はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

花嫁の秘密 367 [花嫁の秘密]

「ビー、先に馬車に乗ってろ」

エリックはサミーの姿を見とめて、すぐに様子がおかしいことに気づいた。待ち伏せていたクレインの用件はたいしたことではなかったが、数日以内に動きを見直す必要はありそうだった。

人の流れに逆らうようにして、二人に近づく。ジュリエットは喋っていたが、あの顔だとおそらくサミーの耳には届いていない。いったい何があった?

「サミー!ここだ」軽く手を上げて、名前を呼ぶ。サミーはハッとしたように焦点を合わせて、ようやくこちらに気づいた。ジュリエットは途端に苦い顔をしている。

「そんな大きな声を出さなくても、自分の馬車くらい見ればわかる」可愛げのない返事だが、ホッとしているのがわかった。だからジュリエットなんかと関わるなと言ったのに、言うことを聞かないからこうなる。何があったにせよ、次はもうない。

「自分の馬車ね。これはクリスのだ」そう言った途端、なぜかジュリエットに睨まれた。クリスの名前は聞きたくないということか?

「はいはい。君とここでこの馬車の権利について話してもいいけど、彼女はすっかり冷え切っている。続きは中でいいかな」ジュリエットの背中に手を添え、馬車へと促す。さりげない仕草は親密そうに見える一方、自分のそばから追い払いたそうにも見えた。

ジュリエットはぐずぐずせず、従僕の手を借りて事前に暖められた車内へと消えた。

従僕に扉を閉めるように言い、サミーの腕を取って馬車と馬車の間に引き込んだ。「サミー大丈夫か?」耳元で囁くように尋ねる。ずいぶん顔色が悪い。エリックはサミーの血の気の引いた頬に触れたい衝動を何とか抑え、周囲に目を配った。

「平気だ」頷きながら呟くように返事をしたサミーの声はわずかに震えていた。

どこが平気なもんか。だからやめておけと言ったんだ。このあと何かする気だったとしても、今夜はもう終わりだ。

「帰るぞ」

どんな反論も受け付けない。ジュリエットとメリッサをホテルに送り届けて、寄り道せずに帰る。いまエリックにできることはこれしかない。

「ああ、そうだな」サミーはうわの空で答え、エリックから逃れるようにして馬車に乗り込んだ。

足取りはしっかりしているから体調が悪いわけではなさそうだ。サミーの機嫌がころころ変わるのはいつもの事だが、おかげでこっちはそわそわと落ち着かない。

帰りの車内は静かだった。夜遊びに慣れているジュリエットでさえ、時折サミーに囁きかけていた以外は眠たそうにしていた。連日パーティー続きで疲れが出たのかもしれないし、ただサミーに寄りかかる口実だったのかもしれない。

目の前の俺たちはいないも同然ってわけだ。エリックは苦々しげに、サミーに触れているジュリエットの指先を睨みつけた。二度も結婚をしたジュリエットに乙女のような恥じらいを求めるのは愚かしいが、こうも堂々と誘いをかけるような真似をするとはね。恐れ入る。

サミーはジュリエットの意図に気づいていても、あえて気づかないふりをしている。次の約束はもうしたのだろうか?まだだとしたら、ジュリエットはさぞかし焦っているだろう。狙う相手をラウールに変更してくれれば面倒が少なくて済むが、この様子だとまだまだサミーを諦めるつもりはないようだ。

帰宅して、サミーと話ができるかどうか。さっきの状態だと余計な口出しをするなと、聞く耳を持ちそうにない。仕方ない。ブラックに訊くとするか。

もう少しでサミーの側につくが、いまはまだ俺の手駒だ。すべて報告してもらう。

つづく


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花嫁の秘密 366 [花嫁の秘密]

ジュリエットがいま何を考えているのか、サミーには手に取るように分かった。

僕は彼女の期待に応えるべきだろうか。それともエリックの言うように、もう手を引くべきか。今夜ジュリエットをホテルへ送り届けたら、しばらくは会わないつもりだ。少し前の計画でそう決めていたのに、もう少し引きつけておけと言ったのはエリックだ。それなのに今度はもう会うなと言う。結局僕は振り回されてばかりでこれといった成果も出せていない。

そしてあの若い男の登場。喜ぶべきなのだろうけど、お前は役立たずだとエリックに言われたような気分だ。

「サミュエル、シーズン中はずっとこっちにいるの?」ジュリエットの探るように問いかけに、サミーは物思いを中断した。

「ん、そうなるかな、おそらく」問題が片付くまで身動きが取れないのは、いったい誰のせいだと思っているのか。ジュリエットは自分のしたこと、していることを理解しているのだろうか?考えれば考えるほど腹が立ってくる。「クリスはしばらくこっちには出てこられないだろうから、僕が代わりをしないといけないし、向こうへ戻るのは結局シーズン後になるかな」

クリスの名前を口にした時、ジュリエットに緊張が走ったのがわかった。
なぜクリスが身動きできない状況になったのか尋ねてくるだろうか?もちろんジュリエットは理由を知っているはずだ。あれを贈ったのはジュリエットで間違いないのだから。

あんなことをして、よく平気で僕と付き合えたものだ。僕をいったい誰だと?

ダメだ。

目の前が暗い闇に囚われるかのように黒く染まっていく。これではジュリエットの反応を探るどころではない。いますぐにでも腕を振りほどき、お前のしたことはすべて知っていると言ってやりたい。

そうしてはいけない理由はなんだっただろうか。なぜこんな女を野放しにしておく?証拠が不十分だからとぐずぐずしている間に、次に血に染まるのはハンカチではなくアンジェラ自身かもしれないのに。

サミーはいつの間にか止めていた息を吐いた。ほんの数分前までの冷静さを少しでも取り戻さないと、これまでの行動がすべて意味のないものになってしまう。

確実に追い詰めるにはやはり証拠が必要だ。今シーズン、クリスとアンジェラはロジャーとアビーの為に社交行事をこなしていかなければならない。だからこそ、領地の問題を素早く片付けるためラムズデンへ行く。その間に僕とエリックが危険を取り除いておくと決めた。

遠くでジュリエットが何か言っているのが聞こえた。なんと言っている?

あと少しでエリックのいる場所へたどり着ける。そうしたら、もうすべてを任せてしまおう。

つづく


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花嫁の秘密 365 [花嫁の秘密]

大通りに出ると案の定馬車が大渋滞を起こしていた。個人所有の馬車は歩道に寄せるようにして列を成していて、主人が戻ってくるのを待っている。

「これから場所を移して朝まで騒ぐのかしらね」騒ぐ一団の脇をすり抜けながら、メリッサはぼやくように言った。

「だろうな。俺たちみたいにさっさと帰る方が珍しい」そもそもサミーが余計なことをしてジュリエットをカウントダウンイベントに誘わなければ、今頃はいつもの場所で寝顔でも眺めていただろう。

そういえば、カウントダウンはどこでやっていたのだろうか。気づいたら花火が打ちあがっていて、サミーに気を取られている間に終わっていた。

「騒ぎたいなら付き合うわよ。ジュリエットは帰りたくないんじゃないかしら?」メリッサは不敵に微笑んだ。

「どうかな。ホテルの部屋にサミーを連れ込みたくてうずうずしているさ」ジュリエットはこの数ヶ月関係が進まないことにかなり焦れているだろう。次の段階へ進むために何か手を打ってくるはずだ。

「ラウールではなくて?」メリッサが訊いた。

「それはもう少し時間がいるな。ジュリエットは警戒心が強いし、まずは金を引き出せる相手か見極めるだろう」ラウールの報告もすべて真に受けるわけにはいかない。嘘を吐くのは得意だが、ジュリエットも負けていない。

「デレクが彼女に資金提供しているのではなかったの?」

エリックはメリッサの腰に手を回して抱き寄せた。人ごみに乗じて悪さをするも者が姿を見せている。メリッサは意図をすぐに理解したようで、エリックにできるだけ身体を寄せて歩道を進んだ。

「ああ、これまではな。けど、その資金源を潰してやったから代わりの誰かをジュリエットは見つけなきゃならん。サミーは贈り物はしても直接金を渡したりはしないからな。まあ、以前貰った指輪を換金するかもしれないが、おそらくそんなことはしない。そこで、こっちで適当なカモを用意した」その一人がラウールだ。もしあいつでうまくいかなきゃ次を送り込む。

「彼女はサミーの事好きなのかしら?それとも、ただ条件だけを見て相手に選んだの?」

「狙いははっきりしているが、一番の理由はクリスの弟だからだ」好きだのなんだのは関係ない。サミーの魅力がジュリエットなんかにわかってたまるか。

「エリック――」メリッサは警戒するように、エリックのコートの肘の辺りを引っ張った。「馬車のそばに誰かいるわ」

エリックは足を止め、メリッサを背後に隠した。人々の流れを無視してこちらを向いて立っている男を確認すると、ほっと肩の力を抜いた。

クレイン。なぜここに?ジュリエットに一緒にいる所を見られたらどうするつもりだ?

「ビー、知り合いだ」

まあ知られても別に困ることもないが、念のためサミーとジュリエットが合流する前にさっさと用件を聞いて追い払うか。面倒なことじゃなけりゃいいが。

つづく


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花嫁の秘密 364 [花嫁の秘密]

「君がまだここにいたいと言うなら、僕はかまわないよ。でも、君をホテルまで送り届けるのは僕の役目だってことを忘れないで」

サミュエルは怒っているのかしら。それともただ嫉妬しているだけ?

「もちろん、わかっているわ。だからこうしてあなたと歩いているのではなくって?」ジュリエットは猫がのどを鳴らすように、ごきげんな笑い声をあげた。たとえ怒っていたとしてもサミュエルのこういった紳士らしい行為は受けていて心地いい。

サミーが無言で腕を差し出し、ジュリエットは嬉々としてその腕を取った。

ここ最近で気付いたのは、サミュエルを試すような真似をしても、あまりうまくいかないということ。特に今夜の事は失敗だった。

花火を一緒に見られなかったこと気にしているかしら?サミュエルはきっとわたしがラウールを選んだと思っているでしょうね。一緒に来てくれれば、それは違うとすぐにわかったはずなのに、そうできなかったのはあの男のせい。元女優だかなんだか知らないけれど、あんな女を連れてわざわざ邪魔をしに来るなんて悪趣味もいいところ。

エリック・コートニーがわたしに敵意を抱いているのは明らか。けどそれも仕方のないこと。彼の妹はわたしの元恋人と結婚していて、当然よく思ってはいないはず。クリスはなぜあの子と結婚したのかしら。

ジュリエットはサミーの腕にぎゅっとしがみついた。ふいに自分が若かった頃を思い出したからだ。憎らしい侯爵夫人は、ジュリエットが最初の夫と結婚した時と同じ年齢だ。

望まない結婚で得たのはお金と力。いま思えばたいしたことはなかったけれど、あの時のわたしにはあれで十分だった。そう思わないと自分がみじめになるだけ。

わたしの方が先に出会った。クリスも侯爵夫人の地位もわたしのものだった。わたしなら家に鍵を掛けて閉じこもる真似はしない。社交場へ出ないということは夫の居場所を奪っているも同然。世間でどう思われるか気にしたことはないのかしら。

「ジュリエット、気分でも悪い?」

サミュエルの心配する声に、胸を巣食うどす黒い何かが霧散する。彼はクリスにないものを持っている。ジュリエットの気持ちを逆撫でしたりすることもない。

「いいえ、あなたと離れなければよかったと思っていたの」

「でもラウールが用意した場所で、花火はよく見れたんだろう?彼に感謝しないとな」

「ええ、そうね」ゆったりと椅子に座って鑑賞できたし、暖められたひざ掛けまで用意してあって、ラウールの努力は評価したいけど、なにか決め手に欠ける。爵位も持っているし財産も持っているのに、サミュエルを手放すほどではない。

サミュエルはわたしのことどう思っているのかしら。いま以上踏み込んでこないのは、クリスと付き合っていたことが障害になっているからとしか思えない。だとしたら、これ以上の進展は望めないことになる。

それならそれで仕方がないけど、計画は少し変わることになるわね。ひとつ変わらないのは、侯爵夫人を消すことだけ。何もかも手に入れるのは無理だと教えてあげなきゃ。

つづく


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花嫁の秘密 363 [花嫁の秘密]

「行かせていいの?」夜空を見上げていたメリッサはいたずらっぽい視線をエリックに向けた。追いかけるならいまよ、とでも言いたげに。

「好きにさせておけ。あいつはこうと決めたら聞きやしない。ったく、腹の立つ」エリックは舌打ちをしてサミーが歩き去った方を見た。すでに姿はないが、どこへ向かったかはわかっている。追ってもいいが、それはあまりにも無駄な行為だ。

「彼女を誰に任せたの?サミーと取り合いになったりしなければいいけど。花火はもう終わりかしら?」メリッサは上を見るのをやめて、ほっとひと息吐いた。「案外あっけないものね」

次の花火がなかなか上がらず、観衆がざわついてきた。終わりなら終わりで合図でもあればいいが、おそらくそんなものはない。

「取り合う価値もないが、しないとも言い切れないな。相手はラウールだ」面倒だから指示は最低限しかしていないが、ラウールも誰を相手にしているのかぐらいわかっているから無茶はしないだろう。

「まあ。人たらしのラウールね。確かに彼は魅力的だけど、彼女にはちょっと子供っぽくないかしら?」

確かにビーの言うようにラウールは子供っぽいところがある。それは気心の知れた相手だからこそで、仕事をしている時はそれなりに見える。

「お前から見たら演技力はまだまだだろうな。けど、そういう抜けがある方が魅力的に見えるもんだ。ディナーでは手ごたえがあったようだし、しばらく任せてみようと思う」今夜束の間でもサミーからジュリエットを奪うことに成功したのだ。充分実力を発揮出来ている。

「サミーにはちゃんと話をしているの?彼に黙っているのはフェアではないわ」メリッサは腕を解き、エリックに向き直った。やり方に不満があるらしい。

「帰ったら話す。話しておかないとうるさいからな」どちらにしても、先に話しておかなかったせいでひどく腹を立てるだろう。素直にすべてを任せればいいものを、どうしてこうも突っかかるような真似をするのだろうか。俺がここまでする理由はわかっているだろうに。

「戻ってくるかしら?」

いったい誰を心配しているのか、俺の事ではないのは確かだろう。

「さあな。待っていろとは言わなかったから、帰るか?ぼやぼやしていると身動き取れなくなるぞ」ここで突っ立ったままサミーを待つほど間抜けなことはない。

「もう遅いのではないかしら?人の流れが出来始めているわ。でも、ここにじっとしているわけにもいかないわね。とても寒いもの」メリッサはその場で足踏みをした。湿気を帯びた冷気が足元から這い上がってきている。

「馬車まで先に戻っておくか。サミーもすぐに来るはずだ」エリックはその場でぐずぐずせずに歩き出した。ブラックが後を追ったから、うまく連れ戻してくるだろう。近くまで馬車を回しておけば、暖かで居心地のいい場所へさっさと戻れる。

「エリック、あなた本当に変わったわね」メリッサは横に並びエリックを見上げしみじみと言う。

「何がだ?」色々心当たりはあったが、素知らぬふりをした。いまサミーの事であれこれ突っ込まれたくない。

幸いメリッサはそれ以上何も言わなかった。

つづく


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花嫁の秘密 362 [花嫁の秘密]

いつまでもこうしていたいと思ったのは、初めてではないけど、もういつの事だったか思い出せないほど記憶にない。

頬の産毛が逆立つほどピリピリとした視線を感じながら、新しい年を祝う花火に魅入っていた。と同時に、混雑する前に帰ることは可能だろうかと、考えを巡らせていた。

答えはわかりきっている。もちろん不可能だし、何よりジュリエットをこのままにはしておけない。エリックは放っておけと言うが、僕にはそんなことできない。

サミーはそっとメリッサの腕を解き、エリックの背後にまわった。「ジュリエットを迎えに行ってくる」耳打ちをし、止められる前に大股で歩き去る。戻ってくるまでエリックがこの場にいるかどうかは重要ではない。帰りたければ帰ればいいし、イベントが終わって再び人々が動き始めてしまえば、もう出会えないかもしれない。

馬車は降りた場所付近で待機させている。公園の入り口には従僕がいるし、何かあれば伝言するだろう。

結局ラウールについて聞けずじまいだ。でも、あの言い方からすれば、エリックが仕込んだことは間違いない。ジュリエットが僕よりあの若い男を選んで当然だと思っていたようだけど、その気になれば僕だって彼女を夢中にさせることはできる。けど、そうなっては困るからうまく加減をしているというのに、まるで僕に魅力がないような口振り。本当に腹が立つ。

公園は何時まで開放しているのだろう。今夜ひと晩開けっ放しということはないだろうけど、イベントが終わってすぐに閉鎖することはしないだろう。

こうやって人混みを一人で歩いていると、フェルリッジの屋敷を抜け出してロンドンへ出ていた頃を思い出す。伯母の家に泊めてもらったり、叔父にクラブに連れて行ってもらったりと父に内緒でみんなよくしてくれた。不憫に思っていたのは明らかだけど、それでも味方がいるのは心強かった。

いったいラウールはどこにいるのだろう。友人が場所取りをしていると言っていたが、どんなやつか聞いておけばよかった。ジュリエットの襟巻を目印に探してみるが、人があちこち動いていると案外目立たないものだ。

「サミュエル様、右手の奥の所です」ふいに斜め後ろから声を掛けられ、サミーは驚いて亀みたいに首をすくめた。ゆっくりと首を伸ばし、後ろに目をやる。「どうしてお前がここに?」

そんなこといちいち聞きますかというように、ブラックは不遜に片眉を吊り上げた。

「もういい、どうせエリックに命じられたからだろう?まだ僕の従者ではないからね」どちらにしても僕につけるなら、さっさと譲ればいいものを。「それで?ジュリエットはどうしてる」前を向き歩きながら尋ねる。

「さあ、場所の確認しかしていないのでわかりません」素っ気ない返事。ジュリエットに興味がないのは仕方ないにしても、もっと言い方があるだろうに。僕の従者になれば、態度も変化するだろうか。

「ということは、僕は向こうで何が待ち受けているかもわからず突っ込んでいくわけか」このまま回れ右をして引き返したいところだけど、とにかくジュリエットをホテルまで送り届ける義務はラウールではなく僕にある。そのあとは好きにすればいい。

エリックの言うように、ジュリエットなどくれてやる。彼女は恋人でもなんでもなく、アンジェラに害をなすただの仇でしかないのだから。

つづく


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花嫁の秘密 361 [花嫁の秘密]

計画通りとはいかなかったが、ひとまずサミーとジュリエットを離すことはできた。今夜はこれで満足しておくべきだろう。いや、むしろ元の計画へと軌道修正できたのだから、大収穫と言ってもいいだろう。

「サミー、そっちじゃない。南西の方角だ」周りの歓声にかき消されないように、エリックは声を張り上げた。

「花火があがったってことは、新しい年を迎えたってことかな」サミーは向きを変えて、次の花火を待った。

「なんだかバタバタしてしまったけど、新年おめでとう」メリッサはそう言って、サミーの腕を取った。反対の手を伸ばし、エリックを呼ぶ。「あなたはこっちよ」月の女神のように妖艶に微笑む。

この誘惑を断るのは愚か者だけだ。エリックはメリッサの右隣に立ち腕を差し出した。

「今夜、本当にわたしは必要だったのか考えていたところだけど、あなたたち二人の為には必要だったようね」メリッサはエリックの腕に腕を絡め、夜空を見上げた。

「エリックが目立つのはかまわないけど、僕はあまり目立ちたくないな」サミーは文句を言いながらも、まんざらでもない様子。どうせ誰も見ていないと思っているのか、メリッサの耳元に囁きかける。「もちろん君は必要さ」

メリッサはくすくすと笑って、サミーの頬に口づけた。

「ビー!調子に乗りすぎだ」

「ほら!あがったわ」

エリックの嫉妬は夜空を彩る花火と歓声にかき消された。空気はひんやりとしているのに、人々の熱気のせいか不思議と寒さは感じない。つい先ほどまで人の多さにサミーはうんざりとした顔をしていたが、いまは目を輝かせて二発目の花火の最後の光が消える様を見ている。

まったく、調子のいいことだ。でもこれで、ジュリエットをラウールに黙って任せてくれるだろう。そう考えると気持ちも楽になった。とにかくサミーが余計な手出しをしなければ、それだけ俺の心労も減るというものだ。

次の花火があがった。

エリックは花火ではなくサミーの横顔をただ見ていた。まさか自分がこんなふうになってしまうとはね。情けなさに天を仰ぎたい気分だったが、サミーから目が離せない。おかげでビーにさえ揶揄われる始末だ。

新年を一緒に迎えるだけでなく、これから先ずっと一緒にいられる方法を模索している。手っ取り早いのがプルートスを買収して一緒に経営していくことだが、それだけでは不十分だ。何か次の手を考えないと、気まぐれなサミーを繋ぎとめることはできないだろう。

別に四六時中一緒にいたいというわけではない。手を伸ばせばすぐにでも触れられる場所にいて欲しいと思うが、おそらく今年はしばらく会えない期間があるだろう。

サミーは不満に思うだろうが、ジュリエットの事はこっちで片を付ける。さっさとしないと、ハニーもクリスもこっちへ戻って来られない。俺がいない間、サミーには二人が必要だ。

ついでにセシルも召喚するか。一時的ではなく、ずっと。

つづく


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花嫁の秘密 360 [花嫁の秘密]

最初に口を開いたのは、サミー。

「君はジェームズとどういう知り合い?近いうちに何が?」帰ってからでもよかったが、エリックに聞きたいことは他にもたくさんあって、ここでせめてひとつくらい疑問を減らしておきたい。

「何もない。ただの挨拶だ」エリックはしれっと嘘を吐いた。

何もないはずない。そもそもエリックは以前彼の経営するクラブを――当時の経営者は違うが――中傷するような記事を書いて、訴えられる寸前だったと聞いたことがある。それなのに、僕を放っておいて立ち話をする仲とはね!

「そうかしら?あなたが彼らと接点があるとは思わなかったわ」メリッサは軽い口調で疑問を口にした。

「それを言うなら、サミーとジェームズの方がありえないだろう?」エリックは問い詰められるのは御免だとばかりに言い返した。

なぜありえないと言い切る?「クラブでちょっと一緒に飲んだだけだ。彼の仕事について話を聞いたりね」エリックのように嘘を吐く必要もないので正直に答えた。

「プルートスでか?いつのことだ?」エリックが噛みつくように訊き返してきた。

「昨日だよ。他の日はいつも君と一緒だったじゃないか」これまでは顔を合わせても挨拶さえしていたかどうかも疑わしいほどお互いに無関心だったが、なぜか昨日に限ってジェームズの方から席にやって来た。

彼がクラブに姿を見せるのはちょっとした偵察だと思っている。昨夜は噂に聞いていたローストビーフを食べに来たと言っていたが、まさか料理人を引き抜く気だろうか。プルートスがこれからもクィンのものならいいけど、もしもそうでなくなるとしたら、それは困る。

「ところでサミー、彼女は一緒ではなかったの?」メリッサが心配そうにきれいに整えられた眉をひそめた。

ああ、そうだった。計画がどうであれ、さすがにこのままジュリエットを放置しておくのはまずい。

「彼女は友人と一緒にいる。僕は君たちを連れに来た」

「まあ、友人?」メリッサはそう言って疑り深い目をエリックに向けた。どういう類の友人か察しがついたようだ。

エリックは鼻で笑った。「振られたか。向こうは向こうで好きにさせたらどうだ?」

「そういうわけにいかないだろう?もともと誘ったのは僕なのに放置は出来ない」正直なところもう帰りたい。人の多さに吐き気もするし、身体の芯まで冷え切っている。気の抜けたホットワインでは酔わない代わりに、身体はそれほど温まらなかった。

「気にするもんか。それにもう時間切れだ」エリックがそう言ったところで、一発目の花火が打ちあがった。

つづく


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花嫁の秘密 359 [花嫁の秘密]

まずい。サミーがものすごい剣幕でこっちへやってくる。
ジュリエットはどうした?ラウールに取られたか?だとしても、怒る理由はない。ジュリエットなどくれてやればいい。

エリックは思わずくつくつと笑った。笑い事ではないが、サミーのあんな顔なかなか見られるものじゃない。
同じようにサミーに気づいたメリッサが、悪趣味な笑いはやめてとエリックの腕を肘で突く。

「サ――」ミー、と言いかけたところでジェームズに先を越された。

「ミスター・リード、あなたもいらしていたんですね」ジェームズが愛想よく声を掛ける。

「ジェームズ?」サミーはまさかという顔でジェームズを見た。どうしてここにと、訝しげにエリックを見る。

「たまたまここで会ったんだ」エリックは言い訳がましく言って肩をすくめた。まさかジェームズと呼ぶ仲だったとは知らなかった。もっとも、ジェームズはアッシャーと呼ばれるのを嫌うから他に呼びようはないが。

「どうだかね」と、クロフト卿が口を挟む。今夜この場所での出会いは、偶然なんかじゃないと思っているらしい。待ち伏せて屋敷を譲れとでも言うと思ったか?

「お兄さんだあれ?」クロフト卿と手をつなぐヒナが、サミーに向かって尋ねた。さっきメリッサにも同じように訊いたところだが、女性は苦手らしくクロフト卿の陰に半分隠れていた。

「はじめまして。僕はサミュエル・リード。ジェームズとは知り合いだよ」サミーは腰をかがめてヒナに挨拶をした。

「サ、サミュ……」ヒナは言いにくそうに口をもごもごさせた。おしゃべりだがなまりがあるし、聞き取りもあまりうまくないらしい。それでも好奇心はある。「ジャムと知り合い?パーシーは?」

「サミーでいいよ。クロフト卿とは知り合いだったことはないな」サミーはきっぱりと言った。

それを聞いて安心した。ジェームズはともかく、クロフト卿のような素行不良を極めたような男と付き合って欲しくない。

「そっか、パーシーは友達いないもんね」ヒナは悲しげに肩を落とした。クロフト卿もしょんぼりとする。この二人、似ていると思ってしまうのはなぜだろう。目鼻立ちはまったく違うというのに。

「ヒナ、そろそろジャスティンに合流した方がいいんじゃないかな。僕は怒られるのはごめんだよ。ジェームズはかばってくれないし、ところでミスター・リードはいつジェームズと知り合いに?」クロフト卿は目をぎらつかせながらサミーに訊いた。

「いつ、だったかな?」サミーがジェームズに尋ねる。

「いつだったでしょう?先日クラブで御一緒したのが随分と久しぶりの事だったと記憶していますが」ジェームズはのらりくらりと答えた。

「もう、いいよ。ジェームズは都合が悪くなると記憶が曖昧になるんだな。ヒナ、行こう!」クロフト卿はぷりぷりしながらヒナの手を引いて公園の奥の方へ向かった。

「申し訳ございません。それではわたくしも失礼します。ミスター・コートニー、また近いうちに」

慌ただしく一団が去っていくと、思った以上に静かになった。周囲では音楽が流れ、花火が打ちあがる瞬間を大勢の人が楽しみながら待っているのに、なぜかここだけ周りから隔絶されてしまったかのようだ。

今年はもうすぐ終わるが、今夜はとても長い夜になりそうだ。

つづく


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花嫁の秘密 358 [花嫁の秘密]

今夜のディナーの相手がフランス人とはね。しかもわざわざここまで追いかけてきて、僕からジュリエットを奪おうというわけか。

サミーは腹立たしさを押し殺し、悠然とした笑みを顔に張り付けた。物分かりのいい男を演じるのは案外得意だ。

それにしても、この男がエリックの用意した男?帽子から覗く豊かな巻き毛は闇に紛れるのを得意とするような黒髪で、瞳の色は同じく黒。調査員として選びがちな男だが、いい意味で顔が目立ち過ぎる。けど背格好は僕とあまり変わらないし、ジュリエットの好みとは少し違う気がする。

爵位を持っているらしいけど、よくそんなうってつけの人物を見つけてきたものだ。身に着けている装飾品は確かに一級品で、上質のコートだけを見ても腕のいい仕立屋を抱えているのがわかる。

もしも彼が本当に花嫁を探しているのだとしたら、僕はどう出るべきだろう。このまま引くべきだとして、計画はどうなる?

エリックはデレクのくだらない賭けには乗らず、あいつをクラブから追い出すことにした。四人目の男は放置したままでいいのか?今後の計画についてあれこれ話してくれたけど、全部を話しているとは思えないし、話すはずもない。

「ねえ、サミュエル。ラウールが向こうで一緒に花火を見ないかって」ジュリエットの声にサミーは物思いから否応なしに引き戻された。男二人に挟まれジュリエットはごきげんだ。

「実は友人が場所取りをしてくれていて、椅子とテーブルを持ち込んでいるので――ピクニック用の簡易なものですけど――落ち着いて花火を鑑賞できますよ」ラウールは喋ると余計に若く見えた。二十五歳くらいだと思っていたが、もしかするとセシルと同じくらいかもしれない。

「まさか、お邪魔なんてできませんよ。僕たちにも連れがいますし」連れといっても勝手についてきただけだし、いまはどこかへ行ってしまっている。メリッサは仕方ないとして、エリックはいったいどこへ行ったのだろう。

それとなく探すように辺りを見回すが、こう人が多いと唯一の目印を切ってしまったエリックを見つけるのは容易ではない。

「あの人たちはここへ来る前も、来てからも、ずっと姿が見えないじゃない」やけに刺々しいが、ジュリエットの言うことはもっともだ。

それでもサミーはジュリエットに同調するわけにはいかない。「馬車を途中で降りなければいけなかったし、有名人のメリッサと一緒ではなかなか思うように動けないのは仕方がないよ。女優を引退したからといって、彼女は変わらず人気者だからね」

「ええ、そうね。だからこそ別々に行動したらどうかしら?」ジュリエットの言葉の端々から苛立ちが感じられた。サミーの言い方に腹を立てたのは明らかで、この場はジュリエットに従った方が丸く収まるのは目に見えていた。

「ミスター・ラウール。彼女を任せてもいいですか?僕は友人を探しに行ってきます」よく知りもしない男だが、僕が知っていようがいまいがこれもすべてエリックの計画の一部だと思うとどうでもいい。

「ええ、もちろんです」ラウールは即答した。早すぎるほどだ。「ジュリエット、それでかまわない?」

ジュリエットはサミーを見て、それからラウールを見た。どちらについて行くべきか天秤にかけているのだ。

「エリックとメリッサを見つけたら、そっちへ行くよ」サミーはジュリエットが答えを出しやすいように付け加えた。ラウールも納得の提案に、ジュリエットが首を縦に振らないはずなかった

つづく


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