はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

花嫁の秘密 357 [花嫁の秘密]

「ヒナ、ここきたことあるよ」

どこかで聞き覚えのある声を耳にし、エリックは右後方に顔を向けた。サミーにやったような耳当て付きのもこもこ帽子からのぞくコーヒー色の瞳と目が合った。前回見た時はもう少し明るい色だったが、ここはあの屋敷のような明るさはないので仕方ない。

「まさか一人じゃないよな?」さっと周辺に視線を巡らせる。ここにコヒナタカナデがいるということは、保護者であるジャスティン・バーンズがいるはずだ。

「ジュスとパーシーと一緒」ほらここにと振り返った場所に見たこともない家族がいるのを見て、口を綺麗なОの字に開けた。

「迷子か?ジェームズは一緒じゃないのか?」彼が一緒なら一瞬たりともちょろちょろ動き回る子供から目を離したりしないだろう。ちょうど俺がサミーから目を離さないように。

たったいま、サミーとジュリエットの前にラウールが現れた。ビーは少し離れた場所でファンサービス中だ。サミーはどうするだろう。

「ジャムは遅れてくるって」

ジャム?ああ、ジェームズのことか。「花火まではまだ時間があるからな」

「髪切ったの?」ヒナは好奇心いっぱいの瞳で、エリックのしっぽがあった場所を見上げた。

年齢の割には小柄だがきちんと食事を摂っているのだろうか。贅沢がいくらでもできるような屋敷に住んでいて、栄養不足ということはないだろうが、様子を見る必要があるかもしれない。

「まあな。ヒナは伸ばしているのか?」

「まあね」ヒナはそう言ってふふっと笑った。

「ヒナ!もう、離れちゃだめだって言ったじゃないか。おじいちゃんに会いに奥に行ったんじゃないかって、ジャスティンが探しに行ったよ」駆け寄ってきたパーシヴァル・クロフトがハッと口を閉じる。いかにも口を滑らせてしまった時のような、まずい顔をしている。

「こんばんは、クロフト卿。こんなところで会えるとは思いませんでしたよ」エリックはクロフト卿の失言を聞き流したふりをした。ヒナのおじいちゃんがこの奥に?今夜は乗馬コースと手前の公園しか開放していないが、奥で何かやっているのか?

「こんなところでコートニー君に会えるとはね。ゴシップでも漁りに?」失言したわりに皮肉を言う余裕があるとはね。多少のことでは動じないのは経験豊富がゆえか。

「これだけ人が集まれば、いくらでも面白いネタが見つかるでしょうね」エリックはにやりとした。どうせなら久しぶりにゴシップ記事でも書いてみるか。

「スパイなの?えっと……」エリックを見上げるヒナは、言葉を詰まらせた。

「エリックだ。名乗っていなかったか?」クリスマスイヴのあの日、ヒナと出会ったのはアクシデントのようなもので、名前を名乗る暇はなかった気がする。

「うーん、どうかな」ヒナは思い出そうと試みたがすぐに諦めた。「また、パーシーに用?あ、チョコありがと」今日は持っていないのとエリックの手元を見る。

エリックは思わず頬を緩めた。「食べたか。クロフト卿にヒナにお裾分けするように言っておいたからな」

「お裾分けどころか全部食べちゃったよ。まったくこの子ときたら、僕だって甘いものは大好物なのに」クロフト卿は子供みたいに頬を膨らませた。

「でもジャムからご褒美もらったんでしょ?」ヒナがにやにやしながら言う。

「そりゃあもちろん、ってちが、いや、違わないけど――」

「何が違うんです?ジャスティンはどこへ?こんばんは、エリック」遅れてくると言っていたジェームズが合流した。一週間ぶりに聞いた声は、前と変わらず愛想の欠片もない。

ここで時間をつぶしている場合ではないが、ひと仕事終えたメリッサもやってきた。サミーはどうしているのか確認しようとしたが、場所を移動したのかジュリエットもラウールの姿もそこにはなかった。

つづく


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花嫁の秘密 356 [花嫁の秘密]

ウッドワース・ガーデンズには早朝の乗馬で何度かジュリエットと来たことがある。奥の森の方まで足を延ばさなかったのは、二人きりになるということがいかに危険かを知っていたからだ。

ホテルの部屋で二人きりで過ごした時は、まだジュリエットも出方をうかがっていたのでよかったが、いまはもう同じことはできないだろう。

今夜は日常の風景とはずいぶんとかけ離れた光景が広がっている。フェルリッジの夏祭りとたいして変わらないが、わざわざテントを立ててお仕着せを着た従僕を従えている一団がいるのは、ここならではといったところか。

サミーは屋台の売り子からマグカップをふたつ受け取った。スパイスの効いたホットワインはジュリエットのリクエストだ。いちおうホットレモネードを勧めてみたが、あまり好きではないとあっけなく断られた。

まあ、このくらいなら飲んでも何の影響もないだろう。ただエリックがいい顔しないだけで。

「気をつけて持って」カップのひとつをジュリエットに渡しながら言う。襟巻に一滴でもワインがこぼれればとても目立つだろう。

「ありがとう、サミュエル」ジュリエットは受け取ると、白い息を吐き出しながらカップに口を付けた。

寒さはいつもよりもマシだとはいえ、やはり寒い。エリックが用意した耳当て付きの帽子は屋敷に置いてきたが、文句を言わずかぶればよかった。耳も鼻の頭も凍えるほど冷たくなっている。周りを見れば、誰も彼も格好など気にせず重装備だ。毛布を丸ごと巻き付けているような子供までいる。

「夜遅いから大人だけかと思えば、家族連れもいるんだな。子供たちは眠たくないのかな」

「めったにないことですもの。たまの夜更かしくらいなんでもないわ」

ジュリエットの口からこういう言葉が出るとは思わなかった。家族とか子供とか、そういうものには興味ないと勝手に決めつけていたが、そもそも彼女の家族観やどんな子供時代を過ごしたのか、僕は知らない。

エリックは知っているだろうか?最初の結婚相手は随分と年上の男だった。まだ子供といってもいい年齢で結婚しなければならなかったのは、親に売られたからか?

「サミー、何を飲んでる?」追いついたエリックが二人の間に割って入った。子供騙しみたいな飲み物にさえ文句を言わなきゃ気が済まないらしい。

「そろそろ来ると思っていたよ。君たちもどうだい?」カップを掲げて言う。

「もちろん飲みたいわ。ねえ、エリック」メリッサはとびきり甘ったるい声でねだった。

サミーは吹き出しそうになるのを何とか堪え、ホットワインを二杯追加で頼んだ。エリックはこういう酒は酒と認めないだろうし、飲みたくもないだろうけど、今夜ついてきたからには僕のやり方に従ってもらう。心強いことにメリッサは味方だ。

つづく


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花嫁の秘密 355 [花嫁の秘密]

エリックは歩調を緩め、サミーと距離を取った。

これが計画のひとつだとわかっていても、ジュリエットと寄り添って歩く姿を眺めていたい気分ではなかった。道を挟んだ向こうにブラックがいるので、そう心配することもない。

「何を考えているのか当ててみましょうか?」メリッサは前を向いたまま軽やかに言った。この状況を楽しんでいるらしい。結構なことだ。

「うるさい。黙ってろ」エリックは刺々しく返した。

「サミーの演技力もたいしたものね。あれでは彼女がその気になってしまうのもわかるわ」メリッサは黙らなかった。せっかくの夜を楽しまない手はない。

「うるさい」エリックは繰り返した。

「あなたは別の事に専念して、彼に任せたらどう?例の贈り物については何かわかったの?」

どうやってもビーは喋るのをやめないらしい。どこかの誰かさんと同じでしつこい。さすが親友だ。エリックは苛々と溜息を吐いた。

「箱についてはいま調べさせている。アンダーソンが刺繍糸とハンカチの出所については特定した。まあ珍しいものではないから、お前が犯人だって可能性もある。刺繍を誰がしたのか特定できればもっと楽なんだがな」

「彼女かしら?」メリッサはエリックの冗談のようなものを無視し、ジュリエットの背中を見ながら淡々と言う。先を行く二人はもう公園の入り口に辿り着いていた。

「指示したのはそうだろうな。決定的ではないが、それもそのうちわかるだろう」刺繍に関しては、その手の専門家に見てもらうようにしているが、アンダーソンのように急かすわけにもいかない。彼女がこれまで関わってきた令嬢やご婦人に該当者がいればいいが、いるとも限らないからこれはある意味賭けだ。

「彼女もなかなかの演技派ね。あなたに会っても顔色ひとつ変えなかったわ。もしかしてアンジェラの兄って知らないのかしら?」

「元恋人の弟に擦り寄るような女だぞ。そんなもの気にするか」エリックもメリッサの冗談のようなものを無視した。

「狭い世界ですもの、そういうことも少なくはないでしょ?」メリッサは振り返った紳士に、にっこりと微笑んだ。

「さあな。俺はそういうのとは無縁だ」ゴシップネタはここしばらくは手を付けていない。金にはなるが面倒だ。

「知らないふりをするのはやめて。あなたが時々そういう記事を書いているのを知っているのよ」

「オークロイドの事なら、書いたのは俺じゃないからな。あんな面白くもない記事」ビーが腹を立てるのもわかるが、俺が書いていたらもっとひどいことになっていただろう。オークロイドがファニー・ブレナンと婚約したことは間違いでしかない。ビーが黙って受け入れたことで手は出さなかったが、こうも八つ当たりされるならやはり手を打つべきか。

「そろそろ合流した方がいいかしら。あなたが目を離している間に、あそこでホットワインを買っているわ」メリッサの視線の先には、出店の前に立つ二人の姿があった。普段乗馬を楽しんでいるコースはちょっとしたお祭り会場になっている。

くそっ!あのバカ!

「ああ、これ以上は好きにさせるものか」エリックはメリッサを置いて、大股で二人の元へ急いだ。

つづく


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花嫁の秘密 354 [花嫁の秘密]

サミーはジュリエットに腕を差し出した。ジュリエットは遠慮することなく腕を大胆に絡め、ぴたりと寄り添った。

後ろで舌打ちのような音が聞こえたが無視した。ちらりと振り返ると、苦い顔をしながらメリッサに腕を差し出しているところだった。エリックの不満などいちいち聞いていられない。僕には僕のやり方があると言ったはずだ。

歩道を流れる人々はみな同じ方向へ歩いている。ウッドワース・ガーデンズは少し中心部から外れているが、市民の憩いの場所として親しまれている。カウントダウンのイベントで花火を打ち上げるのは初めての試みらしい。

おかげで公園周辺は大渋滞だ。近くに住む者は冬の夜道を歩くこともなく、人々に揉まれることもなく、暖かな場所で花火を見学できるわけだ。こういう時に部屋を貸し出せば、なかなかいい儲けになりそうだ。

通りのあちこちから、売り子の声と共に様々な匂いが漂ってくる。たいていはみな無視して通り過ぎていくが、まだ湯気の立ちのぼる揚げたてのチップスには、つい足を止めてしまうようだ。

「今夜を楽しめているかい?ディナーはどうだった?」サミーは遠慮せず尋ねた。今夜の相手が誰だったのかジュリエットが口にするか興味があったし、黙って歩くだけなら今夜誘った意味がない。

「思っていたよりも、忙しい一日になったわ。ディナーは、そうね――」ジュリエットはそこで考え込むように間を開けた。「ええ、楽しめたわ」サミーの反応を伺うようにそっと見上げる。

嫉妬しているように見せるべきなのはわかっていたが、そうまでして聞きたい内容かといえば、そんなことはなく、どうしても知りたかったらエリックに聞けば済む。

「そう、それならよかった。そのあとでこんなに歩かせてしまって申し訳ない」正直なところ、こうなるのは目に見えていた。馬車で向かっていた人のほとんどはサミーたちが降りた場所付近で、同じように歩いて向かうことを選択している。別方向からの道もおそらく似たような状況だろう。

「予想はしていたのよ。きっとこの辺は渋滞するだろうって。だから歩きやすいブーツを履いてきたの」ジュリエットは得意げに答えた。

予想ね。おおかた、エリックが送り込んだディナーの相手が口を出したのだろう。そうでなければ、ジュリエットが素直に馬車を降りたりするものか。

「賢明だ。僕も少しは予想していたけど、ここまでとは思わなかった。まるで昼間みたいに賑やかだしね」

「ほんとね。主催はウッドワース卿かしら?どんな方か存じ上げないけど、あの辺り一帯、彼の所有地よね」

「僕も彼がどんな人かは知らないな。でもあそこを公園として解放しているくらいだから、いい人なんだろうね」これまでひとつも興味を持たなかった人物について語るのはなんだか滑稽な気がした。エリックに聞けば彼がどんな人物かすぐに答えてくれるだろうか。勝手に年寄りだと思っているけど、実は若いかもしれない。

通りを行く人が時々振り返ってメリッサを見ている。紙とペンがあればサインでも貰おうと小さなカバンやポケットを探る者もいる。彼女に視線が集まる姿をジュリエットはどんな気持ちで見ているのだろう。

ジュリエットはメリッサに負けず劣らず目立つ容姿をしている。ただ今夜は襟巻を映えさせるために暗色――深いグリーン――のコートを選んだのが敗因だろう。つまり僕の贈り物が裏目に出たというわけだけど、これはエリックの作戦が成功していることを意味する。

すべてエリックの思い通りだ。

つづく


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花嫁の秘密 353 [花嫁の秘密]

気に入らない。何もかも、気に入らない。

エリックはジュリエットがエレベーターから降りて、サミーと合流する様子を二階のバルコニーから見ていた。だがそれも、サミーがジュリエットに触れるまで。

実際には襟巻に触れただけだったが、エリックの許容できる範囲を超えていた。ブライアークリフ卿のパーティーの時も思ったが、サミーはジュリエットに近づきすぎだ。しかもここをどこだと思っている?馬鹿みたいに浮かれ騒ぐ奴らが大勢いるホテルのロビーだぞ。中には見知ったものもいるというのに、計画は終わりだと言ったのを聞いていなかったとしか思えない。

しかも困ったことに、ジュリエットの扱い方がおそらくクリスよりもうまい。身体よりも精神的な結びつきを重視しているからか?もちろんサミーはジュリエットと心も身体も結びつくことはないが。

エリックは急いで緩やかにカーブしている大階段を降りて、三人に合流した。ジュリエットはサミーの手前愛想よく挨拶をし、メリッサは女優のくせにあからさまにホッとした顔を見せた。ジュリエットとの相性の悪さを隠す気はないようだ。

四人は侯爵家の馬車に乗り込み、列をなす人々を尻目にウッドワース・ガーデンズに向かった。ホテルを出てしばらくは順調に進んでいたが、目的地へ近づくにつれ速度は落ちていき、とうとうほとんど動きがなくなってしまった。

サミーが窓の外に目をやる。「渋滞しているようだね。歩く方が早いみたいだ」隣に座るジュリエットに、どうする?と目配せをする。こういった親密な仕草ひとつひとつがエリックを苛立たせた。

「歩くか?ここからだと一〇分かそこらで着くぞ」エリックはジュリエットの返事を待ったりはしなかった。どうせ嫌だと言うに決まっているからだ。

「わたしはいいわよ。出店も出ているみたいだし、色々見ていたらあっという間ね」メリッサはエリックに同調して、向かいの席に座るサミーとジュリエットを見た。

ジュリエットは渋々といった様子でサミーに頷いてみせ、横目でメリッサを睨みつけた。一人馬車に残るわけにもいかないので仕方がない。

「今夜がとびきり寒い日じゃなくてよかったよ」サミーはステッキの柄で天井を二度叩いた。

「こうなるとわかっていて、これを贈ってくれたのかしら?」ジュリエットが襟巻に触れて微笑む。出掛ける直前のディナーの相手のことなどすっかり忘れてしまったようだ。

となると、作戦は失敗だろうか。エリックは馬車を先に降りて、メリッサに手を貸しながら考えに耽った。ラウールの報告には手ごたえを感じていたが、ジュリエットがターゲットを移すまでにはいかなかった、もしくは、どちらも手に入れようとしているかだ。

この欲張りさが、いかにもジュリエットらしい。やはり次の段階へ進むしかないようだ。

つづく


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花嫁の秘密 352 [花嫁の秘密]

預けていたコートと帽子を受け取り、ステッキを手にすると、無防備な状態からようやく解放されたとひと心地着けた。

サミーはロビーでメリッサとジュリエットを待っていたが、エリックがいつ戻ってくるのかに気を取られ、エレベーターが開いて待ち人が姿を現したことに気づいていなかった。

「今夜の君はどこか雰囲気が違うね。そのコートのせいかな?」サミーは不躾にメリッサを上から下まで眺めまわした。純白のコートはフード付きでファーで縁取られている。夜道でもどこにいるかひと目でわかりそうだ。

「エリックからの贈り物よ。何か下心があると思うの」メリッサは内緒話を打ち明けるように声を落として囁くように言った。

確かに、エリックがただで何かするはずない。代償は時に大きく等価交換とはいかないときもある。「エリックに下心がない時があるとは思えないよ。彼はいつだって何か――」

「サミュエル」

名前を呼ばれて顔を少しだけ左へ向けた。ジュリエットは待ち合わせの時間をほんの少し過ぎて現れ、声の響きから苛ついているのが感じられた。暗色のコートの襟元にはサミーが贈ったホワイトフォックスの襟巻が巻かれている。見立て通りジュリエットの赤毛が際立っている。

ただひとつ問題があるとすれば、いまのメリッサとの会話を聞かれていたのだとしたら、エリックはコートを贈り、僕は襟巻ひとつを贈ったという差にジュリエットが何も思わないはずがないということ。

「やあ、ジュリエット。君をメリッサと待っていたんだ。エリックは正面に馬車を回すよう手配しに行っているけど、そろそろ戻ってくるんじゃないかな」サミーは正面玄関の回転ドアに目を向けた。エリックがそこにいるかは知らないけど。

「こんばんは、レディ・オースティン」メリッサはいつも通り礼儀正しく挨拶をした。ホテルで何度か顔を合わせているとはいえ、けっして親しくなれないのはお互い分っている。

「こんばんは、あなたも一緒だったのね。サミュエルはそんなこと言っていたかしら?」ジュリエットは不愉快そうに鼻に皴を寄せた。

「もちろん伝えたと思うよ。エリックとメリッサも一緒だとね。とても似合っているよ」サミーはジュリエットの前に立つと、よく見せてと両手でジュリエットの襟巻に触れた。

ジュリエットは頬をほんのりピンク色に染めて、まつげの隙間からサミーを見上げた。「これがなかなか手に入らないものだって知っているのよ。きっとレディ・セーブルはとても羨ましがるでしょうね」そう言って、挑戦的にメリッサを見た。

つまり張り合っているというわけか。レディ・セーブルがいったい誰かは知らないけど、いまの対戦相手はメリッサのようだ。

「気に入ってくれたならよかった」ここで機嫌を損なわれると、面倒が増えるだけだ。エリックがあれこれ仕掛けているようだけど、今夜は何事もなく終わらせたい。計画はまだ進行中なのだから。

つづく


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花嫁の秘密 351 [花嫁の秘密]

メリッサの今夜の役目はただひとつ。

ジュリエットよりも目立つこと。

そう単純な話ではないけれど、エリックがしつこいほど繰り返すものだから、今夜は自分でも驚くほど頑張って支度をした。もちろんグウィネスの助けがあってこそだけれど、あの素敵なコートに似合う自分を演出するのはなかなか面白い挑戦だった。

エリックがメリッサに贈り物をするのは珍しくはない。出会った時から与えられてばかりで、つい最近では屋敷をひとつ貰ったばかりだ。これにはもちろん裏がある。でも、こういうことをいちいち気にしていたらエリックと一緒にはいられない。

エリックからの最新の贈り物は純白のコートだった。サイズは当たり前のようにぴったりで、もしも以前よりも体重オーバーしていたらどうするつもりだったのだろうかと、余計なことを考えてしまった。

ラウンジの入り口で預けたけど、他人の手に委ねるのは心配になるくらい高価なものだ。もちろんここのホテルの従業員は扱い慣れているでしょうけど。

真っ白なコートに合わせたのは、真紅のベルベットのドレス。首までしっかり詰まっていて身体に沿うようなデザインなのだけど、コートに合わせることを考えたら選択の余地はなかった。もしかするとエリックはそこまで考えていてと邪推さえしてしまう。

けどさすがに手持ちのドレスまで把握されているとしたら、この件が終わったらしばらくは会いたくない。

それにエリックはこんな時にお酒を飲んでいる。口出しをしてもいいけど、きっと水みたいなものだと言って、人の意見に耳を傾けようとしないのは目に見えている。わたしを借り出しておいて、今夜のイベントは遊びの延長か何かと思っているに違いない。

本当にそれでいいのかしら。サミーに夢中になるあまり判断を鈍らせているのでは?

サミーを見ると、いつもと変わらない様子でココアを飲んでいる。お酒を飲むと眠ってしまうらしいから、外では飲まないだけかもしれないけど、とても懸命だわ。

近況報告を手短に済ませたところで、エリックが先に席を立った。

「どこへ行くの?」メリッサはエリックのすっきりした襟元を見ながら尋ねた。見た目だけ胡散臭さの薄れたエリックは、紳士そのものだけどどこか物足りなさを感じる。

「早めに馬車を回すように言ってくる。さもないとホテルを出る前に年が明けてしまう」それだけが理由ではないでしょうと、メリッサは喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。急いで出て行ったのは、きっとジュリエットにつけている監視から報告を受けるため。

「大袈裟だな。でももういい時間だ、僕たちも行こう」サミーはにこりとしてゆったりと立ち上がった。

いつもせかせかしているエリックとは対照的で、二人が補い合う関係なのは一目瞭然。相性がいいとは言えないかもしれないけど、この先どうなるのか楽しみでならない。エリックはきっと大苦戦するでしょうね。

「ええ、行きましょう」

つづく


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花嫁の秘密 350 [花嫁の秘密]

「ジュリエットは戻ってきたって?」

数時間後、ラッセルホテルのラウンジにサミーはエリックといた。待ち合わせの時間まではあと四十五分あるが、メリッサの方はもう間もなく降りてくると侍女から伝言があった。侍女はグウィネスと言い、ちょうどソフィアと同じくらいの年齢だろうか。目端の利くタイプでメリッサにとっては必要不可欠な存在だと、先ほどエリックから聞いたばかりだ。

「ああ、三〇分ほど前に、上機嫌でね」エリックは答え、ドライマティーニを飲み干し、グラスを手元から離した。オリーブは食べないらしい。

「ディナーの相手が誰だか知らないけど、楽しかったようで何よりだ。いっそのことそいつと花火を見に行けばいいのに」まるで嫉妬しているような言い方になってしまった。けどなにか面白くないのは確かだ。作為的なものを感じるからだろうか。

「予定がなけりゃ、そいつと花火を見に行っていたかもしれないな。断られなかっただけマシだと思え」

断られたってかまわないけど、さすがにそれでは情けない。彼女の目当てがいくら金だけだといっても、結婚したいと思わせることもできないようでは、この計画自体無意味になる。

「彼女は今夜に限らず色々な催しに参加している。ディナーに誘われることはいくらでもあるさ」そう言ってココアをひと口飲んだ。もう少し甘いくらいが好みだが、この後の事を思えば苦いくらいがちょうどいい。

「人脈作りには余念がないからな」エリックは二杯目のマティーニに口を付けた。あまり飲み過ぎるなと忠告したところで聞きはしないだろう。これから人の多いところへ行くのに、酔っぱらってもらっては困る。

「人脈か、金脈か……僕の魅力は兄が侯爵でそこそこ資産があるということだけ。それだけでもかなり魅力的だと思うけど、今夜の相手はそれ以上なのかな」

「焦らしているだけという可能性もあるぞ。お前を嫉妬させるのが目的かもしれない」

先日誘いを断ったからだろうか。エリックが断れと言うからそうしたけど、いま思えばエリックの言うことなど無視すればよかった。

「人が増えてきたな」気づけばラウンジは満席になっていた。ロビーに人も集まり始めているし、そろそろウッドワース・ガーデンズに向かうのだろう。早めに行って場所取りはしなくていいのだろうか?それともそれも手配済み?

「ホテルでもカウントダウンのイベントがあるらしいから、それで集まっているんだろう」エリックはのんびりと言って、ピアノを弾いている女性に向かってにこりとした。

サミーはエリックの視線を追った。「君の知り合い?」

「ああ」エリックは短く答えた。

「ふうん」詳しく話す気はないのか?

「ただの知り合いだ。気にするな」お愛想程度に笑って、誤魔化す気のようだ。

「別に気にはしていない。彼女、ここでは見かけたことがないから、今夜特別に呼ばれたのかな」ラッセルには確か専属のピアニストがいたはずだが、今夜に限っていないとはね。そんなことあり得るだろうか。

ピアノの音がやんで一瞬すべての会話も止まった。息を飲み驚嘆し、そしてざわめきが戻った。

メリッサの登場で周囲の空気が一変した。が、それもほんのわずかな時間。彼女の美しさに見惚れても無作法に近づいてくるものはこの場にはいない。

エリックは立ち上がってメリッサを迎えた。抱擁でもするかと思ったが、メリッサの放つ輝きに目がくらんだとでもいうように、流れるような仕草で空いている席に座らせただけだった。

もしかしてすでに何かしらのショーが始まっているのだろうか。

つづく


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花嫁の秘密 349 [花嫁の秘密]

サミーが膝の上で眠ってしまってから、エリックはブラックを呼びつけた。契約に必要な条件を書いて持って来いと命じるためだ。サミーの寝顔は見せたくなかったが、動けないので仕方ない。実にすやすや気持ちよさそうに眠っている。

ブラックは無表情でやり過ごすような真似はしなかった。興味深いとばかりに片眉を上げて、新旧の主人を交互に見やった。

「今夜、お前も来い」サミーが起きないように声を潜め言う。

「最初からそのつもりでした。俺はこの方のボディーガードですから」ブラックはサミーに目を落とした。

エリックは警告を込めてブラックを見上げた。呼びつけたのは自分だが、だからといって無遠慮に見ていいとは言っていない。

「その呼び方の方が馴染みがあるな。ただの従僕は退屈だっただろう」サミーから仕事を頼まれ嬉々として出掛けて行ったところを見るに、クレインのような立ち位置を望んでいたのだろう。けど残念ながらブラックにはクレインが持っているような情報網も人脈もない。ブラックはまだ若い。あそこまで行くにはもう少し時間と経験が必要だ。

「確かに、上品な人のお世話は少し退屈ではありますが、下品な連中のなかで仕事をするより何倍もマシなことに気づきましたよ」

おそらく娼館で用心棒をしていた時の事を言っているのだろう。背が高く威圧的な態度を取れて、腕っぷしが見た目以上に強いとくればその世界で仕事に困ることはない。

けれど、そこはブラックの望む場所ではなかった。しかも俺の使い走りより、サミーの従者になることを選んだということは、そこに居場所を見つけたのだろう。

「何があっても守れ。こいつにはそれだけの価値がある」

ブラックは黙って頷き、今夜の支度のために持ち場へ戻った。

もうあと一〇分したら、サミーを起こして支度を始めよう。夕食は結局どうすると言っていただろうか?早めにホテルへ行って、ラウンジで軽く腹に何か入れてもいい。ビーも呼べばサミーも文句は言わないだろう。

ジュリエットの方はラウールに任せたが、うまく今後につなげてくれれば作戦通り、今夜一回で終わってしまえば、俺の人選ミスだ。

ラウールはジュリエットの好きそうな条件が満載な男だが、サミーと比べるといかにもまがい物といった感じだ。それも仕方がない。ラウールはただの詐欺師だ。どこまでジュリエットを騙せるかお手並み拝見といこう。

まあこれで、最初考えていた計画に軌道修正できた。サミーがこれ以上余計な手出しをしなきゃいいが、そう楽観はしていられない。こっちが計画を変更すれば、必ずサミーも同じように計画を変えてくる。どうにか動きを封じられれば心配も減るが、ブラックが向こう側についたいまは、それもあまり期待できないだろう。

つづく


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花嫁の秘密 348 [花嫁の秘密]

「いったいいつまで休憩をするつもりだい?」サミーは皮肉をたっぷりと込めて尋ねた。

うっかり焼き立てのスコーンの誘惑に負けて、居間のいつものソファに場所を移してから、もう二時間は経つ。ブラックが僕に突きつけそうな条件を書き出してくれるというのは、いったいどうなったのだろう。

「どうせ夜まで暇なんだ。もう少しここでこうしていたっていいだろう?」そう言うエリックは、焼き立てのスコーンにも淹れなおした紅茶にも興味を示さず、サミーにぴったりとくっついてうたた寝中だ。

ほとんど狸寝入りだろうとサミーは思っているが、無理やり押し退けるほど狭量ではない。

「君は僕の腕を潰す気か?」腕にもたれかかるエリックの頭に目をやるたび、なぜ髪を切ってしまったのか考えてしまう。本当に僕のひと言で切ってしまったのだろうか?僕が何か言えばその通りに?

「暴漢を倒せるくらいには鍛えているんだろう?」エリックはくつくつと笑い身体を起こすと、サミーの腕を掴んで引いた。

すっかり力を抜いていたサミーはエリックの上に倒れ込んだ。「ちょっ、危ないじゃないか。もし僕がいまカップを持っていたらどう――」

「うるさい。持っていたら引っ張ったりしない。いいから少しの間、俺の膝でおとなしくしてろ」

おとなしくね……。いつだって僕はおとなしくエリックに従っているし、エリックも大抵において僕の言うことを聞いてくれる。この関係はそう悪くないような気がするけど、長くは続かないだろう。

サミーは腕が痺れないように、身体をいい位置に動かした。たまには下に敷くのも悪くない。「ところで、君は忙しいんじゃなかったのか?」

用事は夕方までかかると言っていたくせに、昼過ぎにはこっちに合流してきた。おそらくやり残していることがあるはずだが、エリックはそういうことはほとんど口にしない。

「急ぎの用は済ませたから気にするな」エリックの手がサミーの肩に触れる。「今夜はここの使用人もパーティーを開くのか?」

「もう間もなく始めるんじゃないのか。だから僕たちはさっさと夜の支度をして、彼らを開放してやらなきゃ。夕食は適当でいいと言ってあるけど、外で済ませてもいい」予約はしていないが、ホテルのレストランならメリッサも一緒に食事が出来る。悪くない案だ。

「一緒に風呂に入るか?そうすれば時間の節約になる」エリックがニヤリと笑う。冗談めかしているが、半分は本気だろう。他人の屋敷でほんと好き放題する。さすがに僕が誘いに乗るとは思っていないだろうけど。

「手間が増えるだけだ。それとついでに言っておくと、ここの使用人たちには目と耳がついていることをお忘れなく」

「噂になると困るか?」エリックが首を傾げ覗き込んでくる。

この屋敷内での噂などどうでもいいし、それが外に漏れることは絶対にない。けど、簡単に手懐けられたと思われたくない。いまのこの状態では何の説得力もないけど。「なぜ困らないと思う?僕はジュリエットと結婚しなきゃならないのに」

「結婚をすると思わせるだけだ」エリックは強い口調で言い直した。「けど、それももうしなくていい」

どうやらエリックの中で計画の変更があったようだ。何をどう変更したのかは知らないが、デレクとの一件がきっかけだろう。変更した内容を言う気はあるのだろうか?

ジュリエットの事、デレクの事、それからプルートス買収に僕の住まいがどうとか、アンジェラ宛ての物騒な贈り物、ぱっと思いつくだけでも問題は山積みだ。だからこそのブラックの引き抜きなんだけれど、エリックはまったく急ぐ様子もない。

でもまあ、任せておけば僕がひと眠りしている間にでもやっておいてくれるから、いちいち言うまでもないか。

つづく


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