はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

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もう伯爵でも少年でもない 前編 [伯爵と少年]

伯爵と少年 番外編
本編の10年後くらいのお話



今年の誕生日はこれまでのように祝うことが出来ない。
エドワード・スタンレー伯爵の祖父、フレデリック・ヘンリーがひと月ほど前に亡くなり、現在喪に服しているのもあるが、エドワードはランフォード公爵位を受け継ぐことになり周辺が騒々しくなっているからだ。

フレデリックには跡継ぎとなる男児がおらず、爵位は余所へ移るはずだった。フレデリックはこのことに不快感を隠そうともせず、公然と甥であるジョージ・エマーソンの悪口を吹聴していた。

だが、ジョージはフレデリックよりも先に亡くなり、結局爵位はフレデリックが目をかけていたエドワードが継ぐことになったのだ。
フレデリックはさぞ満足だろうが、エドワードはそうではなかった。

そういったごたごたのなか、ロンドンへ行ってしまったエドワードをアンディはホロウェルワースの屋敷でじっと待っていた。

「エディ……帰ってこれないよね」お気に入りのテラスでぽつりとこぼす。

もう幾日もひとりで過ごしている。寂しくて寂しくて毎日夜寝るときにはどんなに我慢しても涙が溢れてしまう。エドワードのいない広いベッドで眠りたくないからと、アンディは暖炉の傍の寝椅子に丸まって眠っている。もう二十七歳になろうかというのに。

「あんでぃにいちゃま」

「ローズ」

アンディは傍に寄って来た少女を膝に抱きかかえた。三歳になるローズはローレンスとルーシーの娘だ。二人はいまも屋敷で働いていてローズは屋敷で育てられている。まるでお姫様のように。

「さみしいの?おじちゃまいないから」

たどたどしい喋り方がまたかわいいのだ。

「そうなんだ。でも、エディの前でおじちゃまって言っちゃだめだよ、ローズ。エディ、傷ついちゃうから」そう言って微笑む。

エドワードは今日で三十九歳。
『おじちゃま』と呼ばれてもおかしくない歳だ。エドワードがこの『おじちゃま』に過剰反応する大きな理由は他にある。

ローズは誰からもかわいがられているが、アンディもその一人に入っているという事だ。ローズが傍によって来れば膝にのせてあげ、庭を散歩すると言えば抱っこして一緒に薔薇園を散策し――そう、それがエドワードは気に入らないのだ。情けない事に、三歳の少女に嫉妬をしているという訳だ。

「ねえ、あんでぃちゃん。おさんぽいこう」

膝の上の愛らしい少女はローレンスと同じ碧の目をきらきらとさせ、アンディを誘う。

「だめだ!」

いかにも、というような鋭く硬い声がテラスに響いた。
エドワードだ。

「エディ!!」

アンディは嬉しくてすぐに駆け寄ろうとしたが、膝にそれなりに重い三歳児が乗っているので顔を向けるだけで精一杯だった。

「ローズ、アンディの膝から降りなさい。まったく、ナニーはどこだ?いったいだれが給金を払っていると思っているんだ」

エドワードはぶつくさ言いながらアンディに近寄り、膝からローズを抱き上げた。

「おじちゃまおかえりなさい。あんでぃちゃん、さみしくてげんきがなかったから、ろーずがめんどうみてあげていたのよ」

まったくよく喋るガキだとエドワードは思いながら、ローズをスティーヴンの手に委ねた。子供の抱き方など分からないスティーヴンは、困ったようにすぐさまナニーの手に委ねる為、テラスを後にする。

「アンディは寂しくてローズに面倒を見て貰っていたのか?」エドワードはにやりと笑いながら、アンディを抱き上げた。

アンディは真っ赤になりながらも「うん」と涙声で答えた。

つづく


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もう伯爵でも少年でもない 中編 [伯爵と少年]

この泣き顔がかわいいのだ。

寂しかったと瞳を潤ませ抱きついてくるアンディをしっかりと抱え、テラスから温かい暖炉の傍に移動する。

「長い間ひとりにしてすまなかった」

アンディは、その立場がとても不安定だ。もとはグリフィス伯爵の子息だったが、事情があり孤児となりその後エドワードの叔父の養子となった。

スタンレー家ではアンディは温かく迎えられ、どの親戚からもかわいがられている。特に養母となったフィオナは実の母以上にアンディをかわいがっている。そんなことを言おうものなら実の母であるマーガレットと揉めることになるとは思うが、案外この母二人が仲良くやっているのでエドワードとしては安心している。

問題はヘンリー家の方だ。あちらはまったくアンディの存在を無視している。今回葬儀への参列さえも拒絶した。それどころか、心を病んでいる母のクリスティーヌを恥だと思い、エドワードにさえ好意を抱いているとは言い難い。孤児であったアンディを快く迎えられるはずがないのだ。

この事は後々解決していくしかない。

「エディ、キスして」

アンディの甘えた声は、エドワードの身体を稲妻のように一気に駆け抜けた。もともと欲求を抑えてもいないのだから、このまま寝室へ直行は決定したようなものだ。自分の一言でエドワードがどういう反応をするのかいまだに分かっていないアンディは、これから存分に啼くはめになるとは思いもしないのだろう。

ひとまずソファに腰をおろしたエドワードは、アンディを膝に乗せたままこの時を待ってましたとばかりに口づけた。最初はゆっくりと優しく。あまりに激しくするとアンディが上手く息継ぎが出来ず苦しさに喘ぐことになる。けれども、いつもそんな余裕があるわけではない。離れていた時間が長すぎてお互い持て余していた感情を荒々しくぶつけ合った。

エドワードの大きな手はアンディの両頬にしっかりと添えられ、ほんの少しも顔を逸らす隙を与えていない。アンディの方もエドワードの逞しい胸板にしっかりと身体を密着させ、両手は盛り上がった背の筋肉をしっかりと掴んでいる。

このままではここで事を起こしそうな雰囲気の二人を察してか、部屋の扉はすべて閉じられている。
唯一、ガラス張りのテラスからは丸見えだが。

唇を重ねたまま、お互いの衣服を剥ぎ取っていく。ほとんどエドワードが一方的になのだが、それでもアンディもエドワードのシャツのボタンに手を掛け、不器用にもひとつずつはずしている。

「アンディ、会いたかった」唇を重ねたままそっと囁く。

「ぼくも」

アンディも同じように囁く。そしてまた唇は深く重なる。

キスで息が上がり、身体もじゅうぶんに蕩けたところで、アンディの衣服は身ぐるみはがされていた。こういうことにかけてはエドワードの右に出るものはいないだろう。もちろんアンディ限定だ。

「アンディ、ここで大丈夫」

一応確認する。

「うん……」と一旦口にしたアンディだが、何か忘れていることを思い出した。だが何を忘れているのか思い出せなかった。

つづく


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もう伯爵でも少年でもない 後編 [伯爵と少年]

エドワードの指先がアンディの体を優雅に滑り、胸元の小さな尖りを摘み上げる。そっと口に含むとむくむくと大きくなり、硬くピンと張る。それを舌先で転がすと、アンディは身をくねらせながら甘い吐息をこぼした。
エドワードの手はさらに下へと行きアンディの興奮する分身を優しく包んだ。

「エディ、だめ……」

いつものように言葉では抵抗して見せるが、身体はどんどん淫らに反応していく。アンディをじゅうぶんに感じさせたところで、エドワードの指先は小さな蕾へと移動する。先端から滴る蜜の滑りを借りて指先をゆっくりと挿入していく。

「アンディ、ここも待っていたんだな」

意地の悪い言いかたも、これがエドワードなのだとアンディは安堵する。そして、もっとちょうだいとおねだりをしてしまうのだ。

アンディの閉じていた窄まりがエドワードを受け入れる為すっかりと解されると、満たされる期待に身体が疼いてどうしようもなくなっている。

エドワードは自身を握り締め、アンディの蕾に先をあてがった。
感嘆の息を吐き、アンディの中へ自身を埋めていく。アンディも圧迫感にうめきつつも、満たされる悦びに足をしっかりとエドワードの身体に絡めた。

奥まで一気に突き進むと、あとはただ欲望のままにお互いが身体を擦り付けあいキスを交わし、高みを目指す。

「エディ、愛してる。エディ、もう離れたくない、エディ」

アンディの声は悲痛に満ちていた。エドワードが爵位を受け継いだことで、周辺の環境がすっかりと変わってしまう事を恐れているのだ。もしかすると自分は捨てられるのではと、ありえない事を思ってしまう程、このひと月がつらく長いものだったのだ。

「もう、大丈夫だ。これからはどこへ行くにも一緒だ」

アンディの不安を消し去るように優しく口づけながら、二人は同時に絶頂を迎えた。荒い呼吸が収まる前に、エドワードは愛してるとかすれ声で囁いた。

二人の間の問題の大部分はこのひと月で片づけて来た。無事爵位を受け継いだいま、誰にも文句は言わせない。
だから、何も心配はいらない。

エドワードはいつものように金色の髪を梳きながら、アンディが落ち着くのを待つ。
まだつながったままの二人は、離れるのを惜しむように、もう一度ぎゅっと抱き合った。

『リトル・レディ!そこへ入ってはいけません!』

その声に二人はビクゥっと驚きお互いをきつく掴んだ。
あの声、言い方、まさしくローレンスだ。
ローレンスはローズをリトル・レディと呼ぶ。

『でも、さっきあんでぃちゃんのさけびごえがきこえたの』

『聞こえてはいません。あなたはお部屋でお勉強があったのではないですか?それと、アンディ様をあんでぃちゃんと呼んではいけません――』

ローレンスはおそらくわざと聞こえるようにローズに説教をしている。

燃え上がっていた身体もすっかり冷めてしまったアンディとエドワードは、いそいそと身支度をする。いつローズが部屋に飛び込んでくるかとヒヤヒヤしながら。

『だって、だって……』ローズはなかなか粘り強い。『おじちゃま、きょうおたんじょうびでしょう?』

ああ、忘れていたのは誕生日だったのだ。アンディはローズと一緒にエドワードの誕生日をお祝いしようと約束していたのを思い出した。

午前中のうちにふたりでクランペットを焼いたのだ。もしかするとエドワードが今日戻ってくるかもしれないからと。

そして、アンディが望んだとおりエドワードは戻って来た。

アンディはエドワードの傍により、両腕に手を掛け背伸びをすると、唇にチュッとキスをし「エディ、お誕生日おめでとう」と目も眩むような微笑を見せた。


おわり


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伯爵と少年 登場人物 [伯爵と少年]

アンディ 記憶喪失の少年

エドワード・スタンレー伯爵(27)――とある出来事をきっかけに田舎の屋敷に引きこもる

スティーヴン(50代)――エドワードの身の回りのことから屋敷の管理まですべてをこなす有能な執事
メアリ(40代)――おしゃべりが大好きなメイド頭
ヘレン(30代)――通いのメイド 未亡人
ルーシー(22)――通いのメイド

ローレンス(24)――アンディの従僕

キャサリン――伯爵令嬢
マーガレット・グリフィス――キャサリンの母

第二部
アルフレッド・スタンレー エドワードの叔父
フィオナ アルフレッドの妻


※人名、地名は架空のものです。
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伯爵と少年 1 [伯爵と少年]

十九世紀末――ロンドン

大通りから少し中へ入った薄暗い通りに、その場所にはそぐわないブルーム型の馬車がとまっていた。
貴族所有のものだろうか、それらしい紋章はロンドンの濃い霧に覆われていて見ることが出来なかったが、
時々その場所で見かけるそれと同じものだった。

「うぅっ……あぁ、いい子だ」
男は少年の頭をなでるように触りながら、恍惚の表情を浮かべている。ぴちゃぴちゃと卑猥な音が車内に響く。男はうめきながら少年の頭を強く掴んだ。「あぁぁ、もう出そうだよ。そのまま全部飲み干したら、銀貨をもう一枚追加するよ」

少年は男を上目遣いで見上げ、目で合図した。それと同時に口内に青臭い匂いが広がる。要求通りにそれを飲み下すと、男は満足のしるしに銀貨を二枚足元に放り投げた。少年はそれを手にすると顔を上げることなく素早く馬車から降りた。

それから馬車はすぐさま大通りへ向かって走り出した。

冷たい風が頬を叩くように吹き抜ける。
少年は更に細い路地に入り込み、ちいさな体を丸めてしゃがみ込んだ。

「うっ……げほっげほっ」

細くしなやかな指をのどの奥に突っ込み、今飲んだものを出来るだけ吐こうとしている。口の中に男のむせ返るような匂いが充満している。少年はこの匂いが好きではない。もちろん男が少年の口の中に出したものも好きではない。
それでもお金のためにそうするのだ。

「アンディ!ここにいたの?探したんだよ」

少年――アンディはその声に振り返って身を起こした。
「うん。どうしたのケヴィン」アンディは暗く陰る青い瞳を友に向ける。後ろめたさからポケットにしまった銀貨を隠すようにそこに手を置いた。

ケヴィンはアンディよりひとつかふたつ年下の宿無し仲間だ。日中は別々に過ごし夜になるとこうして寝床を同じくするため合流する。

「もう大分寒くなったから一緒にくっついて寝ようよ」ケヴィンは首に巻き付けた薄汚れたマフラーを両手でぎゅっと掴んだ。一年中巻いている大切なもので、アンディが知る限りケヴィンが路上生活をする前からの唯一の持ち物だ。

「うん、じゃあ、ちょっと向こうで待ってて」
アンディはそう言うと、路地の片隅でもう一度口の中に指を差し入れた。

つづく


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伯爵と少年 2 [伯爵と少年]

老婦人マリーとの出会いはアンディにとって幸運だった。
たまたま越して来たその日『何か手伝いをさせて下さい』とアンディが家のドアを叩いたのがきっかけだった。

すでに家族がなく一人きりだった彼女は、素直で礼儀正しいアンディにすぐに惹かれた。それはきっとどこかでアンディが路上で生活をするような子ではなく由緒正しき家の出ではないかと思っていたからにほかならない。いったいどんな事情があったのかは彼女の知るところではなかったが、ちょっとした雑務の報酬として地下の物置を寝床として使うことを許した。

アンディはとてもきれいな顔立ちをしていた。鮮やかな青い瞳は田舎の夏の空を思わせ、マリーは若いころのことを思い出さずにはいられなかった。今は亡き夫と出会ったあの夏。マリーがまだアンディと同じ歳の頃のこと。きらきらと眩しいほど輝いていた。

アンディも汚れを落とし、身なりを整えさえすればこんな生活からはすぐに脱出できるはず。ずっとここにいたっていい。けれどもなぜかアンディはそれを望んでいないように思えた。

だからマリーは下働きの少年と雇い主――というほどのものではないが――という姿勢を崩さなかった。

翌朝アンディとケヴィンは一緒に市場へ出掛けた。ふたりは昨日稼いだお金でパンを買いに来たのだ。
以前は数日何も食べられない日もあったが、マリーと出会いあの貴族の男と出会って困ることも少なくなった。

アンディにはあの男が本当に貴族なのかどうかは分からなかった。ただ、少しの間、ほんの数分我慢すれば銀貨が貰える。男の要求が増えれば、銀貨は1枚ずつ増えるのだ。

報酬のほとんどは使わず貯めてある。アンディにはやらなければならないことがあるから。
五年前自分が捨てられていた場所、ロンドンから遠く離れたあの場所に行って、なくした記憶を取り戻すこと。
当時アンディは十歳くらい。
小さな泉のそばの大きな樫の木の下で目覚めたとき、記憶にあったのは自分の名前だけ。頭のなかは真っ白で訳が分からず泣きじゃくった。泣いても無駄だとわかるまで泣いた後、その場所から離れた。
森を抜け開けた場所まで出ると鉄道沿いに町から町へと移り、何日も何日もそうするうち今の場所に辿り着いた。

それから五年もの間、街をさまよい日々を暮らしている。

アンディとケヴィンは朝一緒にパンを食べるとしばらくして別れた。夜にはまたマリーおばさんの家で合流する。

いよいよあの場所へ向かう。歩いてではなく鉄道を使って。うまくあの場所に辿り着けるか自信がなかったが、お金を貯める間にあの場所にあたりをつけていた。
立てた計画通りに進めば夜までには戻ってこられるはず。

もしもの時のことを考えて、ケヴィンのことはマリーおばさんにお願いしてきた。
マリーおばさんは嫌な顔ひとつせずアンディのお願いを聞き入れてくれた。

つづく


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伯爵と少年 3 [伯爵と少年]

アンディは列車の中であの目覚めた日のことを思い出していた。

まだ肌寒さの残る、少し曇った日だった。体の痛さに目が覚め、知らない場所に恐怖し、何か思い出そうにも空っぽの頭に混乱した。
どうして何も覚えてないのか?どうして捨てられたのか?
もしかしたら自分で家出したのかもしれないし、悪いやつにさらわれて逃げ出したところかもしれない。本当は自分が悪いことをして逃げているのかもしれない。
けれどどんなに考えても結局は思い出せないのだ。

あの日と何も変わっていない、ひと目でここだとわかった。
すべては記憶が頼りだった。
駅で泉のことを尋ねたら、駅員さんは少し考えてからパッと閃いたようにアンディの欲しかった答えをくれた。

「少し距離はあるけど、大きな道沿いを行けば辿り着けるよ」さらには途中ホロウェルの商店街を抜けるとほんのわずかだが近道だとも教えてくれた。もし迷っても町で道は訊けるし、いざとなれば泊まることもできる。

この時やっとアンディはここがホロウェルワースというところなんだと知った。駅名は全然違うのにと疑問に思ったけれど、それは口にせず駅員さんにお礼を言って道を進んだ。ただただ黙々と進み町も素通りして目的の場所に辿り着いた。

この場所だけだ――この場所だけがきっと記憶をなくす前のぼくを知っている。
何も変わっていない。大きな樫の木も、この清らかな泉も、ただ季節が違うので周りの景色は少し色が違って見えた。

「そこで何をしている!!」

怒りを含んだ鋭い声がアンディの耳に響いた。びくりとして振り返ると、すぐ後ろに黒い馬に乗った男がいた。背に陽を浴び顔が陰になっている。

「あっ、あのぼく――」

アンディが言い訳する間もなかった。男はすばやく下馬すると手に持っていた鞭を振り上げた。
その恐ろしさにアンディは凍りつき身動きできなかった。鞭が振りおろされるのをまるで他人事のように見ていた。

ぼくやっぱり悪いことをして逃げていたんだ。記憶を失くしたのもその事実から逃れるため。けれどもう逃げられない。
アンディは苦痛に顔を歪め意識が遠くへ行くのを感じた。
ただ、怖かった。

意識が遠のくその一瞬に男の顔がはっきりと見えた。その顔を見てアンディは地獄へ堕ちるのだと思った。

つづく


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伯爵と少年 4 [伯爵と少年]

アンディは五年前と同じく痛みで目が覚めた。唯一の違いは目覚めた場所が優しくふんわりとアンディを包み込んでいたことだ。

起き上がりそこからゆっくりと降りた。手に触れる感触の心地よさにうっとりとする。ずっと眠っていたかったけれど、そうしていてはいけないと判断するだけの分別はあった。

アンディを包んでいたふわふわのそれは、四隅に柱があり豪華な刺繍の施された天蓋の付いた大きなベッドだった。アンディが初めて見る色彩の美しさに見とれていると、戸口から声がした。

「気付いたのか」

振り返るとアンディに鞭を振るったあの男がいた。アッシュグレイの瞳に漆黒を思わせる黒髪、アンディを見下ろすほどの長身の体躯に恐怖を覚えた。

まさかここがあの男の家だなんて!

「汚い身なりをして、何か恵んでもらおうと他人の土地に入り込んだのか?どこから来た?」
男は腕を組んでアンディを値踏みするような視線を向けている。

アンディは恥じ入った。確かに着ている服は薄汚れているし擦り切れている。きっとシーツを汚してしまったに違いない。洗濯は得意じゃないけどやってやれないことはない。ロンドンではどんな小さな仕事でも、どんな汚い仕事でもやってきた。

「メアリ、さっさとこれを綺麗にして着替えさせろ」男はそう言って部屋を出て行き、代わりにメアリと呼ばれた女の人が部屋に入ってきてアンディに近寄った。

「何も心配はいらないよ」メアリは言った。マリーおばさんよりもうんと若いけど、パン屋のおばさんよりは歳が上だろうかとアンディはぼんやりと思った。

メアリに導かれるようにして隣の部屋に移動する。そこにはお湯が満たされた小さなたらいが置いてあった。アンディは差し出された手を断って自分で服を脱いだ。アンディにとっては一張羅だったけどメアリの目にはただのぼろ布に見えたに違いない。アンディは恥ずかしさに唇を噛んだ。もう一生分恥を晒している。

体の汚れはメアリによって丁寧に落とされ、ひと目でわかるほどの上等な服を着せられた。これまで触れたこともないはずのそれはなぜか懐かしかった。

「メアリさん、ありがとうございます」アンディは心からお礼を言った。

「それで、こんな所までどうして来たんだい?村の子ではないだろう?」メアリは問い、アンディの返事を待たずして続ける。「エドワード様がぼろ布を抱えてお帰りになったときはびっくりして腰を抜かしそうになったよ。まさか子供だなんて思いもしなかったからね」そのぼろ布を片付けながら言う。

「あの、ぼくロンドンから来ました」

「へぇ、ロンドンねぇ……それにしても、こうして綺麗にしてみると貴族のお坊ちゃまに見えるねぇ。エドワード様のお小さい頃を思い出すよ」

アンディはメアリのその意見には同意できなかった。
男――エドワード様は何もかもアンディと違った。威厳、風格、貫禄、何と呼べばいいのかとにかくアンディの持っていないものすべてを持っていた。背の高さも大きな手も全部違う。

「エドワード様は貴族の方なんですか?」アンディは訊ねた。
「そうさ、伯爵様さ」メアリは胸を張って少し得意げに返した。
「伯爵様――」

アンディの貴族に対する不信感が表情を曇らせた。貴族は服従をするべき相手でもちろん逆らうなど論外。そして恐れるべき存在だ。これまでの経験で身に染みていた。

「メアリが伯爵様のお世話をしているの?」アンディは恐怖を隠すようにして質問を続けた。

「あたしだけじゃどうにもならないよ。お屋敷を掃除するだけでも大変なのに、お世話までひとりでなんて無理に決まってるさ。そうは言っても、ここはよそに比べりゃ大分小ぢんまりとしたお屋敷だけどね。まあここはね、いわゆる別邸なのさ。別のところに大きなお屋敷があるんだけど、エドワード様がこちらがいいと言ってね。それで、住込みは執事のスティーヴンとあたしだけで、あとは通いのメイドが二人とお屋敷の離れに馬丁がいるだけさ。あとは庭師のじいさんが森を抜けた先の村から、時々やってくるぐらいさ」

メアリはよく喋った。もしかすると普段喋る相手がいないのかもしれない。執事のスティーヴンさんは分からないけどエドワード様はお喋りとは程遠そう。

メアリはまだおしゃべりを続けている。アンディにその相手が務まるとは思えなかったけど、聞いているだけでいいみたいだからただじっと黙って耳を傾けていた。

つづく


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伯爵と少年 5 [伯爵と少年]

エドワードは書斎に入ってきた少年に惹きつけられた。
ちゃんとした身なりをするとこうも違うのか。肌は思っていたよりずっと白かった。澄んだ青い瞳は宝石のようにきらきらしていた。髪の毛はくすんだ金髪ではなく、まるで光をすべて吸収して輝くようだった。

だからどうした?たかが子供だ。

「それで、お前はどこから来た?私の領地に入り込んで何をしていたのだ。村のものではないだろう」
エドワードは侵入者に絶対的な身分の差を分からせるように、高圧的に言い放つ。束の間魅せられていたなどとおくびにも出さず。

「ぼくはロンドンから来ました。それで、あの……あの」
「ゆっくりでいい。ちゃんと聞くから、その代わり――嘘をつくことは許さない」
「ぼくはここに、いえ、あの泉の傍にいたんです。今日のことではなくて、五年前……目が覚めたらそこにいて何も覚えてなかったんです。名前だけしか……」

ふうむ、興味深い。この子は五年前すでにここに入り込んでいたわけか。その時私は何をしていただろうか。

「名前は?」エドワードはゆっくりと訊ねた。記憶がないというこの子からもっと話を聞きたかった。
「アンディ」
「では、アンディ。君は記憶がないそういうことか?今はロンドンに住んでいるのか?ロンドンで五年も何をしていたのだ?なぜここに戻ってきた?」

アンディは矢継ぎ早の質問にも臆することなく、ひとつずつゆっくりと質問に答える。

「なぜ記憶を失くしてしまったのかはわかりません。とにかく、ぼくは名前しか覚えてなかったんです。それで、ロンドンでは――」アンディは言葉に詰まった。答えたくないのだろうかとエドワードが思っていると、しばらくののちまた喋り始めた。「いろいろです……とにかくなんでもしました。ぼく、火をおこすの得意なんです。ぼくにはここしか、いいえ、ここに来たのは――何か忘れていることを思い出せるかもって思って。だって……いえ、まさか伯爵様のお屋敷があるなんて知らなくて、本当に申し訳ございません」

エドワードはアンディの説明に聞き入っていた。言葉遣いは多少子供っぽいが、発音は完璧だ。とても孤児には見えない。

「わかった。スティーヴン、この子を部屋に案内してくれ」
エドワードがそう言うと、隣の部屋に続くドアがすっと開いて執事が入ってきた。元々ドアは開いていてスティーヴンはすべて聞いていただろう。だから説明するまでもなくエドワードの思うとおりにしてくれるはずだ。これまでもずっとそうだった。

スティーヴンは五十台半ば、人生の半分エドワードに仕えている。もとは真っ黒だった髪にもちらほらと白いものが見え始めてきた。それでも寸分の乱れもなく整えられていて、顔も体もひょろ長いせいかマッチ棒みたいに見える。いかにも執事然としているが、唯一、凛々しく蓄えられた髭がそれらしくない。

「部屋って?」アンディはスティーヴンと同じ青い瞳に困惑の色を滲ませた。

「今日からここで暮らせばいい。どうせロンドンに住む家などないのだろう?」エドワードはひらりと手を振って、ここで子供一人の面倒を見ることなど造作もないと示した。

アンディは驚き言葉を失っている。いや、それともそんな施しなど必要ないと拒絶しているのだろうか?それとも住む家は当然あって、こちらの申し出など全く必要としていないのかもしれない。

「いいえ、帰ります」とアンディ。あまりに頑なな物言いにエドワードはカッとなった。

「帰る?帰る家など無いのにどこに帰るというのだ。ここにいて記憶が戻るのを待てばいい。医者にも見せてやる」

アンディは一瞬迷いを見せた。それもそのはず、寝食を用意し記憶を取り戻すために医者も連れてくるのだから断る理由などない。

「家はないけど、待っている人がいるので帰ります」

エドワードはまさかの返事に机の上でこぶしを握った。

「待っている人だと?家族がいるのか?ぼくにはここしかないとさっき言ったのは嘘なのか?」

どうしてだか分からないが、なんとしてもアンディを引き留めなければ。そうしなければ――

「友達が待っているんです。それに仕事も。ぼく、毎朝マリーおばさんの家の火おこしをしなきゃいけなくて。いいメイドさんが見つかるまでだけど、でもマリーおばさんはメイドさんなんて探してなくてずっとぼくに仕事をくれているんです。」

マリーおばさんの家の火をおこす者と、待っている友達とやらにアンディはもう戻らないと告げる。「すべて手配する。それでいいだろう!」エドワードは言い切り、これ以上のアンディの反論を受け付けなかった。

つづく


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伯爵と少年 6 [伯爵と少年]

エドワードは久しくこの領地から離れていない。不思議なことにアンディがここで目覚めたという五年前から。

理由は明確。貴族というものに嫌気がさし、社交界でのくだらない付き合いに嫌気がさし、そして自分の両親に嫌気がさしたからだ。

貴族というものは世間体だけで生きている。少なくともエドワードはそう思っている。
夫は妻に貞淑を求めながら、自分は外に愛人を作り娼館に通う。その妻も夫のいない間に家に愛人を引き込む。お互いそれに気付いているのだ。妻に求めるものは身分とその身分にあった姿形なのだ。
エドワードの父はその典型だった。

ある時事件は起きた。

エドワードの母クリスティーヌが、些細なことから父ハロルドと口論となり怪我を負わせたのだ。
些細なこと――確かに些細なことがきっかけだったが、それまでに積もり積もったものがあったのだ。

クリスティーヌはハロルドを愛していたが、ハロルドは違った。クリスティーヌが公爵家の娘だったから結婚したまでだ。
その時は世間体を考えて、父が過って怪我をしたということにしたが、実際は母がペーパーナイフで刺したのだった。
それは豪奢な装飾の施された真鍮製のもので、いつも父の書斎机の上に置いてあった。
以前母が父に送ったもので、母はとっさに手に触れたそれを父の背に突き刺したのだった。

その事件のあと、父は病気で亡くなった。そのケガが原因だったのかは分からない。
母は今、父親のランフォード公爵の所有する城の一つでひっそりと暮らしている。

世間はこのスキャンダルを見逃さなかった。噂が噂を呼び、一時社交界はこの話題で持ちきりだった。
しかしランフォード公爵の力により、すぐに次の噂に取って代わられた。

父の死後その爵位を受け継いだエドワードは二十二歳、すでに社交界へ顔を出すようになっていた。当時子爵家の令嬢と婚約中だったのだが、この事がきっかけで婚約破棄となった。尾ひれのついた噂話ほど質の悪いものはない。

エドワードはそう思いたかったが、婚約破棄のすぐ後にエドワードの友人でもあった伯爵家の長男と婚約したと知った時は噂話が原因でないと嫌でも気付かされた。

激しい怒りに襲われ、二度と他人に心を許すまいと誓った。もちろん彼女にそれほど惹かれていたわけではなかったが、体面は傷つけられ辱めを受けたも同然だった。

それからエドワードは社交界を去り、ロンドンを離れ、自分の領地に引きこもったのだ。
人を遠ざけ、何も誰も信じず、その心の中には深い失望と孤独しかなかったはずなのに、アンディとの出会いで何かが変わった。

あの泉で会った瞬間に――何の違和感もなくアンディが心の内に入り込んできた。

初めて強く何かを欲した。
しかしエドワードはアンディに素直に『ここにいて欲しい』という気持ちを、言い表すことが出来なかった。なぜならその方法を知らなかったからだ。

だから命じた。ここにいろと。

つづく


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