はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

花嫁の秘密 298 [花嫁の秘密]

「ねえ、メグ。計画を立て直さないといけないわ」

セシルのお腹が満たされ、話もひと段落したところで、アンジェラは自分の部屋へ戻った。昨日までに立てていた計画は変更を余儀なくされ、ロイに出すはずだった手紙はしばらく引き出しに仕舞うことになった。

メグはアンジェラを鏡の前に座らせると、ヘアブラシを手にして言った。「しばらくはロイ・マシューズに会いに行くのは無理だと思います」

「わかっているわ」アンジェラは深い溜息を吐き、鏡の中の自分を見つめた。せっかく変装するための衣装を揃えたのに、ロイに会いに行けなくなってしまった。これからどうしたらいいのか、相談できるのはメグだけ。「わたしはクリスについて行くべきよね」

「そうしないと旦那様はどこにも行けないと思います」メグはキビキビと言い、アンジェラの髪を丁寧に梳かしていく。

「少し短くしておいた方がいいかしら?」波打つ髪は腰の辺りまで伸びている。普通にまとめるだけならこのままでもいいけど、帽子に押し込むとなれば量を減らしておく必要がある。

「急がなくてもいいと思いますが、ご希望でしたら手配します」

「そうね……」計画は延期になったし、急ぐ必要はなくなった。わざわざ誰か呼ぶより、ロジャー兄様の所へ行けばマーサがいるから、そこで切ってもらえばいい。

「そもそもロイ・マシューズは当てになるのでしょうか?」メグが疑問を口にした。

「記憶を辿って案内してもらうしかないわ。場所さえわかれば、そこが誰のものか調べることは簡単でしょう?」リックはいつも簡単に調べ物をするけど、きっとそんなに簡単じゃない。誰かに調査を依頼するにしても、いったい誰にしたらいいのかもわからない。

「調査をしてくれるところをいくつか知っています」メグが言った。

「もしかしてメリッサの知っているところ?」アンジェラは訊き返した。メグはメリッサの元侍女で、アンジェラよりずっと物知りだ。

メグは鏡越しに頷いた。

メリッサが利用するような調査員はきっと優秀に違いない。秘密を守ることもなんでもないはず。

「その時が来たらお願いすることにするわ。でも結局、いまは諦めるしかないわね。クリスと一緒にラムズデンに行っている間に、問題が片付けばいいけど」

アンジェラは昨日からずっと考えていた。生まれてからのほとんどをアップル・ゲートで過ごし、誰かに恨まれるような何かをした記憶もない。クリスと結婚してから出会った人を思い返しても、馬車を襲ったり血染めのハンカチとナイフを贈るような人物は思い当たらない。

もちろん誰もが好意的だとは思わない。劇場へ行った時に、社交界の洗礼を受けたことを忘れてはいない。リックが仕返しをしたことで恨まれているかもしれないけど、だからといって彼女たちは物理的な仕返しはしたりしない。せいぜい陰口を叩くくらいだ。

「もし犯人が分かっても、どうせ誰もわたしには教えてくれない」アンジェラはこぼし、髪をアップにするように鏡の中のメグに向かって顔の横で指をあげてみせた。

「知らない間にすべて終わるなら、それもいいのでは?」

確かにメグの言うように、知らない間に犯人が捕まり罰を受けるなら、それはそれでいいのかもしれない。けど、なぜこんなことをするのか理由は知りたい。

つづく


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花嫁の秘密 297 [花嫁の秘密]

どうせすぐに伝わると思っていたが、まさかセシルもエリックもうちの屋敷にいたとはね。

クリスはアンジェラが注いでくれた紅茶をひと飲みし、居住まいを正した。

「サミーは具体的にどんな感じで怒っていた?」サミーが怒りを他人にわかるように示すことはほとんどない。セシルが怒っていたと言うからには、相当怒っていたに違いない。俺はかなりまずいことをしたようだ。

「いや、なんて言ったらいいか……プラットが震え上がるくらいには怒っていたよ。どうしてサミーに電報を打たなかったの?」セシルは同じ質問を繰り返した。何が何でも答えて欲しいようだ。

「どうして?」アンジェラも一緒になって訊く。

この場合、何と答えるのが正解なのだろう。正直なところ、サミーにはアンジェラのために無茶をして欲しくない。前回、もしかすると命を落としていたかもしれないことを思うとなおさら。それにアンジェラを守るのは夫である俺の役目だ。

「調査してから知らせようと思っていたんだ。エリックとセシルに先に知らせたのは――」黒幕を知っているからだ。そう言いたかったが、アンジェラのいる前でこの話は出来ない。「兄だからだ」

「サミーもわたしの兄よ。正確には義理の弟になるけど」アンジェラはクリスのために紅茶を注ぎ足し、ケーキを取り分けた。

「わかっているよ、ハニー」クリスはアンジェラの頬にキスをした。「サミーは向こうに残るって?」

「もちろん、戻ってきたがっていたよ。まあ想像通りリックがあれこれ指示を出して、僕がここにいるわけだけどね」セシルはひょいと肩をすくめてみせた。

「リックとサミーは向こうで何を?」アンジェラは尋ね、苺のケーキの乗った皿を膝の上に乗せた。フォークでひと口分すくい、上品に口に運ぶ。途端に笑みが広がり、クリスも思わず笑顔になる。

「箱の出所を探るためだよ。僕と一緒に来た男が箱を持ち帰ってあれこれ調査するみたい」セシルはケーキに手を伸ばしたくてうずうずしているが、まずは食事を済ませてからにするようだ。

「そのことだが……」エリックが調べると言うなら特に邪魔はしない。だが、まずはこちらで徹底的に調べてからだ。ここで起きたことはここで、相手が例えアンジェラの兄でも何もしないうちに手放す気はない。それにもうすでに調査は始めている。「セシルが連れてきた男には、ここに留まって一緒に調査を進めてもらう」誰であれ異論は認めない。

「それならリックに連絡しなきゃ」サンドイッチにかぶりついていたセシルは、もごもごと言った。

「心配はいらない、電報を打っておく」ついでにサミーにも。

「荷造りは進んでいるの?」セシルはアンジェラに訊いた。

「とりあえずロジャー兄様のところに滞在するぶんだけね。そのあとの予定は未定なの」アンジェラは溜息を洩らした。

「ラムズデンにアンジェラを連れて行くとしたら、しっかり計画を立てないと」

「行かないってこともあるってこと?」セシルは困惑気味に尋ねた。

「そう簡単なことではないからな。けど、ここを離れるしかないのはわかっている」そう言って、クリスはアンジェラを見た。

この件に関しては昨日アンジェラと嫌というほど話し合った。アンジェラはここを離れたがらず、どうにかロジャーの所へ行くのだけは納得させた。そのあとのことはまだ考え中だ。領地の問題は早急に解決すべき重大な懸案ではあるが、危険のある状態でそばを離れたくないし、一緒に行くにも危険がないわけではない。

とにかくもう少し時間が必要だ。

つづく


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花嫁の秘密 296 [花嫁の秘密]

予定時間を三〇分ほど過ぎて、フェルリッジの最寄り駅にセシルの乗った列車が到着した。
三等車にはエリックに例の箱を回収するように言われた男が乗っていて、侯爵邸まで一緒に行くことになったが、うまく連絡が行っていなかったみたいで、クリスが寄越した迎えの従僕とひと悶着あった

警戒するのも仕方がない。僕の連れだということで何とか説得したけど、向こうでクリスにきちんと説明しないと、この従僕の首が飛んでしまうだろう。きっとクリスはかなり神経質になっているだろうから。

一時間かけて侯爵邸に到着した時には、セシルのお腹は悲鳴を上げていた。
とにかく何か食べなきゃ。ちょっと早いけど、お茶の時間にしてもらおう。僕にとってはお昼だけど。

「やあ、ハニー久しぶり。と言うほどでもないけど」セシルはアンジェラを抱擁し、その後ろに立つクリスに小さく頷いてみせた。話は中でということだ。「いきなりだけど、お腹すいちゃって」

「そう思って色々用意しておいたわ」アンジェラはにっこりと笑った。兄をもてなすことなど余裕のようだ。

「クリスマスのごちそうが残っているといいんだけど」セシルは舌をぺろりと出した。ケーキなんかもあるとすごくありがたい。

「大丈夫よ。食べきれないほどあるから」アンジェラはそう言って、セシルを居間へ引っぱって行く。こちらも話がたくさんありそうだ。「クリスも一緒にお茶にするでしょう?」夫を誘うことも忘れていない。

おそらくクリスはハニーに内緒で話をしたかったはず。でもまあ、どう考えても無理な話だ。クリスも諦めた様子で後に続いた。

大きなポットにたっぷりの紅茶と、花柄の陶器の大皿に盛られたサンドイッチがまず運ばれてきた。薄切りのハムが幾重にも重ねられたサンドイッチはここでのお気に入りのひとつだ。

「それで、こっちではどういう話になっているの?」セシルは尋ねるだけ尋ねて、まずはサンドイッチにかぶりついた。熱々の紅茶を飲もうとしたら、ちょうどスープが運ばれてきて静かにカップをソーサーに戻した。オニオングラタンスープだ。火傷しないように気をつけなきゃ。

「セシルが来たら一緒にロジャー兄様の所へ行くんでしょ」アンジェラはどこか不満そうに隣のクリスを見る。

クリスは何とか威厳を保とうと硬い表情を崩さずにいるけど、昨日の朝から今日までの間に揉めに揉めたのは明白だった。それでもハニーがクリスに従うことにしたのは懸命だ。アチッ!美味しい。気の利くリクエストをしてくれたハニーを褒めるべきか、キッチンにいる料理人を褒めるべきか、とにかく身体が冷えていたからありがたい。

「ハニー、せっかくだからソフィアとじっくり話をしたらどうだい?」クリスは目的をすり替えてなんとか納得させようと試みているようだ。納得させるのはたぶん無理だから、不機嫌なハニーを受け入れるしかクリスに残された道はない。

「お母様とはもちろん話をするわ」アンジェラはつんと顎をあげて挑戦的だ。

「ハニー、クリスを困らせちゃだめだよ。とりあえず安全が確認できるまでは、ここを離れているのが一番いいんだから」チキンの付け合わせの揚げたてのチップスを口に入れる。ほくほくでこれも美味しい。

「困らせたりしないわ。ただ、大袈裟な気がして……」アンジェラは肩の力を抜いて、息を吐いた。

「大袈裟なもんか」クリスは声を震わせ、アンジェラを抱き寄せた。数ヶ月前殺されかけたことを思えば、クリスの反応は当然だ。

「ああ、そうだ。クリス、サミーがすごく怒っていたよ」これを伝えなきゃいけなかったんだ。どうしてクリスはサミーに電報を打たなかったのか、答えてくれるだろうか。

つづく


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花嫁の秘密 295 [花嫁の秘密]

いったいこいつをどうしようか。

エリックは自分の感情をうまくコントロールできずに苛立っていた。
ひとまずすべきことはした。ハニーの安全を確保したいまは、とにかく目の前の男の事だけに集中しよう。

「ウッドワース・ガーデンズのカウントダウンイベントに行くんだろう?それで十分だ」図々しいジュリエットの言うことをいちいち聞いていたらきりがない。ひとつ何か許せば、いくらでも要求してくるタイプの女だ。

「そうは言っても、一度くらいは会っておいた方がいいと思うのは、僕だけかな」サミーはまるで近所の子犬にでも会いに行くような気軽さで言う。それがまたエリックを苛立たせた。

「俺は思わないね。簡単に手に入る獲物だと思われてもいいのか?」エリックはサミーを見つめた。サミーは視線を逸らしはしなかったが、感情を読み取られないように目の動きを抑えている。

「ただお茶を飲むだけだ。とにかく君は僕の行動を管理しないと気が済まないんだな。ついでにアンジェラに例の贈り物をしたか尋ねようと思っていたのに」拗ねたふうに唇をすぼめる。

「尋ねる?」エリックは頓狂な声をあげた。「元恋人の妻にナイフを送り付けたか訊くのか?」こいつにはいつも驚かされるが、まさか本気じゃないだろうな。

「もちろん直接ではないよ。遠回しに探ろうと思っただけだ」

まったくなんて無謀なんだ。女の扱いもままならないのに、なぜ聞き出せると思うのだろうか。こういう時、自分とサミーの経験値の差を嫌でも感じる。サミーは長い間、ハニーと同じように閉じた世界で過ごしてきた。しかもハニーとは違ってひどい扱いを受けてきた。もし前侯爵が生きていたら八つ裂きにしていただろう。

「その贈り物を回収してこっちに送るように言ったから、そこから調べようと思っている。ナイフはごくありふれたものなのか、ハンカチはどこで買われたものなのか、刺繍から何かわかることがあるか、もちろん箱も」どれかひとつでも入手先が分かれば、犯人なんかすぐにわかる。だからわざわざサミーの手を煩わせることもない。

「僕の出番はどこにあるのかな?僕にできることなんてなさそうだけど」サミーは立ち上がって呼び鈴を鳴らしに行った。

するとプラットが間を空けずに部屋に滑り込んできた。あまりの素早さに、廊下で立ち聞きしていたのではと疑いたくなるほどだ。

「熱いお茶をお願い。それから、何かつまめるもの……クッキーか何かあれば」

サミーにしては珍しい。セシルに影響されたか、食欲も戻ってきているようだ。プラットも同じことを思っているのだろう、「すぐにご用意いたします」と上機嫌で部屋を後にした。

サミーが元の場所に戻るのを待って、エリックは切り出した。「メリッサをこっちに呼んだ。カウントダウンイベントに連れて行く」

「メリッサ嬢を?なぜ?」

「俺とお前とジュリエットで花火を楽しむのか?お前はジュリエットと俺はメリッサと、その方が自然に見えるだろう?」

サミーはしばらく考え込んでいたが、やがて言った。「そうかもね。メリッサ嬢とジュリエットがどんな会話をするのか見てみたい気もするし」

「お前はなかなか意地が悪いな。だが、俺も興味がある」エリックはにやりとした。

「僕はジュリエットが彼女を侮辱するようなことを言わないか心配だよ」

「侮辱ならされ慣れているから気にするな。あいつはそんなにやわじゃない」

「彼女はどこに滞在するの?君の隠れ家?」サミーが探るような視線を向ける。どういう意図かはわからないが、嫉妬でもしてくれれば可愛げもあるんだが。

「自分の屋敷を持ってる」エリックは短く答えた。

「てっきり売り払ってから向こうへ行ったのかと思っていたけど。だって、屋敷をひとつ買っただろう?」

「帰る場所を残しておけと言ったんだ。あいつの夢は失敗に終わるかもしれないし、オークロイドの事もあるからな」

サミーが顔をしかめた。「ああ、クリスの親友ね。確か彼、婚約したんだよね。とても意外な展開だけど」

意外な展開なんてものじゃなかった。せっかくメリッサとうまくいきかけていたのに、オークロイドは結婚を焦るファニー・ブレナンの策略にまんまとはまって、彼女の名誉を守るため婚約をせざるを得なくなった。断ればよかったのにとひと言では片付けられない世界に身を置いているのだから、それも仕方ないだろう。

こっちの問題が落ち着いたら、まあ助けてやらないこともないが、それをメリッサもオークロイドも望むかだな。

「何が起こるかわからないからこそ、お前ももっと慎重に行動するんだな」そうしないと、本当にジュリエットと結婚する羽目になる。

つづく


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花嫁の秘密 294 [花嫁の秘密]

セシルが行ってしまうと、やけに屋敷の中が静かで広く感じられた。図書室を覗いても、ただ整然と並ぶ本棚と空っぽのソファがあるだけだ。

エリックはセシルを送ったらすぐに戻ってくるのだろうか?それともまた彼の言う仕事とやらを口実に僕を避けるだろうか。

サミーはクッションを抱えてソファに横になった。エリックが部屋に来なかった昨夜は、ゆっくりと眠れたはずなのになぜか瞼が重い。目を閉じてこれからの事を思う。

当初の計画は単純なものだった。ジュリエットの自尊心を擽り牙を剥かせる、ただそれだけ。
僕を殺したいならそうすればいい。失敗しても成功しても、あとはエリックが何とかする。だから僕は先の事なんか考えず、思いついたまま行動すればよかった。

でもいまは事情が変わった。

「サミュエル様、手紙が届いております」

目を開けると、プラットが心配そうな顔でそばに立っていた。クッションを抱える男がそんなに珍しいか?

サミーは手紙をちょうだいと、手を伸ばした。漂ってくる香りから、誰から届いたのかすぐにわかった。朝早くに届いた手紙からも同じ香りがしたからだ。

躊躇いがちに手の上にそっと手紙が置かれ、プラットはそのまま静かに消えた。

サミーはゆっくりと起き上がり、クッションを脇に置いてソファの背にもたれた。手紙を開封し、目を通す。

今度はジュリエットの方から誘いが。カウントダウンイベントまで会わなくて済むかと思ったけど、そんなに甘くはなかった。

どうしようか。別に応じる必要もないけど、断るのも面倒だな。ティールームでお茶を飲むくらいなら、一昨日の埋め合わせにちょうどいい。ジュリエットは僕に置き去りにされて機嫌を損ねているようだ。エスコート役はデレクだったのに。

彼女の感情に興味はなかったが、アンジェラに贈り物をしたのか探る必要がある。具体的になんと聞けばいいのか見当もつかないけど。

熱い紅茶を頼もうと視線をあげた途端、手の中の手紙を取り上げられた。音もなく目の前に現れたエリックは、手紙を一瞥するとまっぷたつに破いた。

「無視しろ」と、前置きもなしにひと言。

「セシルはちゃんと列車に乗ったの?」こんなに早く戻ってくるとは予想外。途中でセシルを放り出していたりしたら、僕はエリックが思う以上に腹を立てるだろう。

「一等車に押し込んだから心配するな。この手紙はいつ届いた?俺に隠せるとでも思ったか?」エリックが冷ややかに言う。てっきり詰め寄ってくると思ったら、苛立たしげに息を吐き出し向かいのソファに座った。

「隠すつもりはないよ。さっき届いたばかりだしね」隠すつもりはないけど、わざわざ話すつもりもなかった。エリックは僕にいくつも隠し事をしているのに、どうして僕がすべてを話す必要があるのだろう。

「ジュリエットには会うな」エリックは選択肢はないとばかりに言い放った。

会うな?いまさら?「断る理由は?ジュリエットは少々の事では納得しないよ」

「理由なんかいくらでも思いつくだろう?予定が詰まっているとか、風邪を引いたとか。だいたいこの時期に暇だと思うな!」怒気を含んだ最後の言葉は、ジュリエットに向けたものだろう。

確かに、誘われればいつでも応じるほど暇だと思われるのも癪だ。なぜかエリックは昨日から怒っているし、これ以上面倒を増やすこともないのかもしれない。

「わかった。それで?僕はこれから何をしたらいいんだ」

つづく


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花嫁の秘密 293 [花嫁の秘密]

翌日、朝食を済ませるとエリックはセシルを連れて、リード家の馬車で駅へ向かった。

これから大役を果たさなければならないセシルは、食事が詰め込まれたバスケットを手に陰鬱な溜息を吐き、用が済んだらすぐに戻るからねと言ってサミーとの別れを惜しんだ。

「クリスにはちゃんと知らせてあるんだよね?」セシルは心配そうに尋ねた。

「ああ、駅に到着する時間も告げてあるが、時間通りにとはいかないだろうな。まあ、昼までには向こうに戻れるから心配するな。戻ったらすぐに支度をしてロジャーの所へ行け」

クリスにもロジャーにも連絡済みだが、こっちの考えに賛成してくれているかは不明だ。クリスがハニーを危険から遠ざけることに反対するとは思えないが、なんにしてもセシルがハニーをうまく動かす必要はある。

「結局、みんなで年越しだね。母様はショックから立ち直ったかな?いつも通りおしゃべりなら安心だね。それで、リックはサミーと二人でこれからどうするの?」セシルは好奇心いっぱいの瞳を兄に向けた。最初からこれを聞きたかったに違いない。

「別に。サミーが余計なことをしないように見張るだけだ」

「余計なことって、カウントダウンイベントにジュリエットと行くってあれ?昨日の新聞にも二人の記事が結構大きく載ってたけど、このままだと本当に――」

「うるさい。それ以上言ったら口を縫い付けるぞ」エリックはこれ以上何も受け付けないとばかりに、セシルの言葉を遮った。サミーの行動にはいつもやきもきさせられて、次は何をするかと気が気ではない。

「はいはい」セシルは適当に返事をし、またふと思いついたように言う。「そう言えば、彼女には他にパトロンはいないの?」

「いまはいないな。と言っても、デレクから援助はされているようだが」金だけが目当てなら相手はデレクでもいいはずだ。ジュリエットがサミーにこだわるのは、サミーがクリスの弟だからだ。つまり、ただの当てつけでしかない。

「お金の流れとか掴んでるの?」セシルが無邪気な質問をする。

「なぜ掴めていないと思う?あいつの財布は父親のブライアークリフ卿にしっかりと握られているから、調査しやすいんだ」そう言ってエリックは窓の外に目を向けた。昨夜はあまり眠れなかった。サミーに腹を立てて、食事の時以外顔を合せなかったからかもしれない。

「ふうん。僕も大金を動かしたらすぐにばれちゃうのかな?」真剣に言うセシルが可笑しかった。けど、セシルの金の動きを追っても面白いことなどひとつもない。

「お前は大金なんか持っていないだろう。小遣いが欲しいならいつでも言え」

「別に使うことないからいらないよ。でももしもの時は貸してね」

セシルにもしもの時などあるのだろうか?まだ学生を継続中だし、将来のこともあまり考えてなさそうだが、それも仕方がないか。セシルはずっとハニーの面倒を見てきたし、結婚してもこうして問題が起これば急いで駆けつける。

「戻ったらまたローストビーフを食べに連れて行ってやる」いまは金よりこっちだな。

つづく


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花嫁の秘密 292 [花嫁の秘密]

「リックは降りてこないのかな?」大満足で帰宅したセシルは、胃を休めるための紅茶を喉の奥へと流し込んだ。お腹はいっぱいで、珍しくお菓子はナッツクッキーのみだ。

「きっと次の計画でも立てているんじゃないかな」サミーは素知らぬふりで答えた。昼食にはクラムチャウダーと薄いパンを二切ほど食べた。身体が温まりお腹が満たされると、思考が明瞭になりジュリエットに対してどう振る舞うべきかよく考えることができた。

エリックは気に入らないかもしれないけど、ジュリエットに僕を差し出した時点で、異を唱えられる立場にない。
新しい年をジュリエットと迎える。おそらくキスのひとつもするだろう。正式に交際をするべきか、のらりくらりとかわすべきかはまだ考えている最中だ。付き合っても別にいいが、彼女とベッドを共に出来るか自信がない。ついでに言えば、経験不足だ。

過去クリスと付き合っていたことが、二人の関係を進展させるには邪魔となっているとでも言えば、彼女を抱かなくて済むだろうか。けどこれも状況によっては覚悟を決めないといけないだろう。

「僕もどこかのクラブに所属しようかな。ぶらっと行って美味しいもの食べて、読書なんかして過ごすのもいいよね」セシルはソファに沈み込んで、ぼんやりとシャンデリアを見つめている。目がとろんとしていて今にも眠ってしまいそうだ。

「どこか気になるクラブがあるのかい?」サミーは尋ねた。

「ううん」セシルは首を左右に振った。「サミーはどうしてあのクラブに?」

「叔父の紹介だよ。僕は賭け事はあまり好きではないけど、ゲームは好きなんだ」

「お父さんの弟ってこと?」セシルは視線をサミーに戻した。興味を持ったようだ。

「そう、メイフィールドカッスルに住んでいない方の叔父ね。多分クリスとアンジェラの結婚式の時に来ていたんじゃないかな」クリスに反発して、結婚式に出席しなかったことをとても後悔している。花嫁姿のアンジェラはとても美しかっただろう。

「ああ、そう言われれば、会ってるかも。でもさ、あの時ってハニーの秘密がいつばれちゃうかでビクビクしていたから、あんまり覚えていないんだよね。ごちそうもあまり喉を通らなかったし」

「一族のあの髪の色はどこにいてもすぐにそれとわかるけど、兄弟のうち下の二人は赤毛ではないからね。クリスみたいな見た目でこそリード家の人間だと誰もが思う。だからこそ、一族はずっとこのしきたりを守ってきたんだろうね」

「しきたりって、どんなふうな……?」セシルがおずおずと尋ねた。

そうだった。リード家の秘密を知っているのはエリックだけだった。

「赤毛の妻を迎えるという決まりの事だよ」これは世間の誰もが知っている。セシルがそれ以上の何かを知りたがっていたとしても、さすがに喋るわけにはいかない。本当は僕が当主でクリスは弟なんだって、今更言ったところでどうしようもないし。

「でもハニーは赤毛でもないし女性でもないから、跡取りは望めない。そうしたら爵位は誰が継ぐんだろう」セシルはナッツクッキーに手を伸ばした。

「たぶんいとこかな。叔父の息子たちは赤毛だしね」

もしも僕がジュリエットと結婚して子供が出来たら、髪の色はどっちになるだろうか。

つづく


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花嫁の秘密 291 [花嫁の秘密]

アフタヌーンティーの時間に間に合うように帰宅したエリックは、ブラックからの報告を受けて溜息をもらした。

確かに、サミーにはジュリエットを引きつけておけと言った。こういう場合のサミーの行動の素早さも知っていた。だからこれは自分の失態だとしか言いようがない。

「それで、ジュリエットは返事を?」サミーのおかげで昼に食べたローストビーフを戻しそうだ。

「いいえ。あの方を焦らすつもりのようです。ですが、もう間もなく返事は来るでしょう」ブラックはにやりとした。この状況を面白がっているらしい。

エリックは苦い顔をした。サミーもこいつも、この状況をゲームか何かだとしか思っていない。まったく腹の立つ。「長くは我慢できないだろう。それで、中は見たんだろうな」

「もちろん、仕事ですから。あの方もそれをわかっていて封はしていませんでしたしね」

いかにもサミーらしい。「それで、内容は?」

「ウッドワース・ガーデンズで開催される、カウントダウンイベントに誘っていただけです」

「ウッドワース?ああ、花火が上がるらしいな」ああいう人が多い場所へ出るのは嫌いだと思っていたが、さっそく作戦を変更したというわけか。

「あなたも行くんですか?」

「そうするしかないだろう?」

状況の変化に伴い予定も変更せざるを得ないのは仕方がないが、サミーはいちいち面倒を増やす。ブラックは誘っただけと言ったが、ジュリエットと一緒に新年を迎え、その後どうするつもりだろう。

邪魔をするわけにもいかないし、さすがにサミーとジュリエットの後ろを飼い犬のようについて回るわけにもいかない。

こうなったらメリッサを呼び戻して協力させるか。いまは大事な時期だから邪魔はしたくなかったが、あの場所から離れるのも悪くないときっと思うはずだ。何よりこれがハニーの為となれば、協力は惜しまないだろう。

ブラックにいくつか指示を出し、エリックは自分の部屋へ戻った。階下では、サミーとセシルが最後のティータイムを楽しんでいるが、考えることが多すぎてとても参加する気にはなれなかった。

それに、サミーにも腹を立てていた。つんと澄ました顔を見たら、普段抑えている癇癪を爆発させてしまいそうだ。そうなったら、きっと何もかもどうでもよくなる。

ジュリエットに罰を与えることも、デレクのくだらないお遊びも、ただ黙って見逃して何もなかったかのように過ごす。だがサミーはジュリエットを許さないだろうし、クリスは犯人を知りたがって調査をやめないだろう。

デレクはそのうち賭けに勝つため強硬な手段に出てくる。無理に結婚させることは不可能となれば、次にどんな手を打つのだろうか?新たな賭けを仕掛け、お遊びを継続させるはずだ。

二人は友人ではないが、確実に確執が生まれるほどの接点が過去にあった。デレクからサミーに対する敵意は感じられないが、けっしていい感情は抱いていない。そうでなければ遊びとはいえサミーの死を望むはずない。

サミーに至ってはデレクの存在そのものを嫌悪している。

だが、過去に何があったのかを探るよりも、あのクラブを買い取る方が容易い気がする。

つづく


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花嫁の秘密 290 [花嫁の秘密]

エリックの手際がいいのはいつものこと。出会った頃はあまりに胡散臭く信用できない男だとしか思っていなかったが――いまももちろんそう思っている――、噂以上に仕事のできる男なのは認めざるを得ないだろう。

昼過ぎにセシルと二人でプルートスへ出掛けたが、ただローストビーフを食べに、というわけではないのだろう。何を探りに行ったかは知らないが、これでようやく一人で考える時間が出来た。

サミーは引き出しに仕舞った書類を再び机の上に出した。昨日のうちにバートランドに頼んでおいた個人資産に関するものの一部だ。ほとんどは自分で増やしたものだが、父が僕に残してくれたものもある。ずっと憎まれていると思っていたのに、なぜ母との思い出のあの場所を僕にくれたのだろう。

このこともエリックは当然知っているのだろう。だからこそ、僕に高額の買い物をさせようとしている。自分の住まいは別に欲しくないが、あのクラブは手に入れてみてもいいのかもしれない。

「お呼びですか?」

呼んだから来たのだろうに、ブラックは僕に仕えているという自覚はあるのだろうか?

サミーは手紙をひとつ、ブラックに差し出した。「これをラッセルホテルのジュリエットに届けて欲しい」

「俺はメッセンジャーではありません」ブラックが憮然と返す。

「君がここを離れている間、僕はずっとこの椅子に座ったままだと請け合うよ」ブラックの仕事は僕を見張ること。そしてその行動を逐一エリックに報告する義務がある。けど、僕が黙って従う義務はない。

「では届けてきますが、その間に昼食を済ませてください」

「エリックに言われた?」ローストビーフを食べに行こうとしつこかったのは、僕をまるまる太らせようって魂胆なのだろう。けど、いまは出掛ける気にも食事をする気にもなれなかった。

「いいえ」ブラックは形だけ否定した。

「では君の言うことを聞くから、いますぐに行って。返事がもらえるようならもらって来て」プラットに言えばスープとパンくらいならすぐに用意してくれるだろう。もしかするとセシルの残り物かもしれないけど。

ブラックは手紙を内ポケットに仕舞い、踵を返すと部屋を出て行った。無言だったけど、彼はきっと返事をもらってくるだろう。そこまで出来るからこそ、エリックに雇われているのだろうから。そもそもどういう経緯でエリックの下で働くことになったのか、聞いてみたら答えてくれるだろうか?

明日からセシルがいなくなると思うと、ひどく寂しかった。一緒にいるだけで穏やかで安心していられる相手はそういるわけではない。きっと使用人たちも寂しがるに違いない。クリスとアンジェラが早くこっちに出て来れたらいいんだけど、こうなってしまっては当分無理だろう。

つづく


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花嫁の秘密 289 [花嫁の秘密]

サミーを目の届かない場所へやるなど冗談じゃない。たとえこいつの考えが正解だったとしても、それだけはさせられない。腹を立てようがなんだろうが、俺が許可すると思うな。

エリックはあからさまに不貞腐れるサミーの横顔を見ながら、自分が作ったシナリオを脳内で整理した。

まずセシルにはクリスとハニーと共にロジャーの所へ行ってもらう。そこからラムズデンに極秘で向かわせる。クリスは護衛を引き連れて行きたいだろうが、それでは標的はここだと告げているようなものだ。

サミーにはもうしばらく、のらりくらりとジュリエットの相手をしてもらうしかない。いまはそれが一番の安全策だ。結局ジュリエットとの関係が進まない限り、デレクたちもこれ以上は動きようがないからだ。

さて、どうするか。ハニーの問題はどうにかできるが、サミーとジュリエットがこれ以上近づくのは、自分の忍耐力を試すようなもので、うまく対処できる自信がない。

「ねえ、クリスには犯人を教えるの?」食糧調達にキッチンへ降りていたセシルが、銀盆を手に戻ってきた。さっきまでペラペラのパンか何かを食べていたと思ったら、今度はサンドウィッチにローストチキンの切れ端を恵んでもらったようだ。

「いや、絶対に言うな。面倒が増えるだけだ。それに今回の事がジュリエットの仕業だとまだ断定はできない」

ローストチキンで思い出したが、セシルにローストビーフを食べさせておかないと、あとで何を言われるかわかったもんじゃない。仕方ない、このあとプルートスへ行くか。

「前にあのごろつきを雇ったように、また誰かを雇ったんじゃないかな。借金はかさんでいるだろうけど、使える金がないわけじゃないからね」サミーはこめかみを指の関節で擦り、深く息を吐いた。

エリックはその様子を横目で見ていたが、あえて何も言わなかった。「そうかもしれないが、調べが済むまでは結論は出せない。それからセシル、列車で向こうに戻れ。駅から遠いが、その方が早く着く」

セシルが呻いた。口の中のサンドウィッチを飲み下し、恐る恐る訊く。「ねえ、もしかしてもう発てってこと?」

「明日の切符を手配中だ。迎えも用意するように言ってあるから心配するな」

あとはクリスに電報を打って、こっちの計画通りに動いてくれさえすれば、ひとまずは安心といったところか。問題はサミーをどうやって宥めるかだな。

つづく


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