はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

迷子のヒナ 11 [迷子のヒナ]

書斎にやってきたヒナは遠慮がちにジャスティンの前を通り過ぎ、暖炉の傍の肘掛椅子にちょこんと座った。

どうやらジェームズに余計な事を吹き込まれたようだ。あの男、今度はどんな言葉でヒナを脅したのだろうか?

「ヒナ、わたしがそっちに行くべきか?それともヒナがここへ来るか?」

ジャスティンは威厳たっぷりに言った。尋ねてはいるが、ここへ来なさいという命令だということははっきりしていた。けれど、ヒナにそれが通じるはずもなく。

「ジュス、来て」
ヒナは椅子の上に足を乗せ膝を抱えた。

このままではヒナは丸まって眠ってしまいそうだと判断したジャスティンは、しかめっ面をしながらもヒナから少し離れたソファに座った。だがそこで思い直し、立ち上がってヒナの前に歩み寄ると、抱き上げて、ふかふかのクリーム色のラグの上に腰を下ろした。胡坐をかき、ヒナを膝に乗せる。

「大事な話だ。眠ってはダメだぞ」今度も威厳たっぷりに言ってみせるが、ヒナは聞いているのかいないのか「うん」と囁くように言ったきり、ジャスティンの胸に顔を埋めてしまった。
どうやらヒナは、早くもうとうととしているようだ。
お腹いっぱいになると眠くなるのは人間の性だ。ホームズにジャスティンでも胸やけを起こしそうな程食べさせられたのだから、それも仕方がない。

「ヒナ、目を閉じていてもいいから、わたしの質問に答えなさい」

「……はぁい」

「ヒナの名前を教えてくれるか?」

この質問はほぼ三年振りだ。今度はきちんと言葉が通じているはずなのに、ヒナはなかなか答えようとしなかった。それでもジャスティンは辛抱強く待った。そしてついに口にした言葉は――

「……ヒナ」

「そうではなく、本当の名前だ」ジャスティンは苛立ちを抑えて尋ねた。その苛立ちは、ヒナが答えようとしない事になのか、それとも答えを聞きたいとは思っていないのに質問している自分になのかは分からなかった。

今度もヒナは返事をしない。眠ったのか?

「ヒナ?」と囁くように呼びかけてみる。

「なに?」とヒナは囁き返した。

「名前を――」と静かに問う。

やはり無言。
仕方がない。質問を変えよう。

「お父さんとお母さんの名前は?ヒナはここへどうやって来た?日本から来たんだろう?」

「ジュスの馬車で来た」

ああ、ああ、そうだろうとも。ここへは確かに俺の馬車で来た。そういう意味ではないということくらいわかるだろう?と言いたいところだが、ヒナの場合、本気で分かっていない可能性がある。

「ヒナ――ヒナのお父さんとお母さんを見つけないと。きっと心配してるから――」

「してないっ!してないよ。だって、だって……」ヒナはジャスティンの胸にしがみつきブルブルと震えている。ジャスティンが頭をそっと撫でると、消え入りそうな声でぽつっと呟いた。「迎えになんか来ない……」

それきりヒナは眠ってしまった。

ジャスティンは胸を掻きむしられる思いで、ヒナをぎゅっと抱きしめた。

こんなに怯えたヒナは初めてだった。拾った時でさえ、怯えたりしなかったのに。
けれどひとつ分かったのは、ヒナはあの時、何らかの事件事故に巻き込まれ、親とはぐれてしまったという事だ。

心配してない――
迎えに来ない――

という事は、ヒナの親は息子を捨てたという事だろうか?
こんなに愛らしい息子をか?
そんな事があり得るのだろうか?

絶対にありえない。それだけは確信を持って言える。

だとしたら、ヒナの言葉の意味はいったい……。

つづく


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迷子のヒナ 12 [迷子のヒナ]

「君はいつからヒナのナースメイドに?」

ジェームズが応接室と繋がるドアから書斎に入って来た。憎たらしい男だ。いちいち皮肉を言わないと気が済まないらしい。

「三年前からだ」
ジャスティンは膝の上で眠ってしまったヒナを抱いたまま、恥ずかしげもなく言い切った。

「それで、聞き出せましたか?」ジェームズはそう尋ねながら、ヒナが座っていた椅子に腰をおろした。
仕事口調なのが気になるが、ジャスティンはとりあえず質問に答えることにした。

「いいや、まったく。自分の名前も両親のことも何も話そうとしなかった。どうやら、捨てられたと思い込んでいるようだ」

ジェームズが、冷めた視線を送って来た。呆れた溜息を吐くと、先ほどの仕事口調はどこへやら、捲し立てるように――おそらく長年の友人としてだろうが――批判の言葉をぶつけてきた。

「ぐずぐずしているからこうなるんだ。当時、曖昧な情報だけで中途半端にヒナの保護者を探して、名乗り出たものがいなかったからという理由で三年も手元に置いておいて――いまさらヒナがジャスティンから離れたがると思うのか?誰も名乗り出なかったという事は、自分は見捨てられたとヒナは解釈したはずだ。そんな状況で頼れるのがジャスティンだけだったとしたら、こういう結果になることは火を見るより明らかだろう?」

ずばりそのものを言われ、ジャスティンは返す言葉がなかった。けど、なぜ――

「なんで早く言わない?これまでずっと、三年も、黙っていた理由は?」

「まさかヒナを親元へ帰そうと思うとは思わなかったからだ。何年かすればきっといい働き手になると、当時は思っていたし。けど、いつまでたってもこんな子供のままでいるとは……だいたい、君が甘やかせ過ぎなんだ。ついこの間だって――」

「わかった!お前の言いたい事はよーく分かった。だから、とにかく、俺を非難するのはやめろ」

ジェームズは軽く肩を竦めた。
はいはいわかりました、という意味だ。

「それにしてもおかしいと思わないか?ヒナは事故に遭ったか事件に巻き込まれたか、とにかく何か起こったには違いないのに、その形跡すら見つけられないんだぞ。しかも身分はさほど低くはないはずなのに、どこからもその手の話が聞こえてこないのは、どう考えてもおかしい」
ジャスティンはヒナが窮屈がらないように、抱いている角度をわずかに変えた。巻き毛を指に絡めたい衝動に駆られたが、起こしてはいけないと思い我慢した。

「誰かが意図的に情報を抑えているという事か?」ジェームズはそれもあり得るといったふうに考え込んだ。ジャスティンの苦悩には気付いてないようだ。

「ああそうだ。例えば、ヒナとその家族が乗った馬車が事故に遭ったとしよう。事故の程度にもよるが、子供が行方不明だ。新聞の隅に小さくても乗ると思わないか?」

「そうだな。それに必ず噂のひとつにでもなっているだろう」

「いったい誰だろうか?」

「事故に遭った人物のことか?それとももみ消した人物のことか?」

「どちらもだ。けど、そもそも、その考えが間違っているのかもしれない。ヒナが何か語ってくれると助かるんだが……」

ジャスティンはそこでしばし考え込んだ。ヒナを抱いたままジェームズと不確実な話をするのはどうかと思ったのだ。たったいま二人が喋った内容とて、ヒナにはあまり聞かせられるようなものではない。

「とにかく、情報を聞き出せない以上手の打ちようがない」
だからこの話は終わりにしようと、ジャスティンはジェームズに向かって顎をしゃくり、暗黙のうちに退出を促した。

つづく


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迷子のヒナ 13 [迷子のヒナ]

バーンズ邸の大時計が午後二時を知らせた。

フィッツ・アダムスはすでに席に着いてのんびり屋の教え子を待っていた。貴重な蔵書が三方の壁面を覆うこの図書室は、アダムスのお気に入りの場所になってしまった。

ここへ来るようになってもうすぐ三年だろうか?
当初、アダムスはこの家に足を踏み入れる事を拒んだ。

あの悪名高きいかがわしいクラブの経営者の屋敷で働くなど、自分の評判を地に落とすも同然だと思っていた。

けれど、アダムスとて人間だ。しかも貧しい。給金を通常の家庭教師の倍は払うという条件を突き付けられ、心が動かないはずがなかった。それでも自尊心だけで何とか踏みとどまり、申し出を断ったのだが、こちらの話す言葉が分からないという小柄な子供を見た途端、自尊心は最初などなかったかのようにどこかに雲隠れしてしまった。

要は、ヒナのどこか放っておけない愛らしさにノックアウトされた、という事だ。

落ち着かない気分で、椅子の上でごそごそと何度も身じろぎをし、早くヒナがやって来ないものかと、乱れてもいない茶色の髪を撫でつけた。

「アダムス先生、こんにちは。遅れてごめんなさい」

授業開始から遅れること五分、戸口に現れたヒナはいったん立ち止まり、ぺこっと頭を下げた。ひとくせもふたくせもある栗の蜂蜜のような色をした巻き毛が、これでもかというほどくしゃくしゃに絡まって、鳥の巣のようになっている。

どうやら、ヒナさんはお昼寝をしていたようだ。その証拠に、しょぼしょぼとする目を擦りながらこちらへやって来た。

「ヒナさん、こんにちは」アダムスは立ち上がって、ヒナが席に着くのを待った。「今日はお出掛けの予定だったと聞きました」と言って、座り心地のいい椅子に腰をおろした。この椅子も、アダムスのお気に入りになってしまっている。

「ジュスが言ったの?」

「ジュス……ええ、そうです。ミスター・バーンズはとても、その、きつい言い方で――」
アダムスは雇い主の事を悪く言わずに、どうやってヒナに先ほどの背筋の凍るような状況を説明しようかと悩んだ。説明する必要などないのだが、ヒナとは先生と生徒という枠を超えた付き合いをしている、つもりだ。簡単に言うと、倍も歳の違う教え子は、友達なのだ。

口ごもるアダムスを見て、気を利かせたヒナが言った。「先生、日本語で喋ってもいい?」

『そうしましょう』とアダムスは嬉々として日本語に切り替えた。

『ジュスは明日、先生に来てもらいなさいって言ったんだけど、僕は、先生は明日はお母さんの誕生日だからダメなんだって言ったの』

なるほど、それで――とアダムスは納得の表情を見せた。『勉強はお休みしてもよかったのですよ』

『そしたら、次は来週になっちゃうでしょ?続けて勉強しないとすぐ忘れちゃうから……』

『申し訳ありません。明日が母の誕生日だったために予定が狂ってしまって』

そこまで自分の母親の誕生日を卑下することもないのだが、ミスター・バーンズに全く心のこもらないお祝いの言葉を貰ったあととあっては、卑屈にもなるってものだ。

『先生のお母さんてどんな人?何歳になるの?先生と同じで髪は茶色?目は青い?』
ヒナは羨望の眼差しでアダムスに質問を浴びせた。

両親と離れて暮らしている(と聞いている)ヒナにとって、母親の誕生日を祝えるアダムスが羨ましいのだろう。

『母は五十歳になります。髪は僕みたいにくすんだ色ではなく、見事な金髪です。いまのところ白髪は発見できていません』アダムスは笑って、最後に言葉を足した。『目はとても澄んだ青です』

『僕のお母さんの目は緑なの。すごく綺麗で、だから、僕は緑が好きなんだ』

おや。とアダムスは思った。
ヒナが初めて母親について語ったからだ。

『髪はヒナさんと同じですか?』

『うん。でもね、お母さんはもっと艶々してて、キラキラしてるんだ。いつもね、長い髪を頭の上の方でまとめて、それから色々な飾りをしているんだよ』

キラキラしているのはヒナさんの瞳ですよ、とアダムスは心の中で密かに呟き、母親自慢合戦を更に続けた。

つづく


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迷子のヒナ 14 [迷子のヒナ]

「随分と楽しそうな声が聞こえてくるが――」

ジャスティンは堪らずペンを置き顔を上げた。

先ほどから、もう三〇分以上も図書室から楽しげな声が聞こえてきている。しかも、笑い声つきだ。そのうえジャスティンには理解できない言葉で喋っているのだから、不愉快極まりない。

「だったら、まずは書斎のドアを閉めて、図書室のドアも閉めてもらうことだな。そこまですればあの無邪気な笑い声は聞こえてこない。もしくは仕事はスティーニー館の執務室でするかだ」
ジェームズの耳障りな正論が加わり、ジャスティンは更に不愉快になった。

「ドアは閉めさせない。あんな男と部屋に二人きりにさせるものか」
ジャスティンは椅子に座ったまま、片足を踏み鳴らした。

「もう三年も二人きりで仲良く勉強しているけど?それに、彼を連れて来たのは君じゃないか」そう言ったジェームズは、まったく仕事が手につかないジャスティンとは違い、請求書の束から目も離さない。

いちいち腹の立つ男だ。ジャスティンはふんっと鼻を鳴らし椅子から立ち上がった。まるで飢えた狼のように部屋をうろうろとし、どうやって邪魔をしようかと考えを巡らせる。

「ホームズにお茶とお菓子でも持って行かせたら?」呆れ口調のジェームズはジャスティンの考える事などお見通しだ。

「あいつに?」と言ったものの、それが名案であることにはすぐに気付いた。

ジャスティンはすぐさまホームズを呼び、精一杯邪魔をしてくるように告げると、近くの椅子に腰をおろした。目の前では請求書の仕分けを終えたジェームズが鞄に書類を仕舞っている。

「戻るのか?」

ジェームズがこちらを見た。いつまでもこんなところで遊んでいるほど暇じゃないといった顏つきだ。

「少し様子を伺って、それから買い物に出掛けてくる。もうすぐキャンベル卿の誕生日だったのを思い出してね――なにかプレゼントを買っておかないと。きっとうちで盛大に祝うだろうから」ジェームズが立ち上がった。

「そんなのハリーが――」と言い掛けたジャスティンの言葉は遮られた。

「彼はそこまでは気が利かないのさ。じゃあな、ジャスティン」

ジャスティンはドアの方へ歩いて行くジェームズを見つめた。
その背中は出会った頃よりも数倍も頼もしくなっている。

こんなひょろ長い背中を頼もしいと思うとは――

ジャスティンは自分があまりにも弱い存在のように感じられ、額に手を当て失笑した。

あの時もそうだった。
アンソニーを亡くした時、ジェームズの存在にどれだけ救われた事か。スティーニー館を守らなければという責任感とあいまって、たった三日で立ち直った。もしかすると、そう思っていただけかもしれないが、なんとかアンソニーの望むようにすべてを終わらせ、送り出すことができたのだ。

そして、その時、ヒナに出会った。

あれは偶然だったのか必然だったのか。

おかげで、とても満ち足りた日々を送っていることだけは、間違いない。

つづく


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迷子のヒナ 15 [迷子のヒナ]

慌ただしい一日だった。

ジャスティンはまとっていたナイトローブを絨毯に落とし、ゆっくりとベッドの上にあがった。一気に疲れが押し寄せてくる。そのまますぐに横になり、上掛けを腰まで引き上げた。

ヒナの予想外の反応に戸惑い、家庭教師に苛々とさせられ、明日からしばらく留守にするというのに、その支度もギリギリまでかかってやっと終わった。
ジェームズが代わりに動いてくれなければ、予定がずれ込んだ可能性もあった。

ドアをノックする音が聞こえた。

ジャスティンが返事をすると、ヒナが寝間着姿で入って来た。

「ジュス、寝よ」

「ひとりで寝なさい」
ジャスティンは冷淡に言い放った。ヒナが戸を閉める音と重なる。
ささったままの鍵にヒナが目を向けている隙に、ジャスティンは上掛けを胸元まで引き上げた。

ヒナはジャスティンの言葉などまるで聞き入れる気はないらしく、真っ直ぐにこちらへやって来て、よいしょとベッドの上に乗った。ヒナはいつもこうだ。自分に都合の悪い言葉はさらりと聞き流す。ジャスティンが諦めたように上掛けを少しめくると、ヒナはするりと中へ潜り込み、裸の身体にぴたりと寄り添った。

「僕も脱ぐ」名案でしょ、とばかりに声を弾ませ言う。

まったく。「ヒナは脱がなくていい。風邪を引いては困る」

またしてもヒナはジャスティンの言葉を無視して、ヘアキャップを取って、長いキャラメル色の巻き毛を垂らし、そして頭から寝間着を脱いだ。

ジャスティンは吐きたくもない溜息を吐き、ヒナをベッドの端へ追いやった。

そんなことでへこたれないのがヒナだ。
するすると傍に寄って来て、腕に抱きつき、身体に足を絡め、簡単には引き離せないようにした。股の間の柔らかで生温かい物体をぎゅうぎゅうと押し付ける。

実の所、非力のヒナを引き離すのは簡単で、軽く振りほどくだけでヒナはベッドの下へ転げ落ちるだろう。けど、ジャスティンには出来ない。拒絶しながらも、ヒナに傍にいて欲しいと思っているから。それに、ヒナの素肌の――股間の物体も含め――感触が自分でも驚くほど好きなのだ。

「悪い子だ」囁くように言い、半身に絡まるヒナを抱き寄せ額におやすみのキスをした。巻き毛が鼻の先に当たり、サンダルウッドの香りが鼻孔から全身に広がった。得も言われぬ興奮に襲われ、ジャスティンは呻き声を漏らした。

まさか、自分と同じ香りに欲情するとは――

ヒナは俺の石鹸を使ったのか?そうだろう。真似っ子のヒナのことだ、そうとしか考えられない。

「ふふっ、ジュス、おやすみ」そう言って、ヒナもジャスティンにおやすみのキスをした。抱きついていた位置がよかったのか悪かったのか、無防備な乳首に。

つづく


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迷子のヒナ 16 [迷子のヒナ]

「ぁっん」

不意打ちを食らったジャスティンは、乳首への刺激に弱い事も重なり、何とも艶めかしい呻き声を上げてしまった。いや、ほとんど喘ぎ声といってもいいだろう。

ヒナはその声が気に入ったのか、ジャスティンの乳首にもう一度キスをし、今度はチュッと吸ってみせた。

「ヒッ、ヒナっ!」

ヒナはクスクスと笑う。吐息が胸を擽り、巻き毛が脇腹を撫でる。ヒナに似つかわしくない男らしい香気が温まった身体から立ちのぼり、ジャスティンは眩暈を覚えた。
ヒナはジャスティンの硬くなった乳首を物珍しそうに眺め、またまた閃いたとばかりに口を開いた。とびきり楽しそうな声で。

「ジュス、僕にもして」

な、なんてことを言うんだ!こいつは。

ジャスティンはとんでもない事を口にしたヒナを、困った顔で見下ろした。困ったどころではない。ジャスティンの下半身はヒナが傍にいるだけで、硬く張りつめているというのに、これ以上何かをすれば――もしくはされれば――お互い色々な意味で無事では済まないだろう。

「しな、いぃっ!――ヒナ、ダメだ!」今度はかじられた。

ちぇっ、とうっすら聞こえた気がしたが、ジャスティンは気のせいだと思うことにした。

すると今度は、股間の繁みをぎゅっと握られた。

「ジュス、いっぱい」

あくまで無邪気さいっぱいのヒナ。いったいどういう思考回路をしているのか、一度頭の中を覗いてみたいものだとジャスティンは思った。

「ヒナもそのうちいっぱいになる」
そう言ったものの、ヒナが自分のようになるとはあまり思えなかった。ジャスティンがヒナの歳の頃には、もっと成熟していて、毛もすっかり生えそろっていた様な気がする。

小さくて生意気な手をどかせようとしたが、ジャスティンの大きな手に掴まる前に、ヒナの手は事もあろうにジャスティンのこわばりを掴んでしまった。

ヒナがハッと息を飲んだ。大きさを確かめるように握り直し、ジャスティンの顔を伺った。

いったいどんな顔をしていれば正解だというんだ。

「ヒナ、やめなさい」ジャスティンは動揺をひた隠し決然と言った。

「ジュス……」

ジャスティンはヒナの手を払った。これ以上は許されない。

ジャスティンの本気に気付いたのか、ヒナは手を引っこめた。しゅんと項垂れ、背中を丸めて顔を隠し、出てもいない鼻をすんっと啜った。

少し強く言い過ぎたか?
まさかヒナに嫌われはしないだろうかとジャスティンは焦ったが、嫌われるくらいでいいのだと、あえてヒナを無視して目を閉じた。

ジャスティンの自制心は風前の灯火だ。
このままでは禁断の果実のヒナを組み敷き、自分を解き放つ為なら、悪魔にでも魂を売り払ってしまいかねない。相当高値だが。そうしないのは、ヒナが大切だからだ。ヒナを自分が身を置く世界に引き込みたくなかった。

そんなジャスティンの想いをあざ笑うかのように、太ももに触れているヒナの男の部分は、ジャスティン同様硬くなっている。

それが何を意味するのか、ジャスティンは考えたくなかった。

つづく


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迷子のヒナ 17 [迷子のヒナ]

しばらく放置していると、ヒナがごそごそと動き出した。ジャスティンは息を潜め、目を閉じたままヒナの動きを追った。

ヒナはまず、肩に置かれていたジャスティンの手をそうっとはずした。ジャスティンは手に力を込め抵抗しようとしたが、素直に従った。

ヒナが腕の中から這い出た。
ぽっかり空いた隙間に風が入り込み、ジャスティンは寒くもないのに身体を震わせた。

ヒナはいったいどこへ行くのだろうか?そう思っていると、枕元が斜めに沈んだ。どうやらヒナがそこに座っているようだ。

すごく……視線を感じる。目を開けるのが恐ろしい。枕元に座るのは幽霊かヒナくらいだろう。

髪にヒナの吐息を感じた。こめかみの辺りだ。キスをしたらしい。股間が脈打ち、心臓が早鐘を打つ。唇が次にどこへ向かうのか期待してしまうのはごく自然の成り行きだ。

「ジュス……?寝たの?――じゅぅぅっす。ジュス、ジュス、ジュスジュスジュスジュスジュス――」

「や、やめなさいっ!」まったく。寝ているのかどうか確かめるために、耳元で名前を連呼するやつがあるかっ!

たまらず目を開けると、至近距離でヒナと目が合った。カーテンの隙間から入り込むわずかな月明かりだけだが、ヒナのコーヒー色の瞳が真っ暗闇のように暗く沈んでいるのがみてとれた。

「どうした?」声が震えてしまった。ジャスティンの頭に昼間のヒナの怯えた姿がよみがえる。ヒナがいつもよりも興奮しているのは、久しぶりに一緒にベッドへ入ったからだと思っていたが、違ったようだ。

ジャスティンは手を伸ばし、ヒナを抱き寄せた。バランスを崩したヒナは「あっ…」と小さく声をあげて、ジャスティンに身を任せた。

「いつまでも裸で外にいたら風邪を引くだろう?早く中へ入りなさい」そう言って、ヒナを上掛けの中へもぐりこませる。しがみついてこようとしないヒナを更に抱き寄せ、それから唇にキスをした。安心していいよ、のキスだ。

「シモンはもっと長くしてた」

「シモンがなんだって?」ジャスティンの声が裏返った。「シモンがヒナにキスをしたのか?」まさかそんなと青ざめると同時に、爆発的な怒りが湧きあがる。シモンのやつ、デザートでヒナを手懐けたに違いない。このような由々しき事態が発覚したからには、あいつはクビだ。

「ヒナじゃない。たまご持ってきた人」

「たまご?赤毛のか?」

うん、とヒナが頷く。

あのいかれ料理人めっ!女と見るや誘惑せずにはいられないのか?あの胸の大きな赤毛の女はヒナの三倍は歳を取っているぞ。

そういえば、シモンはいったいいくつなのだろうか?おそらく三十は越えているはずだが……。

シモンはジャスティンがロンドンへ出てきた頃、ホームズがどこからともなく連れて来た男だ。短く刈り込んだ金髪に、スカイブルーの瞳。料理人という割には痩せすぎといってもいい身体つきで、フランス人だと聞かされたが、どうにも胡散臭くて信用出来なかったのを覚えている。

あのホームズの推薦がなければ、絶対に雇ったりしなかっただろう。とはいえ、料理の腕だけは確かだ。

「もっと、もっと」

ヒナのせがむ声に、ジャスティンはこの状況がいかにまずいかを思い出した。

うっかり唇にキスをしたのが間違いだった。

つづく


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迷子のヒナ 18 [迷子のヒナ]

ジャスティンは諦めの溜息を吐いた。

最近のヒナはわがままで手に負えない。もちろん、キスをせがむことを我儘というならだが。

「キスしたら、すぐに寝るんだぞ」

「うんっ!」

ヒナを相手にしていると、自分がどんなに馬鹿げたことを口にしているのか、時々わからなくなる。それでも無邪気に目を輝かせるヒナを見ると、どんなに馬鹿げた事でも望みを叶えてやりたくなる。

ヒナが、早くぅと唇を突き出す。

ジャスティンは微笑まずにはいられなかった。普通なら興ざめするような仕草も愛らしく見えて仕方がない。

ジャスティンはやっとキスをした。片方の手でしっかりとヒナを抱き、もう片方の手はそっと頬に置いた。

長く、と求められたキスをするには、ただ唇を重ねるだけでは間が持ちそうにもない。それに、シモンとたまご女のキスを見ていたとしたら、挨拶程度のキスでは納得しないだろう。

どうしていいのか分からず固まったままのヒナの柔らかな唇をついばみ、緊張をほぐしていく。ヒナは従順で呑み込みが早かった。ジャスティンが舌を滑り込ませた時も、背中にまわした手をぎゅっとしただけで、なめらかに舌を絡めてきた。興奮に唾液が溢れる。ヒナをもっと味わいたいという貪欲な感情が頭をもたげ、気付けばジャスティンはヒナをベッドに抑えつけのしかかっていた。

ヒナのやわな喉元にくちづけ、首筋を強く吸った。

「んっ……」とヒナが声を漏らし、背を反らせる。ジャスティンの舌が鎖骨を這うと、ヒナは官能的な吐息を洩らし、我慢できないというように、腰を擦り付けてきた。硬くなった分身は解放を求めている。

ふと、ヒナにそういう類の事を一切教えていないことに気づいた。

男とのキスを経験する前に、女性とのセックスを教えるべきだったのではないだろうか?

ああ、ダメだ。ヒナに男であれ女であれ、自分以外の誰かが触れると思うだけで気が狂いそうになる。けれど、ヒナに選択肢を与えるべきではないだろうか?
いや、ダメだ。ヒナは選択権を与えられる前に、自ら俺の前に身を投げ出したのだ。
ヒナは俺のものだ。

ジャスティンはヒナの肩に口づけながら、笑いを零した。

ヒナを遠ざけようという計画が失敗したのは言うまでもない。それどころかいつか手放さなければならないという思いすら、虚言に過ぎなかったのを思い知らされた。

ヒナを拾った瞬間から、ヒナはジャスティンのもので、その手から一生逃れることが出来ない定めとなったのだ。ヒナがどう思ったとしても。

つづく


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迷子のヒナ 19 [迷子のヒナ]

翌朝、ヒナは自分のベッドで目が覚めた。

おかしい。
昨日はジュスと一緒に寝たのに……。

ヒナは訝しがりながらも、すでに部屋で待機中のダンにおはようの挨拶をした。

ダンは「おはようございます」と言うや否や、ヒナをベッドから引きずりおろした。

ヒナは焦った。
もちろん裸だからじゃない。

昨日ジャスティンに抱きしめられ、身体のあちこちにキスをされたからだ。

ヒナももう十五歳。挨拶以外のキスが、どういう意味を持つのかくらいは知っている。しかも自分が、その特別な意味を持つキスを求めたのだから。頭がくらくらするようなキス。時折チクリと痛んだかと思えば、最後にはジャスティンの唇のあとが沢山ついていて、ヒナはこの上ないほどの幸せに包まれた。

ついでに、ひとりで興奮を沈める方法も教えてもらった。ジュスがお手本を見せてくれたから、恥ずかしくなかった。

ジャスティンとの甘い夜を思い出して、ヒナが下半身に熱を集めている最中、ダンはとりあえずシャツから着せようとヒナの腕を取った。

ダンとて使用人の端くれ。なおかつ、ヒナの近侍を務めているのだから、ヒナの身体にほんのりピンク色に染まった痣をいくつか見つけたとしても、見なかった振りをすることくらいは出来る。

だからといって、ダンが狼狽えないかといえば、それはまた別の話。

どうやっても、クラヴァットがいつものように芸術的に結べず、結局ふんわりとリボン結びで着地した。

「ダン、ありがと。リボン、かわいい」
ヒナははにかみ、頬を染め、お礼を言うと、ダンを置いて駆け出した。いつものように部屋に取り残されたダンだが、今朝の褒め言葉はいたく心に響いたようで、胸を張り顎をツンとあげ満足げにヒナのあとを追うようにして部屋を後にした。

ヒナは中央階段を一段飛ばしで、文字通り飛ぶようにおりると、玄関ホールで半回転して、中庭に面した食堂へ入った。

最初に目に飛び込んできたのは、背中を向け窓辺に立っているジェームズだった。

「ジャム、おはよう。ジュスはどこ?」

ヒナの問いかけに振り返ったジェームズは「いませんよ」と一言。

いないことは百も承知。

食堂で一番大きくて高価な椅子が堂々と存在を主張している。いつもはジャスティンの陰に隠れ、椅子の座面が濃紺だという事もわからないのに。

「お仕事?」

「いいえ、今日から一週間ほど留守にします。あれから、また一年経ったんだよ」

あっ、そうか……そうなんだ。

ヒナはがくりと肩を落とし、とぼとぼと自分の席に着いた。ホームズがいつものように皿にたくさんの料理を盛って、沢山お食べ下さいと差し出してきたが、フォークを手に取ることすら出来なかった。

「でも、もっと早く帰ってくるかも……」目に涙が溢れてきた。

去年は五日で戻って来た。
ロンドンの南東に位置する、海辺の町ウェルマスはヒナとジャスティンが出会った場所だ。そして、ジャスティンの大切な人が眠る場所でもある。毎年この季節、ジャスティンは必ずひとりで彼に会いに行く。

「その可能性もあるかな?仕事も忙しい時期だし――」
ジェームズは窓辺から離れ、手にしていたカップを暖炉の上に置くと、大回りをしてヒナの横の席に座った。

「だから昨日、ジャスティンとお出掛けするべきだったんだよ。アダムス先生のせいで、せっかくのチャンスを逃したね、ヒナ」

ヒナはぷうっとふくれっ面をした。
知っていたら、当然そうしたはず。

どうしてジュスは言ってくれなかったの?
昨日の親密な行為のあとに置き去りにされる気持ちがどんなだか、あまりにも惨めで、情けなくて――

それよりも、やっぱり、あの人には勝てないのだと思うと、ショックで胸が痛かった。

つづく


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迷子のヒナ 20 [迷子のヒナ]

ジェームズはいつまでも皿の上のオムレツをぐちゃぐちゃとかき回しているヒナを見て溜息を吐いた。

「ヒナ、いい加減、そのオムレツのようなものを食べてしまいなさい」

ヒナはハッとして、ジェームズを見た。「オムレツだもん……」とそっけなくジェームズの言葉を正すと、渋々元はオムレツだった物体を口へ運んだ。

ジェームズは頷き、自分はコーヒーを啜った。もう冷めている。ジェームズはカップを置き、ホームズの姿を探した。

「ジェームズ様、紳士のお客様がお見えです」戸口に現われたホームズが落ち着いた声で言った。どうやら熱いコーヒーを持ってくる途中だったようで、銀のポットを片手に持っている。ということは、相手は名刺も差し出さなかったようだ。

「いったいどこの紳士がこんなに朝早くにうちへ来ると言うんだ?」いくらのろのろと食事をしていたとしても、まだ午前十時も過ぎてはいないはずだ。

「ミスター・パーシヴァル・クロフトです、ジェームズ様」

「クロフト卿が?」くそっ。なんてことだ。
ジェームズは悪態の呑み込み席を立った。「玄関で待たせているはずはないな?どこへ通した?」

「小さいほうの客間にお通ししております。書斎ではない方がいいと思いまして――」

「上出来だ」ジェームズはホームズの横を通り過ぎ、廊下へ出ると玄関広間の脇の客間へ向かった。

「なにかお持ちしますか?」とホームズが背後で問う。

「いや、すぐにお帰りいただくからその必要はない。とにかく、ヒナを部屋から出さないように頼む」
ジェームズが言うや、ホームズは踵を返し食堂へ戻った。

厄介なことになりそうだ、とジェームズは思った。酔っていたとはいえ、わざわざここへやってくるという事は、あの日目にした子供がヒナだと知ったようだ。

「いったい朝早くに何の用ですか?」ジェームズは客間に入るなり言った。

クロフト卿は窓辺に立って通りを眺めていた。

「ここの執事は、僕が相続人から外されそうなのを知っているようだね」
クロフト卿は振り向くと、ダークブロンドの前髪を掻き上げ、気だるげに窓枠に寄り掛かった。

「どうやらそのようですね、ミスター・クロフト。けど、あなた以外に爵位を継ぐ者はいないのではないですか?」

クロフト卿はそれには答えず曖昧な笑みを浮かべただけだった。ジェームズは言葉を続けた。

「先日は満足して帰られたと伺いましたが?」

「満足?満足していたのは彼らの方だよ。僕の身体を好きに使ってね」そう言ったものの、クロフト卿はまんざらでもない様子で、窓辺から離れた。「座っても?」

ジェームズは「ええ」と警戒するように言い、クロフト卿がソファに腰をおろすのを眺めた。

「ジェームズ、君は座らないのか?」

いきなり名前を呼ばれて、ジェームズは目をしばたたいた。
パーシヴァル・クロフトという男は馴れ馴れしすぎると前々から思っていたが、それが自分にまで及ぶとは思ってもみなかった。
驚いているジェームズに気付いたのか、クロフト卿ははにかみ言葉を足した。

「僕の事はパーシヴァルと呼んでくれ、ジャスティンのように」

結構だ、とジェームズが言い掛けた時、客間に小さな訪問者が現れた。

「ジュス?パーシ?」

ヒナだ。どうやらこの子供は一瞬たりともじっとしていられないようだ。

つづく


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