はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

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あまやかなくちづけ 10 [あまやかなくちづけ]

森野は秘書として完璧な男だ。
私的な事で心を乱され仕事をおろそかにする事はない。それは今朝のような出来事に遭遇しても同じだ。

けれど、実際森野の精神状態はぎりぎりだった。

いままで経験した事のない、酔っ払って朝起きたらベッドの上で……というドラマのような経験をしたのだから、普通でいられるはずがない。
完璧に感情を消していると思い込んでいた森野は、明らかに加賀谷を意識しぎくしゃくとしていた。

そんな森野とは対照的なのが加賀谷だ。

仕事中幾度か顔を合わせた二人だが、加賀谷は森野に余計な視線を向けることも、なにかしら二人の関係をほのめかすような表情も一切見せなかった。

一日が終わり、社長と副社長を見送ると森野は肩の荷をおろしたようにほっと一息ついた。

朝シャワーを浴び、記憶にない昨夜の情事の跡をすべて洗い流したものの、身体に残る違和感すべては拭えていなかった。まるで加賀谷の印が身体に刻み込まれているかのように。

何かしっくりとこないのは、身体なのか心なのかはわからないが、守では感じる事のないものだった。

森野は急いで帰り支度をし社を後にする。
自宅まではそんなに時間はかからないが、タクシーを拾おうと車道へ目を向けた。いまならいくらでもタクシーは拾える。
森野が右手をあげようとした時、その腕を誰かに掴まれた。

嫌な予感がして、ゆっくりと振り向くと、そこには仕事中の引き締まった表情とは別の加賀谷がいた。

「森野さん、食事でもいかがですか?お酒は抜きでいいです」

「加賀谷さん……いえ、結構です」
まるで友人でも誘うように、気安く声をかけてきた加賀谷に森野は困惑気味に返事をした。

「昨夜と、今朝の事で話があります。断らないで頂けるとありがたいのですが」
加賀谷はわざと困ったような顔をし、「さあ行きますよ」と森野の手を引き歩き出した。

いったい何を話すつもりなのだろうか。
昨夜の事は覚えていないのだから、たとえ加賀谷が何か言ってきたとしても、森野はそれに応えることが出来ない。

今朝の事とはいったいなんだろうか?思い当たることといえば、付き合って欲しいと言われた事だけだ。
いや、それとも、僕が愛する人がいると言った事だろうか。いずれにしても、楽しい食事になるとは思えなかった。

つづく


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あまやかなくちづけ 11 [あまやかなくちづけ]

二人は駅近くのビジネスホテルに入った。いくつかあるレストランの中から、和食の店を選びエレベーターへ乗り込む。

狭い空間に二人きり。森野は身を硬くしエレベーターの数字が目的の階で点灯するのを待つ。

「森野さんは和食がお好きでしたよね」

「どうして、それを?」
確かに森野は和食党だが、加賀谷にこの店を選んだ他の理由を見透かされている気がした。森野がこの店を選んだ理由は、エレベーターに乗る時間が一番短かったからだ。フレンチや中華は、もっと上の階にあるのだ。

「好きな人の事は何でも知っておきたいものですから」
初恋の少年のような照れくさそうな笑みを向けられ、森野は思わずどきりとする。恥ずかしげもなくそんな事を言う加賀谷は仕事中とは全く別人に見えた。公私を絶対に交える事はないのだろう。
森野はそんな加賀谷が嫌いではなかった。むしろ尊敬の念さえ覚え、仕事仲間としていい関係を築きたいとさえ思った。

昨夜の事がなければ、おそらくそうなっていただろう。

加賀谷との食事は思ったよりも苦痛ではなかった。彼は話し上手だし、聞き上手だった。知識も豊富で、ユーモアもあり、ほんの一瞬だが仲のいい友人を通り越し、恋人同士の様な気さえした。

それが彼の作戦だったのだろうか。森野の気が緩んだところで何の前触れもなく本題へ入った。

「今夜食事に誘ったのは、森野さんに謝りたかったんです。まずは今朝の事を……あんなこと言うつもりはなかったんです。すみません」

あんなこと?

どんなことだっただろうかと眉を顰める森野に、加賀谷が付け加える。

「その、あなたに……その、触れて、俺の――」
加賀谷が今夜初めて言葉に詰まった。意味をなさない言葉を、口の中でもごもごとさせる。

けど、それだけで森野には分かった。

『記憶になくても、身体は覚えているでしょう?ここを大きく開いて俺のをしっかりと呑み込んでいたんだから』

そう言われた。

森野が理解したと気付いた加賀谷が「あなたが、覚えていないなんて言うから、つい……」と、申し訳なさそうに言った。

「すみません……」
自分が謝る理由などないはずなのに、謝ってしまう自分に嫌気がさす。加賀谷の事を悪く思えない自分はどうかしてしまったのだろうか?もちろん、彼が一方的に悪いわけではないのだが。

「いえ、悪いのは俺の方です。けど、最初はするつもりなんてなかった――」

加賀谷が昨夜の事を語り始めた。
記憶のない森野は、聞きたくないと思いながらも、昨夜起こった出来事を知っておく必要があると、彼の話を制する事はなかった。

つづく


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あまやかなくちづけ 12 [あまやかなくちづけ]

事の始まりは、やはり森野が酔ってしまったことだった。

酒に飲まれつつも、正気を保っていたのは社長、副社長を見送るまでで、その後は気が抜けた様に意識も同時に手放した。

同じく社長たちを見送った加賀谷が、森野を介抱するのはごく自然の流れだった。

酔った森野をタクシーに押し込み自分も乗り込む。そのまま行先は、今朝目覚めた場所だった。加賀谷は何かを期待したし、ささやかな欲望にも抗えなかった。

最初は身体を交えようなどとは一切思っていなかった。森野とキスをするまでは。キスを仕掛けたのは加賀谷の方だったが、森野とのキスは、加賀谷の理性を最初からなかったもののように一瞬にして吹き飛ばした。

切ない吐息を洩らし身を委ねてくる森野を、抱かずにいられるはずがなかった。
なぜなら、加賀谷は森野が好きだったのだから。

話を終えた加賀谷は、改めて森野に交際を申し込んだ。

律儀な男だ。森野は加賀谷に更に好感を抱いた。けれど、返事は今朝と同じだった。

「すみません」

断る森野に加賀谷が強い口調で言う。
「あなたの愛する人は、あなたと同じ気持ちですか?」

とうに食事を終え、いつ席を立ってもおかしくなかった。森野はいまそうすべき時だと感じた。加賀谷と恋愛談義をするつもりなどなく、今夜すべき役目――食事をし、加賀谷の謝罪を受けるということ――も果たしたし、このままここに居続ける理由は森野の方にはなかった。

けれど森野は席を立つのを躊躇い、加賀谷の言葉を真剣に考えてみた。

愛する守は自分と同じ気持ちだと思う。そう思う一方、自分ほどの気持ちは持っていないのかもしれないとも思う。

一度振られ、守の気持ちを完全に取り戻せたかというと、そう確信できるものは一切なかった。ただ、守を信じる事しか森野には出来ない。

それに、裏切ったのは森野の方だ。酔っ払って他の男とセックスをした。覚えていなかったとしても、言い訳はできない。

守は許してくれるだろうか。

「あなたの片想いですか?」
加賀谷の声に森野はハッとし、考えていた守への謝罪の言葉をそっと奥へ仕舞い込んだ。

「加賀谷さんに言う必要はありません。相手がどうであれ、僕の気持ちは変わりませんから」

「俺の気持ちも同じです。だから、これ以上はやめておきます。嫌われたくありませんから。けど……、あなたと、その人との関係を考えればあまり深入りすべきではないと思います」

森野は珍しく苛立ちを露にした。

「僕が誰を愛そうがあなたには関係ない。たとえ、世間が認めない関係だったとしても、僕は彼を愛している」

いつもの冷静な口調とは程遠かった。僅かに肩で息をしている森野は、つい『彼』と言ってしまったことに気付いた。

だが加賀谷は最初から分かっていたのだろう、特にその部分を気にする事はなかった。
それよりもどうやら、世間が認めないという方に関心がいったようだ。

「そんなに愛しているのなら、彼の為にその想いを諦めることも出来るわけだ」

加賀谷がどういうつもりでそう言ったのかは分からなかったが、その言葉は帰宅しても森野の心に深く突き刺さったままだった。

つづく


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あまやかなくちづけ 13 [あまやかなくちづけ]

「遅かったね」

「何か問題でも?」
リビングのソファで膝を抱え拗ねたような顔をしている守を見て、容はうんざりと言葉を返した。

「容、そんな言い方しないの。どうしたの守くん」
そのままお風呂に入ろうとしていた一葉が、容を押しのけ守の隣に座った。

「こんなに遅くまで仕事?」
守は心配するような口調で言った。容の時とはまるで口調が違う。

「ううん、容とご飯食べて帰ったの。僕達は残業しないのがモットーだからね。接待はお父さんに任せてるし」

「おい、もしかして森野から連絡がないのか?」
容が珍しく守を挟み、一葉から離れて腰をおろした。

「昨日の夜電話したけど繋がらなくて、それからずっと待ってるんだけど……」

「昨日はしょうがないだろう。森野も大分飲んでたみたいだし」 

「僕たちが帰る時は平気そうだったけど、珍しくちょっと酔ってるみたいだったよ」

「実は――森野さんにひどい事言っちゃって」

「いつもの事だろう?森野はよく我慢してると思うけどな」
容はそう言いながら立ち上がり、キッチンにワインを取りに行った。一葉が「白ワインね」とリクエストする。

「で、何て言ったの?」

「クラスの子に告白されてて、冗談で、付き合っちゃおうかなって――」

「なんでそんなこと言ったの?そんなこと言ったら森野もさすがに怒るよ」
一葉はグラスを受け取りワインを一口口に含んだ。

「怒ってるだけならいいんだけど……」
守はあの時の森野の表情を思い出していた。森野は守が別れたいと言えば、歯を食いしばって涙を堪えて、守の前から姿を消すだろう。たった一言の冗談が何か取り返しのつかないことをしてしまったようで守は不安に押しつぶされそうになっていた。

「付き合うのか、そいつと」
容はソファに片足を上げて守の方を向き座った。

「まさかっ!ほんとに冗談というか……森野さんに一緒に住みたいって言ったんだ。そしたら、ダメって言われて、つい」

「そりゃ、ダメだっていうさ。お前高校生だろう?おまけに家事一切何もできないんじゃ、森野は家でも仕事しなきゃいけなくなる。そんなのごめんだろうさ」

森野に言われた事と同じことを容に言われ、守はがっくりと肩を落とし項垂れた。

「容、言い過ぎだよ。僕達だって、五月さんがいなかったらおちおちセックスも出来ないんだよ」

「一葉、さりげなく誘ってるだろう?」
容が目を細め、そろそろいくか?と合図する。

守はそれに気付いたが、これだけは言っておこうと二人の視線を遮るように慌てて言い添える。

「父さんに言ったんだ。森野さんを好きだって、一緒に住むのはもう少し我慢するけど、いずれそうしたいって」

「やるね、守くん」
一葉が守の肩を抱き、誇らしげに言った。

つづく


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あまやかなくちづけ 14 [あまやかなくちづけ]

なぜ、加賀谷はあんなことを言ったのだろうか。

暗に身を引けと言われたようで、なんだかしっくりこない。

可能性としては、加賀谷が森野と守の関係を知っているという事だ。ホテルで目覚めたあの朝、森野は守の名を呼んだ。

社長の家族構成を知っていれば、気付いて然り。

森野はのそのそとベッドにあがった。
かすかに守の香りのするシーツに鼻を擦り付け、思い切り吸い込む。ベッドの上で子猫のようにころころと転がる守を思い出して、思わず涙が滲んだ。

どうして、急にこんなに不安定な状況に陥ってしまったのだろうか。

森野とて、守があんなこと本気で言ったとは思っていない。けど、それをきっかけに二人の関係を考えざるを得なくなった事だけは確かだ。

もともと森野は普通ではない関係に踏み込めず悩んでいた時期があった。男は女と付き合うべきだと、ごく一般的な考えの持ち主だった。男も女もないと割り切るのにはそれなりに時間がかかった。

そしていまは何に悩んでいるのだろう。
歳の差だろうか。それもあるが、結局、自分が守に相応しい相手だとは思えない事だった。いつかまた捨てられてしまうのではと、心の隅っこでは思っている。

森野は守の匂いの残る布団を抱き眠りについた。

翌日、その翌日も森野はいつもと変わらない日常を過ごしていた。
ただひとつ、守と連絡を取らないという事だけは除いて。

「ちょっと、森野訊いてる?」

「は、はい、社長。なんでしょうか?」
苛立つ一葉の声にハッとし、森野は仕事中だったことを思い出す。

「容はどこ?」
一葉は両手を腰に当て、仁王立ちだ。チャコールグレーのスーツにネクタイはボルドー、いつもよりも男らしい印象を与えている。

森野はその姿に満足しつつ返事をする。
「副社長は確か、市内の各店舗に顔を出す予定だったはずですが……」

「やっぱり。あいつと出掛けて行ったんだ」
一葉は眉を吊り上げ言った。

「加賀谷ですか?」

一葉が加賀谷に対抗心というか敵対心を持っているのは森野も承知している。それは見当違いだと言いたいのはやまやまだったが、へたに首を突っ込まないのが最善だと森野は感じていた。それに森野の言う事を一葉が信じるはずもないし、今は仕事中だ。余計な事はしない方が得策だ。

「あいつ、僕を睨みつけて、得意げに出掛けて行った」
一葉は悔しげに地団太踏む。

そんなことはないですと、心の中で呟き、森野は今日の予定を一葉に告げた。全く聞いていないと知りつつも。

つづく


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あまやかなくちづけ 15 [あまやかなくちづけ]

ひと騒動あったものの、無事会社を後に出来そうで森野はほっとした。

夕方になり、会社に戻って来た副社長とその秘書に社長が玄関先で出迎えたのは言うまでもない。一葉は加賀谷に噛みつかんばかりに喰ってかかり、それを止めようとした森野は顔に肘鉄を食らう羽目になったのだ。決してわざとではないものの、森野は頬骨のあたりを赤く腫らしている。

容にこっぴどく叱られた一葉は唇をふるふると震わせ必死に涙を堪えていた。加賀谷の前で涙を見せたくないのだと、森野は思った。

容は一葉の腕を掴み、半ば引きずるようにしてエレベーターへ乗り込んだ。もちろん加賀谷と森野が一緒に乗り込むことは、鋭い目つきで制した。

加賀谷は「どっちが社長だか…」とぽつりとつぶやきどこかへ行ってしまった。

その後ろ姿をつい目で追ってしまうのは、何か意味があるのだろうか。

「ちがう…」
森野は咄嗟に否定の言葉を発した自分に驚いた。
加賀谷が傍にいると落ち着かない。彼と関係を持ったことを誰かに知られるのではと始終不安に駆られている。ほかでもない、容や一葉に知られる事だけは避けたい。
加賀谷がそう言う事を口にするようには思えないが、絶対ないとは言い切れないだけに、自分でも知らず知らずのうちに加賀谷の存在を探している。

「何が違うんだ、森野」

その声に森野は飛び上がらんばかりに驚いた。

「しゃ、社長!あ、いえ――」

「いや、社長でいい。一葉はまだ社長とはいえないからな」

振り向くと引退した社長がいた。
浅野和明は引退するにはまだ若い。この引退には複雑な事情が絡んでいるようで、他人の森野がその理由を聞く事も知ることも無かった。

和明は今は何の肩書きもないが、いわば会長職のようなものだった。接待のほとんどは請け負っているうえ、難しい仕事はまだ和明の判断が必要だった。

「一葉さんと容さんならもう帰りましたけど」

「いや、今日はお前に用があって来たのだよ。森野」

「なにか急な仕事ですか?」

「いや、まったくのプライベートだ。どうだ、一緒に食事でも?」

今週は外食続きだと、どうでもいい事を思うことで、森野はこの現実から逃れようとした。察しの言い森野は、この不可解な誘いが、自分と守とのことだとすぐに分かったからだ。

「ぜひ、喜んで」と、森野は心にもない事を口にした。

つづく


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あまやかなくちづけ 16 [あまやかなくちづけ]

いったい僕が何をしたというのだろうか。

先週末、守との喧嘩のような出来事以来、平凡だった森野の日常は一変した。一生分かという程の責め苦に見舞われている。

食事に行こうと言った社長(森野の中ではずっと社長だ)はほとんど食べないし、その上ビジネスとは違いプライベートでは口下手の為ほとんど喋らない。

言いたい事があるのはわかっているが、こちらからは何も言えるはずがない。

自社の居酒屋の奥の個室で、あまりに気まずい食事は長くは続かなかった。

ふいに、社長が話を始めたからだ。

「あのな、森野、これは私が勝手に言う事だから、聞き流してくれても構わない。私は容にとっても守にとっても、父親と呼べるような存在ではない。けれど、二人の事はとても愛しているし心配もしている。特に守は容とちがって自立心が旺盛なわけではない。あの子は――」和明は一瞬言いよどみ続ける。「まだ、子供だ。十歳のあの子を初めて見た時から、かわいくて仕方がなかったのだが、実際はどう接していいのか私には分からなかった。ああ、なんだか支離滅裂になってしまっているかな?」

和明は一呼吸置く様に、やんわりと森野に微笑みかけた。

「いえ、社長のお気持ちはわかります」
長年苦楽を共にしてきた森野には、和明の気持ちが手に取るように分かった。
以前は公私の区別もなく働いていたのだから、和明という人物がどういう人間かは分かっているつもりだった。
だから、この後言われることも想像できた。

「あの子は父親を知らない。正確には父親の温もりや存在意義かな……おそらく、それを君に求めているのではないかと私は思っている。いや、それについて私がとやかく言う権利はないのは分かっている」和明は軽く手をあげ、森野が口を挟むのを制した。
「ただ……初めて父親として頼られたんだ。私は嬉しかった。だから、あの子が悲しむような事があってはならない。父親としてそう思うのは当然だろう?」

「ええ、もちろんです」

森野も父親のような心境だった。和明も森野も、守が十歳の時に同じく出会っている。和明が仕事を家に持ち帰る性分だったため、森野はその私生活にも深く入り込んでいた。だからこそ守との関係が生まれたのだ。
最初は軽い戯れだった。だが幼い守に恋をし、溺れ、愛して、悲しみも味わった。じっと耐えてやっとの思いで離れた気持ちを取り戻した。

いまならまだやめられるのだろうか。守を愛することを。僕のような平凡な人間には、まだ若くて太陽のような守はもったいない。

「森野…」
そっと出されたハンカチで、自分が泣いていることに気付いた。

もやもやと沈滞していた気持ちがゆっくりと動き始めた。社長の言うように、守はまだ子供だ。そんな守を正しい方向へ導いてあげる必要がある。

森野はゆっくりと目を閉じひとつ息を吐くと、出されたハンカチで涙を拭った。

つづく


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あまやかなくちづけ 17 [あまやかなくちづけ]

結局、連絡がついたのは週末になってからだった。

電話の向こうの森野の声は暗く、思いつめているようで、マンションへ向かう守の足取りは重かった。

守の不安をよそに森野はいつも通りの穏やかで温かい表情で迎えてくれた。守だけに見せる、恋人の顔だ。

「守くん、いらっしゃい」
森野の声がほんの少し震えているのは気のせいだと思いたかった。

「うん。森野さん、この間はごめんね。俺、わがまま言っちゃって……あんなふうに森野さんを困らせるつもりはなかったんだ」
守の心臓はバクバクと激しく音を立てていた。こんなに素直に謝るのは本当に久しぶりだったからだ。気にしなくていいんだよと森野が言ってくれるのを待った。

「分かってるよ」
森野の返事は守がほぼ期待した通りのものだったが、なんとなくそっけなく感じ、守は玄関で靴を脱ぐのをためらった。

「さあ、あがって。ごはん準備しておいたから」

部屋の中へ促す森野はやはりいつも通りだった。
気にし過ぎなのかもしれない。守は小さくかぶりを振り、そんな自分を嘲笑した。

けれど、どんなに森野がいつも通りの優しさで接してくれても、いつもと違う空気を見過ごすことはできなかった。美味しいはずの食事も、砂粒を頬張っているようで、正直苦痛だった。

今日は泊って行ってもいいの?と聞く勇気もなく、面白くもないテレビを見て息苦しい時間を埋める。

そして、とうとう森野が沈黙を破った。

「ねえ、守くん。話があるんだけど、いい?」
森野はなるべく軽い口調で言おうとしたのだろう。けど、声は震え、無理に笑顔を作ろうとしている口元はひきつっている。

「聞きたくないって言ったら?」困った顔をする森野に、守は怯えた様に問いかける。「わがままだって言う?」

森野の顔が悲しそうに歪んだ。「そんなことないよ。わがままなのは僕の方だからね」ひとつ深呼吸をし「抱きしめてもいい?」と、確認なんて必要ない事を森野は訊いた。

守は森野の胸に飛び込んだ。抱きしめられるよりも抱き締めたかった。このまま森野がどこかに行ってしまいそうで、離してなるものかとぎゅっと森野の背を掴む。

「ごめんね、守くん。別れよう」

それは唐突で簡潔だった。

「どうして?」
何とか絞り出した声は、年老いたようなしゃがれた声で、自分のものとは思えなかった。

「歳の差かな…」

「なに言ってるの?そんなの理由にはならないよ」

「疲れちゃって――僕じゃ、守くんを受けとめることが出来ないみたい。きっとほかに相応しい人がいるから」

「この間の事だったら冗談だからね。ちゃんと断ったし……。それに、一緒に暮らすのだって、高校卒業するまで待つから」

ああ、断ったんだ。

森野は目を閉じ嬉しくて込み上げる涙を押し止めた。

つづく


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あまやかなくちづけ 18 [あまやかなくちづけ]

森野は今更迷う心を押し隠し、すでに決めていたセリフを台本どおりに言い放つ。

「僕ね、いま別の人と付き合っているんだ。彼とは、その、そういう関係なんだ」
守の肩に両手を置き、そっと離す。

ごめんね守くん――

森野は苦しくて胸をぎゅっと掴んだ。手足を引きちぎられ、呼吸を止められたかのようだ。苦しくて苦しくて気が狂ってしまいそうだった。

「そんなわけないよ。森野さんが他の人とするはずないもん」
守は森野との繋がりを保つように、森野の腕をぎゅっと掴んだ。

「本当だよ。先週、守くんと喧嘩した時、実はもうその人に告白されていたんだ。迷っていたけど、そのあとそういう関係になって、だから守くんとはもう終わり」

「なんで終わるの?別に一度くらいなら許すよ。喧嘩した後だもん、腹が立ってそうしたんでしょう?ただの浮気でしょ」

森野の明らかにおかしい説明にも守は必死のあまり気付かなかった。

「そうかもね。ただの浮気だったかも、最初は。けど、彼は……大人なんだ。守くんと違って」

残酷な自分に薄ら笑いすら浮かぶ。森野は自分の声を遠くで聞きながら、すでに正気ではないのだろうと、現実から逃れる。

「男なの?」
守ははたと気づき弱弱しく訊いた。相当ショックなのか顔を左右に小さく振り続けている。

森野は無言で頷いた。

守は森野から離れた。

「っふ、ふふふっ……大人か。そうだよね、森野さんは大人だもん。わがままなんて言わない大人がいいんだよね。もう、セックスしたんだ。森野さんは好きでもない人とはそんな事できない人だから、彼の事は本気なんだね。女の人なら何とかなるかなって思ったけど、男なんだ……そっか」
ふらりと立ち上がり、一歩後ろへ下がる。
「もしかして、ずっと根に持ってた?一葉との事」

守に痛いところを突かれた気がした。

ずっと、気にしていた。根に持っていた。守くんと愛し合うたびに、一葉さんも同じように愛されたのだと嫉妬で胸が掻きむしられる思いだった。

「そうだよ。あの傷を癒すことが出来なかったんだ。どうせ、僕は一葉さんより上にはなれない。僕は、僕でしかない。一葉さんにはなれないし、何の魅力もない、ただの……平凡な――」

今まで押し隠していた感情が一気に表に出た瞬間だった。荒げた声が徐々に涙に掻き消されていき、とうとう何も言えなくなった瞬間、守に抱きしめられた。

「ごめんね、森野さん。苦しめちゃって。けど、分かって欲しいのは、俺は森野さんを愛しているし、一葉より劣っているとか思った事はないよ。平凡だなんて思ったことも無いし、魅力だってあり過ぎるほどだよ」

いま守くん、愛しているって言った?
守が森野に対して愛していると口にしたのは、あの時以来だった。振られて、また守を取り戻したとき。
いつも、いつでも愛してると言って欲しいと思っていた。けれど、その言葉は催促するべき言葉ではない。だけど、言って欲しかった。言われなければ、自分も口にしてはいけないようで、ぽろりと口から零れ落ちそうになる言葉を何度も呑み込んできた。

「守くん……」
いまさらすべてを取り消せるだろうか?一度の浮気を許して下さいと言ってみるべきだろうか?

そんな森野の思いは、守にもう一度強く抱きしめられ終わりを告げる。

「その人と、幸せになってね」

守は躊躇いがちに「最後だけ許して」と頬に口づけ、静かに去って行った。

つづく


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あまやかなくちづけ 19 [あまやかなくちづけ]

「一葉、どうした?眠れないのか?」

「ん……なに?」

「ちょっ…!!おい、一葉電気付けろ!」

部屋の明かりが点く。

一葉のキングサイズのベッドの中央には守がいた。守を挟んで容と一葉が、夜中の闖入者を見下ろしている。

「守くん、森野のとこに行ったんじゃなかったの?ねえ、どうしたの?泣いてるの?」
一葉は守の顔を覗き込む。

「お前、一葉に抱きついてただろう?おいっ!」
容は守の肩を手の腹で小突く。どういう事情か知らないが、こんなときでさえ一葉の方を向いている事に腹が立つ。

「容、ちょっと待って、守くん泣いてるよ」

守はベッドの中央に丸まって、しゃくるのを堪えるように泣いていた。

「どうせ喧嘩だろう?」

「そんなはずないよ。仲直りしに行ったんだもん。守くん、何があったのか教えて?僕でよかったら聞くから」

一葉は眠たい目を擦りたい気持ちを抑えつけ、守と向い合せに横になった。よしよしと守の頭を擦りながら、口を開くのを待つ。

「森野さんと、別れたんだ」

ベッドの上に座る容は顔を顰め「森野振って、また一葉にちょっかい出す気か?」と警戒心もあらわに言う。

「ち、違う、よ――振られたんだ、俺が。森野さん、恋人が出来たんだってさ」
しゃくりしゃくりで何とか言い終わると、守は目を瞑り一葉の胸にそっと頭を預けた。呼吸を落ち着け、容や一葉が口を挟む前に話を続ける。
「一葉の事は好きだけど、森野さんへのものとは違うし、森野さんの方がもっと大切なんだ。大切な人の幸せの為だから、だからきちんとさよならしたんだ」
大人だったらこんなふうに泣いたりはしないのだろう。だけど、守は子供だから泣く。平気なふりは出来ない。

激しい嗚咽と共に、眩暈がした。失ったなんて信じたくなかった。
どうしてあんなわがまま言ったんだろう。冗談なんて言わなければよかった。後悔しても仕方がないのに、守の心には後悔と、森野への深い愛しかなかった。

こういうパターンはまったく想像してなかった容は結局口を出せなかった。森野が守を振った。しかも恋人がいるだと?ノンケの森野が、ふと目覚め元に戻ったという事なのだろうか。

一葉が守の背を擦り寝かしつけると、二人は静かに下へおりて行った。リビングでソファに座り、とりあえずワインでも飲むことにした。

「今夜はしてなくてよかったね」
二人は珍しく早く眠りについたのだ。

「一葉が不貞腐れてたからだろう?秘書がどうとか言って」

「だって、あいつ、容の事狙ってるもん」

「そんなはずあるか。とにかく、守をどうするかだ。今回ばかりは俺たちが口出しできそうにもないが、森野が守を振るってありえるか?」
容の疑問はそこだ。逆こそあれ、森野から別れを切り出すなどありえないと思っていた。

「僕だって信じられないけど、守くん、あの子本気だよ。僕と同じ。僕が容がいないと生きていけないように、守くんも森野がいないとダメだと思う。なのにどうしてあんなにあっさりと諦めたんだろう……」

「自分が先に裏切ってるから、負い目があるんだろう」容は呆れ口調で言い、付け足す。「それにあいつはまだ高校生だ。これからいくらでも恋愛できる」

「高校生でも最初で最後の恋はあるんだよ」
一葉が自分たちの事をさして言ったのは明らかだ。

「俺は口出ししないからな」

「いいよ、今回は僕が行くから。それに森野は容だと萎縮しちゃって言いたいこと言えないと思うから」

一葉でも一緒だ、と容は密かに思う。

「ま、好きにしろ。せっかくの休みをそれで潰すって事だな」

「潰さないよ。朝一番で行ってくる。容と一日一緒にいれるのに、もったいないもん」

「じゃあ、朝までどうする?」
容は一葉の手からワイングラスを奪い取り目の前のガラステーブルに置いた。

「容、誘ってるの?」
一葉の顔つきが一変した。色っぽく妖艶に容にしなだれかかった。

「たまには狭いベッドで愉しむか?」
そう言って容は一葉を抱き上げ、二階の容の部屋へ向かった。

つづく


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