はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

溺れるほど愛は遠のく ブログトップ
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溺れるほど愛は遠のく 1 [溺れるほど愛は遠のく]

妙に空虚な気持ちになるのは、相棒で兄弟で、ある意味では分身だった陸が幸せいっぱいだからなのだと、海は最近気づいた。

迫田家の双子、海と陸。
陸が兄で、海が弟だ。

なんで俺の方が先に生まれたのに弟なんだ?

このことに関して海は常々不満に思っているが、あまり口にした事はない。
陸がほとんど兄貴面しないからだ。

二か月前、陸に恋人が出来た。この恋人神宮優羽里はかなりのくせものだ。
同じ顏の海には目もくれず――それどころか邪険に扱いさえする――陸を溺愛している。

時を同じくして、海は合コンで知り合った女の子とひと月だけ付き合った。
童貞もその時卒業した。

陸は驚いていたが、去年の出来事を知っているので「頑張ってね」と心から応援してくれた。早くあの時の事を忘れろという意味だったんだろう。けど、俺はもうあの事は忘れていた。

陸が余計な事を言うから、思い出しただけだ。
そう、本当に忘れていたんだ。

あいつが俺に一目惚れをして、俺もすぐに好きになって、あんなことして、あげくに――

「海、今日の英語、テストやるらしい」

海の物思いを破るようにして現れたのは、同じクラスの花村だ。まだ三時限目が終わったばかりだというのに、この日何度目かの最新の情報を手に入れた花村は、教室へ入るなり得意げに海に伝えた。

「確か先週もやったよな?」海はうんざりと溜息を吐いたが、内心ほっとしていた。あいつのことを考えたくなかったからだ。

「やった」
脇に立つ大男の花村は、まるで褒めてくれと擦り寄る犬のようだ。

高等部からここへ入った花村は、いわゆる情報屋だ。
ほんの些細な情報から、口にするとやばい情報もどこからか仕入れてきて、海にだけはいちいち報告する。
ちなみにこの花村、陸の恋人ユーリと関係を持った生徒や先生もすべて知っている。海はそれを聞いて、さすがに陸に報告する気にはなれなかった。過去のこととはいえ波風が立つのは目に見えている。

「食後は頭が働かないってゆーのに……」

「そういえば、今日のランチは学食へ行くんだよね。だったら席は気をつけた方がいいよ。テラス席と、一階の中央あたりは避けた方がいい。一年は出入り口か、返却口付近が安全だよ」

「へえ、そうなの。ありがと花村」
こういう情報はありがたい。下世話な情報に関しては、途中で話すのをやめさせることもあるのだが、自分の身の安全にかかわるネタに関しては、ありがたく聞き入れることにしている。

礼を言われた花村は、えへへっと満足げに笑って、空いている横の席に図々しくも座った。

花村は海に好意を抱いている。
性的な意味合いの込められたものではないが、はっきり言って、花村に好かれるのはまっぴらごめんだ。

なんといっても、花村は大き過ぎる。
身長が一九〇センチもあるのだ。
ボディーガード気取りで傍に居られても、顔に凄みがないため、まったくその意味をなさない。

それを示すように、海をわずらわす第二、第三の男が着実に傍に近づいて来ていた。

「海、今日の放課後、ヒマ?」
そう言ってキザったらしく笑ってみせたのは、自称イケメンの吉沢。こいつはなぜか自分を美男だと信じて疑わない。

「お前にやる暇はない」手厳しく言い返す海。吉沢には甘い顔は一切しない。

「海の時間は俺が貰うよ」
第三の男については、本当にイケメンだ。背も高く美人の須山は、迫田家の次男、朋と同レベルの美を備えている。

「お前にもやらない」

「海は学校が終わったらまっすぐ家に帰るんだ」

しょうもない情報を垂れ流したのは、ことあるごとに海とその他の男どもの間に立ちはだかる花村だ。まあ、役には立つが、下手すると花村との関係を勘違いされかねない。
あいにく、目の前の二人はそんな勘違いをするようなお人好しではないが。

「余計な事言うなよ」まるで俺が暇人みたいじゃんと、海は不機嫌に言うと、うざったい三人をしっしと追い払った。だが、そんなもので怯まないのが、海の取り巻きたちだ。

花村は変な下心を持っていないので、傍に居てもそんなに嫌ではないが、吉沢と須山にはあまり傍に寄って来て欲しくない。吉沢には傍に寄るなと直接命じているが、あまり効果はない。須山に関して言えば、言い寄ってくるもののどこまで本気なのか分からないので、適当にあしらっているといった感じだ。

なんで俺の周りにはこんな奴しか集まってこないのだろうか。陸のように、身体全体で好きだと告げてくれるような相手が欲しい。

ああ、もうっ!恋愛はこりごりで、男はもちろんのこと女とも、もう付き合う気はない。このまま一生、ひとりで生きていくんだ。

その決意を後押しするように、四時限目の始まりを告げるチャイムが鳴った。

つづく


>>次へ
 
あとがき
こんばんは、やぴです。
今度は海のお話。
なぜか高等部に入ってからモテモテの海。
お気づきかどうか、この日はユーリの誕生日です。

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溺れるほど愛は遠のく 2 [溺れるほど愛は遠のく]

昼休みになり、隣の教室から陸がやってきた。これから一緒に学食へ向かうのだ。

今朝はコウタが弁当作りを渋ったので、朋ちゃんがランチ代を快く提供してくれたのだ。

「なあ、海。一年が通っちゃダメな場所があるって知ってた?」
陸がため息交じりに訊いてきた。すでにダメな場所を通って、すこぶる嫌な思いをしたといった口調だ。

「知ってるよ。花村が全部教えてくれたから」
この学校は思ったよりも危険なのだ。だいたい陸は、中等部の頃すでにこの校舎でとんでもない目に遭っている。応接室に引きずり込まれ、手と口を封じられ犯されたのだ。現在の彼氏に。

なんて馬鹿馬鹿しい出会いだ。それが運命の出会いになるなんてお互いに思わなかっただろう。

「なんで教えてくれなかったの?俺知らなくてさ、うっかり四階のトイレの前通っちゃったよ」

「まじで?ってゆーか、知らないと思わなかった。ユーリは教えてくれなかったの?」
どうせ知らなくても、ユーリの男に手出しするような奴はこの学校にはいない。ということは、同じ顏の海も安全という事だ。

「教えてくれたよ。今日。それまで何回か普通に通ったし」

「まあ、あの階段自体二階以上あがらない方がいいけどね。三階が安全な訳じゃないし」

「この学校って、金持ちエリート学校じゃなかったの?学校にそんな危険が潜んでるなんて誰も思わないよ」陸はぷりぷりと怒りながら言った。

「あははっ。金持ちエリート学校だったら、そもそも俺たちここにいないよ。それにさ、そういうやつらこそ、ストレス溜まるんじゃない?ああ、あとさ。食堂にも座っちゃダメな場所とかあるから、気を付けた方がいいって、花村が」

そう。俺たちがこの学校に通えているのは自分たちの能力とは無関係だ。迫田家は特に金持ちでもないし、勉強だってコウタよりもマシなだけで、聖文や朋に比べるとそこそこといった感じだ。

食堂に着き、いちおう座れそうな場所に目を配っていたが、ユーリの元セフレ、ハルに声を掛けられその心配はなくなった。そのうちユーリも合流して、楽しいランチタイム――になるはずがない。

海自身は楽しかったのだが――ハルともなんとなく気が合ったし――陸の方が奇妙な組み合わせのランチには不満だったようで、最終的には不貞腐れて食堂を飛び出していったのだ。まあ、原因は明らかで、ユーリが去年ハルから貰った誕生日プレゼントを後生大事に肌身離さず持っていたからだ。携帯電話のストラップなので、そういう結果になっただけなのだが。

「あの、クソ馬鹿っ!」ユーリが逃げ去る陸の背にそこそこ大きな声で悪態を吐いた。

「まあ、ユーリが完璧悪いけどね」

「うるさいっ!クソガキが」

ほらね。俺には愛情のひとかけらもこもっていない。まあ、ユーリからの愛情なんか一ミリだって欲しくないけどね。
海はそもそもの原因であるハルを見やり「いまのわざとでしょ?」と意地悪げに問いかけた。

「そうだよ。仲の良い二人にちょっとしたプレゼントだよ」無邪気な笑みを浮かべるハル。

「ハル、てめぇ――犯されたいのか?」

「いつでもどうぞ」そう言ったハルは、先ほどの無邪気さが一瞬にして消え、なんとも艶めかしい顔つきに変わった。まだ、ユーリを好きなのだろうか?食事中の会話から察した所では、どうやらハルは実の兄――学校のすぐ近くでカフェをしている――と出来ているようだと思ったが、勘違いだったのかな。

「俺、もう行くからね」と海はランチトレイを手に立ち上がる。

「さっさと行け」とユーリ。

「またね」とハルはにこりと笑った。

「じゃあね、ハル。いつかまたランチ一緒にしような」海はそう言って食堂を後にした。

おそらくもうここに来る事はないだろう。やっぱりコウタの弁当を教室で食べるのが一番だ。

つづく


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溺れるほど愛は遠のく 3 [溺れるほど愛は遠のく]

食堂を出て、教室へ戻る道すがら、海は花村の情報収集の現場を見掛けた。あの大きな体で案外堂々とネタ集めをしていることに驚きつつ、思い直して、昼休憩の残りを過ごすために中庭へ向かった。雨ざらしで薄汚れたベンチに腰掛け、携帯電話を取り出した。

朝、知らない番号から着信があった。鞄の中に入れていたため着信には気付かず、電話には出られなかった。着信時刻は七時五十五分。ちょうど家を出たくらいの時間だ。

いったい誰だろう?
ただの間違い電話か、知り合いの誰かか。どう考えても、朝早くに電話を掛けてくる人物には心当たりがない。

海は思い切って、その番号に電話を掛けてみることにした。

その時、嫌な予感がしたといえばそんな気がしないでもない。だが、実際は何も考えていなかったに違いない。

コール音が鳴るだけで相手は電話に出ない。留守電にもならない。

お前が掛けてきたくせにと、海はふんっと鼻を鳴らし、意地でも相手が出るまで待とうとねばった。
すると、十何回目のコール音の途中で、やっと電話が繋がった。

ざまあみろと海は内心思いながら、自分の粘り強さを褒め称えた。

『もしもし?』

そっちが最初に掛けてきたくせに、いかにも何か御用でしょうかみたいな口調は腹が立つ。

「もしもし?電話貰ったんですけど?」強めの口調で言い返す。

『楓はいま電話に出られなくて――』

そこで男が何かに気付いたようにハッとして、喋るのをやめた。

それと同時に、海もあることに気づき、思わず電話を切っていた。
いまいったいなにが起こったのだろうかと、手の中の携帯電話をじっと見おろす。

あいつだ。あいつが電話に出た。しかも自分のケータイじゃなくて、楓ってやつのケータイなのに。

海はベンチの上に足を乗せ、膝を抱え、まるで痛みから身を守るように身体を丸めた。
けれどそんなものではどうにもならなかった。忘れていた――忘れようと封印していた記憶が脳内にどっと溢れ出し、海は混乱し、カタカタと身を震わせた。

「海?大丈夫?」

頭上から声が聞こえ、海はゆっくりと顔を上げた。いつのまにか陽は雲に隠れ、心配する花村の顔がぼんやりと霞む海の目に映った。

「大丈夫。そっちこそ、偵察は終わったのか?」

「うん、まあね」そう言って花村は海の横に座った。「海が大丈夫って言うなら、大丈夫なんだろうな。まあでも――」と言い掛けたまま花村は口を閉じた。最後まで言わないのが花村流の気遣いなのだろう。まったく余計な御世話だ。

そんな花村に、海は力尽きたように目を閉じ寄り掛かった。

つづく


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溺れるほど愛は遠のく 4 [溺れるほど愛は遠のく]

「なあ、花村。俺の頼み聞いてくれる?」
海は頭を花村の腕にあずけたまま、呟くように言った。

海の急なひと言にも、花村は忠犬よろしく「何?」とすぐさま訊き返す。

「五時限目、さぼらない?」

花村は一瞬の迷いもなく「いいよ」と返事をした。

こいつは何も考えていないのか、本当に俺の下僕にでもなったつもりなのか……。

「嘘。次テストだもんね。内容分かる?教えて」
ぐちゃぐちゃと乱れた心の中を探られないように、海はいつもの軽い調子を装った。

こういうとき期待を裏切らないのが花村だ。いつもとは明らかに違う海の姿にまるで気づかない振りを決め込み、まずはテストの範囲から喋り始めた。

「ちょっ、待て。教室の戻ってからにしようよ。いま言われてもわかんないじゃん」

自分で教えてと言っておきながらダメ出しをする海。それでも花村は「あ、ごめん」と謝るだけだ。

こんな花村に甘えたくなるなんて、やはり最近の俺は情緒不安定なのだろうか。

恥ずかしげもなく「おんぶして」と子供みたいなことを口にしても、花村は言い付け通り背負ってくれる。そのまま他の生徒たちの目なんか気にすることなく、ふたりは二階の自分たちの教室へ戻っていった。
途中、海はユーリにその姿を見られた気がしたが、陸と間違えてやきもきすればいいのにと意地悪な事を思っただけだった。

教室へ入ると早速、吉沢と須山が血相を変えて寄って来た。

「海、どうした?」心底心配そうなのは須山。

「花村、お前海に何したんだっ!」
吉沢は偉そうに怒声をあげ、白馬の騎士気取りで海を花村の背から引きずりおろそうとした。

「触るなっ!」
まったく図々しい男だ。海は吉沢を激しく拒絶した。

花村は威嚇するように喉の奥を唸らせながら、海を吉沢から庇うようにしてゆっくりとおろし椅子に座らせた。

「ちぇっ、冷たいな」とこぼす吉沢など無視して、海は机から英語の教科書を取り出した。

海に冷たくされ、吉沢は諦めたようにふらふらとどこかへ行ってしまったが、須山の方は机に手をつき前かがみで顔を覗き込んできた。

何を言うでもなくじっと顔を覗き込んでくる須山にもどかしくなり、海は「何さっ!」と須山を仰ぎ見た。

須山は驚くほど近くに居た。覗き込んでいたのだから当たり前だが、鼻先がもう少しで触れ合う所だった。迂闊にもドキドキしてしまったことを悟られないように、あたふたと自分から目を逸らすようなことはしなかった。

いま思えば、たぶん、それがいけなかったのだろう。
恩知らずにも、ここまで運んでくれた花村の事など綺麗さっぱり忘れ、海は、午後のほとんどを須山と過ごすこととなった。

つづく


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溺れるほど愛は遠のく 5 [溺れるほど愛は遠のく]

花村は頼めば何でも言う事を聞いてくれるが、須山はなにも言わなくても察してくれる。

実際、海がそれを望んだのかどうかは分からないが、放課後、須山の家までやってきたということは、そういうことなのだろう。

「遊んでるだろ?」
ついそう言ってしまったのは、須山のキスが上手すぎたからだ。いや、キスそのものと言うよりも、そこまでのもっていきかたが、あまりに自然だったからかもしれない。

まったく。
朋ちゃんみたいな綺麗な顔でキスまで上手かったら、なにも俺なんかにちょっかい出さなくてもいいじゃん。

「それ、よく言われるんだよね」

『よく言われる』と言った時点で、遊んでいると肯定したようなものだ。
なんだか急に熱が冷めた。いいように遊ばれるのだけは二度とごめんだ。

「俺、帰る」

「なんで?帰るなよ」
そう言って須山は、海を座っていたベッドに素早く押し倒した。

こういう強引なのは嫌いだ。これまでどんな行為も無理強いされた事はない。遊ばれていた時でさえ、自らそうしたいと思ったことしかしなかった。
「離せっ」と多少もがいてみるが、須山は引き下がりそうにもない。

仕方がない。花村の力を借りるか。

海は鋭い目つきで須山を睨みつけ「これ以上俺に触れたらお前の秘密をばらすぞ」と脅しをかけた。

「秘密?花村に聞いたの?あいつ、クラス全員――いや、学校中、ネタになりそうなことは何でも探ってくるからな。だから嫌われるんだ」

「俺は嫌ってないからな」

「海のそういうところが結構好きなんだよな」

キスをしてこようとする須山をかわし、驚くほど軽い告白に反論する。

「へえ、お前俺の事好きなのか?いつから?」
なぜか動揺し声が震える。

「それがさ、不思議なんだけど、俺にしては珍しくひと目惚れなんだよね」

「俺さ、ひと目惚れだけは信用しない事にしてるんだ。だから、お前とは何もしない」

「そう言うなよ。本気なんだからさ。どうやったら信用してくれる?」

絶対信用しない。一言一言が軽すぎる。真実味の欠片さえない。
それが無性に腹立たしかった。

「お前の暇つぶしに付き合うつもりはない。でも、まあ、そうだな――お前が坊主にでもしたら、信用してやってもいい」そう言うと、海は力いっぱい須山を押しのけた。素早く起き上がり、鞄を手に一目散に逃げ出した。

こういう場合、逃げるが勝ちだ。

外に出ると、門扉からこちらを覗き見ている花村が見えた。

あいつ、俺まで偵察しているのか?

海はそこそこ怒っているといった顔つきで花村に近づいて行った。門の外に出て、自転車の前かごに鞄を投げ入れ、花村を睨むように見上げた。

「俺の何が知りたい?」

「あ、いや、ごめん海」

普段ならもっと怒っているだろう。けど今日に限っては、この場に花村がいて助かった。

「帰るぞ」
歩きの花村に合わせて、自転車には乗らずに押して歩く。

「うん」と言った花村は、その場を動こうとはせず、何か訊きたそうな顔でもじもじとしている。大男がもじもじする姿ほどみっともないものはない。海は立ち止まり「言いたいことあるなら言えよ」と苛々と言った。

花村はのろのろと海の傍まで来て「あいつと何かしたの?」と親指の爪を弾きながら尋ねた。

「それ、お前に報告する義務ある?キスしたって言ったら、お前のネタのひとつにでも加わるのか?」

「キス、したの?」

なぜ、花村は泣きそうなのだろうか。

「お前、俺の事好きなの?」

海の問いかけに、花村は無言で頷いただけだった。

つづく


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溺れるほど愛は遠のく 6 [溺れるほど愛は遠のく]

家に帰ると、ブッチが玄関先でスフィンクスのように鎮座していた。この格好をしている時はなにか考え事をしている時なのだ。

「ブッチ、陸は今日遅いんだ。それにさユーリの誕生日だからたぶん男臭い匂いをぷんぷんさせて帰ってくるよ」

ブッチは眉間に皺を寄せ不快な顔で鼻をふんと鳴らした。
おそらく、そんなの知ってるよ、とでも言ったつもりだろう。

「雨降りそうだから、中に入れよ」と一応声を掛けて、海は家の中に入った。

夕食後、風呂に入り部屋で宿題をしていた海は、はあっと大きな溜息を吐き、手にしていたペンを投げるようして置いた。

『楓はいま電話に出られなくて――』

たったこれだけの言葉が、午後のあの瞬間から、海の脳内を占拠している。

電話の相手は、海が初めて本気で好きになった相手だった。
一之瀬礼。本人の言う所では不動産会社の社長らしい。
近所の開発予定の土地を視察に来ていたあいつと出会ったのは一年前。島田の家に遊びに行った帰り、パンクした自転車を押してとぼとぼと帰っている時だった。

道を聞かれ、案内し、それがきっかけで、もろもろあって、ふたりは付き合い始めた。
そしてお盆前のある日、海は一之瀬を花火大会に誘った。ただ普通にデートしたかっただけだ。けれど、一之瀬はその日は妻の実家に行かなければならないから駄目だと言った。

海は雷にでも打たれたようなショックを受けた。
二人は好き合っていて、もちろん恋人同士だと思っていたのに、それがただの不倫だったなんてにわかには信じられなかった。

『お前結婚しているのか?』
『ああ、子供もいる』
『子供……なんで、なんで言わなかったんだよっ!』
『別に言う必要はないだろう?』
『あるに決まってんだろう!知ってたらお前なんかと付き合わなかった』
『どうしてだ?』
『どうして?当たり前だろうっ!バカっ!もう、お前とは会わない。連絡もするな――じゃあな。……バイバイ』

鮮明に覚えている別れの言葉。おそらくもっと何か言ったと思うけど、これ以上は思い出せない。一之瀬の事は好きだったけど、俺は奥さんと子供がいるような相手に手を出すような最低な奴にはなりたくなかった。もう遅いけど……。

「楓って……奥さんかな?」と、つい声に出してしまったが、海はそれすら気付かず、独り言をぶつぶつと続ける。「もしかして、俺訴えられる?」

慰謝料とか請求されたらどうしよう。もう一年も前の出来事だし、付き合ってたって言っても、たった一ヶ月だし、そもそも俺はあいつが結婚している事すら知らなかった。俺だって被害者なのに、いまさらなんだよっ!

こっちが慰謝料請求したっておかしくないんだぞ!!

徐々に興奮してきた海は、なぜかふいに、食後のデザートを食べ忘れていることを思いだした。こうしてはいられないと急いで台所へ向かった。冷凍室を開け、山積みのカップアイスの一番端の『まさにいのアイス』を手に取った。

今日は色々あったから、怒られるの承知で食べてやるんだ。
だってさ……悪夢の電話に始まり、須山とキスをして(ほとんど海が誘ったようなものだが)、あげく花村に告白された(これも海が無理矢理言わせたようなものだ)。

一日の出来事にしては、盛りだくさん過ぎる。そのすべてを今日中に忘れるのだ。

つづく


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溺れるほど愛は遠のく 7 [溺れるほど愛は遠のく]

「海!俺たちにもアイス取って」

突然の大きな声に海は驚いて飛び上がり、あやうく大事なアイスを落としそうになった。もうっ!っと怒りながら海は振り返り、ぴたりと閉じられた部屋のドアを睨みつけた。

ドアの向こうには今声をあげた次男の朋とその恋人、三男のコウタがいる。仲良く何をしているんだか。どうせ、平凡そのもののコウタが超美形で頭のいい朋ちゃんに甘えているに決まっている。

「チョコでいいの?」とドアの向こうに声を張り上げ訊き返す。

「ああ。あ、いや――チョコとバニラにして」と朋が返事をした。どうやらコウタがバニラがいいと言ったようだ。図々しい、コウタのくせに。

海は言い付けどおり、チョコとバニラのアイスを手に朋の部屋のドアを開けた。
そして目に映った兄たちの姿は、海が想像していたものとは少し違った。

実際、非の打ちどころのない人物ほど、恋人に対しては驚くほど情けない姿を見せるものだ。

朋は海が部屋に入ってきたというのに、マットレスだけのベッドに座るコウタの膝に頭を乗せ横たわったまま、なんともだらしない姿を晒している。

「何見てるの?」と明らかにテレビに背を向ける朋に向かって意地悪く問いかける。

鈍くさいコウタが「えっとね――」と言っている間に、朋が声高らかに「コウタ」と即答した。
さすがの海も呆れてものも言えないが、言ってしまうのがお喋りの海の性質なのだ。

「そんな顔見てもしょうがないじゃん!」

「そうだよ……」とコウタは同調したものの、頬を赤らめまんざらでもない様子だ。

「馬鹿言うな。疲れた時はこれに限るんだよ。それにさ、まさにいが帰ってきたらこんな事できないんだから、いいだろ?コウタ」
朋は手を伸ばし、綺麗な指先でコウタの唇に触れた。

この二人、隙あらばベタベタしている。まさにいが見逃しているからといって、俺たち――海と陸――が何とも思っていないと思ったら大間違いだ。

「もうっ、朋ちゃん!アイス!」
海はアイスとスプーンをぽんぽんと投げ、じゃあねと言ってその場を去った。いつまでもこんなイチャイチャ現場を目にしていると頭がおかしくなる。

海は部屋へ戻り、少し柔らかくなったまさにいのプレミアムアイスを不満げに平らげると、ベッドに潜り込んだ。

いつのまにかうとうととしていると、台所から聖文の説教をしているような声が聞こえた。海は耳を澄まし、その相手を探った。

陸だ。なぜか陸がまさにいに怒られている。
壁掛け時計で時間を確認すると、九時半だった。ユーリの誕生日だからもっと遅いと思っていたけど……。
海が様子を見ようかどうしようか迷っていると、「おい!陸」と朋の怒声が聞こえた。
いったいどうして朋ちゃんは怒っているのだろうか?

好奇心は疼くが、こんな騒動にのこのこ顔を出すほど海は馬鹿ではない。それに疲れていてそんな気力もない。

カリカリっと窓を爪で引っ掻く音が聞こえた。ブッチが中へ入れてと合図している。海が窓を開けてやると、降り始めた雨に濡れたブッチが勢いよく部屋へ飛び込んできた。ブルブルと水滴を飛ばし、海の足元に擦り寄る。海はその辺に転がっていたタオルで、ブッチを拭いてやると、抱き上げてベッドへ戻った。

「ブッチ、今日は一緒に寝ような」
陸ほど甘ったるい声は出さないが、海もそこそこブッチに猫撫で声を使ってしまう。当のブッチは自分を甘やかせてくれてかわいがってくれれば、相手が海でも陸でも構わないようだ。

ブッチは「ぶみゃ」と同意の意思を示し、夜中に再び騒動が起きるまで、ひとりと一匹は仲良く抱き合って眠った。

つづく


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溺れるほど愛は遠のく 8 [溺れるほど愛は遠のく]

翌日、忘れていたはずの記憶を呼び覚ましたのは、須山だった。

朝のホームルームが始まるギリギリに現れた須山は、あきらかに昨日までの姿とは違っていた。こちらへ近づいて来るその姿を、クラスの連中のほとんどは口をぽかんと開けた状態で見送っている。
なぜなら、須山の赤ん坊のような細くて柔らかいふんわりとした髪の毛が消え失せていたからだ。
いわゆる丸坊主という状態だ。須山以外のやつならぷっと吹き出しているところだろう。

けれど、海は思わず見惚れた。頭の形が美し過ぎるのか、それとも顔の造りが坊主向きなのか、とにかくいい男は何をしても格好がつくという事だ。

「海、昨日の約束、守れよ」
須山は男も女も虜にするような魅力的な笑みを浮かべ、海の横で立ち止まった。

「約束?俺は約束なんかしてないぞ」

「坊主にしたら、付き合ってくれるって言っただろう?」

「言ってないっ!信用してやってもいいって言っただけだ」

「そうだっけ?じゃあ、とにかく信用はしてくれるわけだ」

「先生来たぞ。席へ戻れよ」傍にいた花村が噛みつかんばかりに言った。

須山は花村など気に留める風でもなく、「じゃ、あとでな」と海に向かって言うと、後ろの自分の席へ向かった。

「お前も席に着けよ」と花村に言い、海は状況の悪化についての対処方法を考えていた。須山にとっては坊主にすることは大したことではなかったようだ。そうでなければ須山程の男がこんなにあっさりと坊主にするはずがない。

それとも本当に本気なのだろうか?
いやそれは絶対ない。

須山は遊んでるだけだ。
そう思うのは決して自分が臆病だからではないと、海は自分に言い聞かせた。

ホームルームが終わると同時に、海の周りにはいつものメンバーが集まって来た。いい加減うんざりするが、なんだか昨日辺りからそれすらどうでもいい気分になってしまっている。

「なあ、海。試すだけでもさ」としつこい須山。

いったい何を試すんだか。

「須山、やめろ。海は嫌がってる」花村の巨体が海の視界から須山を消した。

こういうおせっかいは癇に障る。

「花村、俺がどう思っているかなんてお前には分からないだろう?勝手に決めつけるな」
花村を見上げると首が痛くなるので、海は適当に前を見据えたまま言った。これはいつものことなのだが、今回に限っては花村は酷く傷ついたようだ。

「海……」

しゅんと項垂れる花村に勝ち誇ったような顔を向ける須山。その横で吉沢が珍しく黙って事の成り行きを見守っている。その虎視眈々と獲物を狙う姿に、海は気付いていなかったが、幸い花村は気付いていた。

「それで、俺にどうして欲しいんだ?」頬杖をつき溜息交じりに訊く。

「まあ、そうだな――」須山は考えるような素振りを見せながら、海の耳元に唇を近づけそっと囁いた。「海をもっと味わいたい」

つづく


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溺れるほど愛は遠のく 9 [溺れるほど愛は遠のく]

須山は昨日の失敗を繰り返すまいと、涼しい顏とは裏腹に胸中穏やかではなかった。

正直、昨日の今日で海をここまで誘い込めただけでも、勿怪の幸いだ。

昨日は気楽にベッドに腰掛けていた海は、今日はいつでも逃げだせるようにか、ドアの近くにちょこんと座っている。

ドアからベッドまでの距離はおよそ三メートルといったところだろうか。いままで部屋の広さなど気にしたことはなかったが、これでは遠過ぎる。この際ベッドは部屋の入口に移動させるべきだ。

「海、そんなにビビるなよ。今日は何もしないからさ」
これは本心だった。もっとも、海がして欲しいと言えばその限りではないが。

海は昨日の昼休み、花村に背負われて教室へ戻って来たときから様子がおかしい。
最初は青い顔をしていたため具合でも悪いのかと思ったが、そうではなかった。花村はその理由を知っていたのだろうか?
そう思った途端、須山の中にこれまで抱いたことのない嫉妬という感情が湧き上がって来た。

あの男は邪魔だ。海に余計な事を吹き込んだものあいつだ。別に知られて困るような事でもないが、やはり海には知られたくなかったのが正直なところだ。

「ビビるわけないじゃん!」
海はムッとしながら、這うようにして部屋の真ん中までやって来た。学生鞄は戸口に置いたままだ。

「そうか?まあ、それならいいけどさ」

海の脇を通り、須山はドアを閉じた。ゆっくりと静かに鍵をかけることも忘れなかった。

昨日、海とした初めてのキスは、須山が想像していた通り最高のものだった。
それなのに、海はそのキスが気に入らなかったようだ。急に不機嫌になり、遊び人呼ばわりし、結果逃げ出した。外には花村が待っていて、二人は仲良く帰って行った。

まったく。もてあそばれているのはこっちの方だ。

「なんで、坊主にしたの?それお母さんがしたの?」
向いに座った途端、海が不思議そうに尋ねた。まるで自分が昨日言ったことを忘れているかのような顔つきだ。

「海がその方がいいって言うからさ」
さっと片方の手の平で頭を撫でる。

「俺は、そういうつもりで言ったんじゃないからな」

わかってる。
俺が坊主になんかするはずがないと海は決めつけていた。だからこそそうしてやろうと思ったし、それで少しでも海が心を許してくれたらと期待したのだ。
海は誰とでも仲良くするけど、意識的か無意識か、相手との距離を詰め過ぎないようにしている。
この三ヶ月で気付いた限りでは、同じ双子で中等部から一緒の島田兄弟とだけは兄弟のように仲良くしている。

「ねえ、のど乾いた」海はそう言って、カーペット敷きの床にコロンと寝転がった。まるで日向ぼっこをする猫のように。

俺は絶対もてあそばれている。

須山がそう思ってもなんら不思議ではないだろう。

つづく


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溺れるほど愛は遠のく 10 [溺れるほど愛は遠のく]

須山はヤル気なんだろうか?

ひとり部屋に残された海はきれいに整えられたベッドに視線を向けた。

昨日来たときは、ほとんど何も考えていなかった。
誘われたような気がしたから、のこのこやって来ただけだ。キスをしてみて思ったのは、上手い奴とすればそれなりに身体は反応するという事だった。

好きな奴とじゃなきゃ出来ないと思っていたのは幻想だった。

俺は須山とだって出来る。

そう思ったところで、須山が飲み物やお菓子を胸元に抱え戻って来た。

「海が何好きかわかんなかったから、適当に持ってきた」
そう言って須山は持っていたものをアイボリーの毛足の短いラグの上にバラバラと落とした。

「俺、アイスが好きなんだよね」ペットボトルのお茶を手にし、ついでにおねだりもしてみる。

「へえ、なんか納得。アイス好きそうだもんな」
須山は海が口をつけたペットボトルを奪い、ごくごくと喉を鳴らして半分ほど一気に飲んだ。「ならさ、アイス持ってくるから、キスしていい?」

ほらな。何もしないからって言うのはやっぱり嘘なんだ。

「俺が好きなの持ってきてくれるならいいよ。ちなみにその辺には売ってないからね」
『まさにいのアイス』は決まったところにしか売っていない。ちなみに迫田家の近所では入手不可能だ。

「そうなの?じゃあ、前払いで一回。持ってきたらもう一度――」

海は須山が言い終わる前に自ら唇を重ねた。押し付けるようなキスは色気も何もなかった。すぐさま離した唇を手の甲で拭い、またごろりと転がった。

「アイス、よろしくね」

「どうやら、遊び慣れているのは海のようだな。いまの一回は納得いかない」

須山は海に跨り強引に自分の方に向かせた。
怒りに駆られた表情はいつもの須山とはまったく違って見えた。

「俺は、遊んだことなんかないよ。お前とは違う」
昨日と同じことを口にしたはずなのに、今日の須山はなんだか傷ついているようだ。

「海はどうしても俺を遊び人にしたいらしいな。花村の情報のせい?」

「あいつの情報は関係ない。俺がそう思ってるだけだ。お前だって昨日認めてたじゃん」

「まあ、確かにね。だったら、俺が何をどうしたいか分かるだろう?」

「やりたいんだろう。だったらさっさとすればいいじゃん」

須山が諦めたように溜息を吐き、海から離れた。起き上がるといつもの悪意のまったく見られない表情を見せ「アイス、買ってくるから」と言った。

海は酷い事を言ってしまったと後悔したが、口をついて出た言葉はアイスの銘柄だった。

須山は分かったと返事をして部屋を出て行った。

しばらく横になったまま天井を見つめていたが、目の端からこめかみに涙が伝っていることに気づき、慌てて涙を拭った。

須山は悪くない。期待させるような事をした俺が悪い。

それに、実際は期待していたのは俺の方だ。須山ならきっと俺の心をズタズタに切り裂いたあの男を忘れさせてくれると思ったから。

海は起き上がると、どうしようか迷った末ベッドへと向かった。

つづく


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