はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

ヒナおじいちゃんに会いに行く ブログトップ
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ヒナおじいちゃんに会いに行く 11 [ヒナおじいちゃんに会いに行く]

カイルがバーンズ邸にやって来て十五分ほど経った頃、ヒナが赤いリボンをふわりとなびかせながら応接室にやって来た。

お昼のひと騒動の時よりも元気そうで、カイルはホッとした。

「あ、ヒナのそのリボンかわいい」

ヒナの赤いリボン姿、初めて見た。すごく似合ってる。

「んふふ。これ、アダムス先生がくれたの」ヒナは頭を振ってリボンを見せびらかし、テーブルを挟んだ向かいのソファにちょこんと座った。

「先生はセンスがいいね」カイルはそう言って、少し伸びた襟足を指先でつまんだ。僕もこういうのが似合えば、ウェインさんが好きになってくれるのかな?

「お母さんが選んだんだって」ヒナはまた頭を振ってみせた。

あ、それじゃあ、お土産のお礼なんだ。

「よかった。ヒナが元気そうで……さっき、ウェインさんが来た時、ダンのこと聞いたから。ウォーターさん、すごく怒ってたね」

ヒナを待っている間、ウェインさんがいろいろ話してくれた。お茶を注ぎながらダンがヒナの世話係から外されたこと、ヒナがおやつを減らされて涙をこぼしたこと、そしてヒナに甘いウォーターさんが本気で怒っていたこと、全部話してくれた。

「ジュスなんか、知らない……ダンは悪くないのに……」

「ウォーターさんは、ヒナが心配だっただけだよ。ほら、おやつもいっぱい。このケーキすごく美味しそう」カイルはヒナの為に、クリームたっぷりのケーキを取り分けた。

「シモンがカイルが来るから出してくれただけだもん。ヒナのじゃないもん」ヒナは唇を尖らせて皿を押しやった。

「ヒナってさ、時々(じゃないけど)すごく子供っぽいよね」

「えっ!なんで?」

「だってさ、ウォーターさんの気持ちになってみてよ。もしもさ、ウォーターさんがヒナに黙ってどこか行っちゃったら嫌でしょ?」

ありそうにもないことだけど、ヒナの反応は早かった。

「やだっ!」

「ほらね」カイルはしたり顔でヒナの為に紅茶を注いだ。ついでにケーキ皿を押し戻す。

「でも、ダンを取ったりしないもん。エヴィがいるけど……エヴィはすごく大人だから、ヒナの事わかってくれる。けど……」ヒナはうまい言葉が見つからなくて、もどかしそうだ。

ヒナの言いたいことはなんとなくわかる。エヴァンさんがどうとか、そういう問題じゃないんだ。ダンがいいってだけ。

「エヴァンさんていい人だよね。すごくかっこいいし、リボンも綺麗に結んでくれる。でも、僕はウェインさんが好き」お世話してもらうなら、断然ウェインさんがいい。

「ヒナはジュスが好き」

そこはダンって言うところなのに……。

でも、ヒナらしいや。

「それじゃあ食べよ。おじいちゃんの続き、教えてよ」

つづく


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ヒナおじいちゃんに会いに行く 12 [ヒナおじいちゃんに会いに行く]

ヒナから遠ざけられても、ダンは仕事をしていた。

もっとも、ほとんどの使用人は談話室で休憩中。主人により罰を与えられたダンは気難し屋のシェフの呼び出しを受けて、気まずい思いで応接室に足を踏み入れたところだった。

「あ、ダンだ」

「あ、ほんとだ。ダンだ」

そんなに物珍しげに見なくてもいいのに。ダンは二対の屈託ない瞳から逃れるように、視線を下げた。ここで働くようになってから初めての降格で、かなり堪えている。

「いらっしゃいカイル」それでも平静を装って仕事をこなすのが、一流の使用人だ。

「ダンどこにいたの?なにそれ?」ヒナは首を伸ばして、ダンの手元に目をやる。

「シモンが新作のシャーベットを持って行くようにって」ダンはヒナが赤いリボンをしていることに気付いた。結び方はいつもダンがしているのとは違うが、ヒナによく似合っている。

「新作?」ヒナとカイルが口を揃えた。

「ミルクジャム入りのいちごのシャーベット。二人に味見して欲しいんだって」

シモンは主人の“おやつを減らせ”という命令に、堂々と歯向かうのだという。ダンもそうできたらどんなにいいかと、密かに思いもしたが、やはり主人の命令には逆らえない。

「うわぁ」

「やったぁ」

嬉しそうな二人を見ていると、こっちまで嬉しくなる。ヒナとカイルの笑顔にはそういう力があるのかもしれない。

「ふふ、はいどうぞ」

二人はスプーンを手にして顔を見合わせると、同時にシャーベットを口に入れた。冷たさに顔をきゅっとさせて、その味に目を見開く。どうやら気に入ったみたいだ。

「おいしい」ヒナは目をキラキラさせて、様子を見守るダンを見上げた。

「ほんと。これ、スペンサーが好きそう」カイルも同じだ。

「スペンサーとブルゥはお仕事?」ヒナはふいに訊ね、またシャーベットを一口食べた。

「うん。いちおう誘ったんだけどね。スペンサーは向こうにいたときと一緒で、ずっと机に向かってる。ブルーノは管理人さんだから、細かい仕事が多くて大変なんだって。僕も時々手伝ってるんだよ。手紙をみんなの部屋に運んだり」

仕事と言うか、二人とも僕を見捨てたから顔を出せないに違いない。ダンは帽子屋での一幕を思い出して唇を噛んだ。スペンサーは仕方がない。でも、ブルーノは……。

「ヒナもそれやってみたい」

ダンはヒナが手紙を配る姿を想像して、顔をほころばせた。薄情者の事など忘れるんだ。

「それはホームズの仕事だからダメですよ」言ってしまってから、言葉を選べばよかったと後悔した。これではエヴァンに仕事を奪われた自虐にしか聞こえない。

「ホームズのお仕事、取っちゃダメだね」ヒナが同情めいた口調で言う。あまり大きな声を出さなかったのは、エヴァンへの気遣いだ。

ヒナはエヴァンが近侍でもうまくやっていくだろう。そう思うと胸がチクチクと痛んだ。

「あ、そうだ。スペンサーがダンのこと心配してたよ」カイルが取って付けたように言う。もちろんそんな気はないはずだ。

「心配なんて嘘ですよ」思ったよりも強く言い返してしまった。カイルがびっくりした顔をしている。「いや、あの……何か用があったら呼んでください」それだけ言って、ダンはその場から逃げ去った。

ブルーノは心配すらしていないのだろうか?

つづく


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ヒナおじいちゃんに会いに行く 13 [ヒナおじいちゃんに会いに行く]

「カイルを迎えに行くが、お前も行くか?」

仕事を終えたスペンサーは、キッチンに立つブルーノに声を掛けた。

二人は昼から口を聞いていない。

お互いが探り合いをしているせいだが、スペンサーはブルーノが言い訳なりもっともらしい自己弁護なりをするのを待っていた。

何も言ってこないということは、ダンのあの乱れた姿を受け入れろということだ。

「店はもういいのか?」ブルーノは焼き上がったロールパンをかごに入れながら、素っ気なく訊ねた。

「ああ」スペンサーは短く答えた。二人の間の不穏な空気はもはや隠しようがない。

この数時間、ダンの赤く腫れた唇のことばかり考えている。まずい場面を見つかったとき特有の驚いた瞳。くしゃくしゃになった襟足。いつもは完璧に結ばれているクラヴァットも解けていた。

ブルーノが無理矢理奪ったわけではないことくらい、スペンサーも理解している。だからといって、受け入れられるわけではない。ダンの気持ちがどの程度なのか確かめてから……そう、話はそれからだ。

「手ぶらじゃまずいだろ。スコーンを焼いたからジャムと一緒に持って行く」

手土産はダンのためか。言わずもがな、ブルーノのスコーンはダンのお気に入りだ。

「スコーンもジャムも不自由はしていないだろ」スペンサーは毒々しく吐き捨てた。もちろん、ブルーノはこれを無視した。

準備が出来ると、二人は無言のままバーンズ邸に向かった。

正直なところ、何を喋ればいいのか、スペンサーには見当も付かなかった。

ブルーノは沈黙こそが最大の攻撃だと思っている。スペンサーに勝手に想像させて自滅するのを待っている。引き際、諦めが肝心だと暗に告げているのだ。

それに応じるべきか。それともあがき、反撃するべきか。

ダンの気持ちを確かめてからと言いながらも、思考はずっとぐるぐるしている。これまで抑えていたものが一気に爆発しそうだ。無理矢理、奪ってやろうか。

「ヒナは無事だろうか?」ようやくブルーノが口を開いた。

「ウォーターズはずいぶん怒っていたが、ヒナを心配してのことだ」

それよりも心配するべきはダンの方だ。ウォーターズが腹を立てていた相手はヒナではない。主人の信頼を失った使用人がどうなるのか、考えるまでもない。

「甘いだけかと思っていたが、ちゃんと保護者をしていて驚いた」しばらく間が空いた後、ブルーノが言った。

「確かにな」スペンサーは上の空で答えた。ウォーターズの事などどうでもいい。

バーンズ邸に着いたら、まずはダンを探す。会って、それからどうするのか考えよう。

つづく


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ヒナおじいちゃんに会いに行く 14 [ヒナおじいちゃんに会いに行く]

「帽子屋から差し入れが来たぞ」アレンが興奮した様子で談話室にやってきた。

新入りのデニス・アレンはウェストクロウのウォーターズ邸に派遣されていた使用人で、元々はクロフト卿のために雇われたのだが、今回の配置換えでバーンズ邸に留まることになった。

せっかちなうえに気が利かないので、ロシターの下で徹底的に指導を受けることになっている。

「帽子屋から差し入れ?」ダンはちょうど重い腰を上げたところだった。休憩は終わり、これから一番忙しい時間帯となる。

「スコーンだそうです」アレンはかごに掛かるクロスをぺらりとめくった。

「わぉ!もしかしてブルーノのスコーン?もうちょっと早かったらなぁ……ありつけるのは早くても三時間後かぁ」ブルーノのスコーンの味を知るウェインが真っ先に食い付いた。

「ブルーノが来ているのか?」ダンは居丈高に訊ねた。降格されたとはいえ、上級使用には変わりない。片やアレンはまだ見習いといってもいい。

「そうみたいです。僕はロシターさんからこれを預かっただけなので、よくわかりませんけど」

ダンはアレンのこういうところが好きになれなかった。周りの状況を把握しようとしないし、今のところすべてロシター任せだ。それなのに、格好だけは一人前だ。

そもそも、ジェームズはどうして彼を雇おうと思ったのだろう?理解できない。

ダンはスコーンの香ばしいにおいを思い切り吸い込み、談話室を出て上階へ向かった。

これから晩餐の支度のために食堂へ行く。けっして応接室を覗く為じゃない。

ウェインがあとを付いてきた。旦那様はヒナよりも手が掛からないので、手が空いているというわけだ。

「ダンのこと、心配して来たんじゃない?」ウェインが言った。

「どうかな?ブルーノは僕が降格されたこと知らないわけだし」それに心配しているのはスペンサーだとカイルが言っていた。スペンサーも一緒に来ているのだろうか?

「でも、もう知ったと思うけど」

だよね……。恥ずかしくて顔を合わせられないよ。

「だいたい、ウェインがカイルにぺらぺら喋るからでしょ」ダンは先を行きながら、振り返ってウェインを見た。

カイルと仲良くしてくれるのは単純に嬉しいけど、ウェインの気持ちがいまいちわからない。やはりただの兄貴分というだけなのかな?離れて暮らすようになってからも、態度は以前とさほど変わってはいないし。

「ヒナが来るまでの繋ぎでちょっと喋っただけだよ。カイルがヒナとダンのこと気にしてたから」お喋りウェインは悪びれることなく言う。

まあ、よかれと思ってのことだから、仕方ないけど。

「自分で説明するよりはよかったよ。おかげでカイルに気を使わせちゃったけど」

階段をのぼりきると、ウェインが横に並んだ。まだまだ仕事モードにはなっていないようで、背中は丸まったままだ。こんな姿ホームズに見られたら、背中に棒切れを入れられるに違いない。

「ヒナと違って思慮深いからね。ほんと、いい子だよ」

「ヒナは思ったことを口にするだけで、考えていない訳じゃないから」

「わかってるって」ウェインは調子よく言って、ダンの肩を叩いた。

結局、ウェインのこういう無遠慮な感じに慰められる。友達という関係とはちょっと違うけど、持つべきものは友だという気持ちにさせられることは確かだ。

お互い、友達は他にいないわけだしね。

つづく


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ヒナおじいちゃんに会いに行く 15 [ヒナおじいちゃんに会いに行く]

「あ、いたいた。スペンサーも来てるみたい」

囁きとは程遠いひそひそ声が聞こえ、ブルーノは戸口に目をやった。

声の主はウェイン。その向こうにダンが見え、ブルーノの胸は高鳴ると同時に締め付けられた。

ダンがヒナの従者から外されたことは、たった今聞いたばかりだ。ヒナ相手にそれは理不尽だと訴えても仕方がないので黙っているが、もしも昼間のキスの代償だとしたら、その責めはブルーノが負うべきだ。

ダンがウェインの肩を掴んで耳元で何やら囁く。

ブルーノの胸がカッと熱くなった。ダンには誰にも触れて欲しくない。例外はヒナだけだ。

「迎えに来てお茶飲んでるよ」またウェインが言った。見過ごせないと判断したロシターが素早い動きで戸口へと向かう。

おかげで視界からダンが消えた。横に座るスペンサーを見ると、同じようにダンを見ていた。

スペンサーは昼からずっと不機嫌だ。ただ不機嫌なだけなら放っておけばいいが、何を考えているのか分からないから始末が悪い。

「ウォーターズに挨拶をしてくる」スペンサーは有無を言わせぬ態度で立ちあがった。ここへ来てからずっと機会を伺っていたのは知っている。ダンを見つけて話をするためだ。

「僕もうちょっといたい」名残惜しそうにほろほろと崩れるアーモンドクッキーをつまみ、カイルは訴え掛けた。

「ヒナも!」ヒナは訴える必要なし。

「話が終わったら帰るぞ」スペンサーは二人の願いをあっさり却下し、出口を目指した。カイルとヒナがぶうぶうと文句を言う。

スペンサーが行ってしまうと、廊下にいたはずのウェインとダンもいなくなっていた。ロシターは戻って、部屋の隅に控えた。ヒナのお目付け役がダンでもエヴァンでもない理由はよく分からないが、ロシターがここでいいポジションに着いたことは間違いないだろう。

気に入らない。何もかも。ダンに会いたいときに会えないことが何よりも。

こうなったらウォーターズに直談判をするしかない。

「ねぇロシタ」ヒナは振り返って、ソファの背から身を乗り出した。

「何でございましょう?」ロシターは話し掛けられると思っていなかったのか、黒い眉をピクリと動かし、驚きをあらわにした。

「みんなを晩餐に招待してもいい?」

「旦那様にお伺いしないとお答えできません。それに、彼らの都合もあります」ロシターは鋭い視線をブルーノに向けた。暗に断れと告げているのは明白。

「僕はいいよ。ブルーノもでしょう?」カイルは懇願するような目をブルーノに向ける。

二人に見つめられ、ブルーノは居心地悪げに視線を外した。「まぁ、そうだが……」スペンサーが何と言うか。

「もう夕食の支度をされているのでは?」ロシターが断れと急き立てる。

カッとなったブルーノは挑戦的に顎先を上げ、ロシターをまっすぐに見返した。「いいえ、まだです。今夜はクラウドおじもいませんし、ここの主人がいいと言えば、ヒナのお願いに応えてもいいんだが」

こうなったら意地でも断るものか。

つづく


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ヒナおじいちゃんに会いに行く 16 [ヒナおじいちゃんに会いに行く]

一瞬の好機を逃さなかったおかげで、スペンサーはうまくダンを捕まえることが出来た。

一緒にいたウェインは、気を利かせたのかただの逃亡か、ダンを押し付けるようにして行ってしまった。追い払う手間が省けて助かった。

スペンサーはほんの少しだけ、ウェインを見直した。

「お土産ありがとうございます。あとでいただきます」ダンはいつもの礼儀正しさを見せて、スペンサーとの距離を取った。

スペンサーはそれが気に入らなかった。「ああ、ブルーノがな……それはそうと、大丈夫なのか?カイルに聞いたぞ」素っ気ないとも言えるような堅い口調で訊ねる。

「昼間はお騒がせしてすみません。予想していたよりは……大丈夫でした」そう言ったダンの表情は曇り、まったく平気そうには見えなかった。

「今度うちに来るときは迎えに行ってやるから、前もって知らせろ」

「それが出来れば、今日みたいなことにはならなかったんですけどね。でもやっぱり、ヒナを止められなかった責任は僕にあります」

「次からはヒナも考えて行動するはずだ」ヒナは今回のダンの処分に誰よりも胸を痛めている。パッと見はそう見えなくても。

「しばらくはエヴァンの役目になりそうですけどね」ダンは弱弱しく微笑んだ。エヴァンが完璧に仕事をこなすと分かっているせいか、役目が戻って来ないのではないかと不安そうだ。

ダンの心配も分からなくはないが、杞憂に終わるだろうとスペンサーは楽観視していた。いくらエヴァンが完璧に仕事をこなしても、ヒナにはダンが必要だ。

「まあ、しばらくは様子見だな。それと、ブルーノと何かあったのか?」やっと訊ねることが出来た。答えを聞くまではダンを行かせるつもりはない。

「え!ど、どうしてです?」

あからさまな動揺は、何かあったと白状したも同然。

「気付かないと思ったか?」スペンサーは畳み掛けた。

「あ、あの、えっと……ここで説明することでは……」顔を真っ赤にしたダンは、辺りを見回しながらぼそぼそと言った。

確かに。ダンの言葉にも一理ある。

スペンサーはダンの手首を掴んで、適当な場所を目指して廊下を移動した。最初に見つけた部屋に飛び込むと、誰もいないのを確かめて、ドアをしっかりと閉じた。

「さあ、答えてもらおうか。それとも俺が言おうか?」スペンサーは鼻先がくっつきそうなほど顔を近付けた。

「そんな意地悪言わなくてもいいじゃないですか。知っているんでしょう?」スペンサーの詰問口調に腹を立てたダンは、半ば怒ったように言い返した。一歩も引かないところが、スペンサー好みだ。

「俺が何を知っているって?」スペンサーも強く言い返し、ダンの背中に腕を回して抱き寄せた。「合っているか、確かめてもいいんだな?」訊ねたが、返事を聞くつもりはなかった。答えは知っているし、ここまで来てダンの口から真実を聞く勇気が削がれていた。

奪われたのなら、奪い返すまでだ。

スペンサーはダンの唇を奪った。

つづく


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ヒナおじいちゃんに会いに行く 17 [ヒナおじいちゃんに会いに行く]

え、ちょ、ちょっと待って!

ダンは叫んだ。

つもりだったけど、口を塞がれていたので、叫びは自分の耳にもスペンサーの耳にも届かなかった。

スペンサーはいつだって強引だ。しかも腹立たしい。僕とブルーノとのことを知っていて、こんな真似をするんだから。

ようやくブルーノとのキスに慣れてきたところなのに、違うキスをされたら、どうしていいのか分からない。突き飛ばそうにも、相手の方が力はある。だからといって、されるがままというわけにはいかない。

どうにか逃れようと身をよじったら、さらに強い力で押さえつけられ、舌を入れられた。ああ、もうっ!こういうこと、ブルーノとしかしたくないのに。

スペンサーの手が背中をすべりおり、お尻をきゅっと掴んだ。ダンは情けなくうめき、思わずスペンサーに縋った。

猛烈に腹が立った。自分にもスペンサーにも。

ダンは力からの限り抵抗し、スペンサーを押し退けた。僕だってやれば出来るんだってことを見せつけなければ、何度でも同じことをされてしまう。

「ど、どうして――ハァ……こんなこと、するんです?」

スペンサーはダンの問い掛けに小首を傾げた。

「どうして?ダンが好きだからに決まっているだろう?」

え?好き?

予想外の返事にダンは面食らった。

確かにスペンサーが僕のことを……と思うことはあったような気がする。けど、からかい半分で本気なわけない。

「冗談ですよね?」ぜんぜん笑えないけど、せめて口元だけでも笑いながら訊ねた。本来冗談は可笑しいものだから。

「好きだからキスをした。ブルーノには渡さない」スペンサーはダンの腕を優しく掴んだ。ダンが振り解こうと思えばいつでもそうできるように。

「でも、僕はブルーノのものです!」ダンはきっぱりと言い切った。あえてスペンサーの手は振り解かなかった。抵抗すれば、スペンサーは余計に手を離さない。

以前、僕はブルーノに『僕は誰のものでもありません』と言ったけど、次からはよく考えてから口にすることにしよう。言葉は自分を縛るし、相手も縛る。僕はブルーノのものだし、ブルーノも僕の……。

「まだキスしただけだろう?それなら俺にもチャンスはある」

なんて理屈だ。

「僕の話を聞いていました?僕はブルーノと付きあっ――」

「黙れ!」

ヒィ!!な、なんでそんなに偉そうなの!?

「ブルーノとどういう関係だろうが知るもんか。ダンが俺のことをどう思っているかだ。嫌いではないだろう?」スペンサーは口調をやわらげ、懇願するようにダンの瞳を覗き込んだ。

ダンは目を逸らせなかった。

青い瞳を縁取る金色の豊かな睫毛が小刻みに震えている。まるで返事を聞くのが恐ろしいとでもいうように。

もちろん、スペンサーの事は嫌いじゃない。むしろ好きと言ってもいい。でもそれは、ブルーノへの感情とは少し違う。

違うのだけれど……。

「ちょっと、考えさせてください」

なぜかそう返事をしていた。

つづく


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ヒナおじいちゃんに会いに行く 18 [ヒナおじいちゃんに会いに行く]

ダンが出て行ってから少しの間を空けて、スペンサーは部屋を出た。二人がいた場所は書斎とは反対にある図書室だった。もし今誰かに、こんなところで何をしているのかと訊ねられたら、まともな答えは返せそうにない。

さっさとウォーターズに挨拶を済ませて帰ろう。

「ずいぶん大胆なことをなさるのですね」

急に背後から声を掛けられ、スペンサーは石のように固まった。ぞっとして全身の毛も逆立った。誰もいないことを確認したはずなのに、なぜここにロシターがいる?

スペンサーはロシターを無視することにした。書斎へ行く途中で別の部屋に入ってしまっただけのこと。ぐだぐだ言われる筋合いはない。

目の端で背後を盗み見ると、ロシターはこちらの態度に腹を立てるふうでもなく澄ました顔で後をついてきていた。

「あんな子供を相手にして何が楽しいんです?少し言い寄られたくらいであっちへこっちへとふらふらするような――」

スペンサーは瞬時に詰め寄り、ロシターの胸ぐらを掴んだ。こいつは図書室での一部始終を見ていたのだ。

「お前に何がわかる?」スペンサーは、かろうじて冷静さを保って言い返した。

「ダンが好きなのはブルーノです。あなたではない」

それこそよくわかっている。だが、他人に言葉にされると心底苛つく。ブルーノがこいつを嫌う理由がようやくわかった。

スペンサーはロシターを突き飛ばすようにして離した。「だからなんだ?俺たちが出会ってまだひと月ほどだ。二人の間にどんな感情があったとしても、動かせないほどではない」

「正確には三十八日です」ロシターは襟元を正しながら、抑揚のない声で言った。

「は?」スペンサーは面食らった。どうでもいいことを指摘されたからだ。

「それに日数など関係ない」そう言ったロシターは、なぜか少し腹を立てているように見えた。

スペンサーは落ち着こうと、ひと息吐いた。「ところで、なぜついてくる?お前はヒナの見張り番だろう?」

ロシターは黒い眉毛をぴくりと動かした。「旦那様にお伝えすることがあるからです。そちらこそ、旦那様に何の用で?ダンのことでしたら、口出ししないほうが賢明ですよ。今回の件ではダンを早々に許すことはありませんから」

ウォーターズがダンを許さない?

スペンサーは驚きのあまりよろめいた。「新入りのくせにずいぶん偉そうだな?そもそもウォーターズと直接話を出来るような立場なのか?」

ここにはロシターよりも格上の使用人が何人もいるはず。田舎にいた時と同じ条件で使っているとは考えにくい。それとも、向こうでの功績が認められたとか?

「ひとまず、クロフト卿の従者ですから」ロシターはそれで事足りるとばかりに言う。

「うまく取り入ったんだな」

「欲しいものを得るために必要なことは何でもします」

スペンサーはふんと鼻を鳴らし、いつまでも立ち話をする気はないとばかりに背を向け、今度こそ書斎へ向かった。ロシターの言葉の意味を考えるようなことはしなかった。

つづく


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ヒナおじいちゃんに会いに行く 19 [ヒナおじいちゃんに会いに行く]

つくづく面白い。

ロシターは無表情の仮面をかぶったまま、胸の内で微笑んだ。

スペンサーがこちらのことをあまりに過小評価しているのが気に入らないが、そのうちそれが間違っていることに気付くだろう。その瞬間の顔を見ることが出来たら、今日のすべてを忘れてやってもいい。

なかなか手が掛かりそうだが、たかが子猫だ。手懐けられないことはない。

憮然とした足取りで前を行くスペンサーも、同じようなことを考えているのだろう。ダンを押さえつけてキスでもすれば奪えると思ったのか?でもまあ、悪い考えではない。少し子供っぽいが。こちらも同じ手に出てみようか?

そうまでして、この子猫が欲しいのだろうかと、ロシターは自問した。

スペンサーに言った通り、出会ってからまだ三十八日しか経っていない。もちろんロシターはそれよりも前にスペンサーを見て知っていたし、過去も少々探らせてもらった。とても興味深かった。

書斎には旦那様のほかにジェームズ様もいた。戸口に現れた二人を見て顔を顰める。どうやら仕事の邪魔をしてしまったようだ。

ロシターはスペンサーをかばうように、一歩前に出た。

「どうした?ヒナに何かあったのか?」ジャスティンはロシターに向かって訊ねた。

「やめてくれ。これ以上何をやらかすと言うんだ?」ジェームズは淡々と言って、広げていた図面を仕舞った。

「わからんだろうが。ヒナだぞ」ジャスティンは机を離れて、ロシターの立つ場所まで一気に詰めた。

ロシターの背に緊張が走る。冷静に対処しなければ、とんだとばっちりを受ける可能性があるからだ。

「問題はございません。お坊ちゃまがご友人を晩餐に招待したいとおっしゃられています。旦那様の了承が頂け次第、下に連絡を入れますが――」ロシターは必要なことだけを並べ立てた。

「晩餐?」そう言ったのは背後のスペンサー。寝耳に水というわけだ。

「晩餐だと?今日の今日でよくそんな……まあ、こっちは別に構わないが、向こうの都合は聞いたのか?」ジャスティンはロシターを通じて、背後のスペンサーに問い掛けた。

「ヒナに誘われて断れるはずがありません」スペンサーは選択の余地なく答えた。

「巻き込まれたんだな」ジェームズがぼそりと言う。

「つまり、まったく反省していないってことだな」とジャスティン。

「急に厳しくしても、今までが今までだからな。ロシター、人数が増えたことをホームズとシモンに知らせて、仕事に戻れ」ジェームズは同情するように言い、ロシターに冷めた視線を向けた。

「かしこまりました」ロシターはすぐさま退散した。

後に残ったスペンサーも、もちろん早々に退散した。

つづく


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ヒナおじいちゃんに会いに行く 20 [ヒナおじいちゃんに会いに行く]

ああ……ヒナに相談したい。

「あ、ダン。そこにそれを置いたらダメだよ」ぼんやりしていたダンの耳に、ウェインの小言のような声が届く。

「え?あ、ごめん」ダンは手にしていたローソク立ての位置をずらした。ヒナの手の届かない場所に。

「どうしたの?ぼうっとしてさ。お昼のことで、スペンサーに何か言われたの?」ウェインは手袋をはめた手で、ピカピカに磨かれた銀器をひとつひとつ丁寧にテーブルに置いていく。時々ナイフを振り回すので、あまり近付かないようにしている。

「ううん。たださ、しばらくヒナの世話が出来ないと思うと、力が入らなくてさ」これは嘘じゃない。でも、ヒナの担当から外された僕にいったいどんな価値があるのだろうか?

「ま、元気出しなよ。旦那様もきっとすぐに許してくれるよ」ウェインはいたって軽い調子だ。

「そうかな?」ダンはしげしげとウェインの顔を見つめた。

「そうだよ。ダンはこのひと月休まず頑張ったんだ。旦那様が特別に休みをくれたと思えばいいじゃないか」

「ウェインて、たまにいい事言うよね」おかげで一気に心が軽くなった。

「たまには余計だよ。あーあ。僕も休み欲しいなぁ~」ウェインはその場でくるりと回り、仰々しく溜息を吐いた。

「だったら、またエヴァンに旦那様のお世話をしてもらう?」ダンは言いながら、くすくすと笑った。きっとウェインは、エヴァンに仕事を譲るくらいなら休みなんかいらないって言うはずだ。

「ちょっ、ダメダメ!旦那様のことは僕にしか分からないこともあるんだから。それに、お給料が減ったら困るもん。僕はダンと違ってお金に執着するタイプなんだから」ウェインが力説する。

「僕だって、お金は欲しいよ。ヒナのお世話だってしたい」でもこれ以上は望めないほど、すでにもらっている。着るものまで自由に選ばせてもらっているのに、わがままを言えるはずない。

「二人とも、手が止まっていますよ」

突如、静かで威厳のある声がダンとウェインを襲った。

「ホームズさん!」

ダンは恐怖に身をこわばらせた。昇格も降格も、知らせてくるのはホームズだ。今度はなんだ?

ホームズは主人には絶対に見せない、やれやれ困った人たちですねという顔で二人を見やった。「お客様のお席も用意しなさい」抑揚のない声で命じる。

「客って、カイルたちですか?」ウェインが図々しく訊ねる。こういう時黙っていられないのがウェインだ。

「お坊ちゃまがご招待されたのだ」

だから黙って動け、と聞こえた気がした。なのにウェインったら……。

「うわぁ~、ヒナってば怖いもの知らずなんだから。シモンは大丈夫なんですか?」

とうとうホームズが目に見えて表情を変えた。咎めるように眉を上げ、厳しい口調で言う。「シモンが自分の仕事を放棄するとでも?お前たちもか?」

ヒィィー!ほんと、ホームズって怖い。

「ひぃえ!」ウェインは声を裏返しながら返事をした。

情けないことに、ダンは喉の奥が張り付いて返事は出来なかった。

「では急ぎなさい」ホームズはそう言って、来たときと同じく音も立てずすべるようにして立ち去った。

ダンとウェインは無言で仕事に戻った。

つづく


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