はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

花嫁の秘密 ブログトップ
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花嫁の秘密 1 [花嫁の秘密]

十九世紀後半英国――

アップルゲート邸へと続く道をのんびりと馬車が進んでゆく。
屋敷のその名にふさわしく、並木道にはリンゴの木が立ち並び、ピンク色の蕾、小さな白い花を咲かせている。
馬車が屋敷へと辿り着き、使用人に手を添えられ、屋敷の女主人ミセス・コートニーが降り立った。

「あぁ、わたくしの天使――」
ミセス・コートニーは玄関で出迎えた娘のアンジェラに抱きついた。
「お帰りなさい、お母様。ロンドンはどうだった?楽しかった?」
アンジェラは好奇心いっぱいの瞳を輝かせ、母の腕に絡みつく。
「まあ、まあ、おてんばね」
そう言って二人はティールームへ連れ立って行った。

この屋敷には現在、ミセス・コートニーと娘のアンジェラが住んでいる。
アンジェラはコートニー家の末娘、上には兄が三人いる。

その三人の兄は現在ロンドンにいる。
長男のロジャーは、コートニー家七代目の当主で、ラウンズベリー伯爵の称号を頂いている。ロジャーは現在三十歳になるので、アンジェラとは十五歳も年が離れていることになる。
次男のエリックは自称ジャーナリスト。
三男のセシルは学生だ。

アンジェラは兄たちを羨ましく思っていた。というのも、アンジェラはこの屋敷の敷地から外へ出たことがない。
アンジェラの知らないロンドンでの生活、学校での生活、社交界、クラブ、一度でいいから覗いてみたい世界だ。しかしそう思う一方で、この屋敷から出て知らない場所へ行くことを恐れている。

女の子が欲しくてやっと授かった娘を、アンジェラの母ソフィアは溺愛している。
ソフィアはアンジェラを身ごもっている時に六代目のラウンズベリー卿である夫を亡くしている。
待ちに待った妊娠、高齢だったこともあり、身体に掛かる負担は予想以上に大きかった。そこに夫の死が重なり、難産の末、数日間意識不明で生死を彷徨ったのだ。
それ故、意識が戻って初めて見た我が子が天使に見えたのも頷ける。天使を意味するアンジェラという名前を洗礼名に選んだのもそれが理由だ。

「お母様、早く訊かせて?」アンジェラのヘーゼルの瞳がきらきらと輝く。
長椅子に並んで腰掛け、アンジェラは母の顔を覗きこむ様にして問いかける。母はいつもロンドンへ出掛けた後、アンジェラに楽しい話を聞かせてくれるのだ。

「それがね……すごい噂を耳にしたのよ」
ソフィアはたっぷりと含みを持たせて、アンジェラの好奇心に満ちた顔を伺う。

アンジェラはそんな母を見つめ、次の言葉をじっと待つ。
「ほら、チャリティーの集まりに参加したでしょ。その時にね、ロンドンの社交界での噂を耳にしたのよ。わたくしは、最初は聞き間違いだと思ったの、でも、本当なんですって。もう、わたくしなんて何年もそういう場所へ顔を出してないでしょ、だけど皆さまは違うからね。あっ、マーサ、先に紅茶をお願い」

ソフィアの話はいつもこうだ。話ベタなのか、話したいことがあり過ぎてまとまらないのかは分からないが、本題に入るまでが長いし、結局何が言いたかったのか分からない時もある。それでも、アンジェラには知らない世界の話は楽しくて、もっと聞かせてといつもねだってしまうのだ。

ソフィアは頼んだ紅茶を喉に通すと、続きを話し始めた。

「その噂って言うのが、あなたの事なのよ、アンジェラ」
ソフィアは舞台女優のように仰々しく大袈裟にその言葉を言い切って、満足そうに肩をそびやかした。

そうはいっても、母の言葉の意味が分からないアンジェラはきょとんと得意そうな母の顔を見る。
横槍を入れると、母の話は余計に遠回りをするため、アンジェラは大きな瞳をさらに見開き、その目で次の言葉を促すのだ。

ソフィアはまた紅茶を口に運び、喉を潤すと、アンジェラの手を取り話を続ける。
「少し前まではね、社交界の噂の中心は、ほら、何て言ったかしら……まあ、いいわ、とある公爵夫人だったんだけど――その公爵夫人は社交界をデビューしてから結婚してもなお中心で居続けたのに、それが今はアンジェラ、あなたが社交界の噂の的なのよ」
ソフィアは息を継いだ。
「ラウンズベリー伯爵の妹君は、それはそれは美しいらしい。誰の目にも触れることなく、領地の屋敷で大切に育てられている。あとは、なんだったかしら……あっ、そうそう、社交界デビューが待ち遠しい、それに、そんなに美しいならデビューする前に求婚するべきだ――本当に素敵だわ」

そんな噂、どうして広まったのかしら?
うっとりとする母を見つめながら、アンジェラは困惑していた。

「そんな噂当てにならないわ。それに、わたしはずっとお母様の傍にいるんだから、結婚なんてしないわ」
「ええ、もちろんですよ。わたくしが生きているのもアンジェラ、あなたのおかげなのよ。離れるなんて考えられないわ」
そう、だから、ソフィアはアンジェラをこの屋敷に閉じ込めるようにして傍から離さないのだ。
それは、アンジェラにもわかっている、それなのに、「でも、少しくらい寂しくても、あなたがいい家柄の家に嫁げるなら、お母さまは我慢するわ。それに、孫も楽しみだわ」と、母はまだうっとりとしたまま話を終えた。

つづく


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花嫁の秘密 2 [花嫁の秘密]

暫くソフィアはその噂に浮かれていたが、またこの屋敷で二人きりの生活が始まると他の楽しい事に夢中になっていた。

夏休みなり、三男のセシルがアップルゲートに戻って来た。

「ただいま、母様、ハニー」
セシルが母とアンジェラのいる家族用の小さな応接室へ入って来た。
「お帰りなさい、セシル」二人は声をそろえて返事をした。

ハニーとはアンジェラのニックネームだ。アンジェラははちみつ色につやつやと輝く髪の色をしている為、三人の兄には「ハニー」と呼ばれている。
セシルは、ごく薄い金色の髪の毛で柔らかくウェーブしている。瞳はアンジェラと同じでヘーゼルだ。

セシルはアンジェラの隣に腰掛けると、メイドに何かお腹が膨れる物を頼んだ。

「お腹すいちゃって」
歳の割に幼く見えるセシルが舌をぺろっと出して、アンジェラに微笑みかけた。

「セシルは、学校が始まるまでここにいるんでしょ?いっぱい学校のお話聞かせてね」
「うん、ロジャー兄様にも会って来たから、その話も後でするよ。とりあえず、今は何か食べたい」
上の二人の兄とは違い、かわいい顔の二人が微笑み合う姿は、母ソフィアにとっては幸せそのものだった。

間もなく、サンドウィッチとシードケーキ、紅茶が運ばれてきて、セシルは一気にそれらを平らげると、母とアンジェラに土産話を始めた。

*****

夜になりアンジェラの部屋にセシルがやって来た。
セシルは窓際の椅子に腰かけ、少しだけ真面目な顔でアンジェラの顔をじっと見て口を開いた。
「ハニー、さっきは母様がいたから言えなかったけど、ロンドンで大変な事になってるんだよ」
「大変って?」
アンジェラは不思議そうな顔で訊いた。
「ハニーの噂だよ。ロジャー兄様が言ってたけど、社交界ではコートニー家にはそれは美しく聡明な末娘がいて、それに相応しい嫁ぎ先を探しているとね」
「何言ってるの?探してなんかないし、その噂、以前お母様が言っていたわ。まだ、そんな噂が?」

「兄様も困ってたよ。紹介して欲しいって幾人にも言われたって……まだ、そんな歳ではないからと、なんとかかわしたってさ」

「それにしても、どうしてそんな噂が?だって、わたしのことって、その、あまり世間に知られてないでしょ。ただ娘がいるとしか世間の人は知らないはずよ」

「それは、おそらくリックの仕業かと……。ほらリックって、酒癖悪いし、酔ってクラブで大声で吹聴した可能性は拭えない。それに社交場にも一応出ることもあるし、あの軽さは、誰もが認めるからね」

アンジェラは深い溜息を吐いた。
「噂が消えるまで待つしかないわね。ロジャー兄様がきっとうまくやってくれるはずだし」

長男のロジャーは潔癖に近いほど真面目でお堅い性格なのだが、それとは対照的に自称ジャーナリストのエリックは遊び回っていて、その言動も軽く信頼度はかなり低い。
だが、一度広まった噂は何か別の話題がなければその分長引く。きっと社交場にロジャーが顔を見せる度、どこからともなく復活してくるのだろう。それだけ、今の社交界は噂話に飢えているのだ。

「それが……メイフィールド侯爵がその噂に興味を持ったらしくて――だから、普段は上手くあしらう兄様が困っていたんだ」

「メイフィールド侯爵……クリストファー・リード様のこと?」

「ハニー知ってるの?」

「ううん。直接は知らないけど、お母様の話に出て来た人だわ。リード家の印ともいえる、燃える様な真っ赤な髪の色をしているって言うあの方でしょ。でも、歳はずいぶん上だったはず……」

「うーん、そうだったかな?僕はあんまり世間の噂には疎いから」
セシルは学校生活で手一杯の為、世間の噂には構っていられないのだ。

「でも、どっちにしたって断るしかないでしょ。だって、わたし結婚なんて出来ないし……それに、お母様を一人に出来ない」

「結婚は、そうだね……でも、母様には僕もいるから大丈夫だよ」

再び耳にした、ロンドンでのアンジェラの噂は、結局二人の間ではどうすることも出来ず、その後はセシルの学校話で夜遅くまで盛り上がっていた。

つづく


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花嫁の秘密 3 [花嫁の秘密]

議会の閉会と共にシーズンも終わり、ロンドンにいる人々は一斉に領地へと戻ってゆく。

「お母様、ロジャー兄様はまだこちらにはいらっしゃらないの?そのまま本邸へ行かれるのかしら?」

「しばらくロンドンで用があるのですって。リックはどこにいるのやら……」
ソフィアはそう言った後、何かに気付いたように顔を煌めかせ、息を大きく吸い一気にしゃべり始めた。

「今度こちらにメイフィールド侯爵様がいらっしゃるのよ。ほら、春先に噂があったでしょ、あの噂で、あなたに是非会いたいのですってよ。侯爵様があんな噂程度でこちらまでやって来るなんて、何て光栄なんでしょう」あんな噂程度と言った母の顔はそんな風には見えず、うっとりと壁に掛けられているアンジェラの肖像画に目をやり話を続ける。
「アンジェラ、結婚って事になったらどうしましょう?侯爵はほらとてもハンサムで、パーティーに参加した女性はみんなあの方からダンスの申し込みを待っているのよ。とても優雅で、それはもう、貴族の中の貴族って方よ」

「お母様!わたしはまだ十五よ、結婚なんて――」
なんとか母を諌めようと口をついて出た言葉は、あえなく母に一蹴されてしまう。

「まあ、昔はもっと早くに結婚した子もいるのよ。それに早い方が子供を産むのにもいいに決まってるわ」
ソフィアは四十歳でアンジェラを出産し、死の境を彷徨ったため、その時の経験からやはり子供は早く生んだ方がいいという結論に達したのだ。

母には何を言っても無駄な事が分かっている。アンジェラは暫くして自室に戻った。

それから、アンジェラの世話をしているマーサを呼んだ。
もとは母の侍女だったのだが、アンジェラの誕生時からアンジェラの世話係になった。
マーサは四十代後半で、茶色い瞳に黒髪を頭上で丸く纏めている。
アンジェラはマーサを母のように慕っている。
母には言えない事もマーサには言える、いや、マーサにしか言えない事があるのだ。

「マーサ、聞いた?あの話」

「ええ、聞きましたよ」
マーサはおお恐ろしいという様に、両手を頬に当て肩を竦め震えた。

「わたしどうしたらいい?お母様本気よ」

「とにかく、侯爵様の訪問は避けられません。侯爵様がどういうつもりでこちらに来られるのかは分かりませんけど、こうなったら、ありきたりだけど、嫌われる事です」

「マーサ!そんなことしたら、兄様の顔に泥を塗ることになるわ」

「だから、それとなくそういう方向へ持っていくしかないと……」
マーサも困っていた。

「それに、わたし怖い。もしかしたら、ばれちゃうかも――だって、侯爵様はいつも綺麗な女の方を大勢見ていらっしゃるのに、わたしなんて……」

「お嬢様、それは大丈夫ですよ。こんなに愛らしくて美しいのに、誰があなたさまを男だと思いますか?わたしだって世話をしていても、男の子だってことつい忘れてしまうんですから」

マーサの慰めは喜んでいいのかどうなのか、アンジェラは複雑な気持ちになった。

出産後生死を彷徨ったソフィアは、意識が戻って初めて目にした我が子が天使に見えるほど愛らしく、もちろんその我が子が待ち望んだ女の子だと少しの疑いも抱かなかったのだ。
そんななか、子供を取り上げたマーサは本当の事が言えず、アンジェラをそのまま女の子だと言う事にしたのだ。
落ち着いたら話そうと思っていた真実を言えぬまま、洗礼を受けてしまい、そのまま長い月日が過ぎてしまったのだ。
アンジェラが自分の身体が女の子のものではないと気付いたのは十歳の時。それでも、そんな疑いは周りの自分に対する扱いで、そのまま特に気にしなかったのだ。
そして、十二歳の時に自分が男の子だと自覚し、マーサに相談したのだ。
マーサは泣いてアンジェラに謝った。
兄三人もアンジェラが男の子だと知っていたが、母がもしそれを知れば、正常ではいられないと思い、みんなアンジェラを女の子として扱っていたのだ。
その時アンジェラは男の子っぽい振る舞いをしようとしたのだが、それは誰から見てもおてんばな女の子にしか見えなかったのだ。
結局、アンジェラはそのまま女の子としての生活を続けることにしたのだ。
ただ、その時から自分は女でも男でもない人間になってしまったと、一度だけだがマーサの腕の中で涙が尽きるまで泣いたのだ。

アンジェラの秘密を知る者は、兄たちとマーサだけだ。
今回の侯爵訪問時には、侯爵にも母にもこの秘密を知られることなくやり過ごさなければならない。

つづく



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花嫁の秘密 4 [花嫁の秘密]

メイフィールド侯爵が訪れた時の事はあまり思い出したくない。

この日を境にすべてが変わってしまった気がする。
侯爵は当然のように『結婚』と言う言葉を口にした。
それはアンジェラに向かってではなく、母に向かってだった。もちろん母に求婚したわけではない。アンジェラに求婚することを、お許しいただきたいと母に申し出たのだ。

侯爵は歳は二十八と言った。そろそろ結婚してもいい歳だ。

アンジェラは自分の事を、まるで他人事のように傍で聞いていた。
アンジェラは完全に蚊帳の外だった。
結婚って、求婚って、こんな感じなの?と思わずにはいられなかった。

話し掛けられなければ、こちらから質問すらできないのに、侯爵はアンジェラに何も聞いてこようとしなかった。目線すら合わせてくれなかった。

侯爵がアンジェラに話しかけられない理由は、きっと母のせいだろうと思った。
母のお喋りは侯爵相手でも衰えることを知らなかった。

唯一アンジェラが口を開くチャンスがやって来た。

「素敵な髪の色ですね」そう言った。

侯爵は口元を僅かに上げると、「ありがとうございます」と返事をした。
アンジェラだけ気付いたことだが、侯爵はほんの一瞬だが不快そうに目を細めた。それもほんの少しだ。

これは言ってはいけない事だったのだ。
侯爵はその赤く燃える様な髪の毛を忌み嫌っている。
その理由は誰も知らないが、いつしか暗黙のうちに誰もがそのことには触れなくなったのだ。
だが、社交界に疎いこの屋敷の親子はそんなこと知る由もなかった。

それを知ることになったのはロジャーがアップル・ゲートにやって来てからだった。
侯爵の求婚話を聞かされたロジャーは驚きを隠せなかった。
この訪問はロジャーが段取りをしたものだったのだが、まさかいきなり求婚というところまでいくとは思っていなかったのだ。
もちろんそう考えなかったわけではないのだが、侯爵が何を考えているのかロジャーには理解できなかった。

「それなら、例の作戦は成功なんじゃない?」
セシルがおずおずと意見を述べた。ただいま兄弟三人で協議中なのだ。

「作戦?」ロジャーが訊いた。

「そうだわ。これでもし、侯爵様に嫌われたとしたら、結婚もしなくて済むし、社交界に疎いわたしの言葉ですもの、それでお兄様の顔に泥を塗ることにもならないと思うけど、どうかしら?」

侯爵に嫌われてしまおう作戦はきっと成功したのだと、その場の全員がその意見に一時納得したのだが、侯爵はどうやら求婚をやめるつもりはないようだった。

つづく


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花嫁の秘密 5 [花嫁の秘密]

アンジェラは朝食のときにはココアを飲むことにしている。
甘ったるくてほろ苦いココアは、味はもちろんその香りだけで満足させられる。

ロジャーは先に朝食をとり、セシルも既に済ませて朝の散歩へ出かけてしまっている。ということは母の相手はいつも通り自分がしなければならない。

「お母様、わたし、結婚なんてしたくないわ」
侯爵が屋敷を訪れた後、幾度となく繰り返されている言葉だ。

「大丈夫よ、アンジェラ。何も怖い事なんてないのよ、きっと侯爵様はあなたを大切にして下さるわ」

「どうして急にそんなこと言うの?今まで屋敷の外へ出ることも駄目だったのに、急に知らない場所へ行って、どうやって今までのように暮らせるって言うの?」

「それはね……求婚は急だったのかもしれないけど、婚約したらすぐに結婚という訳でもないんだから、その間に心の準備をすれば大丈夫よ」

アンジェラは手に持っていたカップを思い切りテーブルに叩きつけたい衝動を抑え、なんとか答える。

「わたしはまだ求婚はされてないわ」

「まあ、それは違うわ。わたくしに求婚することをお許し頂きたいと申し出られたのだから、求婚されたも同然よ」
母は嬉しくて仕方がないといった面持ちだ。

もう嫌だ、こんな会話。
お母様はわたしが結婚をして、侯爵家の跡取りを生んで、そしてわたしが社交界の華と謳われることを夢見ている。侯爵のせいで、母は急に変わってしまった。

アンジェラは無意味な会話を早急に切り上げ、朝食ルームを後にした。

部屋へ戻ったアンジェラはクローゼットの中から、適当な外着を探しベッドへ、放り投げる。

「マーサ、外出するわ、準備を手伝って」

「お嬢様、外出されるとは…?」
マーサは困惑気味にアンジェラを見ている。

「この屋敷の敷地から出るのよ。いいえ、どこまで行っても敷地からは出られないけど……とにかく、門の外へ出て、とりあえずは教会へ行きたいの」

「そんなこと奥様がお許しに――」

「許す?わたしは結婚させられようとしているのよ、ここからもうすぐ出されるのに、今外へ出られないなんておかしいわ!」
思わずマーサに八つ当たりのような言葉を浴びせる。
「ごめんなさい、マーサ。本当はお母様ではなく、マーサが反対していたのでしょう?わたしの秘密がばれないように、他の人と接触させないようにしていたのでしょう?」

「……ええ、そうです」
マーサは申し訳なさそうに俯く。

「いいの、責めてはないわ。でも、お願い、教会くらいいいでしょ。ボンネットで顔を隠すわ、ね」

マーサは結局折れた。

タータンチェックのドレスにボタンブーツ、顔をすっぽり隠せるほど大きなボンネットを被って、アンジェラの準備は整った。

マーサも連れ立って屋敷を出ようとする。

「マーサ、一人で行ってくるわ」
「お嬢様、いけません。女性が一人で外を歩くなど」

「ふふっ、わたしは女性でもないし、それに朝早くなら教会に一人で出掛けてもいいって知っているのよ」
そう言ってアンジェラは日傘を手に颯爽と屋敷の門をくぐった。

つづく


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花嫁の秘密 6 [花嫁の秘密]

屋敷の門の外に広がる、りんごの並木道。
秋になり実がなれば、香ばしいアップルパイが毎日のように食べられる。
そんな木を今まで見る事さえできなかったなんて――

屋敷から並木道を抜け橋を渡れば教会がある。
小さな教会で、少し朽ちかけている。牧師さんは大分年を取った方で、教会の隣に住んでいると母が以前言っていた。
この牧師館を中心に村が広がっているのだという。

アンジェラはとてもわくわくしていた。
初めて屋敷の門の外へ出たのだ。それも一人で。
知らなかった世界だが、案外屋敷の庭と大差ないのね、と今まで外へ出るのを怖いと思っていたことが馬鹿らしくなった。

ちょうど並木が途切れ、細い道と交差している場所までやって来た。
振り返ると、まだ屋敷の門は大きくその目に映った。だが、それでも満足だった。

アンジェラがまた前を向き教会までの道を歩き始めると、交差する道の脇から急に馬が現れた。
驚いたアンジェラは尻もちをついて転んでしまった。その拍子に手から落ちた日傘が転がる。
飛び出してきたと思った馬は、実際はゆっくりと歩み出て来ただけだったのだ。
転んでしまう程驚いてしまったアンジェラは、自分が恥ずかしくなった。
やはり初めての外出には少なからず恐怖心があったようだ。

立ち上がろうとするアンジェラの前に、すっと黒革の手袋に覆われた手が差し出された。
アンジェラは馬に人が乗っていた事にも気づいていなかった。差し出された手に驚き顔を上げると、鮮やかな赤が目に飛び込んできた。

メイフィールド侯爵!

アンジェラは差し出された手は取らなかった。一人で立ち上がり膝を軽く折り侯爵に挨拶をすると、脇に転がる日傘を拾う事も忘れ、そのまま教会に向かって歩き始めた。

打ちつけたお尻が痛かった。
アンジェラが着ているドレスはそんなに膨らみもなく、ドレスの下は下着とペチコートを一枚穿いているだけだ。ほっそりとした身体にはコルセットも不要だった。
もちろんそれらしく見えるように、マーサがドレスを仕立屋に注文した後で補正をしてくれているのだ。

とにかくアンジェラはこの場を早く去ることしか考えていなかった。だから、まさか侯爵に腕を掴まれるなど思いもしなかったのだ。

「お待ちください」
侯爵はアンジェラを振り向かせるように、掴んだその腕を引いた。

アンジェラは怖かった。普通ならこんなことありえないからだ。勝手に身体に触れてくるなど――
アンジェラはすっかり怯えきり何も言えず、侯爵のその手を振り払うことも出来なかった。

つづく


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花嫁の秘密 7 [花嫁の秘密]

アンジェラの怯えた表情に気付き、侯爵はそっと腕を離し、失礼を詫びた。

先日の訪問では話すことも顔を見合わせることも無かったのに、今はこんなに近くで顔を合わせている。
朝の柔らかい日差しのもと、侯爵の瞳に自分がどう映っているのかと思うと、アンジェラは顔を隠すように俯き、一人で外へ出たことを後悔していた。

侯爵はなぜ朝早くこんなところにいらっしゃるのかしら?
ふと、そんな疑問が湧き上がったが、それよりももっと、普段決して屋敷の外へ出ないアンジェラを待ち伏せていたのだとしたら、それは途方もない馬鹿げた行為だと思った。

だが侯爵は、ここ数日毎朝この馬鹿げた行為を行っていたのだ。

とても紳士とは思えない行為に怯えるアンジェラに、侯爵は先ほどの振る舞いなどなかったかのように、母が言っていた貴族の中の貴族といったような紳士的な態度へと変わった。
そして、アンジェラに直接結婚を申し込んだ。

アンジェラは狼狽えた。
当たり前だ。そんな申込みをこんな奇襲攻撃の様にされるとも思わなかったし、何よりそれを受けることが出来ないからだ。

侯爵の申し出に何と返事をしたのか分からないほど、頭の中が真っ白になり、気付けば屋敷に向かって走り出していた。
侯爵はその姿を驚いたように見ていたが、やがて走って追いかけて来た。
屋敷の門は目の前に見えているのに遠く感じる。ふいにマーサがこちらに向かってきているのが見えた。
もちろんマーサにもアンジェラの姿は見えていて、そしてその後の侯爵にも気づいた。
マーサも駆け出していた。

そして侯爵が追いついたところに、マーサがやって来て、アンジェラを隠すように抱き込んだ。
マーサは侯爵を見上げキッと睨みつけた。

「このような事を侯爵様とあろうお方がする事でしょうか?」
マーサの声は怒りに震えていた。その怒りは明らかに大事な娘が辱めを受けた母親の反応と同じものだった。
アンジェラは初めての体験にマーサの胸の中で泣きじゃくっていた。

侯爵が何か言おうと口を開きかけたが、それはアンジェラによって制された。

「マーサ、早く戻りたいわ」
そう言って顔を上げたアンジェラは、ほんの僅か侯爵を見た。だが、涙が滲む瞳では侯爵の顔は見えなかった。
マーサはそのまま侯爵に挨拶もせず、アンジェラを支えるように屋敷に戻って行った。

つづく


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花嫁の秘密 8 [花嫁の秘密]

クリス(メイフィールド侯爵クリストファー・リード)は明らかに失敗をしてしまったのだ。
こんな風に襲う様な事をするつもりではなかった。
差し出した手を取って貰えなかったことに、特に頭に血が上った訳でもなかったのに、つい腕を掴んでしまっていた。

どうかしている――そう思わずにはいられない。

更には怯える彼女に対して、正式に結婚の申し込みまでしてしまったのだ。もはや冷静だったとも言い難い。
もっとちゃんと然るべき時に然るべき場所でするはずだったのに、一体自分はどうしてしまったのかと、クリスは頭を抱えてしまっていた。

先日、屋敷を訪問した際、アンジェラに目を向けてもらう事すらできなかったのに、クリスはすっかり心を奪われてしまっていたのだ。

噂通り美しくかわいらしい乙女。
艶のあるはちみつ色の髪の毛はおろされたままで、着ているドレスも華美ではなく、余計な飾り立てもしていないその姿に、長年待ち望んでいた、侯爵家ではなく自分に相応しい花嫁を見つけた気がした。

家族以外誰の目にも触れていない彼女を、今のうちに自分のものにしてしまわなければと思った。
社交界にデビューしてしまえば、求婚者が彼女の前に列を作ることが目に見えていたからだ。

クリスはすぐさま求婚の申し出を、母であるソフィアにした。
ソフィアは二つ返事で了承したが、話が回りくどすぎて、アンジェラについて何も聞きだすことも出来ず、そのアンジェラとも話すことが出来なかった。
唯一アンジェラが口にした言葉は、クリスの髪の色についてだった。
クリスが忌み嫌っているこの色を、素敵だと言った。
皮肉にもクリスはその言葉に喜んでしまっていたのだ。
それは嫌だと思っていた髪の色を褒められ、ほんの少しだがこの色が好きになってしまうほどだった。

社交界では女性たちの心を捉えて離さないクリスだが、本当は紳士らしい振る舞いにもうんざりしている。
恋愛に疎いわけでもなかったが、こんなにも自分を見失ってしまうほどの恋は初めてだった。

でも、次は慎重にしなければならない。
屋敷の外へ出たことがないという噂はどうやら本当の様だ。
あんなにも怯えるとは思いもしなかった。

クリスはアンジェラの泣き顔を思い出していた。
飾り気のないその素顔、泣き顔さえも美しいと思ってしまった。

でも、もう駄目かもしれない……。

だがクリスが抱いた危惧も、アンジェラの母により、なんなく拭い去られてしまうのである。

つづく


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花嫁の秘密 9 [花嫁の秘密]

「それで先生、お母様の具合は?」

「今は薬で眠っていらっしゃいますが、目覚められても無理をなさらないように気を付けてあげてください」

「何の病気ですか?」
アンジェラはベッドで眠る母を気遣い小声でドクター・ブラウンに訊ねる。

「いえいえ、病気というほどではありませんよ。少し疲労が溜まってらっしゃるようなので、ゆっくりと休まれるのが一番なのです。持病の腰痛とあとは膝の調子も良くないようですし。まあ、お年もありますからね。心配するほどではありませんよ」
ドクター・ブラウンは鼻からずり落ちた丸っこい眼鏡を上へあげながら、鞄を手にすると次の訪問先へ向かった。

アンジェラはその言葉に安堵したが、母が倒れベッドに伏すのはアンジェラを出産して以来だ。やはり心配で堪らなかった。

階下に降り、先に応接室でくつろぐセシルの元へ向かった。
セシルはアンジェラ程心配をしてなさそうで、難しそうな本を読んでいた。
アンジェラはセシルの傍に腰をおろすと、気分を落ち着かせるためハーブティーをメイドに頼んだ。
しかし、ゆっくりとお茶を飲んでいても母が気になってしょうがない。

「どうしよう、セシル……お母様にもしものことがあったら……」

「大丈夫だよハニー。だってあのお母様だよ、すぐに元気になるさ。ちょっと興奮しすぎたのさ、例の侯爵のせいで……でも、これでお母様も落ち着くよきっと」
不安に顔を曇らせるアンジェラをセシルが明るく励ます。

実はアンジェラはあの日の出来事を誰にも言っていなかった。もちろんマーサにも口止めをした。
侯爵に求婚されたことはもちろん、腕を取られ、追いかけられたことも。
怖かったし、恥ずかしかったけど、それよりも屋敷の外へ出てはいけないと言われるのではと思うと言えなかったのだ。


それから数日後、ソフィアが倒れたという噂を聞きつけた侯爵がお見舞いと称して再びこの屋敷を訪れることになる。

*****

クリスはまず玄関先で執事に取り次ぎを頼んだのだが、まだミセス・コートニーはお会いできるほど体調が良くないと門前払いを食らいそうになった。
ならば、見舞いの品をお渡ししたいのでと、アンジェラに取り次ぎを頼んだ。
だが、アンジェラも気分がすぐれず無理だと、世話係のマーサに断られてしまった。
しかし帰りかけたその時、救世主ともいうべきソフィアが階段の手すりを慎重に掴みおりてきた。

ソフィアは服装の失礼を詫び、クリスを邸内へ招き入れた。
ほんの十分ほどの滞在だったが、クリスにとってはとても有意義な滞在となった。
だが、アンジェラに会えず、先日の詫びも言えなかったことが心残りだった。
しかしソフィアの前で謝るためには、あの日あった出来事を話さなければならない。
そうなれば、求婚どころか社会的信頼も失ってしまう。
結局アンジェラに会えなくてよかったのかもしれないと思いながら、クリスはアップル・ゲート邸を後にした。

つづく


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花嫁の秘密 10 [花嫁の秘密]

ソフィアの病気はセシルの言うとおり大げさなものではなかった。
やはり、アンジェラに対する侯爵の求婚で興奮し過ぎた事が原因らしい。

すっかり元気になったソフィアは、侯爵様のお見舞いのおかげだわと、うっとりとした視線をアンジェラに投げかけるのだ。

見舞いと称して訪問した侯爵を邸内に招き入れるとは予想もしていなかったアンジェラは、母を甘く見ていたとうっとりとした視線に絡め取られないように目を逸らした。

一体は母その時どんな話をしたのだろうか?
侯爵が先日アンジェラに求婚した事を言ってしまったのではないかと、気が気でなかった。しかし、それなら母は真っ先にそのことを口にするはずだ。
にこにこして上機嫌の母は珍しく焦らすようにどんな話をしたのか教えてくれなかった。

翌日朝食の席で、その上機嫌の理由をやっと教えてくれた。
それはロンドンの侯爵邸へ招かれたというものだった。

「ほんと、侯爵様は本気なのよアンジェラ。体調が良くなったら連絡くださいって。お迎えが来るのですってよ。きっと豪華な馬車がやって来るに違いないわ」

またしてもうっとりとするソフィアにアンジェラは何も言わなかった。
このままでは、結婚は避けられないし、侯爵邸へ行くなどとんでもない。
そうなる前に――侯爵邸へ行く前に、侯爵と話を付けなければ、そう思った。

アンジェラは部屋に戻ると早速マーサに相談した。
「マーサ、わたし侯爵様に会うわ。こうなったら失礼を承知で、断るしかないわ――だって、お母様には言えないもの……わたしが実は男の子だなんて。そしたらきっとお母様はショックで死んでしまうわ、ねえ、そうでしょ、マーサ」

「ええ、お嬢様。奥様にはとてもじゃないけど言えません……それに倒れられた後なら尚更です。でも、あの侯爵に会うなど――」
マーサは先日の出来事を思い出し身震いをした。
「でも、あんなに失礼な事をしたのですから、断られたとしても文句は言えないはずです」
そう言ってアンジェラの手をぎゅっと握った。

「そうよね、あんなこと……紳士のする事ではないのでしょ?」
アンジェラは自分が持っている知識を確認するように問う。

「そうですよ。殿方はこちらから挨拶をするまでは、声を掛けてはいけないのですよ。それなのに待ち伏せまでして、更には追い回すなど――紳士どころか、ならず者ですよ」
口元を震わせ吐き捨てるように言ったマーサは、怒りで頬が赤く染まっていた。

アンジェラは何とかマーサを落ち着かせると、侯爵と面会できるようどうにかして欲しいとマーサにお願いした。
マーサは渋々だったが、侯爵との約束を取り付けてくれる事になり、アンジェラは侯爵あてに手紙をしたためた。

侯爵はアップル・ゲート邸からほど近い場所のマナーハウスを借りていたが、現在はロンドンの邸宅に戻っていた。

すぐさま手紙はロンドンまで届き、侯爵はアンジェラからの申し出よりも重要なことなどあり得ないと、直ちにアンジェラのいるヘイ・ウッドまで馬車を走らせた。

つづく


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