はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

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<新連載>あまやかなくちづけ 登場人物紹介 [あまやかなくちづけ]

<登場人物>

・浅野 守(あさのまもる) 浅野家三男、高校三年生

・森野 清四郎(もりのせいしろう) 浅野食品、社長秘書 30歳

・加賀谷 修介 (かがやしゅうすけ) 浅野食品、副社長秘書 29歳 

*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*

・容(よう) 守の兄、浅野食品副社長 25歳
・一葉(かずは) 守の兄、浅野食品社長 24歳

*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
<登場人物追加>
森野一家
・泉(いずみ) 森野の母、もと旅館の女将で今はペンションのオーナー
・一香(いちか) 長女、バツイチ 38歳
・双葉(ふたば) 次女(双子の姉)独身 35歳
・三紗(みさ)  三女(双子の妹)独身 35歳



ちょっと見切り発車ですが、新連載です。
『ひとひらの絆』の続編、約一年後くらいかな。
お子ちゃま守と、いたって普通の男森野との恋物語。
今回はライバルも登場!?で、二人の仲がよからぬ方向へ……
容と一葉は相変わらず仲良しです。いいお兄ちゃん振りも発揮するはず…
パパも名前ありで登場予定です。

では、ハッピーエンドまでたどり着けるように頑張ります(*^_^*)

やぴ


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あまやかなくちづけ 1 [あまやかなくちづけ]

念願だった容の秘書になった翌年、一葉は社長に就任した。これが一族が経営する会社の強みとばかりに経験の浅い社長の誕生だった。

元を辿ればそれもこれも、前社長である父がいきなり引退を発表したためだった。

これに一番不満をあらわにしたのは一葉だった。
容の秘書というおいしい仕事――もとい、やりがいのある仕事を取り上げられたのだから、地団太踏んで抵抗したのは言うまでもない。

それを父が宥めようとしたがまったくいい結果が得られず、結局容が一葉を籠絡して新社長誕生という春を何とか迎えることが出来たのだった。

浅野食品はもともと一葉の祖父が会長を務める神田グループのお荷物会社だった。
ここまで大きく成長したのはひとえに父の努力と犠牲の賜物だ。

直接的なかかわりは神田グループとは一切ないが、それでもいざという時の後ろ盾があるとなしでは全く違う。

兄二人が慌ただしい春を迎えた頃、浅野家三男――守は高校三年生となっていた。

***

「ねえ、森野さん。森野さんて、長男なのにどうして清四郎っていうの?」

「あ、守くん……僕の名前をどこで――」

守は冷蔵庫から飲み物を取り出すと、振り返りざまにリビングのソファに座る森野を見た。
森野は本気で訊いているのだろうか?

途中いろいろあったものの恋人になってから二年が過ぎた。いまさらどうして、守が森野の名前を知らないなどと思ったのだろうか。

守は細かく説明するつもりもなく――もちろんするほどでもない――とりあえず、森野の横に座ると紙パックのジュースとグラスをローテーブルに置いた。

「そんなの一葉に聞けば分かるし。だって一葉、社長だもん」

てきぱきとジュースをグラスに注ぐ森野は、守の言葉に落ち込んだ表情を見せる。

「僕は、社長秘書なんだけど、一葉さんは、あ、いや――社長はいまだに副社長秘書をやめようとしないので困っているんだ」

一葉は社長に就任してからも、その地位に抵抗し続けている。
結局は実質社長は容が、その秘書は一葉、森野は「秘書室室長ね」と一葉に言われ、その肩書のまま一葉の秘書をしている。

そしてこの状況をさらに複雑化させたのが、新しい副社長秘書――加賀谷修介だ。

彼を秘書に抜擢したのは、前社長だ。きっと何も考えていなかったのだろう。彼の存在は社長の機嫌をたいそう損ねることになり、仕事にも少なからず影響している。とばっちりを受けるのは当然、社長秘書森野だ。

加賀谷は森野のひとつ年下で、最近まで本社と高塚物産の海外支社とを行き来していた。今は高塚物産の中に浅野食品が間借りしている状態だが、時期をみて本格的に海外進出する予定だ。それを任されていたのが加賀谷だ。

加賀谷は謎の多い社員だ。森野が彼を初めて見たのは一年ほど前――ちょうど社長室で海外行きを言い渡されている時だった。

「副社長秘書は新しい人がなったんでしょ?」
守はいつの間にかソファに横になり森野に膝枕をして貰っている。森野は守のふわふわの髪の毛を指先でいじりながら返事をする。

「うん、そうなんだけど。その秘書が男だから問題なんだ。それに有能だし、だって実質社長秘書みたいなもんだからね」
そう言って森野はさらに落ち込む。

そう、加賀谷は優秀で……男前だ。いたって普通の男、森野とは大違いだ。
だからこそ、一葉が加賀谷に牙をむいているのだ。容を取られはしまいかと。

「かっこいいの?一葉の好み?それとも兄ちゃんの?」

「そんなの僕にはわからないよ」
それは本当だ。かっこいいかどうかは分かるが、魅力や好みに話が及ぶと森野にはさっぱりだった。

「なら、森野さんのタイプじゃないって事だね」
守は甘える視線を森野に投げかけた。

「もちろんだよっ!僕には守くんだけだもの」

必死になる森野はかわいい。守は満足げに森野を見やり「それはそうとどうして清四郎なの?」と話を元に戻した。

つづく


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あまやかなくちづけ 2 [あまやかなくちづけ]

「僕は長男だけど、末っ子なんだ。姉が三人いる――だからじゃないかな……」
森野は思い出したくない事でもあるのか、苦々しい顔つきだ。

「へえ、森野さんお姉さんがいるんだ。なのに、どうして女の人が苦手なの?」

だからこそ苦手なのだと、守は気付くはずもなく。

「べ、別に苦手なわけじゃ……」
森野は図星を突かれ声が尻すぼみになる。

森野が父親を亡くしたのは中学生の頃だった。それから、母と姉三人と女に囲まれ暮らしてきた。森野家の女性たちは、末っ子清四郎を猫かわいがりしていた。

それがあまりに度を過ぎていたため、森野は女性に対して少々身構えてしまうのだ。

「でもよかった。だから森野さん、俺の事好きになってくれたんでしょ」

誘惑するような薄茶色の瞳に見つめられ、森野は身体を火照らせながら「うん」と熱っぽく返事をする。

「ねえ、森野さん、今日泊まっていく?」

うん、と言い掛けた森野だが、明日は朝早い。なおかつ今日中に明日の会議の為にまとめておかなければならない書類もある。

「ごめん、今日はダメなんだ。もう帰らなきゃ」

「どうして?いつも森野さんばっかり忙しいじゃん!仕事なんて兄ちゃんにさせておけばいいのに」

むきになってそんな事を言う守が愛おしくて、森野は仕事なんか忘れて、このまま一緒にいようとほんの少しだが思ったりもしたのだが、やはり、そこは優秀な社長秘書森野。

「本当にごめん。必ず埋め合わせはするから、ね」
そう言って森野お得意のキスをする。

「んっ……ん、もりのさん……」

それ以上守の言葉は続かなかった。キス上級者森野に骨抜きにされ、到底キスでは終わりそうにないほど守の下半身は大きく膨くらんでしまった。

普通ならこのまま森野に襲いかかる守だが、この日のキスはいつも以上に守を蕩かせた。股間は硬く張り詰めているのに、腰は砕けて、指先ひとつにも力が入らず、うごめく舌の動きにも全くついて行けなかった。一方的に悦楽を与えられ、気付けば守はそのまま森野に置き去りにされていた。

森野が帰った後しばらく余韻に浸っていると、目障りな兄二人が帰宅した。

こんなにも身体が昂っている状態で、二人のラブラブな姿など見たくないのに、リビングに入って来た時には一葉はすでに半裸状態で容に抱きつき濃厚なキスをしている最中だった。

ソファに横になる守に一切気付くそぶりもなく、二人が身を投げ出してきた。

「ちょっ…痛い!!にーちゃん!一葉!!」

三人が折り重なり、ソファが悲鳴を上げる。

「なんだ、守。邪魔するなよ」

邪魔したのはそっちのくせに。
でもまあ、一葉の裸が(上半身だが)見れたしいいか、と守は顔をにやつかせた。

「守!一葉をいやらしい目で見るな!」
いまだに弟に嫉妬心むき出しの容。

「そうだよ、守くん。僕は容のものだから見ちゃだめ」
裸同然で守の上に乗っかってきたくせに、随分と勝手な物言いの一葉。

こんな二人を見ているとついからかいたくなる。もちろん度が過ぎない程度にだが。

「一葉はいっぺん俺のもになったから、ちょっとくらい見てもいいじゃん」

「守!」「守くん!!」

二人の兄の怒声を浴び、守はすごすごと自分の部屋に退散した。

一葉とのほろ苦い思い出。
大好きな一葉を一度だけ抱けた喜びは、今も胸の奥底に大切にしまってある。以前に比べると、その気持ちはほとんど兄弟愛に変化したが、それでも時々、容と別れてこっちを向かないかと思ってしまう。

森野はそんな守の気持ちを気付いていたとしても、知らないふりをしてくれる。それほど守に惚れているという事だ。

つづく


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あまやかなくちづけ 3 [あまやかなくちづけ]

週末、守はいつものように森野の家に泊まりに行った。

「ねえ、森野さん。俺、提案があるんだけど」
森野の手料理を存分に堪能した後、守はまどろみながらベッドに寝転がっていた。

「なあに?」
小さなキッチンで洗い物をする森野は手を動かしたまま視線だけ守に向けた。

「ちょっと、大事な話」

もったいぶった言い方をする守に、森野は手をゆすぎ、タオルで拭きながら守の傍に腰を下ろした。

「あのさ、あの……」珍しく守が言い淀む。思い切り息を吸い「俺たちさ…一緒に暮さない?」と、おそるおそる言った。

「ダメだよ」
森野が即答した。

守は唖然とし、「なんで?なんで?」と今にも泣きだしそうに顔を歪めている。

「守くんは、まだ高校生だし。それに、そんなことしたら、社長に――いや、守くんのお父さんになんて言ったらいいか……」

森野の返事はいつも通り大人としてのものだった。守はそれが気に入らなかった。

「俺たち付き合って二年だし、セックスだってしてるし、今更そんなこと言ったって意味ないじゃん!」

森野だって、守の申し出が嬉しくなかった訳じゃない。
本当は守に飛び付き抱きしめて、体中にキスの雨を降らせたいほど嬉しかった。けれど、一緒に住むとなると話はそう簡単ではない。

まず、守は高校生だ。
赤の他人と同居する事を親が許すはずもないし、知られれば学校も黙ってはいないだろう。複雑な家庭環境だという事は承知しているだろうが、まさか、ひとまわりも年上の恋人がいるなどと思いもしないだろう。しかも相手は男だ。

「守くん、家事いっさい、何もできないよね?僕がいないと食事もできないし、洗濯した事ある?掃除は?それにここからだと、学校が遠くなるし――」

守は森野のうざったいくらい的を射た言葉を遮った。

「もういいよっ!だったら、森野さんがうちにくればいいじゃん!」

「そ、それは……」

一時期、森野は浅野家に居候していた事がある。

去年の春だった。

守の離れてしまった気持ちを取り戻すため、高校が春休みの間だけ寝泊まりし食事の世話をしていたのだ。
胃袋を掴む作戦が功を奏したのか、守は再び森野のもとに戻った。

「ほら、ね、そうしよう?」
言い返せない森野を見て、守は調子付く。

「だって、俺、ずっと森野さんと一緒に居たい。そりゃ、出来れば兄ちゃんたちがいない方がいいけど、もうこの際居ても我慢するから、一緒に暮らそう?」

森野の方がそれでは我慢できそうにない。

容と一葉は恥ずかしいくらいべたべたしていて、それは会社でさえそうなのだから人の目を気にしなくてもいい家の中だとどんなことになっているのか、分かるだけに、あの家で暮らすのは遠慮したかった。

つづく


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あまやかなくちづけ 4 [あまやかなくちづけ]

「守くん、あと一年我慢してくれる?守くんが高校を卒業するまで。そしたら、もっと広い部屋に引っ越して一緒に暮らそう」

ずっと前から考えていた事だった。いつか、タイミングをみて伝えようと思っていたが、森野が思うタイミングより、やや早くなってしまった。

「いやだっ!今がいい」
守が食い下がる。

「そんな、わがまま言わないで」
森野は守の綿毛のような髪の毛をふわりと撫で、何とかなだめようとする。

森野の言葉に守がカチンときたのはほぼ間違いないようだった。

「そうやって、いつも俺を子供扱いしてさ。掃除や洗濯が出来ないと一緒に住んでもらえないの?週末だけセックスして、それで我慢しろって言うの?俺は、もっとしたいのに」

「だったら、今日はいっぱいしよう。だから機嫌なおして」
森野は忍耐強く、優しい声音で言った。

「そういう事じゃない……一緒に住んでくれないなら、俺、浮気しちゃうかも。今さ、クラスの子に告白されてるんだ。別に付き合ってもいいし――」
守はそこまで言って、森野の表情が一変している事に気付いた。

あの時の――守が森野を振った時と同じ――すべての感情を押し殺した表情になっていた。

「森野さん……あ、の」

「守くん、まだ時間早いから送って行かなくて大丈夫だよね。僕、少し外出するから、鍵はポストに入れておいて」

森野は抑揚のない声で、守を見ずに言った。固まった身体のままぎこちなく立ち上がり、部屋を出て行った。

守の「今のは冗談だよ」という言葉は、むなしく空を彷徨った。

つづく


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あまやかなくちづけ 5 [あまやかなくちづけ]

僕は何をしているんだ。

守を置き去りにしてマンションから出た森野は、蒼ざめた顔で人々が行き交う表通りから、静かな場所を求め早足で歩いていた。

喧騒から逃れるように辿り着いた場所は、あの公園だった。守に別れを告げられた場所。
森野は顔を両手で覆い、その時と同じベンチに腰をおろした。

いつまでたってもあの時の思いは消えない。

「あの時とは違うのに……」

いまは自分だけを見てくれているはずだと思っても、いつか終わりが来るかもしれないという思いは消えない。

世の中に、絶対はない。守の気持ちは変わってしまうかもしれない。

そう思う一方で、森野の守への思いは絶対だった。気持ちが薄れる事も、裏切ることも無い。

森野は冷静になろうと努めた。けれど、先ほどの守の言葉が耳の奥に纏わり付き、また僕はひとりになってしまうのだろうかと目の奥がちりちりと痛みだした。

だが、森野の中の別の声が先に浮かんだ思いを打ち消す。

――守は二度と森野を捨てたりはしない。だから、なにも心配はいらない。

「だからこそ、あんなことを言った守くんが許せない。だって、本気なはずない。浮気なんて、違う子と付き合うなんて……嘘に決まってる」
森野はそう自分に言い聞かせ、ベンチから立ち上がった。

もう守は帰ってしまっただろうかと、駆け出す様に公園を後にする。雑多な場所へ戻ると、ふいに足が竦み立ち止まる。

今夜はもう、このまま会わない方がいいのかもしれない。そうしなければきっと、今すぐ一緒に暮らそうと言ってしまうだろう。
そういう面での気持ちを抑えるのは、守との付き合いが長くなればなるほど難しくなってきている。

もっとずっと一緒にいたいという思いはどんどん増していき、ひと回りも年下の恋人をがんじがらめにしてしまいそうで怖かった。

森野は守が思っているよりももっと激しく熱く守を愛しているのだ。

「ああ、だめだ。僕は大人なんだから我慢しなきゃいけないのに――」

言葉とは裏腹に、森野はもう一度走り出した。

今すぐ、愛しい恋人をその胸に抱き、愛していると言いたい。そして、愛していると言われ、この身をすべて食べ尽くして欲しい。

つづく


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あまやかなくちづけ 6 [あまやかなくちづけ]

守はしばらく森野が帰っては来ないかと待っていたが、その気配はなかった。森野は案外、頑固なのだ。ああ言ったからには、守が帰るまでは戻ってこないだろう。
守は後ろ髪引かれる思いで、森野のマンションを後にした。

あんなふうに言うつもりはなかった。
守は自分が口にしてしまった言葉をなんとか取り消せないかと考えてみるが、それは無理な事だった。

勇気を振り絞って言った言葉を、瞬時に却下され腹が立った。
森野の言い分はわかる。けれど、すこしくらい嬉しそうな顔をしてくれてもよかったのに。

守は二人の関係に焦りを感じていた。

兄たちの関係とあまりに違いすぎるためか、それとも森野に子供扱いされるためかは分からなかった。

森野はいつも守の保護者のようなふるまいをする。その度、守は森野を遠く感じるのだ。

守は自宅には戻らず、父の住むマンションへ向かった。
父は、兄二人の関係を知っている。いったいどう思っているのかは知らないけど、反対はしていない。

社長を辞めた父は、仕事から一切手を引いた訳ではなかった。裏方に回っただけで、それなりに忙しくはしているようだ。

一応マンションのカギを渡されているため、父が帰宅しているのか確認もせず、勝手に開けて中へ入った。

ドアを開けたとき、灯りが付いていて安堵した。
守は父にすべて言うつもりだった。

俺は森野さんが好きだと。

父はリビングで静かに晩酌をしていた。
守を見て、ちいさく「おう」といって、琥珀色の液体の入ったグラスを口に付けた。

守は父の隣にちょこんと座った。
ソファがあるのに、二人並んで硬い床に座る光景に吹き出しそうになる。

「ねえ、父さん。俺……好きな人がいるんだ」
守はゆっくりと切り出した。

「ん…」

「一緒に暮らしたいと思ってる。――高校卒業したら」

「ん」

「でも、怒らせちゃって……彼を――」

「ん?」

「もしかしたら、もう戻って来てくれないかも。いつも信頼を裏切るのは俺の方なんだ。森野さんはいつも我慢してくれて、すごく大切にしてくれるのに、わがままばっかり言っちゃって、もし、嫌われたら、俺、どうしたらいい?」

守は堰を切ったようにわんわんと泣き出してしまった。
自分が思う以上に森野の事が好きなのだ。森野さえも気付かないほど。

「森野……?」
父が小さく呟く。

「あの、森野か?」
おそらく自問自答している。

父は守の肩をポンポンと叩きそっと抱いた。親らしい事は何一つしていない。生まれたときに捨てた子供だった。守が十歳のときに再開して、どう接していいか分からないまま、また守から離れた。

自立している容とは違い、守は守ってやらなければならない存在だ。

「守、何があったかわからないが、森野はそんな事で守を嫌うような男じゃないぞ。あれは、ちょっと変わったところはあるが、まっすぐないい男だ」

森野の事を変わったやつと言う父が一番変わっていると思うのは守だけではないだろう。

けど、守はそんな父の言葉が嬉しかった。咎めるわけでもなく、ただ心配してくれている。認めた訳ではないにしろ、理解はしてくれているのだ。

その日、守は初めて父に抱擁されながら泣いた。生まれてから今までの分、父の温かな胸の感触を思う存分味わった。

つづく


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あまやかなくちづけ 7 [あまやかなくちづけ]

お互い連絡を取らないまま、喧嘩して三日が過ぎていた。

守は今度こそ森野に愛想をつかれてしまったのではと、怖くて連絡できなかった。

一方の森野は、真剣に今後の守との付き合いについて考えていた。 
もしかするとこのまま別れてしまった方が守の為なのではと、そんな事できるはずもないのに悩み続けている。

守はまだ若い。
これからもっといろいろな恋愛を経験するだろう。

現に学校で告白されたと言っていた。自分ではなくその子と付き合った方が――

その先を考えると恐ろしかった。
守の為にああしたほうがいい、こうした方がいいといくら頭で考えても、感情は全く別だった。

どんなことをしても別れたくなかった。どんなに無様な姿を晒そうと、ずっと傍にいたかった。

二度も捨てられたら、きっともう生きていけない。

「森野、早くぅ」

「そうだ、さっさとしろ!」

森野は咄嗟に顔を上げた。いつのまにか仕事中に私的な考え事に耽っていたのだ。
実に森野らしくない。

これから、社の親睦会に向かうところだ。
場所は<ウナ・フォグリア>
高塚物産と共同出資しているイタリアンレストランだ。経営はすこぶる順調で、二店舗目を出店する計画中だ。

森野も急いで社用車に乗り込む。
「もうっ、なんで森野、前に乗らないの!」

一葉にぶつぶつと文句を言われ、だって後ろの扉がいていたからと内心言い訳する。

「一葉、森野に絡むな」
容がいつものように一葉の頬を指先で軽く撫で、誘惑するように宥める。

「だって……どうしてあのお店で飲み会なの?僕、あいつに会いたくない」

「いつまでもそんなこと言ってると、今夜は一緒に寝てやらない」

「やっ!いじわる……」

なんだかわからないが、珍しく仲のいい二人がもめている。とはいえ、痴話げんかというより、ほとんどただいちゃついているようにしか見えない。

森野はそんな二人を見てさらに落ち込む。歳の近い二人は、恋人であり、友人であり、兄弟で家族だ。繋がりは森野と守に比べたら、とても深いもので、到底かなわない。

「森野、溜息吐くな」

「森野は呆れてるんだよ。一葉がわがまま言うから」

「わがまま?」

「そうだ、お前はいつもわがままなんだ」

そう言えば、僕も守くんにわがままだって言った。本当はそんなことなかったのに。

「だって、容はわがままいう僕が好きでしょ?」

僕もわがままを言う守くんが好きだ。僕と一緒に暮らしたいと言い張ってくれた守くんが大好きで……。

「森野、泣く事はないだろう?一葉が仕事しないからって」

「失礼なこと言わないでよ!ちゃんとしてる」

「それは社長の仕事か?それとも俺の秘書だと言って後を付け回すことか?」

「社長の仕事してるから、嫌だけどこれからあの店に行くんでしょ!挨拶だってちゃんとするし」

「いい子だ。帰ったら、たっぷり可愛がってやるから」

それから二人は車内で恥ずかしげもなく、唇を重ね合わせた。

つづく


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あまやかなくちづけ 8 [あまやかなくちづけ]

森野は文字通り飛び起きた。

頭がガンガンする。何とか枕元に時計を見つけ時間を確認した。
早朝。出勤時間にはまだある。ほっと一息ついたが、何かがおかしい。

目の前に移る光景は、毎朝自分が目覚めて目に入るものとは違った。

「な…んだ……」

壁を隔てた向こうでシャワーの音がする。裸の自分を見やり、乱れたベッドを凝視する。そして、開封済みのコンドームの袋。

「守くん?」小さく口元で呟く。
ベッドからのそりと起き上がり、身体が軋むのを感じた森野は、いつもとは違う感覚に眉を顰めた。

「守くんっ!」
今度は先ほどよりももっと大きな声で守を呼んだ。

シャワーの音が止み、バスルームの扉が開く音がした。

森野は慌てて、ベッドの下に脱ぎ捨てられたシャツを羽織った。

「森野さん、シャワーはいいんですか?」

ポタポタと雫を垂らす髪の毛は、守のふわふわのものとは違った。小さくてかわいい守の姿はそこにはなく、自分よりも背が高く、引き締まった肉体に男らしい顔つき。見知った顔は加賀谷修介だった。

「加賀谷さん……?どうしてここに?」
ここがどこかも分からないのに、何を訊いているのだろうと森野はぼんやりと思う。

「どうして?」加賀谷はさも可笑しそうに破顔した。そんな彼を見て、ときめかない女性はいないだろう。だが森野は違う。

「そんな顔しないで下さい。合意の上なんですから」
加賀谷はまるで悪夢だと言わんばかりの顔つきの森野を見て言った。両手で前髪をかきあげ後ろへ撫でつけ、そのままの姿勢で森野にわざとらしく裸体を見せつける。

シャワーを浴びたばかりの彼はタオルひとつさえ身に着けていなかった。否が応でも下腹部に視線が向く。股の間に見える彼の一物は興奮状態になくとも立派な大きさだった。

「僕は記憶が……どうやら、お酒を飲み過ぎたようで、それなのにそんな事できるはずが――」

森野はパニックになりながらも、こういう時、結局二人の間には何もなかったと加賀谷が言うはずだと、その言葉を待った。

「とてもよかったですよ。しなだれかかるあなたは、とても魅惑的で」

森野は加賀谷に抱きすくめられ、ヒッと悲鳴のような声をあげた。

加賀谷はすかさず森野の尻の狭間に指を滑り込ませ、耳元でそっと囁く。

「記憶になくても、身体は覚えているでしょう?ここを大きく開いて俺のをしっかりと呑み込んでいたのですから」

硬さを増した加賀谷の怒張が森野の身体に擦り付けられる。その感触の大きさに森野は思わず腰を引いた。

「やめてください。僕は、そんなこと――」
していない――そう言い掛けた森野だったが、明らかに下肢に残る感触は二人が交わった事を意味していた。

「森野さん、俺、本気なんですよ。一夜限りにするつもりはないです。付き合ってくれませんか?」

本気?

森野はゆっくりと顔を上げた。加賀谷は思いの外真剣な表情で森野を見ていた。
いったいどうして彼は僕の事を?彼のような美男子が僕のような平凡な男を相手にするはずがない。けれど、本気だと言った加賀谷の言葉を嘘だと一蹴出来ないでいた。

「もしかして、付き合っている人が?さっき、名前を呼んでいたのは恋人の名ですか?」

恋人。そうだ、守くんは僕の恋人で、僕は彼を愛している。大切にしたいのに、僕は裏切った。
ああ……。僕はもう、守くんには相応しくない。守くんは、守くんに相応しい相手と付き合うべきなんだ。

「いえ、僕の愛する人です。だから、加賀谷さんとは付き合えません」

加賀谷は一層森野をきつく抱いた。

「諦めませんよ。俺はあなたを向こうに連れて行くつもりですから」

「行きません。僕の居場所はここですから、クビにでもならない限り、社長の傍を離れることも無いでしょう」
森野は社長秘書として誇りを持って答えた。加賀谷が海外支社長になるのは目に見えているが、あくまで自分は浅野食品の社長秘書なのだと胸を張った。

だが、森野のこの返答を加賀谷は勘違いしたのだ。

森野の愛する人が、社長――つまりは一葉だと思い込んだのだ。

つづく


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あまやかなくちづけ 9 [あまやかなくちづけ]

「ねえ、兄ちゃん、最近森野さんどう?」

いつもと同じくべたべたとくっついたままリビングへ入って来た兄二人に、守はかき氷のシロップをそのまま飲んだような顔で話し掛けた。
会社の飲み会で遅くなると知っていたが、森野の事が気になりいちゃつく二人を渋々待ち受けていたのだ。

「森野?どうって、いつもと同じだ。ただちょっと、一葉に手を焼いているって感じかな」
容は守をソファの端へ押しのけ一葉と共に座る。

「ちょっと、容!変なこと言わないでよ。森野を泣かしたのは僕じゃないからね」

「泣かした?どういうこと、一葉!」

森野が泣くという聞き慣れないフレーズに戸惑い、守は咄嗟に強い口調で訊いた。

「おい、守。一葉に大きな声出すな」

「なんだよ。兄ちゃんは一葉を甘やかせ過ぎなんだよ」

「お前だって似たようなもんだろう。一葉を甘やかさなかったら、誰を甘やかすんだ?それに冷たくして浮気でもされたら困るからな」

こうやって過去の一度の過ちを持ち出しては、結局そのあといつも通り……いやそれ以上に盛り上がるのだ。

「もうっ、そんな目で見られたら、僕我慢できない」

やっぱり――

「ふふ、一葉はいつも発情してるだろう?」

また始まった――

いつものことに守は溜息すら吐くのはもったいないと、ひとりリビングを後にした。
自分の部屋へ戻り、森野の事を考える。

悪かったのは自分だと分かっているのに、森野が連絡をくれるのを待っている。結局、こういうところが子供なのだろう。

はぁ……っと溜息をつき、いったい何を躊躇う必要があるのかと、守は勇気を振り絞って森野に電話を掛けた。直接声を聞けば、このもやもやとした得体の知れない感情もすっきりとするはずだ。

けれど、夜遅いためか森野が電話に出る事はなかった。それは珍しい事だ。森野はいつでも電話に出てくれていた。もしかして、愛想をつかされたのだろうか?

今すぐ森野のマンションに行ってみようか。いや、そんなことしたら困らせるだけだと分かっている。森野は大人で、子供じみた行動をする守に更に呆れる事だろう。

守はじっと我慢した。きっと着信を見て、森野が掛けなおしてくれるはずだ。

だがこの時、森野は加賀谷とすでにホテルにいた。森野が守の電話に気付く事も、守がこの状況を知ることもなく、ただ夜は過ぎていった。

つづく


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