はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

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憧れの兄、愛しの弟 11 [憧れの兄、愛しの弟]

自分に対する劣等感は、コウタの内面の大部分を占めている。

「あんな言い方して、朋ちゃん気を悪くしたかなぁ……」

必要以上に気を使ってしまうのも、コウタの良い面でもあり悪い面でもある。

コウタは机の上の参考書を閉じ、それらを重ねて隅に追いやった。ちかちかと点滅する携帯電話が目に留まり、それを手にベッドにごろりと横になった。

知らないアドレスだ。
メールを開いて、最初は眉を顰め最後には目を真ん丸に見開いた。

なっ、何?なんで??

『あの手紙、どういうこと?』

差出人は、谷崎結衣。コウタの元彼女だ。

どういうことって……どういうことだろう?
それよりなんでアドレス知っているの?

コウタは戸惑いながらも返信した。

彼女からはすぐに返信があり、しばらくやり取りが続いた。その結果、教室から聞こえた『好きで付き合っているわけないでしょう』という言葉はコウタの勘違いだという事がわかった。

それでも彼女が自分と同じような想いを抱いていると思うほど、コウタも馬鹿ではない。
結衣の気持ちが少しでもこちらを向いているならそれでよかった。彼女に別れるつもりがないなら、それを嬉々として受け入れるのが今のコウタに出来る事だし、そうする事が自分の望みなのだ。

お互いのアドレスを知ることとなった今こそ、本当の彼氏彼女としての付き合いが始まるのかもしれない。

具体的には……デートしたい。
それに、キスもしたい。
コウタは十七歳にもなってファーストキスもまだだ。
友人の島田と三木は当然のようにすませている。島田はキスより先もすませている。羨ましい。

ベッドで丸まり、うとうとしかけたところへ朋が戻って来た。

「コウタ、チキン南蛮美味しかった」
朋は胸に抱えていた山のような着替えをタンスの前に置くと、ベッドの下の重ねられた布団の向きを変えた。

コウタはちらりと視線を朋に向け、兄が布団を敷く様子をぼんやりと眺めていた。
そしてようやく「うん」と返事をすると、朋が不思議そうに顔を覗き込んできた。

「なに?朋ちゃん」

「何かあった?さっきと雰囲気が違う」

コウタのちょっとした変化も朋にはすぐに分かってしまう。別に隠すつもりもなかったけど、振られたと言って泣いていた手前、彼女とのメールのやり取りについて言いだせなかった。

「何もないけど?もう、眠くなっちゃって……」

眠たいのは本当だ。いまも瞼がとろんと下へおりてきて、兄の心配そうな顔が消えて行こうとしている。

「なら、もう寝な」

頭を優しく撫でられ、コウタは安堵の中眠りに落ちた。

つづく


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憧れの兄、愛しの弟 12 [憧れの兄、愛しの弟]

「えっ?なんだそれ……」

「あれ、朋ちゃん知らなかったの?コウタ彼女とより戻したんだってさ」
軒先にいた陸は、抱えていた洗濯物を縁側に置くと、代わりにブッチを抱き上げ、外に足を投げ出したまま朋の横に腰をおろした。

「ってゆーか、別れてなかったんだってさ」
朋を挟んで反対側に座る海は3DSに目を落としたまま言った。海も洗濯当番のはずなのに、まるっきり手伝う気なしだ。

「はっ?」
より戻した?別れていない?
聞いてないしっ!

「でもさあ、付き合って二か月以上経つのに、まだキスもしていないんだよ。ありえないよな」

「ちょっ、陸。お前なんでそんなに詳しいんだ?」
コウタの事は俺が一番知っていると思っていたのに……。

「朋ちゃん、それはね――」

「おいっ、海!朋ちゃんは俺に訊いたんだよ」

双子のくだらない争いが始まった。こんな時は必ず――

「ぶみゃー!」

ブッチが仲裁の鳴き声を上げる。

朋は感謝の意を込めブッチの顎を指先で擽ると「どっちでもいいから言えよ」と溜息交じりに呟いた。

「コウタの友達の島田くんっているじゃん、幼馴染みの」

「その弟が俺たちと同級なんだ」

陸の言葉を海が繋いだ。どうやら二人で喋るつもりらしい。

「で、そいつらから聞いたんだ」今度は陸。

「そいつら?」

「うん。島田は双子なんだよ。うちの学年双子が三組もいるんだ。全部男」

「あははっ!陸、当たり前じゃん。俺たち男子校だし」

いったい何が面白いのか……
こいつらと話をすると必要以上に疲れる。喋らなかったら、ものすごくかわいいのに。残念だ。

「他には?本当にその彼女と付き合っているのか?陸」
二人で交互に喋ると話が進まないので、朋は陸の方を向き問いかけた。

「うん。一応ね。でも、島田の兄いわく、彼女はそんなにコウタの事好きじゃないみたい。今ちょうど彼氏がいないから繋ぎ?みたいなニュアンスだったかな……」

「なんだその女?」
胃がムカムカしてきた。腹が立つ。

「コウタって女見る目ゼロだよな」
話に割り込まずにはいられないのが海だ。
だが海の言葉には朋も同意せざるを得ない。コウタは昔から女を見る目がない。

「コウタは別れるって手紙を彼女に渡したんだろう?という事は彼女の方が別れたくないって言ったって事か?」
振られたって泣いていた日から、一週間は過ぎている。その間に何かが起こり、コウタはそれを秘密にしていた。
あのコウタが俺に秘密を?

「違うと思うよ。彼女に上手く丸めこまれたんだよ。だって、そうじゃないと彼女の方が振られたって事になるでしょ。そんなのプライドが許さないと思うし」
陸はゴロゴロと喉を鳴らすブッチに向かって「ねぇ」と同意を示す様に首をかしげて見せた。

「そうだよ。だって彼女がコウタと付き合うのOKしたのって、朋ちゃんの弟だからってだけだもん」
同意を示したのはブッチではなく海だったが、それを聞いた瞬間、朋の怒りが沸点を越えた。

つづく


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憧れの兄、愛しの弟 13 [憧れの兄、愛しの弟]

コウタは彼女と一緒に校門を出て、初めて同じ方向へ進んでいる。手を繋ぐわけでもなく、二人の間はゆうに五〇センチは開いている。

本当なら、嬉しくて有頂天になり、緊張してドキドキしていたりするのだろう。だが、なぜかコウタの心はずっしりと重く沈んだままだ。

「あ、あの、谷崎さんは確かお兄さんがいるんだよね」

少し間があり、彼女が答えた。

「うん。迫田くんはお兄さんと弟だよね」

背丈はコウタの方がかろうじて高いだけなので、彼女の小さな顏を真っ直ぐに見ることが出来た。彼女は笑顔を向けている。
コウタの心臓はドキンドキンと大きく音を立て始めた。

かわいい。

「兄が二人に弟が二人、僕は真ん中なんだ」
たぶん知っていると思うけど。

「知ってる」またほんの少し間が開き、彼女は躊躇いがちにその名を口にした。「一番上のお兄さんは学校が違うからよく知らないけど、朋先輩は有名だもんね」

「ああ、そうだね。朋ちゃんは――あ、いや、兄さんはかっこいいから目立つしね」
つい、うっかり谷崎さんの前で『朋ちゃん』とか言ってしまった。自分が兄をちゃん付けで呼んでいることを知られるなんて、恥ずかしい。

コウタは顔を真っ赤に染め、彼女が何か言ってくれるのを待った。

「朋先輩って、いま彼女とかいるのかな?」

「えっ?」

思わず漏れた声に、彼女の顔が不愉快そうに歪んだ。

「ええっと、いまはいないんじゃないかな?」
慌ててそう答えると、彼女の顔が元の笑顔に戻った。

「それじゃあ」
唐突に彼女はそう告げ、手を振って道を曲がり消えて行った。

コウタは道の片隅に取り残され、しばらく呆然としていた。

てっきり、どこか寄り道でもすると思っていた。ジュースをおごるくらいのお金は持っているし、時間もまだある。それなのに、彼女との放課後デートはわずか数百メートルで終わりを告げた。

コウタは元来た道をとぼとぼと戻り、再び校門の前を通り過ぎた。

付き合うって、こんな感じ?想像したのと違う気がするけど。

それになんだか疲れた。
朋ちゃんの事を訊かれた瞬間、それがピークを迎えた。
彼女は迫田朋の弟だから僕と付き合っていると、島田が言っていた事を思い出す。そういえば、「自慢したいんだよっ!」と怒っていたな。

コウタには島田の言う彼女の気持ちがよく分からなかった。モテモテな兄を持つ弟と付き合ったからと言って、何の自慢になるのだろうか?それとも、島田が言ったような意味ではなく、本当は朋ちゃんと付き合いたいのだろうか?

そんなはずないか、と思うコウタの考えを裏付ける震動がポケットを揺らす。

『今度、家に遊びに行ってもいい?』

結衣からのメールだった。

つづく


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憧れの兄、愛しの弟 14 [憧れの兄、愛しの弟]

コウタが帰宅してからもう二〇分経つ。

まだ二階から降りてこない。

夕食の支度をしていた朋は、コウタの顔が見たくてうずうずとしていた。いつもなら鞄を置いてすぐに降りてくるのに、なぜかいつまでたっても姿を見せない。

「朋ちゃーん、こんな感じでいい?」
背後から海の声が聞こえた。

「ああ、うん」
適当に返事をした後、ちらりと振り返りまな板の上を見ると乱切りキャベツが小汚く散らばっていた。

千切りキャベツを頼んだはずなのに……。

「海、それもういいから皿並べて」

海が「はーい」とやる気のない返事をし皿を並べ始めた頃、ようやくコウタがダイニングへ現れた。朋はフライパンの中の肉に目を向けたまま「おかえり」と言った。

「ただいま、手伝うよ」

コウタの声を背に感じながら、朋は「んじゃ、キャベツ盛って」と指示をする。目の前で卵の衣をまとった豚肉がいい色に焼け、仕上げのアルコールを待っている。
朋はほんの少し酒を振りかけ、ジュウッとひときわ大きな音をさせて火を消した。

海が皿にキャベツを盛りながら、明らかに、兄弟三人でコウタの女を見る目のなさについて話をした後にしては不用意な言葉を口にした。

「コウタ、今日遅かったな。彼女とデート?」

フライパンを手に振り返った朋の動きが止まる。コウタの方を見ると、後ろめたそうな顔を向けていて、朋の反応を伺っているように見えた。
一番心配してくれるはずの兄に黙っていたことに罪悪感を抱いているのだ。

朋は素知らぬふりを装うことにした。

「彼女と上手くいったの?」

「ん……まあ、ね」

あまり上手くいっているとは言い難い反応だ。
だが海のいる前でこれ以上この話はしたくない。あとで二人になった時にそれとなく聞いてみよう。おそらくコウタの方から話を振ってくるとは思うが。

夕食をすませ片付けを終えると、朋は風呂場に向かった。
ドアを開けると入浴中の双子の裸が目に飛び込んできた。

海は湯船に浸かり、陸は髪を洗っている。

この二人。まだ一緒に風呂に入っているのか?

「朋ちゃんも一緒に入る?」
湯船から顔だけ出している海はまっすぐに朋を見ている。陸は洗面器で湯をすくい取ろうとして、海の頭にコツンと洗面器をぶつけた。

「陸、痛い!」

「もう、海、そこどいて」

海は目をぎゅっと瞑ったまま、もう一度洗面器を振り上げた。海がそれを避けながら「朋ちゃんそこ閉めて、丸見えだよ」とのぼせた顔で言う。

一体誰に見られるというのだろうか。
だいたい、ドアを閉めても俺の目には丸見えだっつーの!

迫田家の風呂はドアを開けて洗濯機の置いてある脱衣所があり、その向こうに風呂場があるのだが、そこを隔てる扉が築三十年の歴史により、錆ついて閉まらなくなっている。

ちょっと洗濯機に用事でもあれば、たちまち裸を見られる事になる。別にどうってことも無いが、自慰をするには最悪の風呂だ。だから各々自分の部屋を持っている。

こいつらはどうやって処理をしているのだろうかと、想像もしたくない考えが朋の頭をよぎり、ぶるぶると頭を振った。

朋は静かにそこを出てドアを閉めた。台所へ向かい、冷蔵庫からビールをひと缶取り出した。
椅子に座り、プルタブを爪の先で何度か引っかけながら、いま飲むか風呂上がりに飲むかでしばし悩む。

ついこの間まではこんなくだらない事で悩んだりしなかった。
朋は昔から何でも直感に従って思うままに行動してきた。したい事を我慢するような事はなかったし、別にその事で誰かに迷惑をかけたことも無かった。

それは女性関係にも言えることで、付き合うことも別れることも無理強いされた事はなかった。

時折、自分でも不思議に思うことがあったが、それも自分の魅力なのだと思うことにしていた。
そんな朋の魅力はいつしか近所の誰もが知ることとなる。
というのも、迫田五兄弟の母は、息子の自慢を恥ずかしげもなくするうえ、巡り巡って来た息子の噂話を更に大きくして近所へ広める。これを繰り返し行うことが生きがいだとでも言うように。

そんな母の現在の生きがいはロハスのようだが……。

結局朋はビールを冷蔵庫に戻し、再び風呂場へ向かった。

つづく


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憧れの兄、愛しの弟 15 [憧れの兄、愛しの弟]

下の階から双子の騒ぐ声が聞こえる。
窓を開け「ブッチー!ブッチー!」と近所迷惑という言葉など知らないかのような大きな声を出している。

ブッチが夜の散歩からまだ戻っていないのだろう。ブッチにはブッチのペースがあるのに、双子たちはお構いなしだ。

コウタは宿題を何とか終わらせ、ベッドの下に敷いた布団にバタリと倒れ込んだ。

帰ってからずっと考えていた。先日兄に言われた言葉を。

『お前、その彼女の事好きだった?』

『好きだよ』

あの時は自信たっぷりにそう答えたが、その直後から谷崎さんへの気持ちがよく分からなくなった。もちろん今も好きなのは変わらない。と思う。けれど、彼女が自分に対して気持ちがないのは明らかだし、それに、彼女のどこが好きなのかと訊かれたら、なんて答えていいか分からない。かわいいから、それだけじゃダメだよね……。

「あれ、コウタ風呂まだだった?」

シャンプーのいい香りをさせながら朋が部屋へ入って来た。一緒に部屋を使い始めて一週間が過ぎたが、朋はいつもいい香りをさせている。
コウタは鼻を膨らませながらその香りを吸い込み、安堵の息を吐いた。

朋ちゃんと一緒にいると安心する。
昔からそうだった。

「うん、先に宿題すませようと思って。もうすんだから、お風呂入ってこようかなぁ」

「そうしろ。いまならまだお湯も温かいし」
朋はコンセント脇のカゴからドライヤーを取ると、濡れた髪に温風を当て適当にぐしゃぐしゃと手櫛で髪を掻き乱した。

髪から雫が跳ね、コウタの頬を濡らした。
思わず「あっ」と声が出て、それを聞き逃さなかった朋がドライヤーを慌てて切った。

「ごめん散った?」

「ううん、大丈夫」

朋はドライヤーを再びカゴへ放り「もうおしまい」とウェーブのかかった髪にタオルを巻きつけた。

「ねえ、朋ちゃん。今度の土日とか休みじゃないよね?」

「んー、今週はバイトだったかな」

「そうだよね。土日こそ忙しいもんね」

「何?なんかある?」

「……あのさ、彼女の事なんだけど。あれ、僕の勘違いだったみたい。それで仲直りしたんだけど、彼女が今度うちに来たいって言うから、朋ちゃんにも紹介できたらなぁって思って」
言葉にはひとつも嘘はなかった。けれど、事実は大きく違う。
彼女が家に来たい理由は、朋ちゃんに会いたいから、だと思う。

「来週は日曜が休みだった気がする?その時でよければ」

「ほんと?じゃあ、そう彼女にも伝えておくね。ありがとう朋ちゃん」

彼女が朋ちゃんに会ったらどんな反応をするのだろうか。それを考えると、怖かった。
島田の言葉が嘘でありますようにと、密かに願っている自分がいた。

つづく


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憧れの兄、愛しの弟 16 [憧れの兄、愛しの弟]

彼女を紹介したい?

コウタが部屋を出ると、朋はすぐさまのんびり屋のいいお兄ちゃんの仮面を脱ぎ捨てた。

落ち着け。俺はかなり動揺している。
普段あまり動揺する事のない朋はこんな時気を静める方法を知らない。いつもなら怒っても苛々しても、それはすぐに収まるのだが……。

ベッドの淵に腰掛ける朋は、そのまま横倒しになり枕に顔をつけた。
ふっ、とコウタの香りが鼻につき枕にしがみつく。
ベッドと布団で交互に寝ているが、お互い枕だけは自分のを使っている。今日はまだ交換していなかったようだ。

落ち着く。
不思議な事に、自分が穏やかでいられるのはコウタのおかげなのだ。
最近まで気づかなかったが、自分がコウタを構う理由がそこにあったのだ。

ああ、俺はいつからコウタに恋していたのだろうか?

そんなことよりも、この家にコウタが彼女を連れてくる。
出来れば阻止したい。これが本音だ。
けど、そんなわけにもいかない。コウタはきっと楽しみにしているのだから。

まずは自分の目でコウタの彼女が噂通りの女なのか確かめ、その上で、コウタの恋を応援するか、別れさせるか考える事にしよう。

傲慢?余計なお世話?
なんて言われようがコウタは大事な弟だ。兄としてするべき事をするだけだ。決して自分の気持ちを優先するつもりはない。決して……。

朋はゆっくりと起き上がると、机の上の置時計に目を向けた。
コウタの入浴時間は十五分ほど。

いまから下へおりて、冷蔵庫から三人分アイスを取り出し双子の部屋へ向かう。そのうち入浴をすませたコウタが上へあがる。それを確認して、双子と作戦を立てる。コウタには知られないように。

よし!これでいこう。

朋は勢いよくベッドから降りると、うるさい双子の待つ部屋へ向かった。
アイスを片手に部屋のドアをノックし中へ入ると、双子はすでにアイスを食べている最中だった。

「あっ、朋ちゃん!」

「朋ちゃんもアイス食べる?」

このセリフ、毎日聞く気がする。

「食べるけど、お前たちのを先に冷蔵庫に戻してくる」
手に持つアイスを掲げてみせる。

「えー、それも食べるから置いておいてよ」

「お腹壊すぞ。って、海、それ、まさにいのアイスじゃないか?」

「えっ!え、えぇぇぇーーー!どうりで美味しいと思った。バニラの感じがいつもとは違うし、え、え、え、朋ちゃんどうしたらいいと思う?助けてーー!」
海は蒼ざめ、スプーンを口に咥えたまま、カップの銘柄を確認し、朋に縋るような目を向けた。

「それ、コンビニには売ってないからな」

「あぅっ」

「まあ、いまから俺の言う事に黙って耳を傾けるなら、助けてやろう」

「うん、うん。耳傾ける!!」

「陸は?」

「うん、僕も耳傾ける。だからそのアイス貰っていい?」

「好きなだけ食べな」
朋はコタツテーブルにアイスを置き、そこに腰をおろした。

二段ベッドの上にいたブッチが、軽やかに飛び降りてきて、朋の膝の上に乗った。

「ブッチ、いたのか?陸の膝の上じゃなくていいのか?」
ブッチの頭から背に手を滑らせると、しっぽをぴんと伸ばし、爪を立てて朋の足をぎゅっぎゅと揉んだ。これは通称『もみもみ』ブッチの愛情表現だが、ちょっと痛い。

「ブッチはご機嫌斜めなんだ」

「そうか?機嫌良さそうだけど」

「で、朋ちゃん話って何?」
海は焦っていた割に聖文のアイスをしっかりと食べ終え、次のアイスに手を伸ばしている。

まだコウタが風呂場にいる。いま話を切り出せば、双子は大きな声を出すからコウタにばれてしまう。

「まずは、アイスを食べてからにしよう」それが最善だ。

つづく


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憧れの兄、愛しの弟 17 [憧れの兄、愛しの弟]

「えっ!マジでーー!!」
やはり双子は大声を出した。

「お前ら、静かにしろ」
朋は食いしばった歯の隙間から、声を絞り出した。コウタが運よくドライヤーを使っている最中だといいのにと、かすかに期待する。

「だって、コウタの彼女が家に来たいって……冗談?」
陸がそう言うのも頷ける。ほんの数時間前に、コウタの彼女がどういうつもりでコウタと付き合っているのか話をしたばかりだ。

「でもさ、うちに来て何するの?勉強かな……コウタっていつも真面目に勉強してる割に、成績は普通だから、かっこよく彼女に教えたりは出来そうにないよね」
最終的には小ばかにするような笑いを漏らした海を、朋は睨みつけた。

いちいちこうやってコウタを馬鹿にするから、俺のかわいいコウタが卑屈になるんだ。

「余計な事は言わなくていいから、俺の話を聞け」
朋は聖文を見習って、表情を引き締め命令口調で言った。

案外素直な双子たちは居ずまいを正し、すぐさま話を聞く態度へと変わった。

「夕方俺たちが話していた内容を踏まえたうえで、コウタの彼女がどういうつもりでコウタと付き合っているのか探ろうと思う」

「へえ、それ楽しそう」
海が素早く食いついた。兄弟の中では一番好奇心旺盛な海は、なんでも自分が関わっていないと気が済まないのだ。

「どうやって探るの?」
陸は案外冷静なようだ。

「そこはまだ考え中。まあ、彼女の表情をつぶさに監視するか、それとなく訊いてみるか……」

「ねえ、朋ちゃんがおとりになれば?」

「おとり?」
陸の突拍子もない言葉に朋と海は間抜けな声を出してしまった。

「そうかっ!朋ちゃんが彼女を誘ってみてどんな反応をするか試すって事だ」

「馬鹿なっ!そんなことコウタにばれたら、俺が嫌われるじゃないか」
それはかなりの痛手をこうむることになり、もしかしたら一緒の部屋どころかひとつ屋根の下に住むことさえできなくなってしまうかもしれない。

「コウタの為なんだから、しょうがないよ。彼女が本当にコウタの事好きなら断るだろうし、朋ちゃん狙いなら、コウタはそいつと別れて正解なんだから」
陸があまりにもっともな事を言うので、おもわず朋は「そうだな」と納得の言葉を吐いていた。

いやいや、ダメだ。
弟の彼女に手を出す兄だと思われたくない。

とはいえ、自分を犠牲にしてでもコウタを救う必要はあるわけだ……。
朋はある意味究極の選択を迫られている。

コウタが最低女と付き合うのを許すか、自分が嫌われるか……。

どっちも嫌だ。

朋がそうやって悩んでいる間にも、双子はどんどんと話を進めていく。

「ここは朋ちゃんが頑張るしかないよな」

「だって、朋ちゃんがモテるから悪いんだもん。頑張るしかない」

「だいたい、キスもさせてくれないような女とよく付き合うよな」

「ほんと、可哀相なコウタの為にキスくらいさせてやればいいのに。コウタあのままだとずっと童貞のままかもな」

もう、いったいどっちが何を喋っているのやら。黙っていれば好き勝手な事ばかり言って……。

実際の話、朋は噂程モテるわけではない。いや、モテはするけど、双子やコウタが思うような事とは違う。弟たちは、朋をナンパな遊び人だと思っているのだ。ナンパなんかしたことないし、勝手に向こうが好きだのなんだの言ってくるだけだ。OKしても、断っても、結果世間は同じように朋を見る。
迫田家の次男はモテる。それだけだ。何にも知らないくせにそう言う。

「そう言うお前らは、初キスは?」
双子たちの経験談など本当にどうでもいいが、あまりにコウタを馬鹿にするので聞かずにはおれない。

「そんなのとっくにだよ。なあ、陸」

「まあね」

尊大な言い方の海とは違って、陸はほんの少し恥ずかしそうに言った。

「とにかく、まだ日にちはあるから、それまでに考えておこう」
朋は疲れ果て、ブッチを膝からおろし、よろめきながら立ち上がった。ブッチのせいで足が痺れている。どうしてそうまでして双子たちと作戦を立てようなどと思ったのだろうか……。

「もう朋ちゃんが誘惑することで決定だと思うけどね」

おとりに誘惑、秘密捜査官にでもなった心境だ。

朋はジンジンと痺れる足を引きずり、二階へあがっていった。

つづく


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憧れの兄、愛しの弟 18 [憧れの兄、愛しの弟]

コウタの悩みは尽きなかった。

結局、結衣と数百メートルデートをした日から二日経ったが、あれからまったく彼女に会えずにいた。
ほんの二つしか教室が離れていないのに、そんな事があり得るのだろうか?
実際あり得ているのだから、どうしようもない。

校門を出たところで、島田と三木がコウタを待っていた。

「やっぱり……」島田はやれやれと言った感じでうつむくコウタの肩を抱いた。「いくぞ」と三木に告げると、三人揃って歩き始めた。

「待っててくれたの?」

「まあな。どうせ谷崎とは校門までも一緒に帰れないだろうと思ってな」
島田はコウタを慰めようとしているのだが、ズバリ過ぎてコウタは更にへこむ。

「だって、谷崎はもう帰ったもんな」
三木の口調はいつも通り軽い。だが、これでも心配してくれているのだ。

「それはそうと、明日どうする?俺んち来る?」

ああ、そうだ。三人で勉強しようって言ってたんだった。もっともコウタが彼女と予定がなければの話だったが、案の定予定というものは存在しない。

「うん、島田んちでいいよ。三木は?」
いつまでも島田に肩を抱かれて歩くわけにもいかず、コウタはさりげなく三木の方を向いた。

「いいけどさぁ……島田の家は双子がうるさくないか?」

「それを言うなら、うちの方がうるさいかもね」

「そうだよ。コウタんとこの双子が来ると、あいつら調子に乗って大騒ぎなんだ。あの双子ある意味最強だよな」

「どんな意味だよ」
三木はケラケラと笑いながら島田に突っ込みを入れる。

腕をしたたかに叩かれた島田はムッとしつつ「とにかく、どんなに大人しいやつでもあの双子にかかれば、騒音被害で訴えられるほどうるさくなるって事だ」と決然として言った。

そんな風に言われると、コウタは「ごめんね」というしかなかった。

そして土曜の午後、島田の家に集まった三人は勉強など最初からする気もなく、お菓子とジュースでぐだぐだとだらけた時間を過ごすことになった。

「それで、来週は谷崎がコウタの家に来るわけだ」

「それってさ、コウタの兄貴が目当てなんじゃねぇ?」
三木は寝転がり、漫画を読んでいた。視線はそのままで、時折コウタと島田の会話に参加している。

「やっぱりそう思うよね……。そう思って朋ちゃんが家にいるときにしたんだけど」

「なにっ!なんつーお人好し。それ、もう谷崎に言ったのか?」
呆れる島田は、もはや打つ手なしという顔でコウタを見ている。

「う、ん……。次の日学校で言おうと思ったけど会えなかったから、メールで伝えた」

「どんなふうに?」三木の声は低く不快な響きがこもっている。

「どんなって……。えっと、次の次の日曜なら都合がいいよって。そしたら、彼女が、誰か家にいるのって返信してきて、一番上の兄以外は家にいるかもって送ったんだ」

「それで?」
三木が話にがっちり食いついた。漫画を置き肘をついてコウタを見上げている。

「お土産にケーキ持っていくって」

「まじかよっ!」三木と島田の声が重なる。双子並みだ。

「ほんとあの女ムカつくよな。コウタを避けまくってるくせに手土産もって家に行くなんて笑わせるぜ。兄貴目当てってバレバレじゃん」
三木が珍しく敵意をむき出しにしている。

「ねえ、これでも僕達って付き合ってることになると思う?」

「なあ、コウタ。正直に言っていいか?」
島田の言葉に、コウタはごくりと唾を飲む。

「うん、お願い」

「じゃあ言うが、こういうのは付き合っているとは言わない」
「コウタ、別れろよ」即座に三木が言葉を続ける。

付き合ってるとは言わないのに別れろって……どうやって別れたらいいんだ?

つい先日一度別れようとしたが、あえなく失敗に終わっている。
それもそのはず、コウタは本当は別れたくはなかったのだから。

つづく


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憧れの兄、愛しの弟 19 [憧れの兄、愛しの弟]

コウタは島田と三木の言葉をよく考えてみた。
付き合っているとは言えない付き合いを続けても何の意味もない事は、コウタも十分に分かっている。

「僕もいまは少しそんな気持ちがあるんだ。だから、来週、本当に谷崎さんが朋ちゃん目当てで家に来るのか確かめてみたい。さすがに、こんなに避けられたら、いくら鈍感な僕でも嫌われてるって分かるし……」

初めて彼女が家に来るのに、試すような事をしなければいけないなんて、気が滅入ってくる。
コウタはこちらに痛ましげな視線を向ける島田を複雑な表情で見た。何でも打ち明けてきた親友が、絶対の確信を持って『別れろ』と言っているのだ。そうすべきなのは分かっているけど、わずかな望みに縋り付きたいと思う自分の思いもわかって欲しい。

「でもさ、谷崎ってなんでコウタをあんなに避けるんだ?コウタって結構かわいいし、余所のクラスでは人気があるんだぜ。もっとも谷崎と付き合ったことで、人気はガタ落ちだけどな」
島田がごく軽い口調で言ったのは、これ以上コウタが気落ちしないように気遣っているからだろう。

なんだか、かわいいって言われるのはくすぐったいし、実のところ、あんまり嬉しくはない。
人気がある、の方は?これは嬉しい!
けど、ガタ落ちって……。

一応周りはコウタと結衣が交際中だと認識している。そう思っている人数は最初のころに比べるとずいぶん減ったが、まあ、それも仕方がないだろう。二人が一緒にいる姿を見る事はほとんどないのだから。

「そうそう」
三木も同意を示した。

「あのさ――」

コウタの言葉を遮るように、にわかに廊下のあたりが騒がしくなった。
ドアがノックされ「兄ちゃん、入るね」とかわいらしい声が聞こえた。

島田が「ああ」と適当に返事をすると、島田の弟が盆を持って入って来た。その後ろに同じ顔をした弟が続く。島田家の双子だ。

迫田家に比べると、やや小柄で、なんと言っても声がかわいらしいのが特徴だ。

「母さんが、これ持って行けってさ」
そう言って、小さな折り畳みテーブルに置いた盆にはケーキとジュースが載っていた。
コウタと三木はその美味しそうな姿に目を輝かせたが、島田は不機嫌そうに双子を見上げた。

「お前ら、挨拶は?」

「あっ!こんにちは、三木さん、迫田さん」
双子はまるで敬礼でもするようにぴしっと背筋を伸ばし、兄の友人たちに挨拶をした。これはいつもの事だが、島田はこうやって自分と弟の上下関係をはっきりさせている。

うちとは大違いだ。

双子たちが出て行くと同時に、三木の携帯電話が着信を告げる。三木はその場で電話に出て、二言三言話をすると、すぐに携帯を閉じ、ジーンズの後ろポケットにおさめた。

コウタと島田が見ているのがわかっているくせに、三木は視線を合わそうとはせず、「さっ、ケーキ食おうぜ」とフォークを手にすると、ひとり食べ始めた。

「三木ぃ、お前、抜け駆けしてないか?」
感のいい島田は三木の電話の相手が分かっているようだ。鈍感なコウタでさえ分かっているのだから、三木は正直に話すべきだ。

「わかったよ!言えばいいんだろう。最近出来た彼女からだ」

「くそっ!やっぱりな。んで、どこの誰と付き合ってるんだ?」
島田は心底悔しそうだ。

「兄貴の彼女の友達」

「年上?」
コウタが訊いた。

「二つ上の十九歳。短大生」そう言ってもう一口とケーキを口に運ぶ。

「お前みたいな単純で子供っぽいやつは年上がいいんだろうなぁ。もしかして、もしかする?」

島田の問いに三木は返答をもったいぶった末「コウタ悪いな」とニッと笑って見せた。

三木もどうやら童貞を卒業したらしい。

別にコウタはその事に関して急いでいる訳ではないが、少しくらい焦らないと、もしかすると童貞のまま一生を終える羽目になりかねない。

やはり自分も実のある恋愛をすべきだと、コウタは結衣との今後についてもっと真剣に考える必要に迫られていた。

つづく


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憧れの兄、愛しの弟 20 [憧れの兄、愛しの弟]

一世一代の大勝負でもするかのような緊張が次の週まで続き、やっと結衣が迫田家を訪問する日がやって来た。

コウタは意気込み、家から徒歩三分ほどのバス停まで彼女を迎えに行った。

彼女はすでにバス停にいて、あたりの景色をゆるりと眺めていた。

真っ白なシフォンブラウスが風でふわりと膨らみ、長い髪も同じように舞い上がった。
学校で見るセーラー服姿とは違って、タイトなジーンズをはいているのに、余計に女の子らしく見える。

ドキドキするのは、やっぱり彼女が好きだから?

そう思った時、結衣がコウタに気が付きこちらに近づいて来た。

僕の彼女だ。

だから彼女はいまここにいる。自信を持っていいんだ。

一緒に家に戻ると、早速朋が二人を出迎えた。

結衣は微かに笑顔を作り「お邪魔します」と小さく言った。

「いらっしゃい。コウタが彼女を連れてくるなんて初めてだから、楽しみにしていたんだ」

朋はまぶしい笑顔を彼女に向け――実際玄関に差し込む陽は朋に降り注いでいるようだった――玄関をあがったすぐの和室に案内をした。縁側ではコウタの座布団にブッチが丸くなって昼寝をしている。

彼女が、この日の為に干しておいたお日様の匂いのする座布団に少し足を崩して座ると、コウタはその向かいに座ろうと腰をかがめた。

「コウタ、いま双子がお茶の準備しているんだけど、手伝ってあげて。ほら彼女の好みとかあるからコウタが行った方がいいだろう?」

朋は部屋の入口に立ち、親指を立ててダイニングの方向を指した。

「あ、そうだね」
そう言ってすっくと立ち上がる。だが、コウタは結衣の好みなど全く知らない。

部屋を出る寸前結衣の方が声を掛けてきた。

「ケーキ、持ってきたの。よかったら一緒にみんなで……」

結衣の言葉には深い意味はあるのだろうかと考える。こんなふうに思いたくはないのに、彼女が自分と二人になりたくないのではと思ってしまう。

「じゃあ、お茶と一緒にお皿とフォークも持ってくるね。えーっと、五人分だよね…」
なんとなく問いかけるような言葉尻だったが、誰もそれに応えてはくれなかった。
コウタは部屋を出て、躊躇いつつもダイニングへ向かった。

彼女と朋ちゃんを二人きりにさせたくないなんて、自分はなんて器の小さい男なんだ。

キッチンでは双子がコーヒーにするか紅茶にするかでもめていた。それによって使うカップが違うとかどうとか、喧嘩寸前だ。

コーヒーでも紅茶でもどっちでもいいし!

「陸、海、紅茶にするから、カップはこっちのにして」

コウタは食器棚からティーカップをひとつずつ取出し、テーブルに置いて行く。

「なんだよコウタ、偉そうに。彼女が来たからって調子に乗ってるのか?」

海は日増しに生意気になっていく。腹は立つけど、不甲斐ない兄だから仕方がない。

「そうだ、調子に乗ってる。とにかく、早く、ああ――紅茶はそこじゃない」
海に突っかかって無駄な時間を潰す訳にはいかない。準備をして一刻も早く彼女のいる部屋へ戻るのだ。

「紅茶はこっちの引き出しかぁ――ああ、あった」
のんびりとした声で陸が言った。

コウタはその間に、皿とフォークを取り出し、お盆に重ねて置いた。

双子の動きを見ていたが、明らかに茶葉の入れすぎだし、だいたいお湯を沸かしてもいない。

「陸、まずお湯沸かして。それから海、お茶っ葉入れすぎ」
もう、そこどいて、と言いたい衝動を抑え、コウタは陸がのろのろとやかんに水を入れる様子を見守った。

「コウタ、苛々してるの?」
陸はガスに火をつけ、振り返り言った。

苛々――してる。
どうしてこんなにも苛々しているのだろうか。

「ううん、そんなことない。けど、彼女をあんまり待たせるのもよくないと思って」

「ふーん、確かにそうだね。海、急いで準備するぞ」
陸は張り切ってそう言ってくれたが、湯が沸かなければどうしようもない。それにティーポットはひとつしかないから、五人分は一気に入れることが出来ない。いったいどうすれば一番効率がいいのだろうか?

つづく


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