はじめまして。
BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。
コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。
ヒナの縁結び 1 [ヒナの縁結び]
ヒナおうちに帰るの番外編です。
あくまで、ヒナがやることなので……
では、ウェインさんお願いします。
*****
「ウェインさん聞いてー!」
いつものように勉強を終えたカイルが、談話室にやってきた。
この時間、ここにいるのはウェインとダン、それとエヴァンくらいなものだ。
「どうしたんだい?」ウェインは場所を空けながら訊ねた。エヴァンがすっと立ってさりげなく出て行く。エヴァンなりに気を利かせているつもりらしいが、別にいたってかまわないのに。いまさらカイルがエヴァンの顔の傷に驚くわけでもないし。
「今日ね、地図を広げて世界旅行をしたんだ」カイルは興奮したように言って、ウェインの隣に座った。向かい側で突っ伏しているダンを見て、おどけた顔で口を閉じる。
最近、ヒナの機嫌がコロコロ変わるため、ダンは苦労しているのだ。それでも、ヒナを責めることは出来ない。あれだけ楽しみにしていたおじいちゃんとの再会が、延期になったのだから。でも、旦那様が言うには来シーズンまでの辛抱のようだ。
「へぇ、すごいね。具体的にはどこへ行ったんだい?」ウェインは訊ねながら、カイルのためにマグに紅茶を注いだ。イチゴジャムをひと匙添える。
「えっとね、まずはフランス。パリに行って、美味しいケーキを食べて――」
これは地図を使った妄想?
「クロワッサンをお土産に、ヒナの国まで行ったんだ」
「え……と、ずいぶん遠くまで行ったんだね」実際、ヒナの国がどこにあるかなんて知りもしないけど、インドより遠いことは確かだ。
「一番端っこにあるんだよ。ヒナが早くしないとクロワッサンにかびが生えちゃうって急かすから、先生と大笑いしちゃった」カイルは思い出し笑いをしながら、ジャムの乗ったスプーンをマグに突っ込んでくるくると回した。勢いよくごくごくとする。
「ヒナなら、かびが生えてしまう前に食べてしまいそうだけど」なんて反応していいのかさっぱり分からない。でも、とりあえず笑っておこう。
「どうやら、ヒナの機嫌はいいみたいだね」ダンがのっそりと顔を上げた。
「うん。今日はいいみたい」カイルも最近のヒナがおかしいのには気付いている。
それもそうだ。カイルは旦那様の次に、ヒナと一緒にいる時間が長いんだから。
「今はひとりで?」
「ううん。クロフト卿と一緒」
ダンはほっとした様子で、シュガークッキーに手を伸ばした。ヒナのおかげでおやつには事欠かない。
さすがのウェインもダンが心配になった。疲れていても頭の中はヒナのことでいっぱいだし、何かあったときのために外出も控えている。せっかく田舎から戻ってきて自由になったのに、これなら田舎にいた方がましだった。
「そういえば、そろそろ二人がロンドンに出てくる頃じゃない?」もちろん、二人とは、カイルの兄スペンサーとブルーノのこと。彼らはダンと友人関係を築いている。彼らなら、ダンに息抜きをさせることが出来るかもしれない。
「着いたら先にここに寄るって言ってました。もう向こうを出発したみたいだから、きっとすぐです」カイルはマグを押しやり、肩を落とした。
今度はカイルの元気がなくなった。久しぶりに家族に会えるのに、なぜ?
「途中からは旦那様が馬車を手配したようだから、案外早く到着するんじゃないかな?」ブルーノからの手紙を受け取っているダンが補足する。二人は文通もしている。
「やるなぁ、さすがは旦那様だ」ウェインは誇らしくなって、思わず胸を張った。
「僕、もう戻るね」カイルは肩を落としたまま立ち上がって、来たときと同じように唐突に出て行った。
「え、え?何?どうしたの?」ウェインは戸惑った。
「あーあ……ウェインて、ほっっんと、無神経だよね。スペンサーとブルーノがこっちに出てきたら、カイルはおじさんのところに行っちゃうんだぞ」ダンはなぜかぷりぷりと怒って、後片付けもせずに行ってしまった。
なんだよ!ダンが早く到着するとかなんとか言うからさ、ったく。カイルがおじさんのところに行ったって、いつでも会えるのに気にし過ぎなんだよ。
そりゃ、寂しくなるけどさ。
つづく
>>次へ
あとがき
こんばんは、やぴです。
ヒナがおうちに戻って1週間後くらいからのお話。
さっくりとヒナの奮闘をお送りします。
では。
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あくまで、ヒナがやることなので……
では、ウェインさんお願いします。
*****
「ウェインさん聞いてー!」
いつものように勉強を終えたカイルが、談話室にやってきた。
この時間、ここにいるのはウェインとダン、それとエヴァンくらいなものだ。
「どうしたんだい?」ウェインは場所を空けながら訊ねた。エヴァンがすっと立ってさりげなく出て行く。エヴァンなりに気を利かせているつもりらしいが、別にいたってかまわないのに。いまさらカイルがエヴァンの顔の傷に驚くわけでもないし。
「今日ね、地図を広げて世界旅行をしたんだ」カイルは興奮したように言って、ウェインの隣に座った。向かい側で突っ伏しているダンを見て、おどけた顔で口を閉じる。
最近、ヒナの機嫌がコロコロ変わるため、ダンは苦労しているのだ。それでも、ヒナを責めることは出来ない。あれだけ楽しみにしていたおじいちゃんとの再会が、延期になったのだから。でも、旦那様が言うには来シーズンまでの辛抱のようだ。
「へぇ、すごいね。具体的にはどこへ行ったんだい?」ウェインは訊ねながら、カイルのためにマグに紅茶を注いだ。イチゴジャムをひと匙添える。
「えっとね、まずはフランス。パリに行って、美味しいケーキを食べて――」
これは地図を使った妄想?
「クロワッサンをお土産に、ヒナの国まで行ったんだ」
「え……と、ずいぶん遠くまで行ったんだね」実際、ヒナの国がどこにあるかなんて知りもしないけど、インドより遠いことは確かだ。
「一番端っこにあるんだよ。ヒナが早くしないとクロワッサンにかびが生えちゃうって急かすから、先生と大笑いしちゃった」カイルは思い出し笑いをしながら、ジャムの乗ったスプーンをマグに突っ込んでくるくると回した。勢いよくごくごくとする。
「ヒナなら、かびが生えてしまう前に食べてしまいそうだけど」なんて反応していいのかさっぱり分からない。でも、とりあえず笑っておこう。
「どうやら、ヒナの機嫌はいいみたいだね」ダンがのっそりと顔を上げた。
「うん。今日はいいみたい」カイルも最近のヒナがおかしいのには気付いている。
それもそうだ。カイルは旦那様の次に、ヒナと一緒にいる時間が長いんだから。
「今はひとりで?」
「ううん。クロフト卿と一緒」
ダンはほっとした様子で、シュガークッキーに手を伸ばした。ヒナのおかげでおやつには事欠かない。
さすがのウェインもダンが心配になった。疲れていても頭の中はヒナのことでいっぱいだし、何かあったときのために外出も控えている。せっかく田舎から戻ってきて自由になったのに、これなら田舎にいた方がましだった。
「そういえば、そろそろ二人がロンドンに出てくる頃じゃない?」もちろん、二人とは、カイルの兄スペンサーとブルーノのこと。彼らはダンと友人関係を築いている。彼らなら、ダンに息抜きをさせることが出来るかもしれない。
「着いたら先にここに寄るって言ってました。もう向こうを出発したみたいだから、きっとすぐです」カイルはマグを押しやり、肩を落とした。
今度はカイルの元気がなくなった。久しぶりに家族に会えるのに、なぜ?
「途中からは旦那様が馬車を手配したようだから、案外早く到着するんじゃないかな?」ブルーノからの手紙を受け取っているダンが補足する。二人は文通もしている。
「やるなぁ、さすがは旦那様だ」ウェインは誇らしくなって、思わず胸を張った。
「僕、もう戻るね」カイルは肩を落としたまま立ち上がって、来たときと同じように唐突に出て行った。
「え、え?何?どうしたの?」ウェインは戸惑った。
「あーあ……ウェインて、ほっっんと、無神経だよね。スペンサーとブルーノがこっちに出てきたら、カイルはおじさんのところに行っちゃうんだぞ」ダンはなぜかぷりぷりと怒って、後片付けもせずに行ってしまった。
なんだよ!ダンが早く到着するとかなんとか言うからさ、ったく。カイルがおじさんのところに行ったって、いつでも会えるのに気にし過ぎなんだよ。
そりゃ、寂しくなるけどさ。
つづく
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あとがき
こんばんは、やぴです。
ヒナがおうちに戻って1週間後くらいからのお話。
さっくりとヒナの奮闘をお送りします。
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ヒナの縁結び 2 [ヒナの縁結び]
うわぁうわぁうわぁ。僕のばか!
あれじゃあウェインさんが気を悪くしちゃうじゃん!
カイルは顔を両手で覆い、頭を掻きむしり、手をだらりと落としてうなだれた。
スペンサーたちが来るのは嬉しい。兄弟が揃うんだもん。でもそれは、二人がここに住むならの話。違うなら、ずっと田舎にいればよかったのに。
でも、ダンはきっとブルーノに会いたいんだと思う。ここに戻ってからずうっと手紙のやりとりをしている。出発が決まってからは、向こうから一方的に届くばかりみたいだけど、ブルーノが弟よりもダンを気に掛ける理由はなんとなく理解できる。
「カイル、もう戻ったの?」
顔を上げると、階段の上にヒナが立っていた。今日のヒナは海賊の格好をしている。仮装に使う帽子を、クロフト卿がヒナにプレゼントしたからだ。なぜか羽根飾りも付いていて、おかげでヒナはここ最近で一番機嫌が良い。
「うん」だってあれ以上一緒にいたら、ウェインさんにわがままをいっぱい言っちゃいそうだったから。「ヒナは?」
「パーシーがジャムのとこに行っちゃったから、部屋に戻るところ」ヒナはつまらなさげにふわぁとあくびをする。授業のある日は昼寝が出来ないから、すごく眠たいんだと思う。
「ふぅん……そうなんだ」カイルは羨望をにじませた。クロフト卿とジェームズさんはすごく仲良しでうらやましいな。会いたかったら会いたいって言えるクロフト卿を、僕は尊敬する。
「なにかあったの?ウェインがいじめた?」ヒナが気遣わしげに眉間に皺を寄せた。
「ま、まさか!ウェインさんはすっごく優しいよ。ただ、もうすぐスペンサーとブルーノがやってくるって話してたらさ、すごく胸が苦しくなっちゃって」カイルは胸をぎゅっと掴んだ。考えただけで本当に胸が苦しくなる。
ヒナも同じように胸を押さえ、ふいに不安そうに辺りを見回した。
「どうしたの?」カイルは訊ねた。
「ジュスに会いたくなっちゃった」
ウォーターさんはいつも授業が終わると顔を出して、どうだった?って訊ねてくれる。でも今日は現れなかった。どこかへ出掛けているみたい。
「まだ帰ってきてないの?」
ヒナは思案げに小首を傾げた。「わかんない……ジュスはいってきます言ってくれなかった」
「大人って、肝心なこと言ってくれないよね」カイルは慰めるように言った。いつの間にか立場は逆転している。
ヒナはまったくだというように頷き、ふうぅぅと溜息を吐いた。「ヒナ、シモンのとこに行ってくる」唐突に言うと、カイルがのぼってきた階段を下りて行った。
「おやつ足りなかったのかな?」カイルはひとりごち、のろのろと部屋に戻った。
ウェインさんの事、なんとか頭の中から追い出さなきゃ。じゃないと僕、おかしくなっちゃう。
つづく
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あれじゃあウェインさんが気を悪くしちゃうじゃん!
カイルは顔を両手で覆い、頭を掻きむしり、手をだらりと落としてうなだれた。
スペンサーたちが来るのは嬉しい。兄弟が揃うんだもん。でもそれは、二人がここに住むならの話。違うなら、ずっと田舎にいればよかったのに。
でも、ダンはきっとブルーノに会いたいんだと思う。ここに戻ってからずうっと手紙のやりとりをしている。出発が決まってからは、向こうから一方的に届くばかりみたいだけど、ブルーノが弟よりもダンを気に掛ける理由はなんとなく理解できる。
「カイル、もう戻ったの?」
顔を上げると、階段の上にヒナが立っていた。今日のヒナは海賊の格好をしている。仮装に使う帽子を、クロフト卿がヒナにプレゼントしたからだ。なぜか羽根飾りも付いていて、おかげでヒナはここ最近で一番機嫌が良い。
「うん」だってあれ以上一緒にいたら、ウェインさんにわがままをいっぱい言っちゃいそうだったから。「ヒナは?」
「パーシーがジャムのとこに行っちゃったから、部屋に戻るところ」ヒナはつまらなさげにふわぁとあくびをする。授業のある日は昼寝が出来ないから、すごく眠たいんだと思う。
「ふぅん……そうなんだ」カイルは羨望をにじませた。クロフト卿とジェームズさんはすごく仲良しでうらやましいな。会いたかったら会いたいって言えるクロフト卿を、僕は尊敬する。
「なにかあったの?ウェインがいじめた?」ヒナが気遣わしげに眉間に皺を寄せた。
「ま、まさか!ウェインさんはすっごく優しいよ。ただ、もうすぐスペンサーとブルーノがやってくるって話してたらさ、すごく胸が苦しくなっちゃって」カイルは胸をぎゅっと掴んだ。考えただけで本当に胸が苦しくなる。
ヒナも同じように胸を押さえ、ふいに不安そうに辺りを見回した。
「どうしたの?」カイルは訊ねた。
「ジュスに会いたくなっちゃった」
ウォーターさんはいつも授業が終わると顔を出して、どうだった?って訊ねてくれる。でも今日は現れなかった。どこかへ出掛けているみたい。
「まだ帰ってきてないの?」
ヒナは思案げに小首を傾げた。「わかんない……ジュスはいってきます言ってくれなかった」
「大人って、肝心なこと言ってくれないよね」カイルは慰めるように言った。いつの間にか立場は逆転している。
ヒナはまったくだというように頷き、ふうぅぅと溜息を吐いた。「ヒナ、シモンのとこに行ってくる」唐突に言うと、カイルがのぼってきた階段を下りて行った。
「おやつ足りなかったのかな?」カイルはひとりごち、のろのろと部屋に戻った。
ウェインさんの事、なんとか頭の中から追い出さなきゃ。じゃないと僕、おかしくなっちゃう。
つづく
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ヒナの縁結び 3 [ヒナの縁結び]
シモンはただいま休憩中。
ヒナがキッチンを覗いても、そこはがらんとしているだけ。もちろんヒナは承知している。目的地は談話室だ。
「おや、お坊ちゃま。シモンはいませんよ」目の前からホームズがやってきた。ヒナがヒナのいるべき場所から逸れると、必ず誰かが見つける。
ラドフォード館ではヒューバート、スティーニー館ではハリー、そしてここではホームズだ。
「知ってるよ。ウェインに会いに来たの」ヒナはホームズを見上げるように胸を張った。
ホームズはかすかに目を見開き、驚いた様子を見せた。ヒナがウェインに用があるとは、まったくの予想外だったようだ。
「さようでございますか。ウェインは談話室ですよ」
「ダンもいる?」
「いいえ、仕事に戻りました」
「ホームズは休まないの?いつおやつ食べてるの?」ヒナは純粋な疑問をぶつけた。ホームズはいつ会っても仕事中だ。
ホームズは微笑んだ。「先ほどまで休んでいましたし、おやつもいただきました」
「よかった」ヒナはほっとした。ホームズは休まないわけではなかったのだ。「じゃあね」ヒナは手を振って、ホームズの脇をすり抜けた。談話室を覗くと、ウェインは小さな流しでマグをカチャカチャと洗っているところだった。
ヒナは丸い木のイスに腰掛けた。目の前のクッキーに手を伸ばす。割れていて一口で食べるのにはちょうどいい。
「ひッ!ヒナ!そこで何をしているんです?」洗い物が終わって振り返ったウェインが、ヒナを見て悲鳴じみた声を上げた。
「クッキー食べてた」
「上で食べたでしょう?なにも割れたクッキーなんか食べなくても」
割れていてもいなくても味は一緒なのに変なの。
「おいしいよ」
「知ってる。それで、どうしたんだい?ダンなら上だし、ああ!カイルなら部屋に戻っちゃったよ」
「知ってる」ヒナは言い返した。「ねえ。ジュス、どこ行ったか知ってる?」
「旦那様?」ウェインは手を拭きながらヒナの前に立った。「旦那様は仕事で出ているって聞いてるけど」
「ジュスは仕事やめたんでしょ?」だからヒナとずっと一緒にいてくれると思ったのに。
ウェインは椅子に座って、布巾をテーブルに丸めて置いた。「クラブの経営から手を引いたけど、色々することはあるんだよ。たぶん今日はあちこちのクラブを巡ってるんじゃないかな?敵情視察ってやつだよ」
てきじょう?なにそれ?「ジュスはいつ帰ってくるの?」
「夜まで戻らないんじゃない?クラブに行ったときはいつもそうだから」
そっか。遅いときはクラブに行ってたんだ。
「ウェインは好きな人いる?」ヒナはいたってさり気なく訊ねた。ここからが本題だ。
「え、何、急に。別にいないよそんな人」話の脈絡のなさにウェインは戸惑ったが、素直に答えた。答えなければこの状況から解放されないと知っているから。
「ヒナはいる」ヒナはきっぱりと言った。
「知ってるけどさ、そもそもヒナはどうして旦那様が好きなの?」ウェインはかねてからの疑問をヒナにぶつけた。
「えっと、ヒナのことが好きだから、かなぁ?」ヒナは顎をぽりぽりと掻いた。
ジュスの好きなところをあげればきりがない。ジュスはヒナを助けてくれて、愛してくれて、お父さんとお母さんにも会わせてくれた。もうすぐおじいちゃんにも会わせてくれる。なのに好きにならないなんておかしい。
「そりゃ、旦那様はヒナが好きだよ。一目惚れだったんだから。でもヒナは?いつから好きだったの?」
ヒナは、いつだったのだろうかと、ぼんやりと考える。
痛くて怖くてずっと目を閉じていたいと思っていたあの時、おそるおそる開いた目にジュスの顔が映った瞬間、ヒナはジュスに夢中になった。もう大丈夫だって思えたから。
「教えない」これはヒナとジュスの大切なもの。「それで、ウェインはどうなの?」
つづく
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ヒナがキッチンを覗いても、そこはがらんとしているだけ。もちろんヒナは承知している。目的地は談話室だ。
「おや、お坊ちゃま。シモンはいませんよ」目の前からホームズがやってきた。ヒナがヒナのいるべき場所から逸れると、必ず誰かが見つける。
ラドフォード館ではヒューバート、スティーニー館ではハリー、そしてここではホームズだ。
「知ってるよ。ウェインに会いに来たの」ヒナはホームズを見上げるように胸を張った。
ホームズはかすかに目を見開き、驚いた様子を見せた。ヒナがウェインに用があるとは、まったくの予想外だったようだ。
「さようでございますか。ウェインは談話室ですよ」
「ダンもいる?」
「いいえ、仕事に戻りました」
「ホームズは休まないの?いつおやつ食べてるの?」ヒナは純粋な疑問をぶつけた。ホームズはいつ会っても仕事中だ。
ホームズは微笑んだ。「先ほどまで休んでいましたし、おやつもいただきました」
「よかった」ヒナはほっとした。ホームズは休まないわけではなかったのだ。「じゃあね」ヒナは手を振って、ホームズの脇をすり抜けた。談話室を覗くと、ウェインは小さな流しでマグをカチャカチャと洗っているところだった。
ヒナは丸い木のイスに腰掛けた。目の前のクッキーに手を伸ばす。割れていて一口で食べるのにはちょうどいい。
「ひッ!ヒナ!そこで何をしているんです?」洗い物が終わって振り返ったウェインが、ヒナを見て悲鳴じみた声を上げた。
「クッキー食べてた」
「上で食べたでしょう?なにも割れたクッキーなんか食べなくても」
割れていてもいなくても味は一緒なのに変なの。
「おいしいよ」
「知ってる。それで、どうしたんだい?ダンなら上だし、ああ!カイルなら部屋に戻っちゃったよ」
「知ってる」ヒナは言い返した。「ねえ。ジュス、どこ行ったか知ってる?」
「旦那様?」ウェインは手を拭きながらヒナの前に立った。「旦那様は仕事で出ているって聞いてるけど」
「ジュスは仕事やめたんでしょ?」だからヒナとずっと一緒にいてくれると思ったのに。
ウェインは椅子に座って、布巾をテーブルに丸めて置いた。「クラブの経営から手を引いたけど、色々することはあるんだよ。たぶん今日はあちこちのクラブを巡ってるんじゃないかな?敵情視察ってやつだよ」
てきじょう?なにそれ?「ジュスはいつ帰ってくるの?」
「夜まで戻らないんじゃない?クラブに行ったときはいつもそうだから」
そっか。遅いときはクラブに行ってたんだ。
「ウェインは好きな人いる?」ヒナはいたってさり気なく訊ねた。ここからが本題だ。
「え、何、急に。別にいないよそんな人」話の脈絡のなさにウェインは戸惑ったが、素直に答えた。答えなければこの状況から解放されないと知っているから。
「ヒナはいる」ヒナはきっぱりと言った。
「知ってるけどさ、そもそもヒナはどうして旦那様が好きなの?」ウェインはかねてからの疑問をヒナにぶつけた。
「えっと、ヒナのことが好きだから、かなぁ?」ヒナは顎をぽりぽりと掻いた。
ジュスの好きなところをあげればきりがない。ジュスはヒナを助けてくれて、愛してくれて、お父さんとお母さんにも会わせてくれた。もうすぐおじいちゃんにも会わせてくれる。なのに好きにならないなんておかしい。
「そりゃ、旦那様はヒナが好きだよ。一目惚れだったんだから。でもヒナは?いつから好きだったの?」
ヒナは、いつだったのだろうかと、ぼんやりと考える。
痛くて怖くてずっと目を閉じていたいと思っていたあの時、おそるおそる開いた目にジュスの顔が映った瞬間、ヒナはジュスに夢中になった。もう大丈夫だって思えたから。
「教えない」これはヒナとジュスの大切なもの。「それで、ウェインはどうなの?」
つづく
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ヒナの縁結び 4 [ヒナの縁結び]
ウェインは一度終えた休憩を再会する羽目になった。
おやつの残りをテーブルに出して、りんごジュースを用意する。
ヒナは答えをせっつくように、かわいらしい瞳を飴玉のようにきらきらさせている。こんな目で僕を見ていると旦那様が知ったら、きっと僕の目は潰されてしまうだろう。
そもそも、なぜヒナは僕の恋の話に興味が湧いたのだろうか?旦那様から何か聞いた?
「ヒナが何を知りたいのか分からないけど、今の僕は誰かを好きになっている暇なんてないんだ」
ヒナは手に付いたクッキーかすを払って、グラスを手にした。「ヒナだって忙しいけど、ジュスのこと好き」
いやいや、絶対暇でしょ。そう思ったが、口には出さなかった。
「それは相手が旦那様だからだよ。たとえばさ、旦那様が僕を必要としているときに、僕が花屋の女の子とイチャイチャしてたら困るでしょ」
「エヴィがいるよ」
ぐふッ!ヒナってば、僕の心をズタズタにする気?
「エヴァンは一時的に旦那様にお仕えしているだけ。旦那様は僕のものなんだから」
「ヒナのものだもん!」ヒナはいきり立って、グラスをテーブルに叩きつけるように置いた。
「いや、まあ、そうだけど。そういう意味じゃなくてさ……」ってヒナに説明しても無理か。「だいいち、僕を好きになってくれる人なんていないよ」
この仕事をしていると、出会いはほとんどない。もちろん、花屋の女の子と話したこともない。他のお屋敷の使用人と交流はあるけど、うちはまたちょっと特別だからなぁ……。
「ねぇ、もしも、ヒナがウェインのこと好きってゆったらどーする?」
ヒナが冗談で口にするには、あまりに恐ろしいことを口にした。しかもにこにこ顔で。
ウェインは震え上がった。これは何かの罠なのか?
「そのもしもの話だけど、正解はあるのかな?」
「あるよ」
ぐッ。まさか!すぐ外で旦那様が立ち聞きしているとかないよね?つかの間耳を澄ませるが、この時間にしては静かなものだった。
「嬉しいけど、ヒナは旦那様のものだから、僕は辞退するよ」おそらくこれが正解だ。
「じゃあ、カイルがゆったら?」
カイル?僕のことを兄みたいに慕ってくれてるカイル?ずっと一緒にいたいなと言ってくれたカイル?
うーん。悩むなぁ。
「とても嬉しいよ」けど、好きの意味はヒナが思うのとは違うはず。
「チューできる?」
考えるまでもなく即答だ。「できないよッ!」
「そうなの?どうして?」ヒナは甘ったるい声を出し、ふと思い出したようにグラスを手に取った。
そう言われたら、どうしてだろう?ヒナとしたら旦那様に殺されるし、カイルとしたらあの冷酷な兄たちに殺されるだろう。
ウェインはそんな危険を冒したりはしない。それがウェインなりの処世術で、だからこそ今この地位にいる。ずうずうしいが、わきまえるところはわきまえる。
「そ、それじゃあさ、ヒナはジェームズとキスできる?ジェームズがしたいって言ったらどうする?」訊いた途端、ヒナは口に含んでいたりんごジュースを噴き出した。
「やだ。できない」口からだらだらとジュースをこぼしながら答える。
「ほらね」ウェインは勝ち誇ったように顎先をあげた。ふふんと得意げになったところで、ヒナの背後の人影に気付いた。
ヒィィィィィッ!!!!ま、まずい。
「わたしが誰に何をしたいだって?」
どこから聞いていたのか、ジェームズの表情はこれまでウェインが目にしたことのない恐ろしいものだった。
つづく
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おやつの残りをテーブルに出して、りんごジュースを用意する。
ヒナは答えをせっつくように、かわいらしい瞳を飴玉のようにきらきらさせている。こんな目で僕を見ていると旦那様が知ったら、きっと僕の目は潰されてしまうだろう。
そもそも、なぜヒナは僕の恋の話に興味が湧いたのだろうか?旦那様から何か聞いた?
「ヒナが何を知りたいのか分からないけど、今の僕は誰かを好きになっている暇なんてないんだ」
ヒナは手に付いたクッキーかすを払って、グラスを手にした。「ヒナだって忙しいけど、ジュスのこと好き」
いやいや、絶対暇でしょ。そう思ったが、口には出さなかった。
「それは相手が旦那様だからだよ。たとえばさ、旦那様が僕を必要としているときに、僕が花屋の女の子とイチャイチャしてたら困るでしょ」
「エヴィがいるよ」
ぐふッ!ヒナってば、僕の心をズタズタにする気?
「エヴァンは一時的に旦那様にお仕えしているだけ。旦那様は僕のものなんだから」
「ヒナのものだもん!」ヒナはいきり立って、グラスをテーブルに叩きつけるように置いた。
「いや、まあ、そうだけど。そういう意味じゃなくてさ……」ってヒナに説明しても無理か。「だいいち、僕を好きになってくれる人なんていないよ」
この仕事をしていると、出会いはほとんどない。もちろん、花屋の女の子と話したこともない。他のお屋敷の使用人と交流はあるけど、うちはまたちょっと特別だからなぁ……。
「ねぇ、もしも、ヒナがウェインのこと好きってゆったらどーする?」
ヒナが冗談で口にするには、あまりに恐ろしいことを口にした。しかもにこにこ顔で。
ウェインは震え上がった。これは何かの罠なのか?
「そのもしもの話だけど、正解はあるのかな?」
「あるよ」
ぐッ。まさか!すぐ外で旦那様が立ち聞きしているとかないよね?つかの間耳を澄ませるが、この時間にしては静かなものだった。
「嬉しいけど、ヒナは旦那様のものだから、僕は辞退するよ」おそらくこれが正解だ。
「じゃあ、カイルがゆったら?」
カイル?僕のことを兄みたいに慕ってくれてるカイル?ずっと一緒にいたいなと言ってくれたカイル?
うーん。悩むなぁ。
「とても嬉しいよ」けど、好きの意味はヒナが思うのとは違うはず。
「チューできる?」
考えるまでもなく即答だ。「できないよッ!」
「そうなの?どうして?」ヒナは甘ったるい声を出し、ふと思い出したようにグラスを手に取った。
そう言われたら、どうしてだろう?ヒナとしたら旦那様に殺されるし、カイルとしたらあの冷酷な兄たちに殺されるだろう。
ウェインはそんな危険を冒したりはしない。それがウェインなりの処世術で、だからこそ今この地位にいる。ずうずうしいが、わきまえるところはわきまえる。
「そ、それじゃあさ、ヒナはジェームズとキスできる?ジェームズがしたいって言ったらどうする?」訊いた途端、ヒナは口に含んでいたりんごジュースを噴き出した。
「やだ。できない」口からだらだらとジュースをこぼしながら答える。
「ほらね」ウェインは勝ち誇ったように顎先をあげた。ふふんと得意げになったところで、ヒナの背後の人影に気付いた。
ヒィィィィィッ!!!!ま、まずい。
「わたしが誰に何をしたいだって?」
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ヒナの縁結び 5 [ヒナの縁結び]
ジェームズは噂話が嫌いである。
もちろん仕事をする上では必要なものだ。情報は宝だ。
だが自分のこととなると話は別だ。ゴシップなど論外。特にパーシヴァルが屋敷に来てからというもの、二人のことが部下たちの口の端に上らないように気を付けている。それでも衝動的に雰囲気に流されてしまうのは、やはり相手がパーシヴァルだからだ。彼にはどこか抗えない魅力がある。
で、目の前のどうしようもない二人だが。
ウェインはせめて青ざめるだけの恥じらいはあったようだ。いつまで経っても主人の従者という自覚もなく、向上心の欠片も持ち合わせていない。なぜジャスティンがこの男を側に置くのか、ジェームズには理解できなかった。
一方ヒナは、振り返りもしない。まずいと思っているからか、単純に無視しているからか。
「どちらか答える気はあるのか?」どうでもよかったが、退屈しのぎに追求してみた。ひとを笑いの種にしておいて、そのままで済むはずない。
ヒナは無反応だったが、さすがにウェインは目上の者を無視する事はなかった。
「あ、あの、ちょっと冗談を言い合っていて……」
冗談?あれが冗談で口にすることか?
『ヒナはジェームズとキスできる?』
ウェインもヒナも、たまたま耳にしたのがジャスティンではなくて良かったと思うべきだ。
「ヒナはしないって言ったもん」なぜか怒り気味に返事をするヒナ。背中を向けたまま失礼にもほどがある。
怒りたいのは勝手に拒絶されたジェームズの方だ。
「ヒナはどうしてここにいるんです?ここはヒナの来るべき場所ではありませんよ。ウェインが注意すべきでしょう?」
ウェインは恐れおののきながらも、ヒナに注意できるわけないじゃないですかと目で訴えた。
確かにその通りだが、最近のヒナはわがままが過ぎる。もちろん甘やかすジャスティンが悪いのだが、あまりに目に余る。
「ウェインは仕事に戻れ」ジェームズはウェインを行かせた。「ヒナはそこに座っていなさい」ちゃっかりウェインの陰に隠れて出て行こうとするヒナを引き留める。
「どうして?ヒナ、着替えなきゃいけないのに」ヒナはぶうと不貞腐れた。が、素直に椅子に戻った。
「ずいぶん都合が良いですね」ジェームズは皮肉った。
「だって、ダンに怒られちゃうもん」
「ダンをだしにするのはやめなさい。いいですか、余計なことはやめなさい。こんなことは、ウェインのためにもカイルのためにもならない」
「なんで!」ヒナは反発したが、目を合わせようとはしない。
まったく。こちらが下手に出ているからといって、生意気が過ぎる。
「わたしが何も知らないと思っているとしたら、ずいぶんと間抜けだな。ジャスティンに告げ口されたくなかったら、さっさと戻って着替えを済ませることだ」ジェームズは厳しい口調で命じた。ジャスティンが不在の時はいつもそうしていたように。
「う、う……、はい」ヒナは小さな身体をさらに縮めて、こくんと頷いた。
「では。行きなさい」
ヒナは黙って立ち上がると、テーブルの上のクッキーを鷲掴み、ジェームズを避けるようにして談話室を出ていった。
言い過ぎたと思わなくもなかったが、たまには躾も必要だ。
つづく
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もちろん仕事をする上では必要なものだ。情報は宝だ。
だが自分のこととなると話は別だ。ゴシップなど論外。特にパーシヴァルが屋敷に来てからというもの、二人のことが部下たちの口の端に上らないように気を付けている。それでも衝動的に雰囲気に流されてしまうのは、やはり相手がパーシヴァルだからだ。彼にはどこか抗えない魅力がある。
で、目の前のどうしようもない二人だが。
ウェインはせめて青ざめるだけの恥じらいはあったようだ。いつまで経っても主人の従者という自覚もなく、向上心の欠片も持ち合わせていない。なぜジャスティンがこの男を側に置くのか、ジェームズには理解できなかった。
一方ヒナは、振り返りもしない。まずいと思っているからか、単純に無視しているからか。
「どちらか答える気はあるのか?」どうでもよかったが、退屈しのぎに追求してみた。ひとを笑いの種にしておいて、そのままで済むはずない。
ヒナは無反応だったが、さすがにウェインは目上の者を無視する事はなかった。
「あ、あの、ちょっと冗談を言い合っていて……」
冗談?あれが冗談で口にすることか?
『ヒナはジェームズとキスできる?』
ウェインもヒナも、たまたま耳にしたのがジャスティンではなくて良かったと思うべきだ。
「ヒナはしないって言ったもん」なぜか怒り気味に返事をするヒナ。背中を向けたまま失礼にもほどがある。
怒りたいのは勝手に拒絶されたジェームズの方だ。
「ヒナはどうしてここにいるんです?ここはヒナの来るべき場所ではありませんよ。ウェインが注意すべきでしょう?」
ウェインは恐れおののきながらも、ヒナに注意できるわけないじゃないですかと目で訴えた。
確かにその通りだが、最近のヒナはわがままが過ぎる。もちろん甘やかすジャスティンが悪いのだが、あまりに目に余る。
「ウェインは仕事に戻れ」ジェームズはウェインを行かせた。「ヒナはそこに座っていなさい」ちゃっかりウェインの陰に隠れて出て行こうとするヒナを引き留める。
「どうして?ヒナ、着替えなきゃいけないのに」ヒナはぶうと不貞腐れた。が、素直に椅子に戻った。
「ずいぶん都合が良いですね」ジェームズは皮肉った。
「だって、ダンに怒られちゃうもん」
「ダンをだしにするのはやめなさい。いいですか、余計なことはやめなさい。こんなことは、ウェインのためにもカイルのためにもならない」
「なんで!」ヒナは反発したが、目を合わせようとはしない。
まったく。こちらが下手に出ているからといって、生意気が過ぎる。
「わたしが何も知らないと思っているとしたら、ずいぶんと間抜けだな。ジャスティンに告げ口されたくなかったら、さっさと戻って着替えを済ませることだ」ジェームズは厳しい口調で命じた。ジャスティンが不在の時はいつもそうしていたように。
「う、う……、はい」ヒナは小さな身体をさらに縮めて、こくんと頷いた。
「では。行きなさい」
ヒナは黙って立ち上がると、テーブルの上のクッキーを鷲掴み、ジェームズを避けるようにして談話室を出ていった。
言い過ぎたと思わなくもなかったが、たまには躾も必要だ。
つづく
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ヒナの縁結び 6 [ヒナの縁結び]
ジェームズに怒られてすっかりしょげたヒナは、裸になってベッドにもぐり込んだ。
ぐすぐすと鼻をすすり、身体を丸める。心細いのはジャスティンがいないからではなく、自分の存在が否定されたような気がしたからだ。
普段のヒナは自分の行動に疑問を抱くことはないが、よかれと思ってしたことを全否定され、どうしたらいいのかわからなくなってしまった。
ほどなくして、ダンが部屋にやって来た。
ヒナが不貞寝をしているのを見ても容赦はない。上掛けを剥ぎ取り、ヒナを転がす。裸なのはちょうどいいとばかりにベッドの端に座らせて、シャツに袖を通す。
ダンはあえて何も訊こうとしないので、ヒナの方から口を開いた。
「ねぇ、ダン」
「なんです?」ダンは訊き返しながら、小さくてつるつる滑るボタンを苦もなく留めていく。
ヒナはダンの手元に目を落としぼそぼそと言った。「さっきジャムに怒られた」
「ええ、聞いていますよ。あれはウェインが完全に悪い。例えが悪すぎます」ダンはヒナのことなら何でも知っていますよと、さらりと返す。
「ヒナがおせっかいするのは悪くない?」誰でもいい、味方が欲しかった。それがダンなら言う事なしだ。二人の絆は二人が考えている以上に強いのだ。
「んー、まあ、どうでしょうね。ヒナがいくら頑張っても、ウェインは鈍感だからなぁ。いくらカイルが好きだって伝えても理解出来ないんじゃないかな?」
ダンがはいと下穿きを手渡す。ヒナは受け取ると、座ったままもぞもぞと穿いた。ついでにズボンも穿く。
「ダンはブルゥと両思いで良かったね」しかももうすぐ会える。
「ちょっ、ヒナ、誰かに聞かれたらどうするんですか」ダンは顔を赤くして、背後のドアを見やった。
「平気だよ。ヒナ、いまひとりぼっちだから」今のヒナは、気分が落ち込んでいるせいで自虐的になっている。
「何言っているんですか。僕がいるでしょう?」ダンは靴下を手に跪き、ヒナを見上げる。「ほら、足を出してください」
ヒナはベッドに両手を着き、両方のつま先を差し出した。
「ダンはずっとヒナと一緒にいてくれる?」
「どうしたんです?もちろんそのつもりですよ。旦那様がヒナのために新しい人を雇ったりしない限りはね」
「新しい人なんかいらないってジュスにお願いする」
「今のは例え話ですよ。でも、もしもそういう話が出たら、ヒナは全力で反対してくださいね」
「うん!全力で頑張る!」
「ところで、そこにあるぼろぼろのクッキーは何です?」ダンがベッド脇のテーブルに目を向ける。
「夜食」ヒナはむっつりと言い返した。ジェームズに何も言い返せず、悔し紛れに鷲掴んだクッキーだ。
「夜食なら、シモンがちゃんと用意していますよ」ダンはやれやれと首を振って、ヒナを鏡の前に座らせた。
今夜は上着の色に合わせてワインレッドのリボン。うなじでひとまとめにするスタイルだ。いい感じに決まった髪をジャスティンに見せられないのが、とても残念だった。
つづく
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ぐすぐすと鼻をすすり、身体を丸める。心細いのはジャスティンがいないからではなく、自分の存在が否定されたような気がしたからだ。
普段のヒナは自分の行動に疑問を抱くことはないが、よかれと思ってしたことを全否定され、どうしたらいいのかわからなくなってしまった。
ほどなくして、ダンが部屋にやって来た。
ヒナが不貞寝をしているのを見ても容赦はない。上掛けを剥ぎ取り、ヒナを転がす。裸なのはちょうどいいとばかりにベッドの端に座らせて、シャツに袖を通す。
ダンはあえて何も訊こうとしないので、ヒナの方から口を開いた。
「ねぇ、ダン」
「なんです?」ダンは訊き返しながら、小さくてつるつる滑るボタンを苦もなく留めていく。
ヒナはダンの手元に目を落としぼそぼそと言った。「さっきジャムに怒られた」
「ええ、聞いていますよ。あれはウェインが完全に悪い。例えが悪すぎます」ダンはヒナのことなら何でも知っていますよと、さらりと返す。
「ヒナがおせっかいするのは悪くない?」誰でもいい、味方が欲しかった。それがダンなら言う事なしだ。二人の絆は二人が考えている以上に強いのだ。
「んー、まあ、どうでしょうね。ヒナがいくら頑張っても、ウェインは鈍感だからなぁ。いくらカイルが好きだって伝えても理解出来ないんじゃないかな?」
ダンがはいと下穿きを手渡す。ヒナは受け取ると、座ったままもぞもぞと穿いた。ついでにズボンも穿く。
「ダンはブルゥと両思いで良かったね」しかももうすぐ会える。
「ちょっ、ヒナ、誰かに聞かれたらどうするんですか」ダンは顔を赤くして、背後のドアを見やった。
「平気だよ。ヒナ、いまひとりぼっちだから」今のヒナは、気分が落ち込んでいるせいで自虐的になっている。
「何言っているんですか。僕がいるでしょう?」ダンは靴下を手に跪き、ヒナを見上げる。「ほら、足を出してください」
ヒナはベッドに両手を着き、両方のつま先を差し出した。
「ダンはずっとヒナと一緒にいてくれる?」
「どうしたんです?もちろんそのつもりですよ。旦那様がヒナのために新しい人を雇ったりしない限りはね」
「新しい人なんかいらないってジュスにお願いする」
「今のは例え話ですよ。でも、もしもそういう話が出たら、ヒナは全力で反対してくださいね」
「うん!全力で頑張る!」
「ところで、そこにあるぼろぼろのクッキーは何です?」ダンがベッド脇のテーブルに目を向ける。
「夜食」ヒナはむっつりと言い返した。ジェームズに何も言い返せず、悔し紛れに鷲掴んだクッキーだ。
「夜食なら、シモンがちゃんと用意していますよ」ダンはやれやれと首を振って、ヒナを鏡の前に座らせた。
今夜は上着の色に合わせてワインレッドのリボン。うなじでひとまとめにするスタイルだ。いい感じに決まった髪をジャスティンに見せられないのが、とても残念だった。
つづく
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ヒナの縁結び 7 [ヒナの縁結び]
今夜の晩餐はヒナとカイル、そしてパーシヴァルの三人だけ。なので大きなテーブルの端に片寄っての気楽なものとなった。
ちなみにジャスティンは敵情視察中、ジェームズはクラブの執務室に籠りきりだ。
「そういえば、僕の使用人たちがウェストクロウから戻ってくるらしいよ」パーシヴァルは空になったスープ皿を押し退けながら言う。「ヒナ、そこのパン、ひとつ取って」丸くて小さなパンは、もちもちしていてみんなの好物だ。
「パーシーの使用人たちって?ロシタのこと?」ヒナはパンかごをパーシヴァルの方に押しやりながら訊ねた。
「名前はなんだったか……とにかく、全員引き揚げてくるんだってさ。使用人のことはジェームズが管理しているから、僕は何が何だかよくわからないけどね」パーシヴァルは両方の手の平を上に向けて肩をすくめた。
「じゃあ、スペンサーたちと一緒なのかな?」カイルは独り言のように言って、生ハムのサラダをライ麦パンに挟んでかぶりついた。晩餐と言うよりまるでピクニックだ。
「どうだろうね?ジェームズかジャスティンがいれば訊けるんだけど、あいにくあの二人は仕事に夢中のようだし」パーシヴァルは悩ましげに溜息を吐いた。
「ジュスは遅くならないと帰って来ないんだって」ヒナは理不尽だとばかりに言う。確かに、昨日はベッドに来るのが遅いとぐちぐち言われたのだから、ヒナが愚痴のひとつもこぼしたところで文句は言えまい。
「それを言うならジェームズはきっと朝まで戻ってこないさ。あのろくでなしは、僕を避けているんだ」パーシヴァルは次の一皿、エビとホタテのクリームソースを目の前に嘆いた。
「あの……クロフト卿は、その……ジェームズさんとお付き合いされていたりするんですか?」カイルはかねてからの疑問をパーシヴァルに突き付けた。
「ふふふっ。気になるかい?」訊ねられて上機嫌だ。
「気になります。だってクロフト卿はジェームズさんのことすごく好きだってわかるし、ジェームズさんもきっとそうなんだって」カイルは顔を赤らめながらも、言い切った。あわよくば、恋愛指南役をお願いしようとさえしている。見方によってはそれだけ追い込まれている証拠だ。
カイルの心意気にパーシヴァルは感心した。子供は相手の身分がどれだけ上でも物怖じしないから好きだ。
「カイルの目にはジェームズが僕を好いているように見えるかい?」
「はい」
「だって、ヒナ。嬉しいね」パーシヴァルはにんまりとし、ヒナにも同じ答えを求めた。想い合っているって素敵だろうと言わんばかりに。
「ヒナはわかんない」ヒナはぶんぶんと頭を振った。二人の関係が、自分たちとは違い過ぎて、本当に恋人同士なのか疑い中だ。
「ジェームズはいつもつんつんしてるから、わかりにくいかもなぁ。二人きりの時も、まあ、あまり変わらないけどね。そういうところが好きなんだけどさ。ほら、二人とも、エビ、美味しいよ」食事の手が止まっている二人に、シモンのとっておきの料理を勧める。もしもヒナが残したりすれば、シモンはひどく悲しむだろう。
「どうしたら、クロフト卿とジェームズさんみたいになれますか?」
「わぉ!ヒナとジャスティンみたいにじゃなくて、僕とジェームズみたいに?いいねぇ~。それで、誰とそうなりたいんだい?僕に任せれば、きっと相手を夢中にさせてあげられるよ」
ヒナはそんな安請け合いして大丈夫なのという目でパーシヴァルを見た。つい数時間前、ヒナも同じようなことをして失敗したところだ。
「あの、秘密ですよ」
カイルがちらちらと部屋の隅に控える給仕係を気にする素振りを見せると、パーシヴァルは手を振り速やかに追い払った。彼らは次の料理までは顔を見せないだろう。
「もちろんだよ。さあ、言ってごらん」
「ウェインさん……です」カイルは熟れたりんごみたいに真っ赤になった。
「あー……えっと、誰だっけ?」パーシヴァルはなんの臆面もなくぽかんとした。
さすがにこれにはヒナもつっこむ。「ウェインだよ、パーシー」
「ああ、あの地味っ子ね。ああ、そうか、そうだよね。カイルが彼に夢中なのには気付いていたよ。それともヒナに聞いたんだっけ?」パーシヴァルの頭の中にはウェインの記憶はひとつもなかった。ジャスティンの従者だということはかろうじて思い出したが、いかんせん、何の特徴もない男だ。さて困った。ああいう男の扱い方はまったく分からない。
「さすがクロフト卿。やっぱり気付いていたんですね」純情なカイルは、すでにパーシヴァルを恋の伝道師か何かと思い始めていた。
「とにかく、今は食事を楽しむとして、あとでゆっくり作戦を練ろう」
それまでにはきっと、何の特徴もない下僕とヒナの大切なお友達をくっつける案が、ひとつくらいは浮かぶだろう。
「ねろうねろう!」
「練ろう練ろう!」
ヒナのカイルが同意したところで、給仕係が待ちかねたように持ち場に戻ってきた。
つづく
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ちなみにジャスティンは敵情視察中、ジェームズはクラブの執務室に籠りきりだ。
「そういえば、僕の使用人たちがウェストクロウから戻ってくるらしいよ」パーシヴァルは空になったスープ皿を押し退けながら言う。「ヒナ、そこのパン、ひとつ取って」丸くて小さなパンは、もちもちしていてみんなの好物だ。
「パーシーの使用人たちって?ロシタのこと?」ヒナはパンかごをパーシヴァルの方に押しやりながら訊ねた。
「名前はなんだったか……とにかく、全員引き揚げてくるんだってさ。使用人のことはジェームズが管理しているから、僕は何が何だかよくわからないけどね」パーシヴァルは両方の手の平を上に向けて肩をすくめた。
「じゃあ、スペンサーたちと一緒なのかな?」カイルは独り言のように言って、生ハムのサラダをライ麦パンに挟んでかぶりついた。晩餐と言うよりまるでピクニックだ。
「どうだろうね?ジェームズかジャスティンがいれば訊けるんだけど、あいにくあの二人は仕事に夢中のようだし」パーシヴァルは悩ましげに溜息を吐いた。
「ジュスは遅くならないと帰って来ないんだって」ヒナは理不尽だとばかりに言う。確かに、昨日はベッドに来るのが遅いとぐちぐち言われたのだから、ヒナが愚痴のひとつもこぼしたところで文句は言えまい。
「それを言うならジェームズはきっと朝まで戻ってこないさ。あのろくでなしは、僕を避けているんだ」パーシヴァルは次の一皿、エビとホタテのクリームソースを目の前に嘆いた。
「あの……クロフト卿は、その……ジェームズさんとお付き合いされていたりするんですか?」カイルはかねてからの疑問をパーシヴァルに突き付けた。
「ふふふっ。気になるかい?」訊ねられて上機嫌だ。
「気になります。だってクロフト卿はジェームズさんのことすごく好きだってわかるし、ジェームズさんもきっとそうなんだって」カイルは顔を赤らめながらも、言い切った。あわよくば、恋愛指南役をお願いしようとさえしている。見方によってはそれだけ追い込まれている証拠だ。
カイルの心意気にパーシヴァルは感心した。子供は相手の身分がどれだけ上でも物怖じしないから好きだ。
「カイルの目にはジェームズが僕を好いているように見えるかい?」
「はい」
「だって、ヒナ。嬉しいね」パーシヴァルはにんまりとし、ヒナにも同じ答えを求めた。想い合っているって素敵だろうと言わんばかりに。
「ヒナはわかんない」ヒナはぶんぶんと頭を振った。二人の関係が、自分たちとは違い過ぎて、本当に恋人同士なのか疑い中だ。
「ジェームズはいつもつんつんしてるから、わかりにくいかもなぁ。二人きりの時も、まあ、あまり変わらないけどね。そういうところが好きなんだけどさ。ほら、二人とも、エビ、美味しいよ」食事の手が止まっている二人に、シモンのとっておきの料理を勧める。もしもヒナが残したりすれば、シモンはひどく悲しむだろう。
「どうしたら、クロフト卿とジェームズさんみたいになれますか?」
「わぉ!ヒナとジャスティンみたいにじゃなくて、僕とジェームズみたいに?いいねぇ~。それで、誰とそうなりたいんだい?僕に任せれば、きっと相手を夢中にさせてあげられるよ」
ヒナはそんな安請け合いして大丈夫なのという目でパーシヴァルを見た。つい数時間前、ヒナも同じようなことをして失敗したところだ。
「あの、秘密ですよ」
カイルがちらちらと部屋の隅に控える給仕係を気にする素振りを見せると、パーシヴァルは手を振り速やかに追い払った。彼らは次の料理までは顔を見せないだろう。
「もちろんだよ。さあ、言ってごらん」
「ウェインさん……です」カイルは熟れたりんごみたいに真っ赤になった。
「あー……えっと、誰だっけ?」パーシヴァルはなんの臆面もなくぽかんとした。
さすがにこれにはヒナもつっこむ。「ウェインだよ、パーシー」
「ああ、あの地味っ子ね。ああ、そうか、そうだよね。カイルが彼に夢中なのには気付いていたよ。それともヒナに聞いたんだっけ?」パーシヴァルの頭の中にはウェインの記憶はひとつもなかった。ジャスティンの従者だということはかろうじて思い出したが、いかんせん、何の特徴もない男だ。さて困った。ああいう男の扱い方はまったく分からない。
「さすがクロフト卿。やっぱり気付いていたんですね」純情なカイルは、すでにパーシヴァルを恋の伝道師か何かと思い始めていた。
「とにかく、今は食事を楽しむとして、あとでゆっくり作戦を練ろう」
それまでにはきっと、何の特徴もない下僕とヒナの大切なお友達をくっつける案が、ひとつくらいは浮かぶだろう。
「ねろうねろう!」
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ヒナのカイルが同意したところで、給仕係が待ちかねたように持ち場に戻ってきた。
つづく
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ヒナの縁結び 8 [ヒナの縁結び]
夜遅くまで恋の作戦を話し合った三人は、各々言いたいことを言い合ったせいか満足して部屋に戻った。
だからヒナは、ジャスティンがいない寂しさを感じずに済むはずだった。でも、寝支度をしてベッドに入ったとき、ぽっかりと空いた大きなスペースに胸がきゅっとなった。
カイルもこんなふうに胸がきゅっとなっているのかな?
ヒナはジャスティンの枕を引き寄せて、ぎゅっと抱いた。おひさまの匂いとジュスの匂いがする。これで寂しくない。
パーシーは結局クラブに行ってしまった。ヒナと違って大人だから自由に動ける。すごくうらやましい。
だからヒナも早く大人にならなきゃ。怒られてめそめそしたり、おじいちゃんに会いに行けないからってわがままを言っちゃだめ。けど……。
「あーあ」ジュスに会いたいな。お昼からずっと会ってないんだもん。
「どうした?ご機嫌斜めか?」
ヒナの心の声が届いたのか、ジャスティンが外から戻ってきたとき特有の匂いをまとって目の前に現れた。後ろにエヴァンがいたが、ヒナがベッドに入っているのを見てさがらせた。
「ジュスゥ~!おかえり!!」ヒナは飛び起き、ジャスティンに向かってジャンプした。
ジャスティンは両手を広げてヒナをキャッチすると、清潔な首筋に鼻を押し付け香りを吸い込んだ。
ヒナはくすぐったくて、くすくすと笑った。
「早かったね」今夜は眠るまで戻ってこないと思っていたから、すごく嬉しい。
「そうか?遅いって怒られるかと思ったが」
「怒らないよ」ヒナはぷにゅっと唇を突き出した。
「よし、じゃあ、ここでちょっと待ってろ」ジャスティンはヒナをベッドに戻すと、上着を脱いでソファの背に無造作に掛けた。
ヒナはベッドの端で足をぷらぷらと揺らしながら、ジャスティンの着替えを眺めていた。
「お仕事、どうだった?」敵情なんちゃらはうまくいったのかな?
「ん?パーシヴァルに聞いたのか?それとも、臭うか?」ジャスティンは袖をくんくんと匂った。
「お酒とけむりの匂いがする」
「そうか?でも、ヒナとキスできなくなるから、俺はどちらも我慢したんだぞ」
「そうなの?」ヒナのために?
「そうだよ。まあ、お酒のグラスには口をつけたが、なめただけだ。さて、軽くシャワーを浴びてこようか、それともこのままベッドに入ろうか?」
「ベッド!ベッド!ベッド!」ヒナは手足をばたつかせて、全身でアピールした。ちょっと匂うくらいなんてことない。
「今夜はやけにせっかちなんだな。何かあったのかな、ヒナさん」全裸のジャスティンは、ヒナの顎を二本の指で持ち上げて訊ねた。
「ヒナさんは何もないです」ジャムに怒られたの、言いたくない。
「ふうん」ジャスティンはヒナの言いたくないことを、無理に言わせるようなまねはしない。もちろん、気にならないわけではないが、そのうち嫌でもどこからか耳に入ってくるからだ。
「ねぇ、ジュス。スペンサーとブルゥとロシタは一緒なの?明日、来る?」ヒナはいそいそとジャスティンのために場所を空け、ちょうどいい場所に横になった。
ジャスティンはヒナのちょこまかした動きを見て微笑んだ。「もう到着するのか。そうか……ほとんどジェームズに任せたから、俺はよくわからん。着いたら、顔を出せとは言っておいたが。あいつらのことがそんなに気になるか?」
「だって……カイルが……」
「大丈夫だ、ヒナ。カイルはおじさんのところに行っても、ウェインのことを諦めたりしないし、ウェインもそのうちカイルの良さが分かるさ。離れたくらいがちょうどいいんだ」ベッドに入ると、ヒナのために腕を出した。
早速ヒナは頭を乗せる。ころりと転がされて、気付けばすっぽりとジャスティンの腕の中に収まっていた。
「ヒナはジュスと離れたくない」ヒナはジャスティンの胸にしがみついた。ヒナにはない巻き毛が頬をくすぐる。
「俺たちはお互いの良いところも悪いところも知っているから、わざわざ離れなくてもいいんだ。ほらヒナ、キスして」
「はぁい」
つづく
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だからヒナは、ジャスティンがいない寂しさを感じずに済むはずだった。でも、寝支度をしてベッドに入ったとき、ぽっかりと空いた大きなスペースに胸がきゅっとなった。
カイルもこんなふうに胸がきゅっとなっているのかな?
ヒナはジャスティンの枕を引き寄せて、ぎゅっと抱いた。おひさまの匂いとジュスの匂いがする。これで寂しくない。
パーシーは結局クラブに行ってしまった。ヒナと違って大人だから自由に動ける。すごくうらやましい。
だからヒナも早く大人にならなきゃ。怒られてめそめそしたり、おじいちゃんに会いに行けないからってわがままを言っちゃだめ。けど……。
「あーあ」ジュスに会いたいな。お昼からずっと会ってないんだもん。
「どうした?ご機嫌斜めか?」
ヒナの心の声が届いたのか、ジャスティンが外から戻ってきたとき特有の匂いをまとって目の前に現れた。後ろにエヴァンがいたが、ヒナがベッドに入っているのを見てさがらせた。
「ジュスゥ~!おかえり!!」ヒナは飛び起き、ジャスティンに向かってジャンプした。
ジャスティンは両手を広げてヒナをキャッチすると、清潔な首筋に鼻を押し付け香りを吸い込んだ。
ヒナはくすぐったくて、くすくすと笑った。
「早かったね」今夜は眠るまで戻ってこないと思っていたから、すごく嬉しい。
「そうか?遅いって怒られるかと思ったが」
「怒らないよ」ヒナはぷにゅっと唇を突き出した。
「よし、じゃあ、ここでちょっと待ってろ」ジャスティンはヒナをベッドに戻すと、上着を脱いでソファの背に無造作に掛けた。
ヒナはベッドの端で足をぷらぷらと揺らしながら、ジャスティンの着替えを眺めていた。
「お仕事、どうだった?」敵情なんちゃらはうまくいったのかな?
「ん?パーシヴァルに聞いたのか?それとも、臭うか?」ジャスティンは袖をくんくんと匂った。
「お酒とけむりの匂いがする」
「そうか?でも、ヒナとキスできなくなるから、俺はどちらも我慢したんだぞ」
「そうなの?」ヒナのために?
「そうだよ。まあ、お酒のグラスには口をつけたが、なめただけだ。さて、軽くシャワーを浴びてこようか、それともこのままベッドに入ろうか?」
「ベッド!ベッド!ベッド!」ヒナは手足をばたつかせて、全身でアピールした。ちょっと匂うくらいなんてことない。
「今夜はやけにせっかちなんだな。何かあったのかな、ヒナさん」全裸のジャスティンは、ヒナの顎を二本の指で持ち上げて訊ねた。
「ヒナさんは何もないです」ジャムに怒られたの、言いたくない。
「ふうん」ジャスティンはヒナの言いたくないことを、無理に言わせるようなまねはしない。もちろん、気にならないわけではないが、そのうち嫌でもどこからか耳に入ってくるからだ。
「ねぇ、ジュス。スペンサーとブルゥとロシタは一緒なの?明日、来る?」ヒナはいそいそとジャスティンのために場所を空け、ちょうどいい場所に横になった。
ジャスティンはヒナのちょこまかした動きを見て微笑んだ。「もう到着するのか。そうか……ほとんどジェームズに任せたから、俺はよくわからん。着いたら、顔を出せとは言っておいたが。あいつらのことがそんなに気になるか?」
「だって……カイルが……」
「大丈夫だ、ヒナ。カイルはおじさんのところに行っても、ウェインのことを諦めたりしないし、ウェインもそのうちカイルの良さが分かるさ。離れたくらいがちょうどいいんだ」ベッドに入ると、ヒナのために腕を出した。
早速ヒナは頭を乗せる。ころりと転がされて、気付けばすっぽりとジャスティンの腕の中に収まっていた。
「ヒナはジュスと離れたくない」ヒナはジャスティンの胸にしがみついた。ヒナにはない巻き毛が頬をくすぐる。
「俺たちはお互いの良いところも悪いところも知っているから、わざわざ離れなくてもいいんだ。ほらヒナ、キスして」
「はぁい」
つづく
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ヒナの縁結び 9 [ヒナの縁結び]
翌朝、朝食ルームにはそれぞれ時間差はあるものの全員が顔を揃えた。
てっきりヒナはまだ不貞腐れていると思っていたジェームズは、ジャスティンとにこにこと笑い合うヒナを見て拍子抜けした。
いい気なものだ。こちらは仕事を終える段になってパーシヴァルにあれこれ仕事を増やされ、ろくに寝てもいないというのに。あの馬鹿は見回りと称して館内をうろついたあげく、クラムとダドリーと戯れていた。二人に挟まれて上機嫌で、認めるのは悔しいが、いつもよりも輝いて見えた。
パーシヴァルはちやほやされて当然の男だ。賞賛されてこそ、その魅力が際立つ。僕なんかのそばにいては、曇ってしまった宝石のように輝きを失ってしまう。
結局、パーシヴァルは二人の手から逃れて、ジェームズの腕に抱き留められたのだけれど、不安は募るばかりだ。
ジェームズはいつものように新聞片手にコーヒーを啜った。隣でパーシヴァルはトーストをかじっている。
今朝はもう少しゆっくりしてもよかったが、予定通りならウェストクロウへ送り込んだ使用人がもうまもなく到着するはずだ。何も問題なければ、カイルの兄たちも一緒に。
これがまた頭の痛い問題だ。この屋敷の使用人は足りているし、かといって彼らに空き家の世話をさせるわけにもいかない。クラブはしばらく閉鎖するし、従業員の配置換えについても考えなきゃならない。
それなのに、パーシヴァルは邪魔をしてばかり。いや、惑わされる自分が悪いのだ。そばにいて彼の香りを吸い込めば、何もせずに腕の中から出せない。
欲に溺れたくはないのに。
「ジェームズ。難しい顔をして、何か悪いことでも?」ふいにパーシヴァルが顔を覗き込んできた。同じように寝不足のはずなのに、くまひとつない。
「悪いこと?」君の魅力にあらがえないということ以外に?「なぜだ?」
「新聞を睨んでいるからさ」
ジェームズは新聞を置いた。今朝は考えることが多すぎて新聞は読めそうにない。
「従者がいなくてしばらく不便でしたでしょう?明日からは一人付けられますけど、面接をしますか?」
「別に。ジェームズが選んでくれたらそれでいい。もしかして、彼らの配置に悩んでいるのかい?」
「ええ、まあ……」他にもいろいろと。
「当初の予定通り、僕の屋敷を任せればいい。時々、二人で過ごせるようにね」
一瞬、パーシヴァルの提案も悪くないと思ってしまった。ここではいちいち気を遣うし、邪魔も入る。
「パーシーのおうちに行ってみたいな」
ほら、さっそく。ヒナはジャスティンの方だけ見ていればいいのに。もしくはカイルと子供同士の会話でも楽しめばいい。今朝のカイルは元気がない。ヒナがもう少し気を使うべきだ。
「お!それもいいかもね。みんなで遊びに行こう」パーシヴァルは相変わらず甥っ子に甘い。
「お前は遊んでいる暇などないだろうが」ジャスティンは相変わらずパーシヴァルには厳しい。
「たまには息抜きも必要さ。だいたい、君もジェームズも働き過ぎ。そんなんじゃヒナに嫌われちゃうよ。カイルだって、好きな人とはのんびり過ごしたいだろう?」パーシヴァルはとうとうカイルまで巻き込んだ。
「うん。のんびり過ごしたい」カイルは目をキラキラさせて声を張った。ウェインの事を想っているのは明白だ。
だが、ヒナのようなお節介をするつもりはない。こういう問題は自分でどうにかするほかない。でもまあ、ウェインの尻を叩いてみるのも悪くはないだろう。
「今日は忙しいですよ」ジェームズはにこりともせず言った。
つづく
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てっきりヒナはまだ不貞腐れていると思っていたジェームズは、ジャスティンとにこにこと笑い合うヒナを見て拍子抜けした。
いい気なものだ。こちらは仕事を終える段になってパーシヴァルにあれこれ仕事を増やされ、ろくに寝てもいないというのに。あの馬鹿は見回りと称して館内をうろついたあげく、クラムとダドリーと戯れていた。二人に挟まれて上機嫌で、認めるのは悔しいが、いつもよりも輝いて見えた。
パーシヴァルはちやほやされて当然の男だ。賞賛されてこそ、その魅力が際立つ。僕なんかのそばにいては、曇ってしまった宝石のように輝きを失ってしまう。
結局、パーシヴァルは二人の手から逃れて、ジェームズの腕に抱き留められたのだけれど、不安は募るばかりだ。
ジェームズはいつものように新聞片手にコーヒーを啜った。隣でパーシヴァルはトーストをかじっている。
今朝はもう少しゆっくりしてもよかったが、予定通りならウェストクロウへ送り込んだ使用人がもうまもなく到着するはずだ。何も問題なければ、カイルの兄たちも一緒に。
これがまた頭の痛い問題だ。この屋敷の使用人は足りているし、かといって彼らに空き家の世話をさせるわけにもいかない。クラブはしばらく閉鎖するし、従業員の配置換えについても考えなきゃならない。
それなのに、パーシヴァルは邪魔をしてばかり。いや、惑わされる自分が悪いのだ。そばにいて彼の香りを吸い込めば、何もせずに腕の中から出せない。
欲に溺れたくはないのに。
「ジェームズ。難しい顔をして、何か悪いことでも?」ふいにパーシヴァルが顔を覗き込んできた。同じように寝不足のはずなのに、くまひとつない。
「悪いこと?」君の魅力にあらがえないということ以外に?「なぜだ?」
「新聞を睨んでいるからさ」
ジェームズは新聞を置いた。今朝は考えることが多すぎて新聞は読めそうにない。
「従者がいなくてしばらく不便でしたでしょう?明日からは一人付けられますけど、面接をしますか?」
「別に。ジェームズが選んでくれたらそれでいい。もしかして、彼らの配置に悩んでいるのかい?」
「ええ、まあ……」他にもいろいろと。
「当初の予定通り、僕の屋敷を任せればいい。時々、二人で過ごせるようにね」
一瞬、パーシヴァルの提案も悪くないと思ってしまった。ここではいちいち気を遣うし、邪魔も入る。
「パーシーのおうちに行ってみたいな」
ほら、さっそく。ヒナはジャスティンの方だけ見ていればいいのに。もしくはカイルと子供同士の会話でも楽しめばいい。今朝のカイルは元気がない。ヒナがもう少し気を使うべきだ。
「お!それもいいかもね。みんなで遊びに行こう」パーシヴァルは相変わらず甥っ子に甘い。
「お前は遊んでいる暇などないだろうが」ジャスティンは相変わらずパーシヴァルには厳しい。
「たまには息抜きも必要さ。だいたい、君もジェームズも働き過ぎ。そんなんじゃヒナに嫌われちゃうよ。カイルだって、好きな人とはのんびり過ごしたいだろう?」パーシヴァルはとうとうカイルまで巻き込んだ。
「うん。のんびり過ごしたい」カイルは目をキラキラさせて声を張った。ウェインの事を想っているのは明白だ。
だが、ヒナのようなお節介をするつもりはない。こういう問題は自分でどうにかするほかない。でもまあ、ウェインの尻を叩いてみるのも悪くはないだろう。
「今日は忙しいですよ」ジェームズはにこりともせず言った。
つづく
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ヒナの縁結び 10 [ヒナの縁結び]
「ヒナ、僕決めた」
朝食後、ヒナの部屋にやってきたカイルは出し抜けに言った。
「何を決めたの?」ソファでごろごろしていたヒナは、顔だけにょきりと出して訊ねる。まるで巣穴から顔を覗かせたリスみたいだ。
「ウェインさんのこと。クロフト卿の言う通り、ちょっと引いてみる」カイルはヒナの足元にぺたりと座った。
昨日の夜、クロフト卿からたくさんのアドバイスをもらった。
『一緒にいたい気持ちはよくわかるよ。でも、少し離れてみるのもいいんじゃない?』
ヒナは頑としてクロフト卿の意見には反対だった。好きな人と離れるなんて絶対に出来ないと。
正直、クロフト卿の意見には説得力はないと思った。あの後すぐにジェームズさんに会いに行っていたし。でもクロフト卿は、ここにいる誰より恋の駆け引きには長けている。
「もう好きだって言わないってこと?」ヒナがソファから、ふかふかの絨毯の上に降りてきた。
「まあ、そんな感じかな。しつこくして嫌われたらいけないし」
そもそもカイルはウェインにきちんと好きだと伝えてはいない。が、カイルもヒナもそれには気付いていなかった。
「ウェインは嫌ったりしないよ。カイルのこと好きだもん」ヒナは請け合った。
「それは、そうだと思うけど……」ヒナに言われると本当にそうなんだって思える。「でも、このままじゃウェインさんは僕のこと弟みたいにしか思ってくれない。それじゃダメなんだ。ヒナだって、ウォーターさんに弟だって言われたら、もうキスできなくなっちゃうんだよ」
「えっ!!そんなのやだ。弟なんかになりたくないっ!」ヒナは必死の形相で前言撤回した。
「でしょ。それにさ、もっと大人になってウェインさんに認められたい。だから我慢する。勉強いっぱいして、おじさんの仕事も手伝って、大人の男になるんだ」カイルは口元をぐっと引き締め、力強く鼻から息を吐き出した。
「カイルすごーい!ヒナも大人の男になる!」ヒナもむふんっと鼻の穴を膨らませた。
「よし!一緒になろう」
二人してこぶしをぐっと突き上げたところで、部屋の入口の方から声が掛かった。
「盛り上がっているところ悪いけど――」
ヒッ!!!ク、クロフト卿!くわぁ~ッ!恥ずかしい。
カイルはこぶしを引っこめた。
「パーシー!」ヒナは反対にこぶしを更に突き上げた。
「到着したようだよ。お兄さんたち」クロフト卿は優雅な足取りで部屋を横切って、二人を見下ろす位置に立った。「おやつもいっぱい用意されてるみたい。一緒に行くかい?」
ああ……とうとう。カイルは気持ちが沈んでいくのが分かった。好きな人と離れるというのは考えるよりもずっと辛い。やっぱり大人になんかなりたくない。
「行く!」ヒナはくしゃくしゃの靴下を拾い集めながら、勢いよく返事をした。もう、行く気満々だ。
確かに、ちょうどお茶の時間だし、スペンサーとブルーノを出迎えるのは弟の役目だ。
「僕も行く」そう言うしかないよね……。
つづく
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朝食後、ヒナの部屋にやってきたカイルは出し抜けに言った。
「何を決めたの?」ソファでごろごろしていたヒナは、顔だけにょきりと出して訊ねる。まるで巣穴から顔を覗かせたリスみたいだ。
「ウェインさんのこと。クロフト卿の言う通り、ちょっと引いてみる」カイルはヒナの足元にぺたりと座った。
昨日の夜、クロフト卿からたくさんのアドバイスをもらった。
『一緒にいたい気持ちはよくわかるよ。でも、少し離れてみるのもいいんじゃない?』
ヒナは頑としてクロフト卿の意見には反対だった。好きな人と離れるなんて絶対に出来ないと。
正直、クロフト卿の意見には説得力はないと思った。あの後すぐにジェームズさんに会いに行っていたし。でもクロフト卿は、ここにいる誰より恋の駆け引きには長けている。
「もう好きだって言わないってこと?」ヒナがソファから、ふかふかの絨毯の上に降りてきた。
「まあ、そんな感じかな。しつこくして嫌われたらいけないし」
そもそもカイルはウェインにきちんと好きだと伝えてはいない。が、カイルもヒナもそれには気付いていなかった。
「ウェインは嫌ったりしないよ。カイルのこと好きだもん」ヒナは請け合った。
「それは、そうだと思うけど……」ヒナに言われると本当にそうなんだって思える。「でも、このままじゃウェインさんは僕のこと弟みたいにしか思ってくれない。それじゃダメなんだ。ヒナだって、ウォーターさんに弟だって言われたら、もうキスできなくなっちゃうんだよ」
「えっ!!そんなのやだ。弟なんかになりたくないっ!」ヒナは必死の形相で前言撤回した。
「でしょ。それにさ、もっと大人になってウェインさんに認められたい。だから我慢する。勉強いっぱいして、おじさんの仕事も手伝って、大人の男になるんだ」カイルは口元をぐっと引き締め、力強く鼻から息を吐き出した。
「カイルすごーい!ヒナも大人の男になる!」ヒナもむふんっと鼻の穴を膨らませた。
「よし!一緒になろう」
二人してこぶしをぐっと突き上げたところで、部屋の入口の方から声が掛かった。
「盛り上がっているところ悪いけど――」
ヒッ!!!ク、クロフト卿!くわぁ~ッ!恥ずかしい。
カイルはこぶしを引っこめた。
「パーシー!」ヒナは反対にこぶしを更に突き上げた。
「到着したようだよ。お兄さんたち」クロフト卿は優雅な足取りで部屋を横切って、二人を見下ろす位置に立った。「おやつもいっぱい用意されてるみたい。一緒に行くかい?」
ああ……とうとう。カイルは気持ちが沈んでいくのが分かった。好きな人と離れるというのは考えるよりもずっと辛い。やっぱり大人になんかなりたくない。
「行く!」ヒナはくしゃくしゃの靴下を拾い集めながら、勢いよく返事をした。もう、行く気満々だ。
確かに、ちょうどお茶の時間だし、スペンサーとブルーノを出迎えるのは弟の役目だ。
「僕も行く」そう言うしかないよね……。
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