はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

花嫁の秘密 417 [花嫁の秘密]

「まったく、毎度この俺をベッドから引きずり出すのはお前くらいなもんだぞ。こんなに朝早くいったいどうした?ん?」

目が覚めたら清潔なベッドの上で、きちんと枕に頭を乗せていた。目の前には熊みたいな風貌の男。ぼさぼさの頭に無精髭。ひと目で寝起きだとわかる。

「少しは、静かにできないのか?キャノン」サミーは腕を持ち上げ頭の上に置いた。吐き気は収まっているが頭痛がする。

「やれやれ、呼びつけておいて何て言い草だ。ほら、よく顔を見せてみろ」キャノンはサミーの腕を掴んで身体の横に戻した。「何か飲んだか?例えば酒とか」

「酒?いや、ああ……ああ、飲んだな。よくわからないが、何か飲まされた」

「あの男に?」

サミーはキャノンを見上げた。何もかも知っているような口ぶりだ。自分でも何が何だかよくわからないのに。

「少しぼんやりするだけだと言った。けど、めまいがして気分が悪くなって――ブラックはどこだ?」
とにかく、ブラックが後始末をしてくれたことだけはわかった。毛先が湿っていて石鹸の香りがするのは、そういうことなのだろう。

「お前の従者か?あいつなら下でグラントと話をしていたぞ。呼ぶか?」

「いや、いい」きっとすべきことをしているのだろう。いま呼んだところでうまく指示を出せるとも思えない。天井の細かな細工を見つめ、ぼんやりとした頭で考える。ひとつだけ、エリックにこのことを言うなと言っておかないと面倒なことになる。

「少し身体を起こせるか?」キャノンは言いながら身体の下に腕を差し入れた。引き上げて枕を背に座らせるとグラスを手に持たせた。「これで少しは気分がよくなる」

「僕が何を飲んだのかわかっているのか?」サミーはグラスを覗き込んだ。薬草でも煮出したのか、茶色い液体はひどく苦そうだ。

「おおよそはな。だからそれを飲んで今日一日はベッドにいるんだな」

「この薬はなんだ?」聞いたところでわかりはしないだろうけど。

「ただの吐き気止めだ」キャノンは椅子を引き寄せ座った。サミーの顔を見て、さっさと飲めと顎をしゃくる。

「これを飲んだら吐きそうだ。効くのか?」そう尋ねながらひと息に飲み干した。マーカスに飲まされた何かより、むかむかする。

「まあ、少しはよくなるんじゃないかな。他にどこか痛むところはあるか?」

まったく。相変わらず適当だな。「そういうのは、無理やり身体を引っ張り上げる前に言って欲しいね。あちこち痛むけど、ひどいことをされたわけじゃないから平気だ」どちらにしても半分は覚えていないし、大袈裟に騒ぎ立てたくない。

「こんな目に遭わされて、よくそんなことが言えるな。それで、あいつは何しにここへ来たんだ?」キャノンは呆れたように言って、空になったグラスを取り上げた。

「昔の事をあれこれ言っていたけど、結局何をしに来たのかよくわからない」もしかするとぼんやりしている間に、重要なことを口にしたかもしれない。けど、それが何であれ二度と会いたくはない。

サミーは身体をずらして、また横になった。確かに吐き気に悩まされなければ、ゆっくり寝て回復はできる。キャノンの様子から、たいしたものを飲まされたわけではなさそうだ。ただあれがどういったときに使われるものなのかは、十分理解できた。

「二度と村には入らせないようにしておく」キャノンが真顔で言う。普段はあまり見せない顔だ。

「村の獣医にそんなことができるとは思えないね」憎まれ口を叩きながら、キャノンに確かめておきたいことがあったのを思い出した。そのために戻ってきたというのに、マーカスのせいで危うく忘れてしまうところだった。

つづく


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花嫁の秘密 416 [花嫁の秘密]

ブラックが部屋を出た時と変わらず、そこにサミーはいた。ベッドの上で動かなくなった主人を見てブラックの鼓動が早くなる。

マーカス・ウェストがここへ来ていたとして、いったい何をしたらこうなる?もちろん、何をしていたのかは想像せずとも明らかだ。そこに合意があったのかなかったのか、いまの段階では何とも言えないが、予期しない何かが起こったと思うのが自然だ。

ブラックは新しいシーツをサミーの横に広げた。自らを守ろうとするかのように背を丸めるサミーから上掛けをはがし、身体を隅々まで改めた。目立った何かがあるわけではないが、左肩の辺りが赤くなっている。強く掴まれたか何かしたのかもしれない。

シーツの上に移し身体を覆う。隣の部屋をのぞくと、ちょうど支度が整ったところだった。

「一人は部屋の外で待っていてくれ。一人はグラントにサミュエル様のベッドを整えるように言ってくれ」下僕二人が部屋から出ていくのを目の端で見ながら、ブラックはサミーのところへ戻った。医者が来るまでに少しでもマシな状態にしておきたい。

抱き上げて部屋を横切る。お前は従僕にしては背が高過ぎだと言われたが、この体躯のおかげで男一人やすやすと抱えることができる。浴槽から引き出すのはもう一人の手を借りる必要がありそうだが、目覚めてくれればその手間も省ける。

ゆっくりと湯船に沈め、顔を濡らしたタオルで優しく撫でるように拭く。まさかこんなふうに世話をするとは、契約を交わしたときは思いもしなかった。

「ブラックさん、いいですか?」隣の部屋からグラントが呼ばわった。声に緊張が見られる。

「何か見つけましたか?」ブラックは尋ねた。

「旦那様の寝室に侵入した形跡がありました。サンルームの窓の鍵がうまくはまっていなかったので侵入はそこからかと。それと、ブラックさんの言うように裏手に車輪の跡が――」

車輪の跡、ということはマーカス・ウェストは馬車で来たのか。堂々としたものだ。待機させておいて用が済んだらさっさと去る。さすが手慣れているな。この男の事は正直よくは知らないが、ちょっとした噂は耳にしている。

パトロンを見つけてその屋敷に潜り込む。コンサルタントと自称しているが実際は何をしているのやら。

「雨が止んでくれて助かった。おかげで足跡が辿れる」エリック様はきっと追えと言う。ただ、いますぐは無理だ。サミュエル様をドクター・キャノンに引き渡すまでは。

「すぐに追わせますか?」

バサバサとシーツを取り換えている音がする。当然と言えば当然だが、グラントは思うことがあっても、その疑問を口にはしなかった。

「いや、それはこっちでやる」絶対に逃がしたくはないから、任せてはおけない。それに追うならしっかりと準備を整えてからだ。

そのためには、まずはエリック様に報告をしなければ。

つづく


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花嫁の秘密 415 [花嫁の秘密]

ブラックは絨毯に転がるグラスを拾いながら、従者の役目はいったい何だっただろうかと考えた。

誰がどんな役目を担おうとも、俺の役目は主人――サミュエル・リードを守ること以外にない。調べものなんかはただの雑務だ。命じられたとしても優先すべきことではない。

ロンドンでの調べ物は他の者に任せて、この人と一緒の列車に乗るべきだった。そうしなかった結果がこれだ。

ブラックはサミーの手首に触れ脈を取った。静かにゆっくりと脈打っていて、そのうち止まってしまいそうなほど弱弱しかった。嘔吐しているが吐き出すものはなかったようで、喉を詰まらせる心配はなさそうだ。

ここでぐずぐずしていては取り返しのつかないことになりかねない。ブラックはこれからすべきことを頭の中で整理しつつ、部屋を飛び出した。愚かにも危うく判断を間違えるところだった。

グラントを談話室で見つけると、さっそくいくつか指示を出した。これまで指示されることはあってもしたことはなかったが、そう難しいことではなかった。

「下僕を二人借りていいか?バスタブを運びたい。それと湯をたっぷり用意するように言ってくれ」

「ええ、もちろん。サミュエル様はこんな朝早くに入浴を?」急なことにもグラントは冷静に応じた。

「ああ」グラントにどこまで言うべきか迷ったが、ほとんど隠さず言うしかない。「誰か、ドクター・キャノンを呼びにやってくれ。急ぎだ」

「ミスター・キャノンは獣医ですよ」グラントが驚いた様子で言う。

「獣医でもあの方の主治医だろう?」詳しくは知らないが、そう聞いている。

「そうだとは言えませんけど、何かあれば呼ぶのはあの人ですね。でも、サミュエル様はいったいどうしたんです?」グラントは納得いかないといった調子でぶつくさと言った。夜の間に起こったことにはまったく気づいていないようだ。

「それから、屋敷に誰か侵入した形跡がないか調べてくれ」ブラックはグラントの質問を無視した。

「侵入?いったい誰が?戸締りはしていますし、門も閉じています」黒い眉が眉間にギュッと寄せられる。

「俺はここへ誰に止められるでもなく入ってきた」言いたいことはわかるなと、グラントを睨むように見る。「それに閉じているのは正門だけだろう?裏手はどうだ?見回りを強化するように言われてなかったのか?」

「誰か侵入したんですね。サミュエル様は無事ですか?」グラントはようやく事態を把握したようだ。顔つきが途端に引き締まる。

「無事だ。だが医者がいる」

「すぐに呼びに行かせます」グラントはその場を離れ、ブラックの指示通りに下僕を動かした。詳しい理由は告げられなくとも何かが起こったことは誰もが察し、階下はにわかに騒々しくなった。「いまは旦那様と奥様が留守にしていますし、あのことはごく一部の者しか知らないんです」

物騒な贈り物のことは発見した庭師と、ダグラスとメグを除けばグラントと他数人しか知らない。けれどよくないことが起こったと誰もが薄々気づいている。そうでなければ、ゆっくり年越しするはずだった二人がクリスマスの翌日に慌てて屋敷を離れるはずがないからだ。

「話はあとだ。新しいシーツをくれ、俺はサミュエル様のところへ戻る。グラントはさっき言ったように屋敷の中と外を確認してくれ」

ブラックはシーツを片手に階段を駆け上がりながら、このことをすぐにでも報告すべきか否か頭を悩ませていた。言えばどうなるか目に見えていたが、言わないという選択肢は存在しなかった。

つづく


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花嫁の秘密 414 [花嫁の秘密]

「ブラック……?」

ああ、そうか。マーカスはもう行ったのか。まだ暗いし、そう時間は経っていないのだろう。鉢合わせはしなかったのか?

サミーは上げた顔を元に戻した。まだ頭がくらくらする。

「起き上がれますか?」丁寧だが声に嫌悪もしくは怒りが滲んでいる。この状況では仕方のないことだ。

サミーはどうにか首を振った。いったい僕はいまどんな格好で横たわっている?ブラックがこんな姿を見せられて契約違反だと言い出さなければいいけど。

何とか腕を持ち上げてグラスを受け取った。ブラックはすぐさま手を引き、その場を離れた。その気持ちはよくわかる。身体をねじって上を向くと、グラスを口につけて無理やり流し込んだ。ほとんどが口の両端から頬を伝ってこぼれたが、それでもヒリつく喉を潤すには充分だった。

「では、何かあれば呼んでください」

返事をするべきだったが、何時間も我慢していた吐き気がとうとう抑えきれなくなった。水なんて飲むべきじゃなかった。

シーツを掴み顔を埋める。胃と胸が痛み喉を伝って出てきたのは飲んだばかりの水だけ。出すものもないのに、それでも吐き気が止まらない。めまいがして気が遠くなる。

「いったい、どうしたんです?」

頭の上でブラックの声がした。まだいるとは思わなかったが、いたとしてもできることはない。せいぜい誰もここに入れるなと命じることくらいだ。

「平気だ。用があればベルを鳴らす」喉が痛み、声を張ることはできなかった。

「そうは見えませんが」ブラックの冷ややかな声。

おそらくブラックの言う通りなのだろう。マーカスは僕を抵抗できなくして、その意志に関係なくかつてのように抱いた。押さえつけ、何度も。身体のあちこちが痛むのはそのせいだ。抱き捨てられ、動けず、ベッドの上で嘔吐し、平気だと言っても何の説得力もない。

なんてざまだ。情けなくて笑わずにはいられない。エリックが知ったらきっと、ほら見たことかと馬鹿にするだろう。いや、絶対に知られてはだめだ。

ブラックにはこの状況の後始末を頼みたいが、説明や言い訳をする前に少し眠りたい。次に目覚めたとき、きっといまより少しは気分もマシになっているはずだ。

サミーは膝を抱えて丸まった。寒くて身体が震え、歯がカチカチと鳴る。

「どうやら楽しんだわけではなさそうですね。動けますか?」

ブラックがまだここにいて何か言っているのはかろうじて認識できたが、あいにくそれに答えることはできなかった。再び胃がせり上がり二度三度とえづく。吐き出してしまえば楽になれるのに、そうさせてくれないのは何かの罰だろうか。

「キャ……ノン」それだけ言って、サミーはまた深い闇に落ちた。

つづく


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花嫁の秘密 413 [花嫁の秘密]

ブラックがリード邸の正門に到着したとき、すでに雨は止み、屋敷は薄もやに包まれていた。クリスマスの朝もこんな感じだったのだろうか。これなら闇に乗じて玄関先にプレゼントを置くのも簡単に思えた。

ミスター・ヘイズに礼を言い、通用門から中に入った。当然正門は閉じられている。ぬかるみを避けて屋敷の裏手に回った。

時間までは告げてないが、俺がここへ来ることは知らせてあるはずだ。勝手口から入り、入口に外套を引っかけると声のする方へ向かった。

「ブラックさん、ずいぶん早いですね。どうやってここへ?」ちょうど談話室から出てきたグラントが、にこやかにブラックを出迎えた。

グラントとは先日帳簿を取りに来た時に顔を合わせている。ダグラスの足元にも及ばないが、副執事をしていて留守の間の屋敷を任せられているようだ。

「荷物と一緒に運んでもらったのさ。サミュエル様は?」ブラックは荷物と一緒に運ばれてきた自分を思い出して苦笑いをした。かなり窮屈だったが、そう不快な旅でもなかった。

「まだおやすみです。遅くまで調べ物をすると言っていましたけど、朝食はいつも通りの時間で伺っています」いつも通りの時間がいったい何時なのかは知らないが、その時間が来ればグラントが教えてくれるだろう。

とはいえ、到着したことは告げておくべきだろう。本来なら夜のうちに着いて、ここですべきことの話し合いができていたはずだ。けど、そもそもあの人は俺にここで仕事を与えてくれるのだろうか。

「ブラックさん、熱いお茶でもいかがですか?」グラントが談話室へと促す。

「あとでいただくよ。荷物を置いて、サミュエル様に到着を告げてくる。それから、ブラックでかまわない」

階上は静まり返っていた。主人が不在の屋敷の使用人たちの朝はいつもよりものんびりしたものだ。サミュエル様は使用人たちの手を煩わせることもないから余計にだ。

部屋のドアが少し開いている。珍しい、というよりもありえない。もう起きているのだろうか、灯りが漏れている様子はないが。

ブラックはそのままドアを押し、部屋に足を踏み入れた。むっとするような匂い、乱れたベッドに横たわる肢体。娼館の用心棒時代こういう場面はいくらでも見た。

つまり、一人でここへ来たがっていたのはこのためだったというわけだ。相手はもう去った後か。

見慣れているはずの光景でも、嫌悪感を抱かないわけじゃない。エリック様との関係は?そう訊ねたい衝動に駆られたが、黙って引き下がるだけの分別はある。

この男に仕える選択をしたのは間違いだった。

「マーカス……」ふいにかすれ声が聞こえた。顔はベッドの足元側にあって、ブラックの方からは見えない。けれども何と言ったのかは聞き取れた。

まさか相手がよりによってあのマーカス・ウェストとはね。いったいどんな顔で向こうに戻る気だろう。

「み、ず……水を――」呻くように言う。

いくら腹が立っていても、サミュエル・リードは契約上俺の主人だ。水を持って来いと言われれば、持っていく。

部屋を横切りコンソールの上の水差しを手に取りグラスを満たした。部屋にはかすかに酒の甘ったるい香りも混ざっていたが、飲んだのはベッドの上で伸びている主人かすでにこの場にいないマーカス・ウェストか。

ブラックはサミーの目の前にグラスを差し出した。手を伸ばすでもなく、ブラックは仕方なしに口元にグラスをつけた。主人はようやく顔を上げて、そこにいるのがマーカス・ウェストではないと気づいたようだ。

つづく


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花嫁の秘密 412 [花嫁の秘密]

何度目か、マーカスはサミーの中に解き放った。
それからふいに飽きたとばかりにベッドから出ると、部屋の隅に置いてあるキャビネットの時計に目をやった。

そろそろ出るか。

足元からシャツを拾い上げて袖を通す。いつ脱いだのか、最初はシャツを着たままだったが、正直ここまでするとは自分でも思っていなかった。

サミュエルは少し前から意識を失っている。ベッドの端から腕をだらりと垂らし、ぴくりともしない。しばらくは目覚めないだろう。

マーカスは上掛けをサミーの背中に掛けると、汗で湿る髪を顔から払った。サミュエルのいい所は顔だけだと思っていたが、その考えは改める必要がありそうだ。背中の傷さえなければもっと早くに気づくことができたのに、こいつの父親のせいで多くの時間を無駄にした気がしてならない。

とはいえ、あのまま追い出されずにいたとしてサミュエルとの関係を続けていたかというと、きっとそんなことはなかっただろう。そのうち飽きて別の場所へ移っていたはずだ。けど自分で出ていくのと追い出されるのとでは話が違う。

いつの間にか雨音は消えている。足元はぬかるんでいるだろうが、雨が止んだのは好都合だ。

さて、今後どうしようか。

このまま今夜の事は忘れて、いままでのように次の屋敷へ潜り込むか。コンサルタントというのはなかなか面白い仕事だが、そろそろ自分で動くのはやめて人を送り込むだけにするという道もある。女の相手も面倒になって来たし、事務所の近くにでも住まいを借りてサミュエルの相手を探るというのも面白いかもしれない。

そのためには資金をどこからか調達する必要がある。一服しながら考えたいところだが、ひとまずここからは出なければ。

マーカスは慎重に部屋を出て、暗い廊下を進んだ。ところどころ灯りはあるものの、屋敷内を熟知していなければ、最初の階段で躓いていただろう。こういう屋敷は揃いも揃って迷路みたいな造りなのはなぜだろうか。

しかし、もうここに来ることはないのだからどうでもいいことだ。サミュエルもこんな場所に長くいようとは思わないはずだ。

サミュエルは自分の屋敷を持っていただろうか。投資がうまくいって資産はあるようだが、いまだに兄の世話になっているところを見るに、俺と似たようなものなのかもしれない。

今夜、あの忌々しい執事がいなくて本当によかった。あいつは俺を知っているし、仮に見つかれば、目的まではわからないにしても下手すると通報されかねない。

用心深くサンルームの窓から庭に目をやる。風は少し吹いているが雨はやはり止んでいるようだ。面倒だが、資金調達のため予定通りブレイクリーハウスに行くとするか。

マーカスは来た時同様、誰にも見られることなくリード邸を後にした。

つづく


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花嫁の秘密 411 [花嫁の秘密]

半分は諦めている。けれど残りの半分は、マーカスがこんなくだらないことをやめてくれることを望んでいる。

マーカスは僕と違ってこの十二年分経験が増えているはずだ。それなのにひとつも変わっていない。大きな手で左肩をベッドに押し付け、僕を見おろす。それとも相手が誰であろうとそうするのか?

上に乗られて身動き取れないのに、ただベッドに張り付けられて事が終わるのを待つしかないのに、なぜそこまでする?

「サミュエル、こっちを見ろ」

ゆっくりと視線を向けると、マーカスはにやりとした。思い通りになって満足しているのだろう。

「昔よりいいな」マーカスが言う。「けど相手がいたとはね。意外だったな」

サミーはただ見返した。下手に反応すれば、その相手が誰だかばれてしまう。おそらくマーカスは多少なりとも僕を調べたはずだ。最近クラブ通いしていたから、そこに相手がいると思っているかもしれない。

マーカスが顔を近づけて耳元で囁く。「そいつはどんなふうにお前を抱く?」

どんなふうに、か……。僕の顔しか見ようとしないマーカスにわかるはずもない。

「言いたくないならそれでもいい。どうせそのうちわかるさ」

マーカスの手が肩から腕を伝って腰を撫でる。触れられてもほとんど何も感じないのは、それはそれでよかったのかもしれない。仮に身体が反応していたとしても、それは僕とは関係ない。

膝裏をぐっと押し上げられ、マーカスが深く入ってきた。麻痺していると思っていた感覚が刺激され声が漏れる。遊びはここまでとばかりに激しい動きに変わり、身体が揺さぶられる。吐き気とめまいがひどくなり、このままではいつまで意識を保っておけるかわからない。

別に身体くらいくれてやると構えていたが、いざそうなると案外きついものだ。エリックに義理立てする必要はないが、望んでしたことではないと言い訳したくなる。

「声を我慢することないぞ。あの頃とは違うからな。お前が恐れていた父親はもうこの世にいない」

恐れてはいなかった。ただ、なぜ嫌われているのかわからず戸惑っていただけだ。嫌う理由がわかったとき、あまりに悲しくて打ちのめされた。

「我慢していると思っているのか?」精一杯の皮肉で返すが、掠れた声しか出なかった。喉はからからで唇もかさついている。

「まったく、可愛げのないやつだ。昔はもっと素直だったが、付き合っている男の影響か?そいつで満足できているとは思えないけどな」

マーカスの手が二人の間に割って入り、僕のものに触れた。手のひらで包み込むようにして上下に動かし、反応を見てほくそ笑む。

サミーは横を向いて目を閉じた。流れた髪が顔を覆う。

朝まであと何時間ある?マーカスはきっと使用人が動き出す前にここを出るはずだ。それまで目をつむって好きにさせておけばいい。

終わったら何事もなかったかのように朝食の席に着く。そうすれば知られずに済む。

つづく


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花嫁の秘密 410 [花嫁の秘密]

さすがにこの状況で、これからも関係を続けようなどと言えるはずがない。

今回一度限りだからこそ、ここまでしている。

抵抗しない者を抱いて楽しいか?その問いへの返事はひとつ、イエスだ。少なくとも今回は自分の意思で相手を選んでいる。

思えばサミュエルと別れてからすべてが変わった。仕事を失ったうえ――半分は遊びだったがそれでも仕事は仕事だ――父は援助を再開しようとはせず行き場を失った。知人のつてをたどり、行き着いたのがアレグリーニ夫人のところだった。この出会いがなければ、今頃は何をしていたやら。

「相変わらず、貧相な身体だな」マーカスはサミーの胸に手を置いた。

冷静で几帳面なサミュエルらしく、心臓はゆっくり規則正しく鼓動している。背は離れてから一〇センチは伸びただろうか。もうあれ以上大きくならないと思っていたが、わからないものだな。そのわりに抱えた感じは軽かったが。

「そっちはずいぶん大きくなったな」挑むような目つき。なにか言い返さないと気が済まないようだ。

こんな状況でさえ生意気な口を利くサミュエルに思わず頬が緩む。おしゃべりなサミュエルも悪くない。

「この方が受けがいいんでね」結婚市場に出るような若い女は男らしさの欠片もないひょろひょろの奴等でもいいだろうが、すべてを知り尽くした女を相手にするには身体は大きくないとやってられない。

「そう。ジュリエットもそうだった?」

「サミュエル、言葉に気をつけろ。言っておくが、俺はあんな女と関係は持っていないからな」マーカスはサミーに馬乗りになった。時間もないし、この辺でおしゃべりは終わりだ。

「別にどっちでもいいけど……彼女はそんなに評判が悪いのか」サミーは考え込むように、目を閉じた。「マーカス、気分が悪い」弱弱しい声で付け加える。

「すぐによくなる」マーカスはサミーの声を無視して、耳のすぐ下に唇を押し当てた。「サミュエル、俺がどうしてクビになったか知っているか?」

「父は、僕が楽しく勉強しているのが気に入らなかったんだ。勉強はつまらないものだからね」

ということは、真実を知らないのか。こっちはいつばらされるかとびくびくしながら生きてきたというのに。侯爵が死んでどれだけホッとしたことか。

「今夜もきっと楽しめる」囁くようにして口づける。昔はあまりしたことなかったが、キスの仕方を教えたのも俺だ。残念ながら、初めての相手ではなかったようだが。いったい相手は誰だろう。そんな相手がいたとはまったく思えないんだが。

マーカスはくだらない感傷を振り払うようにキスを深めた。オールドブリッジを引き上げてから、なぜかやたらと苛々するし、焦燥感のようなものを感じる。なにかに突き動かされるようにここまで来たのも、それが原因だ。

「マーカス……」唇が解放された一瞬の間にサミーが呟いた。

「なんだ?」サミュエルに名前を呼ばれると、みぞおちのあたりがぞわぞわとする。

「言っても無駄かもしれないけど、僕は、したくない」ゆっくりと目を開けて、ひたと見据える。けれど、ぼんやりとしたその瞳にマーカスが映っているかはわからない。

「他に相手がいるのか?」考えもしなかったことだが、あのジュリエット・オースティンとのゴシップが目くらましという可能性もある。俺は男でも女でも別に同じだと思っているが、サミュエルもそうだとは限らない。

「そういうことじゃない、ただ、したくない」半分ほど開かれた唇からこぼれる言葉は、感情のほとんどが取り除かれていて、まるで機械仕掛けの人形のようだ。けどそんなものは俺には通用しない。昔もいまも。

「いつもそう言っていたな。でも、結局最後は俺の言うとおりにする、今夜もな」

つづく


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花嫁の秘密 409 [花嫁の秘密]

昔からマーカスにはずるいところがあった。
けど卑劣ではなかったし、故意に傷つけるような真似をしたことはなかった。

今回に限っては、明らかに傷つけるのが目的だとしか思えない。でもいったいなぜ?昔のような関係を望むだけなら、不法侵入して薬だか毒だかをわざわざ飲ませたりはしないだろう。何か必ず別の目的があるはずだ。

結局はこの疑問で思考が止まる。いや、考えていないと正気を保っていられない。

「サミュエル、この傷はどうした?」

マーカスの問いかけに、サミーはまぶたをゆっくりと持ち上げた。目を開けると、途端に世界がぐるぐると回り出す。

見るとマーカスは左腕を掴み、睨むように傷跡を見ている。まるで、また身体に傷を作った僕を責めているかのようだ。

「撃たれたんだ。ただのかすり傷だよ」ギザギザの筋になった傷跡は、生々しいが見た目ほどひどくはない。

「撃たれた?決闘でもしたのか?」どこかあざけるような口調。

決闘ね。ある意味ではあの一瞬は勝負だった。勝ったのは僕で、負けた男は死んだ。「ジュリエットを取り合って?」本当の事は口にできるはずもない。

「まったく笑えないな」吐き捨てるように言う。よほどジュリエットの事が気に入らないようだ。

「それはこっちのセリフだ。いったいどうして、僕をこんな目に?」マーカスが腕に直接触れているということは、僕はとっくに脱がされて裸になっているということか。けど、なぜか寒さを感じない。よくわからない薬のせいで感覚がマヒしているのかもしれない。

「よくしゃべるな。昔とは大違いだ」マーカスはサミーの頬を撫でた。「無事なのはこの顔くらいか?」

醜い傷跡が嫌いなのは知っている。マーカスは僕の顔がお気に入りで、おそらくそれ以外には興味ない。

ひどい男だと思うが、それでもそんなことは気にならないほど、マーカスは僕に様々な世界を見せてくれた。外とのつながりができたのはマーカスがいたからこそだ。けれど、ある日突然姿を消した。

父は僕がごく普通に生きているのが気に入らなかった。家庭教師とまともな関係を築き、様々なことを学んでいることに腹を立てて、外出を禁止したこともある。町へ出て肉屋の主人と話をすることも、仕立屋で洒落たシャツを試着することも許せなかったらしい。

ただ部屋にこもって本を読んでいればいい、そういう考えだったのだろう。けど部屋にこもってしていることといえば――これを父が知ったらどうなっていただろう。

結局マーカスは追い出され、代わりにひどく退屈な女の家庭教師が来た。彼女はいい家庭教師だったが、本当につまらなかった。

「僕として、そのあとどうする?昔に戻りたいのか?」シーツに手を滑らせ、ここが自分のベッドの上だと気づいた。マーカスは僕をここまで運んだのか。寒くないのは部屋が暖かいからで、感覚がおかしくなっているわけではなかったようだ。

「その考えはなかったが、悪くないな。お前があの頃と変わらず俺を満たしてくれればだが」

つまりあの頃はマーカスを満足させていたというわけだ。はっきり言われたことがなかったけど、顔だけではなかったということか。「どうかな?僕を抱いたってつまらないだけだよ」

つづく


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花嫁の秘密 408 [花嫁の秘密]

ウィックファーム駅に到着した時にはすでに雨が降り始めていた。

列車はおよそ1時間遅れ、フェルリッジ方面の乗合馬車も出発した後だった。最終便が出たとなると自分で貸し馬車の交渉をするしかないが、あいにく出払っているらしい。

翌朝にはどうにかなると言っても、ここまで来て足止めを食らった状態というのはどうにも落ち着かない。やはり最初から馬車で移動しておけばよかった。あの方が列車の旅を嫌う理由が理解できた。

ブラックは馬宿の主人ともう一度交渉することにした。雨はそれほどひどくないものの、まずは悪天候の夜道を頼める御者がいないと話は始まらない。それでもだめなら他所へ行くしかない。

用意してもらった部屋は申し分ないし、ここで少し休憩を取ったからといって新しい主人は文句を言ったりしないだろう。けれど元の主人エリック様が目を離すなそばにいろと言うからには、必ずそうすべきだとブラックの頭の中で警告の鐘が鳴り響いていた。

食堂には同じように足止めを食らった客が数人まばらにいた。諦めたようにエールをちびちびやりながら、仕事の話をしている。荷物の遅れを心配しているようだ。

ウィックファームに駅があるのは、ひとつは物流の拠点になっているからだ。それなのに嵐でもない夜に身動き取れなくなるなど予想外だ。

「クリープエンドの方なら連れて行ってやれるんだがな」カウンターの端で宿の主人との会話を聞いていた男が言った。赤ら顔の陽気そうな男だ。「荷物の積み替えに少し時間がかかるが、朝まで待つよりかはましだろう?」

「申し出はありがたいが、残念ながら方向が違う。フェルリッジの方へ行きたいんだ」ブラックは答えた。

「ああ、そっちのほうか。確かヘイズがフェルリッジを通るとか言っていなかったか」男はまた別の男に話しかけた。

「言っていたな。けどまだ姿を見てないな」テーブル席に座る別の男が言った。眠たげに欠伸をする。

「運ぶ荷があるから必ずここに顔を見せるはずだ。荷物がひとつ増えたところで文句は言わないさ。いい所で降ろしてもらえばいい」男がのんびりと言う。

荷物というのは俺の事か。「それなら、そのミスター・ヘイズが姿を現したら交渉してみることにするよ」ブラックは答え、カウンターに向かってグラスを手に取った。中身はただの炭酸水だ。この調子だと外套を羽織って馬で駆けつけるしかなくなる。が、あまりいい案とは思えない。

やはりミスター・ヘイズか朝になるのを待つかの二択しかない。

結局それまで仮眠をとることにしたブラックは、部屋に戻り決して寝心地のいいとは言えないベッドに横になった。いつでも出発できるようにとただ目を閉じただけのつもりが、ドアを激しくたたく音で飛び起きることとなった。

ドアを開けると、宿の主人がせわしない様子で立っていた。タオルを手に肩のあたりが濡れているところを見るに、外に出ていたようだ。

「旦那、ヘイズが少し遠回りだがお屋敷まで送って行ってもいいと。もう一〇分もしたら出発するそうです」寝ている間に交渉してくれたようだ。世話好きな主人で助かった。

「それはありがたい。出発はすぐにでもできる」時間を確認すると午前三時だった。多く見積もっても二時間もあれば向こうに着ける。

ブラックは外套を取って部屋を出た。

つづく


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