はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

恋と報酬と 71 [恋と報酬と]

「陸は戻って来ません」

美影は迫田家の玄関に立ち、居並ぶ兄弟を前に宣言した。

土手から走り去るとき、ちょっとばかり振り返ってみたら、二人はいつの間にか車内に消えていた。足を止め見守っていたものの数秒で、車は静かとは言い難い音を立てて走り去っていった。

最初から美影など存在しなかったかのように。

「みかげさん、大丈夫だった?」最初に言葉をかけてくれたのはコウタさん。優しく思いやりがある。だからコウタさんのことは好き。もちろん友達として。

「はい、なんとか」熱烈なキスを見て腰がくだけそうになったのは内緒。

「ごめんねみかげさん。陸が思いのほか怒っちゃってさ、手のつけようがなかったんだ。居場所もさっさと白状するしかなくってさ、計画も何もないよね」

朋さんは申し訳なさそうに顔の前で手を合わせ、片目をつむった。たいていの女の子なら無条件でなにもかも許してしまいそうな仕草だ。

あいにく美影は大抵の女の子ではない。何事もきっちりしておきたい十八歳になりたての男だ。

「僕が及川くんと似ていると言いましたか?」美影はいつになく強気な態度に出た。もう少しで陸に殴られるか引っ掻かれるかしていたのだ、多少腹を立てたとてばちは当たらない。

「ああ、それね……」朋はしまったと顔をしかめた。「似てはいないんだけど、優等生っぽい見た目がなんとなく重なるんだよね。で、つい」

「朋ちゃんてひどいよなー。さすが腹黒!ユーリのセフレと美影さんを一緒にするんだもんなぁ」海は愉快げにけらけらと笑った。人の不幸が大好物なのだ。

「いまは違うでしょ?ユーリは陸一筋だよね、朋ちゃん」コウタはきっちり間違いを正し、念のため確認することも忘れなかった。もしかすると美影よりもきっちりとした性格なのかもしれない。

「ところでみかげさん、よかったら晩御飯食べていかない?うどんだけど。ひとりいなくなったことだし――もちろん、すぐに送って行ってもいいんだけど」都合が悪くなった朋はそっくり話題を変えた。

美影は束の間思案した。「いえ、どうせ鞄を取り戻さなければいけないですし」それに食事はひとりより、大勢の方が美味しいし楽しい。つい最近それを知ったのだけれど。「お邪魔します」

「どうぞどうぞ。ちなみにまさにいは遅いから、みかげさんはまた、まさにいの席ね」朋はにこりと微笑んだ。

聖文さんの名前を聞いてドキリとする。
会えないのは残念だけれど、聖文さんの椅子に堂々と座れるのは嬉しい。

兄弟たちが立ち回る姿を見て美影はふと思う。

ごく一般的な家庭の夕食時というのはこんなものなのだろう。

ドタバタと騒々しくて、ホッとする。

つづく


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恋と報酬と 72 [恋と報酬と]

「美影さんて、いつもなに食べてんの?」海は山盛りのちくわの天ぷらを手に席に着いた。「ひとり五個ずつね」

ひとり五個も!ちくわの天ぷらを?海老天もあるのに?

美影は熱々のうどんを前に、そんなに食べられるだろうかと不安になった。

「なにって……みんなと同じものだけど」そう答えながら、小皿に磯の香りが香ばしい天ぷらをきっちり五つ取った。

「うそうそっ。絶対いいもん食べてるでしょ。ちなみに昨日はなに食べたの?」海はうどんが見えなくなるほどネギをどっさりと乗せ、七味をこれでもかというほど振りかけた。

「ひらめのおさしみと――」

「ひらめっ!!いいなぁ~、俺えんがわ大好きなんだよなー。ほかには?」

海のひらめに対する食いつきは尋常ではない。

「いんげんのごまあえ」

「それはいいや」海は一気に関心が失せたのか、いただきますと早口で言うと、ずるずるとうどんをすすり始めた。

むっ!好物なのに。

美影は海の手元から七味をそっと奪った。控えめに振りかけ、テーブルの真ん中あたりに戻すと、あとの二人が席に着くのを待った。

「そういえばみかげさん、家に連絡しておかなくてよかったの?」朋は訊きながらどんぶりを手に美影の左隣に座った。

「今日は両親ともに遅いので大丈夫です。それに肝心の携帯はユーリが持って行ってしまったので」美影は連れ去られた荷物を思い、気が滅入った。

「ところで陸はちゃんと仲直りしたの?」コウタは朋の隣に座りとろろの袋を手にした。

「仲直りですか……たぶん、したのだと思いますけど」確信はなかった。

「したにきまってるよ!」海がネギを追加しながら言った。ちくわをむしゃむしゃと食べ「ああやってユーリが迎えに来てくれるの待ってたんだよ。まったく、うじうじしてらしくないったらなかったよ」と辛辣な口調とは裏腹に、満足げに息をついた。

「今日中に帰ってくると思う?」コウタが誰ともなしに訊いた。

「無理だね」と海。

「それはまずいなぁ。まさにいが帰ってくるまでにはなんとかしないと」朋が言う。

「無理無理、諦めなよ朋ちゃん」と、また海。

「こうなったらさ、まさにいを家に入れないってのはどう?帰ってきたら、すぐにみかげさんを送って行ってもらうんだよ」大胆な提案をするコウタ。

それに仰天したのは美影。
「だ、ダメです!仕事で疲れて帰って、そのうえ送ってもらうなんて。それならタクシーでもなんでも呼んで自分で帰ります」聖文さんに迷惑をかけるくらいなら、野宿した方がましだ。

「財布もケータイもないのに?」海は目をすがめた。もっともな意見だ。

「みかげさんは俺が送って行くから心配ない。あまり遅くならないうちにね」

朋の言葉に安心し、美影は双子の手料理――ほぼちくわ――を思う存分味わった。

つづく


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恋と報酬と 73 [恋と報酬と]

午後九時。

もう帰らなきゃ。

美影がそんな事を思っていると、海の携帯電話経由で呼び出しがかかった。

相手は花村だ。

美影は食べかけのアイスをいったん冷凍庫へ預けると、電話片手に和室まで移動した。ブッチが背中を向けて縁側に座っていた。背筋の毛をピクンピクンと動かし、そこにいるのは分かっているんだからねと警告を発した。

美影は部屋のすみっこに寄った。

「どうしたの?」ブッチの邪魔をしないように声をひそめた。

『美影さん、ケータイどうしたんですか?急ぎの用があるのに全然つながらないから』

電話の向こうの花村の声はひどく小さくて聞き取りにくかった。

「なにかあったの?」

携帯電話の行方をいちいち花村に説明する必要はない。話せば長くなるから。

『今、目の前にまさにいがいます』

花村の囁き声は美影の心臓に一撃を与えた。名前を耳にしただけで、地面がぐらつき、血が沸き立つ。倒れてしまわないようにしゃがみこむと、ドクンドクンと脈打つ胸に手を当て、「どこに?」と訊き返した。

『えーっと、街にでてます。ホテルの近くですけど、女の人と一緒です。たぶん元カノだと思うんですけど、このままあとをつけて様子を探ろうと思います』

「なに言ってるの?聖文さんを尾行するって事?」

『そうですよ。僕は仕事をしてるんです。美影さんの依頼を遂行するために』

ああ、そうだ。花村に聖文さんのありとあらゆる情報を集めてくるようにって命令――じゃない、依頼していたんだった。あまりにみんなが協力的なので、すっかり忘れていた。

「こんなに夜遅く街をうろついて大丈夫なの?」

『心配はいりません。残念ながら――父さんが一緒なんです。言っておきますけど、偶然ですから』

「わかってる。君が、あのお父さんと一緒に調査をするはずがないのは」

『あ、あのじゃあ切ります!また明日にでも報告しますから』

花村は慌ただしく電話を切った。

美影は携帯電話を手にしばらく呆然としていた。

花村が席を外すように言ったのは、恋人の兄を尾行していることを知られたくなかったからだろう。花村が聖文さんのことをいろいろ探っているのは海も他の兄弟も知っているけど、さすがに尾行しているとは言えない。言えるはずがない。なぜならあの花村喜助が一緒だからだ。

「ブッチ、今のは内緒だからね」

しきりに耳をピクつかせていたブッチに声をかけ、美影は部屋を出た。

つづく


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恋と報酬と 74 [恋と報酬と]

台所へ戻った美影は、好奇心に満ちた三対の瞳に迎えられた。

「花村、なんだって?」海は身を乗り出し、手を差し出した。

当然、そう聞くよね。
「作戦はうまくいったのかって」美影はしれっと嘘をつき、海の手に携帯電話を乗せた。

「それだけ?あいつ、なんで俺に訊かなかったんだろう」海は不満げに携帯の履歴をチェックした。

「作戦を立てたときその場にいなかったからでしょう?それに、そばにお父さんがいたみたいだから、気を使ったんじゃないかな」

これは嘘ではないと思う。花村は父親が海に何かとちょっかいを出すことに相当腹を立てている。話の内容が親密であろうとなかろうと――ほとんどくだらない内容だとは思うが――、海との会話を聞かせたくないはず。

「げっ、喜助。あいつまた聞き耳立ててたんだ。いっつも間に割り込んでくるし、盗聴してるんじゃないかってくらい何でも知ってんだ」

それに近い事はしている。絶対。

「なんて答えたの?」コウタは訊きながら、冷凍庫から食べかけのアイスを取り出した。美影の前に差し出し、席に着いて、香ばしい玄米茶をずずっとすすった。

「なんて?え、あの、たぶんうまくいったと……」

こうやって嘘に嘘を重ねていくのだろう。美影は目を伏せた。やましい事がある時、人は必ず目でもってそれを証明する。虹彩を見せたら負けだ。

「ふ~ん」と空々しく言ったのは朋。虹彩を見ずとも美影の言葉はひとつも信じていないようだ。それでも問いただすような野暮なまねはしなかった。それとなく話題を変え、ユーリの誕生日会をどこでやるか、いくつかの提案をした。

「カフェでやってもいいんだけど、まさにいが来るかどうかだよな。となると家でするのが一番いいんだが、見ての通り、うちはすごく狭い」

「ユーリのマンションは?広いって陸が言ってたけど」と海。

「それこそまさにいは参加しないよ」コウタは首を振った。

「じゃ、じゃあさ、まさにいのホテルで――あ、美影さんのお父さんのだけど――ごはん食べるのはどう?去年はまさにいと陸だけで美味しいもん食べたじゃん。せこいよなー」

確かに去年、陸はユーリの誕生日に美味しいものを食べた。けれども地獄のような時を過ごしたのだから、せこいなどと言われる筋合いはない。と、陸本人がこの場にいたなら言っていただろう。

「結城さんも一緒だったよね。陸は結構気に入られてたみたいだし、今年も結城さんを呼んでみるのもいいかもね」コウタは地獄の再現に乗り気だ。

その辺の事情を多少なりとも知っている美影は、ぞっとせずにはいられなかった。観察眼の鋭い結城史生にかかれば、美影の聖文への想いなどあっというまに見抜かれてしまうだろう。そうなったとき、聖文の親友のシオは美影に対してどういう行動に出るのだろうか。

「でもさ、お金はどうすんの?まさにいに全部出してもらうの?呼んどいてシオに払わせるのっておかしいし、俺は毎月ピンチだから無理」

「俺が出すよ。これでもまさにいよりは稼いでるし。まあ、でもまさにいがちょっとでも協力してくれたら助かるけどね」
なにかと物入りの朋は現在貯金が底を尽いている。

「じゃあ、決定?俺中華がいい!」海は賛同者を求めて手をあげた。

「あ、僕も。ゴマ団子食べたい」コウタも控えめに手をあげた。

「あれ?コウタ、ゴマ団子好きだったっけ?言ってくれればいつでも食べさせてやるのに。じゃあ、中華にしような」コウタを甘やかすのが好きな朋は、でれでれとした顔であっさり決定を下した。

「では、僕は予約を」美影はやっと口を挟めた。

つづく


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恋と報酬と 75 [恋と報酬と]

聖文の勤めるホテルで、ユーリの誕生日会をすることが決まった。
総勢九名の男が集う(予定)。うち半数はかなりの男前で、目立つこと間違いなし。
だが、自分の職場でできるだけ目立ちたくない聖文が、この決定に対し首を縦に振るのか、横に振るのか……。

そう、問題は最終決定権が朋にないということ。

では、誰にあるのか。

もちろん聖文だ。

困った朋は妙案を思いついた。
聖文に伝える前にシオを先に誘ってしまおうというもの。そうすれば断りもしないだろうし、計画自体をつぶそうとは思わないはず。

では誰がシオを誘う?

もちろん陸だ。
今回美影に多大な迷惑をかけたのだから、そのくらいして当然だし、何より陸はシオに気に入られている。誘いやすいし断られにくい。ユーリは気に入らないだろうが、そんなこと言っていられない。協力すると約束したのだから。

話し合いは決着し、美影は携帯電話入りの鞄を諦め、帰ることになった。

「みかげさん、これ持ってって」コウタは靴を履きながら自分の携帯電話を差し出した。「一日や二日なくったって平気だから」

「いえっ!僕の方こそ、なくても平気です。どちらにしても明日の朝には戻ってくると思いますし」陸が忘れず学校に鞄を持って来てくれればだけど。

「花ちゃんから連絡があるかもしれないでしょ?」コウタがさりげなく言う。

「そうそう」と朋も同調し、チェリーレッドの愛車に乗り込んだ。

どうやら、嘘はきっちり見抜かれていたようだ。当然といえば当然。美影は後ろめたい気持ちで、勧められるがまま助手席に座ると、居ても立ってもいられず今何が起こっているのかを口にした。

「聖文さんが彼女と一緒だと――花村がたまたま見かけて、様子を探っているんですっ!」
捲し立てるように言い、花村ごめん、と心の中で呟く。

「彼女って、元カノ?よりが戻ったの?」
コウタは後部座席の真ん中から顔を突き出した。驚きと困惑、さらには少しばかり怒っているようだ。

「そ、そうなんですか?」
まったく思い至らなかった。別れ話で揉めていると耳にしていたので、てっきり今日こそ決着をつけるのだと、自分の都合のいいような推測をしていた。

「そんなはずない。まさにいは一度ダメだと思ったらダメなんだ。もともと好きで付き合った彼女ってわけじゃないし、よりを戻すなんて論外だよ」
まあまあ落ち着いてと、朋が言う。

「そっか、そうだよね。よかった」
ホッとするコウタ。自身の恋愛経験の乏しさから、うっかりありえない結論に飛びついてしまったのだ。

「聖文さんの、元(ここはおおいに強調した)彼女は、どうしても別れたくないほど聖文さんを好きなのでしょうか?愛しているとか、そういう……」

「いいや違う。彼女はそういうタイプじゃないし、まさにいは贔屓目に見ても愛されるタイプじゃない。コウタ、シートベルトしておいて」朋は言い、車を発進させた。

「確かに、まさにいは愛されるタイプじゃないかもね。尊敬だったり、畏怖だったり、そういうのだよね」コウタはさらりと言って、朋の言い付けどおりにした。

美影は二人の言葉を否定したい気持ちでいっぱいだった。聖文さんは愛されるタイプの人であり、僕自身すでに愛し始めている(ああ!認めてしまった)。尊敬から愛情。その変化におけるスピードたるや――土手から走り去るユーリの車のようだ。つまり、考えて行動する間もないということ。

「まさにいがもしも今夜きっちり別れられなかったとしたら――」

朋がそこまで言った時、美影が手にするコウタの携帯電話が短い着信音を発した。

つづく


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恋と報酬と 76 [恋と報酬と]

聖文は馴染の店にいた。

かつての上司で、仕事上最も尊敬する人物がマスターを務める、ワインバー“コルテゾン”

オープン当初から通い続け早三年。元彼女とも来た事がある。

もう二度と彼女とは来る事はないだろう。

やっと終わった。

ひと仕事終えた後の一杯のなんと美味い事か。

聖文はマスターおすすめのビンテージシャンパーニュを、指定席ともいえる五席あるカウンター席の中央に座り、何にも煩わされることなく心ゆくまで堪能した。

もう一杯とおかわりを注文したところで、隣に男が座った。

男は「同じものを」とマスターに告げた。

そこで初めて、聖文は隣に目を向けた。

男はこちらを見ていた。

知り合いだろうかと、膨大な記憶を最近のものに絞って素早く探るが、まったく見覚えがなかった。

まったく……?いや、どこかで……。

聖文はゆっくりとそれとなく視線を外した。ピックの刺さったブラックオリーブを口に運び、影も形もなくなるまで噛み砕いた。

もしも仕事関係で面識があったとしたら?こちらは全く覚えがなくても相手はこちらのことを鮮明に覚えていたとしたら?

「ああ、気にすることない。初対面だ」男が言った。

聖文はぎょっとしてもう一度男を見た。向こうはこちらを知っている。初対面だということを。

「そう警戒するな。一度挨拶しておきたかったんだ。うちのバカ息子が随分と世話になっているからな」男はニヤリと笑った。薄気味悪いほど落ち着いた様子で。

ま、まさか?

聖文は驚きに目を見張り、相手をじっくりと、特徴のある部分を観察した。少し目尻が下がっているところとやや大きめの鼻、この男には似合わない誠実そうなきゅっと締まった唇。

「花村くんのお父さん?」そう言うと、相手は眉を上げて頭を小刻みに縦に振った。

「あれ?喜助さん、聖文と知り合いですか?」マスターが言った。

「息子がこちらの弟くんと仲良しなんだよ」

なんともったいぶった言い方だろうか!聖文は冷や汗をかいた。噂通りなら、変わり者の彼がたったいま、息子と俺の弟が恋人だと公言してもおかしくはない。

「はじめまして。海の兄の聖文です。こちらこそ、バカな弟が随分と迷惑をかけているようで――」聖文も負けず劣らずもったいぶった口調で返した。

「いやいや、どうってことない。それよりも、問題はまさにいのほうだよな」

花村喜助は不敵な笑みを浮かべ、極上のシャンパーニュを味わいもせず一気に煽った。

聖文も味などどうでもいいというように、グラスを一気に空けた。やけくそというやつだ。

つづく


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恋と報酬と 77 [恋と報酬と]

「祝杯か?」

聖文は花村喜助という男に、またしてもぎょっとさせられた。

この男は知っている。ついいましがた彼女と文句なしに別れたことを。恋人との別れでこれほど揉めたのは初めてだった。どちらかといえば、相手の方が愛想を尽かせていたのにもかかわらずだ。

彼女から呼び出しを受けた時はヒヤヒヤした。殴られるのがこわいわけではない。女性の繰り出す拳など高々知れている。それよりも恐ろしいのが、職場でよからぬ噂を立てられることだ。

それでなくとも本人たちが知らぬ間に事実とは違う噂が独り歩きし、いつしかそれが事実として定着する。そんな職場に身を置く者としては、悪意を持って噂を拡散されると、非常に困ったことになる。出世に響きはしないまでも、人格を疑われること間違いなしだ。

「あとをつけていたのですか?」

もちろん冗談だ。

「お!さすがまさにい、鋭いな」

残念ながら冗談ではなかったようだ。

聖文はなんと返せばいいのかわからず途方に暮れた。ということで、マスターに間に入ってもらう事にした。

「森さん、おすすめの赤をボトルで。花村さんもご一緒にいかがですか?」半ば断ってくれと思いながら、聖文は弟のごく親しい友人の父親に向かって言った。

「いいねぇ~」

彼は断らなかった。

空になったシャンパングラスをさげやすい位置に移動させ、『祝杯』のために注文していた盛り合わせを二人の間に置いた。

「よかったら――」どうぞ、と言い終わらないうちにベーコンときのこのキッシュを奪い取られた。盛り合わせ用にやや小さめにカットされたキッシュは、マスターの自信作でもあり、聖文の一番のお気に入りでもあった。

最後にとっておいたのに……。別で注文しようか。

「ところで、花村さんは仰々しくないか?喜助でいいぞ。海もそう呼んでるしな」花村くんの父親――もとい、喜助は生意気なガキだとかなんとか呟きながら、今度はサーモンのタルタルをスプーンでひとすくいした。

くそっ!取られた。

「ははっ。本当はキースって呼んでもらいたいんだよね、喜助さん」マスターが二人の前にグラスを置き、おすすめのワインを誇らしげに注いだ。「トルコのワインだ。これは白もおすすめだから、機会があったらぜひ」

聖文は目顔で頷いた。森さんのおすすめで、はずれた事はない。

「では、もう一度乾杯といこうか」と喜助が言った。

言われるがまま聖文はカランとグラスを合わせたが、いったいなんのための乾杯なのだろうかと思わずにはいられなかった。

つづく


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恋と報酬と 78 [恋と報酬と]

帰宅した美影はいつもの手順にのっとって、まずは入浴を済ませた。

一日の疲れと汚れを落として部屋に戻ると、そのままベッドに横になった。

通常なら、鞄の中身を一度すべて机に出してから明日の準備をするところだが、なにせ鞄がない。予習復習も出来なければ、読みかけの本を読むことも、大切な栞に触れることもできない。

あの栞がなければ、聖文さんを感じられない。

一晩中、陸を恨んでやる。

美影は目を閉じて眠ろうとした。昼間のうちに天日干しされていた低反発の枕からはお日様の匂いがした。梅雨の合間の晴れの日を逃すものかと、家政婦のアキさんが頑張ったのだろう。

花村ももう少し頑張ってくれればよかったのに。

そうすれば、聖文さんが彼女と別れた後――この場合の別れは、行動を別にしたという意味――誰と会ってそこでどんな話をしているのかがわかるのに。彼女ときっぱり縁を切ったのか、そうでないのか。

聖文さんはひとりワインバーに入ったという。花村の立ち入れない場所だ。制服でなければと花村はひどく悔しがっていたが、そもそも花村はどう頑張っても高校生以上には見えない。ただ背が高いだけの男に過ぎない。

花村が悔しがっていた原因はもっと他にあると、美影は思った。

父親にさっさと帰れと指示され、その後の追跡を横取りされたことが悔しいのだ。仕事を取られた形の花村だが、それは美影にとっても不都合なことだった。

自分の気持ちを知られる事などなんでもない。花村喜助が迫田家と関係のある人物だという以上、いつしかばれてしまうものだと腹をくくっている。いや、いたというべきだろうか?

問題は、花村喜助が聖文さんに接触する事だ。

花村もそれを恐れていた。あの人に任せたらとんでもないことになると、泣き叫ばんばかりだったが、制服でバーに突入するなど下手をすれば退学処分だ。親が同伴だと言ったところで無意味だし、花村喜助のことだ、こんなガキは知らん!と言い切って終いだろう。

とにかく、聖文さんに何の被害もなく、無事に彼女と別れたという報告が明日以降届くことを祈るしかない。

美影はうとうととしながら、ぼんやりと途方もないことを思った。

今夜、花村は偶然聖文さんを見掛けたのではなく、そうなるように父親に仕向けられていたのではないか、と。

つづく


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恋と報酬と 79 [恋と報酬と]

今宵の聖文最大の疑問が解明されるまで、そう時間は掛からなかった。
とはいっても、最初のボトルはすでに空いて、二本目のボトル――マスターおすすめのトルコの白ワイン――が目の前に置かれるくらいの時間は経過しているが。

「拓海が『あ、まさにいだ!』って言った時の顔を見せてやりたかったよ。あんなアホ面そうそう見れるもんじゃないぞ。ったく、偶然なわけないだろうが」

喜助はげらげらと笑って、厚切りスライスの生ハムを手づかみでごそっと口に運んだ。

偶然ではないとすれば、いったい何だというんだ。
聖文はむっつりとした態度で負けじと生ハムを口に放り込んだ。

息子を巻き込み、面白おかしく他人の恋愛(の後始末)に首を突っ込むなどどうかしている。悪趣味にも程がある。それでも強く出られないのは、内心その助力をありがたいと思っているからに他ならない。
けれども、それを悟られてはいけない。絶対に。

「では、親子で後を付けていたというわけですか?」

聖文はほとほと呆れたという態度を見せたが、喜助に悪びれる様子はまったくない。

「まあそうだな。拓海はできるだけ目立たないようにと、だんごむしみたいに背中を丸めてたがな」

だんごむし。

「それで、親子で盗み聞きですか?」聖文は咎めるような口調で言った。

彼女と入ったコーヒーショップに、目立ってしょうがない大柄の男が二人もいれば気付いただろうに。なぜ気付かなかったのだろうか?

「俺のアホ息子は席が遠いだなんだとぎゃーぎゃー言ってたが、聞かずとも内容はこの頭に入っている」喜助は自分の側頭部を指先でとんとんとつついた。

息子を、そして俺を手玉にとって楽しいのか?と訊いてやりたかったが、訊かずとも答えはわかっている。

それはもう、誰がなんと言おうと楽しいに決まっている。

聖文は喜助が上機嫌でワインを手酌する間、様々な疑問をすべてすっ飛ばし核心をついた。

「彼女に別れを同意させたのは喜助さんですか?」

「んぁ?」
喜助はそんなくだらないことに答える義理はないとばかりに、ワインをごくごくと飲み、聖文が追加注文していたキッシュにブスリとフォークを突き刺した。

聖文は目を剥き、急いでフォークを手にした。

つづく


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恋と報酬と 80 [恋と報酬と]

翌朝、美影はいつもよりも早く目覚めた。

すっきりとした目覚めとはいかず、眠たい目を擦りながら身支度を済ませると、階下へ降り食卓に着いた。

父親と運良く顔を合わせることができた。

「昨日、家で夕食を取らなかったそうだな」父が言った。

息子がどこで何を食べようが特段気にしてないといった口調だ。アキさんから報告があったので仕方なしに訊いているのだろう。

「事情があって、迫田先輩の家でいただきました」美影はそつなく答えた。こう言っておけば、父が安心すると知っているから。

「迫田くんの?ああ、そうか、それならいい。美影も彼を見習いなさい」父は関心を息子から新聞へと移した。

「はい、お父さん」

聖文さんはいなかったし、弟には殴られそうになったけど、わざわざ言うことはない。今日は鞄を持たず登校することも、気分を変えて聖文さんに頂いたスニーカーを履こうとしていることも、わざわざ言うに及ばず。

美影はいつもより急いで朝食をすませると、借りている携帯電話を手に握り締め家を出た。学校では携帯電話の使用は禁止されている。けれども、朝の図書室なら仮に電話がかかってきても誰にも咎められることはない。

美影以外、誰もいないのだから。

昨晩、聖文さんは何時ごろ帰宅したのだろうか?彼女とどうなったのか、ポロリとこぼしたりしていないのだろうか?

コウタさんからも朋さんからも連絡がないという事は、ポロリはなかったのだろう。

となると期待できるのは花村だが、父喜助が絡んでいるとなると、そう期待できないのかもしれない。
花村喜助は、息子であろうとそうやすやすと情報を渡さない男だ。なにかと引き換えにしないといけないのだろうけど、花村に引き換えにするものなどあるのだろうか?

思い浮かぶのはひとつだけ。

海――絶対に差し出さないだろうけど。

学校に着くと同時に朋さんから着信した。

美影は図書室まで走った。いつも席に座ると「おはようございます」と息を切らせながら言った。

聞こえてきた声はコウタさんのものだった。ちゃんと陸に鞄を持たせたからというもので、美影が期待するようなことはなにもなかった。

がっかりとしながら電話を切ろうとした時、最後にコウタさんが何とも判断がつかない口調で言った。「まさにい、朝帰りだった」と。

つづく


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