はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

恋と報酬と 221 [恋と報酬と]

引いたら負けだと頭ではわかっていても、聖文さんの圧倒的な存在感の前に屈しそうになる。

美影は居たたまれなくなり、下唇の内側に強く歯を立てた。このままでは逃げ出してしまいそうだ。それだけは絶対にしたくない。

ふんわりと美影を覆う逞しくもしなやかな身体からは、ボディーソープとアルコールの香りが漂ってくる。大人の男性の香り。くらくらと眩暈がした。

さらには、二人の顔は十五センチと離れていない。美影が少し頭を上げれば、途端に唇が触れ合う距離だ。

勇気を出して、そうしてみようか?

そんな美影の胸の内を知ってか知らずか、聖文が不意打ちのように問う。

「キス、したことある?」

美影は思わず息を呑んだ。

「ありません」恥じ入りながらも率直に答えた。心臓は早鐘を打っていた。

「そっか、そうなのか……」

「十八にもなっておかしいでしょうか?」

「いや、そんなことはない」

聖文さんはそう言うけれど、いま、この家の中でキスもしたことないは僕だけだ。花村でさえ、キスやその他あれこれ経験ズミだ。なんだか悔しい。

「してくれますか?」

自然と口から出た言葉に、自分自身で驚いた。

きっと聖文さんも驚いたのだろう。呼吸が止まっている。

「う、嘘です。そういうのはなくていいんです。ただ一緒にいられたら――いえ、いつもというわけではないんです。聖文さんがお忙しいのは知っていますし、時々、こうしてこの家にお邪魔できれば、それで」美影は慌てふためき捲し立てた。

つと、聖文は考え込み、明確に言葉を返す。「それじゃあ、今と変わりないと思うが?」

「え、あ、そうですね。恋人って、どうすればいいんでしょう?」

恋心というものを最近やっと知ったばかりの美影には、恋人と友人との境界線はあやふやだ。いったいどうすれば、好きな人の恋人という存在になれるのか見当もつかない。

「それは、なかなか難しい質問だな」聖文はそう言うと、溜息を吐いて、美影の隣に横になった。「乱暴な真似をして悪かったね」

「乱暴だなんて!聖文さんはとても優しくしてくださいました」

どうせなら、少しくらい体重をかけてもらいたかった。出来るだけ触れないようにしているとわかっていても、素直に喜んでしまったわけだけれど。

「まったく。馬鹿どもに聞かれたら、勘違いしかねないセリフだな」

「勘違い?状況的には勘違いでは済まないんじゃ?」

え!?朋さん?

突然、ドアが開き部屋に裸電球のオレンジ色の光が射し込んだ。戸口には朋さんを筆頭に、双子にコウタさんに、花村、つまり――みんないる。

狭い踊り場にどうやってという疑問を差し挟む余地もないほど、美影は動転した。

つづく


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恋と報酬と 222 [恋と報酬と]

「何の用だ?」聖文は内心の動揺を悟られまいと、いたって冷静に言葉を返し、ゆったりと起き上がった。

予想はしていたが、かなり悪趣味だ。

「まさにいが美影さんを襲っちゃわないか心配で来てみたんだ」海がニヤニヤしながら言う。

「大勢で御苦労なこった」聖文は苦々しげに言い、起き上がろうとする美影を押しとどめた。二人して布団の上で身を起こせば、状況が悪化するのは目に見えている。

「ほんと、何時だと思ってるんだよ」陸はあまり乗り気ではなかったのだろう。その後ろで、叩き起こされたであろう花村が大きく頷く。コウタは朋にくっつくようにして隠れてもじもじしている。

となると、必然的にこれを先導したのは朋ということになる。

そう聖文は断定し、今後の処遇に思いを巡らせた。だが、まずはこの危機を脱しなければ。

「襲っちゃいないから、さっさと部屋に戻って寝ろ」聖文は手をひらりと振り、一同を退けようとしたが、そんなもので引き下がる聞き分けの良さなど、誰も持ち合わせていない。

「ほんと?美影さん」朋はきっぱりと聖文を無視し、美影に問う。

「ええ、残念ながら」緊張しているはずの美影も、流れには逆らえなかった。

「ほら!やっぱり早かったんだよ」海がはやし立てるように言う。

「邪魔しちゃったんじゃない?」囁くように言ったのはコウタ。

「俺寝るね」決定的瞬間を堪能した陸は、もう用はないとばかりに脱落した。

「僕も戻る。海も行こ」花村は海をつついて、下に向かう。

興が冷めたのか、海ははいはいと応じ「じゃあ、続きをどうぞ」と花村の後を追って、階段をどすどすと降りていった。

「朋ちゃん、寝よ」コウタは朋の寝間着の裾を引っ張りながら、聖文に――というよりも美影に――申し訳なさそうな目を向けた。

「誘ってるのか?」朋が振り返ってニヤリと笑う。

「ち、違うよっ」コウタは顔を真っ赤にして、ほんの一歩向こうの自分の部屋に引っ込んだ。

「おい、おまえら!家の中でそういうのはやめろと言わなかったか?」面倒でも一応注意しなければならないのが、長男の役目。

「はいはい。イチャイチャしてませんよ。ったく、自分だって美影さんと同じ布団で寝ようとしてるじゃんか」朋は最大限に嫌味っぽく言うと、コウタを追って隣の部屋に入った。

誰が一緒に寝ろって言った?

「僕、時々思うんです」美影はのそりと上半身を起こして、聖文と肩を並べた。「彼らは本当に聖文さんの弟なのだろうかと。もっぱら双子に対しての感情でしたけど、今夜のことで朋さんもコウタさんも除外するわけにはいかなくなりました」

美影があまりに冷静に言うものだから、聖文はたまらず吹き出していた。

「俺はいつも、そう思っている。ようやく仲間が出来てよかった」

つづく


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恋と報酬と 223 [恋と報酬と]

耳まで真っ赤にしたコウタは自分の部屋に逃げ込んだ。

最近の朋ちゃんは、人前でも堂々と恥ずかしいことを口にする。聞き流せば済む話なんだけど(たいていはそうしてる)、そう出来ない時もある。まさにいが怒っているときに限って。

すぐに、ごきげんな様子で朋ちゃんが部屋に入って来た。

「朋ちゃんダメだよ」コウタは両手を突き出して、どさくさまぎれに一緒に寝ようとする兄を押しやった。

「シーッ!静かにしないとまさにいに聞こえちゃうぞ」朋はそっとドアを閉め、コウタを素早く抱きすくめた。コウタの攻撃をかわすのは、赤子の手を捻るようなもの。かえって赤子の方がやっかいなくらい。

「だって、今日は一緒に寝ないって」

せっかくくじで一番を引き当てたコウタだが、計画を変更したため別々に寝ることになったのだ。つまりはいつも通りなのだが、そんなの朋が納得するはずがない。

「ん、でも、我慢できなくなったから、俺がここで寝る。コウタはいまさら下には降りてきてくれないだろう?」甘ったるい声を出してコウタを言いくるめようとする。

「う……、ん」だってあからさま過ぎるもん。

朋は半径五メートル以内の女子を腰砕けにするような笑みを、コウタに向けた。「じゃあ、ほら、ベッド入って」

朋に急かされ、コウタは渋々ベッドに入る。渋々だけど嫌じゃないのは、朋ちゃんと密着して寝るのが好きだから。ささくれひとつない指先で頬を撫でられるのが好き。頭をくしゃくしゃされて抱き寄せられて、ぎゅっとされるのが好き。

でも、今夜はまずいと思う。

「と、朋ちゃん。キスしたら、だめ。まさにいが隣にいる」

「ん?まさにいはいつだって隣にいるだろう」

それはそうだけど……。

「美影さんもいる」

「それどころじゃないさ」

まあ、そうだけど。

と油断している間に、朋の唇がゆったりと重ねられた。やわらかくて艶々の唇はコウタの無駄な抵抗を無力化するには十分だった。

「もう、夜中なのに」それでも抵抗するのがコウタ。隙をついて唇を離す。

「寝ててもいいよ」朋はもどかしげに、コウタの首筋に鼻先を擦りつけた。

「寝ないよッ」寝たら何されるかわからないもん。この前うっかり寝ちゃったときは、身体中に恥ずかしい痣がいっぱい出来ていた。

「案外あの二人うまくいきそうじゃない?」耳朶を噛みながら言う。

「そう?ぜんぜんそうは見えなかったけど。美影さん、まさにいの迫力にひいちゃってたもん」

コウタも引いてみるが、朋は引き下がらない。

「まあ、確かにな。でも、まさにいがあそこまでするって思わなかっただろう?完全スルーだと思ってたから、逆に脈アリかなぁなんてさ」

確かに、そうかも。

まさにいが『キスしたことある?』って美影さんに訊ねた時、キス、する気なのかと思った。まさに、そのあたりからみんなで立ち聞きしていたわけだけど、まさにいの爆弾発言より何より、双子たちの階段を軋ませず上がってくる技には驚かされた。

気を付けなくちゃ。

と、その前に、暴走する朋ちゃんをどうにかしなきゃ。

つづく


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恋と報酬と 224 [恋と報酬と]

罪悪感だけが聖文の胸の内でくすぶっていた。

当然自分のベッドに戻って、そこに横になっているのだが、それすらもいけないことのように感じるのはなぜなのだろう。かといって、彼の横に並んで眠るわけにはいかない。そうしたいとも思わない。

けれども、馬鹿どもの四条くんに対する仕打ちのせいで、もはや選択肢はないように思われた。

今夜の事を償う意味でも、四条くんがこれまでとほとんど変わらない関係でいいと言うなら、いっそ応じてみるのもいいかもしれない。

落ち着け。思考がおかしなことになっているぞ。

男と付き合うという汚点をわざわざ付けることもあるまい。男などうんざりだし、男と付き合う男にもうんざりだ。

いや、別に、四条くんを汚点だとか思っているわけではない。ただの一般論だ。それともそういうのはもう一般論ではないのか?

この家に限って言えば、そうだとしか言いようがない。聖文は手の平を額に当て、もどかしげに髪を掻き乱した。

正直、恋愛にはたいして興味がない。結婚もそのうちしなければならないのだろうが、我が家の事情を考えれば、そういう選択肢はほとんど閉ざされているといってもいい。

だからこそ上瀬(元カノ)との付き合いもあっさりと終わらせたのだ。もともとたいした情熱もなく付き合うことを承諾した。それでも彼女のことはそれなりに好きだった、はずだ。別れてしまえば、そんな感情が自分の中にあったことすら忘れてしまう。我ながら薄情な男だと思う。

上瀬とはちょくちょく顔を合わせるが(部署は違うが職場が同じなので仕方がない)、時折、冗談めかして『ひどい男』だと言われることがある。

それを気にしたことは一度もない。こちらはひとつも悪いことなどしていないからだ。

だが今夜はどうだ?

四条くんが勇気を出して告白してくれたのに、鼻先であしらって、その返事すらしていない。一人の男として、いや、人としてあり得ない。

「四条くん、もう寝た?」

お願いだから、寝たと言ってくれ。そうすれば、今夜はもう、お互い嫌な思いをしなくて済む。

「いいえ、まだ起きています」

だよな。あんな騒動の後ですんなり眠れるはずがない。そんなことが出来るのはうちの馬鹿どもくらいだ。

「返事をした方がいいよね」

「いいえ」

いいえ?

「しないわけにいかない」せずに済むならそれに越した事はないが。

「……そう、ですよね」返事など欲しくないような口振り。結果が見えているからか?

それでも聖文はかまわず続けた。「気持ちは嬉しかった。だが――」

「ま、聖文さん!もういいんです。僕が愚かでした」

「愚か?俺を好きになったことがか?」聖文はカッとなった。相手を拒絶しようというのに、まさか自分が拒絶されるとは。

「まさか!違います!僕なんかが聖文さんの傍にいようだなんて、あまりに図々しい申し出でした。本当にすみません」四条くんは声を震わせて、謝った。

その声はやがて啜り泣きに変わった。

聖文は決断を迫られていた。

つづく


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恋と報酬と 225 [恋と報酬と]

今夜は嫌というほど、彼を傷つけた。

そのほとんどが弟たちの無神経な言動に起因するとはいえ、聖文がその大本なのは違えようのない事実。

となると、聖文の決断は早かった。

これまで、誰に泣かれようとも、自分の考えを曲げたことはなかったが、今回ばかりは、聖文に選択の余地はなかった。傍にいるくらい許してやればいいじゃないか。

「わかったから、落ち着いて」ベッドの上から声を掛けたが、返事の代わりに鼻をすする音が返ってきた。

聖文は上掛けを投げ出し、ベッドから下りた。溜息を吐きそうになったが、それだけは我慢した。これ以上傷つけるのも泣かれるのも、終いにしたい。

横に並んで、そっと頭を胸元に抱き寄せた。ほっそりとした身体つきだが、コウタのように小さくはなかった。昔、コウタがまだ小さい頃、何度かこうして慰めたことがあった。双子たちにいじめられてピーピー泣いていたコウタは、いつからか俺ではなく朋に助けを求めるようになった。朋の方が慰め役に適していたからかもしれない。

「泣かなくていい。告白を撤回するのもなしだ」

「で、でも……ぼ、ぼくは、」

「いいからよく聞いて」聖文はひとつ、意を決したように、大きく息を吐いた。溜息ではない。「これまでと変わらない関係でいいと言ったね。だったら、またこうして遊びに来ればいい。勉強も教えてあげるし、泊まりの時は、俺の部屋を使えばいい。どこか出掛けたいなら、休みを合わせて出掛けるくらいはする。これが今の俺に出来る精一杯だ」

あーあ。言ってしまった。たかが泣かれたくらいで、男と付き合うことを承知するとは、どうかしてしまったようだ。

「それって……ぷ、プラトニックって、ことですか?」しゃくりあげながらも、重要なポイントを確かめる辺り、実に四条くんらしい。

「それでもいいなら、ってことなんだが」

「へ……本当ですか?」信じられないと言った様子。

それもそうだ。自分でも信じられないのだから。でもまあ、弟が一人増えたと思えば、なんてことない。

「わかったら、もう寝よう。四条くんが寝たら、自分のベッドに戻るから。それでいい?」

「僕は聖文さんの、こ、こいびとってことですね。あ、ありがとうございます。もう、寝ます。おやすみなさい」

ずいぶん素直で聞き分けのよい弟だ。

こういう弟がずっと欲しかった。そう思えば、今夜の自分の決断を正当化できるような気がした。あとは愚弟どもにどう説明するかだが、面倒なので、明日また考えよう。俺だって、もう眠い。

「おやすみ」

ずいぶん考え込んだ末にそう言った頃には、胸元から穏やかな寝息が聞こえていた。

本当に、聞き分けのよい子だ。

聖文はそのまま目を閉じ、朝までの数時間そこで眠った。

つづく


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恋と報酬と 226 [恋と報酬と]

朝目覚めた時、そこに聖文さんはいなかった。

美影は念のため、布団をめくって確かめた。

やはり聖文さんはいない。ベッドを覗くも、そこにもいない。もう起きて会社に行ったのだろうか?それとも、最初からここにはいなかったのだろうか。

よもや聖文が面倒な説明から逃れるため朝早くに逃げ出したとは思いもしない美影は、昨夜起こった一連の出来事を思い返して、頬を熱くした。

あれは夢だったのだろうかと、自分が寝ていた場所のすぐ横に触れる。まだ温もりがあるように感じるのは気のせいだろうか?告白の返事を聞かせてくれた聖文さんは、あのあと自分のベッドに戻ったはず。

返事を聞いてすぐに眠ってしまったので、どのくらい聖文さんが傍にいてくれたのかはわからない。

きっとすぐに戻ったに違いない。聖文さんは、自分の言葉を違えたりしないし、責任も持つ。

だから、お付き合いを了承してくれたのも、夢なんかではない。

美影は起きあがって、身支度を済ませると、なんとなくくすぐったい気持ちで台所におりていった。

「おはようございます」

朝食の支度をしていたのは、朋さんひとり。

「おはよう。一番乗りだよ」朋はおたまを手に振り返って、にこりとする。

毎朝この笑顔を見られる迫田家のみんなは幸せ者だと、美影は思う。

「コウタさんはまだなんですか?」それと、聖文さんはどこに?

「うん、昨日ちょっと無理させちゃったからね」と照れくさそうに言う。「美影さんは?あれからどうだったの」

無理って、どんな無理だろう。

「少し話をして、すぐに寝ました」

話をしたと言っても、美影は泣いていただけだ。みっともない姿をさらして、聖文さんを困らせた。その結果があの返事なのだけれども、よく考えてみると、素直に喜んでいいものか疑問が残る。

「それで?まさにいは良い言葉をくれた?」

美影は少し悩んで、ひとまず椅子を引いてそこに座った。

「考えてくださるそうです」

適切な言葉を選んだつもりだけど、なぜか、本当のことは言えなかった。恋人にしてくれると言ったのは、泣く子を黙らせるためだったかもしれない。それに、なんとなく、まだ言ってはいけない気がした。きちんと、美影が冷静に話を出来る状態を経てからでないと。

「ほんとに?よかったじゃん。あのまさにいからそんな返事を引き出すなんて、美影さんの熱意が通じたんだね」

「みなさんのおかげです」美影は優等生らしくそう答える。

「ああ、ちょっとやりすぎちゃったかなって反省してるんだ。あのあとコウタに怒られちゃって」そう言う朋さんの頬は緩みっぱなしで、とても怒られたようには見えなかった。

「恋人になるって、具体的にどうすればいいんでしょうか……」胸の内をぽろりとこぼす。

「うーん。好きで一緒にいれば、自然としたいことやしてあげたいことが思い浮かぶから心配しなくてもいいよ。まずは、まさにいにちゃんとした返事を貰わなきゃね。あ、ごはん炊けたみたい」

朋はおたまをしゃもじに持ち替え、炊飯器の上部をポンと押して蓋を開けた。湯気とごはんの甘い香りがほわりと立ち上り、美影のお腹がぐうと鳴った。

昨夜は色々あり過ぎて、みんなが起きてくるのが待てないほど、とてもお腹がすいていた。

恋は、莫大なエネルギーを消費する。しっかり、補給しなきゃ。

つづく


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恋と報酬と 227 [恋と報酬と]

「それってさ、結局断られたってことなんじゃない?」陸は半分目を閉じた状態で、みそ汁をずずっとやる。今朝はお揚げときのこのみそ汁だ。

「おれも、そー思う」海はあくびついでに甘い卵焼きを口に入れる。マヨネーズをちょちょっと付けるのが美味しい食べ方。

朋はチッチと立てた人差し指を振った。さすがは朋。こういう仕草がさまになる。「いやいや。おまえたちまさにいをわかってないな。まさにいは無理なもんは無理な男だぞ。断るときはきちんと断るさ」

「僕も朋ちゃんの意見に賛成」コウタが隣で控えめに手を挙げる。

「コウタはいつだって朋ちゃんの意見に賛成だろ」陸が噛みつくように言う。今朝もご機嫌ななめだ。

「そんなことない、けど……」

コウタはそう言うが、そんなことあるのだ。

「よく考えてみろ。最近のまさにいは、前ほど俺たちのことをあれこれ言わなくなっただろう。それにさ、美影さんのこともなんだかんだ気にしてたし」そう言って朋は、美影に向かってウィンクをする。片目をつむっただけでも、うっかりすると心臓を射抜かれかねない威力がある。

「昨日だって、朋ちゃん、まさにいに怒られてたじゃん」と、海が言う。深夜のドタバタ劇の話だが、確かに朋は注意を受けていた。

「あれは、条件反射だろう?気にするほどじゃない」ふんっと鼻であしらう。本人がいないからと朋はいたって強気だ。

「でも、美影さんのことは気にしてると思う」花村がやっとのことで意見する。

美影はまだ口を挟めずにいた。おいしいごはんに口が空く隙がないからかもしれない。

「そりゃ気にするよ。自分のこと好きだっていう男子を無視できないでしょ」と陸。言葉の端々にトゲを感じる。

「これまでは無視してきたけどな。まさにいが男に告白されるのって初めてってわけじゃないけど、まともに取り合ったことは一度もなかった」と朋。

「そうだよ。だいたい、まさにいって女子にも冷たいじゃん。彼女だって、あんなにおっぱい大きいのにあっさり別れちゃってさ」海は箸を持ったまま、両手で大きなおっぱいを形作った。

花村が鼻の穴を膨らませる。「海は大きい方が好きなの?その、おっぱ……ぃ」

「何言ってんの、花村」海は嫌悪をにじませ花村を見る。ぐさりと卵焼きに箸を突き立て、睨みつけ、口に運ぶ。おっぱい好きと思われたのは、かなり心外だったようだ。

「まさにいの彼女って気が強そうだったよね」コウタが言うと、全員が納得したように頷いた。

「じゃあ、今度はぜんぜんタイプが違うってことだよね?」海が美影に目配せをする。結局のところ、まさにいの『考えとく』を肯定的に取っているということだ。

本当は聖文が美影と付き合うことを了承したと言ったら、兄弟たちはどんな反応をするのだろう。

美影はちょっとした嘘を吐いたことに心苦しさを感じてはいたが、誰を優先すべきかは心得ていた。まずは今夜、もう一度話をしてからだ。

そう。美影も花村も、明日にならないと家には帰らない。

合宿はまだ続いているのだ。

つづく


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恋と報酬と 228 [恋と報酬と]

聖文はうっかりしていた。

遅番なのに朝早くに家を出たせいで、仕事中何度かあくびをかみ殺す羽目になったが、なんとか一日を乗り切り、家に辿り着いたのは真夜中まであと十五分という時だった。終バスで帰ると、たいていはその時間になる。

そして玄関を開けて、やけに整頓された靴を見て、サーッと青ざめた。弟たちの汚らしいスニーカーに交じるよく手入れされた黒のスニーカーは、聖文が美影にプレゼントしたものだ。昨日もここにあった。

まだいるのか?

答えは分かっていたが、確かめずにはいられなかった。もちろん忘れていたことを悟られないように、平静を装って台所まで進んだ。なぜ忘れていたのだろう。出来れば階段を駆け上がって自分の部屋に引っ込みたかったが、いつもと違う行動はそれだけで疑惑を招く。

いったい何の疑惑だというんだ?

「まさにい、遅かったね」台所に入るなり、コウタが言った。明らかに非難している口調だ。

「いつもと同じだ」聖文は毅然とした態度で荷物を椅子の上に置いた。首から肩にかけてのコリをほぐそうと、首をぐるりと回す。

「そう?意図的なものを感じるけど」朋が偉そうに自分の部屋から寝転がったまま口を出す。

聖文は朋の嫌味を無視した。いっそ戸を閉めてやろうか。

「カレーか?」そう訊ねながら奥まで進み、流しで手を洗う。

「そんなの、もうないよ。今夜はパスタ」コウタがすぐ脇で言う。寸胴には湯がたっぷりと沸いている。

パスタか……まあ、悪くはないが――

「牛肉とアスパラの」コウタがにんまりとする。今夜のメニューを侮るなかれとでも言いたげだ。

「ぎゅうって、あの牛肉か?四条くんが持ってきた」それなら悪くないどころか最高だ。

「そうそう、その四条くんだけど、和室でまさにいを待ちぼうけしてるけど?」朋が嫌味ったらしく言う。のそりと起きあがって、こっちにやってくる。用もないのに。

「そういう言い方はやめろ。こっちは仕事をしてきたんだぞ」待たせたことは申し訳ないが、いるなら出迎えてくれてもいいのに。昨日は確か、そうしなかったか?

聖文は自分勝手なことを考えながら、席に着いた。カリカリベーコンの乗ったイタリアンサラダをつつきながら、今日は飲まないと決めていたビールを飲む。これ見よがしに目の前に置かれたら、飲まないわけにはいかない。

コウタはなかなかの策士だな、と聖文は思う。

「勉強は進んだのか?」確か朋も教えることになっていたはずだ。

朋がすぐ横に座る。「まあね。美影さん、ずば抜けて頭良いから、俺なんか必要ないみたいだけどさ」

「海は同じ問題何度もやってたけどね」コウタはタイマーをセットすると、寄り添うように朋の背後に立った。

「陸は途中で投げ出した。花ちゃんは最後まで頑張ってたけどね」

双子が勉強会に参加しているのは意外だった。四条くんがずば抜けていることは意外でも何でもない。

「それなら俺はもう必要ないだろう?今夜はこのまま寝れそうだな」

「それはどうかな?美影さんへの返事、ちゃんと考えてあげたの?覚悟、決めた?」朋はそう訊ね、気色悪くにたりとした。

「何の話だ」覚悟も何も、関係はプラトニックのはずだ。ただ勉強を教えてあげたらいいだけの。

「返事、保留にしたんでしょ?それって脈ありってことでしょう」

保留?

「考えるくらいなら、付き合っちゃえばいいのに」コウタらしからぬ軽薄な助言だ。

言われなくてもそうしている、と言い返しそうになったが、何とか言葉を飲み込んだ。あとで四条くんと二人きりで話をしよう。

どうせ今夜も同じ部屋で寝る羽目になるのだろうから。

つづく


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恋と報酬と 229 [恋と報酬と]

聖文が仕上げに三〇分ほど勉強を教え、二日間に渡る勉強会はお開きとなった。

陸と海は、極甘カレーもしくはぬるま湯的な朋の教え方が好みだったが、本気でやる気の美影と花村は激辛スパイシーナポリタンのような聖文の教え方が好みだった。

「俺、褒めて伸びるタイプなんだ」双子は声を揃えた。末の弟二人は(写真でしか見たことのない妹のせいで末っ子ではなくなったが)、ずいぶん甘ちゃんに育ったものだ。

「僕だってそうだよ」花村は図体に似合わない仕草で唇を尖らせた。とにかく海に褒めて欲しいのだ。

確かな手応えを感じた美影は、次の試験では必ず一番を取ることを聖文に約束した。

聖文は気負い過ぎる美影を少々心配しながらも、自分ほどいい家庭教師はそうはいないだろうと鼻を高くした。できる男はうぬぼれ屋でもある。

二人は別々に、同じ部屋に入った。

気まずい空気が流れるのは避けようがない。それでも聖文には場の空気を支配する力があり、美影はそれに従う心づもりがあった。

「返事、保留にしてることになってるんだって?」ベッドに横になって、豆電球のぼんやりとした明かりに視線を置き、聖文は切り出した。

シーツの擦れる音が聞こえ、やがて返事が来た。

「勝手なことをしてすみません」

「別に謝ることじゃないが、言ってもよかったのに」聖文としては、むしろ言っておいて欲しかったというのが本音だ。自分の口から、四条くんと付き合うことにしたなどと言えるものか。

「なんだか図々しいような気がして」あまりの急展開に、美影もどうしていいのかわからなかったのだ。

「そんなことはない。あいつらに比べたら控えめなくらいだ」聖文は力を込めて言う。あいつらというのは、もちろん四人の弟の事だ。比較的控えめに見えるコウタも例外ではない。

美影は少し考えて、問うように答えた。「そうでしょうか?」

控えめにしていたら、美影が聖文と付き合うことなど叶わなかった。聖文もそれに気づき、言葉を足した。

「まあ、押しは強いかもしれないな。周りを抱き込む戦略もなかなかだ」

美影は赤面した。自分がどれほど無鉄砲に図々しくここまでやってきたことか。

でもその結果、奇跡は起きた。

「ありがとうございます」褒められたわけではないが、変に言い訳するよりはましだ。

「とにかく、俺たちのペースでいこう」これが恋人としての聖文が言える、精一杯の言葉だった。過度に期待されても、応えられないかもしれないから。

「はい。よろしくおねがいします」

そうして二人は、何事もなく眠りに落ちた。

美影がほんの少しばかり、何かを期待したのは言うまでもない。

つづく


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恋と報酬と 230 [恋と報酬と]

翌朝、先に目覚めたのは美影。

聖文を起こさないよう静かに身繕いをすると、布団を畳んで階下に降りた。途中、階段が派手な音で軋み、美影は思わず階上を振り仰いだ。

特に物音らしいものも聞こえず、ほっと胸を撫で下ろし視線を戻すと、階段の一番下のところで、ブッチが睨みを利かせて待ちかまえていた。

「おはよう、ブッチ」美影は囁くように言い、ブッチに誘導されるがまま廊下を進んだ。

ブッチは、すみっこに置かれたメラミン製の深皿とカリカリの袋の前で行儀よく座った。

美影は昨日と同じように、お皿に一握りのカリカリを入れてやった。

ブッチは、ええっ!それだけ?というような渋面を美影に投げつけると、盛大な溜息を吐いて、カリカリを貪り始めた。

猫も溜息を吐くことに感心しながら、美影はコーヒーの香る台所へ向かった。

コーヒーとともに出迎えたのは朋。寝癖で頭がもこもこになっている。「おはよう、美影さん。早いね」

「おはようございます。朋さんこそ」美影は前髪を撫でつけた。

「ん、まあね。コーヒー飲む?それとも先に顔洗ってくる?」

「コーヒーを頂きます。今向こうではブッチが朝食中なので」美影は手を洗うと、棚からマグカップをひとつ取った。

「は?あいつ、さっき食べたくせに」朋が背後で言う。

美影は聖文の席に座り、コーヒーポットを持って待ちかまえる朋にマグカップを差し出した。「そうなんですか?山盛り入れろと睨まれましたけど」

「おはよう、美影さん。早いね」コウタが軽く伸びをしながら朋の部屋から出てきた。まだ寝足りないといった様子。

「おはようございます、コウタさん。先ほど朋さんにもまったく同じことを言われました」さすがに指摘せずにはいられない。

「俺とコウタは通じてるからな」朋はそばに来たコウタの寝癖を直しながら言う。

コウタは軽く聞き流し、ちらちらと冷蔵庫とその隣の炊飯器に目をやる。

「いちおうごはんだけはセットしておいたけど、ハムエッグとインスタントの味噌汁で済ますのも手だぞ。あとは冷蔵庫にあるもの適当に出してさ」朋は通り過ぎようとするコウタの手首を掴んで、引き戻した。今にも膝に乗せるのではと、美影はどぎまぎした。

「ん、そうしようかなぁ。美影さん、それでもいい?」コウタはもちろん朋の膝には乗らずに、隣の椅子に座った。

「もちろんです。僕がハムエッグを作りましょうか?」美影は名乗りを上げた。

「それは俺がやるから、二人は座ってていいよ。顔洗ってきてもいいし」と朋。

「じゃあ、僕顔洗ってこようかなぁ。ん、でも、まだ座ってたいからあとにしよ」コウタは一旦浮かせた腰をすとんと落とした。顔をゴシゴシとこすって、朋のマグカップを拝借する。苦みの抑えられたブレンドコーヒーは目覚めの一杯にはちょうどいい。

「さて、今日は何する?勉強会は終わったし、そんなに早く帰らなくてもいいなら、みんなでモールにでも行く?」

「行きたいです!でも、その前に、二人に報告があります」美影はごくりと唾を飲んだ。昨日きちんと言わなかったことが悔やまれる。

つづく


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