はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

ヒナの縁結び ブログトップ
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ヒナの縁結び 11 [ヒナの縁結び]

「これは……とんでもないところに来てしまったな」

バーンズ邸の応接室へと通されたスペンサーとブルーノ。ラドフォード館との違いに、驚かずにはいられない。すべてがあまりに贅沢でセンスが良く、隅々まで手入れが行き届いている。使用人の動きにも無駄がなく、特に出迎えてくれた執事は父ヒューバートを思い起こさせた。つまりそれは、すべてが完璧ということだ。

「ああ、まったくだ。ウォーターズはよくうちに滞在できたな。文句も言わず」スペンサーはブルーノの呟きに返事をした。

「それを言うなら、ヒナもだろう?こんな暮らしをしていて、よく耐えたよな」ブルーノは座っているソファの座面を撫で、その感触に思わずうっとりとする。

実は、少し前にスペンサーも同じことをしていた。ここでのうたた寝はきっと最高だろう。

クロフト卿が子供二人を連れて、屋敷のあるじ然として部屋に入ってきた。

「お、来たぞ」スペンサーは反射的に立ち上がった。

「これだけ豪勢な菓子が並んでいるんだ、来ないはずない」ブルーノも立ち上がる。

ここに並ぶすべての菓子を、シモンとか言うシェフが作ったのだとしたら、ヒナがいちいちシモンの名前を出していたのも無理はない。

「カイルも一緒だな。どこかのお坊ちゃんみたいな格好をして、すっかり馴染んでいやがる」スペンサーは吐き捨てるように呟いた。兄よりもいい服を着て、憎たらしいったらない。

「いらっしゃ~い」ヒナが駆け寄ってきた。が、視線はテーブルに向いている。

まったく。変わらないな。それに、いつも通りのだらしない格好で安心した。

「無事到着したようで安心したよ。どうぞ座って、みんなでお茶にしよう」クロフト卿が言う前に、ヒナはちゃっかりいい位置を陣取っていた。

カイルは照れた様子でヒナの横に座った。「久しぶりだね。お屋敷はジェイミーに任せたの?」

「とりあえずは親父に任せてきた」後のことは知るもんか。これまで完璧に管理してきたのに、ジェイミーに荒らされるかと思うと胸くそが悪い。

「ピクルスたちは?」カイルが訊ねた。

「安心しろ。じいさまのところの厩務員が来て世話をしている」ブルーノが答えた。

「そう、よかった」カイルはホッと笑みをこぼした。

屋敷よりも兄よりも、気掛かりだったのはそこだろう。

「お茶が来たようだよ」

クロフト卿の言葉にスペンサーは戸口に目を向けた。ポットを持っているのはダンだ。いきなり会えるとは思っていなかったが、会えるまで居座ってやろうと思っていたところだ。その後ろには……名前は忘れたがウォーターズの従者がいる。

スペンサーはサッとブルーノを見た。同じようにダンを目にして色めき立っている。

ダンはこちらを見てにこりとした。仕事中なので声を掛けていいものか悩むが、掛けてはいけない決まりなんかないはずだ。俺たちは、三週間も家族のように暮らした仲だ。

「ダン、元気だったか?」先に声を掛けたのはブルーノだった。

くそッ!ごちゃごちゃ考えずに声を掛けるべきだった。

「はい。お二人も元気そうでよかったです」

「ダンも元気そうでよかった」スペンサーは負けじと言った。ウェストクロウとロンドン、場所は変わったが、ダンを巡る争いはまだ続いている。

絶対に負けない。ダンをものにするのはこの俺だ。

つづく


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ヒナの縁結び 12 [ヒナの縁結び]

ブルーノがダンと目を合わせたのは最初の一度だけだったが、それでも時々ダンがこちらを見ているのは肌で感じていた。お茶を注ぐことはできても、一緒にお茶を楽しむことはできないなど、まるで嫌がらせ――いや、拷問のようだ。

会いたかった。離れてからずっと。それなのに今はまだ触れることすらできない。

早く二人きりになりたいが、果たしてこの状況でなれるのだろうか?ヒナに協力を取り付けるか?おやつで釣ることはできないが、お土産は忘れていない。チャンスはあるはずだ。

「ロシタも一緒だったの?」ヒナが訊ねた。後ろの方では、ダンがヒナの乱れた格好を直したくてうずうずしている。でもまあ、今日は珍しく靴下も履いているし、髪もまとめてあるし、まだマシな方だ。

「途中からな。おかげでブルーノの機嫌が悪いのなんの」スペンサーは含むように言い、ずっしりと重いフルーツケーキに華奢なフォークを突き刺した。

こいつ。ダンの前で恥をかかす気か?「別に、ただ長旅で疲れていただけだ」ブルーノは小さなシューを口に入れた。

「ロシターって、ジャスティンに似てるよね。絶対従者にはしたくないな。ジェームズに言っておかなきゃ」クロフト卿は上品な仕草で身震いをした。

「似てないのに」ヒナが不思議そうに呟く。

確かにヒナの言う通りさほど似てはいないが、その後の意見には賛成だ。

「ところで、ウォーターズ――いや、バーンズさんは?」スペンサーはさり気なく視線を巡らせ、ダンに目を留めた。目が合ったのか、ダンはひっそりとはにかんだ。

「ウォーターズでかまわないと思うよ。呼びにやってるから、もうすぐ来るんじゃない?」クロフト卿が言う。

けれど、ブルーノの耳にはほとんど届いていなかった。たった一週間会わない間に、ダンの気持ちがスペンサーに向いたという可能性について考えていた。いや、スペンサーだけではない。他にいくらでも相手はいる。

「ジュスはね、ハリーと話があるんだって」ヒナは言って、桃のコンポートをつるんと口に入れた。

「ハリー?」とスペンサー。

「クラブの支配人さ。僕は父のように慕っているよ」クロフト卿は意味ありげに微笑んだ。

「ヒナもハリー大好き」ヒナもにっこりと笑う。

そんなにハリーはいい男なのか?だとしたら、ダンには近付けたくない。

「僕はまだ会ったことない」とカイル。

「それで、君たちはこのあとどうするんだい?すぐに叔父さんのところへ行くのかい?」クロフト卿はそう言って、カイルの方をちらりと見た。

「はい。クラウド叔父が首を長くして待っているようですので」スペンサーはキビキビと答え、ヒナが美味しそうに食べている桃のコンポートに手を伸ばした。

「僕も一緒に?」カイルは首をすくめ、怯えたように訊ねた。ここでの暮らしがさぞかしいいらしい。

「すぐには無理だろう?ウォーターズと話をしてからだ」スペンサーがそう言ったところで、ようやくこの屋敷のあるじの登場だ。

ここはスペンサーに任せて、どうにかダンと二人にならなければ。ブルーノは動いた。

つづく


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ヒナの縁結び 13 [ヒナの縁結び]

見ないようにしようとしても、つい目がいってしまう。

ダンは談笑する一団から目を逸らし、ぼんやりと立っているウェインに目を向けた。ウェインは何を考えているのか分からない顔つきで、カイルを見ていた。

間もなくして旦那様がスティーニー館から戻って来た。入れ替わるようにして、ブルーノが席を立った。お茶をたっぷりと飲んだせいか、催したようだ。

その案内役としてダンが選ばれたのは言うまでもない。

「ブ、ブルーノッ!!」二人きりになった途端抱き締められて、ダンは声を上げた。もちろん出来る限り音量は下げて。

「どうした?久しぶりに会えて嬉しくないのか?」ブルーノは駄々っ子のような声で囁いた。

「嬉しいです。わかってるくせに……。用を足すと言うから案内したのに……」ダンも甘え声で応じる。

「もちろん、用は足す」ブルーノはダンの顔を両手で挟むと、有無を言わせず口付けた。

ああ。ブルーノの用ってこういうこと?だとしたら、僕も同じこと考えていた。

たった一週間離れていただけなのに、こんなにも恋しくて、触れたくて、味わいたいと思うなんて、僕って案外我慢がきかないタイプなのかな?

ダンもすぐにキスを返した。唇をこじ開けられ、舌が滑り込んでくる。ブルーノみたいにうまくできないけど、どちらも焦っていてそんなの気にしなくてよさそうだ。

それでもブルーノは、ダンの髪をくしゃくしゃにしないだけの心配りは忘れていない。ありがたい。乱れた状態で戻ったら、絶対ヒナにからかわれる。

一息吐くように唇を離すと、ブルーノが言った。「仕事だと、全然顔つきが違うんだな」

「そうですか?それって、いい意味でってことですよね?」もしかすると、ブルーノにいいところを見せようとしていたのかもしれない。

「ああ、もちろんだ。でもよかった」ブルーノがホッと息を吐く。微かに震えていたのは気のせいだろうか?

「何がよかったんです?」訊ねずにはいられない。

「ダンがまだ俺のもので」

「当然です。僕のこと、信用していなかったんですか?僕は、ブルーノのこと信じていましたよ」ダンはブルーノの胸を指先でつついた。だいたい、ずっと手紙のやりとりをしていたのだから、僕が誰のものか訊かなくても分かるでしょ。まったく。

「信用はしてる。ただ安心できないだけだ」

この人は、真顔でなんてことを。僕を好きになる人が、その辺に転がっているとでも思っているの?

「あの、そろそろ戻らないと」ダンは恥ずかしさを誤魔化すように、一歩引いた。

「そうか……」ブルーノは離れ難そうに、ダンをまた引き寄せた。

「僕はキッチンに寄ってから上に戻ります」そうしないと、絶対にキスをしたってばれてしまう。

「うん……もう一回だけ、してから」

「ん……」返事をする間もなく、唇が重ねられた。今日のブルーノはとっても甘い。シモン特製のプロフィトロールのせいだ。あれはすごく美味しくて、もちろんブルーノのキスも甘くて美味しい。

これからは時間が合えば、いつでも会える。旦那様に頼めば、半日くらいなら休みをくれるだろうし。

落ち込んでいるヒナやカイルには悪いけど、僕はとても幸せだ。

つづく


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ヒナの縁結び 14 [ヒナの縁結び]

ブルーノが席に戻ったとき、スペンサーは不機嫌さを隠しウォーターズとカイルの今後について話していた。クロフト卿はウォーターズと気が合わないからか(ブルーノの主観だ)いなくなっていた。

カイルはここを離れたくないらしく、ヒナにべったりと貼り付いている。そしてヒナはウォーターズにべったりだ。なんて奇妙な取り合わせだろうか。

それを言うなら、俺がここにいるのもおかしな話だ。

「遅かったな」スペンサーは敵意を隠そうともせずうなった。ダンをどこへやったとでも言いたげだ。

「ここは俺たちが思っていた以上に広い」これは本当だ。

スペンサーはふんと鼻を鳴らした。「昼食に誘われたから、受けた。おじさんには連絡済みだ」

ブルーノは黙って頷いた。このままずるずるとここに居座りそうで怖い。ダンを抱き締めてキスをしたとき、もうこれ以上離れていたくないと思った。自制心などどこにもなく、ただダンを仕事に戻すため意志の力を総動員してどうにか離れた。

ダンが冷静で助かった。それとも少しがっかりしているのだろうか。

「おじさんはいい顔しないんじゃないのか?」そもそも、寄り道することをどう思っているのやら。

「どうかな?ついでに帽子の注文でも取って行けば文句はないだろう」スペンサーは事も無げに言い、すっかりくつろいだ様子で高価なカップを手に取った。

おいおい。おじさんが親父の弟だということを忘れていないか?甘く見ていると痛い目に遭うぞ。

でもまあ、ダンにひとつ帽子をプレゼントしてもいいかもしれない。二人で揃いの帽子をかぶって公園を散歩する。お互い、そんな暇があればの話だが。

ブルーノもカップを手にして、底に残った紅茶を飲み干した。このあと昼食までの時間、何をして過ごすのだろうか?ダンと話をする時間はあるのか?ヒナをこちらに引き込みたいが、ウォーターズとカイルが邪魔だ。

いや、むしろヒナを連れてここを出ればいいのでは?

「ヒナ、屋敷を案内してくれないか?」ブルーノは唐突に切り出した。ヒナがこちらを向いて目があった瞬間、ヒナにだけ分かるように目配せをした。

もちろん屋敷のあるじであるウォーターズの気分を害さないように、言葉は添えた。そもそもカイルの処遇を話し合うのは、本人とトップの二人でじゅうぶんだ。

ヒナが何を察知したのか分からないが、邪魔が入る前に動いてくれた。スペンサーもカイルも、ウォーターズでさえ振り切り。

ブルーノは胸の内でヒナに拍手を送った。見くびっていたわけではないが――そもそもヒナを頼っているわけだし――これほど力を持っているとは驚きだった。

「ヒナにお土産があるんだ」そう言って、ポケットに忍ばせておいた包みを取り出す。手のひらに乗るほどの小さなものだが、ヒナは喜んでくれるだろう。

「え、なになに?」ヒナは受け取ると、さっそく包みを開けた。「わぁ!リボンだ」嬉しそうな声。

「途中で見つけたんだ」

「ブルゥ、ありがと。ダンに結んでもらお」

「ダンは下へ行くと言っていたぞ」おそらくはキスの名残を消すために。

「ブルゥ、ダンに会いたいの?さっきチュウした?」ヒナがにやけ顔で見上げてくる。

まったく。嘘も吐けやしない。「鋭いな、ヒナは。実はダンと二人で過ごす時間が欲しいんだ。協力して欲しい」

「いいよ」ヒナはそう言って歩き出す。屋敷を案内してくれというのは口実だったが、言葉に嘘がないようにしてくれるらしい。

ブルーノはまるで下僕のように、ヒナの後を追った。

つづく


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ヒナの縁結び 15 [ヒナの縁結び]

なんて退屈なんだ。

ジャスティンはあくびを噛み殺した。

なにも相手に不満があるわけではない。話し合うことはたっぷりあるし、息抜きをするには堅苦しくなくてうってつけの相手と言ってもいい。

だがそこに、ヒナがいないとなると……。気の抜けたシャンパンを前に、詩の朗読でも聞かされている気分だ。

もう、カイルはこのままここにいればいい。兄二人もまとめて引き受けたっていい。ここから帽子屋に通えばいいだけの話だ。だがそれでは、クラウド・ロスの自尊心だかなんだかを傷つけることになるだろう。

だから一度は三人とも叔父の家に行くべきだ。そろそろウェインを戻さなきゃならんだろうし。

エヴァンはウェインの数倍は役に立っているが、何と言うか……エヴァンは真面目過ぎる。ああいうタイプは、パーシヴァルみたいに堕落した奴に付けておくのがちょうどいい。

ヒナはうまくやっているのだろうか?何を張り切っているのかは知らないが、ブルーノと何か企んでいることは確かだ。ヒナが楽しんでいるのなら、それに越したことはない。

ブルーノに対しては、少しばかり図々しいとは思ったが――屋敷のあるじを差し置いてヒナを連れ出したのだから少々どころではないが――大目に見ることにした。ダンとのことを知らなければ、そんなことは思いもしなかっただろうが。

おそらく、それが原因でスペンサーはピリピリしている。

退屈しのぎにからかってみるか?

「ブルーノと一緒に行かなくてよかったのか?ヒナに案内してもらえば、面白いものが見れるぞ」どこへ案内されるか分かったもんじゃないからな。

「戻ってこられなくなったら困りますので」スペンサーはギリリと奥歯を噛みしめた。

「哀れな仕立屋の話を聞いたのか。あの事件以来ホリーの店は繁盛してるし、うちで迷子になったのがよかったという見方もできるぞ」

「ホリーさんは本当に二日も迷子になっていたんですか?」カイルもこの話を知っていたようだ。真偽のほどに興味津々だ。

「本当さ。もしかしたらブルーノもしばらく出てこないかもしれないな」

ジャスティンとカイルは笑ったが、スペンサーは苦い顔のままだった。隠れてダンと何かするとでも思っているのか、とうとう余裕がなくなったようだ。だがそもそも、すでにダンはブルーノを選んでいる。

それをスペンサーは知らないのか?だとしたら、面倒だ。

だがもう遅い。ヒナは面倒を引き起こす天才だ。

つづく


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ヒナの縁結び 16 [ヒナの縁結び]

シモンは貴重な休憩時間を削られ、少々不機嫌だった。

客人のためにたっぷりとデザートを用意し、そのうえ昼食まで振る舞えと言う。ヒナが世話になった相手でなければ、いくらあるじの頼みでも時間より早くキッチンに立つことはなかっただろう。

「ほら、のろのろするんじゃない」まったく。最近の料理人見習いときたら、自分で動くということを知らない。いちいち指示を受けなきゃ何も出来ないとは、情けないことだ。

「シモーン」

この声は!シモンの唯一の癒し。

「ヒナどうしたんだい?シモンはちょっと忙しくて相手をしてあげられそうにないよ」でも、ちょっとくらいならOKさ。

ヒナはちょっぴり申し訳なさそうな顔をしながらも、ずかずかとキッチンに入ってきた。後ろには見知らぬ男。中までは入ってこなかったが、気に入らない。

「誰だい?」シモンは不機嫌に訊ねた。助手たちに緊張が走る。

「はじめまして。ブルーノ・ロスと言います」

見知らぬ男は、ヒナの胃袋を掴んだあのブルーノだった。ジェームズのように美しく、冷酷な面持ち。着ているものはそこそこだが、スタイルの良さでずいぶんと仕立てがよく見える。むしろヒナの方が――

「シモンに会いたいって」とヒナ。

なんだって、このシモンに会いたいなどと?まさかヒナを奪いに来のか?

「いったい何の用だっていうんだ?こっちは昼前で忙しいんだ」シモンは目を細めてブルーノを睨みつけた。

「ごめんなさい」ヒナがしゅんとする。

シモンは慌てた。「いや、ヒナに言ったのではないよ」まあ、確かにタイミングがいいとは言えないが。

「そうなの?えっと、あのね、ブルゥがシモンに弟子入りしたいって」ヒナはもじもじと言って、振り返ってブルーノを見た。

ほほう。弟子入りとな。「そうなのかい?とはいえ、今は立て込んでるから後にしてくれると助かるんだが」

「すみません。少しキッチンを覗かせてもらえたらと思っただけなんです。ヒナ、さあ行こう。邪魔しちゃ悪い」ブルーノは頭を下げながら手招きをする。

なぬ?弟子入りというのはヒナが勝手に言っていただけなのか?

癇癪持ちのシモンは、たちまち不機嫌になった。それでも今は仕事中だ。「ヒナ、また後でおいで。シモン特製のデザートを用意しておくから」

「うん。そうする。邪魔してごめんね、シモン」ヒナは手をひらりと振って、ブルーノと廊下の向こうに消えた。

喪失感がシモンを襲う。これからキッチンは戦場のようになるというのに、これでは最高の料理を提供できない。それもこれも、出来の悪い助手ばかりだからだ。

ここはあるじにひとつ、いい人材を仕入れるように注文を付けてみるか。

つづく


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ヒナの縁結び 17 [ヒナの縁結び]

ウェインは部屋の隅で密かにあくびをした。

どうせ誰も見ていない、忘れ去られた存在だ。

そもそもウェインは、自分がなぜここに立たされているのか理解できなかった。用があればベルを鳴らせばすむ。

最近はこういうことがよくある。まるで、お前は一緒にお茶を飲める身分ではないと念押しされている気分だ。そんなのわかっている。僕はカイルと友達になったかもしれないけど、身分の差ははっきりしている。

そのカイルはもう少ししたらここを出て行く。最低でも週に三回はここに通うとしても、ヒナは寂しがるだろうなぁ。旦那様が始終相手にしてくれるわけでもないし。クラブを閉めるだとかで、余計に忙しくしているからなぁ。

あーあ。僕もヒナと一緒にさりげなく出て行けばよかった。ダンは戻ってこないし、お腹は空いてきたし。テーブルの上にあるお菓子のひとつでも口に出来れば、言うことなしなんだけど。

三人は楽しそうに笑って、僕は叱られた子供みたいに突っ立っている。あーあ。

「ねぇ、ウォーターさん。このお菓子ちょっともらっていいですか?僕、あの――」

「もちろんだ。好きなだけ持って行きなさい。ウェイン!」

はー、やれやれ。やっとお呼びが掛かった。お菓子を部屋に運んでおけってことね。

ウェインはデザートの皿を一旦下げると、カイルが好きそうな菓子をあれこれ見繕った。チョコチップクッキーはクッキージャーの中に入れておいてあげよう。

「ウェインさん、僕も手伝います」カイルがそばにやってきた。

「うん?大丈夫だよ」これが僕の仕事なわけだし。

「実はね……」カイルは内緒話でもするように声を潜めた。「ウェインさんと一緒に食べようと思って。二人で抜け出さない?」そう言って、無邪気ないたずらっ子のようにはにかんだ。

ははーん。さては退屈してるな。「よし。じゃあ、これを持って、一緒に部屋に行こうか」飲み物は途中で調達すればいいし。

「うん!」

「旦那様、カイルと一緒に持って行ってきます」あれこれ言われる前にウェインはカイルを伴って部屋を出た。難しい話をこれ以上聞いていたら、あくびどころか立ったまま眠ってしまうだろう。カイルが気を利かせてくれてよかった。

カイルは砂糖菓子の入ったガラスボウルを抱えて、後ろをちょこちょことついてくる。階段でつまづいたりしないか心配だ。

ウェインは階段の一番上に立つと、そこでしばしカイルを待った。

「カイルはいつ叔父さんのところへ行くんだい?」ふいにとても気になって訊ねた。

「え?なんですか、急に……」こちらを見上げていたカイルは、うつむいて視線を逸らした。

「いや、スペンサーたちが来たから、カイルはどうするのかなぁって」旦那様とスペンサーはその話をしていたはずなのに、結局どうなったのかわからず仕舞いだ。

「たぶん……来週には向こうに行くと思います。明日はアダムス先生の授業があるし、忙しいから……」カイルは素っ気なく言って、先を行く。

「そっか……」子供だって忙しいのは一緒だよな。でも、もう行っちゃうのか。

と言うことは、僕は旦那様の従僕に返り咲くんだ!

やれやれ。これでやっとエヴァンに偉そうな顔をされなくて済む。

でも、やっぱりカイルがいなくなるのは寂しいな。

つづく


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ヒナの縁結び 18 [ヒナの縁結び]

一人二人と逃げていき、いよいよ話すこともなくなった。

スペンサーは無言のまま、ぼんやりと窓の外を眺めた。ラドフォード館の窓から眺める景色とはまったく違っていた。

中庭には背の高い木と低い木とが一見雑に配置されているが、おそらくは計算されたものだろう。迷路みたいになっている。侵入者を防ぐためか、ヒナの遊び場か。

「ジュス~ただいま」ヒナが戻ってきた。一人で。

「おかえり」ウォーターズはゆったりと構えて、ヒナを迎え入れた。突然出て行って、突然戻ってきてもまったく動じないのはさすがだ。

「ブルーノはどうしたんだ?」スペンサーは真っ先に訊ねた。まさかダンのところへ案内して来たとか言わないだろうな?

「途中でエヴィに会ったから置いてきた」

置いてきた!?

「エヴァンがいるような場所に行ったのか?」ウォーターズがむっとした顔になる。ヒナが使用人区画をうろちょろするのが気にくわないようだ。

「シモンにあいさつしに行っただけ」ヒナは悪びれることなく言う。

「歓迎されなかっただろ。今は忙しい時間だからな」ウォーターズは、ほら見ろと言わんばかりだ。

「あとでおやつくれるって」ヒナはうふふと笑って、ウォーターズの腕に寄り掛かった。

こいつら、ほんと、いちいちべたべたするよな。

自分もこんなふうにダンと寄り添えたら、どんなにいいか。だが、どう考えても分が悪い。気付かない振りをしていたが、ブルーノとダンの関係は前より進んでいる。具体的にどうとは言えないが、気に入らないことは確かだ。

「カイルはどこ行っちゃったの?」ヒナは目減りしたおやつをじっと見ながら言う。

「ウェインとお茶だ」ウォーターズはおやつが減った理由を端的に述べた。

ヒナは目を丸くして、それからにやっとした。不気味な笑顔が意味することを思って、スペンサーは身震いをした。まさかカイルが!?あの何の特徴もないぬぼっとした奴を?

いや、まさかな。

あの間抜け男のことは、ただ馬と話が出来るから尊敬しているだけだ。絶対にそうだ。カイルが俺たちと一緒だなどとは思いたくない。もしも親父に知れたら、兄弟全員が強制送還だ。

とにかく、事態が悪化する前に、カイルをこの屋敷から引きずり出さなければ。

「ウェインと話は出来るか?」スペンサーはウォーターズに訊ねた。焦るあまり、礼儀だとかそういう類のことを考えている余裕はなかった。

「ああ、もちろんだ。今すぐ呼ぶか?」ウォーターズは気を悪くするふうでもなく、相変わらず余裕の面持ちだ。

「いや、昼食の後でもいいが、カイルの荷物をまとめるように言っておいてくれ。連れて行く」断固とした口調で言う。

「どうして!」ヒナはスペンサーに飛び掛からんばかりに身を乗り出した。

「急にどうした?もう二、三日はここに置いておくと話をしたはずだが」ウォーターズはヒナを引き寄せ、よしよしと頭を撫でる。

「いや、むしろ三人揃って叔父の家に行くのがいいように思うんだが」

これまでの話の流れなどどうでもよかった。そもそも、カイルがここでぬくぬくと暮していること自体腹立たしい。俺たちが来たからには、同じようにおじさんにこき使われればいい。

週に三回、勉強が出来るだけでも有難いと思え。

つづく


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ヒナの縁結び 19 [ヒナの縁結び]

不思議なのは、ここが他人の家だという気がしないということ。

理由を考えるまでもない。

ここにはダンがいるからだ。

ヒナに置いて行かれたブルーノは、エヴァンと別れダンを探したが、結局居所が分からず元の場所に戻った。やはりここにもダンはいなかった。

代わりにいるのは、相変わらず機嫌が悪そうなスペンサーとなぜか怒っているヒナ、そしてのんびりとした様子でヒナを膝の上に乗せているウォーターズ。

俺たちはいまさら気遣う相手でもないってことか。

「カイルはどこへ行った?」

「ウェインとお茶!」ヒナがぷりぷりと言う。人のことは置いて行ったくせに、自分は置いて行かれて怒っているのか?

「ほらほら、そんな言い方をしたら失礼だろう?」ウォーターズはヒナが怒っているのを面白がっているような口振りだ。

ブルーノはヒナと向かい合うようにして腰を下ろした。横に座るスペンサーがうんざりしたような溜息を吐く。

「昼食後、三人でおじさんのところへ行くことにした」

あー、それでか。

「カイルには言ったのか?」だから飛び出して行ったとか?

「まだだ」

「大丈夫なのか?カイルが反発しないか?」ヒナでさえ、こんなに怒っているっていうのに。

「反発?遊びに来てるんじゃないんだ。言うことが聞けないなら、ウェストクロウに送り返すまでだ」スペンサーがぴしゃりと言う。

「なんでそんなこと言うの?スペンサーのばかっ!」ヒナはウォーターズの胸に突っ伏すようにして顔をうずめた。

ブルーノは思わず吹き出した。スペンサーに向かって直接バカと言えるのはヒナくらいなものだろう。

ウォーターズがヒナの頭を優しく撫でる。「ヒナ、スペンサーはカイルを帰したりしないから、落ち着きなさい。みんなでおじさんのところへ行って、カイルはここに通う。ヒナが会いに行ったっていいんだ」

ヒナがうちに来る。だとしたら、考えたこともなかったが、ダンも一緒だろう。それはそれでなかなかいい。

「まあ、俺としてはスペンサーの意見に従うが、カイルへの言い方には気を付けた方がいい。あいつは意外に頑固だからな」これは兄弟全員に共通する。

「言われなくても弟の扱いくらい心得ている」スペンサーはむっつりと言う。

ウォーターズがヒナの扱いを心得ているように、か。ヒナはウォーターズになだめられて、すっかりおとなしくなった。二人がお互いを信頼し合っているからだと思うと、羨ましささえ覚えた。

ブルーノとダンは好き合っているかも知れないが、信頼しきっているかどうかは別問題だ。二人は出会ってまだひと月だ。相手のことはほとんど知らないも同然だ。

知っているのは、ダンが隠したがっている名前くらいなものだ。いつか、ダンをトラヴィスと呼べる日が来ればいいが。

つづく


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ヒナの縁結び 20 [ヒナの縁結び]

「え?このあと、おじさんちに?」

ちょうど大きなエビにフォークを突き立てたところだったカイルは、スペンサーの突然の暴言に耳を疑った。

そう、これは暴言以外の何ものでもない。さっきのさっきまですごく楽しかったのに、今は地獄に突き落とされたみたいだ。お昼を食べておじさんちに行くのは、スペンサーとブルーノで僕じゃない。

昨日の夜まではウェインさんと離れるのが正解だと思っていたけど、今は違う。ぜんぜん違う!!

スペンサーは勿体つけるようにナプキンで口を拭うと、空いた皿を少しだけ向こうに押しやった。「いつまでもここにいて、迷惑を掛けるわけにはいかないだろう」

「迷惑じゃないもんっ!」

ヒナが代わりに言ってくれて助かった。僕は今、喉の奥が詰まって声を出せそうにない。

「ヒナは黙っていなさい」

まさか!ウォーターさんはスペンサーの味方なの?

「いったい何があったんだい?カイルはまだしばらくここにいるんだろう?」

よし!恋のアドバイスをくれたクロフト卿は僕の味方だ。

「ウェインに指示を出したと聞きましたが?」

ジェームズさんはきっと誰の味方もしないタイプだ。じゃあ、何も言わないブルーノはどっちの味方?

カイルはブルーノの顔を見た。無表情で無口なのはいつものことだけど、僕の味方をしないって言うなら、こっちにも考えがある。

って……待って。指示?ウェインさんは知ってるってこと?もう荷物をまとめているの?

「三人揃って行った方がいいだろうってことになったんだ。ウェインにはあちらに荷物を運ぶように言い付けたが、ひとまずは必要なものだけでいいだろう」

ウォーターさんはそう言って、僕に向かってこっそりウィンクをした。

荷物を全部運ばないってことは……僕、またここに来る可能性があるってこと?でも、よく考えたら、衣装棚の中はウォーターさんがプレゼントしてくれたものがほとんどだ。僕の持ち物なんて、ないに等しい。

「ええ……そうなんだ。残念」クロフト卿は子供っぽく唇を突き出して、上品に肩をすくめた。

「ロスさんのお店はすぐ近くですよ。今度ヒナを連れて出掛けてみたらどうですか?」ジェームズさんは淡々と言う。これでも二人は恋人同士なのだから、不思議。

「それいいね。ジェームズも一緒に行こう。君にぴったり合う帽子を選んであげる」

「ジュスも行くんだから」

「ああ、行くよ」

なんだ。結局は誰も僕をここに引き留めておけないんだ。おじさんちが近いからって、みんなでお店に行くからって……僕がどんな気持ちでいるかなんて関係ないんだ。ウェインさんだって……。

『いいよ。行くよ。行けばいいんでしょ!』カイルは声も出さずに叫んだ。

胸が、とても痛い。

つづく


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