はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

恋と報酬と 61 [恋と報酬と]

迫田家長男としての求心力を急速に失いつつある聖文は、いよいよその威厳が地にまで落ちてしまったことを思い知ることになる。

それは朋の発した一言が発端だった。

「まさにい、彼女と別れたんだって?」

まるで天気の話でもしているような言いぐさだ。

聖文は静かにカレースプーンを置き、水の入ったグラスを手に取った。今夜は酒を飲む気分ではなかった。しばらくは自身を戒めるために禁酒するつもりだ。

水を飲んで、口許をティッシュで拭うと、反論する為口を開く。

だが、あと一歩及ばず。

面白そうな会話を見過ごせない弟たちが、各々の口の中が空になったとみるや、好き勝手に喋り始めた。

「ほら、ユーリの言った通りだったでしょ」と得意げに言ったのは陸。スプーンを振り回し、行儀が悪いったらない。

だいたい、なぜここで神宮の名前が出る?あいつとは一切かかわりのない事だ。

「いやいや、コウタの予想通りだ。コウタはもう一ヶ月も前に別れるって予言してたんだからな」朋はコウタに尊敬のまなざしを向け、偉ぶった態度で陸に反論した。

「予言とかじゃないよ。ただ、まさにいはその人のことあんまり好きじゃないのかなって思っただけ」コウタは聖文をちらりと伺い、慎みを持って答えた。

「そうなの?まさにいその人のこと好きじゃなかったの?じゃあどうして付き合ったの?」聖文を質問責めにする海。普段なら絶対に訊けない事でも、流れに乗ってしまえばなんのその。

「やっぱ、あれでしょ?キスが上手とか、セックスがよかったとかそう言うことでしょ?」と陸が言えば、「陸!ごはんちゅうに下品なこと言うのやめて!」とコウタが声をあげる。

「下品てなんだよっ!みんなしてるくせにさっ」

陸はますます調子に乗り、朋にやんわりとたしなめられる。

「してても、ごはんちゅうに、セックスなんて言ったりしない」

「あー、朋ちゃん今言った!」最後は海。

聖文は絶句した。が、このまま黙っているわけにはいかない。

「朋、どこでそんな話聞いた?」

もしも話の出所が彼女だったとしたら、会社での立場も危うくなる。とにかく情報元はしっかり突き止めて口封じをしておかなければ。

「じゃあ、やっぱり別れたんだ」と朋。

聖文はぐっと言葉を呑み込んだ。俺は墓穴を掘ったのか?

「ねえ、まさにいの彼女って――あ、元だけど――どんな人?綺麗系?かわいい系?」海が尋ねる。

「答える義務はない」ぴしゃりと言う。

「どっちかと言えば、綺麗系だよな」と言って、朋はニヤリと笑った。

ったく。忌々しい弟だ。どうやら相手が誰か知っているらしい。

つづく


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恋と報酬と 62 [恋と報酬と]

まさにいをやり込められるとしたら、今を置いて他にはないだろう。

朋は聖文にひどく殴られた事を忘れてはいなかった。

あれはもう二年も前の話だし、殴られることをした自分が悪いのだが、機会さえあれば仕返しをしようと思っていた。迫田兄弟は皆、根に持つタイプで朋も例外ではない。

「朋ちゃん、まさにいの元カノ知ってるの?もしかして一緒に働いたことある?」海は――もちろん他のやつらも――興味津々だ。

朋は普段は見せない狡猾な笑みを浮かべ、聖文の反応を伺った。

妙に苛々している。とても愉快だ。まあ、これまで決して明かさなかったプライベートな部分を晒されたのだから苛ついて当然。

「いや、一緒に働いた事はない。でも見掛けたことは何度もあるよ。美人だから目立つんだ」ちょっと言い過ぎただろうか?確かに美人ではあるが、性格的には少々問題がありそうな印象だったのを覚えている。

「――だって!コウタ。朋ちゃんも美人には自然と目がいっちゃうんだってさ」陸は攻撃対象をコウタにまで広げたようだ。下品な物言いを注意されたのを根に持っていたのだ。

コウタはしゅんとして言った。「そりゃ、朋ちゃんだって美人には弱いよ」

「別に弱くはない。それに、言う程美人でもなかったかも……」勢いを挫かれた朋は、あっさり前言を撤回してしまった。コウタのためなら、まさにいへの復讐も諦める。

「そういうコウタだって美人好きじゃん!あの彼女のこと忘れたって言わせないよ」
海がとってもまずい過去をほじくり返した。

コウタの初めての彼女(美人で性格に難あり)のことは、話題にしない事を暗黙のうちに決めてあったはずだ。コウタはあれで女性不信になってしまったし、朋は弟の彼女にちょっかいを出す最低な兄のレッテルを貼られてしまった。おかげで朋はコウタを自分のものに出来たわけだが、コウタがあの時のことを完全に許しているのかは、コウタのみぞ知るだ。

「それで、まさにいは彼女とどんな理由で別れたの?」

コウタは声を震わせながらまさにいに果敢に挑んだ。まずい話題から逃れるためとはいえ、かなり勇気がいっただろう。こういうところがいじらしくて好きなんだよな。

朋は今すぐにコウタを抱きしめたかったが、食後まで我慢する事にした。

「他に好きな人出来たとか?」海は言って、ずうずうしくコウタにカレーの追加を要求した。

「まさにいが命令し過ぎて彼女が嫌になっちゃったとか?――コウタ俺にもカレー入れて」調子に乗りがちな陸は、海よりももっと突っ込んだ質問をした。

一瞬、何かが通り抜けたみたいに食卓は無音になった。食器とスプーンの擦れる音も、咀嚼する音も、息づかいさえも聞こえないほどの静寂が唐突に訪れた。

みんなぎょっとしていた。

「彼女を好きじゃなかった。それだけだ」聖文はそれだけ言い、食事を再開した。みんな。

つづく


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恋と報酬と 63 [恋と報酬と]

聖文は食後すぐに朋を部屋に呼びつけた。

朋は腰の低い態度で部屋の入口に立ち、そわそわと身体を左右に揺り動かしながら、食後の散歩がどうとかほざいている。

「外は雨だ」聖文が言うと、朋は反射的に窓に目を向けた。

残念ながらすりガラスのため、ぼんやりとした明かりしか確認できない。

「また、雨か……じゃあ、風呂入って寝ようかな」

そんな気さらさらないくせに。聖文は嘲るように鼻を鳴らした。

「今夜は、やけに突っかかってきたな」言い訳があるなら聞こうじゃないかと、聖文は椅子を回して朋を正面に見据え、腕を組んだ。

「みんなまさにいの彼女のこと気にしてたから、代表して訊いただけ」朋はそっけなく言って、肩をすくめた。俺は悪くないよという意味だ。

「ほう。気にしてくれとは頼んではいないが」

「双子の好奇心の強さは知っているだろう?誕生日の時に彼女がいるって知ってからうるさかったんだよ。で、たまたま今日そういう話になったから――」

「おい、ちょっと待て!」聖文は目を剥いて朋を制した。「たまたま今日そういう話になった、だと?誰とだ?店に誰か来たのか?」例えば、考えるのも恐ろしいが彼女とか。

聖文の狼狽した様子に気づいたのか気づかないのか、朋はまた肩をすくめる仕草をした。言う気はないらしい。

「言え!」

久しぶりに迫田家に聖文の怒声が響いた。台所でだらだらと片付けをしていた双子は、驚いて飛び上がり、いったい何事かと天井を見上げた。

和室で洗濯物を畳んでいたコウタと、座布団の上で伸びていたブッチも飛び上がった。

そして朋はあっさりと白状する。

「今日、花ちゃんとみかげさんが店に来たって言ったじゃん。その時、アレだ……恋の話で盛り上がったんだよ。高校生の会話なんてそんなもんだろう?」

どこか後ろめたそうな朋の様子でピンときた。

「花村くんが言ったのか?俺の彼女が誰なのか」

花村くんは学校では情報屋として何らかの活動をしているようだが、だからといって彼女のことまでわかるはずない。調べたとしたなら、保険調査員の肩書を持つ謎多き父親のほうだろう。

「元、でしょ。あのさ、まさにい――花ちゃんは悪くないんだ。先週、まさにいがみかげさんを置き去りにしただろう、誕生日の日に。そのことみかげさんすごく気にしていて、花ちゃんがちょっと力を貸しただけなんだ。そしたらまさにいがその日に彼女と別れたって事がわかって、俺はその人を知っていて……なんとなく、まさにいが付き合うようなタイプじゃないって思っただけ」

すごく責められている気がするのはなぜだろうか。
こっちとしては四条くんを置き去りにしたつもりはなかったし――実際置き去りにしたのだが――埋め合わせはきちんとすると約束もしたのに。
確かに、俺が大人げない行動を取ったのは認める。彼女に別れを告げるのは、四条くんを送り届けてからでも遅くはなかった。が、一刻も早く別れたかったのだからどうしようもない。

「俺の好みなんて知らないだろう?」言い返す言葉が見つからなくて、聖文はそれだけ言った。

「知らない。たぶん知らなくて当然なんだ。だってまさにい、今まで付き合った人で好きになった人って一人もいないよね?」

朋の問い掛けのような決めつけは、意外にも聖文の心に深く突き刺さった。

つづく


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恋と報酬と 64 [恋と報酬と]

すべてが誰かの誕生日を軸にまわっているとしたら、次に迫田家に事件が訪れるのは七月十一日ということになるだろう。陸の言うところの納豆の日の翌日、つまりユーリの誕生日。あきらかに事件が起こってもおかしくない日だ。

とはいえ、それまで平穏無事に過ごせるほど迫田家は平和ではない。

聖文は相変わらず元カノともめていたし、陸はユーリと喧嘩して現在絶交状態。そのとばっちりが海にもおよび――双子なので同じタイミングで同じような事で喧嘩をしたのだ――、さらにはそのとばっちりか、朋とコウタは家の中でいちゃつくことを禁じられた。

イライラ、ギスギスの迫田兄弟。ブッチは目下発情中だ。
そんな険悪な状況にもかかわらず、兄弟は揃って外食することになった。聖文に夏のボーナスが出たからだ。

何を食べるかで散々揉めたすえ、食事当番の七割を担っているコウタのリクエストが採用されることで決着した。地元野菜をふんだんに使用した食べ放題のお店だ。肉を食べたい双子は不満顔だったが、デザートに定評のある店なので決定には逆らわなかった。

出掛ける段になってもう一悶着。
家の車で出掛ければ一台で済むのだが、朋は当てつけのように自分の車で行くと言ってきかなかった。もちろん同乗者はコウタのみ。わずか二〇分の道のりでも二人きりで過ごしたい朋の強行だった。

双子は「コウタばっかりずるい」とぶうぶう文句を垂れたが、聖文のひと睨みで貝のように口を閉じた。

そうしてやっと、二台の車はブッチを残して出発した。

「ねえ、朋ちゃん。機嫌悪いの?」出発して早々、コウタが訊いた。

朋は前方を行く聖文の車から離れるようにスピードを落とした。「機嫌?いま直ったところ。コウタと二人きりになれたから」

「いつだってなれるよ」コウタはもじもじと言った。二人きりの時、朋がどんなふうになるのか思い出しているのだ。

「そうじゃないからイライラするんだ」朋は溜息をつく。

「今みんなイライラしてる。特にまさにい。彼女と揉めてるって聞いたけど、本当?」

「らしいね。好きでもない相手と付き合うからこんなことになるんだ」朋は吐き捨てるように言った。

「まさにいはみかげさんを好きになると思う?」

コウタはここ最近ずっとそれを気にしている。美影との連絡もかなり密だ。

「どうかな?まさにいは誰のことも好きにならないと思うけど、それはいままで恋愛対象が女だったからかもしれない。男に変えてみれば、案外可能性はあるかもしれないな。でも、どうやってあのカチカチの頭をかち割るかってことだよな」

「じわじわと水滴が岩を砕くみたいにやるしかないかもね」コウタはぎゅっと拳を握った。

「ははっ!いいこと言うなぁコウタは。帰りは寄り道して帰ろうな」

朋は上機嫌で言い、スピードを上げた。

つづく


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恋と報酬と 65 [恋と報酬と]

誰のことも好きにはならないと宣言していたユーリでさえ、陸を好きになった。どんなに自分自身に抗っても、一目惚れではどうしようもない。
自覚するまで時間は掛かったが、一旦好きだと認めてしまえばあとは早い。溺愛するまでの時間はそうは掛からなかった。

そんなユーリが陸と長く離れていられるはずがない。はずがないのだが……喧嘩してもう一〇日経つ。さすがのユーリもあちこち我慢の限界だ。原因はユーリにあるのだが、事を大きくしたのは陸なので謝る気はない。そもそも謝るほどのことでもない。時間が合わずすれ違っただけの、よくある話。

意地の張り合いは時間の無駄だと分かっているのに、今回はどうしても折れたくなかった。
別に謝れとは言っていない。ただ、あの馬鹿に寂しかったと飛びついてきて欲しい、それだけだ。
時々、こちらの気持ちばっかり大きくなり過ぎているのではと、常に自信満々のユーリとて不安になる。

平気な振りして過ごせたのはほんの一日か二日。あとの数日は気がおかしくなりそうなほど陸を求めていた。メールのひとつもよこさないあの馬鹿のせいで、こうして名もないカフェの前に立つはめになった。

ユーリは通称『朋ちゃんのカフェ』のドアを沈む気持ちで引いた。陸がカウンターにいないかと何気ないふうに視線を走らせるが、居並ぶ面子を見て陰鬱な気分になった。カウンターの奥から順にコウタ、美影、花村と背の順に並んで座っている。実に奇妙な組み合わせだ。

「いらっしゃい。珍しいな」
入口で迎えたのは店長の朋。コーヒーポットを持ってうろついていたのを見る限り、女どもにサービスでもしていたのだろう。

「うまいコーヒーを飲みに来た」
ユーリはドアを閉め、好奇の視線から逃れるようにカウンターのひとつ空いた席――コウタと美影の間――に向かって突き進んだ。その間、心の中ではクソ女見るなと罵り言葉をゆうに百回は唱えた。

「陸と喧嘩したんだって?」

カウンターに座るなり、陸よりも予測不可能な行動を取るコウタが言った。美影と花村はぼそぼそと挨拶をしたように見えたがどうでもよかった。

「あいつが勝手に怒っているだけだ」ユーリは憮然と返し、目の前に置かれた親指の先ほどのクッキーをつまんで口に放り込んだ。

陸の味がする。

つまり――甘い。優しく懐かしく恋しい甘さ。

過剰摂取すると吐きそうだが。

「早いところ仲直りしてくれると助かるんだけどな。結構迷惑してるんだよね。口を開けば『ユーリのばか』だもんな。それって『ユーリ会いたい』『ユーリ好き』って事だろう?聞いてらんないよ」朋はオーナーの大事にしているアンティークのカップにこの日最後となるコーヒーを注ぐと、ユーリの前にそっと置いた。「あいつ結構頑固だから、長引けば長引くほど面倒なことになるよ」

「もう遅い」ユーリはそっけなく言った。

「まだ大丈夫だよ。僕たちが協力するから。だからユーリもこっちに協力して」

にこにこ顔のコウタが何を考えているのかは分からないが、俺は協力とかいう言葉が大嫌いだ。

「必要ない」

つづく


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恋と報酬と 66 [恋と報酬と]

営業時間の曖昧な『朋ちゃんのカフェ』はその時々で閉店時間が異なる。
たいてい午後七時には片付けまですべて終えて、少し離れた場所にとめてある派手な車で、コウタの待つ我が家へ寄り道もせずに帰る。(コウタが一緒のときは仲良く帰宅)

まだ六時にもなっていないが、察しのいい女性客は、朋に余計な残業をさせないためにそろそろと重い腰を上げ始めた。朋は出し惜しみのないまばゆい笑みで送りだし、孤軍奮闘するコウタの元へ戻った。

コウタは時々、場の空気も読まず突飛な事を口にする。でも、今回ばかりはそうとも言えない。陸とユーリが仲直りすることは兄弟に平和をもたらす。さらには、ユーリの協力があれば、まさにいのカチカチ頭をぐにゃぐにゃに出来るかもしれない。

ぜひともその姿を見てみたい朋はコウタの援護にまわった。

「花ちゃんは海と一日で仲直りしたってさ」流しに食器を置き、スポンジを手にした。

「だって、うかうかしてるとすぐに取られちゃうから。海はもてるんだ。陸だってそうだよ」

花ちゃんは不安そうな顔でユーリに意見した。不安なのは放っておくとどこへでもふらふらと行ってしまいそうな恋人を持ったためなのか、ただ単にユーリがこわいだけなのか。

別に恐れることもないのに。

「あいつに手を出す馬鹿がいるかっ」ユーリは言ったが、こちらも不安そうな顔だ。

朋はユーリがどれだけ陸を大切にしているか知っている。今回のけんかについては陸の方が悪いと思っている。大学生になったユーリと多少時間のずれが生じたとしてもそれは仕方のない事。不満に思っても我慢することも必要だ。

「いないとも限りません」丁寧に口を挟んだのはみかげさん。ユーリの鋭い睨みにも動じず言葉を続ける。「特に海と陸の区別もつかないような連中は要注意です」

苦い顔のユーリ。朋はもうひと押しでユーリがこちらと手を握ると確信した。

「尻軽の海がダメなら、恋人と喧嘩中で情緒不安定の陸って訳か。見た目は一緒だしな」

「朋さん!海は尻軽なんかじゃないです」

ふふっ。むきになって反論する花ちゃんは好感が持てる。

「そうそう、ちょっとふらふらするだけで」とコウタ。海を擁護しているようで、実はそうでもなかったりする。

「だいたい、俺に協力しろってどういう意味だ?」ユーリは苛々と息を吐き出し、空いたカップを脇へ押しやった。

ユーリが陥落した。案外容易いものだ。

「まさにいに恋人がいるのか陸を使ってさぐろうとしたのって――陸と海の誕生日の時ね――、みかげさんを応援してもいいって気持ちがあるからだよね」コウタはエサをおねだりする子猫のような目でユーリを見つめた。「みかげさんが気持ちを伝えられるように協力して欲しいんだ」

「気持ちを伝える?そんなの勝手にすりゃいいだろう?二人をくっつけろって言うならまだしも――まあ、そんなの無理に決まってるが――告白くらい、キスひとつしたことないこいつでも出来るはずだ」ユーリは美影に向かって立てた親指を突き出した。

「ど、どうして、キ、キスしたことないって――」

「あるのか?」

「……ないです」

「まあまあ」見兼ねた朋が割って入った。「まさにいは俺たちとは違う。つまり男は好きにならない。そんな相手に告白するのは大変だってわかるだろう。だからユーリの誕生日を利用させて欲しい。誕生日が嫌いだってのも知ってるし、陸と二人で過ごしたいってのもわかってるけど」

断られるのを覚悟で言ったが、幸いユーリは断らなかった。

つづく


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恋と報酬と 67 [恋と報酬と]

ユーリとその他大勢が手を組んだその頃、喧嘩中の恋人陸は週に一度の割合で巡ってくる食事当番のため家にいた。

今日の夜ごはんは天ぷらうどん。どうしても食べたくなって、目下、悪戦苦闘中だ。

「いたっ!また刺された!俺、エビむくのもうヤダ」同じく当番の海がむきかけのエビを放り出した。「だから肉うどんにしようって言ったのにさ」

「尻尾は丸ごと取っちゃえばいいんだよ」隣でネギを刻んでいた陸は包丁を置いて、海を押し退けた。「代わりにネギ切って」そう言って、エビをむんずと掴むと、尻尾を強引に引き千切りはじめた。

海は呆れ顔でその様子を眺めながら、あの哀れなエビはユーリの代わりに大事な部分をねじ切られているのだと、密かに思った。けれども思ったことを口にしなければ気が済まない海はとうとう言った。

「いい加減、ユーリのこと許してやれば」

「別に海には関係ないじゃん!」陸はエビの尻尾を流しに投げつけた。

「関係ないけどさ、関係あるんだよ。俺ほんとは肉うどんがよかったのに、陸がずっと不機嫌だから譲ってやったんだぞ!いつもだったら絶対に譲らなかったのに」海は恨めしそうに言った。

「じゃあ、肉うどんもすればいいじゃん!だいたいさ、海だってあんなに怒ってたくせに、あっさり許しちゃってさ。もっと花村を懲らしめてやればよかったんだよ」

「俺だってそうしたかったけど、喜助がうるさくってさ。あいつ、いちいち口出ししてくるんだよ」海はどんぶりいっぱいのネギを切り終わると、テーブルの上の天ぷら粉を適当にボウルに入れ、水をじゃばじゃば入れた。「卵も入れるんだっけ?」

「入れるんじゃない?喜助って、花村のお父さんだよね。全部筒抜けなの?」陸はエビの残骸をキッチンペーパーを敷いたバットに並べ、大好きなちくわの磯辺揚げの下準備に取り掛かった。といっても、三袋ほどのちくわを縦半分に切るだけだ。

「たぶんね。あいつ、こわいくらいなんでも知ってんだ。だから花村がよく怒ってる」

「ユーリのお父さんは何にも知らないと思う。せっかく新しい家建てたのに別々に暮らしてるし、あんまり親子って感じじゃないんだよね」

「そりゃ、つい最近まで自分の子じゃないかもって疑ってたんだから仕方ないよ。でもさ、そのくらい控えめなのがいいよ。喜助なんか、校門で待ち構えてたりするんだぞ。言うこと聞かないといろいろばらすって脅すし、ほんと最低」海は冷蔵庫を探り、青のりと卵を取り出した。

「それはやだな……まあ、海みたいにばらされて困ることもないけどさ。社長の愛人やったりしてないし」そう言って陸は笑った。

「ふんっ!あいつが俺の愛人だったんだよ。いまはちゃっかり離婚して、楓っていう元愛人とラブラブしてるけどな」

「まだ連絡取ってんの?」驚いてつい大きな声を出してしまった。

「向こうがたまに電話してくるんだよ。いったい俺のことなんだと思ってんだか」

元愛人。それっきゃない。

「あとで、ユーリにメールしてみようかな……」元恋人にならないうちに。

つづく


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恋と報酬と 68 [恋と報酬と]

ユーリのマンションの前で朋の車から降りた美影は、今度はユーリの車に乗り込んだ。助手席は陸の場所だときっぱりと断られたけれど、もとよりそこに座るつもりなどなかった。

いまでは安全な男だとわかってはいるけど、より安全な道を選ぶのが美影だ。

「本当にこんなことして意味があるのですか?」美影はシートベルトを締めながら、念のために尋ねた。万が一、意味がないのなら、今すぐにでも車から降りてしまいたかった。

「さあな。朋がそうしろって言うんだから仕方がないだろう」ユーリは憮然と答えた。

会話はこれにて終了。
何の合図もなく――せめて「行くぞ」とか「シートベルトは閉めたか?」とか一言欲しかった――車は動き出し、遠く離れた迫田家に向かって走り出した。

朋さんの計画はこうだ。

家に帰った朋さんが陸に店にユーリが来ていたことを告げる。

その時の陸の反応は想像するに素っ気ないものだろう。実際は気になって仕方がないくせに。

それからふと思い出したように――きっとわざとらしくなると思うけど――ユーリが僕を送って行ったことを告げる。(実際は迫田家に向かっているのだけれども)

陸は逆上して――そうなってくれなければ僕がこうしてユーリの車に乗っている意味がない――ユーリにすぐさま電話だかなんだか手っ取り早い手段でもって連絡を取ってくるだろう。

そこからがユーリの腕の見せ所だ。陸を嫉妬させつつも、怒らせ過ぎないようにしなければならないのだ。そもそも陸が僕相手に嫉妬するはずもないけれど、その辺は朋さんが「俺がうまくやる」と自信満々に言っていた。

とても古典的な仲直りの方法だが、単純な陸には効果があるのだろう。

美影は膝の上に置いていた鞄を脇におろし、沈黙を破った。

「どうして協力してくれる気になったのですか?」

陸との仲直りは誰の手を借りずともできるはず。それなのにわざわざ話に乗ったのには理由があるはずだ。

「ふんっ。別に意味はない。ただおもしろそうだと思っただけだ」

おもしろそう。
きっとそれは立派な理由なのだろう。
朋さんもコウタさんも似たような理由なのだと思う。最初は誰もが口を揃えてまさにいはやめておいた方がいいと言っていたのに、今になってあれこれ世話を焼いてくれる。

それが悪いわけじゃない。それどころかあまりに見込みがなさ過ぎて、かえって申し訳ない。

「あのなあ――」ユーリがいつものうんざりとした口調で言葉をつなぐ。「あの兄弟のすることについて深く考えたってしょうがないんだ。あいつらはみんなやりたいようにやる、それだけだ。振り回されることに慣れろ」

妙に説得力のある言葉は、ユーリが常に陸に振り回され、迫田兄弟のすることにも振り回されていることを物語っている。だからこそ、自分の誕生日もあっさり差し出したのだ。

車を走らせること三十分。迫田家近くの自慢の川土手に到着したちょうどその時、ユーリの携帯電話が陸からの着信を告げた。

これでもう仲直りをしたも同然だ。

つづく


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恋と報酬と 69 [恋と報酬と]

興味深いので、美影は身を乗り出し二人のやりとりを聞いていた。

電話の向こうの陸は相当腹を立てているらしく、スピーカーにせずとも声が普通に、内容まできちんと聞き取れた。

「なんでユーリが美影さんを送って行くのさっ!」

「お前の兄貴にそうしろと言われたからだ」

「へえぇぇぇ、朋ちゃんが命令したら何でも言うこと聞くんだ」

「なわけないだろう。馬鹿かお前は」

「ば、馬鹿って言うなっ。ユーリの方が馬鹿なんだからね……美影さんなんか――」

ここで陸の声が小さくなって、聞き取れなくなった。どうせ良いことは言っていないだろうけど、あまり悪口は言って欲しくない。いくら本人が傍で聞いているのを知らないとはいえ。

「はっ?何言ってんだ――馬鹿……なんでそこでハルが出てくる?――あんのクソやろうっ!馬鹿、お前のことじゃない、陸!おいっ!くそっ!切りやがった」

ユーリは頬に当てていた携帯電話を忌まわしいものであるかのように一瞥すると、助手席に向かって叩きつけた。

ガシャとかグシャとか哀れな音がした。きっとどこか硬い場所に当たって、通話不能になったに違いない。

ユーリは激昂している。

美影は恐ろしくなって、出来得る限りユーリから遠ざかった。後部座席の隅っこで丸くなってみるが、車内の異様な熱気――というか冷気からは逃れようもなかった。

「及川くんに何か?」美影は恐る恐る尋ねた。

ユーリは美影を切り刻むかのように鋭く睨みつけた。「お前がハルと似ているんだとよ」

信じがたい言葉に、美影は返す言葉が見つからなかった。

僕と及川くんとが似ている?見た目も性格も何もかもが違うのに?

「いったいどの辺が?」そう訊かずにはいられなかった。

「知るかっ!これが朋の作戦ってやつだろうよ。陸に余計なこと吹きこんで――くそっ!仲直りどころかもっと始末が悪くなった。おい、美影降りろ。俺はもう帰る。朋にでも送ってもらうんだな」

「え?い、いやです!僕は車に乗っているだけでいいって言われたからそうしただけなのに――」

「うるさい。降りろ。さもないとお前の聖文さんに全部ばらすぞ」

「お、鬼っ!悪魔っ!」美影はこれまで使った事のない悪態を吐いた。

陸に言われ慣れているユーリはまったく気にするふうでもなく、車から降りると後部座席のドアを開け、美影をやすやすと引きずり出した。

掴まれた腕が痺れるように痛い。
ユーリの力の強さに驚かされると同時に、この乱暴な男が恋人とのけんかでひどく傷ついていることに気付きなおも驚いた。

まるで怪我をした野生動物のようだ。

「ちょっとっ!!何してんのさっ!!」

ご近所どころか川の流れに乗って地域全体に響き渡るような声に、美影は仰天して振り返った。

そこには当然のように陸が立っていた。

つづく


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恋と報酬と 70 [恋と報酬と]

陸の声に振り向いた時、美影は間の悪い事にユーリにしがみついていた。引きずり出されまいと抵抗した結果なのだが、きっと抱きついているように見えたに違いない。

だから陸は、夫の浮気を発見した妻のような金切り声をあげたのだ。エプロン姿で髪を振り乱した状態で。

「こんなとこでなにする気なんだよっ!」

なにってナニ?

陸が突進してきた。

あぶない。このままでは山猫にかみ殺されてしまう。

ユーリが頭上で「あの馬鹿」とつぶやくのが聞こえた。陸の勘違いを指摘する気にもならないといった、呆れ声だった。

美影は突然、まるでおはじきのようにはじき飛ばされた。ちょうど逃げようと思っていたので文句も何もないが、ユーリに空き缶のようにポイ捨てされたのだと気付いて、多少腹が立ちもした。けれども、無事難を逃れたのでなにも言うつもりはない。

見るとユーリの腕の中には、陸がきっちりと収まっていた。が、陸ははげしく暴れている。釣り上げられた魚のように。

「ばかっ!離せよっ!このっ……い、淫乱男!」
言葉が見つからなかったのか、陸は美影が耳を塞ぎたくなるようなはしたない言葉を口にした。

「淫乱はお前だろうが」ユーリは冷静に返した。もがく陸を絶対に離すまいと、長い腕でしっかりと拘束している。

「違うしっ!」陸はユーリに爪を立てた。

ユーリは鼻を鳴らして陸の言葉も抵抗も一蹴した。「なんでここへ来た?」

「なんでだとぉ?ユーリが電話に出ないからだろう!」

「切ったのはお前だ」

「すぐに掛けたのに繋がらなくて、ユーリは怒って美影さんとやろうとしてるんだと思って――そしたら朋ちゃんが、ユーリは土手にいるって……車でやってるって――」
陸は泣きそうになりながら、怒っている。(念の為に断わっておくが朋はそんな事――車でやっているとは――一切言っていない)

「お前は正真正銘の馬鹿か?」ユーリがふっと笑みをこぼす。

「う、うるさいっ!ばかユーリ!」

「何度も言っているが、馬鹿はお前だ」

うんざりしたユーリは、今昔問わず手っ取り早い方法で陸を黙らせた。

陸はぴたりと動きを止めた。

騒々しい口をユーリのキスで封じられ、抵抗する気は瞬時に失せたようだ。

陸は間違いなく腰を抜かしている。ユーリに抱きかかえられ足が宙に浮いていなければ、くずおれていただろう。

美影は顔を火照らせ、腰をガクガクさせながら、一歩二歩とあとずさった。

ここにいてはまずい。
ユーリに失せろと言われる前に退散する必要がある。

美影は迫田家へ向けて一目散に駆けだしていた。鞄を車に置き去りのまま。

つづく


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