はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

花嫁の秘密 421 [花嫁の秘密]

甘い香りで目が覚めた。

まるでいつもの朝と同じような――こんがりと焼けたトーストにバターがじわりと溶けていく様子や、それにかぶりつくセシルとやけに苦いコーヒーに文句を言うエリック。僕はココアを手にまた騒々しい一日が始まったと素知らぬふりで新聞に目を落とす。

サミーはまばたきをして、香りを辿った。いつもと同じではないことは、目を開ける前から分かっている。キャノン処方の怪しげな薬を飲んだあとは、父の葬儀の時の話をして、それからまた薬を飲んだ。そのおかげか頭痛も治まりぐっすり眠れた。気を失うのとは違う、ちゃんとした睡眠。

身体を起こして枕に背を預ける。誰かいると思ったら、ブラックか。テーブルに食べ損ねた朝食が置いてある。いや、昼食の支度をしてくれているのかもしれない。

「着替えを出してくれ。下で食べる」食欲があればだけど、病気でもないのにベッドで過ごすなんて馬鹿げている。

「今度は俺を従者にするか?」そう言って振り向いたのは、ここにいるはずのないエリックだった。

なぜというのは愚問だろう。ブラックが報告したに違いない。

「カーテンを開けてくれるか?」薄暗いせいで、まったく似ていない二人を見間違えてしまった。それもこれも、エリックがトレードマークの髪を切ったからだ。

「気分はどうだ?」エリックは無表情を装っていたが、奥歯を強く噛み締めているせいで顎がこわばっている。だからか、カーテンを開けてくれという僕の言葉を無視し、椅子を引き寄せベッドわきに座った。

「キャノンのおかげでそう悪くはないよ」サミーは淡々と答えた。軽い口調で返そうとしたが、さすがに何でもないことのようには振る舞えなかった。ブラック相手ならどうにか取り繕えただろう。

「いったいなにがあった」エリックが静かに切り出した。

声に怒りが滲んでいるのは、なにがあったのかもう知っているからでは?そして、その怒りは僕に向いている。

「なにって……ただ、突然やってきて――」どう言えばいい?最初からすべて?僕がクリスのベッドで寝ていたところから?そんなこと言えるはずない。「君はいつここへ?」

僕はどのくらい眠っていた?感覚としてはキャノンが帰ってほんの数時間しか経っていないように思うが、丸一日眠っていた可能性もある。

「少し前に。ちなみに昼食はまだだ。いや、セシルのせいで朝食も食べ損ねたから、昨日の夜からほとんどなにも口にしていないな」

ということは、時間の目測は合っていたようだ。ブラックはすぐさまエリックに報告し、エリックはすぐさまここへ駆けつけた。喜ぶべきか悲しむべきか腹を立てるべきか。「それで君はそんなにひどい顔をしているのか」目の端に捉えたエリックの顔はやつれて見えた。

「お前に言われたくないね。それで、話す気はあるのか?」

エリックは僕に選択肢を与えてはくれない。知りたいことを聞き出すまで絶対に引き下がらないだろう。自業自得はいえ、ブラックの忠誠心をどう判断すべきか迷うところだ。「細かくなにをされたか聞きたいか?それとも――」

エリックはサミーを制した。「サミー、俺はお前にマーカス・ウェストのことを頼まれた。あいつの目的がなんであれ、守ると約束した」

「いや、そんな約束はしていない」馬鹿みたいに怯えていたけど、守って欲しいとかそういうことではなかったはずだ。ただ突如現れたマーカスが不気味すぎて……結局、助けを求めた時点で守って欲しいと言ったようなものか。

けど、この部屋では話したくない。生々しい記憶が断片的にそれでいてはっきりと脳裏に浮かぶ。サミーはベッドの向こうのテーブルに目を向けた。大きめのマグカップにはきっとココアが入っている。温め直されたクロワッサンは、いまはとてもじゃないけど口にできない。

「顔を洗いたい。支度をしたらすぐに降りるから、居間で待っていてくれ」サミーはエリックの顔も見ずに言った。このあと明るい場所で嫌でも顔を突き合わせないといけないと思うと気が滅入る。

「わかった」エリックは立ち上がり言った。「ああ、そうだ。セシルも一緒に来ている。聞かせたくないなら書斎で待っているが、どうする?」

サミーは思わず天を仰いだ。今度は天井の模様がはっきりと見えた。ひとまず意識ははっきりしているらしい。

「セシルが聞きたくないと言えば場所を移すことにするよ」聞きたい内容ではなくても、知りたがりのセシルをのけ者にはできない。判断は彼に任せる。

「それと――」出て行こうとするエリックが、つと足を止めた。

「まだあるのか?」こんな状況だっていうのに、僕をゆっくり休ませる気はないのか?

「ブラックを借りている。しばらくはグラントを使え」エリックはそう言い捨てて、部屋を出て行った。

つづく


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花嫁の秘密 420 [花嫁の秘密]

「それで、なんでお前まで一緒に来るんだ?」

セシルは悠々と座席に腰を落ち着け、列車が動き出すのを待った。兄の嫌味には耳を貸すものか。いや、やっぱりひと言言わないと気が済まない。

「なんで?リックこそ、なんで僕を置いて行こうとしたの?」荷物らしい荷物も用意できずに駅に駆けつけ、朝食さえ食べ損ねたのに、これが怒らずにいられるか。たまたま、ほんの偶然、リックが急遽フェルリッジへ行くという話をプラットから聞かなければ、今頃何も知らずにのほほんと朝食を食べていただろう。

エリックは言い返そうと口を開きかけたが、お腹が空いて不機嫌な弟ほど厄介なものはないと嫌というほど知っているので、黙ってサンドイッチの入った紙袋をセシルに差し出した。

セシルは鼻から大きく息を吐き出しひと息吐くと、紙袋をガサガサ言わせながらサンドイッチを取り出した。スモークチキンと卵のサンドイッチだ。すごく美味しそう

ひとまず腹ごしらえをしてから、いったい何がどうなっているのか質問攻めにすることにした。朝帰りのリックがベッドに入らず列車に飛び乗るほどの何かが起こったのは明らかだけど、もしもサミーに何かあったのだとしたらこんなに冷静でいられるだろうか。

ずっと険しい顔をしているのは、僕が想像もつかないような計画を立てているからだろうけど、大抵は首を突っ込まない方がいいようなことだ。

セシルは紙袋を潰して横に置くと、ポケットからハンカチを取り出して口元を拭った。「サミーに呼ばれたの?」お腹が膨れたらあとは好奇心を満たすだけ。けど何よりサミーの事が心配だ。

「あいつが俺を呼ぶと思うか?」エリックは不機嫌そうにセシルを睨みつけた。疲れているのか寝不足か、目の下にクマができている。

「呼ばないかもしれないけど、行く理由があるんでしょ?いったい何があったの?」セシルは食い下がった。夜中だったらきっと置いて行かれていた。

「俺も詳しいことはわからない」エリックは力なく座席にもたれかかり、目を閉じた。考えをまとめようとしているのがセシルにもわかった。ポケットに突っ込んだ手には何が握られているのだろう。懐中時計か拳銃か。

「サミーは、無事なの?」セシルはおそるおそる尋ねた。答えを聞くのが怖かった。

「ああ、いちおうはな。キャノンが様子を見てくれているから心配はいらない」

「キャノン?」って誰?サミーと一緒に行ったのは、確かブラックっていう名前だったような。

「医者だ」エリックはこれ以上話しかけるなとばかりに、顔を背けた。目はずっと閉じたままだ。

「そう……」セシルはそれきり黙った。食堂車に行ってお茶でも飲んでこようか。チョコレートはなくてもビスケットくらいならあるかもしれない。僕も少し考えごとをしたい気分だ。それには甘いものが不可欠だ。

つづく


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花嫁の秘密 419 [花嫁の秘密]

朝、街灯の明かりがまだ残っている時間。

ミロード夫人の夜会から帰宅したエリックは、玄関前にクレインが立っているのを見て顔をしかめた。周囲に誰もいないとはいえ、こんなふうに待ち伏せされたことはない。それに昨日の夜――いやほんの数時間前、次の仕事の打ち合わせをしたばかりだ。アクストン通りの俺の部屋で休むと言っていたが、まさかタナーに入れてもらえなかったか?

「何の用だ?お願いだから面倒が起きたと言わないでくれよ」煙草の煙で目が痛いし、いまはとにかくベッドに入って休みたい。

「面倒だけならいいがな」クレインが神妙な面持ちで階段下まで降りてきた。顔を寄せ、声を潜める。「タナーから伝言だ。お前のサミーが襲われた。向こうでブラックが電話を待ってる」

なんの冗談だと言い返す前に走り出していた。頭の中にクレインの言葉がこだましている。襲われた?いったい誰に?無事なのか?怪我の程度は?訊きたいことは山のようにあるが、まずはブラックの報告を受けてからだ。もしかするとクレインが大袈裟に言っただけで、たいしたことではないのかもしれない。

そう考えながらも、そんなはずはないとわかっていた。ブラックは何もないのに連絡してきたりはしない。

細い路地を出るとドアの前に目を眠そうに擦るチャーチが見えた。タナーが面倒を見ている使用人見習いだ。

チャーチはエリックの姿を認めると、中に向かって何か叫びドアを全開にして待った。その動きだけで深刻な状況なのは間違いないと確認できた。エリックの胃がキリキリと痛みだす。不安に押し潰されそうになりながら玄関の奥へと進み、通信室へ入った。タナーがそう呼んでいるだけで、ただ書類や手紙が保管されている部屋に過ぎない。

「ブラックにつながっています」タナーが受話器を差し出す。エリックが受け取ると、タナーは部屋を出てドアを閉めた。

「サミーは無事か?」エリックは前置きもなしに尋ねた。まずは生死を確かめないことにはどうにもならない。

一生分ほどの間があり返事があった。『無事です。ですが――』

エリックはブラックの言葉を黙って聞いていた。ブラックはいったい何を言っている?まるで頭を酒瓶で殴られたかのようにガンガンと痛み、目の前が闇で覆われていく。

『――すぐに追いますか?」

ブラックの問いかけにエリックは瞬いた。闇に取り込まれている場合ではない。

「ユースタスが近くにいる、合流させるからそれまで待て。俺もすぐにそっちへ行く」エリックは受話器を戻した。これ以上はブラックを責めずに話していられなかったからだ。それにいまは一分一秒が惜しくてたまらない。

「タナー、フェルリッジへ行く。手配してくれ」それだけ言えば、事足りる。俺は出発までに用を済ませて駅へ行けばいい。

あの男の次の行き先の見当はついているが、いっそ事務所を潰しておくか。サミーの前に姿を見せた時から気に食わなかった。サミーが奴に会わない選択をしたのは当然と言えば当然で、おそらくそれが奴は気に入らなかったのだろう。

部屋を出ると、壁に寄りかかるようにしてクレインが立っていた。

「俺がすべきことがあるなら言ってくれ。何もないなら上で寝る」クレインはわざとらしくあくびをし、エリックの返事を待った。

「では、ひとつ頼まれてくれ」エリックは躊躇いなく言った。何もなければ放っておくつもりだったが、こうなってしまってはもう何をしても許すつもりはない。

マーカス・ウェストからすべてを奪う。

つづく


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花嫁の秘密 418 [花嫁の秘密]

ブラックはキャノンに主人を託し、グラントに屋敷の内外をもう一度詳しく調べるように言って屋敷を出た。グラントは言われるまでもなくそうするつもりだったようで、庭を管理しているモリスに馬車が待機していた場所を調べさせていると言っていた。調べたところで行き先がわかるわけでもないが、いつからそこにいたのか、いつ去ったのかくらいはわかるだろう。

事を荒立てず、いま出来得る限りのことをする。お互い名誉挽回のために必死だ。

まずひとつ、到着が遅れたことは言い訳にならない。そばにいれば守るのは簡単なことだった。そして屋敷を任されているグラントが戸締りを確認しておけば、見回りをしておけば、侵入者などやすやすと追い払えた。

ブラックの最大の失態は、新しい主人を信じていなかったこと。部屋に足を踏み入れた瞬間、主人の無事を確認するどころか前の主人に対して不義理を働いたと決めつけ腹を立てた。

こんなことでは従者など務まらない。

外はまだ暗いが、雨が止んだだけましだ。おかげで村の郵便局までほんの一〇分ほど馬を走らせるだけですんだ。グラントが一番いい馬を用意してくれたようだが、留守の侯爵が後で何も言わなきゃいいが。

ひとつ目の難関、電話を怖がるタナーが素直に出てくれて助かった。エリック様に知らせて折り返してくるまでそう時間はかからないだろう。

ブラックは古びたスツールの腰かけ、電話が鳴るのを待った。郵便局とその隣の雑貨屋を営むジョージ・オペルがマグにたっぷりの紅茶を持ってきてくれた。そこでようやく手はかじかみ、身体は芯まで冷えていることに気づいた。

砂糖をどのくらい入れたのか、やけに甘い紅茶を啜りながらどう説明すればいいのか考える。襲ったのはマーカス・ウェストだと決めつけていたが、サミュエル様が明確にそう口にしたわけではない。俺に向かって、マーカスと呼びかけただけで。

グラントの話から推測するに、侵入者は屋敷の中をよく知っている者で間違いない。主寝室に酒瓶とグラスが放置してあったことから、狙われたのは侯爵夫人だったとグラントは思っているようだが、侵入しようとする者なら不在だと知らないはずない。

となるとやはり侵入者はマーカス・ウェストで間違いないと確信しつつも、このことを伝えた後のエリック様の事を思うと落ち着かない。もしかして、伝えるべきではないのか?

だがもう遅い。タナーに電話した時点で、事は想像以上に大きくなっているに違いない。これほど緊急を要した連絡の取り方をしたことがないのだから、せめてこちらがまともに話し終えるまで冷静でいてくれたらいいが、おそらくそれはあまりに現実的ではないだろう。

情けないことだが、とにかく指示が欲しい。

つづく


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花嫁の秘密 417 [花嫁の秘密]

「まったく、毎度この俺をベッドから引きずり出すのはお前くらいなもんだぞ。こんなに朝早くいったいどうした?ん?」

目が覚めたら清潔なベッドの上で、きちんと枕に頭を乗せていた。目の前には熊みたいな風貌の男。ぼさぼさの頭に無精髭。ひと目で寝起きだとわかる。

「少しは、静かにできないのか?キャノン」サミーは腕を持ち上げ頭の上に置いた。吐き気は収まっているが頭痛がする。

「やれやれ、呼びつけておいて何て言い草だ。ほら、よく顔を見せてみろ」キャノンはサミーの腕を掴んで身体の横に戻した。「何か飲んだか?例えば酒とか」

「酒?いや、ああ……ああ、飲んだな。よくわからないが、何か飲まされた」

「あの男に?」

サミーはキャノンを見上げた。何もかも知っているような口ぶりだ。自分でも何が何だかよくわからないのに。

「少しぼんやりするだけだと言った。けど、めまいがして気分が悪くなって――ブラックはどこだ?」
とにかく、ブラックが後始末をしてくれたことだけはわかった。毛先が湿っていて石鹸の香りがするのは、そういうことなのだろう。

「お前の従者か?あいつなら下でグラントと話をしていたぞ。呼ぶか?」

「いや、いい」きっとすべきことをしているのだろう。いま呼んだところでうまく指示を出せるとも思えない。天井の細かな細工を見つめ、ぼんやりとした頭で考える。ひとつだけ、エリックにこのことを言うなと言っておかないと面倒なことになる。

「少し身体を起こせるか?」キャノンは言いながら身体の下に腕を差し入れた。引き上げて枕を背に座らせるとグラスを手に持たせた。「これで少しは気分がよくなる」

「僕が何を飲んだのかわかっているのか?」サミーはグラスを覗き込んだ。薬草でも煮出したのか、茶色い液体はひどく苦そうだ。

「おおよそはな。だからそれを飲んで今日一日はベッドにいるんだな」

「この薬はなんだ?」聞いたところでわかりはしないだろうけど。

「ただの吐き気止めだ」キャノンは椅子を引き寄せ座った。サミーの顔を見て、さっさと飲めと顎をしゃくる。

「これを飲んだら吐きそうだ。効くのか?」そう尋ねながらひと息に飲み干した。マーカスに飲まされた何かより、むかむかする。

「まあ、少しはよくなるんじゃないかな。他にどこか痛むところはあるか?」

まったく。相変わらず適当だな。「そういうのは、無理やり身体を引っ張り上げる前に言って欲しいね。あちこち痛むけど、ひどいことをされたわけじゃないから平気だ」どちらにしても半分は覚えていないし、大袈裟に騒ぎ立てたくない。

「こんな目に遭わされて、よくそんなことが言えるな。それで、あいつは何しにここへ来たんだ?」キャノンは呆れたように言って、空になったグラスを取り上げた。

「昔の事をあれこれ言っていたけど、結局何をしに来たのかよくわからない」もしかするとぼんやりしている間に、重要なことを口にしたかもしれない。けど、それが何であれ二度と会いたくはない。

サミーは身体をずらして、また横になった。確かに吐き気に悩まされなければ、ゆっくり寝て回復はできる。キャノンの様子から、たいしたものを飲まされたわけではなさそうだ。ただあれがどういったときに使われるものなのかは、十分理解できた。

「二度と村には入らせないようにしておく」キャノンが真顔で言う。普段はあまり見せない顔だ。

「村の獣医にそんなことができるとは思えないね」憎まれ口を叩きながら、キャノンに確かめておきたいことがあったのを思い出した。そのために戻ってきたというのに、マーカスのせいで危うく忘れてしまうところだった。

つづく


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花嫁の秘密 416 [花嫁の秘密]

ブラックが部屋を出た時と変わらず、そこにサミーはいた。ベッドの上で動かなくなった主人を見てブラックの鼓動が早くなる。

マーカス・ウェストがここへ来ていたとして、いったい何をしたらこうなる?もちろん、何をしていたのかは想像せずとも明らかだ。そこに合意があったのかなかったのか、いまの段階では何とも言えないが、予期しない何かが起こったと思うのが自然だ。

ブラックは新しいシーツをサミーの横に広げた。自らを守ろうとするかのように背を丸めるサミーから上掛けをはがし、身体を隅々まで改めた。目立った何かがあるわけではないが、左肩の辺りが赤くなっている。強く掴まれたか何かしたのかもしれない。

シーツの上に移し身体を覆う。隣の部屋をのぞくと、ちょうど支度が整ったところだった。

「一人は部屋の外で待っていてくれ。一人はグラントにサミュエル様のベッドを整えるように言ってくれ」下僕二人が部屋から出ていくのを目の端で見ながら、ブラックはサミーのところへ戻った。医者が来るまでに少しでもマシな状態にしておきたい。

抱き上げて部屋を横切る。お前は従僕にしては背が高過ぎだと言われたが、この体躯のおかげで男一人やすやすと抱えることができる。浴槽から引き出すのはもう一人の手を借りる必要がありそうだが、目覚めてくれればその手間も省ける。

ゆっくりと湯船に沈め、顔を濡らしたタオルで優しく撫でるように拭く。まさかこんなふうに世話をするとは、契約を交わしたときは思いもしなかった。

「ブラックさん、いいですか?」隣の部屋からグラントが呼ばわった。声に緊張が見られる。

「何か見つけましたか?」ブラックは尋ねた。

「旦那様の寝室に侵入した形跡がありました。サンルームの窓の鍵がうまくはまっていなかったので侵入はそこからかと。それと、ブラックさんの言うように裏手に車輪の跡が――」

車輪の跡、ということはマーカス・ウェストは馬車で来たのか。堂々としたものだ。待機させておいて用が済んだらさっさと去る。さすが手慣れているな。この男の事は正直よくは知らないが、ちょっとした噂は耳にしている。

パトロンを見つけてその屋敷に潜り込む。コンサルタントと自称しているが実際は何をしているのやら。

「雨が止んでくれて助かった。おかげで足跡が辿れる」エリック様はきっと追えと言う。ただ、いますぐは無理だ。サミュエル様をドクター・キャノンに引き渡すまでは。

「すぐに追わせますか?」

バサバサとシーツを取り換えている音がする。当然と言えば当然だが、グラントは思うことがあっても、その疑問を口にはしなかった。

「いや、それはこっちでやる」絶対に逃がしたくはないから、任せてはおけない。それに追うならしっかりと準備を整えてからだ。

そのためには、まずはエリック様に報告をしなければ。

つづく


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花嫁の秘密 415 [花嫁の秘密]

ブラックは絨毯に転がるグラスを拾いながら、従者の役目はいったい何だっただろうかと考えた。

誰がどんな役目を担おうとも、俺の役目は主人――サミュエル・リードを守ること以外にない。調べものなんかはただの雑務だ。命じられたとしても優先すべきことではない。

ロンドンでの調べ物は他の者に任せて、この人と一緒の列車に乗るべきだった。そうしなかった結果がこれだ。

ブラックはサミーの手首に触れ脈を取った。静かにゆっくりと脈打っていて、そのうち止まってしまいそうなほど弱弱しかった。嘔吐しているが吐き出すものはなかったようで、喉を詰まらせる心配はなさそうだ。

ここでぐずぐずしていては取り返しのつかないことになりかねない。ブラックはこれからすべきことを頭の中で整理しつつ、部屋を飛び出した。愚かにも危うく判断を間違えるところだった。

グラントを談話室で見つけると、さっそくいくつか指示を出した。これまで指示されることはあってもしたことはなかったが、そう難しいことではなかった。

「下僕を二人借りていいか?バスタブを運びたい。それと湯をたっぷり用意するように言ってくれ」

「ええ、もちろん。サミュエル様はこんな朝早くに入浴を?」急なことにもグラントは冷静に応じた。

「ああ」グラントにどこまで言うべきか迷ったが、ほとんど隠さず言うしかない。「誰か、ドクター・キャノンを呼びにやってくれ。急ぎだ」

「ミスター・キャノンは獣医ですよ」グラントが驚いた様子で言う。

「獣医でもあの方の主治医だろう?」詳しくは知らないが、そう聞いている。

「そうだとは言えませんけど、何かあれば呼ぶのはあの人ですね。でも、サミュエル様はいったいどうしたんです?」グラントは納得いかないといった調子でぶつくさと言った。夜の間に起こったことにはまったく気づいていないようだ。

「それから、屋敷に誰か侵入した形跡がないか調べてくれ」ブラックはグラントの質問を無視した。

「侵入?いったい誰が?戸締りはしていますし、門も閉じています」黒い眉が眉間にギュッと寄せられる。

「俺はここへ誰に止められるでもなく入ってきた」言いたいことはわかるなと、グラントを睨むように見る。「それに閉じているのは正門だけだろう?裏手はどうだ?見回りを強化するように言われてなかったのか?」

「誰か侵入したんですね。サミュエル様は無事ですか?」グラントはようやく事態を把握したようだ。顔つきが途端に引き締まる。

「無事だ。だが医者がいる」

「すぐに呼びに行かせます」グラントはその場を離れ、ブラックの指示通りに下僕を動かした。詳しい理由は告げられなくとも何かが起こったことは誰もが察し、階下はにわかに騒々しくなった。「いまは旦那様と奥様が留守にしていますし、あのことはごく一部の者しか知らないんです」

物騒な贈り物のことは発見した庭師と、ダグラスとメグを除けばグラントと他数人しか知らない。けれどよくないことが起こったと誰もが薄々気づいている。そうでなければ、ゆっくり年越しするはずだった二人がクリスマスの翌日に慌てて屋敷を離れるはずがないからだ。

「話はあとだ。新しいシーツをくれ、俺はサミュエル様のところへ戻る。グラントはさっき言ったように屋敷の中と外を確認してくれ」

ブラックはシーツを片手に階段を駆け上がりながら、このことをすぐにでも報告すべきか否か頭を悩ませていた。言えばどうなるか目に見えていたが、言わないという選択肢は存在しなかった。

つづく


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花嫁の秘密 414 [花嫁の秘密]

「ブラック……?」

ああ、そうか。マーカスはもう行ったのか。まだ暗いし、そう時間は経っていないのだろう。鉢合わせはしなかったのか?

サミーは上げた顔を元に戻した。まだ頭がくらくらする。

「起き上がれますか?」丁寧だが声に嫌悪もしくは怒りが滲んでいる。この状況では仕方のないことだ。

サミーはどうにか首を振った。いったい僕はいまどんな格好で横たわっている?ブラックがこんな姿を見せられて契約違反だと言い出さなければいいけど。

何とか腕を持ち上げてグラスを受け取った。ブラックはすぐさま手を引き、その場を離れた。その気持ちはよくわかる。身体をねじって上を向くと、グラスを口につけて無理やり流し込んだ。ほとんどが口の両端から頬を伝ってこぼれたが、それでもヒリつく喉を潤すには充分だった。

「では、何かあれば呼んでください」

返事をするべきだったが、何時間も我慢していた吐き気がとうとう抑えきれなくなった。水なんて飲むべきじゃなかった。

シーツを掴み顔を埋める。胃と胸が痛み喉を伝って出てきたのは飲んだばかりの水だけ。出すものもないのに、それでも吐き気が止まらない。めまいがして気が遠くなる。

「いったい、どうしたんです?」

頭の上でブラックの声がした。まだいるとは思わなかったが、いたとしてもできることはない。せいぜい誰もここに入れるなと命じることくらいだ。

「平気だ。用があればベルを鳴らす」喉が痛み、声を張ることはできなかった。

「そうは見えませんが」ブラックの冷ややかな声。

おそらくブラックの言う通りなのだろう。マーカスは僕を抵抗できなくして、その意志に関係なくかつてのように抱いた。押さえつけ、何度も。身体のあちこちが痛むのはそのせいだ。抱き捨てられ、動けず、ベッドの上で嘔吐し、平気だと言っても何の説得力もない。

なんてざまだ。情けなくて笑わずにはいられない。エリックが知ったらきっと、ほら見たことかと馬鹿にするだろう。いや、絶対に知られてはだめだ。

ブラックにはこの状況の後始末を頼みたいが、説明や言い訳をする前に少し眠りたい。次に目覚めたとき、きっといまより少しは気分もマシになっているはずだ。

サミーは膝を抱えて丸まった。寒くて身体が震え、歯がカチカチと鳴る。

「どうやら楽しんだわけではなさそうですね。動けますか?」

ブラックがまだここにいて何か言っているのはかろうじて認識できたが、あいにくそれに答えることはできなかった。再び胃がせり上がり二度三度とえづく。吐き出してしまえば楽になれるのに、そうさせてくれないのは何かの罰だろうか。

「キャ……ノン」それだけ言って、サミーはまた深い闇に落ちた。

つづく


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