はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

満ちる月 ブログトップ
前の10件 | -

満ちる月 あらすじ&登場人物紹介 [満ちる月]

満ちる月

ひとひらの絆に登場した望月のお話です。

<登場人物>
望月(もちづき)…イタリアンレストラン”ウナ・フォグリア”店長 /26歳
空(そら)…レストランのマネージャー /35歳

浅野容(あさの よう)…浅野食品副社長 /24歳
浅野一葉(あさの かずは)…副社長専属秘書 /23歳

ほとんど望月と空(←苗字です)だけで話は進みます。
友情出演?の容と一葉は、文中では名前で呼んでます。
ひとひらの方では苗字が出てこなかったので、分かりやすさからそうしています。

<あらすじ>
お話は『ひとひらの絆 52話』での望月と容の一夜が、望月目線で始まります。

イタリアンレストラン店長望月は自分の会社の副社長である容に密かな恋心を抱いていました。それはあっけなく散ってしまうのですが、前へ進もうとした矢先、お店にピンチが!?
一途でちょっと思い込みの激しい望月はお店を救うために……
一方の空は共同出資している高塚物産から出向しているほぼ形だけのマネージャー。そんな状態に不満を抱きつつも、この状態に甘んじている。その訳は?

と、かしこまってあらすじを書いてみましたが、最終的に、そんなことってあるのか?と登場人物以外の人に突っ込みを入れたくなると思います(笑)

おおよそ20話程度になると思います。


web拍手 by FC2

nice!(0) 

満ちる月 1 [満ちる月]

『満ちる月』あらすじはこちら → 



「やっぱり素敵だなぁ…浅野副社長」
月に一度の本社会議に出席した、イタリアンレストラン『リストランテ ウナ・フォグリア』店長の望月は、容が副社長という肩書になって初めて顔を合わせた。合わせたと言っても、容の視線が望月に向くことはなく、一方的に見つめていただけだったのだが。

容が会社に入社してきて初めて目にして以来、密かに想いを寄せ、新しい店で一緒に働くことになった時は嬉しくて顔は綻び、緊張と興奮で全身が震えるほどだった。
すでに開店準備に追われていた望月は、後からマネージャーとしてやって来た容をサポートする役にまわった。
容は望月が思っていたよりも店作りに真剣に取り組み、他の者と同じく夜遅くまで働いていた。
社長の息子で、マネージャーという役目、それはただの飾りみたいなもので、こんなに真剣に仕事をするとは正直、思っていなかったのだ。

そして、ほぼ開店準備が整ったあの晩、望月は少し休むつもりでソファに座ったまま転寝をしてしまっていた。

*****

「おいっ、何してる?」
店内の奥でテーブルに突っ伏すようにして眠る望月は突然の声に飛び起きた。
「えっ、あっ…すみません。帰ろうと思ってちょっと休んでたら眠っちゃって」
慌てて身を起こし、乱れた髪を直しながら声の主、容を見た。
まさかこんなところを見られるなんて、望月は驚きつつも容がなぜここにいるのか気になった。
「マネージャーこそどうしたんですか?準備ももう落ち着いたし、あとやることといえば社長のチェックが無事済むのを待つだけですよ」
「別に、仕事をしに戻ったわけではない……」
それでは、なぜここに?と聞きたくなるのを我慢し望月は顔を伏せるように容の傍をすり抜けようとした。
「そうですか…じゃあ、俺帰ります…」
すれ違いざま、容をちらっと見た。
背の高さは同じくらい、視線がぶつかり、上気していた頬がもっと熱くなるのを感じた。
「家近いのか?」
その言葉に望月はすぐさま足を止めた。
「ええ、すぐ近くのマンションですけど――」
「少しだけ寝させてくれないか」
容のその言葉の意味が最初は分からなかった。
俺の家に来るということなのだろうか?そういう意味に聞こえたのに、あまりの突然のことに望月は混乱していた。
「えっ、うちでよければ……あの、ぜひっ」
耳まで真っ赤になっているのが分かる。顔も嬉しさのあまりどうしようもなく緩んでいるのも分かった。

それから二人は無言で望月のマンションにたどりついた。
望月は体がふわふわとしてちゃんと歩けているのかさえ分からなかった。
数歩後ろを容がついて来ていると思うと、背中が痺れるように熱くなっていた。

望月はそんなに広くもない単身者用のマンションに住んでいる。
玄関を入り細長いキッチンを抜けて、その先に八畳ほどの部屋がある。
ベッドにパソコンデスク、本をよく読む望月は大きな本棚を置いている。それだけで部屋はほとんど占拠され、思ったよりも狭く感じる。

マネージャーと呼ぶべきなのか、名前を口にしていいものか躊躇う。
「浅野さん、どうぞベッド使ってもらっていいですから」

望月は容にベッドを提供し、自分はすっきりするためシャワーを浴びに行った。
もちろん、特に意味があってそうしたわけではなかった。
ただこの狭いマンションの一室に二人きりという状況が耐えられなかったのだ。
激しく脈打つ心臓の鼓動が静かな室内に響いているのではと疑う程だ。

シャワーを浴びおそるおそる部屋へ戻ると、容はベッドにうつぶせに寝転がっていた。
望月は少し安堵した。今目線を合わせれば、自分の脳内は麻痺してしまいそうだと思ったからだ。

ベッドの下にごろんと横になり、なんとか眠ろうと目を瞑ってみるが、そう思えば思うほど、どんどん興奮してくるのが分かる。
それでも、自分の部屋で、自分のベッドで容が眠っていると思うだけで、その興奮とは裏腹に心が満たされていくのを感じた。
望月はそれで満足だった。ただ一方的に容を想い、傍で働けるだけで幸せだったのだ。

つづく


>>次へ

あとがき
こんにちは、やぴです。
ちょっぴり健気で思い込みの激しい望月のお話です。
お話は『ひとひら番外編副社長と秘書』の会議後から始まり、
1,2話はひとひら52話のあの夜のお話です。

よろしければこちらをぽちっとお願いします。
  ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村


web拍手 by FC2


nice!(0)  トラックバック(0) 

満ちる月 2 [満ちる月]

「おい…こっちに来ないか?」
寝ていると思っていた容に声を掛けられ、望月の心臓が跳ねた。
「あのっ…大丈夫ですから……俺は下で眠りますから…」
「そういう意味じゃない」
望月の戸惑いをよそに、容がベッド下の望月に手を伸ばした。
望月はそのままふらりとベッドに上がり、容に絡めとられてしまった。
唇が触れそうなほど顔が近付くが、容は決して望月に唇を渡してはくれなかった。

「んっ…んふ……ぁ……んんっ、あさのさん…んんっ」
望月は今、容の腕に抱えられ、その上で腰を揺り動かしている。
いつの間にこんな状態になったのか、思い出せなかった。ずっと望んでいたことが現実になっているというのに、完全に脳内は麻痺してしまったようだ。

目の前の容を見れば、愛おしそうな目をこちらに向けている。
しかしそれは望月に向いているだけで、決して望月は見ていない。
それでも望月は、いまのこの悦びに身を埋めていた。

容の指をその唇を貪るようにしゃぶると、今にも達してしまいそうだった。
それをなんとか我慢して、容に気持ちよくなって貰いたくて必死に動いた。
容が満足しているのかどうなのかは望月には分からなかった。
自分の方が気持ち良すぎておかしくなっていたからだ。
「あっ、ああっ…もっとっ……」
望月が声を出して求めれば、容が下から思い切り突き上げて、もっと気持ちよくしてくれる。
そして、気が遠のく寸前望月も容もお互いが精を吐き出した。

暫く、望月は気を失っていたように思う。
ふっと気が付き目を開けると、容がベッドから降りて着替えようとしているのが見えた。

急に胸が苦しくなった。
最初から分かっていたのに、行為が終わってしまえば、ここから容が去っていくことは分かっていたのに、それでも言わずにはいられなかった。

「あの…帰るんですか?俺…ずっと浅野さんの事が――」
容はすぐさま望月の言葉を遮った。
「もうここには来ないし、お前も抱かない。一度きりだ」
「別に好きになってもらわなくてもいいんです。ただ何かあった時に俺を思い出してくれれば…」
そう、それでもいい。辛そうな瞳で見つめられながら抱かれても、それで満足してもらえるなら――
望月はそれ以上何かを求める気はなかった。望月の恋の仕方はいつもそうだった。
しかし、容の口からは望月が期待するような言葉は出てこなかった。

「悪いけど――」

そのまま帰って行く容の背を見ながら、失恋した悲しみと抱かれた悦びとの狭間で、結局苦痛に耐える事しか出来なかった。

「キスひとつ許してくれなかったもんな……」
ぽつりと呟いた後、望月は声を押し殺すように枕に顔を埋め咽び泣いた。

それから店が開店するのを見届けて、容は本社勤務に移り、今は副社長となっている。


その次の春、一葉がこの会社に入社してきた。
そして容と同じ社長の息子で容の秘書をしている。
二人の姿を見た瞬間、すぐに分かった。自分を抱いていたときに見せた誰かを愛おしそうに見る目は、一葉に向けられていたものだったことを。
あの時、何があったのかは分からないが、二人の関係は最初から自分が間に入り込めるような隙など少しもなかったことに気付いた。

本社会議があったその日は店休日もあり、社内の飲み会に参加した。
そこで容とあの時以来最も近づくことが出来た。
気付けば隣に座り、酒を注いだりしていた。まさかこんな日が来るとは思いもせず、なんだかおかしくて笑みが零れた。

その時、容があの時の事を謝ってきたのだ。
気持ちにつけこみ、酷いことをした。すまなかったと――

本当は気持ちにつけ込んだのは自分の方なのかもしれない。
あの時、自分は何かを期待していた。身体もそれ以上の繋がりも。

だが、そっと小声で言われた謝罪をそのままありがたく受け取ることにした。
ゆっくりと微笑み、ありがとうございますと答えた。

これでやっと容への気持ちに終止符を打って、前へ進めそうな気がした。

つづく


前へ<< >>次へ


よろしければこちらをぽちっとお願いします。
  ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村


web拍手 by FC2


nice!(0) 

満ちる月 3 [満ちる月]

望月が任されている店の経営はいたって順調だ。
容の代わりに来たマネージャーは、本社からではなく、共同出資している高塚物産から出向している人だ。

「空さん、今日はどうしたんですか?」
店のマネージャーに向かってこんなことを口にするのもどうかとは思うが、彼が店に顔を出したのはおおよそ三週間ぶりだ。望月がそう口にするのも仕方がない。

望月のその言葉に、空は目を細め微笑んだ。
彼はいつも目を細め微笑んでいる。長い睫に縁どられた茶色い瞳はとても澄んでいて、店の子達は空の笑顔にいつもとろけそうな表情をする。それが仕事へプラスに働くので、毎日でも店に来て欲しいと密かに望月は思っていた。開店当初は毎日のように顔を出していたが、今では二,三週間に一度といったところだろうか。
経営状態がいいため特に口出しされることもなかった。

「君だけだよ、僕が顔を出してそんな風に言うのは」
特に嫌味でもなく呆れたように言う空に、望月は思わず赤面した。

望月は店の店長だが、立場的には空の方が上だ。優しそうだからといって、口のきき方には気を付けなければいけない。

「すみません……」

「いや、別に気にしてないし、本当の事だからね」
恐縮する望月に、空は優しい笑みを向ける。

***

この日を境に、空が頻繁に店に顔を出すようになった。

これが、容だったら――

店のパソコンで経営状態をチェックしている空を横目で見ながら、そんな事を思っていた。
空は容とは全くタイプが違うように見える。
同じように女性の視線を惹きつけるほどの容姿で、背格好も同じくらい、いや、容の方がもっと逞しくて凛々しい。
真っ直ぐな黒髪の容とは対照的に、空の髪は緩くウェーブし、瞳の色と同じように茶色がかっている。それは空の優しい微笑みと同じく柔らかい印象を醸し出している。
歳は十歳以上も違うのに、二人とも自分とは違って堂々としていて、大人を感じさせる。
性格はどうなのだろうか?

「何?」
望月の視線を痛いくらい感じた空が顔を上げた。

「あっ、いえ。随分長い時間チェックされているので…」
もっともらしい言葉を返す。
あまりに綺麗な顔立ちに見惚れ、更には好きな男と比べてましたとは言えない。

「ああ、僕もたまには仕事をしないとね」
そんな望月の心の内など知る由もなく、空は真面目な顔を崩しまた微笑む。

望月はつられて微笑み返した。

つい容の事を考えてしまう。お店での幸せだったひとときはもう終わり、彼はマネージャーから副社長になっている。きっとここへ来ることも無いのだろう。それは意図してかどうかは分からないが。
だが、容の事はもう吹っ切ったのだ。
そう自分に言い聞かせる。
容への長いようで短い片想いは、容の謝罪で終わりを告げた。もう、前へ進む準備は出来ている。

つづく


前へ<< >>次へ


よろしければこちらをぽちっとお願いします。
  ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村


web拍手 by FC2


nice!(0) 

満ちる月 4 [満ちる月]

<ウナ・フォグリア>が開店して間もなく、空はマネージャーとしてこの店にやって来た。
そして望月に一目惚れをしてしまった。
それは空の人生の中で一度もなかった現象だ。一目惚れなんてものの存在すら否定していた。けれど、実際してしまったのだから認めるしかない。

通常なら相手がノンケかゲイかすぐに見分けられるのに――見分けるというよりも感じると言った方がいい――望月に関しては暫く気が付かなかった。それだけ一瞬のうちにのめり込んでしまっていたのだ。
実際どこに惹かれたのかは分からなかった。一目惚れというからには容姿に惚れたのだろうと思う。とても繊細で綺麗な顔立ち。明るく朗らかな表情なのにそれだけではない何かを感じた。

空はそんな気持ちを隠そうとはみじんも思っていなかった。
望月がゲイだと気付いた時に、すぐさまモーションをかけようとしたが、それと同時に彼には好きな人がいる事に気付いた。

気付きたくなかった。
それはとても苦しそうで見ていられないほどだった。

結局、空はそんな望月に気持ちを伝える事は出来なかった。

相手はどんな子なのだろう?
彼のプライベートは一切わからなかった。店長という立場がそうさせているのだ。休みの日にも店に顔を出すこともあるし、きっと店にいない時も店の事を考えているのだろう。そういう人柄なのだろうと容易に想像できた。

現在、空の会社での立場はとても中途半端な状態だ。
高塚物産ではレストランプロデュースをいくつも任されてきて、実際会社が経営するレストランのほとんどが空の作った店といってもいい。経営状態も上々、グルメ雑誌にも何度も紹介されているし、店だけでなく空も雑誌に何度か載った事がある。

そんな空が、すでに出来上がった店のマネージャーを任された。それも別会社に出向という形で。これは明らかに降格人事だ。この時空は以前何度も考えた独立という道を選ぼうと思ったほど、屈辱的な事だった。けれど、今の社長には到底返せないほどの恩義がある。
それに、ここで望月と出会ってしまった。

だからこの屈辱的な人事も受け入れた。

片想いしてもうすぐ一年、もう諦めようと思っていた時、望月の表情が以前のものとガラッと変わった。
何か吹っ切ったような穏やかな表情に変わっていた。

今がチャンスなのかもしれないと思った矢先、自分の方にも変化が訪れた。

突然降って湧いた引き抜き話。いや、以前にも何度かあった話だ。
独立する事さえ躊躇う程なのに、他の会社へ移るなど全く考えられない事だった。今までは。
けれど、以前とは事情は変わっている。
自分を捨てた会社に痛手を与えられるなら、この引き抜きに応じるのも悪くはないのかもしれない。

それに到底報われそうにもない片想い中なのだ。こちらの方が空にとってはこの引き抜きを受けるか否かの判断材料になっている。
これ以上望月の傍にいても仕方がない。誰かに思いを寄せる望月に自分の気持ちを伝えることすら出来ずにいるのだから。
切ない彼の表情を見る余裕もなく、店に顔を出す回数すら減る始末だ。
まったく、自分らしくない。気持ちひとつ言えず、辛いから傍にいたくないなどと思ってしまうとは、本当に自分はどうしてしまったのか。
もしも、この話を受けてしまえばすべてから解放されるのだろうか?

だが、望月の表情が変わった今なら、彼は僕を受け入れてくれるのではないかと、淡い望みを抱いていた。

つづく


前へ<< >>次へ


よろしければこちらをぽちっとお願いします。
  ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村


web拍手 by FC2


nice!(0) 

満ちる月 5 [満ちる月]

望月は仕事がオフの日には他の飲食店を食べ歩きするのが今一番の趣味だった。
もちろん仕事もかねてだったが、実際他にすることも無いのだ。

この日は和食のお店に来ていた。
小さな店だがカウンターのほか、個室の様な仕切りの座敷もあり、会社関係やカップルも割と利用する店だ。望月は一人で訪れていたが、座敷に通してもらった。
価格帯はまずまずで、料理の盛り付け、味共に満足のいくものだった。

あとは一緒に来る相手だなと、望月は自嘲気味に笑った。

恋人がいない状態が長く続いている。いたとしても長く続いたためしがない。
望月はお茶をすすると、ふっと溜息を吐いた。
ふっ切れたはずだと思ったのに、まだ未練がましく容の事を思っている自分がいる。以前のように苦しい気持ちにはならないが、一度だけ抱かれた記憶が今も鮮明によみがえってくる。ただその記憶も少し切ないものなのだが。

『では、二か月以内に返事を下さい』

いきなり耳に飛び込んできた言葉に、望月ははじかれたように意識を目の前の湯飲みに戻した。
ここが公の場――和食店の座敷――という事をすっかり忘れたかのように、容との一度だけの情事を思い出し身体を熱くしてしまっていた。
そんな自分に一人赤面し、とにかく店を出ようと席を立とうとした瞬間聞き覚えのある声が耳に届いた。

『わかりました。けど、いい返事が返ってくると期待し過ぎないでください』

『わかってます。が、しかし、あなたはもっと評価されるべき人だ。今の会社がきちんとあなたを評価しているとは思えない』

『だから、僕に声を掛けたのでしょう?正当に評価されていない僕を使って、ライバル会社を潰そうと。まあ、そんな事で潰れる事は無いでしょうが、嫌がらせには十分ですね』

『はははっ!そうです。嫌がらせには十分だ。大会社を潰そうとは全く思ってはいませんが、あなたがプロデュースしてくだされば、あの店は潰れるでしょうから。それで充分です』

『そしてそのまま業界のトップでも狙うおつもりですか?』
彼の嘲るような声に相手は唸った。

望月はそこまで聞いてそのまま店を出た。本当はもっと聞きたかったが、明らかに聞いてはいけない話だった。

彼は――空は別会社から誘われている。
ヘッドハンティングだ。

突然望月の鼓動が早くなり始めた。
いや、本当にそういう話だったのか?
たったいま耳にしたばかりの話を思い出そうとする。

とにかくせわしい街中を自分のマンションへ向かって進み始める。

『あの店は潰れる』とは、どこのことなのだろうか?まさかうちではないよな。

混乱する頭の中を整理することが出来なかった。
しかしふと気づいたのだが、空は浅野食品とは何の関係もないといえばないのだ。彼は高塚物産の社員なのだから。

だから、たとえ彼が別の会社に行ったとしても、望月にはあまり関係のない事で、きっと店にはまた別のマネージャーが来るだけだろう。
それに名ばかりのマネージャーがそんなに必要なのかどうか疑問だ。

一時混乱した望月だが、家に帰りついた頃にはさして重要な事でもないと思い直し、今夜耳にした会話などすでに忘れつつあった。

つづく


前へ<< >>次へ


よろしければこちらをぽちっとお願いします。
  ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村


web拍手 by FC2



nice!(0) 

満ちる月 6 [満ちる月]

まったく気持ちの悪い男だ。
空は帰りのタクシーの中でひとりごちた。

この引き抜き話は確かに条件だけ見れば破格といってもいいだろう。
だが、あの男は好きになれない。ならば到底会社も好きになれそうにもない。仕事をするうえで重要視する事でもないが、空の心は好条件にもかかわらず前向きではなかった。

あの男の言うとおり、不当に評価する会社にひと泡吹かせたいという思いもないわけではない。だがそれ以上に社長に対しての恩義が大きすぎる。

それに数日前に見た望月の表情。あれは辛い片想いから脱した顔だった。恋が実ったとは思えなかった。まだ、その瞳の奥には儚く散った恋心が見え隠れしているのだから。
しかし、今なら望月を自分のものに出来るかもしれない。
もちろん以前に比べればその確率が上がったというだけなのだが、それでも彼を上手く慰める自信はあった。心も身体も満足させてやれると。

あの表情を見てからというもの毎日店に顔を出している。
もはや仕事よりも望月に会うために行っているようなものだが、そんな馬鹿げた行為をする自分が嫌いではなかった。むしろ初めてこんな風に舞い上がっている自分に心地よさすら感じていた。

タクシーが自宅マンション前で止まった。
このマンションは空が三十歳の時に購入したものだ。結婚などする気はさらさらないのだから、妻と二人で新居探しをするなどという行為も必要ない。
けれどやはり自分の城というものは、男は手に入れたいと思ってしまうものなのだ。

タクシーを降り、思わず夜空を見上げた。
満月だった。
それも特大だ。
しかも、近い。
いまにも頭上に落ちてきそうなほど近く大きな月を見上げ、思ったのは望月の事だった。

本当に馬鹿げている。
こんな風に自分の心のすべてを独占した者などいなかった。同じように望月の心も自分で満たしたいと思うのは、身勝手な想いなのだろうか。

月はただ煌々と頭上で輝くだけだった。

翌日、空は店に顔を出した。
このところ頻繁に顔を出す空に望月は少し戸惑いにも似た表情を浮かべたりする。
そんな表情につい苛ついてしまうのだが、それは一瞬にして消えてしまい、いつものように自然と優しく微笑んでしまう。

ワインセラーを覗き、在庫をチェックする。
立地条件からすると安価なワインがよく出そうなのだが、意外にも高いワインもそこそこ出ている。ワインの銘柄のチョイスも悪くない。
まあ、それもそのはずこれはすべて高塚物産から仕入れているのだから、悪いはずがない。そのなかでもよりいいものを仕入れていると言いかえた方がいい。

「空さん、ちょっといいですか?」
望月のその声に、空は手にしていたワインをセラーに戻す。

「なんだい?」

「一周年のワインの事で」

ああ、そうかこの店も出来て一年が経つのか。
ということはそれと同じ期間、望月に密かな想いを抱いていることになる。

つづく


前へ<< >>次へ


よろしければこちらをぽちっとお願いします。
  ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村


web拍手 by FC2


nice!(0) 

満ちる月 7 [満ちる月]

店のランチタイムが終わると、やっと従業員が食事にありつける。
まかないは一番下っ端のシェフ――シェフと呼べるか疑問だが――が作っているので、時々とんでもないものが出てくる。
今日は時間がないため無難なアマトリチャーナが出てきて、みんなのホッと一安心する溜息の様なものが聞こえた気がした。

そこで話題になったのが、この店から数軒挟んだ場所に、同じ様な店が出店するというものだった
確かにそこには空き店舗があり、近々解体工事に入ると知らせがあったのだという。
早く知らせてくれと、店長なのに誰よりも遅い情報の入手に苦笑した。

本社ではすでにこの出店について話し合われているようだ。
どうやらライバル会社によるもので、既存の店舗の潰しに掛かるみたいだった。

そこで望月はふっと、先日の和食店での出来事が頭をよぎった。
空が、おそらくだが引き抜き交渉されていた事を。
しかしそうだとしても、ライバル会社へ移って、数軒先の店に係るなんて、そんなことありえないと思った。


営業終了後片付けも終わり、厨房のコックたちも仕込みを終え、店には望月と空だけが残されていた。
今日も空さんは店に顔を出している。
べつにおかしいことではないが、でもどうして急に。
なんだか不思議な気がする。

空は暫くパソコンに向かっていたかと思うと、今はセラーを覗いている。

望月はふと来月の一周年のイベントの事を思い出し、空に声を掛けた。

「空さん、ちょっといいですか?」

空が手にしていたワインをセラーに戻し望月の方を見た。

「なんだい?」

「一周年のワインの事で」

イベントに向けて特別メニューを厨房と相談して決めている最中だった。それに合わせてワインも選ばなければならない。ワインとチーズに関しては、高塚物産からすべて仕入れているので、出来れば空と相談したいと思っていたのだ。

「僕にわざわざ聞かなくても、君のリストはなかなかよくできているよ」

空はきっとワインリストを見てそういっているのだろう。

「ワインリストは俺が作ったんじゃないですよ」
なんとなく気恥ずかしくてそう言った。

「リストはソムリエに任せているんだろうけど、ワインを選んでいるのはほとんど君だろう?」

「そ、そうですけど……」
自分が褒められているような気がしたが、ソムリエの佐野くんに悪い気がして複雑な表情をしてしまった。

「ああ、別に佐野くんがどうとか言っているのではないんだ。ただ、君は店長としてとても頑張っていると言いたかった」
そう言って空は極上の笑みを望月に向けた。

なんてきれいに微笑むのだろうか。
望月は思わず見惚れてしまった。自分に少しでもこんな顔が出来たら、あの人は俺の方を向いてくれたのだろうかと、途方もない事を思ってしまっていた。

「あの、でも、俺なんかよりずっと空さんの方が詳しいし――」
そう言って望月は思わずしまったと顔を歪めた。

空は高塚物産では相当なやり手の営業マンで、そこからレストランプロデュースを一手に任されるまでになったらしい。だから自分の会社の商品に詳しいのは当たり前だ。
けれどそんな空がなぜか、他社に出向という形で、実質の降格人事を受けているのだから、なんとなく余計な事を口にしてしまったと、望月は空の顔を覗き見るような顔をした。

それでも空はいつもの目を細めた優しい顔で、そうだねと返事をした。
望月はほっと胸をなでおろし、その空の優しい笑みに促される様に、なぜだか、つい、先日和食店で自分が耳にしてしまったことについて尋ねてしまった。

その瞬間、二人の間に明らかに凍てついたような冷たい空気が漂った。

つづく


前へ<< >>次へ



よろしければこちらをぽちっとお願いします。
  ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村


web拍手 by FC2


nice!(1) 

満ちる月 8 [満ちる月]

「ふぅん、あそこにいたのか」
空は何とか動揺を隠そうと、全神経を集中させ感情を抑え込んだ。

「あ、あの、たまたま聞こえてきただけで、その…聞くつもりは……」
しどろもどろになる望月を見ながら、空は不謹慎にも望月の事をかわいいと思ってしまった。
今この状況でそんな事を思うとは、どこまで自分は間抜けなのかと、空は思わずふっと笑みをこぼした。

その笑いを望月は勘違いしたらしく、空に問う。

「あの、それじゃあ引き抜きの話は断るんですか?」

ほっとするような望月の口調に、空は無表情で言葉を返す。

「君に言う必要があるのか?」

「そ、それは、空さんは一応店のマネージャーだし、店長としては知っておく必要があるのではないかと」
望月は慌てて言葉を言い添える。

「一応ね――」空はぽつりと言うと悲しげに望月を見た。「君の言うとおりだね。僕はこの店ではただの飾りのようなものだからね。マネージャーなんて名が付いているけど、実際、社長にここへ行けと言われた時は降格人事もいいところだと思ったくらいだ」

空のその言葉に、望月が複雑な表情で視線を脇に逃がした。

おそらく望月も気づいているのだ。
空のような人がこの店のマネージャーをしている違和感に。

僕はそれだけ彼に評価されているのだろうか?それはそれで思わず喜んでしまいそうなのだが。

だが、急に望月の事を苛めたくなってしまった。
子供じみた考えだが、すんなりと引き抜きの話を断り安堵させたくないと。

「まだ断ると決めたわけではない。あちらの会社はどうやら僕を正当に評価してくれているようだから」

ほら、思った通り、逃がしていた視線を僕に戻した。
素直というか、単純というか、面白いくらい真っ直ぐな反応をしてくれる。

「でも……」
望月は何か言いかけ口をつぐんだ。

何を言おうとしたかくらいは想像がつく。
同じ店に働きながら、実際望月と空は別々の会社に属しているのだ。だから、望月は口を差し挟むことはできないと判断したのだ。
全く面倒な事だ。
もし今、「行かないで下さい」と一言言われただけで、この胸に望月を掻き抱き耳元で「行かない」と甘く囁いてしまいそうだったのに。

あまりに自分に都合のいい妄想に、呆れてため息が漏れる。

「それで、君は僕にどうして欲しいのだ?僕がいなくなったところでこの店には何の影響もないだろう?それとも僕が店の情報を持ち出して、この店にダメージを与えるとでも」
望月がそんなこと思うはずもないと冗談めかして言った。
けれど、その瞬間望月の表情が明らかに一変した。青ざめた顔で、黒い瞳が困惑の色に染まった。

空はカッとなった。
自分の甘い妄想は一瞬にして掻き消された。望月は空の事をそんな奴――会社の情報を持って他社に行くような奴――だと思っていたのだ。

いつから望月は僕の事をそんな風に思っていたのだろうか?嫌われてはいないと、むしろ恋愛感情を抜きにすればそこそこ好かれているとさえ思っていたのに。

空は望月へ激しい憎しみのような感情を覚えた。
もはや望月が自分を見る目も、蔑んでいるようにしか見えなかった。

つづく


前へ<< >>次へ
 

よろしければこちらをぽちっとお願いします。
  ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村


web拍手 by FC2





nice!(0) 

満ちる月 9 [満ちる月]

店の情報を持ち出して、ダメージを与える――

空がそう言った瞬間、昼間の従業員とのやり取りを思い出していた。
この店から数軒先に出店する店の事を。
まさかとは思うが、いや、たとえ空さんが他の会社へ移っても、そんな事をするとは思えない。けれど、今のこの状態に不満を抱いている事は明確で、きっと会社に対しても不満はあるに違いない。

違う。空さんはそんな人ではない。
もう一度頭の中で否定する。

しかし、自分は彼の何を知っているのだろうか?時々店に顔を出す彼は、いつも優しく微笑んでいて――だが、今は笑みなど浮かべてもいないし、いつもの物腰柔らかな口調とも違う。

「もしかして、この先に出来る店の?では、ライバル会社に引き抜きされるってことですか?それって……」
どう言っていいのか分からず、まとまらない脳内と同じく、まとまらない言葉を返す。

「それって?裏切り行為とでも言いたいのか?」
空の語気が強くなる。

「いえ、そういうわけでは」
そう否定したものの、まるで見透かされたような空の言葉に閉口する。

「君は僕が店の情報を持ち出すような男だと思っているようだね」
あざけるように言った言葉の真意を探った。
空がそうするつもりなのかどうか。だが、望月には分からなかった。

返事をしない望月に、空が続ける。

「まあ、はっきり言ってしまえば、ライバル会社に誘われている。そして、その会社はこの店のほんのすぐそばに似たような店を出店する気らしい。そのプロデュースをして欲しいと頼まれている。向こうは二カ月の猶予をくれたから、そんなに急いでもなさそうだが、僕にいい返事をして欲しくて急かさないだけだろうけど」

「なぜ、その会社はそんなことを?」
やっとまともに言葉を発せた。

「さあね。どちらかの会社に恨みでもあるんじゃないかな?この店をどうしても潰したそうだったから」

いくら形だけのマネージャーとはいえ、空の口から出た言葉だとは思えなかった。あまりにも無関心な口調に、本当に一年間一緒に仕事をしてきたのかと疑いたくなるほどだった。

もしかすると、最近頻繁に帳簿やセラーをチェックしていたのもこのためだったのではと思った。
途端に、本当にこの店が潰されてしまいそうな気がした。
この周辺には競合する店舗もなく、のんびりとした経営を送ってきている。
もしも、空がプロデュースした店が開店したらどうなるのだろうか?
きっと、どちらかがつぶれるか、共倒れか、共存は考えられなかった。

望月の混乱する思考は停止した。
ひやりと背に汗が流れるのを感じた。

この店は、自分と容さんとで作り上げた店なのだ。
空は関係ない。これは俺と容さんの店で、幸せが詰まった店なのだ。

苦しく切ない片想いで終わったが、それでも望月にとってはこの店が容と自分をつなぐ唯一のもので、それをつぶされてしまうのは、自分が壊されるのと同じなのだ。

望月は目に涙をにじませ、空を見た。
目の前の男が急に憎くて仕方がなくなった。けれど、彼にはこの話を断ってもらわなければならない。どうやって?そんな力も金も自分にはない。

しばらく睨みつけられたままだった空が、望月に近寄ってきた。
そしてそっと耳打ちする。

「君って、ゲイだよね」

つづく


前へ<< >>次へ


よろしければこちらをぽちっとお願いします。
  ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村


web拍手 by FC2


nice!(0) 
前の10件 | - 満ちる月 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。