はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

恋と報酬と 231 [恋と報酬と]

美影の報告とやらに、さっそくコウタが食い付いた。

「なになに?もしかして、まさにいに返事もらったの?」

昨日からの流れでいけば、それしか考えられない。

「言い辛かったら言わなくてもいいんだよ」朋は大人な態度でそうは言ってみたが、どんな報告なのか聞くまではハムエッグを焼かない気でいた。

「いえ……大丈夫です」美影は言いにくそうに言葉を切らせた。それでも恩知らずだと思われたくないので、もじもじとマグカップを手の中でもてあそびながらも言葉を続ける。「昨日は嘘を吐きました。実は――」

「実は?」朋とコウタは好奇心と不安とを覗かせ、恋人らしく声をハモらせた。

「聖文さんは、オッケーしてくれたんです」美影は言って、目をぎゅっと閉じた。二人の反応が怖いのと、実際口にするとすごく恥ずかしいのとで。

「え?マジで!?」と言ったのは朋。望んでいた展開だったが、予想外だった。

「それって、つまり……?」コウタはうーんと首を傾げた。まさにいのオッケーは、常人のオッケーと同じかどうかわからなかったから。

朋もそのことに気づき、眉を顰める。「条件付きだったりする?」

なかなか鋭い。

「条件というか、二人の付き合い方については少し話をしました」美影は俯き加減で答えた。

「まさか、キスもなしとかそういうことじゃないだろうね?」朋が目を細める。

「はい、朋さんのおっしゃるとおりです」美影は顔を上げ、生真面目に答えた。

「は?マジか……そんな中途半端な状態で恋人だとか、まさにい、美影さんをだますつもりじゃないか」朋は憤った。我が兄ながら、悪魔みたいだ。前からそう思っていたが。

「でも、キスしなくても、まさにいは美影さんの気持ちには応えてくれたんでしょう?」コウタは満足げににこにことしている。

美影は少し照れたようにはにかんだ。「はい、そう思います。だからって、すぐに好きとかってことにはならないでしょうけど、一緒に勉強したり――」

「ちょっ!待て、待て」この二人だけでは話にならないとばかりに、朋は一旦会話を止めた。

きょとんとした様子で朋を見る、うぶな二人。コウタをうぶと言ってしまうには、少々問題はあるが。

「どうしたの、朋ちゃん」すっかり目の覚めたコウタは、小首を傾げ目をぱちくりさせる。

くぅ~かわいいじゃないか、とコウタの頭を撫でそうになりながらも、ここはぴしゃりと言う。「どうしたもこうしたもあるか。コウタは俺とのキス、なくてもいいの?」

「え?な、何言うの、朝からっ!」コウタはもれなく赤面し、椅子を背後に押し退けるようにして立ち上がった。顔洗ってくるとかなんとか言い残して、ばたばたと台所から出て行った。

「あれはなくてもいいという意味でしょうか?」美影はいたって真面目に訊ねた。

「……かもね」朋は切なげに答えた。いつまでたってもコウタの扱いに苦労する。

つづく


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恋と報酬と 232 [恋と報酬と]

ご飯が炊けて、ハムエッグの焼けるにおいが台所に充満し始めたところで、ようやくぞろぞろと子供たちが集まり始めた。

ちゃちな換気扇ではどうにもならないので、コウタは流しの上の小窓を開けて、換気を促す。

「モール?行きたい!」今日の予定を朋が告げたところで、陸が一番に手を上げた。

「行く行く!やっと勉強終わったんだもん!」二番目が海。

「僕もいいんですか?」花村はおずおずと控えめに手を上げる。

海はくだらないこと訊いてんじゃないと花村を小突き、席に着いた。「どうせならユーリも誘ってみれば?ついでに弟のこと、アラタだっけ?聞いてみりゃいいじゃん」

花村はにこにこと海の隣に座る。

「いいよ。あいつ、俺より弟の方が大切なんだもん」陸は子供っぽく拗ねた。コウタを手伝って、汁椀をテーブルに並べる。

「比べる次元が違うだろう?」朋が慰めるように言う。弟が恋人で面倒は少ないが、先ほどコウタとちょっとあって傷心である。

「まぁ、そうだけど、やっぱ一番に考えて欲しいよ。な、花村」海は脅すように言う。

「僕は海のこと一番に考えてるからね。お父さんのことなんて、どーでもいいんだから」花村は力を込めて言う。

「お母さんのことは?」

陸の一言で、台所に沈黙が落ちる。

みんなあえて触れないようにしていたのに何をわざわざ、と陸に非難の視線を浴びせる。

「美影さんのお母さんと友達なんだよね、確か」とコウタ。インスタントの味噌汁が七人分ともなればそれはそれで面倒なので、結局冷蔵庫にあった豆腐とネギで作っている最中だ。

「そうみたいだけど、お父さんは何も教えてくれないし……」そう言って、花村は美影を見る。

おかげで視線は美影に集中する。

「花村、知りたいならすぐにでも教えるけど。それとも、まだ先延ばしにする?」美影にはとっくに言う準備はできていたのだ。聞こうとしなかったのは花村。

「いい加減教えてもらえよ。俺、ぐじぐじしてるお前、あんま好きじゃないからな」

「う、うみぃ~」

こうなってしまっては、花村は聞くしかない。

「朋さん、和室をお借りしてもいいですか?」美影はゆっくりと椅子を後ろに引きながら立ち上がった。

「どうぞどうぞ。ほら、花ちゃん行ってきなよ」朋が二人を押し出す。

「ここでいいじゃん。まさか、俺に教えない気じゃないよな?いっつも家にいない喜助の代わりに、お前の家族になってやってんだぞ」海はぷりぷりと言い、立とうとする花村の腰のあたりをグーでパンチした。

「僕たちみんなね」コウタがにこりとすれば、すべては丸く収まる。

「いいの?花村」美影は念のため訊ねた。

「はい。お願いします」花村は座り直し、居住まいを正した。

「花村のお母さんは、女優の藤沢紫乃さん。知ってるでしょう?」美影はとうとう告げた。

「え、誰それ?」と言ったのは海。

「あれあれ、二時間ドラマとか出てるじゃん」と陸が言う。

「お酒のCM出てる人じゃない?」とコウタ。

「えー!もしかして、あの色っぽい人?」海はまじまじと花村を見る。そこに有名女優の片鱗でもないだろうかと。

「海、色っぽい人好きなの?」花村がうじうじと言う。海が自分以外の人に興味を持つと居ても立ってもいられなくなるのだ。

「そういう問題じゃないじゃん。お母さんのこと、どう思うんだよ」海はうんざりしながら訊ねた。

「うん、なんだかよくわかんない」

「そうだろうね。なんだかスゴすぎて実感わかないなぁ。だって、花ちゃんのお母さんがあの藤沢紫乃だなんて」朋は羨望の眼差しを花村に送る。

「藤沢紫乃がどうしたって?」

満を持して、まさにい登場!

台所でごちゃごちゃしていた面々の背筋がぴんと伸びる。

「花ちゃんのお母さんなんだって!」コウタがきゃーきゃー声で言う。意外とミーハーなのだ。

なんだかわからないが、聖文は驚く。確か花村くんのお母さんは四条くんのお母さんの友人だったよな、とぼんやりと思う。

「つまり、喜助の奥さんってことだよね?」

その事実に気付き、一同より一層驚いた。

つづく


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あとがき
こんばんは、やぴです。
※藤沢紫乃は架空の人物名です。もち、芸名です。

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恋と報酬と 233 [恋と報酬と]

花村への報酬は支払った。

美影が思い描いていた成り行きとは違ったが、すべてが収まるべきところに収まった。母親の正体を知った花村が、今後どうするのかは父親次第か海次第か。

美影の恋も、これからだけれど、いい方向へ向かっている。

あとは残りのメンバーに報告するだけとなったが、聖文の登場で美影はすっかり怖じ気付いてしまっていた。

これもまた成り行きとはいえ、この状況での交際宣言は、美影の経験値ではかなりの難易度だ。

熱愛というわけでもないし(美影が一方的に好きなだけで)、朋いわく、キスなしでは付き合っているうちには入らないという。

「まさにいもモール行くでしょ」コウタが決めつけるように言う。こういうときのコウタの言葉の力は絶大で、誰もノーという返事を思いつかないのだ。

「え、ああ」と言ってから、後悔しても遅い。「モールってなんの話だ?」

「合宿の打ち上げに決まってるじゃん」海は勢いよく言って、いまだ驚いて固まったままの花村を押し出すようにして席を立つ。いったん顔を洗って仕切り直そうというわけだ。

「まさにい、今日休みでしょ?」コウタがご飯をよそいながら言う。陸が受け取り、テーブルに並べていく。

「まあ、そうだが」

「ダブルデート、いや、トリプル?ユーリも来たらカップルご一行様になっちゃうんじゃない」朋はさもおかしそうに、さりげなく、勝手に交際宣言をした。

沈黙。

陸が首を傾げる。眉間にしわを寄せ、それからハッとした顔になる。みるみるうちに大きな瞳が最大限見開かれ、その視線は美影に釘付けになる。聖文を見る勇気はなかった。

「もしかして、オッケーもらったの?」

陸の問いかけに、美影はおずおずと頷いた。

「ひぇー!海ー!顔洗ってる場合じゃないよっ!」

「大きな声を出すな」聖文が渋面で言う。席に着いて、ご飯とお味噌汁の椀をいい位置に直す。その間に美影もさりげなく聖文の左隣に着席した。

「なんだよ。卵は半熟がいいに決まってるじゃん」何も知らない海が、のんきな様子で戻ってきた。

「そんなこと言ってない。まさにいがとうとう、とうと……う」陸は口にするの恐ろしいとばかりに、言葉を詰まらせた。

「美影さんと付き合うことに決めたらしいよ」じれったくなったコウタが堂々と宣言する。

「ひゃあ!美影さん、やりましたね!」と言ったのは海の後ろに立つ花村。顔を洗った直後で、濡れた前髪が額に張り付いている。

「ほんとに?え、じゃあさ、もうチュウとかしちゃったわけ?」海は果敢にも聖文に訊ねた。

「そういうことはしないんだってさ。いわゆる、プラトニックってやつじゃない?まぁ、そういう付き合い方も、ありといえばありなのかもね」朋が言葉の端々に批判を込める。

「でも、まさにいらしくていいんじゃない?」プラトニック賛成派のコウタは兄の擁護にまわる。残念ながら、もう一人の兄の必死さにまったく気付いていない。朋はこれを機にコウタがキスもさせてくれなくなるのではと、戦々恐々としているというのに。

「うん。美影さんらしくもある」海のそばにいられるだけで満足の花村も、聖文側についた。

美影が見る限り、陸もこちら側のようだ。

「ごはん、冷めちゃうから食べよ」陸はちょっぴりうらやんでいるような表情で、陽気に言った。

どう見てもカラ元気。

これでは陸の癇癪が爆発するのも時間の問題だ。

美影はおしゃべりの続く食事を手早く終えると、携帯電話を片手に庭に出た。

こうなったら、奥の手を使うしかない。

つづく


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恋と報酬と 234 [恋と報酬と]

午前のうちに家の用事をてきぱきと済ませ、兄弟たちはおのおの支度をして、ぞろぞろと玄関を出た。

二台の車に分乗して、家から三〇分ほどのショッピングモールへ行く。聖文の車には美影と陸。朋の車にはコウタと海と花村。

陸も朋の車に乗りたかったのだが、定員オーバーなのだから仕方がない。あえて邪魔をする気はないということをアピールしつつ、ひっそりと年季の入ったセダンに乗り込む。

そこでふと、ブッチにカリカリをやり忘れたことに気付く。今は外出中のブッチだが、帰宅して皿が空なのを見たら、怒り狂うに違いない。

「まさにいちょっと待って。ブッチのお昼用意するの忘れた」そう言って、車を出る。その脇を朋の車がバックで下がっていく。先に出発するようだ。

けれども、いくらも行かないうちに朋の車が急停止する。見ると、シルバーの車が猛烈なスピードで狭い道を迫田家に向かって来ていた。

どちらかが譲るしかないのだが、朋の車が前進して元の場所に戻った。

窓から顔を出した海が、迫田家に用があるとおぼしき車に向かって声をあげる。

「あれ、シオじゃない?」

聖文の車の後ろにぴたりとつくスポーツタイプのセダン。ただのシルバーではなく、青みがかっている。ぴかぴかに磨かれていて、いかにも潔癖のシオらしい車。見間違えようがない。

陸は一瞬逃げ出したくなった。ユーリは俺がシオと喋るだけでぷりぷりと怒る。嫉妬というか、ただシオが気に食わないだけだけど、結局怒られるのはこっちだ。シオは言っても聞かないから仕方がないのだけれど、なんだか不公平。

聖文が車外に出てきて、不意の訪問者に向かう。当然だ。シオはまさにいの友達なんだから。

ともかく陸は家の中に逃げ込んだ。ユーリはここにいないから怒られることはないけれど、面倒は避けたい。でもいったい、シオは何しにここに来たのだろう。まさにいと約束してたのかな?

陸は上の空でカリカリをえさ皿に入れる。ブッチが喜びそうな量が袋から流れ出たところで、ようやく手を止めた。出過ぎたカリカリを戻すのも面倒なので、そのままにしておいた。あとでブッチが感謝のもみもみをしてくれるに違いない。そう思うと、ちょっぴり機嫌は上向いた。

「やあ、陸」

玄関を出ると、案の定シオが待ちかまえていた。

シオはユーリを怒らせるのが趣味なので、いちいち絡んでくる。

「こんにちは。まさにいに用ですか?」陸は丁寧すぎる口調で訊ねた。

「まあ、そんなところかな?今からみんなで出掛けるんだって?こっちの車に乗っていくか?」シオは後ろの自分の車を立てた親指で指し示した。

こっちの車?

陸の頭には当然疑問符が浮かぶ。「シオも行くの?」

「誘われたからな」シオはにこりともせず言う。

「ふうん。じゃあ、乗っていこうかな」誰に?と聞くような真似はしなかった。だって、まさにい以外にシオを誘う人なんていないから。

「よし。乗れ」

こういう言い方、ユーリと似ている。ただのいとことは思えないほど。

つづく


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恋と報酬と 235 [恋と報酬と]

「シオに連絡したの、四条くん?」

三台の車が次々と県道に出ると、聖文はゆったりとした口調で切り出した。別にシオの急な訪問に文句はないが(シオはいつ何をするのも急だ)、なぜという疑問はある。

特に返事を急かすつもりはなかった。こと、相手がやけに緊張しているとあっては。

それもそのはず、美影にとってこれが初めて恋人との外出――いわゆるデートなのだ。邪魔者がぞろぞろとくっついているとはいえ、車中では二人きり。これが緊張せずにいられるものか。

「はい」美影は詰めていた息を吐き、前をゆくチェリーレッドの車体に視線を置いたまま答えた。

「どうしてシオなんだ?神宮を呼べばいいだろうに。あいつが来たからといって、追い返すような真似はしないぞ」さすがの聖文もそこまで器の小さな男ではない。それどころか、自分ではかなり理解のある兄だと思っている。

「わかっています」美影は聖文が誰よりも器の大きい男だと、当然のように思っている。「ただ、僕がユーリを呼んでも来るとは思えなかったので。結城さんなら確実ですから」

ここでようやく、聖文は美影のたくらみに気付いた。シオは陸を必要以上に可愛がっている。もちろん親友の弟として。

そのシオが迫田一家の外出に参加するとなれば、黙っていない男が一人いる。

「シオなら確実に、神宮をおびき寄せられるというわけか」聖文はにやりとした。ユーリは気に入らなくとも、美影の作戦は気に入った。

「ご明察です。聖文さんの了解も得ず勝手なことをしてすみません」美影は聖文の横顔を目の端で確認した。愉快そうに見え、ほっと胸を撫で下ろす。

「のこのこ来るシオもシオだ。まあ、これで陸の機嫌が直れば面倒は減るが」

「そうですね」

兄弟の中で一番ハチャメチャなのは海のように見えるが、実のところ一番問題があるのは陸だったりする。付き合っている相手が悪いのだから仕方がない。そう思っても、聖文の気分は晴れなかった。

おかげでついうっかり、せめてシオが相手だったら、などと考える始末。

「そういえば、あれからお兄さんとどう?」聖文は思考を切り替え、話題も変えた。

「うまく、やっている方だと思います。どうやら兄さんは仲間入りしたくて仕方がないようですけど」

「仲間入り?」我が家にだとしたら、それはやめておいたほうが身のためだと、もれなく忠告するだろう。

「僕と同じで、友人がいないようです」美影はふふっと笑った。

「四条くんにはたくさんいるじゃないか。俺だって――」

『友達のようなものだろう?』と言いかけて、自分が色々条件付きだが恋人になったことを思い出す。

強要されたわけでもなく、自分で言い出したことだ。いまさら反故にはできない。

ただこのことをシオに何と告げればいいのか考えると、聖文の胃はチクチクキリキリと痛むのだった。

つづく


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恋と報酬と 236 [恋と報酬と]

迫田兄弟御一行様がショッピングモールに到着した。

運良く空いていた駐車スペースに先を行っていた二台はうまく滑り込んだが、しんがりの聖文は少々てこずり屋上まで上がる羽目になった。

みんなに遅れること五分。待ち合わせにしていた一階インフォメーションに初々しいカップルが到着し、一同ぞろぞろとグルメストリートに向かう。巨大フードコートなのでそれぞれ好きなものが食べられるというわけだ。

休日のお昼時とあって、館内は多くの家族連れで賑わっている。

そんな中、突如登場したイケメン集団(ほぼ)。

フェロモンたっぷり美の化身のような朋を筆頭に、ルシファー風の黒々しい何かを纏った聖文とシオ。シオはただならぬ金持ちオーラも発しているので、玉の輿に乗りたいご婦人の視線を独り占めにしている。

そのすぐ後ろには、お揃いのTシャツを着たキュートな双子。用心棒(花村)を従えアイドル顔負けだ。

平凡コウタはひっそりと朋の横に、上品で物静かないいとこのおぼっちゃん美影は聖文の一歩後ろを。

イベントか何かかと、あたりがざわつく。

「お腹すいたね。朋ちゃん何食べる?」ざわつきなどものともしないコウタ。朋がきゃーきゃー言われることには慣れっこだ。

「コウタが食べたいものでいいよ」朋がにこりとすれば、ざわめきは甲高いものに変わる。

「俺、あそこの親子丼にしようかな」と陸。周りには全く関心がない。

「俺ステーキ。花村もだろう?」勝手に決めつける海。

「僕は釜飯がいいかなぁって思ったけど、海がステーキにするならそうする」まったく自分を持っていない花村。ある意味、朋と一緒である。

「釜飯かぁ……それいいかもね。お前、時々いいこと言うよな」

「へへっ。そうかなぁ」一家の用心棒はにへらにへらと笑って、釜飯のラインナップを確認しに行った。

「聖文は何にするんだ?」シオは多すぎるメニューからひとつだけ選ぶのは面倒だとばかりに辺りを見回す。

「まだ悩み中だ」意外と優柔不断な男である。

「そういうシオは何にするんだ?」と陸が後ろから口を出す。

「陸と同じ、親子丼にしようかな」特に何でもいい男である。

「え、じゃあ、ランクアップしてつくね入りにしてもいい?」ちゃっかりシオにたかる陸。

「セットで蟹汁を付けたらどうだ?」太っ腹なシオ。

「ええっ!いいのっ。やった、やった!」陸は無邪気に喜び、一団から離れて親子丼の店に駆け寄る。他にもプラスで付けられるものがないか、メニューに目を落とす。

その時急に背中が恐怖でぞわりとした。わあわあ言っていた兄弟たちの声もいつの間にか聞こえなくなっている。振り返ると、ケルベロスのように怒り狂ったユーリが陸の首根っこを掴もうと手を伸ばしているところだった。

不意打ちも不意打ち。陸は怯えた子猫のように身をすくませ、カウンター台に腰のあたりをぴたりと張り付けた。ユーリはここ最近見たことないほど不機嫌だ。

「何が、やったぁ、だ?」ユーリは、陸の言い訳を聞く気があるのかないのか、冷ややかに見下ろす。

驚きすぎて背中の痛くなった陸は、か細い声で言い返した。

「蟹汁に決まってんじゃん」正直者である。

つづく


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恋と報酬と 237 [恋と報酬と]

ユーリの登場を予想していなかったのは陸だけ。

じたばたしてももう遅い。

ユーリの目は血走っているし、シオは不満そうに爪の先を見つめている。判断は陸に任せるという意思表示のようだが、陸はせめてシオにかばって欲しかった。

薄情な兄たちは恐怖にひきつる陸の顔をおもしろおかしく眺めながら、それぞれ自分の食べたいものを獲得するためいそいそと散らばった。

「蟹汁が何だって?」ユーリが凄む。

「シオが頼んでいいって」

「お前の兄貴は向こうだろうが」ユーリは適当に手を振り上げ、どこかにいる聖文を指し示した。

「あっちだよ」陸は唇を尖らせ、別の方向を指さす。

今はそういう場合ではないのだが、黙って怒られるのは性に合わないのだから仕方がない。

「お前も親子丼でいいのか?」親子丼コーナーで会計中のシオが振り返って言う。尋ねるというより、注文したからなという報告のように聞こえた。

「一番いいのにしてくれよ」ユーリは腹立ち紛れに注文を付ける。

シオは返事をしなかった。

出来上がりまで席で待つという手段もあったが、三人は受け取り口で出来上がりを知らせるアラーム片手にまだ睨み合っていた。最初こそビクついた陸だが、たいてい最後には腹を立てる。

ようやく席に着いたときには、兄弟たちは三人を待たず先に食べ始めていた。

美影は聖文と同じ海鮮丼スペシャル。海と花村は釜飯セット。朋とコウタは天むすとうどんのセット。そして陸とユーリとシオは、上親子丼セット。ゆずシャーベット付きだ。

それぞれカップルが同じものを選ぶという珍現象に、苦笑いなのが聖文。シオにまだ告げていないという事実もあいまってか、変な汗も出てきている。

「釜飯って、刺身も付いてるんだ」陸は箸の先っちょをくわえたまま、釜飯膳の刺身をガン見する。

「まあね。そっちは何それ?シャーベット付いてるの?」海はトレイの端の、ゆずシャーベットと書かれた札を羨ましげに指さす。食後にカウンターに取りに行くシステムだ。

お互い、人のものは美味しそうに見えてしまう。

「それにしても、よくここだってわかったね。陸の匂いでもした?」朋が茶化すように言う。なぜか腹を立てているユーリを見ると、愉快になるのだから仕方がない。

「こいつは食いもんのそばにいるに決まっている」ユーリはキッと陸を睨み付けた。鬼の居ぬ間にシオにすり寄っていたのを見逃す気はないようだ。

「お昼だもん。仕方ないじゃん」陸は悪びれることなく言い返す。放っておいたくせに、急に彼氏面したって知るもんかという態度。

それを見ていたコウタが、気になっていたことそのまま口に出す。「ユーリの弟、陸と同じ学校に編入するの、本当?」

「おい、コウタ。俺も一緒だからな」海が偉そうに言う。

「僕も」と花村。

ひっそりと美影も「僕も」と言う。

「まだ決まってないが、そうなると思う」ユーリは顰め面だがコウタに対しては声を荒げたりはしない。キツイ言い方をすればすぐに泣いてしまいそうだからか、腹も立たないどーでもいい存在だからなのか。

「そうなると思う?」シオが眉を吊り上げた。「新は出来が悪すぎて学校も寮も追い出されたんだろうが」痛烈に言うと、シオにしては珍しく、苛立ちも露に盛大に溜息を吐いた。

名は違えど、一族に出来損ないがいるのがどうにも許せないようだ。

迫田兄弟は思った。

そっちの問題はそっちで解決してくれと。

つづく


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恋と報酬と 238 [恋と報酬と]

聖文はなぜここにいるのかわからないといった様子の親友に視線を置き、いつ、あの話を切り出そうか時機をうかがっていた。邪魔者がすべてはけるまでは、ひとまず打つ手はない。

「んじゃ、おれたち行くけど、そっちの用が済んだらメールよろしく」朋はコウタを連れて、本屋に向かった。二人で料理関係の本を漁るのだとか。

海と花村くんはすでに席を立っていて、おそらくはアイスクリームを食べに行っている模様。どうにも陸のゆずシャーベットが羨ましかったようだ。

陸は館内にはいるのだろうが、早々に神宮に引きずられて姿を消している。それでも三人分のシャーベットを平らげたのだからたいしたものだ。

「さて、俺たちはどこへ行く?コーヒーでも飲むか?」シオが軽く伸びをしながら言う。

「今はいい。腹いっぱいだ」正直、話を終えたら酒でもあおりたい気分だ。

「ふんっ。親友とコーヒーも飲めないのか?」

「ずいぶん不機嫌だな」

「陸を取られたからな」シオが真顔で言う。

聖文はぎょっとした。そもそも神宮をおびき寄せるという作戦は、シオが陸に気があるという前提に基づき実行されたが、そんなもの、兄としては一切認められない。

「俺の弟だぞ」聖文は警告を込めて凄んだ。

「お前の弟が四人もいるのは知っている。俺が物知りなのを忘れたか?」シオは不敵な笑みを浮かべ、言葉を続ける。「お前、いったいいつ彼とのことを言うつもりなんだ?それとも、親友にも黙っているつもりとか?」と、美影を見ながら言う。

聖文は天を仰いだ。

「陸ですか?」美影は情報源を訊ねた。

シオは肩をすくめた。「あの子は、ずいぶんお喋りだ。まあ、そこが気に入っているんだけど、聖文は気に入らないんだろうな」

確かめるまでもなかった。

「あいつのお喋りにはうんざりだ」聖文は吐き捨てるように言い、席を立つ。「行くぞ」と手をひと振り。騒々しいフードコートを脱出する。

聖文もシオも、どちらも主導権を握りたいタイプだ。どちらかが一歩先を行くのさえ許さない。美影は末っ子らしく二人に従い、あとをついていく。

「お前に新しい恋人ができて何よりだが、今回は面倒だからってすぐに別れるわけにはいかないぞ。お友達が黙っていないだろうからな」シオは完全に面白がっている。これで自分も心置きなく、とか思っているわけじゃないだろうな?

聖文はちらちらと後ろを気にしながら、ひとまず親友の間違いを正した。「俺は今まで面倒だからという理由で別れたことはない」そもそも付き合ったのが間違いだと気付くことが多いだけだ。

「まあ、後ろの彼は聖文に面倒を掛けたりはしないだろうが」シオもちらりと後ろに視線をやる。

「もちろんです」問われてはいなかったが、美影は熱心な口調で言い返した。

「とにかく、今この話はよそう。見てみろ、周りは人だらけだぞ。あとでちゃんと話すから――あ、ちょっとここいいか」聖文は目当ての店を発見し、これ幸いとシオの追及から逃れた。

ほんの一時的に。

つづく


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恋と報酬と 239 最終話 [恋と報酬と]

美影と聖文は本屋に来ていた。

シオは陸の居場所に見当を付けたからと言って、途中から行動を別にしていた。

シオが自分の獲物をみすみす逃したりはしないことは、美影も承知している。そしてユーリも同じく、自分のものを手放したりはしない。となると、近日中に陸を巡って大きな争いが起こることは必至。

美影は手に取った本のページをぺらぺらとめくった。新刊コーナーのそれは、美影が発売を楽しみにしていた推理小説だった。シリーズもので年に一冊のペースで刊行されている。

「おすすめとかある?」

ふいに尋ねられ、美影はどぎまぎする。趣味が読書の美影には恋人にオススメしたい本はたくさんある。たとえば今手にしているこれもそう。

「これはとてもおもしろいですよ。推理ものですが、案外あっさり犯人は分かっちゃうんです。おっちょこちょいな主人公はなかなかそれに気付かないっていうパターンなんですけど――」浮かれてうっかり喋りすぎてしまった。「聖文さんは、普段どのような本を読まれるのですか?」相手の話を聞くという基本を忘れてはいけない。

「ハードボイルドが多いかな」

イメージぴったり。予想通りの答え。

「でしたら、こちらはどうです?」指し示したのは美影お気に入りのFBIもの。こっちも新刊が出ている。

聖文は勧められた一冊を手に取り、裏表紙のあらすじに目を通す。「ふうん。海外小説は普段あまり読まないけど、これはおもしろそうだな」

「もし読まれるのでしたら、持ってきます。このシリーズは十一冊出ていて、別シリーズでも話が進んでいるんです。三ヶ月に一冊の割合で新刊が出るので、テンポもいい方だと思います」

「じゃあ、借りて読んでみようかな」

「ぜひっ!」好きなものを共有できるなんて、これ以上の喜びはない。

美影はにこにこと愛読シリーズの新刊を手にレジに向かう。いつものように長い行列ができている。

「あれ、コウタさんですね」美影は列の中にコウタを見つけ、隣で一緒に並ぶ聖文に囁くように言う。

聖文は少し首を傾げ、ああ、といった声を出す。浮かれ気味の美影とは対照的だ。

列が進みレジ前まで来たところで、聖文は会計の終わったコウタと合流する。美影は本にカバーを付けてもらう間に、兄弟の様子をこっそりと盗み見る。ありえないけれど、まかり間違えば、あの二人がくっついていた可能性もなくはないと、くだらないことを考える。

人を好きになると、馬鹿になる。前から知っていたけど、実感するのは初めて。いや、そうでもないかも。ここ数か月、美影はずっと馬鹿ばっかりしている。

けれども、そんな自分が前よりもずっと好き。

「お待たせしました」美影はとびきりの笑顔を聖文に向けた。

恋したからこその笑みだった。

おわり


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あとがき
こんばんは、やぴです。
みなさま、ここまで辛抱強く読んでくださり、ありがとうございました。

新しいカップルが誕生しましたが、まったくそれっぽくない。
まさにいと付き合うということは、兄弟ひっくるめての付き合いになるので、美影も大変だなぁと思います。二人がどんな付き合いをしていくのか、海に気のある美高はどうなるのか、シオはまじで陸を狙いに行くのか、それはまた別の機会に。

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恋と報酬と 番外編 ~しあわせコウタ~ [恋と報酬と]

迫田幸多は九月十三日で十九歳になった。

ちなみに今日は九月二十二日。兄弟みんなでショッピングモールに来ている。

兄二人からはお祝いの言葉とプレゼントをもらったけど、二人の弟は完全に忘れている模様。いつものことといえばいつものことなのだけれど、八月から九月にかけて忙しくしていたから、仕方ないのかな。

まさにいと美影さんをくっつけるために、双子もかなり協力したことだし、誕生日を忘れられたくらいどってことない。でも本当はすごく気にしている。幸の薄い幸多と言われ続けて十九年。両親からもおめでとうの一言もなかった。朋ちゃんがみんなのぶんまで言ってくれたから寂しくはないけど、双子の誕生日と比べると見劣りがするのは明らか。

五月五日のバーベキュー大会の盛り上がりは記憶にも新しい。ユーリのおかげで美味しいお肉をたっぷり食べることができた。陸はいい人と付き合っていると、コウタは現金に思った。

そしていつものことながら、本屋のレジは長い行列を作っている。もうすぐお会計というところで、背中にチリチリとした視線を感じた。

コウタは振り返らなかった。

こんなに痛い視線を送ってくるのは、まさにい以外にはあり得ない。朋ちゃんは二階の雑貨屋に行っていて、あとでそこで合流することになっているから絶対違う。双子ならちょっとやそっと離れていても、声が聞こえないはずない。

お会計後、本を受け取り振り返ると、やっぱりまさにいがいた。列の中には美影さん。なかなかうまくやっているみたい。

いまだに信じられないけど、二人は付き合っている。出来立てほやほやのカップルだ。

「まさにいも何か買った?」コウタは身長差約二〇センチの長兄を見上げる。

「いや。今日は何も」聖文は視線を下げた。

「美影さん、嬉しそうだね」にこりとする。

まさにいは少し照れたような顔をしているように見えた。気のせいかもしれないけど、それでもまさにいが美影さんを好きなのは気のせいではない。そうじゃなきゃ、天地がひっくり返ったってOKなんてしない。

「ニヤニヤするな」

凄んだって恐くないんだから。確認するようにちらりと横目で見ると、やはり恐ろしかった。コウタは目を逸らした。

「お待たせしました」

美影さん、ナイスタイミング!助かったぁ。というか、初めて会った時からは想像もできないほど、顔の筋肉が緩んでいる。これが笑顔がこぼれ落ちるってやつだ。それとも、溢れんばかりの笑顔?だだ漏れ?とにかく、朋ちゃんもよくこういう顔してる。幸せっていう顔。

「じゃあ僕は行くね。下で朋ちゃんが待ってるから」大好きな朋ちゃんが。

コウタは二人に手を振り別れると、どたどたとエスカレーターを駆け降りた。なぜか気持ちが急いて仕方がなかった。

来月の朋ちゃんの誕生日には何をしよう?双子たちよりも盛り上がる誕生日会にしたいけど、朋ちゃんは二人きりで過ごしたいって言うに決まっている。でも、カフェのお客さんも楽しみにしているから、僕が朋ちゃんを独り占めにはできない。

だって、朋ちゃんほど、ちやほやされるのに相応しい人はいないもん。

「コウタ、こっちこっち」

朋ちゃんがクッションを片手に、笑顔で手招きをしている。周りの視線を独り占めにして。でもあの笑顔は僕に向けられたもの。朋ちゃんは僕のものだもん。

「お待たせ」

おわり


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