はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

花嫁の秘密 314 [花嫁の秘密]

大まかな計画を話し合った後、メリッサはラッセルホテルへ向かうため、一旦自分の屋敷へと戻って行った。エリックも帽子屋に用があると言って出かけ、一人残されたサミーは書斎で仕事に取り掛かることにした。

エリックがウィンター卿の空き家を買い取ったように、サミーもアンジェラ誘拐の現場となった廃墟同然の屋敷を手に入れようとしていた。無事手に入れたら、直ちに屋敷は取り壊す。跡形もなく。万が一クリスがそこに辿り着いても、誰が犯人だったのかわからなくするためだ。

持ち主がいまもジュリエットなら少し面倒だと思ったが、詳しく調べてみれば、まったくあの土地に縁のない人物の手に渡っていたことが判明した。そういえば、あの男の死体はどこへ埋めたのだろう。どこか別の場所ならいいが、あそこに埋まっているなら、やはりすぐにでも手に入れる必要がある。

代理人は誰を立てようか。リード家の弁護士を使うわけにもいかないし、自分で動くわけにもいかない。エリックの駒は使いたくないし、さてどうするか。

信用できるのは自分だけ。エリックのように人を金で雇うという手もあるが、信頼関係を結ぶのはそう簡単なことじゃない。

サミーは椅子の背に寄りかかり、両腕を大きく上げて伸びをした。食べてばかりで身体が重くなった気がする。運動も兼ねて少しは体を鍛えておくべきだろうか?

デレクに飛び掛かったエリックの動きは素早く、あの拳をよく寸前で止めたなと感心する。別にデレクの鼻が折れてもかまわなかったが、クラブで問題を起こすのは避けたかった。

帽子屋に行くと言ったエリックは、もしかしてメリッサをラッセルホテルまで送って行くために出かけたのだろうか。

『ビーならうまくやるだろう』とエリックは言ったが、ジュリエットは嫉妬深く危険な女だ、メリッサがあのホテルの支配人のお気に入りだと知ったら、いったい何をされるか分かったものではない。それでなくとも元女優という肩書に偏見を持つ者も多く、そういうやつらは後ろ盾がしっかりしているからといって、見方を変えることはない。

ああ見えてもメリッサは男だし、腕力で負けることはないかもしれないが――果たしてそうだろうか?――わずかばかりの金で危険な仕事を引き受ける輩は大勢いる。とはいえ、ボディーガードも連れてきているから、エリックもそばにいるなら僕のちっぽけな心配など無用というわけだ。

「ブラック」適当に呼んでみたが、いるだろうか?

「お呼びですが?」ほどなくして戸口にブラックが姿を見せた。お仕着せは着ておらず、自前の黒っぽい服装だ。いつでも闇に紛れることが出来るような風貌は、エリックの指示なのだろうか?

「うん、ドアを閉めて入って」これから僕が言うこと、果たしてブラックは聞き入れるだろうか。

つづく


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花嫁の秘密 313 [花嫁の秘密]

「ビー、余計なことをしゃべるな」用を済ませて居間に戻ったエリックは、開口一番唸るように言った。

少し目を離したらこうだ。ビーがおしゃべりなのは、いまに始まったことではない。だが、サミーはどうだ?いつになくご機嫌でビーの相手をしているじゃないか。

「あら、必要な情報を聞いていただけよ。誰かさんが話してくれないから」メリッサは嫌味っぽい口調で反論し、意味ありげな薄い緑色の瞳でサミーに目配せをした。

「お前の学校の話が必要な情報だとは思わないが」エリックはサミーの隣に不機嫌さもあらわに座り、目の前のティーカップを手に取って口を付けた「アチッ!」

「冷めていたから新しいものを持ってきてもらったんだ。焼き菓子もどうぞ」サミーはすまし顔で焼き菓子の乗った皿をエリックの方に押した。「セシルがいるつもりで作りすぎたみたいだ」

「どうせ二週間くらいで戻ってくる。缶にでも詰めて置いておいてやれ」エリックはサッと手を払った。

「君がウィンター卿から屋敷を買い取っていたなんて知らなかったよ。買い叩いたのかい?それとも憐れんで相場よりも高値で引き受けたのか、どっちだ?」

ひとつも興味ないくせになぜ聞きたがる?「買い叩いたに決まっているだろう。あの男に憐れみなんて必要ないね。まあ屋敷自体はなかなかの物件だったが、ほとんど放置した状態だったし手続きもこっちで全部やってやったんだ。文句を言われる筋合いないね」

「今度はきちんと管理してみせるわ。改装も終わって、いまは細かいところに手を入れている最中よ。あとは人選だけ」失敗の許されないメリッサの声は、いつになく力強かった。

「進めてるから心配するな。とにかくこの話は終わりだ」ったく。なんだってこっちの手の内を見せなきゃならん。「ビー、お前ラッセルホテルに滞在する気はないか?」

「いいえ、ないわ」メリッサは即答した。選択肢があれば、エリックの言うことなど聞きたくないのが本音だろう。

「そう言わず、グウィネスとラッセルホテルへ行け」不満げに睨みつけるメリッサに言い添える。「別にジュリエットと親しくなれとは言っていない。まあ、向こうが断るだろうが」

メリッサはわざとらしく諦めの溜息を吐いた。「念のためそのシナリオも考えてはいたわ。あなたが何を考えてそう言うのかも、わかっているつもりよ」

「嫌なら無理することない」サミーが心配そうに口を挟む。

エリックはサミーに鋭い視線を向けた。「誰のせいでビーを呼びつけることになったのか、よく考えるんだな」

「僕のせいだっていうのか?君が勝手についてくると言ったんだろう?僕はジュリエットと二人で花火を見る、それだけなのに」サミーはむきになって言い返した。

「それで済むと思っているとしたら相当な間抜けだな」エリックは可笑しくもないのに笑いをこぼした。ほんとこいつにはイライラさせられる。無計画なくせに、少しは言うことを聞いたらどうだ?

サミーは不機嫌極まりないといった様子で鼻を鳴らした。

「エリックが過保護なのは、いまに始まったことではないわ。わたしだって出会ってからいままでずっと子供みたいな扱いを受けてきて、うんざりすることもあるのよ」メリッサは落ち着いた口調でサミーを援護した。

「そういうことを言っているうちは、まだまだ子供だな。まあ、同い年のセシルに比べたらずいぶんと大人っぽくはあるけどな」

セシルの場合、大人になる気がないと言ってもいい。ビーは大人にならざるを得なかったし、ハニーも結婚で想像もしなかった世界に身を置くことになったが、セシルは一〇代から何の変化もないままだ。なによりまずは学生生活を終わらせないと、次の段階へ進むことはないだろう。

まったく。どいつもこいつも俺の事を仕切り屋と言うが、たまには素直に感謝したらどうだ。

つづく


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花嫁の秘密 312 [花嫁の秘密]

いままで彼女と二人きりになったことがあっただろうかと、サミーは束の間記憶を巡らせた。
確か、アンジェラ救出の時にエリックの屋敷で。会話はほとんどしなかったはずだ。僕は怪我をしていて、熱もあったせいかぼんやりとしていたから、記憶があいまいなだけかもしれない。

エリックが例の調査員――クレインと言ったか――に呼ばれ、席を外してもう一〇分は過ぎた。もちろん見たこともない男がずかずかと居間に入ってきたわけではなく、エリックが勝手にクレインの気配を察知して出て行ったわけだけど、きっとあの男は何度かここに忍び込んだことがあるのだろう。

エリックがここを拠点として仕事をするのを、黙って見ているべきかどうか悩ましいところだ。

「今回のこと、エリックから説明は?」メリッサがひと通り皿の上のものを胃に納めるのを待って、サミーはようやく口を開いた。いつまでも黙っているわけにもいかないので仕方がない。

「カウントダウンのイベントに一緒に行こうとだけ。いつもそうだけど、詳しいことは話してくれないのよ」お腹の満たされたメリッサは、持っていたハンカチで上品に口元を押さえた。こういう女性らしい仕草は演技なのか素なのか。

「アンジェラのことは聞いた?」どこまで勝手に話すべきだろうか。彼女の事はほとんど知らないが、エリックは頼りにしているし、アンジェラの親友でもある。僕もそれなりに信頼関係を結ぶべき時かもしれない。

「まだ詳しくは。ただ危険があるとだけ」メリッサは心配そうに眉根を寄せた。

「危険はあるかもしれないけど、クリスがそばにいるから大丈夫さ」そうでなければならない。きっとクリスは神経質になっているだろうから、なだめ役でセシルが送られたのだろう。「それと、年明けにはその正体不明の危険を避けて、北の領地へ旅発つ予定だ」

「ミスター・リードもご一緒に?」メリッサはテーブルに手を伸ばして、ティーポットに触れた。空のカップを見て慣れた手つきで紅茶を満たしていく。

「サミーでいい」どうせみんなそう呼んでいる。信頼関係を結ぶにはまずそこからだろう?「僕はこっちでジュリエットの相手をしなきゃいけないんでね。エリックの指示で」もちろん自分の考えも同じだが、エリックに指示されたことには変わりない。

「まあ、それでわたくしの出番ね」メリッサの口調からは、当然予想していたことがうかがえた。

エリックが女性を伴う場所へ出席するときはいつも彼女が一緒だ。他に頼める相手はいないのだろうか?

「いまはマナースクールの準備で忙しいのでは?購入した屋敷に不具合があったと聞きましたが」サミーは訊いて、せっかく注いでもらった紅茶に口をつけた。

「少し手入れが必要なだけでたいしたことはありません。エリックがどうしてあの屋敷を選んだのか、理由がわかって腹は立てましたけど」メリッサは優雅に眉を吊り上げた。

「エリックが選んだのか?」そう尋ねたものの、意外でも何でもないことに気づいた。

あそこはオークロイド領に隣接してコートニー家の土地がある。オークロイドが一括して管理しているんだったか、前にそんなことを聞いた覚えがある。記憶が確かなら、屋敷は破産したウィンター卿が所有していたはず。もしかして、エリックは彼女にあの屋敷を贈ったのだろうか?てっきり彼女が購入したものだと思っていたが、そっちの考えの方がしっくりくる。

エリックとメリッサの関係はどういう類のものなのだろう。かなり親密な様子から、やはり過去に付き合っていたのだろうか。お互い隠れ蓑にしているとばかり思っていたが、別の可能性もあるということだ。

つづく


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花嫁の秘密 311 [花嫁の秘密]

翌日の午後、ロンドンへ到着したばかりのメリッサがリード邸を訪れた。

着いたら、ここへ顔を出すようにエリックに言われていたからだ。

なぜという疑問を抱いても仕方がない。エリックがリード邸に来いと言うなら、そうする他ない。これがアンジェラの為でなかったなら従ってはいなかったと思うけど。

執事に案内され家族用の居間へ通されたメリッサは、その温かさと居心地の良さに思わずほっと息を吐いた。山積みの問題からしばらく離れてみるのも、そう悪くはないのかもしれない。

「やあ、ビー。元気にしてたか?そのコートすごく似合ってる」エリックはメリッサに歓迎の抱擁をして、頬――極めて唇に近い場所――にキスをした。

濃いグリーンのコートは、自分を高貴に見せようと新調したものだ。エリックが褒めたということは、合格点はもらえたのだろう。

メリッサはチクチクするような視線を感じつつ、エリックにキスを返した。「せっかくだから目立った方がいいと思ったのだけど、よかったかしら?ミスター・リード」エリックの脇から顔を出した。

「エリックの考え通りなら」サミーはエリックに鋭い視線をぶつけ、メリッサに向かって優雅に微笑んだ。

抱擁も、もちろんキスもなかったけど、歓迎はされているみたいでひとまずは安心ね。

メリッサは笑みを返し、脱いだコートを執事に預けて、促されるまま部屋で一番温かい場所に腰を下ろした。紅茶は熱々の注ぎたてで、テーブルにはサンドイッチに焼き菓子にと、メリッサが昼食を食べ損ねたのを知っているかのような歓待ぶりだ。

「ハントも一緒か?」エリックは前置きもなしに尋ねた。

二人の時なら特に気にしないけど、今日はこの場にミスター・リードもいる。エリックはずいぶん彼と仲良くなったようだけど、わたしは違うわ。でももう、そういう段階は過ぎてしまったのだろう。

「もちろんよ。それと侍女を一人」メリッサは遠慮することなく、ティーカップを手に取った。少しやけどしてもいいから、いますぐ身体を温めたい。

「新しく雇ったのか?」エリックの不満そうな声。自分で何でも仕切らないと気が済まないようだ。

「ええ、急遽ね。と言ってもあなたも知っている人よ」エリックから知らせを受けて真っ先に連絡したのは、以前身の回りの世話をしてくれていたグウィネス。彼女はメリッサにとって母親のような存在で、しばらく連絡を取っていなかったにもかかわらず、屋敷を開けて待ってくれていた。

すぐに誰だかピンと来たのか、エリックは訳知り顔で頷いた。「いい顔しなかっただろう?」

「そうね、とても急だったから」メリッサは恨めしげにエリックを睨みつけた。

「あとで機嫌を取っておくから、そう言うな」

エリックにかかれば、グウィネスはたちまち機嫌を直すに決まっている。まあ、そう不機嫌でもなかったのだけれど、何でも言うことを聞くと思われるのも癪だし、勘違いしたままでいいわ。

つづく


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花嫁の秘密 310 [花嫁の秘密]

ふと目を覚ますと、暖炉の小さな炎が目に入った。顔に当たるふわふわとした毛布はいつもと違う匂いがした。狭い場所は嫌いじゃない。広い場所だと身を守れないからだ。

そろりと起き上がると、肩がみしりと音を立てた。下になっていた腕が血流を取り戻し、みるみる生き返ってくのがわかった。こういう感覚も嫌いじゃない。

目の前の椅子でエリックが目を閉じて座っている。眠っているのだろうか?なぜベッドへ行かない?

傍のテーブルにはブランデーで満たされたままのグラスがひっそりと置かれていた。結局口を付けなかったのか、飲んでいる途中で眠ってしまったのか、どちらだろう。

炉棚の上の時計を見ようとしたが、暗くて時間が読み取れなかった。脚をソファから降ろし、毛布を抱いて再びソファに深く沈んだ。

エリックの話を聞きそびれてしまった。まあ聞いたところで僕にできることはなさそうだけど。クィンと何を話したのか気にはなるけど、あのクラブを譲れという以外の会話をしたとは思えないし、あの短い時間ではたいした話も出来ていないだろう。

数日後にはまたジュリエットと出掛けないといけないと思うと、ひどく気が滅入った。しかもこの関係を少なくともあと半年は続けなければならない。賭けはもうやめるとエリックは言ったが、具体的に何か考えがあるのだろうか。

「起きたのか?」エリックのしゃがれた声に、サミーの物思いは遮られた。

「そっちこそ」

「ちょっと考え事をしていただけだ。お前のせいで考えることは山のようにあるからな」

「僕の事は放っておいて構わないよ。自分の事は自分で何とかするから。それよりも、アンジェラが無事ラムズデンへ行けるようにこっちでできることをしなきゃ」

「ハニーがクリスの言うことを聞いて余計なことをしなければ、問題は起こりようがない」エリックは大きなあくびをして、肘掛に寄り掛かった。

「もう手配済みなんだな」サミーは毛布を脇に置いた。今夜もうこれでお開きだ。

「ただ旅をしてしばらく向こうに滞在するだけだ。今回の犯人が誰であれ、おそらくこれ以上何かをする気はないだろう。念のため危険の少ない場所へ避難してもらう、それだけだ」エリックは簡単なことだとばかりに言いきった。

サミーはエリックに同意するしかなかった。確かに難しく考える必要はない。「向こうはフェルリッジ以上に閉鎖的な場所だから、よそ者が来ればすぐにわかるし、そもそも村に入れないと思う」

「ハニーがうまく受け入れてもらえればいいが」さすがのエリックも、ようやく兄らしい不安な様子を見せた。危険を取り除くことは出来ても、領民の心までは操れないようだ。

「あの子なら大丈夫だよ」サミーは自信を持って請け合った。

つづく


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花嫁の秘密 309 [花嫁の秘密]

クィンの話を聞きたがっていたサミーは、自分の話が終わると眠ってしまった。さすがに抱えて階段をのぼるわけにもいかず、プラットに言って毛布を持ってこさせた。

「目を覚ましたら部屋へ連れて行くから、気にせずもう休め」エリックはプラットを気遣い慇懃に言った。

「何かございましたらすぐにお呼びください」プラットは気づかわしげにサミーを一瞥したが、特に意見することはなかった。

「ああ、そうだ。プラットは先代の時はここにいたんだっけ?」下がろうとするプラットに、エリックは思い出したように尋ねた。

「いいえ。いまの旦那様になってからでございます。今年に入ってから父が引退しましたので、この屋敷全般を任された次第です」

任されたと言っても、クリスがこっちに出てくるときはダグラスも連れてくるから、胸中は複雑だろう。

「お父上は元気にしているのか?」そう歳にも見えなかったが、息子に職を譲るために引退したのかもしれない。ここに来る前は何をしていたのだろう?お屋敷勤めよりも、帽子屋か何かが似合いそうだ。

「おかげさまで。旦那様が郊外に家を用意してくださって、そこで母とのんびりと暮らしております」プラットの表情に尊敬の色が浮かんだ。まだ新人と呼んでもいいほどだが、クリスとしっかり主従関係は結ばれているようだ。

「それはよかった」

プラットは下がり、居間にはエリックとサミーだけになった。今夜はクレインも顔を出すことはないだろう。

サミーの話を聞いて、すっかり酒を飲む気が失せた。口を付けずじまいのグラスを眺めながら、サミーの言葉を反芻する。

『裸にされて――』

そのあといったい何をされたのだろう。いたって軽い口調でよくあるいじめだと言ったが、学校に行ってもいないサミーに何がわかる?クリスから話を聞いていた可能性はある。ハニーがセシルから学校のあれこれを聞いていたように。

その時のサミーの傷の程度はどうだったのだろう。血が滲むほどの生々しさなら、学校で問題になってもおかしくはない。学校がいじめを見過ごさない体制なのは珍しい気もするが、侯爵家の子息に傷をつけたとあっては責任問題にもなりかねないから、きっと犯人探しに躍起になっただろう。

もしかすると、サミーは誰にやられたのか答えなかったのかもしれない。だからこそ呼び出しを受けた侯爵は――実際対応したのは叔父らしいが――すべてを揉み消し、サミーはまた地獄へと逆戻りとなった。

そこであいつにいいようにされたわけだ。家庭教師とは名ばかりの男、マーカス・ウェスト。この男の事を調べたとサミーが知ったら、さぞかし怒るだろう。

それでもサミーのことを知らずにはいられない。寄宿学校で何があったのか、詳しく知りたければデレクに聞くのが早いが、それではあいつに餌をやることになる。学校関係者を探る方が、面倒でもサミーをこれ以上傷つけることはないだろう。

関わった前侯爵も叔父も亡くなっている。けどダグラスは何か知っているだろう。あの屋敷でずっとサミーの成長を漏らさず見ているのはおそらく彼だけだ。

喋るとは思わないが、次に会ったら聞いてみるのも悪くない。

つづく


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花嫁の秘密 308 [花嫁の秘密]

身体が温まると途端に眠気が襲ってくる。

サミーは目を閉じ、ソファのひじ掛けにもたれた。エリックはデレクとの事を話すまで、絶対に引き下がらないだろう。別に秘密というほどではない。ただ、思い出したくない出来事で、今夜デレクがあんなこと言いださなければ、ずっと封印していただろう。

「十四歳の時、僕は寄宿学校に入れられたんだ」サミーは静かに切り出した。「でも、僕の場合クリスとは違って、ただ父の目の届かない場所ならどこでもよかったんだ」

エリックからの返事はなかった。グラスを片手にじっと僕の言葉に耳を傾けている。

「初めて外にやられて、戸惑いもあったけど、僕はちょっと浮かれていたのかもしれない。家族と見慣れた使用人だけの世界とは違って、外の世界はとても新鮮だったからね。先生たちも優しかったし、もちろん僕が誰の息子かわかっているからだと思うけど、当時はそんなこと思いもしなかった。デレクとは部屋が一緒だった――」

「だが、お前が学校へ行っていたという記録はない」エリックが口を挟んだ。当然の疑問だ。

「君にも調べられないことがあるんだな。ひと月で退学したし、記録は消された。子供だった僕には裏で何が行われたかはわからないけど、リード家の醜聞に関わることだから、おそらく父か叔父がもみ消したんだと思う」

「デレクに何をされた?」エリックは話を遮らないように自分を抑えているようだけど、声には激しい怒りが感じられた。詳細を話せば、きっとデレクをひどい目に遭わすだろう。例えばステッキに仕込んだ剣でひと突き、とか。

「よくある新入りいじめってやつだよ。僕は裸にされて――その時、背中の傷を見られた。いまとは違って生々しい傷をね。デレクは僕を穢れたものを見るような目で見ていたよ。実際そうだったし」

「サミー」エリックは悲しげに首を振って、手に持っていたグラスをテーブルに置いた。

「本当だよ。まあとにかく、また別の生徒にその姿を見られたせいで、大騒ぎさ。父が呼び出されたけど、来たのは叔父だった」いつの間にか、関節が白くなるほど強く手を握り合わせていた。もう少しだけ話したら、この話はもう二度しない。

「その叔父はもう亡くなっている叔父か?」エリックが訊いた。

「父のすぐ下の弟で、僕は父よりも叔父の方が怖かったな」炎のような赤髪はまるで叔父の怒りを体現しているようだった。叔父は父にも僕にも厳しく、クリスだけは例外だった。

「近くに住んでいたのか?てっきり本邸の方にいると思っていたが」

「普段はね。でもよく顔を出していたよ。僕は一族では歓迎されない存在だけど、クリスは違うからね。もし叔父が生きていたら、クリスはアンジェラとは結婚しなかったと思う。そうなっていたら、僕たちがこうして話すこともなかっただろうね」淡々と事実を述べていれば、痛みは少なくて済む。

「クリスはこのことを?」エリックの表情は険しく、怒りの矛先を探しているように見えた。

「知らないよ。別の学校へ行っていたから。仮に知っていたとしてもクリスに何ができた?僕たち二人とも父にとってはどうでもいい存在だったんだ。父が愛していたのは母だけで、僕もクリスも母がどんな人だったか知りもしなかったというのに」

「いまは知っているんだろう?」そう尋ねるエリックの声はやけに穏やかだった。家族に愛情を示すとき、彼はいつもこうなのだろう。

「ロゼッタ伯母のおかげでね」サミーは微笑んだ。ずっと孤独だと思っていたけど、いまは家族がそばにいてくれる。

ふと、伯母の誕生日に開かれた晩餐会で、エリックにキスをされたことを思い出した。酒に酔って弱い姿を晒したことも。あれからずいぶん経った気がするのに、いまと状況はあまり変わっていない。かえって悪化したように思う。

「次のロゼッタ夫人の誕生日は一緒に出席しよう」

エリックも同じことを思い出していたようだ。

つづく


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花嫁の秘密 307 [花嫁の秘密]

個室を出ると、壁際に置かれた半円形の小さなテーブルにココアが置いてあった。ピカピカに磨かれた銀製のポットにアンティークの高価なカップ。いつ置かれたのか気になったが、知らない方がいいような気がしてポットに触れるのはやめておいた。

エリックは先を行くサミーの背を見ながら、まだ熱の残る唇に触れた。

今夜はどうかしている。もちろんこれは自分の事ではなく、サミーの事だ。いや、俺が酒を飲ませたからこうなったのか?

サミーが過去の話をしようとしないのも、酔ってもいないのにキスを拒まなかったのも、すべてがどうでもよくなるほど頭に血が上ったのも、一切合切俺のせいだ。そうしておいた方が、あれこれ頭を悩ませるよりもずっと楽だ。

大抵において怒りの感情は、熱く燃えるようなものだと思っていた。確かにこれまではそうだった。それなのに、なぜか今夜は違った。呼吸も血流も止まり、身体の熱さえ奪った。冷え冷えとした中にある怒りは経験したことがなく、それは明らかにサミーへの感情が影響したもので、再び熱を取り戻した今になってようやくわかった。

サミーがあのごろつきを撃った時も同じだったのだろう。あの瞬間サミーは何の迷いもなく引き金を引いた。愛する者を守るためならなんだってする。

エリックは自嘲気味に笑いをこぼした。俺はこれからどうすべきだろう。サミーと同じで手に入らないものを求め続けるのか?

屋敷に戻っても、もやもやとした感情はエリックの胸の内に居座り続けた。

寝支度を済ませたサミーはココアを片手に居間でくつろいでいた。室内履きを足元に投げ出し、ソファに足をあげている。風呂に入ったばかりだからか、もしくは暖炉の炎に当てられたからか、頬はほんのりと赤みを帯びていて、あれほど毎日注意しているにもかかわらず髪の毛は湿ったままだ。

結局、サミーにはこういう場所が似合うと認めざるを得ない。身体を動かすより、安楽椅子に座って頭を使うような――だからこそ、あのクラブを手に入れようと考えた。経験不足は俺が補ってやれる。人材の確保もできる。

クィンはどうするだろう。おじから譲り受けたクラブの扱いを持て余しているようだが、あっさり手放すとは思えない。彼の妻は手を引いて欲しがっているから、そっちから攻めるか。

「いつまで、そうやって立っているつもりだい?」サミーは振り向きもせず言い、手を伸ばしてカップをテーブルに置いた。小皿の上のメレンゲ菓子を取って口に入れる。

「すっかりセシルに毒されたようだな」

「今夜はひどく疲れたからね。栄養補給さ」

「いかにもセシルが言いそうだ」エリックはサミーの顔が正面から見える椅子に座った。

「君も飲むかい?」サミーがココアのポットをちらりと見る。

「いや、俺は酒の方がいい」

「そう。そこのワゴンからお好きなものをどうぞ。クリスの酒だけどね」

エリックは脇に目をやった。ワゴンの上に並ぶボトルを見て笑みがこぼれる。勝手にどうぞと言うわりに、準備しておいたのだと思うと、目の前の男が愛おしくてたまらなくなった。

「クリスがこっちに出でてくるまで酒が残っていればいいがな」

つづく


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花嫁の秘密 306 [花嫁の秘密]

エリックがあれほど怒っている姿を見たのは初めてだった。
ドアの向こうで盗み聞きする余裕があったのは、デレクがアンジェラのことを口にするまで。

暗にジュリエットをけしかけるぞと脅していたけど、すでに行動を起こしたのでは?あのクリスマスの贈り物がデレクの仕業だったとしたら、このあとどう行動すべきだろう。

「だいたいなんだってデレクを部屋に入れたんだ?」

「そっちがドアを閉めて行かなかったからだろう」サミーはエリックに詰め寄った。あんな無防備な姿をデレクに見られて、僕がどれほど屈辱的だったか。

「ドアは閉めた……」エリックは曖昧に返事をし、腕を伸ばしてサミーを抱きすくめた。

「誤魔化そうたって――」言い掛けた言葉はエリックの口で封じられた。黙らせるには一番効果的な方法だ。けど、いったいどうしてこんな場所で。「エ……リッ――」

エリックはアルコールの味がした。クィンと話をするときに飲んだのだろうか?ふんわりと香るのは僕の苦手なブランデーか。

「ココアは来たのか?」エリックがキスの合間に尋ねた。

「まだだ」もしかすると今にも給仕係がココアを持ってここへやってくるかもしれない。だから今すぐエリックを押し退けないといけないのに、もう少しだけ味わいたいという誘惑に抗えなかった。

ほんの一瞬離れた唇は再び重なり、サミーは自然とエリックの首に両腕を回していた。これではどちらの方がより欲しがっているのかわからない。

すっかり酔いは冷めたと思っていたのに、エリックのキスでまた酔ってしまったのだろうか。こんなことでデレクの企みに対処できるとでも?

サミーは目を開けた。エリックと目が合い、こいつがずっと目を開けていたことに気づいた。悪趣味にもほどがある。

「デレクとのこと、聞かせてもらうぞ」エリックはそう言って、名残惜しげに唇を離した。

「クィンとは何の話を?君がきちんと話すなら、僕も考えるけど」口元を手で拭い、エリックから離れた。距離が近くなり過ぎないように気を付けているのに、結局エリックの思い通りだ。それとも僕が弱いだけなのか。

「戻ってからな」エリックは諦めの溜息を吐いて、絨毯に落ちた革紐を拾った。いつの間にほどけたのかと、サミーを横目で見ながら素早く髪を結びなおした。

「もう帰るのか?デレクはどうする?」

「さっき来たホワイトと次の計画でも練るんじゃないのか。監視はつけてあるからそのうち報告が来る」

だったら今夜は何しにここへ?もしかして僕がエリックの計画を壊してしまったのだろうか。例えそうだったとしても、悪いのはデレクで僕じゃない。

「ホワイトにも挨拶しておこうか?」様子見はもう終わった。ホワイトにも宣戦布告しておけば手間が省ける。

「お前は余計なことをするな。とにかく回りくどいことはやめだ」

エリックに強く言い返され、サミーはムッとした。「それなら何をする?」

「賭けはもう終わりだってことだ。あいつらには今後この件には関わらせない」

「それだとジュリエットが動けなくなるだろう?」

「どうかな?ジュリエットはすんなり諦めるような女じゃない。デレクが当てにならなくても、何か考えるだろう。それにデレクがこのまま引き下がると思うか?」今度はエリックの方から詰め寄り、サミーに同意を求めた。

確かに、これは一旦戻って次の手を考える必要がありそうだ。

「それならぐずぐずしてないで、さっさと帰ろう」

つづく


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花嫁の秘密 305 [花嫁の秘密]

サミーとデレクの確執は想像していたものと違っていた。

過去に接点などないと思っていたが――調べても出てこなかったので――デレクがサミーの背中の傷の存在を知るほど近くにいたと知って混乱した。と同時に、デレクがそれを武器にサミーに攻撃を仕掛けたことへの怒りで、エリックのすべては支配された。

気付けばデレクに飛びかかり押し倒していた。ここが大理石の床ではなく毛足の長い絨毯だったことを、デレクは感謝すべきだ。

「エリック!やめろっ!」

固く握った拳がデレクの鼻先で止まる。いま叫んだのはサミーか?それとも目の前の屑か?
止まっていた呼吸が再開し、大きく息を吐き出す。デレクの肩を押さえつける左手を喉に滑らせ、親指をぐっと押し込んだ。

呻き声が聞こえたが、こいつからはもう何も聞きたくない。二度とサミーを脅せないように喉を潰してやる。

「エリック、デレクから離れるんだ」

今度こそしっかりサミーの声が耳に届いた。落ち着いた声で、まるで俺が悪いと諭すような口調だ。脳内で無視しろと言う声が聞こえたが、エリックはデレクの喉元から手を放し、ゆっくりと立ち上がった。

「君が僕をサミーなんて呼ぶから」サミーはデレクを引き起こそうと手を伸ばした。

いつも思うが、この余裕ぶった態度は余計に相手を苛立たせるだけだ。まあ、相手が俺でなければいくらでも苛立たせればいい。

デレクはサミーの手を振り払い、ゴホゴホと咽ながら立ち上がった。足元がぐらつき、後ろへ一歩二歩とあとずさる。

「こんなことしてただで済むとでも?」デレクの言葉は誰に向けたものか。おそらくエリック、サミーの両方だろう。

エリックは思わず声を出して笑った。もう回りくどいことはなしだ。デレクには退場してもらう。サミーの前からも、そしてこのクラブからも。

「何がおかしい?」デレクは言葉を絞り出した。しばらく大きな声は出せないだろう。

「よく聞け、この間抜け」詰め寄ろうとしたら、サミーに止められた。そっと腕に触れただけだが、まるで首輪をつけられた犬のようにおとなしく従ってしまった。いったいどっちが間抜けなんだか。「ただで済まないのはお前の方だ。わかったらさっさと出ていけ」

「君は僕だけではなく、僕たちの大切な妹までも侮辱したんだ。誰を敵に回したかよく考えるんだね」

デレクは食いしばった歯の隙間から、息を吐き出した。目を見開きサミーを睨みつける。「そっちこそ、よく考えるんだな」捨て台詞を残し、ようやく部屋から出て行った

サミーが悠然とした足取りでデレクの後追い、ドアをしっかりと閉じた。

「もっと早く入ってくることもできただろう」振り返り言い添える。「様子をうかがってないでさ」

「そっちこそ、さっさとデレクの口を閉じていればよかったんだ」そうすれば、デレクに傷を見せたことがあるのを知らずにいられた。いったいいつどこで?これ以上知らないままでいるなど、耐えられそうにない。今度こそ、聞き出すまで引き下がらないから覚悟するんだな。

つづく


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