた。なぜ急に家族の元を離れたのだろう。クリスと喧嘩でもしたのかしら。けどそれは到底ありえそうにもないことだった。二人の仲がうまくいっているとは思わないけど、サミュエルは穏やかで仮にクリスが喧嘩を吹っ掛けたとしても応じたりしない。

ジュリエットはすぐさまサミュエルを追い、翌早朝にはラッセルホテルのいつもの部屋に舞い戻っていた。ロンドンからそう遠くない田舎屋敷は現ナイト子爵から与えられたもので、完全にジュリエットのものだ。彼が結婚をしたことで、あらゆる場所の子爵邸を自由に使えなくなってしまい、さらには自由にできるお金も減った。

支援の申し出をしてくれた人は何人かいる。見返りを求める卑しい男の世話になるくらいなら、かつての恋人に頼み込む方がましだった。けれども、結婚したクリスは話を十分に聞きもしないうちに拒絶した。あんなみすぼらしい子供を妻にしたのは父親への反発だろうか。もう死んでこの世にいない人の事なんてどうでもいいのに、なぜ素直に一族のしきたりに従わなかったのだろう。

もちろんわたしが相応しくないことは理解している。クリスと出会ったのは最初の結婚が終わった時だった。約二年の付き合いでわかったのは、情熱的なこの赤髪だけでは結婚は無理だということ。

ジュリエットは自分でも予想もしなかったほど、感傷的な気持ちになった。こんな場所でクリスのことを考えるなんて馬鹿げている。せっかくデレク・ストーンが機会を与えてくれたのに、ぐずぐずしていたらサミュエルを取り逃がしてしまう。

でも、なぜデレクはわたしに協力するのかしら。尋ねてもきっと教えてはくれないでしょうけど、ただ親切なわけではないことは理解している。

舞踏室の入り口には、ジュリエットをエスコートするためデレクが待っていた。

「ようやくお出ましか」

「お父様はどちらに?」

「父は広間で寄付金集めをしている。そして君のお目当ての人物は、舞踏室の片隅で退屈そうにしている。君が来たと知れば、とても喜ぶだろうね」黒い瞳に浮かぶのは善意か悪意か。

「もっと楽しい場所へ案内してあげればいいのではなくて?あの人はダンスをするようなタイプではないわ」ジュリエットは思わず指摘せずにはいられなかった。

主催者が客を退屈させるなどあってはならないこと。特にサミュエルのような裕福な人物は、もてなしすぎるくらいがちょうどいい。デレクはこの集まりで大金が動くことを知らないはずないのに、もう少し慎重に行動すべきだわ。

「よく知っているような口ぶりだな。元恋人の弟だから当然か」デレクの視線はサミュエルに向けられていた。

「あなたとこういう話をするのが適切だとは思わないわ」なぜかひどく侮辱されている気分。確かにサミュエルの事を何もかも知っているとは言えない。いえ、ほとんど知らないと言ってもいい。ホテルでたまたま一緒になって楽しい時間を過ごしただけ。サミュエルは淑女らしからぬ愚痴にも真剣に耳を傾けてくれた。結果的にクリスの悪口を言ってしまったようなものだったけど、サミュエルは気にも留めていなかった。

それから何度か会って、散歩やお茶といった健全すぎるデートを楽しんだ。
そのなかでも、キャンベル夫人のパーティーはとても刺激的だった。彼はたかがゲームでも容赦なかった。おかげでわたしの懐は少し余裕もできたし、サミュエルとの仲もより近づいたのではないかしら。

「さあ、行こうか。あいつの驚く顔が目に浮かぶよ」

ジュリエットはデレクの差し出した腕を取って、ようやく舞踏室へと足を踏み入れた。

つづく


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花嫁の秘密 271 [花嫁の秘密]

セシルは舞踏室を出て、食べ物にありつけそうな場所を目指して廊下を歩いていた。

ここに到着してまだ一〇分ほど。チャリティーの集まりだと言うからもっと、なんていうか、もっと静かな会を想像していた。けれども実際は通常の舞踏会と変わりなく、ダンスの申し込みを期待する未婚の令嬢の視線をかわさなきゃならないなんて思いもしなかった。

リックの言うことは話半分に聞いておくべきだった。しかもそのリックは到着するなり姿を消した。きっと何か企んでいるのだろうけど、案外サミーがこの場に馴染んでいたことに驚かされた。社交的な印象は全くないし、きっと人が多い場所は苦手だから静かな図書室辺りに引っ込むと予想していた。

結局逃げ出したのは僕の方が先だった。

狙い通り、応接室には美味しそうなものがたくさんあった。レディたちが夢中なデザートは後にして、まずはお肉。それともデザートを先に食べておかないとなくなっちゃうかな?牛フィレ肉をパイ生地で包んで焼き上げたものを、給仕係に大きめにカットしてもらって、それを手に壁際の静かな場所に腰を落ち着けた。

こうして全体を見渡せる場所で、怪しい人物がいないか観察することにしよう。サミーに例の四人のうち二人は教えてもらった。主催のブライアークリフ卿の長男デレクと準男爵のシリル・フロウ。マックス・ホワイトは不参加で、正体不明の四人目の男は姿を見せるのかどうか不明。もしかするとすでにパーティーに何食わぬ顔で参加しているかもしれない。

ロジャー兄様のために、適度に愛想を振りまかなきゃいけないのが何とも落ち着かないけど、とにかくコートニー家の評判を保ちつつ、行儀よくしておけば問題はないだろう。リックが何かやらかさなきゃいいけど。

ソースをたっぷりつけた上等な肉を口に運んでいると、給仕係が飲み物を持ってきた。トレーの上には様々な種類のアルコールが乗っていたが、セシルは炭酸水を頼んだ。アルコールは味覚をだめにする。せっかくの料理を心行くまで味わえないのは親不孝と同じく忌むべきものだ。

ブライアークリフ卿がケチでなくてよかった。こんなに素晴らしい料理にありつけるなんて、これならクリスマスに騒々しい場所へ出てきた甲斐もある。せっかくだからマッシュポテトも付けてもらえばよかった。

出入りする人をぼんやりと眺めていたら、廊下を見覚えのある女性が通り過ぎて行った。

まさかね?でもいくら僕が街の事情に詳しくなくても、あの炎のような髪の毛を彼女以外の誰かと勘違いするはずない。サミーは知っているのだろうか、ジュリエット・オースティンが来ていることを。

おそらく彼女はテラスから中に入ってきた。庭で何をしていたのだろうか。外は寒いしクリスマスの飾りつけがされている場所を除けばほとんど真っ暗だ。

とにかく、こうしてはいられない。まだお肉しか食べてないけど、サミーにこのことを知らせなきゃ。

セシルは残りのお肉を口の中に押し込み、名残惜しげに席を立った。

つづく


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花嫁の秘密 270 [花嫁の秘密]

「サミー、支度は出来たのか?そろそろ出ないと――」

なかなか姿を見せないサミーを呼びに部屋までやってきたのだが、相変わらずこいつの正装姿には見惚れずにはいられない。昨夜とはまた違った雰囲気だが、何が違うのだろうか。

「勝手に入ってこないでもらえるかな」鏡台の前に立っていたサミーは振り返りもせず言った。

「勝手も何も、お前が遅いからだろう?何をてこずってる?」エリックはサミーの言葉などまるで無視して部屋の中へずかずかと入った。いつまでも他人行儀な態度を取るなら、思い知らせてやる。

「別に。すぐに降りるから下で待っていてくれ」

使用人にクリスマス休暇をやったらしいが、せめて出かけてからにすれば支度も順調に整っただろうに。

「カフスボタンで悩んでいるのか?」エリックはサミーの背後に立ちぴったりと身を寄せた。手元には紫檀の小箱が置いてあり、カフスボタンがいくつか無造作に転がっている。ダグラスが見たらゾッとしそうだ。「そのサファイアのにしろ」

サミーが反抗する前にエリックはサファイアの埋め込まれたカフスボタンを手に取った。サミーを振り向かせると手首を掴んでそこに口づけた。サミーは目だけで不満を訴えたが、手を引っ込めはしなかった。

「前から思っていたが、お前にルビーは似合わない」まずは右から。袖口を折り返しカフスボタンをはめる。次に左の手首を取って自分の方へ引き寄せた。さっさとしろとサミーが睨んできたがエリックは取り合わなかった。このくらいのご褒美は貰って当然だ。

「なぜ?僕の髪が赤くないからか?」

「いや、お前のこの瞳にはサファイアが似合うからだ。まさか、いまさら赤毛だったらとか思ったりしていないだろうな?」俺がどれだけお前の繊細なこの髪に惚れているか今教えてやってもいいが、残念ながら時間がない。

サミーはそっと目を伏せた。「だとしても、何も変わらないだろう?僕とクリスの歩んできたすべてが逆だったとも限らないし」

すべてが逆でなかったとしても、サミーがメイフィールド侯爵だということははっきりしている。もしかすると妻がいて子もいたかもしれないと思うと、エリックの胸は鋭いかぎ爪で引き裂かれたような痛みに襲われた。もしもなど、考えるべきじゃなかった。

「せいぜい歳がひとつ上なだけで、お前はもっと意地の悪い偏屈な男になっていただろうな」

サミーはムッとしてエリックの手を振り払った。「かもね。あ、そうだ、セシルが僕が君のことをどう思っているのか聞いてきたよ」

「なんだって?」声が裏返った。

サミーは期待した通りの反応を引き出せたからか、満足そうに片方の口の端をあげた。「君が僕の後ろを子犬みたいにくっついて歩いているから、気になったみたいだ」追撃することも忘れない。

あんのっ!くそっ!兄を怒らせてただで済むと思うな。「それで?お前はなんて答えた」エリックは噛みつかんばかりに訊いた。

「別に、どうとも」そう言って、ハンガーにかかる上着を取ると、なめらかな仕草で袖を通した。

「別に?どうとも?」答えなかったてことか?いや、違う。こいつは、この期に及んで別にどうとも思っていないと答えたんだ。昨日の今日でよくもそんなことが言えたもんだ。

「僕を八つ裂きにしたそうな顔をしているところ悪いけど、そろそろ行かないと君の計画とやらが崩れてしまうんじゃないかな」サミーはひらりと手を振り部屋を出た。

「八つ裂きにしたいのはセシルだ。お前は、今夜寝かさないから覚えておけ」エリックは怒鳴るように言い、とにかく追いかけた。

つづく


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花嫁の秘密 269 [花嫁の秘密]

セシルの言った通り、エリックはアフタヌーンティーの時間に戻ってきた。朝出掛けた時とは着ている物が変わっていたが、サミーは気にしないようにした。エリックがどこで何をしていようが、自分には一切関係ない。

「まさか一日中そこに座っていたわけじゃないだろうな」エリックは外した手袋をソファテーブルに投げ出し、サミーの隣に座った。

「当たらずとも遠からず、てとこかな。ほとんど動いていないからね」エリックからは埃っぽく湿った匂いがした。一日外にいたのだろうか?

「リック、チョコレートありがとう。すごく美味しい」一日のほとんどを図書室で過ごしたセシルは、チョコレートをそばに置いて、朝読み始めた本をすっかり読み終えていた。

「もう半分も食べたのか?ったく、もっと味わって食えよ」エリックは顔を顰めてみせたが、口元はほころんでいた。

「味わってるよ。サミーなんて感動しちゃってさ、ちょっとずつかじって大切そうに食べてたよ」からかいの言葉も、相手がセシルだとそう嫌でもない。朗らかで無邪気なところが、アンジェラと重なるからかもしれない。

「ふーん、満足したならそれでいい。ちゃんと下のやつらにも届けてくれたんだろう?」エリックは横目でサミーをちらりと見て言った。

「プラットがみんなに配ったって。大喜びしてたよ」セシルが答える。

「僕はプラットのあんな顔初めて見たよ。常々執事らしさに欠けるとは思っていたけど、あそこまで感情を出されると、普段の僕たちがとてもひどい雇い主だと思わざるを得ないね」サミーは嘆かわしいとばかりに吐き出した。

「プラットは二代目だっけ?そのうちダグラスみたいに優秀な執事になるさ、きっと」帰宅した時に姿が見えなかったせいか、言葉は尻すぼみになった。

「それで、なんでチョコレートなんて贈ってきたんだ?」さも、物のついでといったように尋ねた。

「通りで見かけたからちょっとな」エリックはニヤリとした。それ以上は言うつもりはないらしく、サミーも追及はしないことにした。

「ブライアークリフ卿のパーティーにはごちそうは出るのかな?チャリティーがメインだから質素だったりするのかな?」セシルは心配そうな顔でチョコレートの箱に蓋をした。もしもに備えて大切にとっておくことにしたようだ。

「客に金を出させるために豪勢にもてなすだろうよ」エリックは適当に言って、サミーのカップを取ってポットから紅茶を注いだ。誰もエリックのためにカップを持ってこないのだから仕方がない。

「くだらない絵画にお金を出すつもりはないけど、今回は孤児院への支援金集めだと聞いたから協力は惜しまないつもりだけど、代わりに変なもの送り付けてきたりするだろうか」サミーは干からびたサンドイッチの皿を押しやりながら訊いた。

「くだらない絵画でも送り付けてくるんじゃないのか。新進気鋭の新人という名の素人の描いたものを」エリックは皿を押し返した。

「やめてくれ」ありそうで笑えない。「デレクは今回どんな役割を?ホスト役は向いてなさそうだけど」

「愛想の振りまき方くらいは知っているだろう。お前はあいつには近づくな」

だったら僕は何のためにパーティーへ?サミーは喉元まで出かかった言葉を飲みこんだ。

「ねえ、僕の役割って何?」セシルが念のため尋ねた。

「コートニーも慈善事業に関心はあるってことを見せておくだけでいい。後々ロジャーの役に立つだろう」

エリックがこのパーティーに出席を決めたのは、きっとそれが理由なのだろう。狙った獲物もいて一石二鳥ってところか。

狙われているのは僕なのに、サミーはそう思わずにはいられなかった。

つづく


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花嫁の秘密 268 [花嫁の秘密]

お昼少し前、ひと眠りしたサミーは空腹を覚えて階下へ降りた。
体力は少し回復したものの何か適当におなかに入れないと、今夜を乗り切れそうにない。昨日はどうかしていた。今後はエリックがベッドに入って来るのを阻止しなければ、身体がいくつあっても足りない。

パーティーに参加するのは久しぶりだ。ちょっとした集りは別としたら、クリスが開いた仮面舞踏会ぶりだろうか。アンジェラの仰々しい仮面姿を思い出して、サミーは微笑んだ。

主役だから当然目立って然るべきだが、目立たないために仮面舞踏会にしたらと提案したのに、まったく意味のないものになっていた。でも、あれで自信をつけたからこそ、来シーズン社交場へ出ることも躊躇いつつ決断していた。

僕は反対だけれど。

セシルはまだ図書室にいるだろうか?セシルがそこにいれば、きっと何か食べるものがあるに違いない。ああ、そうだ。使用人たちのクリスマスのパーティーはどうなっているのだろう。本当なら年明けまでゆっくりと過ごせたのに、予定を早めたばかりに彼らから楽しみを奪ってしまったとなれば、後で何を言われるかわかったものではない。

もちろん不満はクリスへ向くのだが、アンジェラに矛先が向かないとも限らない。プレゼントはあらかじめプラットに渡しておいたが、午後は休むように言って、クリスマスパーティーも思う存分楽しめと伝えておこう。

暖かな図書室に入ると、数時間前と変わらない場所にセシルがいた。身体をすっぽりと覆う布張りの椅子に包まれて本を読んでいた。目の前のテーブルにはティーセットと見慣れない包みが。

「誰か来たの?」客が来たなら、なぜプラットは僕を呼ばなかったのだろう。

「ん?」セシルは本から顔を上げて、サミーを見た。「ううん、リックから」

エリックから?「戻ってきたの」

「これだけ届いたんだ。自分のは先に開けちゃったけど、サミーの分もあるよ。すごくおいしいから食べてみて」セシルは箱を手に取り、サミーに中身を見せた。

「どうしてチョコレートなんか……」しかも<デュ・メテル>の。一粒いくらすると思っているんだ。「何かメッセージカードは付いていなかったのかな」朝と同じ椅子に座って、自分に用意された箱に触れた。緑と赤のリボンの端が美しいらせんを描いている。

「なかったよ。でも、クリスマスプレゼントじゃないかな?」セシルは気にするふうでもなく、チョコレートを一粒口に運んだ。

わざわざ?「彼がどこへ出かけたか知っているかい?」色々招待を受けていると言っていたから、そのうちのひとつなのだろうけど、いったいどこで何をしているのやら。

「さあ、でも、アフタヌーンティーの時間までには戻るんじゃないかな。支度もあるし」

「そうだろうね」サミーは諦めまじりの溜息を吐いた。エリックの行動がそうやすやすと読めるはずない。

頃合いを見計らったように、プラットがサンドイッチと熱々の紅茶を持ってきたを見て、サミーはあれこれ考えるのをやめて、セシルとお茶を楽しむことにした。

つづく


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花嫁の秘密 267 [花嫁の秘密]

クラブの再開は年明けか。あと一週間ほどで退屈を極めている面々が集うわけだ。

「それで、なぜあの屋敷を手に入れようと?あなたはこの界隈にいくつか住まいをお持ちでしょう?」陰気な顔の男が出て行くなり、ジェームズが口火を切った。

すでにこちらの事は調査済みってことか。エリックは感心せずにはいられなかった。いくつかの住まいのうち公にしている――特に隠していないと言う意味だ――のは二つ、きっとこの男は残りの隠れ家も把握しているのだろう。いったいどんな調査員を雇っているのだろうか。

エリックはコーヒーカップに手を伸ばし、ゆったりとした仕草で口に運んだ。うむ、なかなかいける。

「売りに出ていたからとしか言いようがないな」いったいどんな説明を求めている?こちらの素性は把握しているのだろう?

「そうですか、うまく話がまとまればよいのですが」

敵意を見え隠れさせているジェームズは、これ以上追及するのはやめたようだ。ほっそりとした指先で上品にティーカップの持ち手をつまみあげ、形のいい口元に持っていく。すべてが洗練されていて、ジェームズがどのように育ってきたのかがうかがえた。いつでも自分を律することを優先して、感情をあらわにして無茶な行動を取ることはないのだろう。

だが俺は我慢強く自分を律するなんて御免だ。身分はさておき――誇れるほどでもないので――ジェームズより歳は四つも上だ。多少尊大な態度に出ても、今後に影響することはないだろう。

「ところで、クラブの会員には誰の推薦があればなれるんだ?」コーヒーの横に添えられていた小さな焼き菓子をぽいっと口に投げ込んだ。ジンジャーか。これだとコーヒーより紅茶の方が合うな。

「うちのですか?」ジェームズは目を丸くして心底驚いた顔をした。なかなかお目にかかれない表情だ。

「ああ、君が経営するクラブがスティーニークラブ以外にあるなら別だが」エリックは慇懃に応じた。

「これまででしたら、既存の会員の推薦があれば調査してオーナーが入会を許可するかどうか決めていましたが――」ジェームズは返答に窮して口を閉じてしまった。素早く考えを巡らせているようだが、何と答えるのが正解なのか見極められずにいるのだろう。

「今のオーナーは君だ」決定権がジェームズにあるのかは不明だが。「それに会員の選別も行っていると耳にした。そこに俺が入る余地はあるのか確認しておきたい」

「資産状況などいろいろ調べることになるとは思いますが、その辺はクリアされるでしょう。けれど、あなたの仕事ぶりを見るに安易に許可をすることはできないと思います。それにクラブの趣旨にあなたが賛同されるとは思えませんが」

クラブの趣旨ね。俺が知らないと思って言っているのか、それともすべて承知だと理解して言っているのか、どちらだろうか。
このクラブの面白いところは、会員以外のほとんどが普通の何の変哲もないクラブだと思っているところだ。多少の乱痴気騒ぎなどどこのクラブでもよくあることで、ついこの前も娼婦を大勢招き入れてバカ騒ぎをしたところだ。いったいなんだって、色々な意味で男だけの紳士クラブであんなことをしたのか、無事入会出来たら聞いてみたいものだ。

「案外見る目がないんだな。あと、職業で差別しないでもらいたいね」

「以前うちのクラブにした仕打ちを忘れたとは言わせませんよ」ジェームズは片眉を吊り上げた。

「ちょっとゴシップ記事を載せただけだろう?」別に秘密に触れたわけではないし、ほんの少し世間から叩かれただけで、一番被害を被ったのはバーンズの兄でジェームズに文句を言われる筋合いはない。

「本気で入会を希望するなら審査はしましょう。それと、クロフト卿の屋敷を手に入れたいのなら、あの方と話をしても無駄でしょうね」

それだけは言われなくてもわかっている。でも、とてもいいアドバイスをもらったので、今日の所は引き上げることにしよう。

つづく


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花嫁の秘密 266 [花嫁の秘密]

ジェームズ・アッシャーはエリック・コートニーについて今朝までほとんど知らないも同然だった。

もちろん彼が普段何をしているのかは知っていた。いくつかスティーニ―クラブにまつわる醜聞を記事にされたことがある。どれも他愛もないもので、こちらの痛手とはならなかったが、あまり敵に回したくないタイプだと認識していた。

その彼がパーシヴァルの屋敷を手に入れたがっている。なぜという疑問しかない。最初はてっきりテラスハウスの方だと思っていたが――売りに出しているのもそっちだと思っていた――メイフェアのあの屋敷はお買い得でもないし、少々手狭だ。買い取って貸し出すという考えもあるが、家賃収入で購入金額を回収するのにいったい何年かかるやら。

このままエリックにはお帰りいただくのが正解だが、少し探っておくのも悪くないだろう。

「わたくしの執務室でよければお茶でもいかがですか?ご要望であればクリスマスティーもご用意できますが」

「できればコーヒーで」エリックは中庭に目を向けている。執務室は向こうにあると思っているのだろう。口調に尊大さが滲み出ていたが、身分はこちらが圧倒的に低いので仕方がない。

「今朝焙煎したてのものが届いたばかりです」そう言いながら、書斎の隣の自分の執務室へ案内する。玄関広間で客が帰るのを待っていた執事が、ぬかりなく従僕にキッチンへ行くように命じていた。

今朝、クレインという男の対応をした者は誰だったのだろうか。ちょうど談話室に人が多くいた時間帯で誰が対応してもおかしくなかった。もしかするとエリックがわざわざヒナの好物を持参したところを見るに、ダンかウェインが話をしたのではないだろうか。特にウェインはいかにも余計な情報をぺらぺらと喋りそうではある。まあ、これはあとで確かめておこう。

とにかく、パーシヴァルがエリックとの面会を断らなかったのは、近侍であるロシターがうまく話をつけたからだろう。ただ、この話がすぐに自分に届かなかったことは腹立たしくもある。きっとパーシヴァルがわざと言わなかったに違いない。

廊下のあちこちにプレゼント箱が置かれていて、ずいぶんと浮かれた屋敷だと思ったことだろう。子供が一人でもいればこうなってしまうのは仕方がない。ヒナの保護者であるジャスティンはヒナの為ならなんでもするし、なんでも与える。あまり甘やかすなと言っても聞きはしない。

図書室の前を通り過ぎたがドアは閉まっていた。いったい二人で何をしているのやら。

「狭いですが、どうぞ」ジェームズは書斎の隣のドアを押し開け、エリックを中に招き入れた。

ここに人を入れることはほとんどない。実際仕事の大半はクラブの方でするし、ここはちょっとした書き物や書類整理の時にしか使わないが、それでもとても居心地のいい場所だ。

書き物机の前の布張りの椅子に座るように促す。エリックは物珍しげにざっと部屋を見回し、腰をおろした。

「仕事はいつもここで?」

「時々。今はクラブが休業中なのでここで過ごす時間も増えていますが、年明けにはまた向こうで過ごす時間が増えるでしょうね」エリックの向かいに座って戸口に目をやると、左頬に大きな傷のあるエヴァンがティーセットを持って部屋に入ってきた。よりによってなぜエヴァンが給仕など。ジェームズはらしからぬ笑いをもらしそうになった。この客がヒナに害を及ぼさないかどうか確かめに来たのだろう。

自分も同じ理由で、エリックを引き留めたからよくわかる。彼がもしもパーシヴァルを害するなら、徹底的に叩き潰す。

つづく


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花嫁の秘密 265 [花嫁の秘密]

売る気はないのだろうと想像はしていた。それでもなんとか説得できればと考えていたが、そもそも話ができる相手ではなかった。ひとまず弁護士と話をした方がいいだろう。

エリックは腹立ちを隠そうともせず、応接室を出た。取り澄ました態度がどこかサミーと重なった。今朝のあいつの態度ときたら、可愛げもなにもあったもんじゃない。こういう自分の余裕のなさにもひどく腹が立った。

広間を通り玄関に向かいながら、ふと立ち止まる。中庭の向こうには悪名高い紳士クラブがある。会員になるにはどうすればいいか聞いておけばよかった。それも会話が成り立てばの話だが。

「話は済んだのですか、コートニー様」

ふいに背後から話しかけられ、エリックは振り返った。出迎えた執事より声が若かったためすぐに誰か察しがついた。まさに今、会員になりたいと思っていたクラブの新しいオーナーだ。別のクラブでバーンズと一緒のところを見かけたことがあるが、髪の毛一本の乱れも許さないといった潔癖さと、相手を一瞥しただけで凍りつかせる様な眼差しは、どこにいたって変わらないらしい。

バーンズとは兄弟同然で育ったものの、身分の差ははっきりしていると思っていた。けれども、いまだ一緒に住み、クラブも譲り受け、どこからともなく現れた子供を一緒に育てている。そこになぜかクロフト卿も加わり、疑似家族のようなものを作り上げている。謎でしかない。

「ええ」エリックは相手の出方をうかがうように、短く答えた。

「ジェームズ・アッシャーです。誰もアッシャーとは呼びませんので、ジェームズで結構です」なんとも抑揚のない声。眉ひとつ動かさず、初対面にもかかわらずファーストネームで呼べと言う辺り、おそらく同じように探りを入れるつもりだろう。

いったい何が知りたいのやら。「エリック・コートニーです。こちらもエリックで結構です」これから何度かこの屋敷にも足を運ぶことになる。それなら、この男とも親しくしておいて損はない。

「確か、クロフト卿の屋敷を購入したいという話でしたね」ジェームズはさりげない口調で切り出した。ここで根掘り葉掘り聞くつもりだろうか。せめて座って茶ぐらい飲ませろ。

「そのつもりでしたが、弁護士を通した方が良さそうです」エリックはクロフト卿との成立しない会話を思いだして、渋い顔になった。何よりまず、あの男には人の話を聞くところから教え込まなければならない。「ああ、そういえば、クロフト卿の好物はプロフィトロールだとか?」

「え?ええ、そうですが」ジェームズが戸惑うのも無理はない。実際クロフト卿の好物がなんだろうがどうでもいいことで、屋敷の購入にはなんら関係ないのだから。

「じゃあ、ヒナの言っていたことは正しかったってことか」

「ヒナに会ったんですか?」ひどく驚いた様子。

「クロフト卿よりも先にね。俺が好物のチョコレートを持って来ていたから、きっと吸い寄せられたんでしょうね」ぷらりと来て、めざとく“公爵のチョコ”を見つけてにこにこしていた。余程好きなのだろう。

「きっとクリスマスプレゼントだと思ったのでしょう。御覧の通り、子供ですから」

今舌打ちが聞こえた気がしたが、聞こえなかったふりをするくらいの良識は持ち合わせている。どうやらヒナに手を焼いているらしい。そう思うとクロフト卿は案外うまく扱っていたのかもしれない。

言われれば確かに、クリスマスイヴに手ぶらで――実際は手ぶらではなかったが――来るとは思いもしなかったのだろう。いや、もしかしてクレインがチョコレートを指定したのはそういうことなのか?チョコレート以外にも選択肢はあったが、もう店に頼んだ後で――やはり選択肢はなかった。

いったい、どういうことだ?クレインはこの屋敷の誰と話をつけたのだろう。知りたいことが山ほどあるが、特に茶を勧められないと言うことは、もう退散した方が良さそうだ。

つづく


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