はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

ヒナ田舎へ行く ブログトップ
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ヒナ田舎へ行く 序章 [ヒナ田舎へ行く]

上品な濃紺に塗られた馬車が速度を落としながらウェストクロウの宿場町に入った。

目当ての宿屋は中心に位置し、そこに近づくにつれて、さらに馬車の速度は緩やかになった。そして完全に停止した。

「ヒナ、着いたぞ」

ジャスティンの優しいささやきに、ヒナはぎゅっと目を閉じ、眠ったふりを続けた。町へ入る前は確かに眠っていたので、ばれないと思っていたのだが甘かった。

当然、誰もがヒナの狸寝入りには気づいている。あえて指摘はせず、淡々と事を進める。

「ウェイン、部屋を用意するように亭主に伝えろ。ダン、お前は厩舎に行ってヒナの荷物を積み替える指示をしておけ」

ヒナは片目をそっと開けた。

ウェインとダンの背中がちらりと見えただけ。二人は指示に従うべく馬車から飛び降りてしまった。快適な旅は終わったのだ。ヒナはジャスティンの腕の中でもぞもぞと動き、白々しくあくびをした。今起きました、とばかりに。

「ヒナ、着いたぞ」ジャスティンは繰り返した。「ここで昼食を取って、少し休んでから出発だ」

ヒナは失望もあらわにため息をついた。

自分で決めたこととはいえ、ここでお昼を食べたが最後。二人はしばらく離ればなれになってしまう。そのしばらくがいったいどのくらいの期間なのか想像もつかない。一週間くらいなのか、一ヶ月なのか、それとももっとずっと長い期間なのか。

「のどかわいた」むっつりと言い、ヒナはジャスティンの膝から降りた。

ジャスティンは不機嫌なヒナを面白がっているようで、むくれた頬にキスをすると、先に馬車を降りた。「さあ、おいで。甘いパンを用意しておくようにちゃんと言っておいたから」手を伸ばしてヒナが降りるのを手伝うと、出迎えた亭主に冷たい飲み物を用意するように命じた。

「バーンズさま、ようこそいらっしゃいました。長旅はいかがでしたか?お部屋の支度は整っております。冷たいお飲物もそちらへお運びいたしましょうか?」

<大鷲と鍵亭>の亭主は肉付きのいい両手を揉みしだきながら、興奮気味にまくしたてた。

「いや、すぐに頼む」ジャスティンはヒナのふくれっ面を見下ろし言った。

亭主はヒナのぼさぼさ頭を見て、目の下をぴくぴくとひきつらせた。だがすぐに考えを巡らせ、満面の笑みで応じた。「では、すぐに」

亭主の胸の内はこうだ。ダヴェンポート邸にまつわる一切合切を、誰もが口をぽかんと開けてしまうような法外な値段で買い取った人物の連れだ。見た目はもみくちゃにされたぬいぐるみのようでも、金持ちには違いない。

あながち間違いではない判断を下した亭主に促され、ジャスティンとヒナはようやく中へ入った。

ヒナは椅子のひとつに腰掛け、カウンターの向こうの女給に笑い掛けた。ジャスティンは店の隅で亭主となにやらひそひそやっている。ヒナの極上の笑顔が自分以外に向けられたのを見ていなくて幸いだ。

「冷たいから、歯にしみるかもよ」女給はヒナのもつれた髪をじれったそうに見やり、背の低いグラスをカウンターに置いた。

ヒナは小首を傾げ、出された蜂蜜水をごくごくと飲み干し、部屋の確認を終えて階段を降りてくるウェインをグラス越しに見上げた。

「ウェインも飲む?」

ウェインは図々しい男なので断らなかった。むしろちょっとばかしアルコールの入った飲み物の方がいいとさえ思った。

ジャスティンよりも先にヒナの隣に座り、のんきに蜂蜜水を飲みながら、ウェインは我があるじと従僕仲間のダンを待った。

「ヒナ、これから一人で大丈夫かい?」

ヒナは脚をぷらぷらさせ、ウェインの質問に答えた。「ダンがいるよ」

ウェインは期待と不安の入り混じったあどけない表情のヒナを横目で見ながら思った。

そう、ヒナにはダンがついている。お洒落で働き者のダンは、誰よりもヒナの扱いがうまい。ことによっては旦那様よりも。そんなダンが一緒なら、何も恐れる事はない。

それもこれもダンがヒナについてラドフォード館にうまく入り込むことが出来ればの話。

ヒナ一人で来るようにという、伯爵の一方的で無茶な要望をすっぱり無視して、そんな事が可能かどうかはわからないが、とにかくやり遂げなければならない。それが出来なければ、ヒナを乗せた馬車は門の前で引き返すこととなる。

そうなれば旦那様は喜ぶだろうが――もちろん表面上は残念がるだろうけど、実際、ほんの一日だって離れていられないのだからやっぱり喜ぶだろう――、ヒナは両親の墓前に花を手向けることすらできない。

そんな悲しい事があるだろうか?

「ああっ!ずるいぞ、ウェイン」大役を仰せつかったダンが、能天気な様子でやって来た。ヒナを挟んでカウンターに腰掛けると、ヒナのこんがらがった頭を見て目を剥いた。

ダンの大仕事はすでに始まっていた。

つづく


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あとがき
こんばんは、やぴです。 
迷子のヒナ、続編です。
といっても今回、ヒナは脇役です。

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ヒナ田舎へ行く 1 [ヒナ田舎へ行く]

新たな登場人物

<ロス家三兄弟>ウェストクロウ ラドフォード館管理者

スペンサー(25)

ブルーノ(22)

カイル(16)



七月。じめじめとした日が続いたせいで、スペンサー・ロスは不機嫌だった。

居間の椅子に深く腰掛け、同様に鬱積する不満を抱えた弟を横目で見やり、ミントキャンディを口に放り込んだ。

窓辺に立って前庭に目を凝らす三つ年下の弟ブルーノは、果たしてこの状況を不満に思っているのだろうかと、スペンサーはキャンディを奥歯で砕きながら思った。

約三年ぶりにここウェストクロウのラドフォード館は客を迎える。その事実に、ロス一族は浮足立ち、遠く離れた地にいる主人の歓心を買おうと躍起になった。

馬鹿馬鹿しいとスペンサーは胸の内で思ってはいたが、代々この地を収める――主人の代わりに――祖父と親父に、その意を伝える事はなかった。この地を捨てたも同然の主人に忠誠を尽くすなど、ロス家の男として恥だとすら思っているとは、よもや口には出来ない。

遠い昔、この広大な土地がロス一族のものだったことを思えば尚更だ。

こうしてのんびりと過ごせる時間は残り少なくなっている。本来ならすでに客人を迎えるために動き出していなければならない。

けれども、スペンサーはぎりぎりまで座り心地のよい椅子から立ち上がる気はなかった。たかが子供一人迎えるだけ。面倒はあれこれあるものの、結局はここに伯爵の目が届く事はない。もちろん、代理人が目を光らせてはいるが、ある程度命じられた通りにやっていれば、なにも面倒な事などない。

「遅くないか?」ブルーノが出掛けたきり戻らない、末の弟カイルを心配して言った。

客を迎えに行ったカイルが屋敷を出て随分と経つ。門をたったふたつくぐるだけのそうたいした距離でもないのに、確かに時間が掛かり過ぎだ。

約束の時間になっても客が現れないようなら、一分一秒待つことなく、屋敷に引き返してくるように言ってあった事を考えれば、門の外で何らかのトラブルに巻き込まれたと想定するのが妥当だろう。

だが、カイルのことだ。

「おおかた客が来ず、道草でも食っているのだろう?」スペンサーは答えた。

「ありえるな」ブルーノは短く言った。が、スペンサーと違って心配性の弟は窓辺から離れ、椅子の背に掛けていた上着を取った。「様子を見てくる」

実の兄でも見惚れてしまう程の金色の髪を揺らして、ブルーノは居間を出て行った。

スペンサーはやれやれとひとりごち、弟たちが戻って来るまでの時間を自らの休息時間に充てる事にした。もしも仮に客人を連れ帰ったとしたら、しばらく休めそうにない。

そんな事にならなければいいのにと、やはりスペンサーは不機嫌に思った。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 2 [ヒナ田舎へ行く]

カイル・ロスは門の外でコヒナタカナデの近侍だと言う男と、お互いの馬車を背に押し問答をしていた。向こうは宿屋の貸し馬車。こちらは大きくて頑丈なピクルスの引く、荷台の大きな馬車。村まで買い物に行く時にはいつもこれに乗る。

「だから、あなたはここから先へは入れないと言っているでしょう?」カイルはじれったそうに言った。

コヒナタカナデと荷物だけを載せて戻ってくるようにと、兄のスペンサーに何度も念押しをされた。簡単な仕事だと息巻いて飛び出したものの、随分と時間を食ってしまっている。ピクルスも退屈そうに、道の草を食み始めた。

「それは先ほども聞きましたが、ではあなたはヒナの面倒をきちんと見れるのですか?朝起きたら頭は爆発しているし、裸だし、事によっては、もう乱れに乱れまくっているんですよ。ボタンひとつ留められないし、あちこちに食べかすをくっつけて歩くような子ですよ。面倒見きれますか?」

カイルは目の前の男が、いったい何を言っているのかさっぱりわからなかった。爆発?

「面倒見るも見ないも、それは僕の仕事じゃないし……」客の世話はブルーノがすると決まった。兄弟三人でくじを引いた結果だ。

「僕の仕事じゃない?」使用人が興奮した様子で声を荒げた。

「だから、僕はお世話係なんかじゃないんです!だいたい、コヒナタカナデ様はどこにいるんですか?あの中ですか?」カイルは<大鷲と鍵亭>の小振りな馬車を指差した。

突如、馬車の扉が開いた。「呼んだ?」豊かな蜜色の髪を青いリボンで結んだ少年が姿を現した。

彼がコヒナタカナデ?

初めて見る異国の少年にカイルは興奮した。おっかなびっくり近づき、眠そうに下がる瞼の奥を覗く。目は僕と同じ茶色だ。肌は屋敷にある陶器の壷みたいな色。すごく高価なやつだ。

「ヒナ、まだ出て来てはダメです」都会人ぶった気取り屋が、間に割って入った。

ちぇ。使用人のくせに偉そうに。

「でも……」とコヒナタカナデは口を尖らせ、こちらを見た。まるで助けを求めるみたいに。

まさか、そうなのか?「お前が――いや、えっと、あなたがコヒナタカナデ様ですか?」

「違うよ。ヒナだよ」

それがヒナの決まり文句とは知らず、カイルは否定されたことに戸惑った。

愕然とするカイルに使用人が得意げになって言う。「だから言ったでしょう?ヒナの扱いは大変だって」

ムッ!「けど、あなたは入れません。コヒナタカナデ様以外入れてはいけないと言われているんです」馬鹿相手に言い聞かせるのは大変だとばかりに、念を押した。

気取り屋が憎たらしいほど気取った笑みを浮かべた。時々、スペンサーが僕に意地悪する時に見せる笑い方だ。くそう。

「知っています。だからそう命じた人に黙っていなくてはいけないでしょうね」

いやいや。ばれたらどうなるかこいつは知らないんだ。いや、僕だって知らないわけだけど、とにかくブルーノがひどく怒るだろう。決まりごとにうるさいったらないんだから。

「ねえ、ダン。ヒナまだ降りちゃダメなの?」

あぶないっ!コヒナタカナデが今にも飛び降りようとしている。

「もう、まだダメだって言ったでしょう?ヒナが出てきたらせっかくの計画が台無しになってしまう」

ダンはコヒナタカナデを押し戻すとカイルに完全に背を向け、ひそひそ声になった。気になって仕方がないカイルは、一歩、向こうに近づいた。

「じゃあ、ヒナがお願いしてみる」

「ダメですよ。話がつくまで中で待っている約束だったでしょう?」

「ぶぅ」

「変な声出さないでください。お行儀良くしていないと、あとで会えませんよ」

そう言うが早いか、馬車の扉が勢いよく閉じた。

なんだこいつら?誰と会えないって言うんだ?

「おいっ!」

背後で声がした。

振り向くと、二番の目の兄ブルーノが自転車に跨ったまま、灰色の瞳でこちらを睨んでいた。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 3 [ヒナ田舎へ行く]

外門まではほぼ直線。

歩けばそこそこ時間のかかる距離だが、ブルーノ・ロスは軽快に自転車を走らせ屋敷を出て、ものの一〇分もしないうちに屋敷で一番の働き者のピクルスが草を食んでいるのを発見した。

どうやら道草を食っていたのは、弟ではなかったようだ。

ピクルスの後ろの荷台はまだ空のまま。荷物の積み替えをして、さっさと戻るようにと言ってあったのに、カイルは馬鹿みたいに突っ立っている。

ブルーノは弟の向こうに立つ、とびきりお洒落な男に目を留めた。茶色の髪の毛。あれがコヒナタカナデか。十五歳だと聞いているが、想像していたよりは大人びている。あれでカイルよりも年下だとは、都会人はやはり違うな。

ブルーノはてんで的外れなことを思いながら、「おいっ!」と大声でカイルに呼びかけた。

二対の瞳がブルーノをとらえた。

カイルは首をすくめ、コヒナタカナデは首を伸ばした。

「あちらはどなたですか?」と問う声が聞こえた。ほとんど訛りの感じられない流暢な喋り方だ。

「兄のブルーノです。たぶん、遅いから迎えに来たんだと思います」カイルが答えた。どことなしか怒っているような口振りだ。

確かに、俺たち兄弟はこの度の客を歓迎していない。とはいえ、こっちは仕事だ。

ブルーノは自転車から降りて、押しながら門の外に出た。

「カイル、いつまで客人をそこに立たせておくつもりだ?さっさと荷物の積み替えをすませろ」

「いつまでって、引き下がるまでだよ」

「なんだって?客人に対して失礼な口をきくな」

「あ、あの」と客人が口を挟む。「僕はヒナ――カナデ様の近侍で、ダンと言います。今もカイルさんに説明していたところなんですけど、ヒナの世話は誰にも任せられないので、ここを通していただきたいのですが」

ブルーノはこんな派手な近侍がいるのかと、切れ長の目を丸くした。

「何度もだめだって言ってるのに、聞きゃあしないんだ」カイルは興奮気味に抗議の声をあげた。

「カナデ様以外は敷地内に入れてはならないと、伯爵様から仰せつかっています。なので近侍と言えども、あなたを通すわけにはいきません」ブルーノは傍らに自転車を抱えたまま、ダンに詰め寄った。

「それは重々承知しています。ヒナ一人でラドフォード館に入るようにと言うのでしょう?でも、それはどうでしょうか?そもそも屋敷には現在使用人は三人しかいないと言うではないですか。たったそれきりで、広い屋敷を管理できているとも思えませんし、たとえできていたとしても、ヒナの面倒を見るまで手が回るとも思えません。だってそうでしょう?ヒナはとても手がかかる子ですし、えーっと、例えば、朝食に甘いパンは提供できますか?いわゆるブリオッシュと言う名のつくものです。もちろん、本場のブリオッシュを調達することは不可能ですが、せめてシモンのブリオッシュに似たものくらいは、朝食テーブルに並べて欲しいものです。それと、ヒナは大変なお風呂好きです。毎日、たっぷりの湯に浸からないと気が済みませんし、なんなら泳いだりもします。これには当家でもひどく困惑させられていますが――」

「もういいっ!!」ブルーノは堪らず、ダンの淡々とした長口上に終止符を打った。本来声を荒げるタイプではないのだが、これで今日はすでに二度、大きな声を出したことになる。

「ね、言ったでしょ」と横でカイルが囁くように言う。

「では、納得していただけましたか?」ダンはにっこりと笑顔になった。

ブルーノは思わず歯を剥き出しにして威嚇しそうになった。こんなに話の通じない――というか、一方的な主張を押し付けてくる人間に会ったのは久しぶり。貴族階級にはままあることで、この度の客はそれに当てはまらないと聞いているが、近侍の態度からすればまるでこの国の王とでも言わんばかり。

「ダメなものはダメです」きっぱりと言うが、どうにも相手は納得した様子を見せない。それなら、このままピクルスに仕事をさせないまま引き返す他ない。

そんなすったもんだのやり取りに終止符を打ったのは――今度こそ――、コヒナタカナデその人だった。

カーテンの隙間から覗き見ていた彼は、おもむろに扉を開け、近侍が制止する間もなく、馬車から飛び降りてブルーノに駆け寄った。

「ねえ、それ何?」自転車を指差して言った。

つづく


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あとがき
こんばんは、やぴです。
ひとまず、新人君三人を順番に登場させてみました。
ちなみに、ピクルスはお馬さんです。

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ヒナ田舎へ行く 4 [ヒナ田舎へ行く]

「それ、おにいさんの?」

ヒナはダンの制止を振り切り、とびきり愛想よく初対面の男性に話し掛けると、飛びつくようにして自転車にまとわりついた。前カゴを覗き込んだり、サドルに頭を乗せてみたり。

初対面の男――ブルーノは、ヒナの勢いに圧倒され、うっかり自転車から手を離してしまった。

運悪く――当然といえば当然だが――自転車は傾ぎ、ヒナもろとも、折り重なるようにして倒れた。

上が自転車、ヒナは下だ。

ダンは蒼ざめ、金切り声をあげながら駆け寄った。

ヒナに何かあれば、首が飛ぶどころの話ではない。

「ヒナ大丈夫っ!」

ダンがヒナをひっぱり出すが早いか、ブルーノが片手で軽々と自転車を起こした。自転車にしがみついていたヒナも一緒に起き上がる。目をぱちくりさせているが、どうやら怪我はしていないようだ。

「大丈夫ですか?」ブルーノが自転車越しにヒナに問い掛ける。

ヒナはしおらしく、こくんと頷いた。

「ヒナ、怪我してないね?」ダンは着替えさせたばかりのお出掛け着に付いた土を、優しくはたきながら尋ねた。あーあ。お気に入りのリボンも汚れてしまった。ヒナが見たらさぞ悲しむだろう。早いところ屋敷へ行って、ブラシをかけなければ。

「ごめんなさい」と、しゅんとするヒナ。

「いいえ、ヒナは悪くありません。だいたい、いつまでもこんな場所に足止めさせておく方が悪いんです」ダンはチャンスとばかりに、ブルーノとカイルを責め立てた。とにかく、ヒナが何かすれば面倒が起ることは分かったはずだ。世話をする者の一人や二人、この仰々しい門の内側へ入れるくらいなんてことないと、彼らが思ってくれれば幸いだ。

「そっちがうだうだ言うからだろう?」カイルが顎を突き出し、好戦的な構えを見せた。

「お願いをしていただけです」ダンは居丈高に返した。

「ヒナからもお願い」ヒナはシモンから伝授された、おねだり専用の猫撫で声を出した。唇をきゅっとすぼめ、上目遣いでブルーノを見る。

決まりごとにうるさいブルーノは首を横に振った。

ヒナは下唇を突き出し、なおもねだった。

「ヒ、ヒナッ!!」ダンが突如叫んだ。

ヒナは驚いて飛び上がり、ダンの背後にいたカイルも飛び上がった。ブルーノは煩わしげに片眉を上げただけだ。

「膝から血が出ていますよ。ああ、どうしよう。旦那様に殺される」ダンは狼狽え、すぐさまヒナの足元に跪いた。横倒しになったはずなのに、どうして膝なんか擦りむいたんだろう?ふーふーと息を吹きかけ、砂を飛ばそうとするが、どうにもうまくいかない。「と、とにかく早く、屋敷へ。洗って消毒して軟膏を塗って、えーっと、それから――」

「消毒嫌い」ヒナはブルーノに助けを求めた。

ブルーノはヒナに諦めを促した。溜息を吐き、苦渋の決断でもするかのように――実際そうなのだが――苦りきった顔で弟に命じた。「カイル、荷物を積み替えてミスター・ダンと一緒に戻ってこい。俺はカナデ様を後ろに乗せて先に屋敷に戻る」

ダンは抗議の声をあげそうになったが、賢明にも寸前で思い直した。一時ヒナから目を離すことにはなるが、ひとまず門の内側には入れることになった。あとは追い出されないようにすればいいだけ。

ダンには追い出されないだけの自信があった。

だって、ヒナは事あるごとに面倒を起こす達人なのだ。彼らに世話なんかできるはずがない。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 5 [ヒナ田舎へ行く]

ブルーノは自転車の荷台にクッション代わりの膝掛けを折り畳んで置くと、好奇心で目をぎらぎらさせているカナデにそこに座るように言った。

カナデはダンの手を借りて荷台にちょこんと腰掛けた。

「わたくしの腰の辺りをしっかりと掴んでおいて下さい」ブルーノは言って、自転車に跨がった。

苦労知らずの華奢な手がブルーノのわき腹を鷲掴みにした。ブルーノはくすぐったさに身を捩らせたが、何とか噴き出さずに済んだ。特段敏感な方ではないが、そうそう触られ慣れていない場所でもある。

「では出発します」恭しく言う。

「はぁ~い」嬉しそうな声が返ってきた。

ブルーノはふと思った。コヒナタカナデは何者なのだろうかと。

ラドフォード伯爵の代理人によれば、カナデは伯爵となんらかのゆかりのある人物の御子息だという。家庭の事情で、しばらくウェストクロウのラドフォード館に身を寄せるらしいが、行動ひとつひとつに条件が付されている。ブルーノはまだその書類すべてに目を通していないので、これからどのようにカナデに接していけばいいのか分からないままだが、条件のひとつがすでに破られた事は確かだ。

もちろん、ミスター・ダンはすぐにでも追い出すつもりだ。

「名前、なんていうの?」

背中に質問が浴びせられた。いつの間にかカナデは背中に頬を寄せていたようだ。わき腹を掴んでいた手は、いまはお腹の辺りを掴んでいる。

「ブルーノと言います。カナデ様」

「ブルーノ……?だから目は青いの?あ、それからヒナはカナデサマじゃなくて、ヒナです」

「わたくしの目は青いですか?ヒナ様」時折、濃い青色だと表現される灰色の瞳を持つブルーノだが、初対面でそれを指摘されたのは初めてだった。

『おひなさまみたい』

「いま、なんと仰ったのですか?」初めて聞く言葉にブルーノは戸惑った。まるで何かの呪文のようだ。

「ダンはちゃんとついてくる?もうダメって言わない?」

ブルーノの質問はさらりと流され、新たな質問を投げかけられた。しかもかなり答え難い質問だ。

仕方がないので背筋を伸ばし、自転車をこぐのに必死な振りをした。先ほど横倒しになったせいか、車輪のどこかがカタカタといびつな音を立てている。

「あーあ、ヒナ、ダンがいないとなんにも出来ないなぁ~。髪もぐちゃぐちゃになっちゃうしなぁ」

かなり訛りがキツく、ブルーノはほとんど想像で語意をくみ取るしかなかった。

「そうですか」ブルーノは曖昧に返事をした。この子は本当に何もできないのだろう。

風の音に紛れ、ヒナの溜息が聞こえた。

「どうかされましたか?」ブルーノは気遣わしげに訊ねた。

「なんでもない。ヒナはただジュスに会いたいだけ」

ジュス?初めて聞く名だ。何を意味するものだろうか。

ブルーノは返す言葉が見つからず、そこから屋敷までの道のりをただ黙々とペダルを回し続けた。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 6 [ヒナ田舎へ行く]

スペンサーはまだ居間にいた。

ブルーノが部屋を飛び出してから、足を組み替えた他、身じろぎひとつしていない。

少しうとうとしていたのだ。客はもうやってこないのだから、午後のひと時をのんびり過ごしたとて文句を言うものは誰もいない。そう思ったスペンサーが迂闊だったといえばそれまでなのだが、残念ながら客人はおまけ付きで到着する事となった。

「スペンサー!!」

玄関扉が開き、盛大に呼ばわる声が聞こえた。

やれやれ、問題発生か。

スペンサーは伸びをしながらゆっくりと立ち上がり、快適な椅子を名残惜しげに一瞥すると、厄介事を片づけるため玄関広間へと足を向けた。

調理場担当のブルーノの手が塞がっていては、いつまでたっても茶のひとつにもありつけやしない。

半円形に形作られた玄関広間には、弟と見知らぬ子供が立っていた。弟はここを出た時と同じ黒の上下に身を包み、見知らぬ子供――おそらくは十二,三歳か――茶色っぽいツイードの上下に編上げブーツ、帽子はかぶっておらず、長い髪を青いリボンでひとつに束ねている。

誰だ?

「ブルーノ、そちらは――」

「はじめまして。ヒナです」子供はぺこんとこうべを垂れた。

「コヒナタカナデ様です」ブルーノは端的に述べた。特に重要な部分だけを。横で、子供が「ヒナだよ」と囁く。

スペンサーはにわかには信じがたいという顏で、本日到着予定の客を見おろした。ブルーノとの身長差は三〇センチくらいか。まるでほうきとちりとりのようだ。

「ようこそいらっしゃいました。えーっと、ヒナ様?」早速仕事モードに切り替えた。

「ヒナだよ」子供はまた言った。

「スペンサー、詳しい話は後でするが、とにかくヒナさ――ヒナの傷の手当てを」ブルーノはしつこく指摘される前に、言い直した。

「傷だと?怪我をしたのか?まさかっ!カイルのやつが――あ、いや、迎えの者が粗相を?」

「こけたの」ヒナは膝を指差した。「でも消毒はいらないと思う――思います」鹿爪らしく言う。

「ちょっと擦りむいただけだが、ヒナの連れがひどく蒼ざめて。まあ、とりあえずきれいな水と消毒と軟膏を持って来てくれ」

弟に命令されムッとするほど狭量なスペンサーではないが、客の前で顎で使われるのはあまりいい気がしない。何はともあれ、世話係の言うことに逆らう気はないが。

自分にその役目が回ってきたら、ことだ。

「では、ヒナ様を居間へお連れしておいてくれ」スペンサーは背中に「ヒナだよ」の言葉を聞きながら、玄関広間をあとにした。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 7 [ヒナ田舎へ行く]

歓迎しないはずだった客。

コヒナタカナデこと、ヒナ。

すっかり居間に腰を落ち着け、ブルーノが特別に淹れた紅茶をじっと眺めている。スペンサーにとっては予定通りのアフタヌーンティー。ヒナにせがまれ、同席しているのだが、ブルーノは手にカップを持ってはいるが、やはり窓辺に立ったまま前庭に目を凝らしている。

「毒は入っていませんよ」スペンサーは冗談混じりに言った。

大きすぎるソファに包まれるようにして座るヒナは、スペンサーの言葉を聞いていたのかいないのか、どこからともなく取りだしたチョコレートを口の中で転がしながら、しぶしぶといった態でスペンサーとブルーノに差し出した。

分けたくないのなら一人でどうぞと言いたいのをこらえ、スペンサーは軽く腰を上げ手を伸ばして丁重に受け取った。

「エディがくれたの」ヒナは得意げににっこりした。

「お友達ですか?」スペンサーは言い、受け取ったチョコレートを口に運んだ。

う、美味いっ!!なんだこれは?

ヒナはゆるい頭をなんとか回転させているようで、しばらくしてようやく答えた。

「ランフォードこうしゃく?アンディとはいとこなんだって。ヒナとパーシーみたいでしょ?あ、でもパーシーはおおおじって言ってた」

いったい何を言っているのかさっぱり。だが、すでに口の中で無くなりかけているチョコレートは愛らしいまでに濃厚で、明々白々、一級品だ。

一方のブルーノは、チョコレートを指先でつまんだまま、しばらく見分していたが、ヒナの意味不明な言葉に何か閃いたようだ。「もしかしてエドワード・スタンレー伯爵ですか?もちろん、いまはランフォード公爵ですが」そう言って、出自のあきらかになったチョコレートを口にポンッと放り込んだ。

「そうそう」と同意の言葉を口にすると、ヒナはカップを手にして紅茶を啜った。異国の子供らしく、下品な音とともに。

スペンサーはぎょっとして青い瞳をヒナに向けた。

ヒナは今、軽くとんでもないことを口にしなかったか?

公爵と友達だと?

ではパーシーの正体は?

「ねえ、ブルゥ。ダンはまだ?」

ブルゥ?

スペンサーはまさかなと、ブルーノと顔を見合わせた。ブルーノもまさかなという顏をしている。

「ダンというのは?」いったい誰だ?とブルーノに問いかけた。

「ヒナの近侍です。カイルと一緒に来ることになっています。荷物と一緒に」ブルーノはぬけぬけと言った。

「おい、弟よ。ちょっといいか」スペンサーはブルーノに目を据えたまま、廊下に向かって顎をしゃくると、肘掛けを力いっぱい握りながら立ち上がった。威厳をもってきびきびと部屋を出ると、のろのろとついて出て来たブルーノに指を突きつけた。

ブルーノは降参だといわんばかりに両手を軽く上げた。「あとで説明すると言っただろう」

「言ったが、そのあととやらはいったいいつのことだ?」

「今だ」

「ほう?では今、説明をしろ。コヒナタカナデ以外、敷地内に立ち入らせてはいけないと言う主人の命を忘れたか?」

「ヒナが怪我をしたと近侍が騒ぎ立てたから、ひとまずそうしたまでだ。荷物を運ばせたら、すぐにでも追い出すつもりだ。それなら文句ないだろう?どうせ伯爵本人が目を光らせているわけでもあるまいし」

事の重大さがわかっていないブルーノは不遜な態度で兄をわずかに見下ろした。

忌々しいっ!

ほんの数センチの差が、兄としての威厳を確実に損ねている。だが、このままブルーノの好きにさせるわけにはいかない。ここでの最終決定権はこの俺にあるのだから。

とにかく、歓迎されない客が到着し次第、一刻の猶予もなく門の外へと追い立ててやる。

スペンサーは再び玄関へ向かった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 8 [ヒナ田舎へ行く]

一足遅かった。

ダンはすでに玄関広間にいて、ぐるりと首を巡らせ、装飾や調度品を値踏みしていた。

捨て置かれている屋敷にしては、まあまあ。というのがダンの感想。

といっても基準は、公爵の次男の住まうバーンズ邸や贅の限りを尽くしたスティーニー館なのだけれども。

「スペンサー!そう急ぐこともないだろう?」

「中に入り込まれたら、追い出すのが面倒だろう?」

ほとんど怒鳴るようにして現れた二人を目にして、ダンは居ずまいを正すと、厳めしい顔つきで、ヒナの居所を訪ねた。ここで下手にへらへらしては、『こんな男追い出すのは造作もない』と思われ兼ねない。一人は先ほど頑なに自分を拒絶していたブルーノだ。もう一人は、おそらくここを取り仕切る長男のスペンサー・ロスとみた。弟のブルーノよりも濃い金髪に鮮やかな青い瞳。頑固そうな顎はブルーノよりも末の弟カイルによく似ている。

「誰が勝手に入れと言った?」

手厳しい一撃だ。だがすでに何度も拒絶されているので、痛くもかゆくもない。

「あいにく、玄関の扉が開け放たれておりました」すまし顔で言う。「お坊ちゃまはどこですか?そろそろお腹が空いたと騒ぎ立てる頃ですので、ジャムクッキーかチョコレートか、とびきり甘いものを用意願います」

「チョコレートなら、わたくしたちも頂きました」ブルーノが言うと、スペンサーが苦い顔をした。

「ああ、公爵のチョコレートですね」したり顔で言う。ヒナがどこの誰だか知らなかったとしても、公爵と親しくしていると聞けば接し方も変わるというもの。

「公爵のチョコだか何だか知らないが、とにかく、いますぐ回れ右してここから出て行ってくれ。ごちゃごちゃ言うようなら、二人揃って追い出してもいいんだぞ」スペンサーがいきり立つ。

あーあ。ヒナが伯爵の孫だと明かせたらどんなにいいか。そうしたら、僕に対する態度だって改善されるだろうに。

「あ、そうだ。皆さんにもお持ちしているんですよ。チョコレート」そう言った瞬間、スペンサーの表情が和らぐのをダンは見逃さなかった。「ひと箱ずつ」と付け加えると、もうこっちのもの。

「おい、さぼってないで荷物運べよ。ったく。客でもないくせに」両手に荷物を抱えたカイルが、よろよろと玄関に現れ、ダンに噛みついた。

「ああ、そうですね」カイルから鞄をひったくると、ダンは適当な方向に動き出しながら言った。「お坊ちゃまの部屋はどこですか?」

こうやって、内部まで侵入してしまえば、追い出すに追い出せなくなる。こういうずうずうしいやり口はウェインに教わった。

「そっちではない」

ほらね。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 9 [ヒナ田舎へ行く]

ヒナに用意された部屋は、掃除は行き届いているが湿っぽく――おそらく日当たりが悪いせいだろう――、なんとなく気を滅入らせるような雰囲気を漂わせていた。クリーム色の壁紙はただ黄ばんでいるようにも見えなくもないし、くすんだ緑色のカーテンは擦り切れている。

合格点を出せるのはベッドのシーツが真新しく清潔なことだけだった。

ダンは速やかに見張り役のブルーノに部屋の移動を申し入れた。

「この部屋に何の不満が?」ブルーノは気分を害したようだ。

「率直に言って、ヒナはこの部屋を気に入らないと思います」それどころか、こんな陰気な部屋に居ては、めそめそスイッチが入りかねない。

「だが、他に適当な部屋がない」

よくもぬけぬけと!

「この屋敷はさほど大きくありませんが、大小合わせて三十七部屋あると聞いています。ああ、もちろん、客間として使用できるのは十数部屋でしょうが、客にこのような部屋しか提供できないとは、あなたがたの使用人としての能力を疑わなければなりませんね」ダンは言いながらブルーノに詰め寄った。長身の彼に詰め寄ったところで足元に纏わりつく子犬のようでしかないが、それでもヒナに比べればそこそこ威厳は保たれているだろう。

自分の仕事ぶりにけちをつけられたブルーノが、怒りに顔を紅潮させた。灰色の瞳がほとんど黒っぽく変色している。

なんと不思議な!

ダンは思わずその瞳に魅せられた。明るい場所では青みが強く、怒ると黒くなる。僕の平凡な茶色の目とは大違いだ。

「そういう自分はどうなんだ?完璧な使用人だとでも?」

「いいえ、まさか!」そう言ってしまってから、元役者志望のダンはしまったと顔をしかめた。ここでは偉そうな使用人を演じることにしていたのに。こほんと咳払いをして言葉を補う。「完璧かどうかを判断するのは僕ではありません。お坊ちゃまであり、旦那様です」

なかなかうまいこと言えたと、ダンは心持ち得意になった。

「こちらに完璧さを求めるなら、ミスター・ダン。今すぐあなたを追い出さなければなりません」

くそっ。そうきたか。でも、負けていられない。

「こちらとしてもここを出るわけにはいきません。僕の仕事はお坊ちゃまの手となり足となり耳となること。ここで快適に過ごせるように配慮しなければなりません」ダンは胸を張り、ほんのわずか踵を浮かせた。

ブルーノは背筋を伸ばし、ダンの足元に冷やかな視線を向けた。「ご心配には及びません。こちらで万事うまくやります」

「いやいや。あんな子供の一人くらいとなめてもらっちゃ困ります。ああ見えてかなり扱いにくいんですから」ダンは部屋の入口に移動し、旅行鞄を抱えて廊下に出た。どこでもいい、ここではない部屋へ移動だ。南側へ行けば、それなりにいい部屋に出会えるだろう。

「田舎者だと見くびっているようですが――」ブルーノが残りの鞄を抱えて付いてくる。「そちらは使用人の棟です。客室はそこを右」

ダンはにやにやしながら、右に折れた。

つづく


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