はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

花嫁の秘密 386 [花嫁の秘密]

列車がラムズデンの駅に滑り込んだ時には、アンジェラはいつもの格好に戻っていた。

メグは一等の客車の後方、二等車に乗っているので着替えを手伝ったのはクリスだ。言わずもがな、脱がせる方が得意なのだが、背中の小さなボタンを上までしっかり留めた時には、馴染みのある姿にホッとせずにはいられなかった。

ホームに降り立つと、この土地特有の乾いた冷たい風が歓迎の意を込めて吹きつけてきた。身を切るような寒さだ。クリスはアンジェラの前に立って、頭にフードをかぶせた。この冬新調したコートだが、まさかラムズデンが初披露の場になるとは思っていなかった。真っ白なファーに縁どられたアンジェラの顔は愛らしく、クリスはここが駅のホームだということを忘れ、思わずキスをしかけた。

「ごほんっ」

雑踏の中でもよく聞こえた咳払いはダグラスのもので、クリスは自分が立っている場所とアンジェラを早く暖かな場所へ連れて行くいという、いま夫がすべきことを思い出し、まじめな顔つきで振り返った。

カバンを手に立つダグラスの横には、神妙な顔つきのクラーケンが背中を丸めて立っていた。後ろの方では従僕とメグがキビキビとポーターに指示して荷物を運ばせている。

「旦那様……」クラーケンはまず何を言うべきか言葉が見つからず、そのまま頭を垂れた。今回の騒動で疲労の色は見えるが、白髪はあまり増えていないし、やはり引退するにはまだ早い。

領地の管理を引き継いだモリソンが金を持ち逃げした責任を感じているのだろうが、さすがにこれは想定外だ。それに責任があるとすれば、領主であるクリスにある。だがこれを機にクラーケンが戻ってきてくれれば、クリスとしては憂いがひとつ減る。

「久しぶりだな、クラーケン。詳しい話はフォークナーから聞いている。お前からも話を聞きたいが、まずは屋敷へ着いてからでいいか。アンジェラ、ラムズデンのメイフィールドの土地を管理している、クラーケンだ。クラーケン、妻のアンジェラだ」

クリスの後ろに隠れていたアンジェラは、ひょっこり顔を出してクラーケンに笑いかけた。

「こんにちは」正体がばれないようにと言葉少なだ。少し前まで男装をして息巻いていたとは思えない。

「ああ奥様、こんな形でお目にかかることになろうとは――」待ち望んでいた瞬間が自分の失態――実際は違うが――と重なって、クラーケンは顔をくしゃくしゃにして再び頭を垂れた。

「遅くなってごめんなさい」アンジェラにいま言えることはこれだけだ。

クリスはクラーケンの肩に優しく手を置き、これまでの苦労をねぎらった。

「さあ、行こう」

つづく


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花嫁の秘密 385 [花嫁の秘密]

「やっぱり、やり方を間違えたんじゃないかな。普通に考えて、ここを乗っ取りたいって話を遊びに来たついでの男に聞かされるなんて、僕だったらステッキに仕込んだ剣でひと突きにしてやるけど」冗談とも言い切れない口調で、サミーが言った。

サミーの言うとおりだ。もしも自分がここのオーナーだったとして、そんな上得意でもない一会員がある日突然ここを譲れと言ってきたら、銃でも突き付けて追い出していただろう。

クィンがそうしなかったのは、ランフォード公爵の顔を立てたのと、ただ単に好奇心が疼いたからに他ならない。

クィンは面白い男だ。警戒はしていたが、俺がどんな人間か知っていて話し合いに応じたのだから。俺がこのことを記事にしたらどうするつもりなのか、試してみたい気もする。

ステフを同席させたことで、胡散臭さが増したが、それが俺の売りだから仕方ない。もう少ししたら地下に潜るし、それまでにはある程度話を進めておきたい。

「改めて代理人を立てることにする」エリックは二杯目を飲み干し、深い溜息を吐いた。代理人を誰にするかは頭の痛い話だが、早いところ決めないと他のやつに搔っ攫われてしまう。

「最初からそうすべきだったね。クィンと親しいわけでもないのに、いきなり乗り込んでまともに話を聞いてくれただけでも、今夜は収穫があったと言ってもいいんじゃない」

サミーの正論は耳に痛いが、そもそもここを買い取ったらどうだと言い出したのは自分だってこと忘れていないか?でもまあ機嫌も直ったことだし、反論するのはやめておこう。

給仕にワインをボトルごとを持ってくるように言って、サミーのリクエストでチョコレートも注文した。

「そういえば、ホワイトが来ていた。次はいったい何に賭けたのやら」カードルームの常連が二階のフロアにいるのは珍しいが、いつもつるんでいる遊び相手がいないとなれば、一人で遊べる場所にいてもおかしくはない。

「珍しいな」サミーも同じように思ったらしい。「いつもならここを舞台か何かのよう練り歩くのに、見なかったってことは僕たちより前に来ていたのかな」たいして興味もなさそうに言って、チョコレートをひとつつまんだ。

「そうだろうな。まあ、今夜は見せびらかしたいメンツでもないから仕方がない」ラウンジをさっと見回しても、目に入るのは年寄りばかりだ。若者はよその集まりに出かけているのだろう。

「でも年寄りたちのくだらない賭けはプルートスには欠かせない。悪意もないし、勝っても負けても楽しめる。競走馬を所有している者も多いから馬に関することが多いけど、朝食のメニューはなんだとか、生まれてくる仔犬がオスかメスか、公演中の舞台でキャスト変更があるかとか、本当にくだらない」あまりのくだらなさにサミーは失笑を漏らした。軽快で耳に心地よい笑い声だ。

「それを悪意のあるものに変えているのがデレクだ。ホワイトもシリルもそれに乗っているだけだ、と言いたいがターゲットにされたやつらの事を考えるとそういうわけにもいかない」

単純ないたずら程度ならまだしも、死者も出ている。このままにしてはおけない。だが、これといって証拠がないのが現状だ。

「大元はいまだ姿を現さない四人目の男、だろう?例の彼は関係していると思うか?」サミーはそれとなく周囲に目をやった。

「たぶんね。ブラッドリーの秘書をしているが、関係は複雑だ」もう少し調べが進めば、どん詰まりの状況も打開できそうだが、そろそろ表でこの話をするのはやめた方がよさそうだ。いつどこで誰が聞いているかわかったもんじゃない。

それに早いところ帰らないと、サミーが酔っぱらってひと暴れしそうだ。今夜相手になるやつはいないだろうが。

つづく


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花嫁の秘密 384 [花嫁の秘密]

フェルリッジにリード家専用の駅ね……なぜ、エリックはそんなことを?

考えるまでもない、アンジェラのために決まっている。

今年だけでなく、おそらくこれからも向こうとこちらを行き来する生活になるだろう。クリスがどうこうという問題ではなく、アンジェラの立場上仕方がない。けど、ソフィアがそれを許すだろうか。いまどういう話になっているのか、セシルが戻ってきたら聞いてみよう。

今夜この場にいれば、もっと楽しめたのに。

「ジョン、帰るぞ」

ふいに頭上から声が降って来た。視線だけ向けると、機嫌の悪そうなステフの後ろに消化不良を起こしたような顔のエリックが立っていた。

予想よりも早く戻って来たということは、クィンとの話し合いは円滑には進まなかったということか。

サミーは椅子にもたれエリックが口を開くのを待った。ステフが帰ると言えばジョンは従うしかないし、となると今夜のこの奇妙な集いはこれで仕舞いだ。上で話した内容は話す場所を選ぶ質のものだろうから、僕たちもこのまま帰ることになりそうだ。

つまらないな。外に出たくもなかったのに、わざわざ支度をしてここまで来て、ゲームもせずに帰るなんて。

「今夜はもう終わり?」ジョンが気の抜けた様子で尋ねる。二人が戻って来てからが本番だと思っていたから、その反応も当然だ。

「充分飲み食いしただろう?」ステフは、ほら行くぞと、椅子の背を叩く。

「え、でもステフは?」ジョンは座ったままぐずぐずと言った。まだ帰りたくないらしい。

ステフはジョンが座っている椅子のひじ掛けに腰を引っかけ、ジョンの肩を抱いた。「帰りにスコッツのところに寄る。まさか付き合わないとか言わないよな」

あまりの大胆さにサミーは面食らった。もちろん二人の関係は知っている。けど、ここはそういうことに適した場所ではない。今夜は年寄り連中も多いし、やはり場所を移した方が良さそうだ。

「僕たちもそのスコッツの店に移動するかい?」サミーは見上げ、エリックに訊いた。スコッツが何の店かは知らないけど、ここでの用はもうないはずだ。

「いや、俺たちはここに残る」エリックはそう言って、空いている椅子に座った。軽く手を上げて給仕にシャンパンを注文した。「喉が渇いているんだ」

じっと見ていたからか、エリックが言い訳がましく言う。その間にジョンはステフに引っ張られるようにして次の目的地スコッツへと行ってしまった。

ジョンの話も途中になってしまったけど、続きはエリックに聞けばいいか。

グラスはふたつ運ばれてきて、サミーは当然ひとつ手に取った。エリックがうるさいから飲まずにいたが、一緒なら文句も言わないだろう。

「スコッツって何の店?」ひと口飲んで、ほっと息を吐く。エリックを見ると、グラスを一気に空けて次を持って来いと給仕に合図していた。

「あいつらの家の近くにある、ただの食堂だ。チップスが美味い」

「ふうん。ステフのあの様子からすると、ここはあまりお気に召さなかったようだね」ジョンも落ち着かない様子だったけど、少なくとも食事の時は楽しそうにしていた。お酒もほどほど飲んでいたし、キャビアを食べてにこにこしていた。

「行ってみたいなら、今度連れて行ってやるぞ」エリックはナッツを奥歯で噛み砕きながら言った。

「ただの食堂なら一人でも行ける」いったい僕をいくつだと思っている?君よりも年上だってこと、忘れないでもらいたいね。「でも、君が僕と一緒に行きたいと言うなら、付き合ってあげてもいいけど」サミーはにっこりと笑った。

つづく


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花嫁の秘密 383 [花嫁の秘密]

クィンと話せば話すほど、どこか迷路に迷い込んだ気分になるのはなぜだろう。

エリックにとってクィンはわかりやすい男だ。素性は明らか、資産も公にしている、妻を愛していてそのためにプルートスを手放そうとしている。

それなのに、調査のプロが二人もいて、ちょっと調べれば誰もが知り得ることしか知らない。つまり、わかりやすいどころか謎だらけということだ。

もしかすると、出方を間違えたかもしれない。今夜はクィンの反応をうかがうだけと軽い気持ちだったが、まずは代理人を立てて先に接触させるべきだった。

「あなた方がどういうつもりかは、よくわかりました。今夜はこの辺でよろしいですか」クィンは会見の打ち切りを宣言した。忙しいので少しも時間は無駄にできないといったところだろう。

でもまあいい。結局のところ、クィンは妻の望み通りここを手放すしかない。ただどういう形で決着するかは、これからの交渉次第だろう。

エリックは最後まで強気な態度を崩さず、借りてきた猫のようになっていたステフを連れてクィンの私室から出た。もちろんステフはそれでよかった。変に出しゃばっていたら、クィンはもっと早く自分の縄張りから追い出していただろう。

「もっと具体的な話をするかと思っていましたよ」フロアをひとつ下へ降りたところで、ステフがようやく口を開いた。居心地の悪い場所から解放されて、ようやくいつもの調子が戻ったようだ。

「今日は挨拶だけだ」そう言ったものの、クィンの出方次第では、もっと突っ込んだ話し合いができたはずだ。だが予想通りクィンは警戒していて、こっちが一方的に話す羽目になった。

ひとまず伝えるべきことは伝えた。ここを手放す気なら、俺たちが引き受ける。オーナーにはサミーを据える気だが、そこは濁した。クィンは出資割合の話をした時に気づいただろうが、興味深げな顔をしただけで、特に何も言ってこなかった。

次の交渉にはサミーを行かせるか。

「正直俺は、金は出しても経営にはかかわりたくないな。ジョンは帳簿をつけたりは得意だろうけど、客と揉めた時なんかは危なっかしくて表には出したくない」

ステフの心配事はジョンが危険に巻き込まれないか、そういうことらしい。共同経営者にとは言ったが、ここを切り盛りしろという話ではない。

「お前たちは本業もあるし、表に出なくてもいい。もちろん金勘定みたいな細かいことをする必要もない。ついでに言うと、揉め事は支配人が片づけるから大丈夫だ」

その辺を細かく詰めておく必要がありそうだが、先にサミーと――いや、やっぱりこいつらも交えて話をした方が揉めなくて済みそうだ。

「けど、たいてい一番偉いやつを出せと騒ぐもんだ」ステフは不満そうに言って、二階の吹き抜け部分からラウンジを見下ろした。ジョンの姿を見つけると、ほっとしたように手摺に寄りかかった。

「サミーが対処する」エリックも同じように手摺に寄りかかった。サミーが手にしているグラスの中身はなんだろう。酒でなければいいが。

「どうかな……彼にそれができますか?」

嫌でも対応するのが仕事だが、どうせデレクを追い出すつもりだし、面倒な会員はこの際排除してしまおう。例えば今夜揉め事を引き起こしている、ディクソンのような男とか。おそらくクィンも異論はないはずだ。

つづく


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花嫁の秘密 382 [花嫁の秘密]

お腹を満たしたサミーは、先ほど有耶無耶になったままの話の続きを促すようにジョンを見た。

「二人、遅いですね」ジョンはカクテルグラスを片手にちらりと大階段の方を見た。何杯目か数えてはいないが、さほど顔色も変わっていないし、特に酒に弱くはなさそうだ。

「クィンはさっき上がったばかりだから、もうしばらくは戻ってこないんじゃないかな」サミーは素っ気なく言って、じっとりとした視線をジョンに向けた。

ジョンはステフと出会ってからいままでの事をざっくりと話してくれたが、世間が知っている二人の姿とは少し違っていた。だがエリック同様、ステフが胡散臭いことには変わりない。あの捉えどころのなさはいったい何なのだろう。

「どこまで話を進めるんでしょうね」ジョンはグラスを空にしてテーブルに置いた。

サミーは自分で話し合いには参加しないと決めたが、ジョンは違う。わけもわからず放置されていて、上で決まった話に否が応でも従わされるのだから。けれどもジョンはそれを望んでいる。ステフの決めたことは自分で決めたことと同義らしい。

「まず意思確認じゃないかな。クィンがここを手放す気があるのか。僕だったらあんな胡散臭い男にはいくら積まれたって譲らないけどね」まともな判断を出来る者なら、エリックにプルートスを譲ろうなんて思わない。

クィンはここを一流のクラブに成長させたことで、世間での地位も確立させた。いくつか事業を行っているがここを手放すのはかなりの痛手に違いない。だが、そうせざるを得ない事情がある。そこにエリックがつけ込んだわけだけど、結果として僕も話に乗った。けど、ここで周りの様子を眺めていると、それは間違いだったような気がする。

僕には無理だ。従業員を束ねるのは支配人に任せたとしても、まずあの支配人が僕に従うとは思えない。クィンは幼いころから叔父の下で、ゲームだけでなく客のあしらい方や帳簿のつけ方を学んできた。成人した時に経営を引き継ぎ、支配人と共にここを大きくした。金を持っているだけで他には何も持たない僕に誰が従う?

共同経営者にステフとジョンが加わったとしても、何も変わらない。エリックはいったいどうするつもりだろう。

ふと、エリックに行かせたのは間違いのような気がしてきた。明らかにまともな話し合いをするよりも、相手の感情を逆撫でして状況が複雑化するのがおちだ。

だがクィンはエリックという人間を知っている。知っていてここの会員にするだけの度量もある。プルートスから手を引かせるには、つくづく惜しい男だ。

彼の妻を説得するのはどうだろうか。

まあ、それは僕の仕事ではないが。

「それでジョン、どこに駅を造るって?」まずはこっちの問題を片付けよう。

つづく


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花嫁の秘密 381 [花嫁の秘密]

エリック・コートニーがとある噂を聞きつけて何度か接触してきていたが、さすがに逃げ切れないか。

クィンは諦めて、ブランデーグラス片手にお気に入りの革張りの椅子に深々と身を沈めた。まずは向こうがどうしたいのか話を聞こうではないか。ここを買い叩くつもりなら、すぐにでも追い出してやる。

クィンは現在三十六歳、十五年前に叔父からここの実質的な経営を受け継いだ。当時はもっと野蛮な者たちの溜まり場だったが、叔父が手を引いたことで客離れが起き――クィンの経営方針が気に入らないのもあって――結果としていまのような洗練された紳士クラブへと変貌を遂げた。

最初の五年は苦労も多かったが、仕事をしていて一番楽しかった時期だ。若かったせいもあるだろうが、すべてが新鮮で刺激的だった。けれどもこの数年は以前ほどここに魅力を感じない。自分が年を取ったせいもあるが、このクラブにまつわる悪い噂が出回っていることも少なからず関係している。

ここを拠点に犯罪が行われているという類のものだが、いったいどんな犯罪なのか具体性に乏しくはっきりしない。
ライバルによる工作かとも思ったが、似たような紳士クラブとはきちんと住み分けが出来ているし、噂の出所も特定できていない状態では何とも言えない。

まさか目の前の男の仕業ではないだろうな。

クィンは疑いの眼差しをエリック・コートニーに向けた。隣に座るステファン・アストンは素性こそはっきりしているが、こっちもかなり胡散臭い存在だ。フィリップの頼みでなければ今夜わざわざ時間を割くこともなかっただろう。

「経営が傾いているという噂もありますが、どうやら噂だけのようですね」コートニーが何食わぬ顔で言った。やはりこいつが噂を?

「噂などそんなものです。会員相手にこういうことはあまり口にするべきではありませんが、売り上げは右肩上がりです」特にこの数ヶ月、自分の気持ちとは裏腹にクラブ経営は順調すぎるほど順調だ。

コートニーはそんなことはとっくに知っているといった顔で頷いた。「ではなぜここを手放そうと?奥様のせいですか?」

「その言い方だと妻が悪者に聞こえるな」クィンは不快感を示した。確かに妻はここを手放して欲しいと思っている。結婚を承諾させるために提案した条件のうちのひとつで、遠からず自分はそれを実行しなければならない。だがそれを他人に指摘されるいわれはない。

「失礼。ただ、あなたがここを手放そうとしている理由を知っていると言いたかっただけです。それで、俺に売る気はありますか?」まるで帽子でも買いに来た言い草だ。自室のようにゆったりとくつろぎ、グラスを口に運ぶ様は、立場が優位にあることを物語っている。

「君はここを買えるのか?」隣に座るアストンがいくらか出資するとしても、コートニーはいったいどこから資金を調達する気だろう。いくつかある住まいを売って、持ち株を処分する、あとは兄から借金をするとして、果たして経営を維持していけるだろうか。

プルートスの会員になるにあたって資産状況は報告させているが、もしかすると隠している財産があるのかもしれない。仮にあったとして、ここをこいつに明け渡すにはクリアすべき条件がまだいくつもある。

「言い値で買いますよ。俺が全額出してもいいですが、それだとあいつがあとからぶつくさ文句を言いそうなので、半々てところですかね。こいつもいくらでも出すでしょうし」コートニーは立てた親指をアストンに向けた。

あいつというのが最近一緒にここへ来ている、サミュエル・リードのことだとしたら、また少し違った展開になる。彼は一見すると賭け事には向いてなさそうに見えるが、カードの席に着かせると相手が泣いて降参するまで席を立たせない。それにいかさまを見抜く目も持っている。

彼とプルートスを賭けてひと勝負してみるのも面白いのかもしれない。それこそこのクラブの醍醐味と言うものだ。

つづく


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花嫁の秘密 380 [花嫁の秘密]

エリックは気の長い方ではないが、仕事柄待つことには慣れている。調べものをするとき、結果がすぐに出ればいいが、何日も何週間も、ことによっては数年かかることもある。対象に動きがなければ動くまでじっと待つしかないのだから仕方がない。

けど今夜はクィンがここへ来ることは間違いない。顔を出すと言う情報を得て、面会の約束を取り付けたのはステフのくせに、こいつはさっきから吐きそうな顔をしている。よほどこの場所がお気に召さないらしい。

ステフとジョンは法律家のアルフレッド・スタンレーの保護下にある。アルフレッドは前コッパー子爵と親交があり、子爵が亡きあとジョンが独り立ちするまで面倒を見てきたが、それはいまも継続中だ。親子とまではいかないが、それに近い関係を築いている。

そのおかげでクィンと今夜こそ会える。

こういった仕事の話は酒でも飲みながらする方がいいのだが、クィンはそういうタイプではない。堅い男ではないが、警戒心はサミー並みにある。

サミーはいったいいつになったら俺を信用するのか。いや、もちろんある程度はしているとは思う。だが、すべてを任せるほど信頼しているかといえば、まったく違うと言ってもいいだろう。どんなに理不尽に思っても、あいつの気持ちがそうそう変化するとは思えない。

けど、あまり悠長なことを言っていられない。

「しかし、ランフォード公爵とクィンが知り合いだとは思わなかった。どこにも接点はないだろう?」エリックはステフに尋ねた。

ランフォード公爵エドワード・スタンレーはアルフレッドの甥で、少なからずステフとジョンと関係があるが、口利きをしてくれるほどとは思わなかった。

「伯爵と――ああ、いや、公爵とは特に知り合いではないようですが、友人がクィンと付き合いがあるみたいです。あまり詳しくは聞けませんでしたが」いつも人を食ったような態度のステフだが、スタンレー家の者は別だ。さすがに図々しく聞き出すような真似は出来なかったらしい。

「友人ね……」思いつく人物は数人しかいない。特定するのは簡単だが、そこは重要ではない。

戸口に支配人が一瞬だけ顔を見せたかと思うと、ゆったりとした足取りでクィンが部屋に入って来た。長身で逞しく、黄金に輝く豊かな髪はまるでその富と比例しているかのようだ。太陽神と陰で呼ばれているのも納得の容姿だ。

その太陽神はラウンジに姿を見せる時とは違って、愛想の欠片もない。これは幸先が悪そうだ。今夜この場では客ではないし、仕事の話をしに来ているのだから、向こうが苦い顔をしても文句は言えない。

エリックとステフは立ち上がって、クィンを出迎えた。どちらの立場が上かは、現段階でははっきりしている。けど、あまり下手に出過ぎると足元を見られるどころか、交渉のテーブルにさえ着けない可能性がある。

そうなったら、自分の武器を使うまでだが、いまのところはおとなしくしておこう。

「ミスター・コートニー、うちの会員になったのはここを狙っての事ですか?」クィンは前置きもなしに、いきなり切り出した。敵意を見せているというより、優位に立ちたいがためだろう。

「もっと友好的に話し合いましょう」エリックはクィンが座るのを待たずに、腰をおろした。ステフにも座るようにそれとなく促す。

クィンはひとつ息を吐き、支配人を呼んだ。無意味なやり取りは省いてくれるらしい。

「フロックハート、グラスを三つとそこのデキャンタを持ってきてくれ。それから、ディクソンのことはお前に任せる。うまく対処してくれ」

つづく


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花嫁の秘密 379 [花嫁の秘密]

ステフにしては珍しく緊張していた。紳士クラブに足を踏み入れたのは初めてなうえ、いきなり最上階のオーナーの私室に招かれている。仕事柄許可を得ずにこういった場所に侵入することはあるが、はっきり言って居心地が悪い。

「一人にしていていいんですか?」ステフは眠ってしまいそうなほど座り心地のいいソファで、そわそわと足を組み替えた。当たり前だが調度品は一級のものばかりで、経営が傾いているようには見えない。

「子供じゃあるまいし平気だ。そっちこそ、あいつを一人にして平気か?」ゆったりとくつろいだ様子のエリックは、ステフを揶揄うように言い返した。

「ミスター・リードがいるから大丈夫でしょう?」そう言って、ステフは盛大に顔を顰めた。あの二人、まともに会話は出来ているのだろうか。

ジョンと彼は同じ階級の人間だが、ジョンの場合ある日その特権を奪われ、さらには俺といることで貴族の暮らしとは程遠い生活をしている。交友関係は皆無で、たまに兄に会っているらしいが、その兄も少々問題ありだ。だからこそ、今回ミスター・コートニーの話に乗った。

クィンは本当にここを譲る気があるのだろうか。調べてみたが、謎が多い人物であまり情報を仕入れられなかった。わかっているのは、彼の妻がクラブ経営から手を引かせたがっていること。

「どうだろうな。まあ、サミーは腹が減ったと言っていたから、仲良くうまいもんでも食べているだろうよ」

それならそれで安心だ。食べている間は、変なことはしないだろうから。あいつは賭け事をするのには向いていない。「それで?ミスター・リードには俺たちの事話したんですか」

もしこのクラブを手に入れたら、俺を共同経営者にとミスター・コートニーは言ったが、そこにジョンもいなければ断るつもりだった。ミスター・リードはそれを承諾したのだろうか?

「いや、まだだ。けど、気づいただろうな。そもそも一緒に来いと言ったのに、下に残ったのはあいつだ。あとで文句言おうが知るもんか」

こうやって悪態を吐くが、この人のしていることはすべて彼のためだ。少し前までは仕事を依頼されてもまったくそんなことは思わなかったのに、いったい何がどう変化したのだろう。それともただ、俺がいままで気づかなかっただけか?

「随分と待たせますね」ステフは苛々と言った。この苦手な場所に自分の椅子も加わるのかと思うと、この話を受けてよかったのか不安になる。これまでジョンとのんびりやって来たのに、仕事がひとつ増えるということは、間違いなく生活は一変するだろう。

「時間はだいたいでしか言われていないから仕方ない。向こうは俺たちと違って忙しいんだ。結婚しているからな」エリックはそう言って、身震いをした。

ステフもつられて身を震わせた。まったく、ゾッとする話だ。

つづく


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花嫁の秘密 378 [花嫁の秘密]

ステフに誘われて紳士クラブ<プルートス>に来たものの、ラウンジに一人置き去りにされて十五分は過ぎただろうか。いや、正確には一人ではなく、ミスター・リードも同じテーブルにいる。席に着いてから、初めて彼が口を開いた。

「君はお兄さんと会ったりしているの?」

ジョンは驚いて、手に持っていたワイングラスを置いた。飲もうかどうしようか悩んで、まだ口をつけていなかった。

「数ヶ月に一度、家の事で顔を合わせます。僕は暇なんですけど、兄は忙しくてなかなか予定が合わなくて」

ジョンの兄コッパー子爵レオナルド・スチュワートは、父の死後、十八歳で爵位を受け継いだ。二つ年上で、一度没落した家を再建するのにいまも苦労している。ジョンも手助けはしているが、無口な兄が何を考えているのかさっぱりわからず、領地運営もうまくいっているのかどうかもわからない。

「そう。でも君はそんなに暇そうには見えないけど」

「いえ、うちの事務所は本当に暇なんです。アルフが、いえ、アルフレッド様が持ってくる案件がなければとっくに潰れていますよ」

S&J探偵事務所を開いて約五年、いまだ自立しているとは言い難い。けどそれも自分だけのような気がする。相棒のステフは父親から譲り受けた鉄道事業の成功で、かなりの資産家だ。表向きそう見せないようにしているのは、僕に気を使っているから。

「エリックがよく仕事を頼んでいるみたいだけど」ミスター・リードはお腹が空いていたようで、飲み物には目もくれずカナッペを端から順に食べている。

ジョンもキャビアの乗ったカナッペに手を伸ばした。今夜はミスター・コートニーのおごりだから、遠慮はしない。

「そうなんです。ミスター・コートニーには、仕事をたくさん持ち込んでもらって助かっています。今度どこかに駅を作ってくれって言っていましたけど、確かフェ――」あ……これは秘密だっただろうか。それとも、ステフにこのクラブの共同経営者になれと言っていた方が秘密だっただろうか。ジョンは強引にカナッペで口を塞いだ。

「駅を作る?どこに?」ミスター・リードから愛想のよさが消えた。おそらく怒っている。

遅かった。どうしよう、ステフに怒られる。ああ、でも早く戻って来て。

ジョンは無心で口を動かした。そうしている間は答えなくていいから。

つづく


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花嫁の秘密 377 [花嫁の秘密]

プルートスへ向かうと聞いて、サミーはそれが今夜でないといけない理由を考えた。

何か特別なイベントがあると言っていただろうか?年明けにカードが届いていたけど、挨拶だけだったように思う。よく見ておけばよかった。明日にはセシルが戻ってくるから、一緒に行けばさぞかし楽しめるだろうに。

エリックの事だ、ただ単に遊びに行くとも思えない。デレクを追い出すと言っていたから、わざわざあいつに会うためではない。となると、プルートスのオーナークィンに会うためか。約束は取り付けているのだろうか。

サミーは黙って向かいに座るエリックに視線を投げてみたが、気づかないのかあえて無視しているのか、いまは話す気分ではなさそうだ。

もしかして、ブラックの事で腹を立てているのだろうか。着替えるのにブラックを呼んだけど、結局来たのはプラットだった。それに関しては腹を立てるのは僕の方だ。リード家の執事ともあろう者が、エリックに言われたからなんだっていうんだ。

クリス不在の間、その役目を引き継いでいる僕が、屋敷で命令できる唯一の存在だということを思い出させてやるべきか?

馬車はプルートスの正面玄関の少し手前で止まった。あまり歩きたい気分ではなかったが、これもエリックの指示らしい。理由は知らない。

「それで、今夜の予定は?」もうそろそろ話してもいいのでは?エリックが無計画で行動するはずはない。

「食事をしに来た。それだけじゃダメか?」エリックはすまし顔で言うが、こちらが納得するとは思っていないようだ。

「食事だけなら別の場所でもいいだろう」そう言ったものの、レストランや酒場で食事をするのはあまり好きではない。エリックはそれをわかっていて言っている。最近思うのは、エリックはきっと誰よりも僕の事を理解している。クリスよりも、僕よりも。

通りは思ったよりもにぎわっていた。この先に新しい店が出来たらしく、プルートスの正面玄関前にも様子を伺うように立ち話をしている者もいる。この偵察も兼ねているのか。それならそうと言えばいいのに。

「ミスター・リード、こんばんは」男の一人が階段の上から言った。

サッと見上げて、それがステファン・アストンとジョン・スチュワートの二人だと気づいた。

「俺には挨拶なしか?」エリックが言う。

「いま言うところでした。なあ、ジョン」ステファンが肘でジョンの脇腹を小突いた。何気ない仕草だったが、親密な関係なのは隠しようがなかった。

「まったく、素直にはいと言えないものかね」エリックはぶつくさ言いながら階段をのぼりきり、二人に何か話しかけた。

サミーも同じ場所に立ち、挨拶を返した。彼らに直接会うのは一年ぶりか。エリックはしょっちゅう会っているようだが、今夜待ち合わせているならそう言えばよかったのに。

どうやら食事だけでは済まなそうだし、カードゲームで遊ぶのもおあずけとなりそうだ。僕の気分などおかまいなしってわけか。

つづく


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