はじめまして。
BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。
コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。
憧れの兄、愛しの弟 1 [憧れの兄、愛しの弟]
『やだぁ、好きで付き合ってるわけないでしょう』
教室の向こうから聞こえた彼女の声。
くすくすと笑い合う女の子たち。
まさかと思った。いや、やっぱり――だよね……。
コウタは引きつる顔を下に向け、ドアにかかる手から力を抜いた。踵を返し、徐々に駆け足で学校を後にした。
家に帰ると真っ直ぐに縁側へ向かった。築三十年の一戸建てには小さな縁側がついている。和室に入ると、コウタ愛用のへちゃげた座布団に茶色のブチ猫――その名もブッチが鎮座していた。ガラス越しに陽を浴び、こちらには背を向けている。
コウタは鞄を放り背後から猫をすくいあげた。猫はビクッと驚き小さく悲鳴のようなものを上げた。
コウタはそのままそこへ座り、膝の上に愛猫を乗せた。
日向ぼっこの邪魔をされた猫は不機嫌そうに、コウタの膝から降りた。
「おい、コウタ!ブッチをいじめるなよ」
背後で二つの声が重なった。双子の弟、陸と海だ。コウタは振り返る代わりに肩を竦めた。
「無視するのか?」
そう言って二つ年下の弟たちはコウタの両脇をがっちりと固めた。
「ブッチはいじめてないし、無視はしてない」
返事に肩を竦めただろう?
「そんなことないよねぇ、ブッチぃ。コウタがお昼寝の邪魔したもんね」
コウタの右隣に座る陸が、猫の喉を擽り舌っ足らずで話し掛ける。猫は喉をゴロゴロと鳴らし、すこぶるご機嫌だ。
我が家の愛猫は四男の陸に一番懐いている。
「どうせ、彼女にでも振られて、八つ当たりだろう?」
微妙に的を射た言葉で、コウタの胸を鋭利な刃物で切り裂いたのは毒舌五男、海だ。
「違う……」コウタはか細く反論した。違うのは八つ当たりという所だけれども……。
「おいおい、コウタをいじめるなよ」
優しく甘い声。
朋だ!
弟たちにいじめられるコウタを助けてくれる、救世主のような存在。
「朋ちゃん、今日バイトは?」
コウタは振り返り言った。双子も振り返り、モデル並みのスタイルと顔を持つ次男に尊敬の眼差しを送る。
迫田家の次男はこの界隈ではモテ男として有名だ。地元の学校ではいい男過ぎて伝説が数えきれないほどある。そんな兄を持つコウタは平凡以下な自分が恥ずかしくてたまらない。
「今日は休み。ほらお前らどけ」
朋は双子を追い払い、コウタの横に腰をおろした。
「んで、失恋か?」
「朋ちゃん……嬉しそうに言うのやめてよね」
「そんなはずないだろう?」
「笑ってるじゃん」
「しょうがないだろう。お前に彼女なんて百万年早いっつーの!」
朋はコウタの頭をぐしゃぐしゃと掻き乱し、そのまま肩を抱く。
背後で双子が「あー!コウタ、ずるいっ!」と不満の声をあげる。
「おいっ!コウタを呼び捨てにするな。お前たちは弟だろう」
「だって、コウタちっちゃいもん」と陸。
「ほーんと。兄弟の中で一番のチビだもんな」と海。
「いいよ。朋ちゃん。チビなのは本当だもん」
この春、二歳下の双子に身長を追い抜かされた。たかが一センチ、されど一センチ。それよりも、十七歳にもなって、彼女を作るのは早いと言われることの方が問題だ。そんなに僕は不細工なのか?
あまりに哀れに見えたのか、ブッチがコウタの膝頭に二三度鼻先を擦り付け、膝の上にひょいと乗った。
「おっ!ブッチが慰めてくれるってさ。俺も慰めてやるから、そんな女忘れろ」
兄はそう言うが、彼女にまだ振られたわけじゃない。ただ……好きじゃないと言われただけだ。もともとこっちから付き合ってって告白したわけだし、たとえ校門を出て逆方向へ帰宅するとしても、メアドの交換すらしていないとしても、デートもまだしていないとしても、それはまだ付き合って二ヶ月しか経っていないからで……。そう思っても、何の慰めにもならないけど……。
「ブッチ、お前柄は汚いけど、綿菓子みたいにふわふわだな」
「お前もマシュマロみたいにふわふわだぞ。食べたいくらい」
朋がコウタの頬にぱくっと食いついた。
「もうっ」
兄が言うとなんだかエロティックだ。頬を食まれ、ついでにぺろりと舐められた。
「ほんと、コウタは美味い」
コウタは思わず笑顔になっていた。
「こら、朋。コウタを喰うんじぇねぇ」
この家の長男、聖文のお帰りだ。声の調子から不機嫌さが伝わってくる。
コウタは思わず身震いし「おかえり」と振り返り言った。
つづく
>>次へ
あとがき
こんばんは、やぴです。
新連載スタートしました。
迫田家の男たちが一気に登場しましたが、このお話は三男コウタと次男朋のお話です。
自信のない卑屈な弟と、のんびり屋のパーフェクトな兄の恋をのんびりと見守って下さいまし。
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教室の向こうから聞こえた彼女の声。
くすくすと笑い合う女の子たち。
まさかと思った。いや、やっぱり――だよね……。
コウタは引きつる顔を下に向け、ドアにかかる手から力を抜いた。踵を返し、徐々に駆け足で学校を後にした。
家に帰ると真っ直ぐに縁側へ向かった。築三十年の一戸建てには小さな縁側がついている。和室に入ると、コウタ愛用のへちゃげた座布団に茶色のブチ猫――その名もブッチが鎮座していた。ガラス越しに陽を浴び、こちらには背を向けている。
コウタは鞄を放り背後から猫をすくいあげた。猫はビクッと驚き小さく悲鳴のようなものを上げた。
コウタはそのままそこへ座り、膝の上に愛猫を乗せた。
日向ぼっこの邪魔をされた猫は不機嫌そうに、コウタの膝から降りた。
「おい、コウタ!ブッチをいじめるなよ」
背後で二つの声が重なった。双子の弟、陸と海だ。コウタは振り返る代わりに肩を竦めた。
「無視するのか?」
そう言って二つ年下の弟たちはコウタの両脇をがっちりと固めた。
「ブッチはいじめてないし、無視はしてない」
返事に肩を竦めただろう?
「そんなことないよねぇ、ブッチぃ。コウタがお昼寝の邪魔したもんね」
コウタの右隣に座る陸が、猫の喉を擽り舌っ足らずで話し掛ける。猫は喉をゴロゴロと鳴らし、すこぶるご機嫌だ。
我が家の愛猫は四男の陸に一番懐いている。
「どうせ、彼女にでも振られて、八つ当たりだろう?」
微妙に的を射た言葉で、コウタの胸を鋭利な刃物で切り裂いたのは毒舌五男、海だ。
「違う……」コウタはか細く反論した。違うのは八つ当たりという所だけれども……。
「おいおい、コウタをいじめるなよ」
優しく甘い声。
朋だ!
弟たちにいじめられるコウタを助けてくれる、救世主のような存在。
「朋ちゃん、今日バイトは?」
コウタは振り返り言った。双子も振り返り、モデル並みのスタイルと顔を持つ次男に尊敬の眼差しを送る。
迫田家の次男はこの界隈ではモテ男として有名だ。地元の学校ではいい男過ぎて伝説が数えきれないほどある。そんな兄を持つコウタは平凡以下な自分が恥ずかしくてたまらない。
「今日は休み。ほらお前らどけ」
朋は双子を追い払い、コウタの横に腰をおろした。
「んで、失恋か?」
「朋ちゃん……嬉しそうに言うのやめてよね」
「そんなはずないだろう?」
「笑ってるじゃん」
「しょうがないだろう。お前に彼女なんて百万年早いっつーの!」
朋はコウタの頭をぐしゃぐしゃと掻き乱し、そのまま肩を抱く。
背後で双子が「あー!コウタ、ずるいっ!」と不満の声をあげる。
「おいっ!コウタを呼び捨てにするな。お前たちは弟だろう」
「だって、コウタちっちゃいもん」と陸。
「ほーんと。兄弟の中で一番のチビだもんな」と海。
「いいよ。朋ちゃん。チビなのは本当だもん」
この春、二歳下の双子に身長を追い抜かされた。たかが一センチ、されど一センチ。それよりも、十七歳にもなって、彼女を作るのは早いと言われることの方が問題だ。そんなに僕は不細工なのか?
あまりに哀れに見えたのか、ブッチがコウタの膝頭に二三度鼻先を擦り付け、膝の上にひょいと乗った。
「おっ!ブッチが慰めてくれるってさ。俺も慰めてやるから、そんな女忘れろ」
兄はそう言うが、彼女にまだ振られたわけじゃない。ただ……好きじゃないと言われただけだ。もともとこっちから付き合ってって告白したわけだし、たとえ校門を出て逆方向へ帰宅するとしても、メアドの交換すらしていないとしても、デートもまだしていないとしても、それはまだ付き合って二ヶ月しか経っていないからで……。そう思っても、何の慰めにもならないけど……。
「ブッチ、お前柄は汚いけど、綿菓子みたいにふわふわだな」
「お前もマシュマロみたいにふわふわだぞ。食べたいくらい」
朋がコウタの頬にぱくっと食いついた。
「もうっ」
兄が言うとなんだかエロティックだ。頬を食まれ、ついでにぺろりと舐められた。
「ほんと、コウタは美味い」
コウタは思わず笑顔になっていた。
「こら、朋。コウタを喰うんじぇねぇ」
この家の長男、聖文のお帰りだ。声の調子から不機嫌さが伝わってくる。
コウタは思わず身震いし「おかえり」と振り返り言った。
つづく
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あとがき
こんばんは、やぴです。
新連載スタートしました。
迫田家の男たちが一気に登場しましたが、このお話は三男コウタと次男朋のお話です。
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憧れの兄、愛しの弟 2 [憧れの兄、愛しの弟]
久しぶりに早い時間に兄弟五人が揃った。
今年二十五歳の長男聖文は弟たちから尊敬というよりも、畏怖の眼差しで見られることが多い。特に怒鳴ったり殴られたりした記憶はないが、その威風堂々とした佇まいがそうさせるのだろうと、比較的聖文を恐れていないコウタは、そう思っている。
一番聖文を恐れているのが、双子たちだ。末っ子はわがままで身勝手と言うが、ほぼ同時に生まれた末っ子たちは、期待通りの奔放さで、長男を苛つかせている。それに引き替え誰からも愛されたい双子たちは、自分たちに厳しい目を向ける聖文が理解できないようだ。
二十歳の次男朋は、服飾関係の専門学校に通いながら、ホテルで給仕のアルバイトをしている。
朋は兄弟の中では一番柔和で、中立に位置している。けれど、ほんの少しコウタを贔屓しているのをコウタ以外は知っている。
親からの愛情が最も薄くなるという真ん中に位置するコウタは、文字通り、生まれた瞬間にそれを味わっている、とコウタは思っている。
それはコウタがおぎゃーと小さく泣き生まれた瞬間のこと。
コウタを見た両親はこう言った。
「この子、なんだか幸薄そうね……」
せめて名前だけでも幸せをいっぱいにしてあげましょう!という訳で、『幸多』と命名されたのだ。
なんて愛情たっぷりな両親だろう!
肝心の両親は、この春から家を空けている。定年を迎えた父は、うら若き美人妻――弱冠四十五歳――を連れて、はるばるニュージーランドへ移住してしまった。ロハスにはまった両親は、「ロハスと言えばニュージーランドだ!」と意気込み、子供たち全員を残して旅立った。
両親は、世界が自分たちを中心に回っていると勘違いしているのだ。特に妻にぞっこんの父は、男ばかりの家に妻が始終いる事が耐えられないらしい。
実の息子までも母から遠ざけたい父は――痛すぎるとしか言いようがない。
「まさにい、今日は仕事じゃなかったの?」
「仕事行って帰って来たんだ。俺が今日何時出勤だったか知っているのか?」
聖文は片眉をあげた。基本クールな聖文は表情を崩さず眉だけで感情を表す。すでに声の調子からも不機嫌だと分かっているので、コウタは慎重に言葉を選び答える。
「ううん…起きたらもういなかったから、早かったんだよね」
たぶん見ていないからそうなのだろう。コウタは上目遣いに聖文を見上げ反応を伺う。
「それで、朋は今日はバイトじゃないのか?」
コウタはあっさり無視された。
「今日のシフトに俺の名前なかっただろう?」
聖文と朋は同じ職場だ。
「そうだったか?」
聖文はそれだけ言うと、二人に背を向けきびきびとした足取りで和室を出て廊下の向こうに消えた。
家にいるときくらい力を抜けばいいのにと思いながら、コウタはねじっていた身体を前へ向けた。
「ふうっ。まったく、あの顔どうにかしろよ」
朋も庭に向き直り、コウタの膝の上のブッチを撫でた。おそらくこの家で、聖文に対して緊張しないのはブッチだけだろう。
「ねえ、朋ちゃん。今日のごはん当番って誰だっけ?」
「いいこと教えてやろう。――お前だ」
やっぱり。
コウタはブッチを朋の膝に移し、重い腰を上げると、畳の上に投げ出された鞄を手に二階の自分の部屋へ向かった。
つづく
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今年二十五歳の長男聖文は弟たちから尊敬というよりも、畏怖の眼差しで見られることが多い。特に怒鳴ったり殴られたりした記憶はないが、その威風堂々とした佇まいがそうさせるのだろうと、比較的聖文を恐れていないコウタは、そう思っている。
一番聖文を恐れているのが、双子たちだ。末っ子はわがままで身勝手と言うが、ほぼ同時に生まれた末っ子たちは、期待通りの奔放さで、長男を苛つかせている。それに引き替え誰からも愛されたい双子たちは、自分たちに厳しい目を向ける聖文が理解できないようだ。
二十歳の次男朋は、服飾関係の専門学校に通いながら、ホテルで給仕のアルバイトをしている。
朋は兄弟の中では一番柔和で、中立に位置している。けれど、ほんの少しコウタを贔屓しているのをコウタ以外は知っている。
親からの愛情が最も薄くなるという真ん中に位置するコウタは、文字通り、生まれた瞬間にそれを味わっている、とコウタは思っている。
それはコウタがおぎゃーと小さく泣き生まれた瞬間のこと。
コウタを見た両親はこう言った。
「この子、なんだか幸薄そうね……」
せめて名前だけでも幸せをいっぱいにしてあげましょう!という訳で、『幸多』と命名されたのだ。
なんて愛情たっぷりな両親だろう!
肝心の両親は、この春から家を空けている。定年を迎えた父は、うら若き美人妻――弱冠四十五歳――を連れて、はるばるニュージーランドへ移住してしまった。ロハスにはまった両親は、「ロハスと言えばニュージーランドだ!」と意気込み、子供たち全員を残して旅立った。
両親は、世界が自分たちを中心に回っていると勘違いしているのだ。特に妻にぞっこんの父は、男ばかりの家に妻が始終いる事が耐えられないらしい。
実の息子までも母から遠ざけたい父は――痛すぎるとしか言いようがない。
「まさにい、今日は仕事じゃなかったの?」
「仕事行って帰って来たんだ。俺が今日何時出勤だったか知っているのか?」
聖文は片眉をあげた。基本クールな聖文は表情を崩さず眉だけで感情を表す。すでに声の調子からも不機嫌だと分かっているので、コウタは慎重に言葉を選び答える。
「ううん…起きたらもういなかったから、早かったんだよね」
たぶん見ていないからそうなのだろう。コウタは上目遣いに聖文を見上げ反応を伺う。
「それで、朋は今日はバイトじゃないのか?」
コウタはあっさり無視された。
「今日のシフトに俺の名前なかっただろう?」
聖文と朋は同じ職場だ。
「そうだったか?」
聖文はそれだけ言うと、二人に背を向けきびきびとした足取りで和室を出て廊下の向こうに消えた。
家にいるときくらい力を抜けばいいのにと思いながら、コウタはねじっていた身体を前へ向けた。
「ふうっ。まったく、あの顔どうにかしろよ」
朋も庭に向き直り、コウタの膝の上のブッチを撫でた。おそらくこの家で、聖文に対して緊張しないのはブッチだけだろう。
「ねえ、朋ちゃん。今日のごはん当番って誰だっけ?」
「いいこと教えてやろう。――お前だ」
やっぱり。
コウタはブッチを朋の膝に移し、重い腰を上げると、畳の上に投げ出された鞄を手に二階の自分の部屋へ向かった。
つづく
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憧れの兄、愛しの弟 3 [憧れの兄、愛しの弟]
「なあ、まさにい。俺と部屋変わってくれない?」
朋は夕食後、二階の聖文の部屋へ来ていた。兄に頼みごとをするのは気が進まなかったが、それでもそうしなければならない理由が朋にはあった。
ひとえにコウタの傍に居たいからだ。
同じ屋根の下、それで充分だと思う。でも、少しでもコウタの近くに居たいという気持ちが抑えられない。
「なんで?」
聖文はパソコン画面に向いたまま返事をする。
「だからさぁ…」
くそっ!せめてこっち向けよ。
朋はしぶしぶ聖文の傍まで行き、机に手を掛けた。聖文はやっと顔を向け「触るな」と潔癖ぶりを発揮する。
勝手に部屋の物に触ると怒るし、背後に立っても怒られる。怒ると言っても声は荒げたりしないが……。
それに理由もなく頼みごとをすると、途端に不機嫌になる。
朋は一歩後ろへ引き、頼みごとをする時用の神妙な顔を作った。
「下の部屋は双子がうるさいから、二階の部屋がいいんだよね」
5DKの一戸建ては下に三部屋、上に二部屋ある。
玄関入ってすぐが縁側のある和室。その隣が双子たちの部屋。その奥に行くとダイニングとキッチン。そこを通ってリビングという名の朋の部屋がある。双子の部屋とは壁を隔てた隣になる。
二階は階段をあがって左右に一部屋ずつあり、右手がコウタの部屋で左手が聖文の部屋だ。
「という事は、俺に双子の犠牲になれと?なぜコウタに言わない?もとはお前の部屋だっただろう?」
ああ、そうだよ。
コウタが双子に苛められるから――双子はコウタをかわいがっているつもりだが――部屋を譲ってやったんだ。
「コウタはこれから受験があるだろう。可哀相じゃないか」
「俺は可哀相じゃないのか?」
「陸と海は、まさにいは苛めないだろう?コウタは傷つきやすいんだ、双子たちの威勢の良さにはついていけない」
「まあ、そうだな。だからコウタは二階にいる。お前は受験もないし、家にそんなにいる訳でもないし、別に部屋を変わる必要があるか?」
おおいにある!
朋は大声で言いたかったが、その理由を追及されると困るので、返事を渋った。
「とにかく、ここはお前が生まれる前から俺の部屋で、どうしても二階がいいならコウタとあの狭い部屋をシェアしろ。わかったら出て行け」
聖文はこれで話は終わりとばかりのオーラを出し、パソコンに正面から向き直った。
思わず顔がにやけそうになった。朋は、わざとらしくまだ不満だという様な顔で「わかった」と小さく言うと、聖文の部屋から出た。小躍りしたい気持ちを抑え、階段を軽やかににおりて行く。
やった!これでコウタと同じ部屋だ。隣の部屋よりもなおいい。
コウタに彼女が出来たと聞いた時、身の捩れる思いがした。コウタが自分の知らない女性を好きになった。その女と手を繋ぎキスをし、そのうちセックスをする。
嫌だと思った。
それが可愛い弟が、愛しい弟に変わった瞬間だった。
コウタは少々卑屈な所があって――実際は少々ではないが――自分は男らしくもなければかっこよくもなく、いいところなど何もないと思っている。
確かに男らしさには欠ける。コウタは気を使い過ぎるし、優し過ぎるのだ。容姿に関して言えば、かわいくて仕方がない。本人は色白な所が気に入らないのかもしれないが、その肌に触れる事を俺がどれだけ望んでいることか。唇でもちもちの頬に触れた時、そのまま押し倒したい衝動に駆られた。
ああ、考えているだけで、勃起してきた。
だがこの気持ちはいまのところ隠さなければいけないだろう。コウタを怖がらせたくないし、嫌われたくないから、優しい兄として傍にいることが最善なのだ。
つづく
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朋は夕食後、二階の聖文の部屋へ来ていた。兄に頼みごとをするのは気が進まなかったが、それでもそうしなければならない理由が朋にはあった。
ひとえにコウタの傍に居たいからだ。
同じ屋根の下、それで充分だと思う。でも、少しでもコウタの近くに居たいという気持ちが抑えられない。
「なんで?」
聖文はパソコン画面に向いたまま返事をする。
「だからさぁ…」
くそっ!せめてこっち向けよ。
朋はしぶしぶ聖文の傍まで行き、机に手を掛けた。聖文はやっと顔を向け「触るな」と潔癖ぶりを発揮する。
勝手に部屋の物に触ると怒るし、背後に立っても怒られる。怒ると言っても声は荒げたりしないが……。
それに理由もなく頼みごとをすると、途端に不機嫌になる。
朋は一歩後ろへ引き、頼みごとをする時用の神妙な顔を作った。
「下の部屋は双子がうるさいから、二階の部屋がいいんだよね」
5DKの一戸建ては下に三部屋、上に二部屋ある。
玄関入ってすぐが縁側のある和室。その隣が双子たちの部屋。その奥に行くとダイニングとキッチン。そこを通ってリビングという名の朋の部屋がある。双子の部屋とは壁を隔てた隣になる。
二階は階段をあがって左右に一部屋ずつあり、右手がコウタの部屋で左手が聖文の部屋だ。
「という事は、俺に双子の犠牲になれと?なぜコウタに言わない?もとはお前の部屋だっただろう?」
ああ、そうだよ。
コウタが双子に苛められるから――双子はコウタをかわいがっているつもりだが――部屋を譲ってやったんだ。
「コウタはこれから受験があるだろう。可哀相じゃないか」
「俺は可哀相じゃないのか?」
「陸と海は、まさにいは苛めないだろう?コウタは傷つきやすいんだ、双子たちの威勢の良さにはついていけない」
「まあ、そうだな。だからコウタは二階にいる。お前は受験もないし、家にそんなにいる訳でもないし、別に部屋を変わる必要があるか?」
おおいにある!
朋は大声で言いたかったが、その理由を追及されると困るので、返事を渋った。
「とにかく、ここはお前が生まれる前から俺の部屋で、どうしても二階がいいならコウタとあの狭い部屋をシェアしろ。わかったら出て行け」
聖文はこれで話は終わりとばかりのオーラを出し、パソコンに正面から向き直った。
思わず顔がにやけそうになった。朋は、わざとらしくまだ不満だという様な顔で「わかった」と小さく言うと、聖文の部屋から出た。小躍りしたい気持ちを抑え、階段を軽やかににおりて行く。
やった!これでコウタと同じ部屋だ。隣の部屋よりもなおいい。
コウタに彼女が出来たと聞いた時、身の捩れる思いがした。コウタが自分の知らない女性を好きになった。その女と手を繋ぎキスをし、そのうちセックスをする。
嫌だと思った。
それが可愛い弟が、愛しい弟に変わった瞬間だった。
コウタは少々卑屈な所があって――実際は少々ではないが――自分は男らしくもなければかっこよくもなく、いいところなど何もないと思っている。
確かに男らしさには欠ける。コウタは気を使い過ぎるし、優し過ぎるのだ。容姿に関して言えば、かわいくて仕方がない。本人は色白な所が気に入らないのかもしれないが、その肌に触れる事を俺がどれだけ望んでいることか。唇でもちもちの頬に触れた時、そのまま押し倒したい衝動に駆られた。
ああ、考えているだけで、勃起してきた。
だがこの気持ちはいまのところ隠さなければいけないだろう。コウタを怖がらせたくないし、嫌われたくないから、優しい兄として傍にいることが最善なのだ。
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憧れの兄、愛しの弟 4 [憧れの兄、愛しの弟]
「えっ、朋ちゃんがこの部屋に?ああ、そうなんだ……。じゃあ、僕は下に――」
「いやっ、コウタはここでいいんだ。まさにいに部屋変わってって言ったら、二人でシェアしろってさ」
コウタが下へ行ったら意味がない。
「ここはもともと朋ちゃんの部屋だから、僕が下へおりるよ」
コウタは嫌だというそぶりをひとつも見せない。このままでは、すぐさまこの部屋を明け渡すだろう。
「コウタ、俺と一緒の部屋は嫌か?勉強の邪魔はしないし、荷物は下の部屋に置いたままにしておくから。寝る時だけ、下に布団を敷かせてくれたらいいよ。さすがにベッド二つは置けないからな」
必死過ぎて、自分でもひく。
「嫌なわけないじゃん。一緒の部屋で嬉しいよ。それに僕はそんなに頭よくないから、時々朋ちゃんが勉強見てくれたら助かるな」
ほんのり顔を赤く染め、もじもじとするコウタを見てカッと身体が熱くなった。
勉強なんかいくらでも見てやる。無駄に頭がいいと思っていたけど、無駄ではなかったようだ。朋は満面の笑みで「そのくらいお安い御用」と愛しい弟の頬を優しくつねった。
つられるようにコウタも破顔した。この笑顔を毎日見られるなら、バイトのない日はまっすぐ家に帰ってこよう。いや、バイトもやめたいくらいだ。
「あと、ベッドは朋ちゃん使って。僕が布団敷いて寝るから」
ここで下手に「いや、俺が布団で寝る」とか言い張ると、コウタが困る。朋はすぐさま頭をひねり折衷案を引き出した。
「なら、交代で寝よう。これでこの話はお終い。明日から一緒に部屋を使おう、な」
朋はコウタの頭をぐしゃぐしゃと掻き乱し、満足げに部屋を出た。下へおりると、ダイニングで陸がアイスを冷凍庫から取り出しているところだった。海はスプーンを準備し、テーブルについていた。
「あ、朋ちゃんもアイス食べる?」陸が言った。
「いや、いまはいい」
ダイニングを通り過ぎ、自分の部屋の引き戸を開ける。
「コウタと何話してたの?」
海が陸からアイスを受け取りながら訊いてきた。
偉そうに弟の分際で、コウタを呼び捨てにしやがって。だがこいつらは言ってもきかない。
「明日から俺はコウタの部屋へ行く」
「ええーーー!じゃあ、コウタが下におりてくるの?」
双子の声が揃った。
朋は苛々しながら双子にはっきりと言ってやった。
「コウタと一緒に上の部屋を使う。だが、この部屋は俺の部屋のままだ。作業するのにちょうどいいからな。だからお前たちのどちらかがこの部屋を使おうとしても無駄だぞ」
「なーんか、朋ちゃん、言い方がキツイ」
陸はきゅっと唇を突出し、甘えるような声で言った。
「ほんと、ほんと」
海も同調した。
双子は朋がコウタを可愛がるのを気に入らないのだ。懐かれているのは分かっているし同じようにかわいい弟だが、愛しくはない。そこがコウタと双子との大きな違いなのだ。
とにかく明日にはこのうるさい双子から離れて、コウタと楽しいルームシェアが始まる。
つづく
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「いやっ、コウタはここでいいんだ。まさにいに部屋変わってって言ったら、二人でシェアしろってさ」
コウタが下へ行ったら意味がない。
「ここはもともと朋ちゃんの部屋だから、僕が下へおりるよ」
コウタは嫌だというそぶりをひとつも見せない。このままでは、すぐさまこの部屋を明け渡すだろう。
「コウタ、俺と一緒の部屋は嫌か?勉強の邪魔はしないし、荷物は下の部屋に置いたままにしておくから。寝る時だけ、下に布団を敷かせてくれたらいいよ。さすがにベッド二つは置けないからな」
必死過ぎて、自分でもひく。
「嫌なわけないじゃん。一緒の部屋で嬉しいよ。それに僕はそんなに頭よくないから、時々朋ちゃんが勉強見てくれたら助かるな」
ほんのり顔を赤く染め、もじもじとするコウタを見てカッと身体が熱くなった。
勉強なんかいくらでも見てやる。無駄に頭がいいと思っていたけど、無駄ではなかったようだ。朋は満面の笑みで「そのくらいお安い御用」と愛しい弟の頬を優しくつねった。
つられるようにコウタも破顔した。この笑顔を毎日見られるなら、バイトのない日はまっすぐ家に帰ってこよう。いや、バイトもやめたいくらいだ。
「あと、ベッドは朋ちゃん使って。僕が布団敷いて寝るから」
ここで下手に「いや、俺が布団で寝る」とか言い張ると、コウタが困る。朋はすぐさま頭をひねり折衷案を引き出した。
「なら、交代で寝よう。これでこの話はお終い。明日から一緒に部屋を使おう、な」
朋はコウタの頭をぐしゃぐしゃと掻き乱し、満足げに部屋を出た。下へおりると、ダイニングで陸がアイスを冷凍庫から取り出しているところだった。海はスプーンを準備し、テーブルについていた。
「あ、朋ちゃんもアイス食べる?」陸が言った。
「いや、いまはいい」
ダイニングを通り過ぎ、自分の部屋の引き戸を開ける。
「コウタと何話してたの?」
海が陸からアイスを受け取りながら訊いてきた。
偉そうに弟の分際で、コウタを呼び捨てにしやがって。だがこいつらは言ってもきかない。
「明日から俺はコウタの部屋へ行く」
「ええーーー!じゃあ、コウタが下におりてくるの?」
双子の声が揃った。
朋は苛々しながら双子にはっきりと言ってやった。
「コウタと一緒に上の部屋を使う。だが、この部屋は俺の部屋のままだ。作業するのにちょうどいいからな。だからお前たちのどちらかがこの部屋を使おうとしても無駄だぞ」
「なーんか、朋ちゃん、言い方がキツイ」
陸はきゅっと唇を突出し、甘えるような声で言った。
「ほんと、ほんと」
海も同調した。
双子は朋がコウタを可愛がるのを気に入らないのだ。懐かれているのは分かっているし同じようにかわいい弟だが、愛しくはない。そこがコウタと双子との大きな違いなのだ。
とにかく明日にはこのうるさい双子から離れて、コウタと楽しいルームシェアが始まる。
つづく
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憧れの兄、愛しの弟 5 [憧れの兄、愛しの弟]
翌日――
コウタは休憩時間に彼女を廊下に呼び出した。彼女は二つ隣のクラスの子で、これから教室を移動しないといけないからと、すぐに元いた教室へ戻って行った。
どうしても話がしたかったのに。けど、移動ならしかたないか……。
そう思っても避けられている気がしてしょうがない。
廊下に佇むコウタの前を彼女とその友達が通り過ぎていく。彼女はコウタの方をちらりとも見なかった。
昨日彼女が言った『好きで付き合ってるわけないでしょう』という言葉がずっと頭の中をぐるぐるしている。
どうして、谷崎さんは僕と付き合うことを承諾したのだろうか。一方通行だと分かっていたけど、気持ちに答える気がないなら、気を持たせないで欲しかった。
本当の事を言うと、彼女は気を持たせるような事は一切していない。
付き合って欲しいと言った時、彼女は「まあ、とりあえずいいけど」そんな感じの返事をした。それでも有頂天になったのは自分。彼女の気持ちを無視しているのも自分の方なのかもしれない。
遠ざかる彼女の綺麗な薄茶の髪の毛が背中で揺れ動くさまを見ていると、涙が込み上げてきた。あんなに綺麗な彼女と付き合えるなんて思った僕が馬鹿だった。きっと彼女は僕を哀れに思ったのだろう。
次の休憩時間、教室へ戻ってくる彼女を待ち受けて、声を掛けた。結衣は「なに?」と少し怒った口調で言った。彼女の隣に立つ友人も同じような厳しい目をコウタに向けている。まるで、あんたみたいなのが声を掛けるんじゃないわよ、とでも言いたげに。
「これ」
コウタは授業中に交換しそうな六角形に折った手紙を差し出した。短く別れの言葉を書いたものだ。
彼女が受け取る素振りをみせないので、コウタは手を伸ばし、彼女の手にそれを握らせた。
コウタの指先が彼女の手に触れた時、結衣は不快げに手を引っ込めた。だが、手紙は握ったままだ。とりあえずは手紙を渡すことには成功した。
「おい、コウタ!次移動だぞ」
肩を叩かれ、コウタはビクンと跳ねるように驚いた。
振り返ると同じクラスの三木と島田が、コウタの分の教科書も持って立っていた。小学校からの友達で、大親友だ。
再び前を向くと彼女はもう教室へ入っていた。
「あ、ごめん。教科書ありがとう」
そう言って教科書を受け取り、物理教室へ向かう。
「お前、あの女はやめとけよ」
島田が心配そうに言った。隣で三木もうんうんと頷いている。
島田が告白しろとせっついたくせに、よく言う。
でも、もしも親友に背を押してもらわなければ、いつまでもうじうじと彼女の姿を陰から見ていただけだろう。その方が結果としてはよかったのかもしれないけど。
「うん……もう、諦めたから。僕が勝手に付き合ってると勘違いしていたみたい……だから、ごめんねって――伝えたんだ……」
言葉にすると案外辛い。
コウタはあの告白を無かったものにしようとしているのだから当然だ。
「伝えたって、手紙渡しただけだろう?っつーか、なんでお前が謝るんだ?あの女、ちょっと美人だからって調子に乗ってんだよな」島田が怒りを滲ませ、拳を目の前でぎゅっと握った。
「でも、美人だもんなぁ」と、三木。
コウタは思わず無言でうんと頷いていた。
「俺、あの女の友達と付き合ってる奴の友達から聞いたんだけどさ――」
「なんか、結局誰?って感じだな」
きゃははと笑うように、三木が島田の話の腰を折る。
「うるさい。だから、まあ友達が言ってたけどさ、お前と付き合うって言ったのは、単にあの迫田朋の弟だからって話だ」
こうやって、聞きたくなかった真相をズバリ言ってくれる友達はなかなかいない。大親友だからこそ言えるのだと、コウタは思うことにした。
「お前の兄貴、超ーーかっこいいもんな」
言われなくても分かっていることを、三木はよく言う。
なんだか、さすがに誰かに八つ当たりしたい心境だ。
けど、兄にだけはやめておこう。
朋ちゃんのせいで、結局傷つくはめになったとは言いたくない。たとえほんの少し思っていたとしても。
つづく
前へ<< >>次へ
あとがき
こんばんは、やぴです。
新しいブログに移って、33333hitいっちゃいました
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コウタは休憩時間に彼女を廊下に呼び出した。彼女は二つ隣のクラスの子で、これから教室を移動しないといけないからと、すぐに元いた教室へ戻って行った。
どうしても話がしたかったのに。けど、移動ならしかたないか……。
そう思っても避けられている気がしてしょうがない。
廊下に佇むコウタの前を彼女とその友達が通り過ぎていく。彼女はコウタの方をちらりとも見なかった。
昨日彼女が言った『好きで付き合ってるわけないでしょう』という言葉がずっと頭の中をぐるぐるしている。
どうして、谷崎さんは僕と付き合うことを承諾したのだろうか。一方通行だと分かっていたけど、気持ちに答える気がないなら、気を持たせないで欲しかった。
本当の事を言うと、彼女は気を持たせるような事は一切していない。
付き合って欲しいと言った時、彼女は「まあ、とりあえずいいけど」そんな感じの返事をした。それでも有頂天になったのは自分。彼女の気持ちを無視しているのも自分の方なのかもしれない。
遠ざかる彼女の綺麗な薄茶の髪の毛が背中で揺れ動くさまを見ていると、涙が込み上げてきた。あんなに綺麗な彼女と付き合えるなんて思った僕が馬鹿だった。きっと彼女は僕を哀れに思ったのだろう。
次の休憩時間、教室へ戻ってくる彼女を待ち受けて、声を掛けた。結衣は「なに?」と少し怒った口調で言った。彼女の隣に立つ友人も同じような厳しい目をコウタに向けている。まるで、あんたみたいなのが声を掛けるんじゃないわよ、とでも言いたげに。
「これ」
コウタは授業中に交換しそうな六角形に折った手紙を差し出した。短く別れの言葉を書いたものだ。
彼女が受け取る素振りをみせないので、コウタは手を伸ばし、彼女の手にそれを握らせた。
コウタの指先が彼女の手に触れた時、結衣は不快げに手を引っ込めた。だが、手紙は握ったままだ。とりあえずは手紙を渡すことには成功した。
「おい、コウタ!次移動だぞ」
肩を叩かれ、コウタはビクンと跳ねるように驚いた。
振り返ると同じクラスの三木と島田が、コウタの分の教科書も持って立っていた。小学校からの友達で、大親友だ。
再び前を向くと彼女はもう教室へ入っていた。
「あ、ごめん。教科書ありがとう」
そう言って教科書を受け取り、物理教室へ向かう。
「お前、あの女はやめとけよ」
島田が心配そうに言った。隣で三木もうんうんと頷いている。
島田が告白しろとせっついたくせに、よく言う。
でも、もしも親友に背を押してもらわなければ、いつまでもうじうじと彼女の姿を陰から見ていただけだろう。その方が結果としてはよかったのかもしれないけど。
「うん……もう、諦めたから。僕が勝手に付き合ってると勘違いしていたみたい……だから、ごめんねって――伝えたんだ……」
言葉にすると案外辛い。
コウタはあの告白を無かったものにしようとしているのだから当然だ。
「伝えたって、手紙渡しただけだろう?っつーか、なんでお前が謝るんだ?あの女、ちょっと美人だからって調子に乗ってんだよな」島田が怒りを滲ませ、拳を目の前でぎゅっと握った。
「でも、美人だもんなぁ」と、三木。
コウタは思わず無言でうんと頷いていた。
「俺、あの女の友達と付き合ってる奴の友達から聞いたんだけどさ――」
「なんか、結局誰?って感じだな」
きゃははと笑うように、三木が島田の話の腰を折る。
「うるさい。だから、まあ友達が言ってたけどさ、お前と付き合うって言ったのは、単にあの迫田朋の弟だからって話だ」
こうやって、聞きたくなかった真相をズバリ言ってくれる友達はなかなかいない。大親友だからこそ言えるのだと、コウタは思うことにした。
「お前の兄貴、超ーーかっこいいもんな」
言われなくても分かっていることを、三木はよく言う。
なんだか、さすがに誰かに八つ当たりしたい心境だ。
けど、兄にだけはやめておこう。
朋ちゃんのせいで、結局傷つくはめになったとは言いたくない。たとえほんの少し思っていたとしても。
つづく
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憧れの兄、愛しの弟 6 [憧れの兄、愛しの弟]
朋はバイトを終え夜十時過ぎに帰宅すると、当たり前のように二階へ上がった。
今日から、コウタと同じ部屋だ。
ドアを開けると、勉強机に向かうコウタが振り返りこちらを見た。パッと表情が明るくなったのを見て、朋の心臓は倍のスピードで脈打ち始めた。
「朋ちゃんお帰り」
部屋へ入ると、ベッドの下に畳んだ布団が積まれていた。
「あ、和室からお客さん用に布団あげておいたから。掛布団は肌掛けだけ持ってきたけど、よかった?」
「ああ、ありがとう」
あまりに嬉しそうな顔は見せまいと、朋は自分の太腿をこっそりと抓った。
「あと、お風呂追い炊きしておいたから、今ちょうどいいと思う」
なんて気が利くんだ。
朋はコウタを抱きしめキスをしたくなったが、態度で示すのはやめて言葉だけにとどめておいた。
「ほんと、気が利くな。こんな嫁さん欲しい――よ……」
コウタの顔が一瞬引きつったのを見て、朋の言葉は途切れた。コウタがその後を繋ぐように口を開く。
「僕も朋ちゃんみたいな旦那さんなら嬉しいかも」
妙に明るい口調で作ったような笑顔。コウタらしくない。
「コウタ……?」どうしてそんな顔をするんだ?
「ん?――朋ちゃん早くお風呂入った方がいいよ。そのうち、まさにいが帰って来るから」
そう言うと、コウタは机に向かってしまった。
何か気に障る事を言っただろうか?もしかして、俺の気持ちがばれてしまったとか?調子に乗って『嫁さん』とか言うんじゃなかった。
だが、コウタが気持ちに気付くなんてことあり得るだろうか?
コウタは色恋沙汰には疎く、実際の経験に関しても双子の弟たちに比べて何歩も出遅れている。
だが、そんなコウタにも彼女が出来た。奥手だと思っていたのに、自分から告白までした。嬉しそうな顔で報告を受けた時は、兄として一緒に喜んだ。
気付いてしまった自分の気持ちを棚上げにしてでも、こんなかわいいコウタの彼女は幸せだなと、二人を応援するつもりでいた。
けれど、昨日の様子では彼女とうまくいっていないようだ。
この事には触れない方がいいのか、それともいつものように軽いノリで確かめるべきか……。
なんだか以前の様にコウタに接する事が出来なくなってきている。いちいち反応を気にして、柄にもなく奥手な自分がいる。
当たり前だ。コウタは男で、大事な弟だ。下手の事できるはずがない。
朋は諦めたように、軽く息を吐き「んじゃ、お風呂行ってくるわ」と足取り重く階段を下りて行った。
つづく
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今日から、コウタと同じ部屋だ。
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「朋ちゃんお帰り」
部屋へ入ると、ベッドの下に畳んだ布団が積まれていた。
「あ、和室からお客さん用に布団あげておいたから。掛布団は肌掛けだけ持ってきたけど、よかった?」
「ああ、ありがとう」
あまりに嬉しそうな顔は見せまいと、朋は自分の太腿をこっそりと抓った。
「あと、お風呂追い炊きしておいたから、今ちょうどいいと思う」
なんて気が利くんだ。
朋はコウタを抱きしめキスをしたくなったが、態度で示すのはやめて言葉だけにとどめておいた。
「ほんと、気が利くな。こんな嫁さん欲しい――よ……」
コウタの顔が一瞬引きつったのを見て、朋の言葉は途切れた。コウタがその後を繋ぐように口を開く。
「僕も朋ちゃんみたいな旦那さんなら嬉しいかも」
妙に明るい口調で作ったような笑顔。コウタらしくない。
「コウタ……?」どうしてそんな顔をするんだ?
「ん?――朋ちゃん早くお風呂入った方がいいよ。そのうち、まさにいが帰って来るから」
そう言うと、コウタは机に向かってしまった。
何か気に障る事を言っただろうか?もしかして、俺の気持ちがばれてしまったとか?調子に乗って『嫁さん』とか言うんじゃなかった。
だが、コウタが気持ちに気付くなんてことあり得るだろうか?
コウタは色恋沙汰には疎く、実際の経験に関しても双子の弟たちに比べて何歩も出遅れている。
だが、そんなコウタにも彼女が出来た。奥手だと思っていたのに、自分から告白までした。嬉しそうな顔で報告を受けた時は、兄として一緒に喜んだ。
気付いてしまった自分の気持ちを棚上げにしてでも、こんなかわいいコウタの彼女は幸せだなと、二人を応援するつもりでいた。
けれど、昨日の様子では彼女とうまくいっていないようだ。
この事には触れない方がいいのか、それともいつものように軽いノリで確かめるべきか……。
なんだか以前の様にコウタに接する事が出来なくなってきている。いちいち反応を気にして、柄にもなく奥手な自分がいる。
当たり前だ。コウタは男で、大事な弟だ。下手の事できるはずがない。
朋は諦めたように、軽く息を吐き「んじゃ、お風呂行ってくるわ」と足取り重く階段を下りて行った。
つづく
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憧れの兄、愛しの弟 7 [憧れの兄、愛しの弟]
「お嫁さんか……」
コウタはひとりになったのを見計らって、ぽつりと呟く。
自分が男らしいとは思っていない。わかっていても、あっさり男だという事を否定されると――特に今は――胸に堪える。
兄の様にかっこよかったらなと思う。背が高くて頭が良くて、女の人を魅了するあの綺麗な笑顔が真似できたらと思う。
朋の名前の由来は、文字通りのものだ。生まれた時、月が二つ空から落ちてきたかのように、美しく輝いていたらしい。生まれたばかりの子が輝くほど美しいという表現はありえないと思うが、両親の解釈だから、おそらくそれだけかわいい子が生まれたという事なのだろう。幸が薄いと言われたコウタとは大違いだ。
「ぶみゃー」
落ち込むコウタの足に、ブッチが擦り寄って来た。ブッチが二階まで上がってくるのは珍しい。
「ブッチ、慰めてくれるの?」
ブッチは頭をぶつける様に、擦り寄る。脛に当たり痛いくらいだけど、かえってそれで気分が晴れてくる。
「僕さ、振られちゃったんだ。当たり前だよね。僕なんか好きになる子いるはずがないもん」
コウタはブッチをすくいあげ、胸に抱いた。ゴロゴロと喉を鳴らし、今度は顎に頭突きを食らわす。
「ブッチ、痛いよぉ」
コウタはいつの間にか泣き出していた。ブッチをぎゅっと抱きしめ、ぽろぽろと涙を零す。
そんな自分の女々しさに嫌気がさし、余計に涙が溢れる。
「ブッチぃぃ……」
ブッチは「んぎゃっ」と一声泣くと、コウタから逃れるように腕の中でもがいた。腕を緩めると、ストンと飛び降り、ブッチはしっぽを揺らし部屋から出て行った。
それと入れ替えに、部屋に朋が入って来た。濡れた髪をタオルで拭きながら、泣き顔を向けるコウタに驚いた顔を見せた。
「コウタ、どうした?」
コウタは咄嗟に顔を隠そうとしたがもう遅かった。
朋は素早く駆け寄り、コウタの頬を両手で掴むと、心配そうに覗き込んだ。親指で目元の涙を拭いながら「何かあったのか?」と尋ねる。
コウタは首を左右に振ろうとするが、朋にしっかりと顔を掴まれ、ただまっすぐに兄の整った顔を見つめ返すことしか出来ずにいる。
「ん?どうした?俺に言ってみろ」
いつもと同じ、優しく甘い声がコウタの耳を擽る。
あまりに優しい声なので、再び涙が込み上げてきた。同情されることに慣れてしまっている自分に腹が立つし、情けない。
「僕ね、彼女と別れたんだ。ううん。そもそも付き合ってなかったみたい――」
何でもない事のように言おうとしたが、口元が震え、いかにも哀れな声が出てしまった。おまけに作ろうとした笑顔が歪み、情けない男の代表みたいな顔を、美形の兄に晒してしまった。
恥ずかしくて、今すぐベッドに潜り込みたい。
唯一救いだったのは、朋の胸にすぐさま抱き寄せられ、不細工な顔を長時間晒さずに済んだことだった。
つづく
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コウタはひとりになったのを見計らって、ぽつりと呟く。
自分が男らしいとは思っていない。わかっていても、あっさり男だという事を否定されると――特に今は――胸に堪える。
兄の様にかっこよかったらなと思う。背が高くて頭が良くて、女の人を魅了するあの綺麗な笑顔が真似できたらと思う。
朋の名前の由来は、文字通りのものだ。生まれた時、月が二つ空から落ちてきたかのように、美しく輝いていたらしい。生まれたばかりの子が輝くほど美しいという表現はありえないと思うが、両親の解釈だから、おそらくそれだけかわいい子が生まれたという事なのだろう。幸が薄いと言われたコウタとは大違いだ。
「ぶみゃー」
落ち込むコウタの足に、ブッチが擦り寄って来た。ブッチが二階まで上がってくるのは珍しい。
「ブッチ、慰めてくれるの?」
ブッチは頭をぶつける様に、擦り寄る。脛に当たり痛いくらいだけど、かえってそれで気分が晴れてくる。
「僕さ、振られちゃったんだ。当たり前だよね。僕なんか好きになる子いるはずがないもん」
コウタはブッチをすくいあげ、胸に抱いた。ゴロゴロと喉を鳴らし、今度は顎に頭突きを食らわす。
「ブッチ、痛いよぉ」
コウタはいつの間にか泣き出していた。ブッチをぎゅっと抱きしめ、ぽろぽろと涙を零す。
そんな自分の女々しさに嫌気がさし、余計に涙が溢れる。
「ブッチぃぃ……」
ブッチは「んぎゃっ」と一声泣くと、コウタから逃れるように腕の中でもがいた。腕を緩めると、ストンと飛び降り、ブッチはしっぽを揺らし部屋から出て行った。
それと入れ替えに、部屋に朋が入って来た。濡れた髪をタオルで拭きながら、泣き顔を向けるコウタに驚いた顔を見せた。
「コウタ、どうした?」
コウタは咄嗟に顔を隠そうとしたがもう遅かった。
朋は素早く駆け寄り、コウタの頬を両手で掴むと、心配そうに覗き込んだ。親指で目元の涙を拭いながら「何かあったのか?」と尋ねる。
コウタは首を左右に振ろうとするが、朋にしっかりと顔を掴まれ、ただまっすぐに兄の整った顔を見つめ返すことしか出来ずにいる。
「ん?どうした?俺に言ってみろ」
いつもと同じ、優しく甘い声がコウタの耳を擽る。
あまりに優しい声なので、再び涙が込み上げてきた。同情されることに慣れてしまっている自分に腹が立つし、情けない。
「僕ね、彼女と別れたんだ。ううん。そもそも付き合ってなかったみたい――」
何でもない事のように言おうとしたが、口元が震え、いかにも哀れな声が出てしまった。おまけに作ろうとした笑顔が歪み、情けない男の代表みたいな顔を、美形の兄に晒してしまった。
恥ずかしくて、今すぐベッドに潜り込みたい。
唯一救いだったのは、朋の胸にすぐさま抱き寄せられ、不細工な顔を長時間晒さずに済んだことだった。
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憧れの兄、愛しの弟 8 [憧れの兄、愛しの弟]
「コウタ…」
朋はコウタを引き寄せぎゅっと抱きしめた。
コウタが自分を振った女の為に泣いている。
朋にとってコウタが彼女と別れたとなれば、それは嬉しい事のはずだ。だが、コウタの涙を見てしまった今、自己中心的な思いは影をひそめてしまった。
どちらかと言えば、その女に会ってコウタのどこが不満なのか聞いてやりたいくらいだ。別れるなんてもったいないことするなと怒鳴りつけたい。
「朋ちゃん、苦しい」
半分椅子から浮き上がった状態のコウタが呻いた。
離さなきゃいけない事は分かっている。けれど腕の中のコウタは一番弱い自分を晒しているうえ、柔らかく、そして温かい。
コウタの震える小さな身体は、保護欲をかきたてられ、すべてを自分のものにしたくなる。
自制できない。このままキスをしたら、コウタは怒るだろうか。
「朋ちゃん、いい匂いするね」
コウタのその一言で、朋の邪な考えは吹っ飛んだ。気が抜けたようにコウタを抱く手を緩める。
「コウタと同じ匂いだろう?」
風呂上がりの身体から香るのは、コウタと同じシャンプー、同じボディーソープの香り。もちろん他の兄弟も同じ香りをさせている。
「うん、でも、朋ちゃんは僕よりいい匂いがする」
無邪気としか言いようがない。コウタは自分が兄をどれだけ刺激しているのか分かっていない。
まずいっ!勃起してきた。
朋は素早くコウタから離れ、ベッドの淵に座り足を組んだ。股間の盛り上がりをコウタの目から隠す様に。
「それで、付き合っていなかったってどういう意味だ?告白してちゃんと返事貰ったんだろう?」
「うん、そうだったはずなんだけど……昨日、聞いちゃったんだ。友達と話しているところを……彼女、僕の事好きじゃないってさ」
「好きじゃない?」
怒りではらわたが煮えくり返りそうだ。コウタを好きじゃないなどと言う奴がいるとは思わなかった。
「なんとなく分かってたんだ……だから、手紙渡して、あの告白はなかったことにしてもらうことにした」
「手紙を?」朋は顔を顰めた。
いまどき手紙か?携帯電話という便利なツールがあるのに?
コウタが可哀相過ぎて直視出来なくなってきた。「でもさ、コウタ。付き合っているうちに好きになっていくパターンもあるだろう?なにもなかったことにしなくても……」
コウタは椅子の上で背を丸めた。腿の上で拳を握り――おそらく涙を堪えている。
「出来れば直接話がしたかったけど、よく考えたら好きでもない人と話したがるはずがないもんね。彼女は僕みたいなのと一緒にいる姿を見られたくなかったんだよ」
コウタは『僕みたいな』とか『僕なんて』という言葉をよく使う。
以前の朋なら「そんなに卑屈になるなよ」と軽く元気づけるだけで、そんなに気にしていない言葉だった。けど、いまは違う。好きな男が自分を卑下する言葉を聞いて、普段と変わらない顔で、何気なく言葉を掛けられるはずがない。
「どうしたの……朋ちゃん。なんだか、怖い顔してるよ」
コウタの言葉に、朋はぼやけていた焦点を弟の戸惑いの混じった顔に合わせる。
「いや……、なあ、コウタ。お前、その彼女の事好きだった?コウタの魅力のかけらも分からないような女を、お前は好きだったのか?」
不意にそんな事を訊かれ、コウタの表情がもっと戸惑ったものに変わったが、朋は答えを聞くまでは引き下がる気はなかった。
つづく
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朋はコウタを引き寄せぎゅっと抱きしめた。
コウタが自分を振った女の為に泣いている。
朋にとってコウタが彼女と別れたとなれば、それは嬉しい事のはずだ。だが、コウタの涙を見てしまった今、自己中心的な思いは影をひそめてしまった。
どちらかと言えば、その女に会ってコウタのどこが不満なのか聞いてやりたいくらいだ。別れるなんてもったいないことするなと怒鳴りつけたい。
「朋ちゃん、苦しい」
半分椅子から浮き上がった状態のコウタが呻いた。
離さなきゃいけない事は分かっている。けれど腕の中のコウタは一番弱い自分を晒しているうえ、柔らかく、そして温かい。
コウタの震える小さな身体は、保護欲をかきたてられ、すべてを自分のものにしたくなる。
自制できない。このままキスをしたら、コウタは怒るだろうか。
「朋ちゃん、いい匂いするね」
コウタのその一言で、朋の邪な考えは吹っ飛んだ。気が抜けたようにコウタを抱く手を緩める。
「コウタと同じ匂いだろう?」
風呂上がりの身体から香るのは、コウタと同じシャンプー、同じボディーソープの香り。もちろん他の兄弟も同じ香りをさせている。
「うん、でも、朋ちゃんは僕よりいい匂いがする」
無邪気としか言いようがない。コウタは自分が兄をどれだけ刺激しているのか分かっていない。
まずいっ!勃起してきた。
朋は素早くコウタから離れ、ベッドの淵に座り足を組んだ。股間の盛り上がりをコウタの目から隠す様に。
「それで、付き合っていなかったってどういう意味だ?告白してちゃんと返事貰ったんだろう?」
「うん、そうだったはずなんだけど……昨日、聞いちゃったんだ。友達と話しているところを……彼女、僕の事好きじゃないってさ」
「好きじゃない?」
怒りではらわたが煮えくり返りそうだ。コウタを好きじゃないなどと言う奴がいるとは思わなかった。
「なんとなく分かってたんだ……だから、手紙渡して、あの告白はなかったことにしてもらうことにした」
「手紙を?」朋は顔を顰めた。
いまどき手紙か?携帯電話という便利なツールがあるのに?
コウタが可哀相過ぎて直視出来なくなってきた。「でもさ、コウタ。付き合っているうちに好きになっていくパターンもあるだろう?なにもなかったことにしなくても……」
コウタは椅子の上で背を丸めた。腿の上で拳を握り――おそらく涙を堪えている。
「出来れば直接話がしたかったけど、よく考えたら好きでもない人と話したがるはずがないもんね。彼女は僕みたいなのと一緒にいる姿を見られたくなかったんだよ」
コウタは『僕みたいな』とか『僕なんて』という言葉をよく使う。
以前の朋なら「そんなに卑屈になるなよ」と軽く元気づけるだけで、そんなに気にしていない言葉だった。けど、いまは違う。好きな男が自分を卑下する言葉を聞いて、普段と変わらない顔で、何気なく言葉を掛けられるはずがない。
「どうしたの……朋ちゃん。なんだか、怖い顔してるよ」
コウタの言葉に、朋はぼやけていた焦点を弟の戸惑いの混じった顔に合わせる。
「いや……、なあ、コウタ。お前、その彼女の事好きだった?コウタの魅力のかけらも分からないような女を、お前は好きだったのか?」
不意にそんな事を訊かれ、コウタの表情がもっと戸惑ったものに変わったが、朋は答えを聞くまでは引き下がる気はなかった。
つづく
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憧れの兄、愛しの弟 9 [憧れの兄、愛しの弟]
「好きだよ。だから勇気を出して告白だってしたし、それをなかった事にもした。それに、僕には魅力はないよ……朋ちゃんとは違うもん」
即答だった。コウタがいい加減な気持ちで誰かと付き合ったりするはずがないのは分かっていたが、何のためらいもなく言葉を返されると、賛辞を送りたくなる。こんなに男らしい男はいない。あっぱれだ。
だが、最後の一言が癪に障る。
どうして、俺と比べる必要がある?自分がそれなりに整った顔立ちをしているのは分かっているが、ただそれだけだ。魅力と言えるほどでもないし、自分からすればコウタの方が魅力をふんだんに兼ね備えている。
「俺とお前が違うのは当たり前だろう?」
「う、うん……そうだね」
きつい言い方になってしまったからか、コウタは椅子をまわし、机に向かってしまった。これ以上何かを言うと、どんどん卑屈になっていくだけだ。この会話が二人の仲に亀裂を生じさせるような気さえする。
朋は立ち上がり「ちょっと下からいるもの取ってくる」と言って階下へ向かった。
半乾きの髪を首にかけているタオルでくしゃくしゃとし、ダイニングへ入ると、いつの間にか聖文が帰宅していた。
「どこか出掛けていたのか?」
「見れば分かるだろう。せっかくの休みに飲み会なんかうんざりする」そう言って聖文は、アルコールの混じった息を吐き出し、水の入ったグラスを口に付けた。シャツのボタンを三つも外しているのは、飲み会からなのか、帰宅してからなのか……。
「今日食事当番だったんじゃない?」
「コウタと変わってもらった」
「ふーん」
当番を手伝う事はあっても誰かに変わってもらうなど、聖文以外は恐ろしくてできない事だ。この食事当番は聖文がそれぞれのスケジュールに合わせ、ひと月単位で綿密に決めているのだ。他の当番に関しても同様だ。
テーブルの上を見ると、ラップのかかった皿が二つ並べて置いてあった。朋と聖文の分だ。
「あいつ、飲み会だって言ったのに――」
聖文はちっと舌打ちをし、皿をレンジへ持っていく。「お前も食べるか?」
「いや、俺はいい」
いまいましそうに皿をレンジへ放り込んだ聖文だが、実のところ喜んでいるのだ。聖文もこういう余計な気遣いをするコウタが好きなのだ。もちろん朋が抱いている気持ちとは違うけれど。
「機嫌が悪いのか?」聖文が訊いた。
聖文が座っている真向いの椅子に座ると、朋は「いいや」とそっけなく答えた。
「なら、そのふくれっ面やめろ。お前は、何か気に入らない事があると、すぐに顔に出る」
そっちこそ!と言いたい衝動を抑え、コウタの作った夕食に目を向ける。
今夜のおかずはチキン南蛮。
迫田家の定番料理にして、家族全員の大好物。
案外簡単で――コウタに言わせれば――ボリューム満点、ごはんが進む。男兄弟の迫田家にはもってこいのおかずだ。
これを食べずに今夜眠れるのか?
つづく
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即答だった。コウタがいい加減な気持ちで誰かと付き合ったりするはずがないのは分かっていたが、何のためらいもなく言葉を返されると、賛辞を送りたくなる。こんなに男らしい男はいない。あっぱれだ。
だが、最後の一言が癪に障る。
どうして、俺と比べる必要がある?自分がそれなりに整った顔立ちをしているのは分かっているが、ただそれだけだ。魅力と言えるほどでもないし、自分からすればコウタの方が魅力をふんだんに兼ね備えている。
「俺とお前が違うのは当たり前だろう?」
「う、うん……そうだね」
きつい言い方になってしまったからか、コウタは椅子をまわし、机に向かってしまった。これ以上何かを言うと、どんどん卑屈になっていくだけだ。この会話が二人の仲に亀裂を生じさせるような気さえする。
朋は立ち上がり「ちょっと下からいるもの取ってくる」と言って階下へ向かった。
半乾きの髪を首にかけているタオルでくしゃくしゃとし、ダイニングへ入ると、いつの間にか聖文が帰宅していた。
「どこか出掛けていたのか?」
「見れば分かるだろう。せっかくの休みに飲み会なんかうんざりする」そう言って聖文は、アルコールの混じった息を吐き出し、水の入ったグラスを口に付けた。シャツのボタンを三つも外しているのは、飲み会からなのか、帰宅してからなのか……。
「今日食事当番だったんじゃない?」
「コウタと変わってもらった」
「ふーん」
当番を手伝う事はあっても誰かに変わってもらうなど、聖文以外は恐ろしくてできない事だ。この食事当番は聖文がそれぞれのスケジュールに合わせ、ひと月単位で綿密に決めているのだ。他の当番に関しても同様だ。
テーブルの上を見ると、ラップのかかった皿が二つ並べて置いてあった。朋と聖文の分だ。
「あいつ、飲み会だって言ったのに――」
聖文はちっと舌打ちをし、皿をレンジへ持っていく。「お前も食べるか?」
「いや、俺はいい」
いまいましそうに皿をレンジへ放り込んだ聖文だが、実のところ喜んでいるのだ。聖文もこういう余計な気遣いをするコウタが好きなのだ。もちろん朋が抱いている気持ちとは違うけれど。
「機嫌が悪いのか?」聖文が訊いた。
聖文が座っている真向いの椅子に座ると、朋は「いいや」とそっけなく答えた。
「なら、そのふくれっ面やめろ。お前は、何か気に入らない事があると、すぐに顔に出る」
そっちこそ!と言いたい衝動を抑え、コウタの作った夕食に目を向ける。
今夜のおかずはチキン南蛮。
迫田家の定番料理にして、家族全員の大好物。
案外簡単で――コウタに言わせれば――ボリューム満点、ごはんが進む。男兄弟の迫田家にはもってこいのおかずだ。
これを食べずに今夜眠れるのか?
つづく
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憧れの兄、愛しの弟 10 [憧れの兄、愛しの弟]
「毎日コウタが食事当番してくれたらいいのにな」
朋がそう言うと、聖文が大きく頷いた。それもそうだ。まともな料理が出るのはコウタと聖文が当番の時だけだ。朋はそこそこできるが、最悪なのは双子だ。
出来ないなら出来ないなりに簡単なものにすればいいものを、なぜか、難しいものに挑戦したがる。
「それで、もう上に引っ越したのか?」
聖文が軽く温めたチキン南蛮にタルタルソースをたっぷりかけながら訊いてきた。
おいおい、それはかけ過ぎだろう、と思いながら朋は自分のために用意されている皿を引き寄せた。
手を伸ばし、テーブルの真ん中の箸立てから黒檀の箸を取る。
ラップを取り、聖文がやっと手放したスプーンを使いタルタルソースをたっぷりとすくいあげた。
「引っ越すって言っても、着替えを持っていくだけだ。まあ、いまの部屋を作業部屋にするからちょっと片付けなきゃいけないけど」
「いま何作ってるんだ?」
聖文は一切れ目を食べ終え訊いた。
朋も甘酢にしっかり漬かったチキンを口に頬張った。美味い!やっぱコウタのチキン南蛮は最高だな。
「スーツ。結構細かい工程があるから面倒なんだよな」質問を忘れないうちに答えておく。
「でも、それがやりたくて専門に行ったんだろう?大学に行かずに」
「別に――そんなにやりたかったわけじゃない。大学よりかは行きたかったってくらいで」
「ふんっ。どうせ、コウタの為だろう?」
聖文は二切れ目を始末し、タルタルソースを追加した。
「なっ、なんで?」
見透かされていてドキッとした。もしかして、コウタへの恋心にも気付いているのだろうか。
「コウタのボロボロの巾着――お前が中学の時に学校で作ったものだろう」
そうだ。コウタのボロボロの体操着入れは朋が作ったものだ。手先が器用で、ミシンも難なく扱う朋は、家庭科は得意科目だった。
授業で作った巾着袋を家に持って帰って母に見せた時、とても褒められたのを覚えている。傍にいたコウタが「朋ちゃん、それ作ったの?すごいね。すごいね」と言ったのも覚えている。「いるか?」と言ったら、満面の笑みで「うんっ!」と言って両手を差し出してきた。
その手に乗せた巾着はあれから六年経った今でも、コウタの手に握られている。
「別に、それとこれとは関係ないだろう」実は大いにあるが。
「お前な、コウタを可愛がり過ぎなんだよ。だから双子がコウタをいじめるんだ」
「言っておくが、俺は陸も海もかわいがっているぞ。怖がらせているのはまさにいだろう?」
「知るかっ」
結局、朋は夕食の皿を綺麗に平らげてしまった。
やはりコウタの手料理を食べずに寝るなんて、そんな勿体ない事できるはずがなかった。
朋は後片付けをすませ、必要なものを持ってコウタの待つ二階の部屋へ戻って行った。
つづく
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朋がそう言うと、聖文が大きく頷いた。それもそうだ。まともな料理が出るのはコウタと聖文が当番の時だけだ。朋はそこそこできるが、最悪なのは双子だ。
出来ないなら出来ないなりに簡単なものにすればいいものを、なぜか、難しいものに挑戦したがる。
「それで、もう上に引っ越したのか?」
聖文が軽く温めたチキン南蛮にタルタルソースをたっぷりかけながら訊いてきた。
おいおい、それはかけ過ぎだろう、と思いながら朋は自分のために用意されている皿を引き寄せた。
手を伸ばし、テーブルの真ん中の箸立てから黒檀の箸を取る。
ラップを取り、聖文がやっと手放したスプーンを使いタルタルソースをたっぷりとすくいあげた。
「引っ越すって言っても、着替えを持っていくだけだ。まあ、いまの部屋を作業部屋にするからちょっと片付けなきゃいけないけど」
「いま何作ってるんだ?」
聖文は一切れ目を食べ終え訊いた。
朋も甘酢にしっかり漬かったチキンを口に頬張った。美味い!やっぱコウタのチキン南蛮は最高だな。
「スーツ。結構細かい工程があるから面倒なんだよな」質問を忘れないうちに答えておく。
「でも、それがやりたくて専門に行ったんだろう?大学に行かずに」
「別に――そんなにやりたかったわけじゃない。大学よりかは行きたかったってくらいで」
「ふんっ。どうせ、コウタの為だろう?」
聖文は二切れ目を始末し、タルタルソースを追加した。
「なっ、なんで?」
見透かされていてドキッとした。もしかして、コウタへの恋心にも気付いているのだろうか。
「コウタのボロボロの巾着――お前が中学の時に学校で作ったものだろう」
そうだ。コウタのボロボロの体操着入れは朋が作ったものだ。手先が器用で、ミシンも難なく扱う朋は、家庭科は得意科目だった。
授業で作った巾着袋を家に持って帰って母に見せた時、とても褒められたのを覚えている。傍にいたコウタが「朋ちゃん、それ作ったの?すごいね。すごいね」と言ったのも覚えている。「いるか?」と言ったら、満面の笑みで「うんっ!」と言って両手を差し出してきた。
その手に乗せた巾着はあれから六年経った今でも、コウタの手に握られている。
「別に、それとこれとは関係ないだろう」実は大いにあるが。
「お前な、コウタを可愛がり過ぎなんだよ。だから双子がコウタをいじめるんだ」
「言っておくが、俺は陸も海もかわいがっているぞ。怖がらせているのはまさにいだろう?」
「知るかっ」
結局、朋は夕食の皿を綺麗に平らげてしまった。
やはりコウタの手料理を食べずに寝るなんて、そんな勿体ない事できるはずがなかった。
朋は後片付けをすませ、必要なものを持ってコウタの待つ二階の部屋へ戻って行った。
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