はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

花嫁の秘密 250 [花嫁の秘密]

「それで?なんでそんなにデレクを嫌う」エリックはいたって穏やかに尋ねた。問いただせばサミーは頑なにしゃべるのを拒むだろう。

簡単に調べたが、サミーとデレクとの間に接点はなかった。もちろん知り合いなのは間違いない。ただ、好きだの嫌いだのという感情が沸き上がるほどの何かがあったことは、確認できなかったという意味だ。

「別に」とサミーは一言。素っ気ないものだ。

まあ、いい。いまのところこのことが問題になるとは思えない。だからそのうち聞き出すことにしよう。

「ところで、デレクはわざわざ挨拶に来たと思うか?それとも偶然目に留まったからか――」

「偶然目に留まったからといって、挨拶しに来るようなやつじゃない」

確かに、サミーの言うとおりだ。つまり、デレクはサミーがクラブに現れたのを知って、わざわざ席までやってきた。賭けの対象だからか、それともサミーと過去に何かあったからか。やはりどうにも気になる。

「こっちがカードルームまで出向いたっていいんだ」

「僕は行きたくないけど、いったい今夜の目的はなんだったんだろうね」サミーはいつもの胡散臭いものを見るような目つきで、何か作戦があるなら今のうちに説明しろというように、テーブルを指先で打ち鳴らした。勘違いした給仕係が慌ててテーブルを片付けにやってくる。

エリックとサミーは会話の中断を余儀なくされた。仕方ないので場所を移ることにした。

サミーが言うように今夜の目的を果たさなければならない。大したことはない。ただ、俺とサミーは繋がりがあり――つまり世間一般で言う家族という意味で――サミーに何かあればこの俺が黙っちゃいないってこと。少なくとも、ここにいる連中は俺が持つ力を知っている。どの程度の認識かは知らないが、気に入らないやつをこいつらが住む世界から消すことはくらいできる。

嘘を並べ立てて記事を書いてもいい。真実はそこに必要ない。もしくは財産を巻き上げてもいい。家族の為ならなんだってする。

だったら、なぜ相手が攻撃するまで待っているのだろう。さっさとこいつらを消してしまえば、かわいい弟も生意気なこいつも無事でいられる。

サミーに花を持たせてやろうと思ったが、面倒になってきた。こいつは協力すると見せかけて勝手な行動をとるに決まっている。

「今夜はどんな賭けが行われているんだろう」ラウンジを離れ二階へと続く階段をのぼるサミーが、振り返って言った。

エリックはサミーの横に並び、考えを探ろうとじっくりと観察した。どう見ても、賭けになど全く興味はないといった様子。プルートスの会員であること自体、不思議でならないほどだ。

「今夜呼び出しを受けたブライスが借金を返せるかどうかとか、そういうくだらないことに決まっている」エリックは適当に答え、サミーの背中を押す。

「彼は呼び出されたのか?」

「自分で借金の取り立て屋がいるところへ飛び込むと思うか?」

サミーは上品に肩をすくめた。借金をするような男の事なんか知るはずないだろうとばかりに。「それじゃあ、僕は返せる方に賭けようかな」

「なら俺は返せない方に賭けよう」エリックが言った途端、サミーは不敵に微笑んだ。俺好みの美しい悪魔が姿を現した。こいつはきっとブライスが借金を返せないようなら、賭けに勝つために自ら借金を清算するだろう。

まったく、恐ろしい男だ。

つづく


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花嫁の秘密 249 [花嫁の秘密]

エリックの勧め通り、ローストビーフは絶品だった。

以前から看板メニューだっただろうかと、空の皿を押しやりながら思った。確かに何人か同じように注文しているところを見れば、きっとそうなのだろう。

エリックがどうだ良かっただろうと、得意げな顔を向けてきた。認めるのは癪だけど、否定することでもない。どうせ幼稚だと思われるだけだし、周りがスパイだらけとあっては反発する気も失せる。

「自分の屋敷を持とうとは思わないのか?」エリックが出し抜けに言った。

これまでそんな会話をしたことがあっただろうかと、サミーは顔をしかめた。「本当なら、クリスのものは全部僕のもので、当然屋敷も僕のものだった」

「知ってる」エリックは短く言って、何杯目かのシャンパンを飲み干した。

「僕にどうして欲しい?クリスとアンジェラの邪魔をしないように他所へ行けと?」実際そうすべきなのだろうか?

「邪魔になっているとは思っていない。ハニーはお前を頼りにしているし、助けも必要としている」

「だったらどうして?」答えは聞かなくてもわかった。エリックは自分の都合のいい場所に僕を置いておきたいのだ。それは僕を求めているから?だとしても、愛人かなんかのように扱われるなんて御免だ。「だいたい、いい物件があるとは思えないね」

「その気なら、探してやってもいいぞ」エリックの口調は、どこかすでに目当ての屋敷があるように聞こえた。

「馬鹿みたいな値段で売り付けて、君はそのうちの何割手数料として取るつもりだい?」これが冗談でも何でもないのだから――エリックとはそういうやつだ――彼がアンジェラの兄でなければ絶対にかかわろうとは思わないだろう。

「人聞きの悪いことを言うな。それにお前はいくらだって出せるだろう?」

いくらでもということはないが、いくつか投資している事業が成功を収めていて、収入はそこそこある。株主として意見を言うことはないが、投資した分のお返しをそろそろ欲しいと思っている。

「そういう君も、僕と同じ株を持っていたんじゃなかったかな?」鉄道、建設、この辺りにエリックも投資しているのは知っている。調査員を雇う資金はここから出ているのかもしれない。

「やあ、リード」この不快な声はデレク・ストーン。なんて耳障りなんだ。

サミーは不快さを隠そうともせず、声の主に目を向けた。いつ見ても自慢だと言う黒髪に必要以上にべったりと整髪料を塗っていて気色悪い。「君か」と一言。それ以上何を言えばいいのか、不愉快すぎて言葉が出てこない。

「相変わらず、素っ気ないな」デレクはそう言って、エリックの方に向き直った。「はじめまして。デレク・ストーンです」手を差し出したが、エリックはそれを無視した。

「エリック・コートニーだ。初めてではないが、言葉を交わすのは初めてだな」不遜な物言いはエリックの得意とするところだ。サミーはこれにいつもイライラさせられる。

デレクは手を引っ込め、肩をすくめた。「ええ、何度か見かけてはいましたが」そう言って、ちらりとサミーを見る。不思議な組み合わせだと思っているのだろう。親戚だから一緒にいたっておかしくはない。

「ああ、そうだ」エリックがふいに思い出したように言う。「明日君のとこのパーティーに出席させてもらう」計算しつくされたセリフは、デレクの反応をうかがうためのものだ。

「僕の?ああ、親父の――チャリティーのか。君も来るのか?」デレクはサミーに向かって尋ねた。黒っぽい瞳に浮かぶのは好奇心か?

「少し、顔を出す程度ね」言葉が辛辣にならないように気を付けた。エリックがこっちを睨みつけていたから、仕方なしに。「でも、寄付はたっぷりさせてもらうよ」これは本心だ。

「それは親父も喜ぶ。それじゃあ僕は向こうに戻るよ。二人ともよい夜を」背を向け去っていくデレクは、いったいどんな顔をしているのだろう。

獲物がかかったとほくそ笑んでいるのか、はたまた話がうますぎると訝しんでいるのか、いったいどちらだろうか。

つづく


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花嫁の秘密 248 [花嫁の秘密]

もう気づいたか。さすがだ、と言いたいところだがサミーの知らないことはまだいくつもある。エリックは笑みをこぼしたい衝動を抑え、誤魔化すように満たされたグラスを手に取った。

「お前の食べられそうなものを注文しておいたから、今夜くらいはまともに食事をしろ」くいと半分ほど飲み、アイスペールに刺さったボトルを一瞥する。ふんだくる気でなかなか上等なものを寄越したようだ。

「おかげさまで、昼食はたっぷりいただいたよ」サミーは目をすがめ責めるような視線をエリックにぶつけた。おそらくブラック――新しい従僕――のことを当て擦っているのだろう。

「たっぷりね……」ブラックの報告ではたっぷりとは言い難いが、いつもよりは食が進んでいたようだ。きっとセシルの食べっぷりに影響されたのだろう。「お前がそう言うならそうなんだろう。とにかく、ここのローストビーフは絶品だから食べておいて損はない」

「セシルが悔しがりそうだね。いっそお土産にしてあげようか」

つまりは食べたくないという意味か。

「セシルはどこにいても好きなものを好きなだけ食べるから安心しろ」ついでに言えば、ハニーもそうだ。

「そういえば、セシルはうちでしばらく過ごすけど、君はどこへ?居場所を教える約束だったはずだけど、言わないつもり?」サミーはグラスを取って、また一口だけ口をつけた。もっと飲めと勧めたいが、それは帰ってからでいいだろう。

「出て行けというなら出て行くが、俺はお前のそばにいる」

少なからず危険がある状態で、一人にするとでも思っているのだろうか。だとしたら俺を見くびりすぎだし、おそらくセシルをあの屋敷にとどまらせたことにも気づいていないのだろう。

「まあ、僕の屋敷ではないし、好きにすれば」サミーは無頓着に言うと、周囲に目をやった。対象の人物が来ていないか探っているのだろう。

「デレクとホワイトが奥のカードルームにいる」そう言うと、サミーがゆったりと片眉を吊り上げた。情報伝達の遅れを責めているのだろう。俺もついさっき知ったところだ。

間もなくして料理が運ばれてきて、二人はとにかく胃を満たすことにした。エリックは実際腹が減っていたが、サミーは偵察に来たとはいえ、嫌いなデレクと顔を合わせるのを遅らせるためにそうしたのだろう。だが、文句も言わずローストビーフを食べているところを見れば、満足はしているようだ。

いったいデレクの間に何があってそこまで毛嫌いしているのか、今ここで問い詰めてもよかったが、また険悪になりそうなのでやめておいた。

帰ってからじっくりと聞き出すことにしよう。酔わせればべらべら喋るだろうし、何より扱いやすくなる。

つづく


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花嫁の秘密 247 [花嫁の秘密]

プルートスはにぎわっていた。ここで夜を過ごす者、このあと控えているパーティーまでの時間つぶしで来ている者、よく見るとカウンターの隅の席で深刻そうに話をしている者がいる。横顔に見覚えがあったが誰だか思い出せない。

エリックに訊いてみようか。サミーはすぐにその考えを振り払った。なんであれ、エリックを頼りすぎるのはよくないし、得意げにされるのもうんざりだ。

「シャンパンをグラスで二つ。席はあそこにするよ」エリックが給仕係に声をかけ、ラウンジの奥まった席を指さす。柱の陰に隠れて周りを観察するにはいい席だ。

「僕は飲まないよ」遊びではないとさっきも言ったのに、エリックは聞いていなかったのだろうか?

「飲んでいるふりくらいできるだろう?」エリックは軽く受け流し、目当ての席へ向かって奥へと進む。

本当にふりだけで済ませてくれるのだろうかと、疑り深い視線をエリックに向けた。今夜もし酔ってしまったら、きっと僕は取り返しのつかないほどの醜態を晒すだろう。昨日、エリックはこれまでぼかし続けてきた感情をはっきりと示した。それなのに、ついさっき馬車の中でまた険悪になりかけた。何が気に入らなかったのか、急に喧嘩腰になって、僕がアンジェラを好きになっていたかどうかと責め立てた。エリックは返事はいらないと言ったが、きっと僕はアンジェラが女の子でも好きになっていただろう。アンジェラに対しては恋愛とか結婚とかそういうものとは別の感情を抱いていて、それは自分でもうまく言い表すことが出来ない。

ゆったりとした革のソファに腰を落ち着けると同時に、目の前にシャンパングラスが差し出された。サミーは無意識にそれを手に取り、エリックと目を合わせた。特に言葉はなかったので、そのまま一口だけ飲んだ。繊細な泡が口の中ではじけ、喉をするりと降りていく。なんて心地よいのだろう。でもこれ以上はだめだ。

サミーはグラスを置き、エリックを見た。

「あのカウンターの男、見覚えあるか?」エリックの視線の先には、先ほどサミーも気になった人物がいた。

「見覚えはあるけど、思い出せないんだ」まあ、特段思い出したいほど興味はないけれど。

「一人はクラブの支配人、もう一人はブライス卿」エリックの嘲るような口調。どうやら件の人物をよく思っていないようだ。

「ブライス?ああ、彼か」いつもはもっとめかしこんでいる印象だったから気づかなかった。そう言われればあの自惚れの強い横顔はブライスそのものだ。「支配人と何を?」

「ツケを回収されているのさ。ずいぶん借金もかさんでいるようだし」

「金には困ってないだろう?ブライスの家は確かに財産が潤沢とはいいがたいが、妻はあのブルーアー家の娘だ。持参金も相当あっただろうし、尽きたとしても仕送りでもなんでも好きなだけしてもらえるだろう」それが目当てで結婚したようなものだと、誰もが知るところだ。

「娘はかわいいが、夫はかわいくないんだろう」エリックは適当に言って、通りかかった給仕係を呼び止めると、こちらの意見など全く聞かず何品か注文し満足げにソファに背を預けた。「まずは腹ごしらえだな。うまくあいつらが来ればいいが」

「誰かは来るんじゃないかな」確信はなかったが、クリスマス時期は大抵皆浮かれていて、こういう場所に金を使いに来るものだ。そういえば、腹ごしらえで思いだした。「君が僕のために用意した従僕だけど、どこで見つけたんだ?」そもそもどうやってバーンズ邸に潜り込ませた?

「気に入ったか?」エリックはニッと口の端を上げた。いつもの事だが、まったく悪びれる様子はない。

「せめて僕に断ってからにして欲しかったね」おかげでずっとエリックに見張られている気分だった。

「気に入らないならクビにしろ」事も無げに言い、その辺にいるであろう給仕係に指先で空になったグラスを満たすように合図を出した。

いっそ専属で誰かついてもらったらどうかと口を出しそうになったが、ボトルを持って現れた給仕係がおそらくそうなのだろうと、二人の視線の交わし方を見て思った。こいつもエリックの手の者か。

果たしてエリックの手の入っていない場所などあるのだろうか。

つづく


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花嫁の秘密 246 [花嫁の秘密]

エリックは夜会服姿のサミーを階段の上からしばらく眺めていた。
痩せすぎなのを除けば、何もかも完璧だ。髪は後ろに軽く撫でつけ、額をあらわにしている。思わず口づけたくなる。

「ふうん、意外だな」さも、いま降りてきたというように声をかけると、サミーがじろりと睨みつけてきた。綺麗な瞳だ。

「なに?」サミーは不機嫌この上ない返事を返し、外套を羽織った。

「いや、セシルがちゃんと伝言をしていたことに驚いただけだ」それからサミーがきちんと支度をして待っていたことにも。

エリックが屋敷に戻ったのは一時間ほど前。朝から詰め込みすぎた予定をすべてこなし、予定外だったS&J探偵事務所にも寄って、仕事の依頼を済ませてきた。

「君が僕の今夜の予定を勝手に決めてしまったことかな?」サミーはチクリと言い、プラットの差し出したステッキを手にした。中に剣が仕込んであって武器にもなる。

「どうせ行こうとしてただろう?あそこは連れがいた方が楽しめる」エリックも外套を羽織り、同じように武器となるステッキを受け取った。サミーのものよりも幾分か重く、より武器としての役目が大きい。

「遊びじゃない」

「そうイライラするな。例の四人が来てるかもしれないだろう。賭けの進捗具合も確認できるし、美味いものにもありつける。いい夜を過ごせるはずだ」エリックはプルートスへ行く利点を並べ立てた。

「君と一緒でいい夜になるはずないだろう?それに賭けはもう締め切られているし、ここでだって美味しいものは食べられる」

まったく憎らしい男だ。支度も済んでいるのに、まだぐずぐず言うか。「お前はいちいち反論しなきゃ気が済まないのか?とにかく行くぞ。ほら、馬車をつかまえておいたから」エリックはサミーを急かし、屋敷を出た。空気が湿っていて、なんとなく嫌な夜だ。

玄関を出ると、前もって頼んでおいた辻馬車が待機しているのが目に入った。エリックはサミーをエスコートするように階段を下りて、馬車に押し込んだ。

従僕が扉を閉めると、目的の場所目指して、馬車はすぐに動き出した。おそらく十五分もあれば着くだろう。

「それで、ハリエットおばさまの朝食会はどうだった」

てっきり会話はなしだと思っていたが、意外にもサミーは朝からずっと気になっていたと言わんばかりに訊いてきた。話すほどでもないが、ロジャーのために自分が払った犠牲をお裾分けすることにした。まあ、アビーの為だと思えば幾分かはマシなのだが。

「部屋を埋め尽くす女性たちを想像してみろ」日頃の訓練の賜物か普段はほとんど動じることのないエリックも、これにはさすがに狼狽えた。

「ゾッとするね」サミーはエリックの恐怖を理解したようだ。

「しかも未婚だ。ハリエットおばさまは俺が結婚に興味ないことを理解していると思っていたから、まさに不意打ちだった。いつものように既婚女性ばかりを集めた会合かなんかだと思っていたからな」

「君は結婚に興味ないのか?」サミーは真顔で尋ねた。

エリックは今朝ハリエットおばさまに食らった不意打ちよりも、一〇〇〇倍は驚いてサミーを見た。こいつは昨日の告白をすっかり忘れてしまったのだろうか?もしかして覚えていないとか?それとも聞こえなかった、もしくは聞かなかったふりをするつもりか?

「俺が一度でも結婚に興味がある素振りを見せたか?」つい力を込めて訊き返す。

「いや、ちょっと聞いてみただけだ。君は昔から恋愛の対象は男なのか?」サミーが珍しく立ち入ったことまで聞いてきた。少しでも興味を持ってもらったことを喜ぶべきか?

「俺は誰も好きにならない」そこまで言って、これは過去の自分で、今はもう違うと思い直す。「いや、まて。これまで好きになったことはなかった、お前が初めてだ」

「そんな言葉信じるとでも?」サミーは胡散臭いとばかりに、眉根を寄せた。

サミーがそう言うのも頷ける。確かに白々しい言葉だ。自分だったらまず信用しない。「別に、信じられないならそれでもいいさ。そういうお前はハニーが女でも好きになってたか?」こんなこと訊いて何になる?エリックはうっかり口を滑らせたことを悔やんだが、返事は気になった。

「僕はアンジェラを女性だと思ったことはない。でも、エリックの質問に答えるなら――」

ちょっと、待て!「いや、答えはいらない。もしもとかそういう話は無駄でしかない。お前は女の子のふりをするハニーを好きになった。それが事実だ」聞くまでもなく、サミーはハニーを好きで、それは最初から最後まで変わらない。俺はなぜ自分を痛めつけようなどと思ったのだろう。

「また、僕の傷をつつこうって言うのか?」サミーは不快感を隠そうともせず、憮然と言い返した。何度も言われてうんざりとした様子。

エリックは口を閉じた。サミーの傷をつつくのは挨拶のようなもので、いつもなら平気で傷口をえぐり広げるのだが、今夜はまずい。険悪なままでは計画に支障をきたすし、サミーとのことは、腹をくくったからにはこういうのはやめにしなければならない。

「サミー、今夜は俺のそばから離れるな」

「危険はないだろう?」少なからず信頼を寄せてくれている返事だ。

「ああ、もちろんだ」あったとしても、サミーが気付くことなく排除するだけだ。

つづく


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花嫁の秘密 245 [花嫁の秘密]

その頃フェルリッジのリード邸では――

「アップル・ゲートへ行きたい?」クリスは動揺を隠しつつ、たったいまアンジェラが口にした言葉を繰り返した。妻に実家へ帰りたいと言われて動揺しないわけがない。驚いてソファから腰を浮かしたほどだ。

「クリスがラムズデンに行っている間だけよ。一人でここにいるのは寂しいし、お母様とゆっくり話もしたいし、いいでしょう?」隣に座るアンジェラはクリスの手を取った。小さな手に力を込めて説得しようとしているのだ。

クリスはその提案を真剣に考えてみた。
確かにここがいくら安全だと言っても、一人にさせるのは心配だ。アップル・ゲートならマーサもいるし、アンジェラが寂しがることもない上、ソフィアにこの結婚生活の意義を説くこともできる。
とはいえ滞在中は護衛が必要になるだろう。一番頼りになるエリックはサミーとセシルを連れて行ってしまった。連れ戻すか?

「わかった。戻ったら迎えに行くけど、その時ソフィアと話が出来たらいいんだが、ハニーが下準備をしておいてくれるかな?」ひとまず返事をしたものの、年明けまでに護衛を見つけることが可能だろうかとなおも頭を巡らせる。

「もちろんよ。まずはお母様がわたしが男だってことを十分に理解してくれたところで、クリスとの結婚についてしっかり説明するつもりよ」

意気込むアンジェラは生き生きとしていてなんと愛らしいことか。クリスは微笑んだが、懸念を口にせずにはいられなかった。

「そううまくいくかな?」娘が実は息子だっただけでも、その衝撃はすさまじいものだったに違いない。実際それを経験したクリスは天地がひっくり返るほどの衝撃を受けた。そのわりにあっさり受け入れることができたのも、相手がアンジェラだったからだ。

「大丈夫よ。マーサもいるから」

確かに、マーサならソフィアをうまく言いくるめられるに違いない。すでにそうしているかもしれない。

「そういえば、ソフィアはどこへ寄り道するって?」旅程によっては年明けアップル・ゲートにいないかもしれない。計画を立てるなら綿密にしておかなければ、アンジェラを守れなくなる。

「お友達のところですって。それからたぶん、ロジャー兄様のところへ行くわ。お母様はアビーとロジャー兄様が二人でクリスマスを過ごすのを気にしていたから」心配そうに顔を曇らせたアンジェラは、クリスの腕にほっそりとした腕を絡めると肩にそっと寄りかかった。

「結婚前とはいえ、付き添いもついているし問題はないだろう?」結婚を渋っていたアビーの父親――貴族嫌いのバックス大佐――が許可を出し、二人は年明けまでラウンズベリー領で過ごす計画だ。父親が付き添わないのは――そんなものいるとは思えないが――各地を転々としていて日程が合わないのだから仕方がない。

「でも、何もないとは言い切れないでしょ」アンジェラが意味深に言う。もちろんクリスはその意味にすぐに気づいた。

「相手はロジャーだぞ。もちろんキスは別だ。ロジャーは初対面でしてしまったようだしな」

「ふふっ。ロジャー兄様もそういうことしてしまうんだってびっくりしたわ」

「魅力的な唇が目の前にあればキスをしてしまうのも仕方がないさ」ロジャーをやり込めるアビーの唇はさぞかし魅力的だったのだろう。そこから二年かけてようやく結婚までこぎつけた。さらにあと半年も待たなくてはならないのは、なかなか辛そうだ。「なあ、ハニー。せっかく二人きりになれたし、このあとベッドでのんびり過ごすってのはどうだい?」

「ベッドで?」

「そう、ベッドで。それともここで――」クリスはアンジェラを抱き寄せ、膝の上に乗せた。簡素なドレスのおかげでアンジェラのぬくもりが直に感じられる。

「ここで?」アンジェラは頬を真っ赤に染めた。

つい昨日まで家族用の居間はとても賑やかだったが、今は二人だけだ。ほっそりとした首筋に手を這わせあごを取ると、出来ないことなど何もないのだというようにアンジェラに口づけた。アンジェラはくすぐったそうに笑ったが、すぐにクリスの情熱的なキスを受け入れた。

邪魔者がいないだけでこれほど開放的になれるとは、二人で引きこもり生活をする日が待ち遠しい。ロジャーの結婚で先延ばしになってしまったが、あと一年の辛抱だ。

つづく


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花嫁の秘密 244 [花嫁の秘密]

朝目覚めた時、そこにエリックはいなかった。
当たり前だ。ここは僕のベッドだし、エリックがいるはずがない。それでも昨夜眠りに落ちる前に言われた言葉が耳に残っている。それも鮮明に。

彼は僕を愛していると言った。いや、正確には愛してやれるといったか。どちらでも意味は同じように思うが、なんとなく違う気がした。

顔を洗い、着替えを済ませ、部屋を出ると廊下に見覚えのない従僕が立っていた。見栄えは悪くないが背が高すぎる。支度を手伝おうと待機していたのだろう。新入りだろうか?

「ひとりで平気だから下がっていいよ」そう言って、階下へ向かう。

お腹は、空いていない。この数日なぜか食欲がなく、その理由がわからずにいる。図書室へ入ると、セシルがいた。アンジェラによく似た彼はケーキの乗った皿を抱えて本を読んでいた。

「おはよう、セシル。朝食は済ませたのかい?」

「サミーおはよう。とっくに食べ終えて、おなかが空いたからお菓子を持ってきてもらったんだ。昨日は遅くまで起きていたの?」

セシルはサミーが寝坊するなんて珍しいと言いたいのだろう。とはいえ、まだかろうじて午前中だ。

「いや、すぐに寝たけど、ひどく疲れていたからね」サミーはソファに座り、言い訳がましく自分に言い聞かせた。嘘は吐いていない。ベッドに入ってからは本当にすぐ寝た。エリックが寝ろ寝ろとうるさくて、そのしつこさに辟易したが、結局気付けば朝だった。

「どうせリックが邪魔したんでしょ。いいよいいよ、わかってるから。リックはいつもそう」セシルは一方的に言って、マシュマロを口に放り込んだ。「ねえ、マシュマロって空気の塊みたいですぐなくなっちゃうよね。ぜんぜんお腹が満たされないよ」ついでにケーキも指先でつまんでぱくり。

「別のものを持ってきてもらおうか?何がいい?」いったいセシルはどれだけ食べたら満足するのだろう。ここにアンジェラがいれば、適切に対処するのだろうけど、あの子はいまここにはいない。

「実はさっきプラットにも同じこと聞かれてスコーンをお願いしたんだ。サミーのも忘れずに頼んだからね」

「ありがとう、朝食を食べ損ねたからちょうどいい」そう言ったものの、スコーンよりもココアが飲みたい気分だ。さっきの若い従僕にココアを持ってくるように言っておけばよかった。

「あ、そうそう、リックが夜の予定空けておけってさ」セシルは空になった皿を名残惜しげにソファテーブルに置いた。

「何かあるの?」サミーは尋ねた。

「たぶん、プルートスへ行くんじゃないかな?」

「昨日はそんなこと言っていなかったな。急にどうしたんだろう」もしかして僕が一人で行こうとしていることに気付いたのだろうか?

「僕も一緒にと言いたいんだけど、今夜は友達と約束しちゃったから二人で行ってきて。もう一人の正体も探ってきてね」セシルはごめんねと小首を傾げた。ちょっとした仕草がアンジェラとよく似ている。

「エリックが突き止められないのに、そんなにすぐに見つけられるかな?」

「リックは本当に知らないのかな?だってあのリックだよ。調査員だって何人も抱えているし、存在はつかめているのに正体がわからないなんてぼやけた話信じられないよ」

確かにセシルの言うとおりだ。けど、エリックの言葉に嘘はなかった。何か隠しているようではあったけど。

「ところで、君たちは自分の屋敷へ戻らないのか?」今の言い方はちょっと薄情だっただろうか。セシルが追い出されると勘違いしなければいいが。

「いつでも戻れるけど、しばらくここにいていいでしょ?あそこに一人でいるなんて嫌だよ」

「もちろん好きなだけいていいよ。それで、エリックは?」まさかとは思うけど、念のため。セシル同様ここにいるつもりなら、対応を考える必要がある。

「リックがあの屋敷に居着いたことなんてないから、自分のアパートへ行くんじゃないかな。どこのかは知らないけど、近くてここから五分の場所にひと部屋借りていたかな」セシルは上を向いて、思いつく限りの居場所を指折り数えている。指が三つ折れたところで数えるのを諦めたようだ。スコーンはまだかと振り返って戸口を見る。

「セシルは実際エリックが何者か知っているのかい?フェルリッジを発つ前に、俺はジャーナリストだと家族の前で啖呵を切っていたけど、もちろん違うとは言わない、けど――」とにかく胡散臭すぎるのだ。エリックは。

「言いたいことはよくわかるよ。結局リックが何をしているのかなんて誰にも分らないんだ。新聞に記事を載せたりしてるけど、政治的なこともあればハニーを守るためのちょっとしたコラムだったりね。今は暇そうにしてるけど、仕事だと言って数か月姿を見せないこともあるし、いないと思って油断してたらふいに姿を現わしたり」

「悪口でも言おうものならすっ飛んでくるわけだ」

「そうそう、だからサミーも下手なこと言わない方がいいよ。きっとこの屋敷にもリックのスパイが紛れ込んでいるんだからね」セシルは笑ったが、サミーは笑えない事実に気付いた。

あの若い従僕、彼こそエリックの送り込んだスパイだ。最初はプラットに教育されていて部屋に入ってこないのだと思っていたが、エリックが仕込んだのなら僕の寝室に入るような真似はさせないだろう。

そしてその従僕がスコーンと一緒にココアを持ってきたとき、疑いが確信に変わった。どうやらエリックは事細かく指示を出していたようだ。

つづく


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花嫁の秘密 243 [花嫁の秘密]

なぜこんなにもサミーに執着するのか、エリック自身理解できないでいた。
最初は好奇心、それとも同情したからか――今はもう別の感情に変化してしまい思い出すことができない。

「おい、いつまでそうしているつもりだ?」エリックはぼんやりと暖炉の炎を眺めるサミーに声をかけた。

「なにが?」サミーは思考を分断されたことに、目をぱちくりとさせてエリックを見る。

「髪をちりちりにする気か?」エリックは這うようにしてサミーのそばに寄ると、肩を掴んで後ろに引いた。
サミーの絹糸のように繊細なプラチナブロンドの髪がふわりと揺れる。少し伸びてきただろうか、柔らかい毛先があちこちに跳ねている。指の間に絡めた時の心地よさを思い出し、エリックは思わず呻き声をもらした。

「そっちこそ、もう乾いているじゃないか。そろそろ部屋へ戻ったらどうだ?」サミーが警戒心もあらわに言う。

警戒はしていても、手を払い退けはしないわけか。いつまで経っても怪我をした猫のように牙を剥いてくるが、ごくたまに甘えたような姿を見せることもある。今は違うが。

エリックはさらに近づいた。

「エリック、僕は本当に疲れているんだ」

「ベッドへ運んでやろうか?それとも――」疲れていてもキスくらいできるだろうと、エリックはサミーに軽く口づけた。

「やめろ……ベッドへ行く」サミーはぼそぼそと言い、のそりと立ち上がるとベッドへと向かい、力なく倒れこんだ。「君は来なくていいからな」

そう言われて引き下がると思っているのだろうか。もちろんそんなことはしない。

「来るなって、言っただろう」

「はいはい、お前は寝てろ。何もしない、少しこうしていたいだけだ」サミーの背に貼りつき、まだわずかに熱を持つ髪を梳く。頬に触れるとサミーの身体がわずかにこわばった。

「触ってるじゃないか」

口ほどには嫌がっていないようだ。それともただ疲れ切って動けなくなってしまっただけか。エリックは足元の上掛けを引っ張り上げて、サミーと自分を包み込んだ。サミーが抵抗しようと振り向きかけたが、エリックは頭を押さえてそれを止めた。

「いいから寝ろ」

サミーは言われた通り、枕に頭を沈め、寝心地のいい場所を探って身じろぎをした。ベッドに誰がいようが気にしないことにしたようだ。エリックは満足から思わず息を吐いた。ようやくここまで手懐けることができた。これ以上は懐かないかもしれないが、縁は一生続く。

エリックはもう一歩踏み込むことにした。

「諦めて俺のものになれ」

束の間の沈黙のあと、サミーがうんざりと返す。「だから、しないって――」

「そうじゃない」ったく、俺がこんなにぐったりしている男を襲うように見えるか?「今すぐとは言わない、お前を愛してやれるのは俺だけだ」

とうとう口にしてしまった。はっきり言わないとサミーが理解しないのだから仕方がない。

「アンジェラを忘れろって?」

まさか返す言葉がこれとはね。エリックは苛立たしさと同時にここまでサミーを夢中にさせる末の弟に嫉妬した。

「忘れろとは言っていない。だいたいハニーを忘れられるはずないだろう、俺が言うのもなんだが、あの子は特別だ。あんなかわいい弟はそうはいないからな」このセリフ、前にも言った気がする。おそらく同じような説明を求められたら何度でも言うだろう。

「ああ、君とは似ていないしね」サミーの声はまるで初めて恋した十代の少年のようだった。

サミーの初恋がアンジェラではないことを知っていたが、エリックはますます苛立った。嫉妬は醜い。エリックは鍛えられた忍耐力を発揮して穏やかに返した。

「そのぶんお前を守れる力を持っている」どれだけ胡散臭く見えようとも、エリックにはその力がある。サミーは金は持っているが人脈は持っていないに等しい。いくら情報を集めようと、最終的には人が動かなければどうにもできない。

「君はいつもそばにいるわけじゃないだろう?仕事で長期間いなくなることもある――べ、別に守ってもらう必要はないけど」サミーも自分がしようとしていることの危険は承知している。仕掛けてしまった以上引き返せないことも。

「ほんと、お前は素直じゃない。まあ、そういうところが好きなんだが。いいから、もう寝ろ」

サミーの返事はなく、しばらくして寝息が聞こえ始めた。

つづく


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花嫁の秘密 242 [花嫁の秘密]

サミーが自分の部屋と呼べる場所へ戻ったのは、ずいぶんと遅くなってからだった。

話が進むにつれ居心地のいい図書室から動くのが面倒になり、食事もそのままそこで適当に済ませることになった。エリックは執事に言って、極上のボルドーワインを持ってこさせた。クリスのものはアンジェラのものも同然で、すなわちアンジェラの兄である自分にも飲む権利があるとかどうとかくだらないことを言っていた。

クリスのものだろうが何だろうが、ワインくらい好きに飲めばいい。ワインも地下で眠っているより飲まれた方がその価値があるというものだ。

「なあ、僕は本気で疲れているんだ」サミーはタオルで頭を拭きながら、背後に立つ男にうんざりと言った。

「気にするな」

気にするな?朝目覚めてから寝るまで一日中つきまとわれればうんざりもする。しかも長旅になったのはエリックが列車で行くのを拒んだからだ。ちょうどいい時間がなかったものあるのだろうが、あちこち寄り道して、それにはおそらく目的があったはず。

サミーは言われた通り気にしないことにしたが、背中にぴったりとくっついていられたら気にしないわけにはいかない。

「いい加減部屋に戻ったらどうだ?僕は髪を乾かしたいんだ」

「手伝ってやるからそこに座れ。なんだってこんなに寒い日に髪を洗う?」

「手伝いはいらないし、僕は君と違って綺麗好きだからね」伸ばされた手を振り払おうとして、ふと気づく。「君の髪も濡れているようだけど?」

「途中何度も酒場へ寄ったからな。安酒と煙草の匂いが染みついてるから仕方なくだ。明日の朝でもよかったが、明日はちょうど朝から用があるし、まあ、ついでだ」

別に朝でも昼でも好きな時に入浴すればいいのに、気を使っているのだろうか。男三人分湯を沸かすのは大変だが、クリスは新しくボイラーを設置したと言っていたから、なんてことはない。それに彼らは仕事が増えれば貰える手当も増えるのだから気にすることもない。

サミーは暖炉の前に座り込んだ。頭をかざし、指で髪の毛を梳く。同じようにエリックも座って、肩よりも長く伸びた髪をうっとうしげに後ろに払った。いつもは結んでいて気にも留めていなかったが、エリックはなぜ髪を伸ばしているのだろう。

「君は酒場に寄るたびに飲んで、ここでも飲んで、よく湯船に沈まなかったね」

「お前も少しは飲めばよかったのに。クリスのワインはなかなかだったぞ」エリックはちょっとした嫌味も意に介さない。片膝を立ててすっかりくつろいだ様子だ。

こいつは僕が酒を飲めばどうなるか知っているくせに、何かにつけ飲ませようとする。いったい何度このやり取りをしただろう。

「それで、明日は朝からどこへ?」僕が必要だと言いながら、勝手に行動するわけだ。

「んー、朝食会に出るだけだ。それとついでに、新聞社に寄る」

「どこの?」

「それは朝食会のことか、それとも新聞社の――」

「朝食会に決まっているだろう。君が普段出入りしている新聞社に興味はない」

「ふうん、普段、ね……色々知っていそうだな」エリックはしたり顔でサミーを見る。「ハリエットおばさまが、クリスマスをこっちで過ごすなら顔を出せというから、明日の午前中なら空いていると答えたんだ。それで朝食を一緒にな」

「君の親戚にハリエットおばさまなんていたっけ?」サミーはまじまじとエリックを見た。なぜか不意を突かれた気分だ。

「いや、彼女は親戚でも何でもないただの昔からの知り合いだ」揶揄うようなはしばみ色の瞳が暖炉の明かりを受けて煌めいた。

「知り合いね……」つまり、ハリエットおばさまとやらはエリックのパトロンか何かなのだろう。ずっと不思議に思っていた。僕ほどではないにしてもエリックも相当な資産を持っている。とはいえ、金遣いは荒いし、安定した収入を得ているように見えない。

そういえば、彼自身メリッサのパトロンだ。
若いころに旅先で出会った彼女――いや、彼を国に連れ帰った。いったいどうやってそんなことをやってのけたのだろう。エリックが政府の仕事に手を貸しているというのは、僕のただの推測だろうか。

もうすでにはちみつ色の髪は乾いているように見える。それなのに一向に出ていこうとしないのはなぜだろう。

つづく


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花嫁の秘密 241 [花嫁の秘密]

エリックにとってリード邸の図書室は、さほど心地のいい場所ではない。もちろん居心地が悪いわけではないが、ハニーのように長居したい場所かと言われればそうではないというだけ。ただここにはコートニー邸にはない上等な酒がキャビネットにずらりと並んでいる。好みの酒を手に取ればたちまち居心地が良くなるから不思議だ。

実のところ、このままクラブに行ってもよかった。けれども、さっき口にした通り今夜はもう誰にも会いたくなかったし、何よりサミーが心配だった。
道中何度か休憩を挟んだが、サミーは終始不機嫌で食欲もなく、数日前からの風邪がまだくすぶっているようだった。まあ、不機嫌なのは半ば強引に連れ出されたことに腹を立てているからだろうが、ちょっとでも目を離すとろくなことをしないのだから仕方がない。ジュリエットのことなど俺一人でもどうにかできる。そうしないのは、サミーにハニーを救わせたいからだ。

「それで、明日はどこへ?」そう言ってこちらを見るサミーは、ソファのひじ掛けを枕に今にも眠ってしまいそうだ。

「明日は俺一人で動く、お前は休め」エリックはブランデーグラスを手に取った。一番高い酒はどれだろうかと値踏みする。こういうのは大抵一番手に取りやすいデキャンタに上等な酒が入っていると相場は決まっている。クリスのいいところはいい酒を取り揃えているところだ。

「僕も休むからね」セシルが聞いてもいないのに答える。

「いや、ちょっと待て……わざわざここまで連れてきて、休め?」サミーが不満そうな声を上げた。

「そのかわり明後日、ブライアークリフ卿のパーティーには必ず出てもらう」エリックはブランデーの入ったグラスに口をつけながら、近くの椅子に座った。サミーの顔が正面から見える位置だ。

「出るさ、そのつもりで連れてきておいて何を言っているんだ。それより、あともう一人の名前を聞いていないけど?」サミーはエリックの手の中のグラスを見て顔を顰めた。

「あ、そうそう。僕も気になってたんだ。サミーが殺される方に賭けた四人、そいつらがまたハニーを狙うんでしょ?」セシルが無邪気に言う。道中聞かされた話があまりにも突拍子のないもので、理解が追い付いていないようだ。

「ハニーを狙うのはあくまでジュリエットだ。四人はただ賭けを面白くするため必要なことをするだけだ」エリックは簡潔に述べた。

「その賭けに参加しているメンバーは他に誰がいるんだ?殺されない方に賭けた奴もいるんだろう。表向きは僕がジュリエットと半年以内に結婚するかどうかで賭けが行われているけど、もっと刺激が欲しい者がいるのも知っている」サミーはエリックに答えを求めた。

「四人以外はサミーの言うように刺激が欲しいだけの屑だ。ただ面白おかしくちょっとしたゲームに参加しているだけで何をするわけでもないから放っておいてもかまわない」

「で、あと一人は?」サミーが先を促す。最後の一人の名前を聞くまで、質問を繰り返す気だ。

「まだわからない」エリックは素直に打ち明けた。

「マックス・ホワイトは時々見かけるな。彼はとても目立ちたがりだから行けば嫌でも目に入る。ほかは覚えがないし、ホワイトと一緒に酒を飲んでいたやつでやばそうなのはいなかったはずだ」サミーは記憶を辿った。「デレクのことは会員だということさえ知らなかった」怒りを込めて言う。

いったいサミーとデレクの間に何があったのだろう。そのうち聞き出すか……おそらく喋らないだろうから、勝手に調べるか。

「まあ、何かを企むときは個室を利用するからな」

「あと一人がわからないのに、どうして四人だと思ったの?」セシルはなかなか鋭い。

「正体は不明だが、そいつがあとの三人をうまく動かしているのは確実なんだ……ただ、姿を見せないから――」これ以上先を喋るわけにもいかず、エリックは言葉を濁した。

「オーナーに聞いてみたらどう?」とセシル。

「会員制クラブのオーナーが客のことをペラペラしゃべると思うか?金で解決できるならそうするが、生憎金には困っていないだろうしな」エリックはセシルに向って言いながら、視線はサミーに向けていた。

サミーはじっと考えに耽っているようだが、いったい何を考えているのだろう。おそらく明日にでもプルートスに行こうと作戦を立てているのだろう。明日はダメだと言って聞くはずもなく、つまり、計画を前倒しする必要に迫られている。

エリックはひとまずブランデーを飲み干し、執事を呼んだ。何か食料を持ってこないとそろそろセシルが暴れ出しそうだ。

つづく


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