はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

迷子のヒナ ブログトップ
前の10件 | -

迷子のヒナ 1 [迷子のヒナ]

迷子のヒナ 登場人物

ヒナ (15歳)

ジャスティン・バーンズ スティー二ークラブの経営者 (27歳)

ジェームズ・アッシャー ジャスティンの秘書 (25歳)

<バーンズ邸の使用人>

ホームズ 執事

シモン 料理人

ダン ヒナの近侍

ミスター・アダムス ヒナの家庭教師

パーシヴァル・クロフト クラブの会員

アンソニー ジャスティンの恋人(故人)

※大まかな紹介です。詳しくはのちほど――

*****

ジャスティン・バーンズはペンを置き、首をぐるりと回した。
これでもう自ら確認する書類は尽きてしまった。肩が凝るのももっともだ。ジャスティンは机に山ほど積み重ねられた書類を見て思った。
椅子から立ち上がり、軽く伸びをする。机に手をつき、さすがに今夜はベッドで眠ろうと心に決めた。
ジャスティンはもう何日もベッドで眠っていない理由を考えないようにした。執務室の長椅子の寝心地もそう悪いものではない。だが、さすがに疲れた。このまま熱い湯に浸かって、ベッドでゆっくりと休むことにしよう。

机に置いたペンをペン立てに戻し、書類を引き出しに仕舞うと、ジャスティンは戸口に向かった。

タイミングがいいのか悪いのか、ノック音とともに、聞き慣れた声が聞こえた。

「ジャスティン、いいですか?」そう言って返事も待たずに、仕事上のパートナーのジェームズ・アッシャーがずかずかと中へ入って来た。相変わらず見目のいいこの男は、どうやら慌てているようだ。見事な金髪の一筋が額に掛かっている。ここ最近では見た事のない乱れっぷりに、ジャスティンは面白げに片眉を上げてみせた。

「何か問題でも?」

「笑い事じゃないぞ。赤の間でクロフト卿が暴れている」

「暴れている?パーシヴァルが?」

パーシヴァル・クロフト。金と時間を持て余した、典型的な貴族階級人間だ。ここ、ジャスティンの経営する女人禁制の会員制クラブに、昼夜を問わず週の半分は訪れる。いつもは恋人と一緒だが、どうやら今夜は違うらしい。

「いや、正確には館内で見掛けた子を自分の所へ連れて来いと要求している」

「館内で見掛けた子というのは、ヒナのことか」ジャスティンは溜息を吐いた。「勝手に館をうろつくなとあれほど言っていたのに。それで?パーシヴァルは酔っているのか?」

「ああ、ここ最近では見たことがないほど。噂ではブライス卿がどこかの令嬢と婚約したらしいから、ヒナをベッドへ招きたいと思う程酔っている理由はそれだろうな」

ジャスティンは獰猛な唸り声を漏らした。「ベッドへ招きたいだと?」

ジェームズは胸の前で腕を組んだ。「この際だからヒナをクロフト卿に差し出したらどうだ?」口調こそ冗談めかしてはいたが、ジェームズはいたって本気だ。

「ジェームズ、死にたくなければ余計な事は口にするな」

ジェームズは軽く肩を竦め、「なら、どうやってクロフト卿を宥める?このままじゃ、あの部屋の高価な調度品のいくつかを失う羽目になるぞ」と現実的な言葉を口にした。

「ヒナはどうしてる?」
調度品なんかよりも、ジャスティンにとってはヒナの方が大事だ。

「部屋にいる。今夜部屋の外へ出たら、二度とジャスティンには会えないと脅しておいたから、おとなしくしているだろう」

ジェームズがヒナを脅す場面を想像して、ジャスティンの怒りは最高潮に膨れ上がった。

つづく


>>次へ
 
あとがき
こんばんは、やぴです。
ヒナは何者?っていうのは、おいおい分かってきます。ジャスティンとの関係も。
ジャスティンの経営するクラブは、外観はいわゆるお屋敷なんですけど、内部はエロ満載な館です。
お酒や料理、ゲームだけを楽しむ人もいますけどね…。人の行為を見たりとか(笑)
楽しみ方は色々です。

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迷子のヒナ 2 [迷子のヒナ]

「パーシヴァルが相手を探していると触れ回れ。すぐに何人か集まる」
ジャスティンはこれでこの話は終いだとばかりにぴしゃりと言うと、ジェームズの横をすり抜け部屋を出た。

「ジャスティン!待て――」ジェームズはジャスティンを追った。
ヒナの事になるとジャスティンはすぐに頭に血が上って周りが見えなくなる。

まるで、ここ<スティーニー館>が二人にとってどんな場所なのか忘れてしまったかのように。

「今夜の仕事は終わった。後はお前に任せる」

ほとんど走るようにして歩くジャスティンの黒髪が風になびく。同じくらい足の長いジェームズだが、最大限の歩幅でも置いて行かれそうだ。

「ジャスティン、君はここの経営者だ。客に問題があれば解決するのは君の役目だろう?」

「ジェームズ。その言い方は気にいらないな。ちょっとした揉め事なら、支配人に任せておけばいい。あいつはよく出来た男だ」

お前と違って――という言葉が聞こえた気がした。ジェームズは奥歯を噛みしめ、ジャスティンをこれ以上怒らせるような事は口にするまいとした。

ヒナのせいですっかり変わってしまったジャスティン。あんな子供に心を奪われるなんてどうかしている。東洋人の血が混じった貧弱で無知な子供。自分が同じ歳の頃は生きるために必死で何でもした。だがあの子供はジャスティンの庇護のもと、ぬくぬくと何不自由なく暮らしている。

頭の中で悪態を吐き、すっかり気持ちを落ち着けてから、ジェームズはやっと口を開いた。

「そうだな、ハリーにまかせるよ」そう言って、溜息を飲み込んだ。ヒナに嫉妬してなんになる?

「頼んだ」そう言い残して、ジャスティンは裏口から自宅へと戻って行った。表通りに面した町屋敷はスティーニー館の中庭を突っ切れば、ものの数分で辿り着ける。ジャスティンは、両屋敷を繋ぐ、入り組んだ地下通路を使おうなどとは微塵も思わないだろう。

ジャスティンはこれからヒナに説教をするのだろうか?
そんなはずはないと、ジェームズはかぶりを振った。

ジャスティンはもう何日もヒナに会っていない――朝食の数十分を除いてだが。とにかく、会わないようにしているのだ。
その理由はジェームズにもわかっていたが、あえて触れないようにしている。

まったく。さっさとやってしまえばいいものを、まるで宝箱に仕舞った人形のように扱うのだから、情けない話だ。

ジェームズはハリーを探して、玄関広間へ向かった。ハリーの事だから、すでにクロフト卿を宥めているだろう。

しかし、なんだってクロフト卿はヒナに目を留めたのだろうか?これまで彼が付き合ってきた人物とは似ても似つかないというのに。

つづく


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あとがき
こんばんは、やぴです。
どうやらジェームズはヒナをあまりよく思っていないようです…。
ハリーはクラブの支配人です。 

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迷子のヒナ 3 [迷子のヒナ]

ヒナは怯えたりしていないだろうか?
ジャスティンは逸る気持ちを抑えきれず、中庭を早足で一気に突っ切りヒナの待つ邸内へとすべりこんだ。

「お帰りなさいませ、旦那様。今夜はこちらでおやすみに?」裏口で待ち受けていた執事が、ジャスティンの一歩後ろを歩調を合わせついてくる。

「ヒナはどうしてる?ホームズ」執事の嫌味な一言を無視して尋ねる。

「お部屋でおやすみに――」

「ジェームズが余計な事を言ったようだが、泣いたりしてないか?」

「まさか!シモンのデザートをお腹が丸く膨らむほど食べて、満足しておやすみになられました」

そうだろうと思った。ジェームズに脅されたからといって、ヒナがめそめそ泣いたりするはずがない。ジャスティンは足を止め、振り返ってホームズの目元に刻まれた深い皺を見て、頬を緩めた。年老いたこの執事は、ヒナの面倒をよく見てくれている。幼い頃自分にしてくれたのと同じように。

「それは残念だ。俺に会えなくなると言われて、悲嘆に暮れているところを想像していたのに」

ジャスティンの本気とも冗談ともつかない言葉に、ホームズは両眉をひょいとあげ、さも驚いたような顔で言った。

「お坊ちゃまが悲嘆にくれるなど、想像もつきませんが」

「そうだな」とジャスティンは曖昧に返事をした。まさかヒナが悲嘆に暮れている姿を想像して、慌てて駆け戻ってきたなどとホームズに悟られたくなかった。

ホームズはあれやこれやとジャスティンの世話を焼きたがったが、かろうじてそれらをかわして、ヒナの部屋の前に辿り着いた。

眠っているヒナを起こさないよう、ジャスティンはそっとドアを開け中へ入った。
大きなベッドの中央に、小さな山が出来ている。
近寄って見ると、まるで身を守ろうとするように、ヒナが上掛けを身体に巻きつけて眠っていた。

ベッドの足元に置かれた若草色のソファにはくしゃくしゃに丸まった寝間着が置いてある。どうやら裸で寝ているようだ。最近のヒナはジャスティンの真似ばかりする。裸で寝ているのもおそらくそのせいだ。

ジャスティンは上掛けをそっとめくり、ヒナの寝顔を盗み見た。ベッドに腰掛け、しばらくぼんやりと寝姿を眺める。キャラメル色の巻き毛を指に絡めると、ヒナがくすぐったそうにもぞもぞと身じろいだ。

「寝ていればかわいいものを」

ヒナがここへきてどのくらい経つのだろうか?ジャスティンは立ち上がって窓辺に寄り、さらに考えた。あれはもう三年も前の出来事だ。不意に感じた過ぎゆく時間の早さに、ジャスティンはたじろいだ。

いつまでこうして手の中に納めていられるのだろうか?そう長くはないだろう。そう思うと、一日一日を無駄に過ごしている気がして堪らなくなる。

ジャスティンは苛立つ心を鎮めるように、ヒナの寝顔をもう一度見て、部屋をそっとあとにした。

つづく


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迷子のヒナ 4 [迷子のヒナ]

部屋を出たジャスティンを待っていたのは、ホームズが気を利かせて支度をしておいてくれた熱い風呂でも、一日の終わりには欠かせないブランデーでもなかった。

面倒な仕事を終えたジェームズが物言いたげな顔で、腕組みをして壁に寄りかかっていた。

「書斎で待てなかったのか?」とジャスティンは当てこすりを言うが、ジェームズは眉をピクリとも動かさず「待ちぼうけはごめんだからね」と背筋を伸ばして書斎のある一階へと足を向けた。

ジャスティンもあとに続き、書斎の入口でジェームズを追い越すと、身構えるようにして机についた。まるでどっしりと構える重厚なオーク材の書斎机が、ジェームズの攻撃をかわす防塞であるかのようだ。

ジェームズはくつろいだ様子でサイドボードからグラスを取り出すと、ワゴンにのったデキャンタを手にしてこちらを見た。

「君も飲むだろう?」

ジャスティンは聞くまでもないといったふうに頷き、ジェームズがグラスに琥珀色の液体をなみなみと注ぐ姿を眺めた。

「パーシヴァルはどうなった?」正直どうでもいい話題だった。パーシヴァルがヒナに興味を抱いたことは、もちろん警戒すべき事だが、ヒナが自分の傍にいる限り、あんな男の手に堕ちる事などない。

「ああ、僕が戻った時にはすでに噂を聞きつけた取り巻きたちに囲まれていた。彼らはクロフト卿の次の恋人になろうと必死に彼を慰めるだろうね」

「恋人ねぇ……あいつには相応しくない表現だな。正直ブライス卿とそういう関係になったのも不思議な話だ。しかも失恋して酒に酔うなど想像もできない」
どちらかといえば、気弱なブライス卿を口の上手いパーシヴァルがその気にさせ、もてあそんだと言った方がしっくりくる。

「確かに――ところで、ジャスティン」ジェームズはいったん言葉を切ると、ジャスティンにグラスを手渡し、自分のグラスを手にソファに腰をおろした。そして一口あおると、諭すような口調で続けた。

「いつまでヒナをここに閉じ込めておくつもりだ?」

きっとジェームズはこの言葉をずっと言いたかったに違いない。
ヒナを閉じ込めている自覚はある。それに対して罪悪感すらある。

「仕方がないだろう……」

「身元を調べる気なんかないんだろう?」

「調べただろ……」と言葉は尻すぼみになり、それを誤魔化すようにジャスティンはお気に入りの酒をほとんど味わうことなく、喉の奥へ流し込んだ。

「ヒナがここへ来てどのくらいだ?」

ジェームズがすべて承知で、それを口にしていることはすぐに分かった。出来ればジェームズとこういう会話はしたくなかった。とはいえ、三年もの間なにも言わずにおいてくれたことに感謝するべきだろう。

ジャスティンは覚悟の溜息を吐いた。ここまで来たら腹をくくるしかない。

「さっき俺もちょうどそのことを考えていた。もう三年になる――」

つづく


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迷子のヒナ 5 [迷子のヒナ]

ヒナとは、ジャスティンが拾ってきた子供だ。

三年前――大切な友人の葬儀の帰りのことだった。
四月にしては風が冷たく、陽が隠れているせいかまだ冬の名残さえ感じられた。

傷だらけで道に横たわっていた子供を最初に発見したのは、ジャスティンの乗っていた馬車の御者だった。悲鳴を上げ馬車を急停止させた御者は車内から顔を出したジャスティンに青い顔を向け、子供が道端にとしどろもどろで言い訳をし、主人が怪我のひとつでもしていないのか気遣うこともせず、馬車を飛び下りていってしまった。

なんてやつだ。ジャスティンは御者の背を見ながら思った。

こいつを長旅に同行させたのは間違いだった。溜息を吐き、胸元から取り出した懐中時計で時間を確認する。別に急いでいるわけではないが、長くロンドンを離れるのはあまりいい事ではない。
腹立たしい御者だが、自分の行く手を子供の死体が遮っているならば、それを排除するのはこいつの仕事だ。ジャスティンは座席に深く座り直し、御者が仕事を終えるのを待った。

「旦那様、まだ生きています!」

なんてことだ。ジャスティンは唸り声を漏らした。これでさらに遅れを取るのは間違いない。

だからどうした、と見捨てられるほどジャスティンは血も涙もない人間ではなかった。それに、友人を亡くしたあととあっては、誰であろうと見捨てる気にはならなかった。

再び窓から顔を出したとき、御者は地面に膝をつき、子供を抱きかかえていた。主の視線に気付いたのか、それとも最初から死にかけた子供を馬車に乗せるつもりだったのかは分からないが、縋るような目つきでこちらを振り仰いだ。

「馬車に乗せろ――いや、外ではなく、中でいい」
仕方がないといった口調だったにもかかわらず、近づいて来た御者が抱えていた子供を目にした瞬間、無意識のうちに、御者から子供をひったくっていた。その時、わずかに子供が呻いた。ジャスティンはすぐに後悔した。怪我の程度も分からないというのに、もっと慎重に抱き寄せればよかった。

「旦那様!町へ戻りますか?」

御者の言葉にハッとし、ジャスティンは子供と自分の汚れた上着に視線をやった。それから御者を見おろし、「いや、この先に小さな宿場町がある。そこまで行け」と虚ろに命じた。

間もなく馬車は走りだし、ジャスティンは膝に抱えた子供をつぶさに観察した。呼吸は浅く目はぎゅっと閉じられている。顔にはいくつかに擦り傷があり、濃い金色の髪は埃と血にまみれ見るも無残な状態だ。

ジャスティンは血に染まった、もとは真っ白だったに違いないクラヴァットをゆっくりと解き、シャツのボタンを外した。これで少しは呼吸が楽になるだろう。

貴族の子供だろうか?
着ているものはみな上等のものだし、傷だらけの手も――

ああ、なんてことだ。爪が剥がれている。

ジャスティンは思わず目を逸らした。爪が剥がれる痛さなら知っている。意図的に剥される痛みよりもマシだと思うほかない。

優しくそれでいてしっかりと華奢な身体を抱き、まだ先だという町の方からこちらへ向かって来はしないかと、窓の外に視線を向けた。

そしてやっと、自分の行動に疑問を持った。
ここまでする必要があるのか?ないかもしれない。けれど、この子が目を開けた時、誰でもない自分を見て欲しい。

「馬鹿な……」そう呟き、かぶりをふる。

疲れているんだ。アンソニーを亡くして心が壊れてしまったのだ。だから、彼と同じキャラメル色の髪に惹かれてしまったのかもしれない。瞳もアンソニーと同じはしばみ色なのだろうか?

ジャスティンは窓の外の景色の端の方に目をやったが、気付けば子供の青白い顔に視線を戻し、長い睫の一本一本を数えていた。こんなくだらないこと、と思いつつもやめられないまま、ほどなくして、一番近い宿場町に到着した。そしてその町で一番小さな宿屋に部屋を取った。

つづく


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迷子のヒナ 6 [迷子のヒナ]

「ヒナ、タ、カナ、デ」

宿屋に滞在して一週間。やっと名前を聞きだすまでに至った。怪我は擦り傷と打撲のみで、骨折は見られず、発見時着衣についていた血は他の誰かのものだということが判明した。
ただ問題がひとつ――

「ヒナ、タカナデ?それがお前の名前か?」

言葉の意味が分からないのか、子供は困ったように顔を顰めただけだった。こちらを見る目の色ははしばみ色ではなく、濃い茶色だ。

「ヒナ。ヒナって言うんだな」念を押すようにいい、ジャスティンはベッドの上で枕を背に座るヒナを残して部屋を出た。

ふうっと息を吐き、後ろ手でドアを閉める。顔を上げると目の前にはジェームズが無表情で立っていた。

「ジェームズ!どうした?なぜここへ……」

ジェームズはそう聞かれるとは思っていなかったのか、意外そうな顔をした。組んでいた腕を解き、壁から背を離し言った。

「君がいつまで経っても戻ってこないから、アンソニーの傍へ行ってしまったのかと思ったのさ」

「やめてくれ」そう言ったものの、その考えが全くなかったわけではなかった。「そんな気はない」もうないという意味だ。ヒナと出会ったことで、アンソニーのことすら束の間忘れていたほどだ。だが、ジェームズに見透かされていたかと思うと至極きまりが悪い。

「子供を拾ったんだって?ここの主人はやけに口が堅かったけど、いったいいくら握らせたの?大通りで御者を見つけていなかったらこの町は素通りしていたよ」

「怪我をしてる。それに言葉が通じない。苦労してやっと名前を聞きだしたところだ。ヒナというらしい」

「ヒナ?変わった名だな。僕が少し喋っても?」

「ああ、好きにしろ。――いや、ダメだ」急に変な所有欲が湧いてきた。まだ回復途中のヒナを自分以外の手に委ねたくなかった。特にジェームズのような、つい見惚れてしまうような容姿の持ち主には。我ながら馬鹿な事を思ったものだ。

「ダメ?」ジェームズはひょいと片眉をあげて、にやりと笑った。「取って食べたりはしないさ。回復したらうちで使えるかもしれないのに」

「使う気はない――この子は親もとへ帰す。俺は人さらいのような真似はしない」

ジェームズは声をあげて笑った。

「あのジャスティン・バーンズのセリフとは思えないな。うちで働く者のなかで金で買った子は何人いる?それもただ同然で。まあ確かに、人さらいみたいな真似はしていないが」

「ジェームズ、口に気を付けろ。お前も金で買われたくちだという事を忘れるな」

「忘れたりしてないさ」ジェームズは軽く肩を竦め言った。傷ついていない振りをする時のジェームズのくせだ。

「悪い……言い過ぎた。お前は俺の大切なパートナーだっていうのに――」

「仕事上のね」まるでそれが気にくわないとでも言うように、ジェームズは溜息を吐いて階下へおりていった。

「くそっ!」

背後でドアが開き、わずかな隙間から乳白色の肌が覗いた。コーヒー色の瞳がどうしたの?と問い掛けているようで、ジャスティンは言葉が通じないと分かっていたが「なんでもない」と答え、部屋へ戻った。

つづく


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迷子のヒナ 7 [迷子のヒナ]

その翌日、自宅のあるロンドンへ向けて出発したジャスティンは、馬車の揺れが身体に障らないようにと、ヒナを毛布にくるみ抱きかかえていた。

「まさか、お前が十二歳とはな――てっきり、まだ七,八歳くらいかと」

昨夜、ジェームズに聞きだしてもらった唯一の情報だ。ジェームズによれば、ヒナは日本語を話しているらしい。ただそれも、とぎれとぎれのたどたどしい感じでうまく聞き取れなかったようだ。事故――もしくは事件のショックのため怯えているようにも見えたから、理由はそれだろうとジェームズは言った。

ヒナは言葉がわからずきょとんとしている。まるでイヌやネコにでも話しかけている気分だ。

「心配するな。すぐに両親の元へ届けてやる」

だが、言葉とは裏腹に、ジャスティンはヒナを手放したくないという思いに駆られていた。その訳を考える余裕などなかったが、信頼して身を寄せてくれるヒナの為にも必ず親元へ帰すしかないのだと、くだらない思いは振り払った。

まさか、それから三年も経とうとは、この時は思いもしなかったのだが。

「あれ以上、どうすればよかったんだ?ヒナを探しているような人物は見つからず、こっちが新聞に載せた情報に連絡してきた人間もいなかった」

当時、ジャスティンは出来るだけのことはした。
ヒナの特徴、保護した場所、現在の居場所、それらを新聞に載せ名乗り出てくる身内を待った。けれど、これには少々――いや、大きな問題があった。
ヒナの名前や出身、家族に関する些細な情報すらなかったことだ。

言葉が通じなかった。は、言い訳にならない。通訳とまではいかないものの、ヒナの言葉をきちんと理解できるものを呼ばなかったのだから。

「いまなら言葉が通じる。ヒナの正式な名前や両親の名前、どこに住んで何をしていたのか、いったいなぜあんな怪我を負うことになったのか聞けるだろう?」

ジェームズはいつも正論しか言わない。腹の立つ男だ。

「あの時の話をして、怖がらせたくない」

「ヒナが怖がる?」ジェームズが笑った。「あの子はそんな玉じゃない」

まあ確かにそうだ。
赤の他人と一緒に住んでいるということなど気にしていないどころか、気付いてもいないような子がいったい何を怖がるというのだ?

「それにしても、ヒナの方からなにも言ってこないのは気になるな……」ジェームズが気遣わしげに言った。

「それは俺も気になってる。あの身なりで孤児ということはないだろうから、両親のことを何か口にしてもいいものなんだが」
これまで話していないという事は、話す気がないのだと、ジャスティンは理解している。

「自分の名前すら口にしないのには何か理由があるのだろうか?」

おそらく何か理由はある。何も考えていなさそうなヒナだが、無邪気さの裏にはジャスティンに見せていない一面がきっとある。

「とにかく、ヒナと話をしてみるしかないな。それで何もわからなければ、この話はお終いだ。それから、ヒナを閉じ込めておくつもりはない。だから早速明日にでもどこか連れて行ってやろうと思う」
これで文句はないだろう、とジャスティンは満足げな笑みを浮かべ、一気にグラスを空けた。それを合図にジェームズもグラスを空け、二人は無言ののちに部屋をあとにした。

つづく


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迷子のヒナ 8 [迷子のヒナ]

「もう、いい?」

ヒナはパチパチと薪がはぜる暖かな暖炉の前で、直立不動で、眠たい目をしばたたきながら尋ねた。今朝もいつものように、ダンに支度を手伝ってもらっている。

たったいま、首をぎゅっと締めつけられるようにして、クラヴァットが形良く結ばれた。

ヒナの世話係のダンは、流行に敏感なお洒落さんなのだ。ヒナよりも三つ年上の十八歳。役者に憧れ、田舎からロンドンへ出てきたものの、右も左も分からず悪意のあるものの餌食になろうとしていたところをジャスティンに助けられたのだ。つまりはヒナと同じで拾われたという事だ。

「ええ、そうですね――。うーんやっぱり、ひだの数をもうひとつ増やした方がもっと綺麗に見えると思うんだよな」

ダンはそう言って、クラヴァットを解いた。

最初からやり直しだ。

辛抱強く直立していたヒナは、がっかりするあまり、おおきな溜息をついた。あまりに大きかったためか、ダンの茶色い前髪が風でふわりと揺れた。

「早くしないと、ジュス(=ジャスティン)、食べ終わっちゃう」ヒナは焦って足を踏み鳴らした。

「そんなことありませんよ。まだ九時ですから。旦那様はまだベッドの中ですよ」ダンが余裕綽綽で答える。

ヒナはきゅっと口を尖らせた。
ダンはわかっていない。
最近ジュスはヒナを避けている。仕事仕事で全然構ってくれないから、会いに行ったら、ジャム(=ジェームズ)にものすごく怒られた。

『いい子にしていないと、ジャスティンに二度と会えないぞ』

そう言われた時、膝がガクガクと震えた。ジャムは本気だ。

『はぁい』と間延びした返事をして、一目散に屋敷へ駆け戻った。地下通路の途中でホームズが待ち構えていて、ほっとした。

『シモンが待っています。今夜はレモンパイとアイスクリームだそうですよ』

ホームズは細くて長い身体を半分に折って、ヒナの手を取った。

『ねえ、ホームズ……』もじもじしながら、ヒナはホームズを見上げた。

ホームズは前を向いたままゆっくりと歩きながら、『なんでございましょう?』と優しく問い返した。

『ジュスは僕のこと、キライ?』

ホームズが珍しく驚いた顔でヒナを見おろし言った。

『いったいなぜそんな事を?旦那様はお坊ちゃまの事が大好きなのですよ』

『ほんとにそう思う?』そう訊き返しながらも、ヒナの顔には満面の笑みが広がっていた。

ヒナにもわかるほど、ジャスティンはヒナを可愛がっている。ヒナはそんなジャスティンが好きで堪らなかった。けれど、最近は妙によそよそしく、一緒にいる時間もめっきり減ってしまった。嫌われるような事をしたのだろうかとヒナは頭を悩ませるのだが、ジャスティンの考える事など到底わかるはずもなく……。

「さあ、出来ましたよ」ダンの満足げな声に、ヒナは反射的に笑顔を向けた。

やっと苦行のようなネクタイ結びが終わった。「ありがと、ダン」

ヒナは部屋を飛び出し、ジャスティンに会うため急いで階下へ向かった。

つづく


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あとがき
こんばんは、やぴです。
ヒナ初登場!?
ジャスティンのことはジュス、ジェームズのことはジャムと呼んでます。

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迷子のヒナ 9 [迷子のヒナ]

パタパタと騒々しい足音が聞こえ、ジャスティンは読むともなしに広げていた新聞を畳んで、脇へ置いた。

ヒナがやっと姿を見せた。

今朝もいつもどおり完璧な身なりで、息苦しそうにしている。ジャスティンは笑みを零した。ヒナはクラヴァットを引きちぎらないように、両手を握りこぶしにしている。そのうち、本当に引きちぎる日も近いと、ジャスティンは思った。

こっちとしてはヒナがどんな格好をしていようが全く気にしないというのに――裸以外なら――、ダンはジャスティンが気にすると思い、ヒナに肖像画の中のどこぞの貴族の息子のような恰好をさせるのだ。

「おはようございます、お坊ちゃま。どうされましたか?」

最近素っ気ない態度を取り過ぎたためか、昨日の事を気にしているのか、戸口でもじもじしているヒナにホームズが声を掛けた。声を掛けられたヒナはハッとして頬を赤らめ、おはようと挨拶を返している。

「ヒナ、来なさい」

ジャスティンが手招きをすると、ヒナは、これから一週間は悪い事など起こらないようなとびきりの笑顔で駆け寄って来た。

ジャスティンはヒナを膝に乗せ、額と頬にキスをした。

これは朝の挨拶だ。
そう自分に言い聞かせながら、唇にもキスをした。

ヒナはくすぐったそうにクスクスと笑い、ジャスティンの頬にキスのお返しをした。

「ジュス、おはよう。ジャムは、どこ?」なんともたどたどしい口調だが、これでもまったく会話が出来なかった頃に比べればマシになった方だ。

ちなみにジュスとはジャスティンのことで、ジャムとはジェームズの事だ。

「昨日、行ってはいけない場所に行っただろう。おかげであの後大変だったんだぞ」と言ってもヒナに分かるはずがない。

「ジュスに会いたかった。ひとりはいや」

「仕事中は会えないと言っただろう。言う事聞かないと、ジェームズに言い付けるぞ」

ヒナはいやいやと首を振った。

「お坊ちゃま、いつもの甘いパンと卵とハムでよろしかったですか?食べ終わったら、シモンの特製プリンが準備してありますので、たくさん召し上がってください」
ホームズが恭しい手つきで、ヒナが座る席に料理を乗せた皿を置いた。朝は少食のヒナの為に、ホームズはデザートで釣る作戦に出たようだ。

「プリン、食べたい」

「あの皿を空にしたらな」

「プリン……食べたい。ジュスいいでしょ?」
ヒナはジャスティンの胸に置いた手でシャツをぎゅっと掴んだ。
途端にジャスティンの身体に震えが走った。
たかがシャツを掴まれたくらいで、悦ぶ身体が恨めしい。もしもこの手が素肌の上を這ったら――想像しただけで下腹部に熱が集まりだした。

これは、非常にまずい。

つづく


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迷子のヒナ 10 [迷子のヒナ]

ジャスティンはヒナの小さな手を取って、口元へ運び、軽くキスをした。ヒナがうっとりとした表情をする。いったいいつからヒナはこんな顔をするようになったのだろうか?いつまでも子供だと思っていたのに、気付けばジャスティンを欲情させるまでに成長している。

ホームズの咳ばらいが聞こえた気がしたが、ジャスティンはかまわずもう片方の手も取って口づけた。

それから、甘え上手なヒナに陥落させられないように、声を硬くして言う。

「ホームズが悲しむ顔が見たいか?」ううん、とヒナが首を振る。ジャスティンは頷き続ける。「お前がいつまでたっても小さいままだから、ホームズは責任を感じて――」

指の背で、ヒナの額に掛かる巻き毛を払いながら説き伏せていると、開いたドアからジェームズがスタスタと入って来た。

「ホームズ、コーヒーを頼むよ。ジャスティン、ヒナをいつまで膝に乗せているつもり?ヒナ、食べたくないならこのまま部屋へ戻ってもいいよ」

ジェームズが恐ろしい程無表情で言うものだから、ヒナはぴょんとジャスティンの膝からおりると、そそくさと自分の席に着いた。

「ジャム、おはよう」
おずおずとみせる笑顔が何とも愛らしい。

「ああ、おはよう。ヒナ」ジェームズはヒナの向かいに座ると、上座に座るジャスティンに向かって言った。「ジャスティン、手元にあるその新聞を取ってくれないか?もちろん読み終わっていたら、だが」

ジャスティンはジェームズを睨みつけるようにして、手元の新聞を押しやった。ジェームズが新聞という言葉を何気なく強調したのをジャスティンは聞き逃さなかった。

さっさとヒナから情報を聞き出して、身元を特定しろというわけだ。両親の名前が判れば新聞社などに頼らずとも、すぐに調べはつく。おそらくヒナの両親のうちどちらかはこの国の人間だ。それでいてある程度の身分の者なのは、まず間違いない。

「ヒナ、朝食のあと話があるから書斎に来なさい。それから、午後は一緒にどこか出掛けよう」

「話……?怒る?」
どうやら一応昨日の事を気にしているようで、ヒナは首を竦め上目遣いでジャスティンを伺っている。

ためしに『怒る』とでも言ってみようか?ジャスティンの悪戯心が騒いだが、あまりに大人げないと思い「いいや。怒らない」と優しく返した。

ヒナはにっこりと笑った。それから少し眉を顰め、「でも、午後はダメ。アダムス先生が来る日だから」と言った。

アダムス先生とは、ヒナの家庭教師だ。

「ダメ?」よもや断られようとは。「ミスター・アダムスには明日来てもらうことにしなさい」

「先生、明日は、ダメ」

「ダメだと?たった週四日、それも数時間で、住み込みの家庭教師の倍は払っているというのにか?」

「でも、でも、明日はお母さんの誕生日なの」

目を潤ませ、懇願するように見つめられては、ヒナにめっぽう弱いジャスティンは口を閉じざるを得なかった。ヒナは一緒に出掛けようという提案には、まったく興味を示さなかった。そのことを不思議に思う余裕はいまのジャスティンにはなく、家庭教師に負けた屈辱で惨めったらしくコーヒーを啜ることしかできなかった。

情けない事だ。

つづく


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