はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

ヒナおうちに帰る ブログトップ
前の10件 | -

ヒナおうちに帰る 1 [ヒナおうちに帰る]

主人の帰宅を待つバーンズ邸は、使用人総動員で支度に余念がなかった。

特にキッチン。

シモンは新鮮な生の苺をひとつふたつとつまんだ。

完熟でしか味わえない甘酸っぱさに、思わず身震いをする。これはヒナが喜ぶぞ!

「苺売りの娘も同じように味見をしたのですか?」

単純に冗談と受け止めるには陰気過ぎる顔つきのエヴァンが、頼んでおいた氷を手にキッチンに入ってきた。クラブの方はクビになって、現在はお屋敷付きとなっている。代わりにチャーリーこと、チャールズ・デイヴナムがクラブにまわされた。

なかなか見目のいい男で、エヴァンの代わりとしては申し分のない人材だろう。

「エヴァンもひとつどうだ?もちろん苺の方だよ」当然、質問には答えなかった。苺売りの娘の味を教えたところで、エヴァンにはわかるまい。

「けっこうです。わたくしのようなものがそんな高価な――」

「グダグダ言わずに、ひとつ食べてみることだ。毒味も兼ねてね」シモンは茶目っ気たっぷりにウィンクをした。

エヴァンは迷いを見せながらも、ひとつ苺をつまみ上げた。ヒナのために用意された苺の毒味をするのに躊躇う必要はない。顔の傷などものともしない美し過ぎる前歯で、苺をかじる。

「美味しいです」月並みな感想だが、エヴァンはこれ以上の言葉を思い付けなかった。これでアイスを作ればヒナが喜ぶこと間違いなしと、太鼓判を押す。

「よしよし。これでヒナの胃袋はシモンのものだ」シモンは満足げにうなった。

実のところ、シモンはブルーノという未知の男に嫉妬していた。ヒナの胃袋をまんまと鷲掴みにし、すっかり手懐けたうえ、田舎からシティに押し掛けてくるという。先に弟を送り込み、いったいどういう魂胆なんだか。

「心配は無用です。ヒナは毎朝あなたのレシピで作られるパンを食べていましたから」エヴァンは自信を持って請け合った。

「シモンのレシピでも、同じ味になるとは思えないがね」シモンは高い鼻をふんと鳴らした。エヴァンの慰めくらいではシモンの心にぽっかり空いた穴は埋められない。ヒナの帰宅こそがシモンを幸せにする。

この屋敷がジェームズのものとなって、ヒナと旦那様が出ていくようなことにでもなれば、シモンも一緒についていくつもりだった。ヒナのおじはなかなか面白い人物ではあるが、ヒナほどではない。そのうち退屈してしまうに決まっている。シモンは退屈が大嫌いだ。

「さあ、急がなければ。ヒナが戻ってきますよ」エヴァンは己の役目とばかりにシモンを現実に引き戻すと、ぐずぐずせずキッチンから出ていった。

まったく。退屈な男だ。

シモンは嘆かわしげに首を振り、アイスクリーム作りに取り掛かった。

つづく


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ヒナおうちに帰る 2 [ヒナおうちに帰る]

ヒナはお土産を抱え、意気揚々と田舎から帰ってきた。

バーンズ邸前の石畳に車輪のがたがたという音が響き始めるや否や、屋敷の使用人という使用人が玄関広間に居並んだ。門前で出迎えるのはドアマンの他は、ジェームズとホームズのみ。玄関ポーチでごちゃごちゃとされては迷惑というわけだ。

窓辺で様子を見ていたパーシヴァルは、チョコレート色の上着を着たヒナが地面に降り立って、ようやく部屋を出た。

「誰も彼もが浮かれちゃってさ」と、ひとりごちる。

そういうパーシヴァルも浮かれていた。今回のことではパーシーおじさんもかなり尽力した。最後の一手はグラフトン公爵によるものだったが、おじさんの存在なくして、ヒナの目的は達し得なかっただろう。

パーシヴァルが得意満面で玄関広間に到着した時には、使用人たちはその身分に相応しく姿を消していた。出迎えは無事済んだようだ。

「おかえり、ヒナ」パーシヴァルはヒナに向かって両手を広げたが、汚い布袋を胸に抱えているのを見て、広げた手をそっと閉じた。

「ただいま、パーシー。これお土産」ヒナは汚い袋を差し出した。

「お土産?いいのに、別に、そんな、気を使わなくても」パーシヴァルは両腕を突き出し、どうにか目の前の袋を受け取らずに済む方法がないかと頭を巡らす。

「途中で、いいの見つけたから」ヒナは得意満面。

見つけた?それだけで、中身がパーシヴァルの望むものではないということがわかる。さて、どうしてものか。さっきからずっと全身黒ずくめのジャスティンが睨みを利かせているし、もしも受け取らなければ、ここを追い出す気であることは間違いなしだ。ここはもう、僕のものも同然なのに。

「エヴァン、ヒナの素敵なお土産を僕の部屋に」さりげなく柱の陰にいたエヴァンに声を掛ける。

エヴァンはすべるようにして柱の陰から進み出ると、四の五の言わずに、ヒナから袋を受け取った。そしてあろうことか、無遠慮にもこちらをひと睨みした。

「エヴィにもあるからね」ヒナはエヴァンが羨ましがっていると思ったようだ。とんだ勘違いである。

「光栄でございます」エヴァンは心の底から感謝の念を述べた。

「ところでヒナ、カイルは一緒じゃなかったのかい?」パーシヴァルは閉じられた玄関扉に目を向ける。てっきりルーク・バターフィールドも一緒かと思ったが、彼は彼の役目を果たすべく、まっすぐ事務所に向かったようだ。

「おじさんのとこ。あとでくるって」ヒナがうきうきと言う。友達と暮らすのは初めてだから当然だろう。

「おじさんは近くに住んでいるのかい?」

「えっと……」ヒナは困ってジャスティンを見た。なにせこの辺の地理にはまったくと言っていいほど精通していない。目の前の通りが何という名前かすら知らないのだ。

「カイルのおじさんの話はあとにしないか。まずは着替えだ」これまでずっと無視されていたジャスティンは不機嫌に言い、ヒナの頭にちょこんと乗る帽子を取って帽子掛けに掛けた。

「どうぞどうぞ。お茶の支度をするように言っておくから」パーシヴァルは愛想よく返した。すでにホームズがキッチンに司令を送っているだろう。

「パーシーまたあとでね」ヒナは陽気に言って、ジャスティンと手をつないで階段を上がっていった。

とうとうヒナが帰ってきたぞ。

つづく


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あとがき
こんばんは、やぴです。
ヒナが戻ってきました。
とはいえ、すぐにおじいちゃんに会いには行けません。
やきもきするヒナ、引退宣言のジャスティン、新しくクラブのオーナーになったジェームズ、そして居候のパーシヴァル。田舎からロス兄弟もやってきて、またドタバタとしそうです。 

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ヒナおうちに帰る 3 [ヒナおうちに帰る]

パーシヴァルはぷらぷらと居間に向かう。ようやく騒々しい日常が戻ってきたことに顔をほころばせ、しばらく落ち着かない様子だったジェームズが落ち着きを取り戻したことに顔をしかめた。

ジャスティンの帰宅が決まるや否や――いや、ヒナの帰宅と言うべきか――ジェームズの顔に生気が戻った。僕とだって一週間以上会えなかったのに、出掛ける前と帰った後とで態度に変化はなかった。

つまりは、いつものように冷たいってこと。そこがまた好きなんだけど。

あえて考えないようにしていた疑念が、再びパーシヴァルの脳裏に浮かび上がる。

“やっぱりジャスティン?”

付き合うにあたって、ジェームズはこれを完全に否定したけど、正直なところ信じ切れずにいる。愛する人を信じられないなんてあってはならないことだけれど、そう考えれば合点がいく。

ジャスティンがいないから、気もそぞろにしか僕を愛してくれなかったのだ。僕はジェームズと愛し合うときは、ジェームズのことしか考えていないのに。

切ないったらない。あとでヒナに相談してみようかな。もしかしたらジェームズにチクリと言ってくれるかもしれない。僕が言ったって、ジェームズは聞く耳を持ってくれないだろうし。

「まったく!」パーシヴァルは思わず不満を吐き出した。

「なんです?ヒナが戻ってきたのに、あなたの機嫌はまだ直らないのですか?」

脇から突然声を掛けられ、パーシヴァルは飛び上がった。相手を確かめなくとも、愛しい人だということは言わずもがな。

「ジェームズ!な、なんだよ、いるならいるって言ってくれたっていいのに」図らずも驚いてしまったパーシヴァルは、機嫌が悪いのはそっちじゃないかと拗ねた視線を送る。

「たった今、上がってきたところです。そうしたらあなたがブツブツと」ジェームズは美しい眉間に皴を寄せた。

「仕方がないだろう。僕は、ひどく欲求不満なんだ。誰かさんが適当にしか愛してくれないから」パーシヴァルは手を後ろ手に組み、もじもじと身体を揺すった。ジェームズを目の前にすると、身体が火照って手が付けられなくなる。もちろん鎮められるのはジェームズだけ。

「何を言っているんです?」ジェームズは眉をつり上げた。「わたしが相手では不満ということですか?そもそも、こういう話は廊下ですべきことではありません」

「誰が不満だなんて言った?僕ばかり好きなのは不公平だって言っているんだ」パーシヴァルは駄々っ子のようにイヤイヤと首を振った。

もういろいろ我慢の限界だ。僕はジェームズに愛されたい!

つづく


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ヒナおうちに帰る 4 [ヒナおうちに帰る]

いったい何を言うのかと思えば――

「お黙りなさい。そうしょっちゅう好きだの何だのと口には出来ません。そもそもあなたを満足させることなど出来やしないんです。あなたの身体を知り尽くした男たちに適うはずないんです」ジェームズは苛立たしげに、強い口調で言い返した。

僕はクラムやダドリーのようにはパーシヴァルを抱けない。そうしろと言われたとしても無理だ。経験不足を愛されていないなどと言われて、プライドをズタズタにされて、“僕ばかり好きなのは嫌だ”だと?

「馬鹿なこと言うなっ!ジェームズは他の誰より、僕を満足させる。僕だってジェームズを満足させていると思いたい。けど、君が望む相手は僕ではないんだろう?いや、いい!今もし、君がジャスティンの名前を口にしたら、僕は自分の舌を噛み切って死んでやるからな」パーシヴァルは憤然と言い、突き出した舌を噛む真似をした。

ジェームズは長い溜息を吐いた。常々パーシヴァルを扱い難いと思ってはいるが、今この時ほど強く思ったことはない。

ジャスティン?まったく、くだらないことを言う。パーシヴァルの脳味噌は記憶を塗り替えるという作業をしないのか?過去へのこだわりはいい結果を生まない。無駄に胸が痛むだけだ。

おかげでムキになって、廊下で言い合うべきではないことを言い合ってしまった。パーシヴァルが相手では、つい自分を見失ってしまう。

「お願いですから、困らせないでください」ジェームズは弱り切った態度でパーシヴァルに迫った。彼を宥めるのは案外簡単だ。こうして抱きしめればいい。

ジェームズはパーシヴァルの腕を軽く引いて抱き寄せた。廊下の真ん中だが、気にすることはない。今のここには自分たちしかいないという確信がある。

パーシヴァルはまったく抵抗せず、ジェームズの腕の中に収まった。首筋に顔を埋め、今にも舌を出してそこを舐めそうだ。下手に反応すればパーシヴァルがそうしかねないことを知っているので、ジェームズは耳に唇を微かに触れさせそっと囁いた。「続きは、今夜」

パーシヴァルが息をのんだ。興奮で身体が熱くなっていくのがわかる。分かりやすい反応にジェームズの顔が綻ぶ。

「約束だぞ」と声を震わせるパーシヴァル。色恋に関して熟練しているようで、まるっきり初恋の人を相手にしているような態度。こういうところが、ジェームズの心を揺さぶる。

だが、ジェームズは喧嘩を売られた。パーシヴァルはわざわざジャスティンの名前を出し、ジェームズの感情を煽った。簡単には許すものか。

今夜は眠らせないから、覚悟しておくことだ。

つづく


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ヒナおうちに帰る 5 [ヒナおうちに帰る]

着替えを済ませたヒナはジャスティンを待たず居間に向かう。ヒナの頭の中はシモンのおやつでいっぱいだった。おやつの時間に帰宅すると、こうなってしまう。

手摺りを撫でるように階段を下りながら、ふとまだシモンにただいまを言っていないことに気付く。ヒナの知っている顔も知らない顔も、広間で出迎えてくれたが、そこにシモンはいなかった。

ヒナは方向転換しキッチンに向かった。あいさつもせずにおやつだけ貰おうなんて、そんな礼儀知らずなことしちゃいけない。

「あ、おみやげ」ヒナはすっからかんの両手を持ち上げて眺めた。ダンが全部持って行ってしまったので、手ぶらでの訪問となってしまう。ダンがすでに配り終えていることを期待して、ヒナは地階に駆け降りた。

「しも~ん!ただいまぁ」

背を向けていたシモンは、驚きに満ちた顔で振り返り、かぶっていたコック帽を取って恭しく頭を垂れた。

「ヒナ、おかえり。わざわざシモンに会いに来てくれたのかい?それとも、食べ頃のアイスクリームを取りに来たのかい?」シモンはにやりとした。

「アイスクリーム!?アイスクリーム大好き!」ヒナはわーいと両手をあげた。

「正直者にはたんとおまけしなきゃね」シモンはにっこりと笑って袖口をまくり、用意していた器よりも大きなものを食器棚から取り出した。

ヒナはテーブルに張り付いた。

「ところでヒナ、自慢の長い前髪はどこへ行ってしまったんだい?」シモンはヒナのすっきりとした額に視線を落とした。

「ダンが切ったの」

シモンは青ざめた。「あるじはそれを許したのかい?まさかダンは……クビなんてことになってたりしないだろうね」

「ダンはおみやげ配ってる。シモンにもあるからね。あとで感想聞かせて」ヒナはうふふと笑った。視線はアイスに釘付けだ。

「シモンにもあるのかい?ウィ!ウィ!もちろん感想を伝えるよ。それで、どうして前髪を切ったりしたんだい?」

「お父さんとお母さんにプレゼントしたの。ヒナが来たよっていうしるし」ヒナは短くなった前髪を小さな手でぎゅっと掴んだ。

シモンは喉を詰まらせた。少しでも声を出せば、一緒に塩辛い何かが瞳からこぼれてしまいそうだった。それでもシモンはあっけらかんとしているヒナに合わせて、こう言った。

「それは良かった。あるじが懐に忍ばせているのかと心配してしまったよ」もしかしたら少しばかり失敬しているかもしれないが。

「ジュスがね、そうしなさいって」ヒナはにっこりと笑う。ジャスティンの言うことはすべて正しいとでも言いたげな笑みだ。

「前々から思っていたが、あるじはいい男だ」シモンは素直に認めた。

「ヒナもそう思う。ジュスはいい男」ヒナは単純に言った。深い意味など必要ないのだ。

「シモン、お坊ちゃまのデザートはまだ出来ないのか?そろそろ降りていらっしゃる頃だ――おや、お坊ちゃま。こちらにいらっしゃいましたか」お茶を運び終えたホームズが、いつまで経っても仕上がらないデザートを求めて下に降りてきた。

「アイスを見てたの。出来たら、ヒナが運ぶね」ヒナがホクホク顔で言うと、ホームズはうっすらと笑みを浮かべた。

「いえいえ、これはわたくしの仕事でございます。お坊ちゃまは上で待っていてくださいまし」ホームズはやんわりと、それでいてきっぱりと断る。ヒナの申し出自体は嬉しいのだけれど、主人の大切な人に使用人の真似事などさせられないというわけだ。

「ヒナ、お手伝いできるよ。お皿もいっぱい運んだし、パンも運んだんだ。成長したの」ヒナはぴしりと背筋を伸ばした。

「では、ヒナにはスプーンを運んで貰おうかな?これがなきゃ、アイスが食べられないからね」シモンはぴかぴかに磨かれたスプーンを指し示した。ホームズほど頭は堅くない。

「まかせて!」ヒナは鼻息荒くスプーンの入った銀製のかごを掴んだ。まるでヒナの成長を見てと言わんばかりに。

「では、お坊ちゃま行きましょうか」ホームズはヒナに先を譲った。

「はい。行きましょう!」ヒナは肩をそびやかせ、意気揚々とキッチンを出た。

つづく


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ヒナおうちに帰る 6 [ヒナおうちに帰る]

ヒナに置いてけぼりを食らったジャスティンは、新しいシャツに袖を通すと、ウェインの差し出す上着を払いのけて、ぷりぷりと部屋を出た。

以前は立場が逆だったような気もするが、今では常にジャスティンがヒナを追いかけている。道中あれだけべたべたしていたくせに、薄情者め。

とにかく、帰宅した時間が悪かった。ちょうどおやつの時間だ。仕方がない。昼食がぱさついたサンドイッチだったのも、要因だろう。ヒナはパンの間のハムを二切れ食べただけだ。

ジャスティンが居間に行くと、パーシヴァルが見たことのない醜悪な長椅子に横になっていた。繊細な細工の施された金の肘掛けに寄り掛かり、何とも気だるげだ。いかにも常にだらだらと過ごしている貴族らしい格好だ。

「やあ、ジャスティン」パーシヴァルは起き上がりもせず言う。

「昼寝なら余所でやってくれ」ジャスティンはシッシと手を払って、向かいに腰を下ろした。ヒナのためにカップに紅茶を注ぎ、冷めるに任せる。

「ヒナはまだ?」パーシヴァルはようやく起き上がると、自分のカップに紅茶を注いで、悪趣味な椅子の背にもたれ優雅な仕草でカップを口に運んだ。

「先に部屋を出たが、どうせキッチンに行ったんだろうよ」ジャスティンは吐き捨てるように言い、不快げに鼻を鳴らした。ぞっとするほど真っ赤なビロード生地の長椅子が、どこから運ばれてきたのか訊く気もなかった。パーシヴァルの趣味が悪いのは今に始まったことではない。

「ヒナは向こうでもシモンを恋しがっていたからね」パーシヴァルは愉快げにふふと笑う。ジャスティンが苛立っているのを見るのが大好きなのだ。

「シモンではなく、シモンのパンだ」ジャスティンはきっちりと訂正する。

「はいはい」パーシヴァルは、ジャスティンのくだらないこだわりを軽く受け流した。

不意に沈黙が落ち、時計のカチカチという音が殊更大きく部屋に響いた。

「ジェームズはどこへ行った?」ジャスティンは苛々した口調で言った。出迎えの時に一瞬顔を見せただけで、旅の報告を聞く気もなければ、不在の間の報告をする気もなさそうだ。いったいどうなっている?

「向こうに行ってる。仕事があるんだってさ。まあ、たぶん、夜は予定があるから今のうちに仕事を終わらせておこうっていう、あれだと思うんだけどね」パーシヴァルは少女みたいなくすくす笑いを漏らした。

気色悪い。

「お前は手伝うんじゃなかったのか?」ジェームズにクラブを譲る条件として、パーシヴァルがどう関わるかを盛り込めばよかった。金銭以外の関わりは出来れば遠慮して欲しい。

「手伝うさ。クラブの経営についても、ちゃんと意見したしさ。色々考えてるんだ、二人でね」

パーシヴァルがどれだけジェームズに夢中になっているのかはどうでもいいが、クラブの先行きについて無関心は装えない。譲ったとはいえ、大切なものだ。

もしかすると、ジャスティンの引退宣言は時期尚早だったのかもしれない。

つづく


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ヒナおうちに帰る 7 [ヒナおうちに帰る]

ヒナはホームズを従え、居間に入った。

お仕着せを着ていたらかなり様になったのだろうが、残念ながらヒナはいつものようにシャツの裾をだらしなくズボンから出して、ほぼ裸足といういで立ちだ。

それでも両手でしっかりと掴まれた銀製のかごは、ヒナの手の中でいつもよりも輝いて見えた。

ジャスティンはヒナが妙にしゃちほこばっていても、眉ひとつ動かさなかった。ヒナはラドフォード館で過ごした三週間で、色々なことが出来るようになった。お手伝いもそのひとつだ。

頑張っているのに、笑うなんて不作法、絶対にしてはいけない。

「おやおや、可愛らしい給仕係の登場だ」パーシヴァルが笑いながら言う。どうにもくすくす笑いが止まらないようだ。

「立派な、と言うべきだぞ。パーシヴァル」ジャスティンは鋭く指摘し、ヒナがパーシヴァルの言葉に傷ついていないかを、それとなく確かめた。

ヒナはうふふと笑って、かごをテーブルに置いた。笑い方がおじと全く同じだったことに、ジャスティンは渋面になった。

「今日のおやつはなんだい?」

「アイスクリームと、えっと……」ヒナはアイスとスプーンに夢中で、おやつに何を用意されているのかきちんと確認していなかった。

「レモンタルト、ジャムクッキーでございます。長旅でお疲れかと思いまして、チョコレートとはちみつたっぷりのふわふわパンもご用意しております」

「ヒナの好物ばかりだな」ジャスティンが言う。

「仕方がないよ。シモンはヒナが大好きなんだから。ヒナが帰ってきて一番喜んでるのはシモンじゃない?」パーシヴァルがさっそくスプーンを手にする。

ヒナはジャスティンの隣に座って、ホームズが差し出すアイスを受け取った。もちろん一番に受け取る権利がある。

「差し出がましいようですが、意見させてもらいます。わたくしも、お坊ちゃまがご帰宅されたことをとても喜んでおります」ホームズは主人に対してはほとんど意見をすることはないが、パーシヴァルが相手となれば話は別だ。“シモンが一番喜んでいる?わたくしの方がもっと喜んでいるに決まっている”これは心の中で呟くにとどめた。

「ヒナもうれしい」ヒナはホームズの胸の内など知る由もなく、純粋な気持ちを伝える。

ホームズは満足げな面持ちで、静かに引き下がった。

「挨拶は無事済んだのか?」ちょっぴりシモンにやきもちを焼くジャスティンが、拗ねた口調で訊ねる。置いて行かれたのをまだ根に持っているのだ。

ヒナはアイスクリームをぱくり。うん、と頷く。

「美味しいか?」ジャスティンは、また訊ねた。

ヒナはにっこりとして、また頷いた。

「ほんと、これ美味しい。カイルにも食べさせてあげたいね。溶ける前に来てくれたらいいけど、そうもいかないだろうし」パーシヴァルはスプーンを悩ましげに振った。

「シモンにまた作ってってお願いしてみる」ヒナは薄茶色の眉をしょんぼりと下げた。

「名案だけど、シモンは労働時間に厳しい男だよ」パーシヴァルも気遣わしげに眉を顰めた。

「それなら心配はいらない。特別手当には弱い男だ」あるじがひと言。

シモンは金と女と、そしてヒナに弱い男である。

つづく


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ヒナおうちに帰る 8 [ヒナおうちに帰る]

美味しいおやつと楽しいお喋りとでお腹いっぱいになったヒナは、ジャスティンの膝を借りてうたた寝をしていた。お喋りの相手を失ったパーシヴァルは、ジェームズを追ってクラブに行ってしまい、ジャスティンは一人取り残された。

もちろん膝にはヒナがいるが、身動きが取れないので、テーブルの上のカップにさえ手が伸ばせない。というわけで、ヒナを触るしかない。

ジャスティンはヒナの頬を親指の腹でそっとさすった。ウェストクロウからの帰り道、何度もこうやってヒナの寝顔を眺めた。当初は長期滞在を覚悟していたが、結果としてはひと月足らずで戻ってこられた。

様々な要因があるが、そもそも出だしがよかったのだ。ダンが屋敷に上手く潜り込んだおかげで、すべてが順調に運んだ。パーシヴァルは一番活躍したのは自分だと豪語していたが、あいつは面倒を増やしただけだ。

だが、まあ、ジェームズと離れてまでヒナを助けにやってきたのは、褒めてやるべきだろう。

「旦那様、お客様が到着いたしました。こちらにご案内しますか?」ホームズがヒナが喜びそうな知らせを持ってきた。眠っているヒナを起こさないように、囁き声で告げる。

「ああ、そうしてくれ。お茶も頼む」ジャスティンが答えると、ホームズは音もたてずに消えた。

いつも思うが、ホームズはいったいどんな靴を履いているのだろうか。

少しの間があり、戸口にカイルが顔を覗かせた。おっかなびっくり中の様子を伺う様は、巣穴を間違えた野兎のようだ。

「ヒナ、カイルが来たぞ」ヒナの耳元で告げる。「カイル、こっちに来なさい。どこでも好きなところに座っていいが、そこの悪趣味なソファには絶対に座らないように」

「お、お邪魔します。ウォーターさんち、すごいんですね。僕、びっくりしちゃって」カイルはおずおずと歩を進め、赤いびらびらしたソファを避けて、肘掛けのない椅子にちょこんと座った。

「あれ、カイル……?ヒナ、すごい寝てた?」ヒナはむくりと起き上がって、ジャスティンに寄り掛かったままふわりと欠伸をする。

「いいや、少しだけだ」ジャスティンは笑いながら言い、ヒナのくしゃくしゃの髪に指を通した。

カイルはどぎまぎしながらその様子を眺め、お茶が有能な執事の手により運び込まれてきたときには、あからさまにほっとした溜息を吐いた。

「あ、シモンのパンだ」ヒナが羨ましげな声を上げる。

カイルは本物のシモンのパンを目の前にして、興奮しきり。叔父宅でそれなりのもてなしを受けたが、これは別腹。

「ヒナはもうじゅうぶん食べただろう?晩餐が入らなくなるから、我慢しなさい」

「はぁぁぃ」ヒナは不満たっぷりに返事をし、ジャスティンの腕に絡みついた。「朝まで我慢するもん」

お客様がいるおかげで、ヒナは珍しく聞き分けがよかった。

つづく


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ヒナおうちに帰る 9 [ヒナおうちに帰る]

ここがヒナの家!

僕、とうとう、来ちゃった。

しかもいきなりシモンのパンを出してもらえるなんて、僕って歓迎されてる?

カイルは大興奮でパンを手にすると、ヒナのじっとりとした視線に負けず、思い切り頬張った。

ほ、本物だー!!

「おいしい?」ヒナがじとじとと訊ねる。

「すごくおいしい」カイルは答え、さらに頬張った。

「カイル、ゆっくりでいいぞ。ヒナは取ったりしないから」

カイルは赤面した。「わかってます。すごくおいしいから、つい……」がっついちゃった。田舎もんだと思われたかな?

「ヒナは取らないのに」ヒナはぷうっとむくれて、ジャスティンの脇の下にすっぽりとはまった。ジャスティンはヒナをぐっと抱いて、片方の膝に乗せた。

カイルは今度は別の意味で赤面した。パンを置いて高そうな花柄のカップを手に取り、カップ越しにちらちらといちゃいちゃする二人をうかがう。

仲がいいのは知っている。ヒナはウォーターさんが大好きだし、ウォーターさんもヒナが好き。でも、こんなふうにくっついちゃうのには驚きだ。自分の家だといつもこうなの?

僕も、ウェインさんとくっつきたいな。

「あの、ウェインさんはどこですか?」ここに着いた時からずっと訊ねたかった。ヒナとも離れたくなかったけど、ウェインさんとはもっとずっと一緒にいたかった。大好きだから。

ヒナはチラとジャスティンを見た。ウェインはジャスティンの従者なので当然である。

「荷解きをしているか、下で茶でも飲んでいるのではないかな。呼ぼうか?」ジャスティンにとって従者の一人を呼びつけるのは造作もないことだが、正直ウェインが今何をしているのかは知らない。主人とはそういうものだ。

「いえっ!いいんです、お仕事中なんですよね」カイルは素直に会いたいと言えなかった。都会のお屋敷は作法に厳しく、ちょっとしたことですぐにクビなると聞いたから。ウォーターさんがそんなことするとは思えなかったけど、ウェインさんに何かあったら大変だ。

「大した仕事はしていないが、あとでカイルの部屋に行くように言っておこう。話は変わるが、おじさんはここに泊まること、特に何か言っていた?」

「僕がちゃんといい子にしていられるのか心配していました。田舎もんは都会に出てくるとはしゃぎすぎるからって。だから僕言ったんです。もう子供じゃないからちゃんと出来るって」おじさんはあまり納得した顔をしていなかったけど。

「心配は、当然だ」ジャスティンは心得顔で言う。

「おじさん、近いうちに挨拶に伺いますって。ほんとはすぐにって言ってたんだけど、今は仕事が忙しいからって……」

「わかるよ。本当はこちらから挨拶に伺うべきだが、しばらくは手が空きそうもないので手紙を送っておいた」ジャスティンはカイルの叔父の忙しさなど承知とばかりに、さらりと言った。

「え?そうなんですか。おじさん、何も言ってなかったや」カイルは驚いて言った。

「ねぇ、おじさんはどんな人なの?カイルと似てる?」ヒナはやっと興味を引かれたようで、身を乗り出して訊ねた。足先からだらりと靴下がぶら下がっている。

カイルは首を振った。「ううん。どっちかといえば、お父さんに似てる。弟だから」

「じゃあ、スペンサーに似てるってこと?」ヒナは小首を傾げた。

考えたこともなかったけど、ヒナの言う通りかも。

「たぶんね」

うん、スペンサーだ。

つづく


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ヒナおうちに帰る 10 [ヒナおうちに帰る]

ウェインは、ダンとヒナのおやつのおこぼれをつついていた。疲れを癒す熱々の紅茶を啜り、レモンタルトを口いっぱいに押し込み、また紅茶を啜る。ウェインを敬愛するカイルには到底見せられない姿だ。

ダンはウェインのがっつきには目をつむった。車内でのんびりと過ごしたダンと違って、ウェインは四六時中ホコリと風と太陽光にさらされていた。だから多少見苦しい状態にあるからといって、あれこれ意見するなど以ての外。

「カイルが到着したみたいですね」ダンはさりげなく切り出した。ホームズがカイルの到着で上と下とを行き来しているのに、ウェインがまったく関心を示さないので、二人を応援したいダンとしては黙って見ていられなかった。

「みたいだね。部屋、どこになったんだろう?近くだといいけど、棟が違うから無理だよな」ウェインはまるで無頓着に言い、アーモンドクッキーをぼりぼりとやる。

「ヒナの部屋の近くでしょうね」ダンはあえて素っ気なく答えた。

ウェインは心配そうに眉根を寄せた。「でもそうしたらさ、旦那様と一緒の部屋を使ってるってばれちゃうんじゃない?」

心配なのはいったいどっちなんだか。

「寝室が一緒なだけで、部屋は別ですから大丈夫ですよ」ダンはのんびりとカップを口に運んだ。中身はシモン秘蔵のコーヒーだ。ちょっと苦いけど、なかなか美味しい。

「そうかなぁ……カイルがきわどい場面に出くわさないことを祈るよ」ウェインは手にしていたクッキーを器に戻した。いよいよ本格的に心配になったようだ。

「だったら、ウェインがカイルの面倒を見てあげたら?ほら、不慣れな場所で心細くしているだろうし、ヒナだってずっとカイルと一緒にはいられないわけでしょ?そもそも旦那様が離さないだろうし。だから、スペンサーとブルーノがこっちに出てくるまで、カイルが一番心を許しているウェインが世話を焼いてあげるべきだよ」

「うん、まあ、そのつもりだけど……カイルは僕が面倒見なくても、うまくやると思うな。でも、まあ、カイルは僕を慕ってくれてるから、やっぱり面倒は見てあげよう」ウェインはまんざらでもない様子で、カイルの世話を買って出た。

「それがいいと思う」ダンは自分の思う方向に事が運んだことに満足し、ようやく気を落ち着け、ウェインに食い散らかされたレモンタルトの欠片に手を伸ばした。

つづく


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