はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

花嫁の秘密 376 [花嫁の秘密]

「おい、いつまでそうしているつもりだ?」

エリックは腕を組み、サミーを冷ややかに見おろした。この一週間というもの、サミーはずっと居間のソファに座っているか横になっているか、何もしていないはずはないが、何かしている様子もない。

見張り役のブラックに聞いても、特に何もしていないと言うが、どうにも疑わしい。こうなったらさっさとブラックを向こうに押し付けて、こっちはカインを貰うか。

「ん?」気だるげに見上げるサミーは、エリックがそばに来ていたことにも気づいていなかったらしい。

「ん?じゃない、出掛けるから着替えろ」やれやれと息を吐き、手を差し出す。

「出掛けないよ」サミーはエリックの差し出した手を無視した。

エリックはソファの後ろをまわって、サミーの横に座った。ふわりと香る石鹸の香りに、この数日溜めている欲望が噴き出しそうになる。だがもうしばらくお預けだ。今夜はプルートスにクィンが来るという情報がある。買収の件を少しでも進めるためには、まず今夜会わなくてはならない。

「そう言わずに着替えろ。一人で無理なら手伝ってやるぞ」となると約束の時間に間に合いそうにないが。

「どこへ行こうとしているのか知らないけど、明日にはセシルが戻ってくるよ」サミーは両手の指を組み合わせ、腕を前に伸ばした。そのまま猫が伸びをするようにのけぞって、脱力した。このしなやかさがベッドの中で役立つ。

エリックは余計な考えを振り払い、目の前の会話に意識を戻した。「ハニーたちは無事列車に乗ったようだな。何度か乗り継ぎもあるし、向こうに着いてからが大変そうだが、危険から遠ざかることはできた」

「危険ね……彼女がいったい何を考えているのかさっぱりわからないよ」サミーはソファの背に寄りかかったまま、顔だけエリックの方に向けた。

「連絡を取っているのか?」いかにもな詰問口調になってしまった。それも仕方ない。サミーは情報をすべて寄越せと言いながら、自分は多くを打ち明けない。

サミーは肩をすくめる仕草をした。「いや、もう取らないと決めたからね」

ようやく言うことを聞く気になったか。この様子だと、向こうからもまだ連絡はなさそうだが、ジュリエットの事だ、サミーの方から何か言ってくるのを待っているのだろう。ラウールにもう少し頑張れと言っておいたから、このままあいつに任せて、サミーはこっちの問題に専念させよう。

「調査は進めているのか?」エリックは尋ねた。

「調査?ああ、彼の事ね。まだだよ。もし、彼がデレクたちと関係あるとして、プルートスに姿を見せたことがあるだろうか?僕は見た記憶がないけど、君は?」

「俺もないな。だが、無関係ではないだろうな。現にパーティーに招待されていたわけだし、どこかでつながってはいるはずだ」

「ブライアークリフ卿と何か繋がりがあるとしたら、金に関することかな。チャリティーイベントに招待される面々は金を出す者だけだろう?君も含めてね」招待された理由は君がよく知っているだろうと、サミーは意味ありげに言った。

息子はどうしようもないクズだが、父親の方はなかなかできた人間だ。人望もあるし、喜んで出資する者は大勢いる。だからこそ、ランフォード公爵が出資を見送ったことはショックだっただろう。

公爵とは面識はあるが、こちらが何か頼めるような人物ではない。ステフの口添えがなければ、彼は耳を貸すことはなかっただろう。次のロゼッタ夫人の誕生日会で会えたら、ぜひ直接礼を言いたい。

「それで、出掛ける気はあるのか。もしも嫌だというなら、俺も予定変更してお前の相手を存分にしてやるが」サミーがいつまでもぐずぐずするから、いっそこのまま、という欲望に負けてしまいそうになる。

「僕を赤ん坊か何かのように扱うのはやめてもらえるかな。まったく、着替えればいいのか?ブラックに手伝ってもらうけど、それで問題はないね」サミーはぷりぷりと言いながら立ち上がると、ひざ掛けを絨毯に落としたまま部屋を出て行った。

問題あるに決まってるだろうが。だがエリックがそう思ったところで、もう間もなくブラックはサミーの命令を聞くしかない立場になる。朝部屋に入って来てサミーを起こすところから始まり、着替えさせ――くそっ!そこまでするのは契約に入っていたか?

いまのうちに契約書を確認しておこう。問題があれば、こっちで勝手に書き換えるまでだ。

つづく


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花嫁の秘密 375 [花嫁の秘密]

わざわざ変装したものの、クリスの言うようにあまり意味がないように思えた。意固地になっていたことは否めないけど、この格好にまずは慣れることが必要で、その考え自体理解されないのかもしれない。

アンジェラはクリスに寄りかかって目を閉じた。一頭立ての小ぶりな馬車は夜道を順調に進んでいるが、けっして快適な旅とは言えない。でも、クリスがそばにいれば安心できるし、この非日常な状況も案外楽しい。

「ねえ、クリス」アンジェラはそっと話しかけた。もし眠っていたら、話すのは起きてからでも構わない。

「どうした?寝てていいんだよ」クリスはアンジェラの肩を抱き寄せ、膝に掛けていた毛布で二人を包んだ。

アンジェラはクリスの胸に頬をすり寄せた。「ロジャー兄様と出発前に何を話したの?」

「調査を進めておいてくれと話したんだ」クリスは簡潔に答えた。

「調査はリックとサミーがしているんでしょう?贈り主は見つかるかしら」これからセシルも調査に加わるし、見つからないはずない。

クリスは考え込み、しばらくしてぽつりと言った。「無理だろうな」

アンジェラはクリスの言葉の意味を考えた。それは仮に犯人が見つかっても、兄たちが話してくれるとは限らない、そう言いたいのでは?その考えはアンジェラも同じで、それならもう夫婦で協力するしか道はない。

「わたし、ロイに会いに行こうとしていたの」アンジェラはメグと内密に立てた計画を打ち明けた。どちらにせよ、いまは会いに行けないし、きっと今後もそんな機会は巡ってこない。けれども、クリスの協力があれば別だ。

「いつ?だからそんな恰好を?」訊き返すクリスの声は穏やかだった。

てっきりクリスは怒るだろうと思っていたアンジェラは、少し拍子抜けすると同時にホッとした。きっと勝手に行動していたら想像できないほど腹を立てただろう。アンジェラはこの際だから、思い切って自分の考えをすべて吐き出した。

知っていること知らないこと、これから自分がどうすべきか、すべて。

最後まで黙って聞いていたクリスは、アンジェラの顎を指先でそっと持ち上げ唇を重ねた。いつものように優しくてとろけてしまうようなキス。目を閉じていても、クリスがわたしのためにすべきことをしようと決意してくれているのが伝わってきた。

「ハニー、二人でロイに会いに行こう。このまま行き先を変更することもできるが、どうする?」

アンジェラはキスの余韻に浸りながらも、首を横に小さく振った。いますべきは、ラムズデンの問題を一刻も早く片付けること。例の箱や黒幕の事は兄たちに任せておけばいい。落ち着いたら真相を知るためにクリスと二人で調査を進めよう。

それに目的の駅では、先に出発したダグラスとメグが主人の到着を待っている。わたしたちはわたしたちのすべきことをしよう。

つづく


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花嫁の秘密 374 [花嫁の秘密]

ラウンズベリー伯爵の本邸は小高い丘の上にあり、最寄りの駅へは南側の宿場町を通ることになる。けれども今回は迂回路を行くことになり、東の小さな集落を通過する。日が暮れる前にそこまで行き、北へ向かう。

目くらましで侯爵家の馬車をフェルリッジへ、伯爵家の馬車をアップル・ゲートへ、三台が時間差で出発する。

アンジェラがどこにいるのか知られないためだが、知られるのも時間の問題だろう。

クリスたちが行く道は、夜になれば明かりもなく真っ暗になる。そのためロジャーが前もって街灯を設置し、御者はその道を目を瞑っていても通り抜けられる者に頼んだ。信頼のおける人物で、急に早まった出発にもうまく合わせてくれた。

フェルリッジであの箱を受け取ってから二週間、とうとうクリスとアンジェラはラムズデンへと出発する。

「まさか本当にその格好で行くつもりか?」馬車の乗り換え地点まで同行したロジャーが、アンジェラのズボン姿を見て言う。

「そうよ。あっ……そうだよ」アンジェラは口元に手を当てて、それから声を作って言い直した。

「ハニー、無理しなくていいんだよ」クリスは変装自体は賛成だが、アンジェラが愛人セシルになるのにはあまり気が進まない。なぜよりによって兄の名前を?

「そうね。ここにはロジャー兄様とクリスしかいないものね」アンジェラは肩の力を抜いた。小さな馬宿を出発して駅に到着するまではクリスと二人、おそらく眠って過ごす。それから列車に乗ってしまえば、またクリスと二人きりだ。

「ハニー、あまりクリスを困らせるなよ。お前は侯爵夫人として、領民に会いに行くことを忘れるな」ロジャーは心配で胃がキリキリしていた。今後アビーをアンジェラに任せなければいけないことも、その一因だ。

「わかっているわ。これからのこともあるし、失敗しないようにするわ」アンジェラは兄の意をきちんとくみ取り答え、クリスに促されるように馬車に乗り込んだ。

クリスは扉を閉めてロジャーに向き直った。「ここまでしてくれて感謝する。向こうでの問題が片付き次第、またここへ戻る。その間に少しでも調査が進めばいいが、あの箱に関してわかることはもうないだろうな。だから聞く、ロジャーは犯人を知っているのか?」

箱を送った者のことではなく、アンジェラを襲った犯人のことだ。知っていて黙っているのは確実だが、言う気があるのか確かめたかった。この期に及んで黙っているとしたら、今後何度聞いても答えたりはしないだろう。

「犯人は死んだ。それ以上はわからない。だが今回のことがあの事件と関連があるとしたら、フェルリッジの酒場にいたという、見慣れない男を見つけ出すしかないだろうな」クリスを見てそう言い切ったロジャーは、一瞬たりとも目を逸らさなかった。

クリスはこれ以上の追及は諦めた。「それは手配済みだ。うまく見つかればいいが、まあ、とにかく行ってくる」

つづく


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花嫁の秘密 373 [花嫁の秘密]

「ハニー?何をしている?」

フェルリッジから到着したばかりのダグラスと、今度の長旅についての打ち合わせを終えたクリスは、旅程についてアンジェラと話すため部屋に戻ったのだが、見慣れない光景にそれ以後の言葉を失った。

いや、見慣れないのではなく、一度だけ見たことのあるその姿は、あまりにもクリスの心に強烈な傷跡を残していた。

新妻アンジェラが自分は男だと告白したあの日、いまと同じように男装していた。

アンジェラの男装は可愛いし、かなりそそられるのだが、あの時自分が口にしたひどい言葉を思い出すと自己嫌悪どころではない。あの夜をもう一度やり直せるならと考えなくもないが、結婚直後からひどいことばかりしていたのでもう忘れたいのが本音だ。

クリスの声に振り返ったアンジェラは、にっこりと笑ってメグが差し出していた帽子をちょこんと頭に乗せた。

「どう?似合う?」

「ああ、とても。でも、なぜこんな格好を?」暇だから兄たちの古着――見るからに仕立てあがったばかりだが――で遊んでいるのか?

「変装だよ、侯爵」アンジェラは声を作って、そのおかしさに吹き出した。「これならわたしってばれないでしょ?」その場でくるりと回る。

ばれない?ああ、そういうことか。

「出発は夜の予定だから、変装はいらないよ。でも、とても似合っている。セシルのおさがりかい?」

「そうかしら?出発は夜でも、駅に着くのは日がのぼってからでしょ。それと、これはセシルのおさがりじゃないわ」アンジェラはなぜか腹を立てたようで、クリスは助けを求めてメグを見た。

メグはすでに二人のそばを離れ、隣の部屋へ続くドアから出て行くところだった。案外白状なのだが、本当に困ったときは助けてくれる。いまはそれほどでもないと判断したらしい。

「ハニー、少し座って話をしようか」クリスはアンジェラの肩を抱いて、モスグリーンのソファに座らせた。二人で座ってもまだ余裕があるこのソファは、ソフィアのお気に入りらしい。

「ダグラスは無事到着したのよね?荷物も持って来たの?」アンジェラはクリスの両手を取って、急いたように尋ねた。

「ダグラスはここへ来ることくらいなんでもないよ。それから、持って来てもらったのは、旅の間の荷物だけだ。後は直接向こうに送ってもらう」クリスは要点だけを答え、次の質問に備えた。知りたがりの妻を――いまは少年になっているが――持つのも大変だ。

「出発日はもう決めたの?」

「それはハニーと決めようと思う。ロジャーとここからラムズデンまでの経路や護衛、必要なものを話し合って準備したから、いつでも出発できる。年が明けてまだ三日しか経っていないから、もっとゆっくりしたいならあと一週間先延ばしにしてもいい、どうする?」

「セシルはもうリックたちがいるところへ戻りたいみたいだし、心配だったお母様はここでアビーとうまくやっているから、わたしはいつもで出発できるわ。ラムズデンに入るまではこの格好で行こうと思うけど、いい?」

ハニーにそう言われて、どうしてダメだと言えるだろう。おそらくマーサが協力してこのツイードの衣装を用意したのだろうし、エリックみたいな髪型にしたのも考えたくはないがそのためだろう。

「ハニー、その格好でもいいけど、いったい誰になりきるつもりだい?」

「もちろん、セシルよ。わたしは侯爵の愛人のセシルになりきるの」アンジェラは目をキラキラと輝かせ、得意げに言い切った。

また変なことを、そう思ってもクリスはただ天を仰ぐしかなかった。でもまあ、愛人ということは二人の間のあれこれを制限されたりはしないわけか。悪くないな。

とにかく、ハニーの芝居に付き合った方が旅を楽しめそうだ。

つづく


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花嫁の秘密 372 [花嫁の秘密]

エリックは朝目覚めて、サミーの寝顔を好きなだけ眺めてから、その日の仕事に取り掛かる。
あいにく今朝はそうゆっくりとしていられず、出掛けたついでだと挨拶回りもして、屋敷に戻ったのはすっかり日も暮れた頃だった。

ブラックが報告に現れないということは、サミーは今日は余計なことはしてないということか。昨日の今日でジュリエットにメッセージでも送るかと思ったが、帰り際のあの様子からして、何か他に計画しているのかもしれない。勝手な行動を起こす前に少し話し合っておくか。

昨日の疲れが出て何もする気は起きないはずだと居間を覗いたら、案の定サミーはいつものソファにほとんど横になった状態で目を閉じていた。ティーカップから湯気があがっているところを見るに、眠ってはいないようだ。

「まさか一日そこにいたわけじゃないだろうな」エリックは決まり文句を口にした。

サミーがゆっくりと目を開ける。「ついさっき起きたばかりだ。君こそ新年早々どこへ?」起き上がってティーカップに手を伸ばした。

「挨拶回りだ」エリックは他に何があるとばかりに言い、同じくいつもの場所に腰を落ち着けた。「お前は挨拶回りしないのか?」

「それはクリスの仕事だ。それに父のせいで、いやおかげと言うべきかな、一族との付き合いもほとんどしなくていいからね」サミーはそう言ってゆったりとティーカップに口をつけた。半分ほど飲んで、元の場所に戻す。

クリスはそれどころではないだろうが、すべきことを怠ったりはしないはずだ。サミーの言うように任せておいて問題はないだろう。

「食事はしたのか?」つい気になって尋ねてしまう。ここにセシルがいればそんな心配しなくても済むが、戻るのはもう少し先だ。おかげで保護者のようにいちいち確認しなきゃならん。

「お腹が空いて目が覚めたからね。もう昼過ぎていたし一人だから残りものでいいと言ったけど、さすがにそうもいかなかったみたい。おかげで動くのが面倒になったよ」

しっかり食べたということか、それならいい。

「動かなくていい、しばらくはおとなしくしていろと言っただろう」

サミーは横目でエリックを見た。「二、三日はこうしている予定だけど、そのあとはちょっと調べ物をしようと思う」

「調べ物?どんな?」また余計なことじゃないだろうな。

「ブライアークリフ卿のパーティーで見かけた男、誰だかわかったから探ってみようかと」サミーは素直に答えた。

探るたって、どうするつもりだ?昨日クレインがもたらした情報の中に、その男のこともあったが、少々厄介な相手だ。サミーの手に負えるとは思えない。「その男の事ならこっちで調べるから手出しはいらない」

サミーが眉を吊り上げた。「君は僕を無能のように扱うけど、今回ばかりは一緒にことをすすめた方がいいと思うんだけど」声にはっきりと怒りを滲ませていた。ここで扱いを間違えると、かなり面倒だ。

「お前はあの男の事どこまで知っている?」

「どこまで?いまのところ、名前と出自くらいかな。怪しいと思っているけど、調べてみないことにはこれ以上の事はわからない。君が知っていることを教えてくれれば、話は早いんじゃないかな」サミーはふんぞり返って足を組んだ。まるで妥協するつもりはないと宣言しているようだ。

「こっちも調べを始めたばかりだ」正直言って、パーティー会場で一瞬見かけただけで、怪しいと考えたサミーの直感には恐れ入る。俺と同じ感覚を持っているとしたら、サミーの言うようにこれからは一緒に動いた方がいい。それに、その方がいちいち見張らなくて済む。

「それで?情報を共有する気はあるの?」腕を組んでつんと顎先を上げる。

どう考えてもこっちの足元を見ているとしか思えない。もしも断れば、いったいどんな仕返しがあるのか、考えたくもないが、選択の余地は残されていない。

「ああ、ある。だからお前も勝手な行動はするな」エリックは念を押したが、あまり期待はしていなかった。サミーの行動を制限するより、好きに動けるように後押しする方が容易い。

「勝手なのはそっちだけど、まあいいや」サミーはようやく納得したのか、再びリラックスした姿勢に戻り、テーブルの上の焼き菓子に手を伸ばした。

やれやれ、まるで子供みたいだ。ではまず、互いの情報を交換するとするか。

つづく


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花嫁の秘密 371 [花嫁の秘密]

夢を見ることもなくぐっすりと眠っていたサミーは、空腹で目を覚ました。目を閉じた時、確かにソファにいた。あのあと、エリックは部屋にやって来たのだろうか。

手を伸ばしてベッドを探ったが、寝ていた気配はない。結局ここへは来なかったようだ。

サミーは起き上がって、皺くちゃのシャツを脱ぎ捨てた。暖炉に火が入っているから、誰か部屋に入ったのだろう。カフスボタンは昨夜置いた場所にそのままある。

今日はどうしようか。調べ物をしたいけど、その前にエリックと話し合う必要がある。ブライアークリフ卿のパーティーで見かけたあの男の正体もわかったことだし、一緒に調べを進めた方が無駄がない。

サミーは身支度をするため、ベルを鳴らした。呼びつけることはめったにないから、プラットが驚いていないといいけど。

ジュリエットの事は、最初考えていた通りに進めることにしよう。金を渡したゴシップ紙には、約束通り僕とジュリエットに関する一切を紙面に載せないでもらう。もう一緒に出掛けることはないだろうけど、くだらない噂はどこからでも沸いてくるものだ。エリックに協力してもらえれば、他の紙面も抑えることができるはず。

サミーは上半身裸のまま窓際へ向かった。カーテンを開ける前に何か羽織ろうと思い立ち、ベッドの足元でくしゃくしゃになっていたガウンを引っ掴んだ。いつここにガウンを脱ぎ捨てただろうと束の間考えたものの、面倒になってやめた。肩に掛けるだけにして、カーテンを半分ほど開けた。日差しに思わず目がくらむ。

さすがに寝過ぎたようだ。

けど、おかげで頭がかなりクリアになった。昨日までの出来事が遠い昔の事のように、整然と頭に記録され、誰がどこでどんなふうに繋がっているのか明確になった。

もしかしてエリックがそばにいない方が、冷静に物事を考えることができるのではないだろうか。そう思っても、情報を共有しなければいけないことには変わりないが。

サミーは複雑な溜息を洩らした。エリックにそばにいて欲しいのか、否か。まだわからない、というより、あまり考えたくない。

答えを出さなくても、エリックはしばらくは何も言ってこない。何よりアンジェラを守ることが優先されるからだ。

解決するまでは、お互いが宙ぶらりんの状態が続く。僕はいいけど、エリックはどうだろう。そのうち離れて行ってしまうだろうか。

ほどなくしてプラットが部屋に入って来た。まずは目覚めの紅茶、それから熱い湯を運び入れる。紅茶を飲みたい気分でもなかったので、歯磨きをしながらプラットが今日着る服を準備する様子を眺めていた。きちんとした格好をさせいようだけど、これから数日は外に出るつもりもないので、全部却下だ。

どうせ誰も訪ねてこないし、ゆったりと楽な格好でいたい。

「あとは自分でやるよ」いまはまだ、エリック以外に背中の傷を見せる気にはならない。そのうちブラックには知られる時が来るのかもしれないが、果たしてそこまで信頼できる男なのかはいまのところ不明だ。

できれば、命を預けられるほどの人物であって欲しいが、さすがにそれは期待しすぎだろうか。

つづく


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花嫁の秘密 370 [花嫁の秘密]

「お母様は子供っぽいって言うけど、わたしもクリスもこのドレス好きなの」

朝食がすむと、アンジェラとセシルは新年を祝う特別なケーキを食べるため、女性用の居間に場所を移した。白い家具に上品な椅子、花柄のソファ、そして何よりここを女性的にしている撫子色の壁紙は、先代の伯爵が最愛の妻のために選んだものだ。

六代目ラウンズベリー伯爵レイモンド・コートニーはアンジェラが生まれる前に亡くなった。

だからアンジェラは絵の中の父の姿しか知らない。一番のお気に入りは図書室に飾られている。真面目な顔をしていても、どこか微笑んでいるように見えるのだ。そしてどことなしか、次男のエリックに似ている。

「その赤いタータンチェックのドレス?まあ、母様の言うこともわかるかな。だって侯爵夫人はあまりそういうの着ないものでしょ?でもハニーはまだ子供だからいいんじゃない」セシルは女性のドレスの問題よりも、特別ケーキの方に興味を持っていかれている。

見た目は普通のヴィクトリアケーキと変わらないように見えるけど、はみ出るほどたっぷりと挟まれているクリームは、まるで裏庭に積もった新雪のようだ。赤いベリーのジャムとのコントラストは素晴らしい。

「ねえ、どうしてこのケーキは特別なのかしら?」二人はケーキを目の前に考え込んだ。

「一年に一度だけ登場するとか?」セシルが言った。

「それなら、特別ね」アンジェラは考えるのをやめた。

「アビーはまだかな?」セシルが焦れたように言う。女性を――特に兄の婚約者――を差し置いて、ケーキにフォークを突き刺すほど無神経ではない。なぜなら女性の怖さは嫌というほど知っているから。

「お母様に捕まっていたから、しばらくは来られないと思うの。だから食べてしまわない?もちろんひと切れずつよ」お母様はあまりアビーにかまったりしないと思っていたのに、違ったみたい。もしかすると、わたしが男だと知ってしまったから?

「そうだね」そうとなればセシルの動きは早い。皿を二枚並べ、手際よくケーキサーバーでひと切れずつ盛る。フォークを乗せてそれぞれの前に置かれた時には、紅茶も準備万端整っていた。

しばらく二人は無言でケーキを味わった。さすが特別と名の付くだけあって、ほっぺたが落ちるほど美味しかった。

「そういえば、アビーにはもう秘密を打ち明けたの?」セシルはケーキスタンドのケーキに目をやりながら尋ねた。ひと切れなんて全然足りないと、じっとりとした目つきで訴える。

「まだよ。お母様がもう少し待ちなさいって言うの。ロジャー兄様とあと半年で結婚するのに、いったいいつならいいのかしら?」アビーは秘密を知っても婚約破棄はしないはず。だからいつでも話せるように、心の準備はしている。

「まあ、母様も知ったばかりでまだ混乱しているからね。それにここへ来ることになった理由も理解できる範疇を超えている。ハニーが命を狙われる理由が秘密にあると思ってるみたいだし、いまのところその可能性だってないわけじゃないしね」

セシルは我慢できず、二切れめのケーキに手を伸ばした。アンジェラもつられて皿を差し出した。

「セシルもまだわたしの命が狙われていると思っているの?でも、いったい誰が何のために?」

「よくわからないけど、犯人がまだ諦めていないからあれを贈って来たんじゃない?」セシルは自分がここへ来た目的を思い出したのか、険しい顔つきになった。

「ふーん。そうかしら」アンジェラはいまはもう手元にない箱の事を考えた。調査すると言って持って行ってしまったけど、いったい何をどうやって調べるの?それとももう犯人はわかっているから、裏付けを取るだけ?

セシルも知っているのに黙っている。誰も教えてくれないからこそ、ロイに会いに行きたかったのに。メグは会ってもわからないままだと考えているようだけど、わたしはそうは思わない。あれから時間が経ってロイも何か思い出しているはず。

でも会いに行くのもしばらくはお預け。あと数日したら、クリスと二人でラムズデンへ向かう。旅はそんなに大変ではないらしいけど、クリスはずっとピリピリしている。夜暗いうちに逃げるようにここを出発する計画を、クリスとロジャー兄様とで立てている。

安全策を取るのはアンジェラも理解できた。だから、アンジェラなりに協力するつもりだ。

髪を切ったのも、そのためだ。

つづく


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花嫁の秘密 369 ~第十部~ [花嫁の秘密]

息苦しい。まるで身体を押し潰されているかのよう。身動きが取れず、叫び声さえ出せない。寒くて歯がカチカチと鳴る。もしかして、わたしは裸なの?

アンジェラを恐怖が襲う。あの男が戻って来たのだ。

たすけて、たすけ……て。喉がヒリヒリしてどうやっても声が出ない。どうしよう。

「ハニー!起きるんだ――」

クリス?そこにいるの?

アンジェラは差し出された手をどうにか掴んだ。掴んだその手に手首をしっかり掴まれて引き上げられる。おそるおそる目を開けると、目の前には心配そうに顔を覗き込んでいるクリスがいた。

「わたし――」

クリスが指先でそっと頬に触れた。「夢を見ていたんだ。悪い夢を」

夢?アンジェラは目をしばたたかせ、それからクリスに抱きついた。しばらくは平気だったのにどうしてまた。

もちろん完全に忘れられるわけではない。けど思い当たることがあるとすれば、一週間前届いたあのクリスマスプレゼントのせいだ。クリスに見てはいけないと言われたけれど、確かめずにはいられなかった。

実際見てみたら、なんてことない物だった。

ナイフは確かに物騒だったけど、血のようなものがついたハンカチは自分の物ではなかったし、たいして意味があるとは思えなかった。脅しと言われればそうなのかもしれない。翌日にはセシルがリックの派遣した調査員と一緒にフェルリッジにやって来て、結局家族はランズベリーの本邸に集うことになった。リックとサミーを除いて。

「おはようクリス」努めて何でもないふうを装って言った。いまさら遅いかもしれないけど。

「おはよう、ハニー」クリスは震える声でそう言って、アンジェラの額に口づけた。「どうも慣れないな」口づけたまま言う。

「ベッドが違うから?」

「いや、ハニーの髪が短くなったこと」

腰の辺りまであった髪は背中が半分隠れるくらいまで短くなった。クリスは反対したがアンジェラは切ると言ってきかなかった。マーサはアンジェラがどういう目的で切ろうとしているのか薄々気づいていても、あえて口出しはしなかった。

「気に入らない?リックみたいになっちゃったから」アンジェラが参考にしたのは、まさにエリックだ。紐で適当に縛って、男性用の帽子を頭に乗せれば、簡単に変装できる。

アンジェラにとって男装は難易度が高く、どうすればそれらしく見えるかメグとアイデアを出し合った。

「いや、そんなことはない。ついでに言えば、ハニーの髪がエリックと同じくらいの長さになったとしても、エリックみたいにはなっていない」クリスはとにかく否定した。一瞬でもエリックとアンジェラを重ねたくないらしい。

「よく似てるって言われるわ」きっと目の色が同じだから。髪の色も同じだけど、実際は少し違う。

「もちろん、似ている。けど、それとこれとは違うんだ」クリスはむっつりと言った。

なんだかよくわからないけど、違うのね。アンジェラはひとりごちた。

「朝から今日は忙しいみたいだけど、わたしたちはゆっくりしていていいのよね」ここではアンジェラもクリスもただのお客様で、屋敷の中を切り盛りする必要もない。ただ、仕切るのがソフィアなので多々不安はある。

「ああ、私たちは余計なことをしないのが一番だ。時間になればメグが来るから、それまではベッドでゆっくりしていよう」

アンジェラは賛成とばかりに、クリスの胸に顔をうずめた。

つづく


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花嫁の秘密 368 [花嫁の秘密]

サミーとエリックがリード邸に戻ったのは午前三時を過ぎた頃だった。
玄関広間で出迎えたプラットは仮眠を取っていたらしく、いつもよりも気の抜けた顔をしていた。

「僕はこのまま部屋に行くよ。君はブラックから報告を受けるんだろう?プラット、お前はもう休め。あとはこっちでするから」

プラットは一瞬躊躇いを見せたものの、サミーの言葉に従った。どちらにせよもう二時間もすれば、新しい年の朝の支度が始まる。主人が遅く戻ったからといって、この屋敷のサイクルが変わるわけではない。

「ブラックは何かお前に言ったか?」エリックは階段を上がろうとするサミーの手首を掴んだ。

サミーはゆるりと振り返りエリックと目を合わせた。ブラックに言われてまずいことでもあるのだろうか。いや、おそらくまずいことだらけだろう。僕がアンジェラやセシルのように食い下がるタイプではなくて感謝することだ。

「余計なことは喋らないから君の下についているんだろう?」そんな貴重な男を僕は横取りした。まだ正式には僕のものではないけど。

「サミー、あとで部屋に行く」エリックは溜息を吐きたそうにしながらも、それを飲み込み言った。

「お好きにどうぞ」

エリックはサミーから手を離し、一歩下がった。あまりに無表情で考えを読み取れなかったが、いまの返事に満足してないように見えた。

ではどう言えばよかった?エリックはここが他人の屋敷だろうが関係なく振舞い、自分の手下も潜り込ませている。僕たち――リード家とコートニー家――の関係を思えば、そんなことする必要はないのに。

エリックのせいで僕がいかに無能で滑稽かを思い知らされる。いつも冷静でいようと努めているのに、時々感情が暴走してしまうのもそのせいだ。

今回のアンジェラの事件についてすべてを共有するのは無理なのか?僕の動きを裏で封じたりしなくてもいいように、二人で計画を立てて実行し、ジュリエットに相応の罰を受けさせる。エリックは僕の協力などいらないと思っているだろうけど、もうそういう時期は過ぎている。

ラウールという男の登場でひとつわかったのは、ジュリエットはただ単に地位や金だけで相手を選ばないということだ。これは最初からわかりきっていたが、彼女が執着しているのはあくまでクリスで、アンジェラなのだ。だから僕は必要だということをエリックが理解してくれれば、この先うまく計画が進められる。

自分の部屋に入ると、ホッとして膝の力が抜けた。上着を椅子の背に掛けて、暖炉の前の安楽椅子に深々と座り、目を閉じた。ブラックはいったいどんな報告をするのだろう。そもそもそんなに報告するようなことあるだろうか。ジュリエットとラウールの見張りをしていたわけではなさそうだし――そもそも彼は僕を見張るためにいる。

このまま眠ってしまいそうだと思いながら、袖口のカフスボタンをはずした。その辺に投げてもよかったが、それを拾う手間を考えて手元の小さな丸い台に置いた。

とにかく新しい年を迎えた。目が覚めたらすべて思い通りに事が運ぶはずだと期待しながら、サミーは夢の中に落ちていった。

つづく


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