はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

恋と報酬と 51 [恋と報酬と]

実のところ、美影と迫田兄弟との相性はあまりよくない。

そのことには美影自身薄々勘付いていたのだが、ユーリの発した一言がそれを決定づけた。

「それで、別れそうな彼女とはもう別れたんですか?」

当然この言葉は聖文に向けられたもの。

美影は驚いてフォークを取り落してしまった。

ガチャンと丈夫そうな皿の縁を叩き、ベリーソースを散らしながら。

こんな失態、信じられない。美影は半ば蒼ざめながら、ズボンに散った黒っぽいシミに目を落とした。

学校が制服に白いズボンを選ばなかったことに感謝しなくては。

「大丈夫か?」

ああ、聖文さんに気を遣わせてしまった。

「大丈夫?美影さん」

陸にまで!しかもちょっと笑っている辺り、馬鹿にしているとしか思えない。

「大丈夫です……」美影は恥じ入りながら、聖文に向かって言った。陸のニヤニヤ笑いとユーリの嘲笑うような笑みに目を向けないようにして。

「ユーリが変なこと言うからだぞ」陸が言うのを聞きながら、美影は身を屈めて足元に手を伸ばした。

「あ、お客様、そのままで」

声がして、美影は顏を上げた。

さきほどの女性店員だ。おしぼりと代わりのフォークの乗ったトレイを手にしている。派手な音を立てたので気付いて当然だけれど、女性に粗相を見られるというのは何とも恥ずかしいものだ。

穴があったら入りたいと切に願う美影が「すみません……」と心底申し訳なさそうに言う間に、彼女はてきぱきと美影の粗相の後始末を済ませ、気にすることないわよとでも言いたげな笑みを見せて可憐に立ち去っていった。

その手際の良さは称賛に値する。きっと聖文さんも感心したに違いない。

「コウタから聞いたのか?」

すっかり元通りになった時――ズボンの染みは取れなかったけれど――、聖文さんが言った。どことなしか怒っているように見えるのは、声に凄味が増したからなのか、眉間にしわが寄っているからなのか。

美影は思わず顔を逸らした。空になった皿にパンケーキがもう一枚追加されでもしたように、夢中で皿を見つめる。

「うん、まあ、そうなんだけど」ぼそぼそと陸は言い、ユーリをキッと睨みつけた。口元を見る限り『内緒だって言ったじゃん』と抗議したようだ。

内緒だったはずの聖文さんの事情。別れそうな彼女の話が本当なら、動揺するよりも喜ぶべきだ。違う。美影は小さく頭を振った。聖文さんの不幸を喜ぶなんてとんでもないっ!

それでも、喜んでいる自分がいるのは、恋した結果だと思うしかなかった。

つづく


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恋と報酬と 52 [恋と報酬と]

コウタがわざわざ陸に言うはずもないが、言わない理由もない事は、聖文自身よく分かっている。

秘密でもなんでもない。弟たちが兄の恋愛話をしたからといって、罪になるわけでもなし。

けれども、くそ忌々しい神宮におもしろおかしく言ったのなら話は別だ。

「彼女とは別れない」

必ずしもそうだとは言い切れない現状だったが、きっぱりと言い切った。言った後で少々後悔をしたが、あれこれ詮索されるよりもましだ。

「えっ、てことは……もしかして結婚するの!」陸は大袈裟な声を出し、身を乗り出した。

まさか陸がそういう結論に飛びつくとは思いもしなかった。はっきり言って、結婚なんてことはこれまで一度も考えた事はなかった。脳裏にちらりとすら浮かんだ事はない。もしかすると、それが彼女の気に障ったのかもしれない。

「へぇ、結婚ね」ユーリはヒュッと口笛を吹く真似をし、陸同様身を乗り出した。「だとさ――」と美影に向かって言う。

「そ、そうなんですか?聖文さんは、ご結婚を考えられて――いえ、プライベートな事に立ち入るつもりはなくて、ただ話の流れで――」

必死過ぎる四条くんの言葉を遮るのは、あまり気が進まなかったが、こういう話をごちゃごちゃとするのは好きではない。

「結婚など考えていない」聖文は多少苛立ちのこもった口調で言った。これでは『彼女とは別れない』という宣言をきっぱり否定したも同然。

「ああ、よかった」と言ったのは陸。おそらく、兄の結婚による自身の損害について――つまり、小遣いが減る、もしくはなくなる、とでも考えていたのだろう。

結婚すれば、自分の家庭を持つわけだし、弟に対する義務を放棄しても許される。

それを望んではいるが――

正直、彼女とは今すぐ別れたい。

あぁ……、今回も三ヶ月もたなかったか。

自身の堪え性のなさに――それだけが理由ではないが――聖文は溜息を洩らした。

つづく


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恋と報酬と 53 [恋と報酬と]

「よかったな。あの調子じゃ、今日中に別れるぞ」

聖文が二杯目のコーヒーを飲み終え、席を立った隙に、同じく二杯目のコーヒーを飲み終えたユーリが言った。

三杯目のドリンク(ルイボスティー)に挑戦中だった美影の反応は早かった。「どうしてそんなことわかるんですかっ」

早過ぎるくらいだ。

ユーリはわざわざ言うまでもなしと鼻を鳴らした。

「よかったな、ってどういう意味?」四杯目のドリンク(マンゴージュース)を、ものの数十秒で難なく飲み干した陸が訊いた。

いまさらだし、飲み過ぎだ。

「お前はホント、自分のことばっかりだな。ちっとは周りに目を配れ」ユーリが呆れ半分に言う。

陸は憤慨し、不貞腐れ、次を求めて席を立った。まだ飲む気らしい。

美影は初めてユーリと二人きりになった。陸と付き合う前のユーリなら、絶対にどんな危険を冒してでも二人きりにはならなかっただろう。節操なしの獣のような男と完全とは言えないものの二人きりになるなど、自分で腹を切り裂いて、どうぞ食べて下さいと差し出しているようなものだ。

もちろん、ユーリにもある程度の基準というものはある。あるが、飢えた獣というのは見境がないもので、実際そういう噂(でしかないが)は恐ろしいほど耳にしてきた。

「聖文さんは別れないと断言していました」

「あんなわかりやすい嘘を信じるとは、おまえもたいしたことないな。陸以下だ」

陸以下。

美影はゆっくりと瞼をおろした。息を整え――乱れてはいなかったが――目をつむったまま三秒数え、侮辱に耐えた。目を開けて言う。

「味方ですか?」

「それは、あまりに図々しいな。でもまあ、ああいう手合いの口説き方なら教えてやってもいいぞ」

美影は怯んだ。ユーリが教えようとしていることが何であれ、誰にとっても喜ばしい事ではないような気がする。

「口説き方って何のこと!」陸は噴火寸前、顔を真っ赤にしてユーリに詰め寄った。その際、グラスになみなみ注がれたジュースがぴちゃんと跳ね、ユーリの白いシャツを濡らした。

また、マンゴージュースだ。気に入ったらしい。

「バカッお前、気を付けろ!」ユーリは声だけで怒って、幸いまだ濡れたままのおしぼりを掴んで黄色い染みに押し当てた。

「ご、ごめん。だって――」

「いいから座れ。ったく、俺がこんな奴を口説くとでも思ったのか?」

なんたる侮辱。美影は鼻から猛烈に息を吐き出した。

「じゃあ、誰を口説くのさ」

「こいつが、お前の兄貴を――それ以外考えられないだろう?いい加減気付け、鈍感」

ユーリの容赦ない――美影にとって――言葉に、陸は丸い目を更に丸くした。目玉がこぼれ落ちそうだ。

美影は椅子の背にぐったりともたれた。騒ぎが大きくなること間違いなしだ。

つづく


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恋と報酬と 54 [恋と報酬と]

「勇気あるね」

陸は世の中の七不思議のひとつが解明されでもしたかのような、少しばかりはしゃいだ様子で言った。

「まったくだ」とユーリ。全面的に陸を指示するようだ。

盛大な攻撃を予測していた美影は拍子抜けした。

「どうしてそうなっちゃったの?そりゃ、まさにいに憧れる人はいっぱいいるけど、好きになるなんて、人生無駄にしているとしか思えないけど」陸が言う。

弟らしい冷静な意見だ。

美影は反論を口にした。「憧れから、恋に変わることだって――」

「ないない!」陸は即座に否定した。

「お前の兄貴ふたりは例外か?」ユーリが指摘する。

「あ、忘れてた。でもさ、あれは朋ちゃんが一方的に好きなだけだよ。コウタは流されてるだけ。自分を好きになってくれる人はいないっていう思いこみのせいでね」

「そうなの?」そんなふうには見えないけど。

「そうそう。だって朋ちゃんいつもぼやいてるもん。『あ~、コウタからもっと求められたい』ってさ。だから俺たち――あ、海と俺ね――我慢しなよって慰めてあげてるんだよ」

「つまり、もっとやりたいってことだろう?」ユーリはニヤリと笑って、陸の腕を肘でこづいた。

やるって、つまりは、そういうことを、だよね。美影は柄にもなく赤面した。朋さんもそういうことをするんだ。素敵なキスだけでは終わらないってことは、わかっていたけれど、朋さんがユーリのように野蛮に襲いかかる場面は想像できない。

もちろん美影は、ユーリに襲われた事もなければそれを目撃したこともないので、どのくらい野蛮かは知る由もない。

「美影さんは、まさにいとしたいの?」陸は声をひそめ訊いた。いつ何時聖文が戻って来るか分からないからだ。

あまりに率直な質問に美影はたじろいだ。

それでも返すべき言葉は決まっていた。

「そんなこと考えたことない」それとも、考えるべきだろうか?

「だよねー。まさにいとするなんてあり得ない。だいいち、まさにいは女好きだもん。男とはしないよ」陸は顔の前で手をぶんぶん振って、それからグラスを手に取った。

「ま、そうだな」と同意したユーリは、「陸、その辺にしとけよ」と喉を鳴らしながらマンゴージュースを一気に飲み干す恋人をたしなめた。

ユーリの言い方は雑だが、陸に対する愛情がたっぷりと感じられる。僕も聖文さんにたしなめられるような事をしてみようか?

美影は羨ましさ半分、自分のグラスを空けた。

つづく


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恋と報酬と 55 [恋と報酬と]

「あ、まさにいから電話だ」陸はそう言って、おっかなびっくり電話に出た。

美影もドキリとした。

いまの会話を聞かれてはいないかと、おずおずと周囲に目を向け、こんな場所でこんな連中と恋愛話をしていたことをひどく悔やんだ。確実に相談相手を間違えている。

「まさにいがさっさと出て来いってさ。ったく、俺たちは別だっていうのに」陸はぷりぷりと言い、兄の言い付けどおりさっさと席を立った。

ユーリはやれやれとひとりごち、のろのろと立ち上がると、美影に同情めいた目を向けた。

その理由は店の外に出てからすぐに判明した。

「用が出来た。神宮、四条くんを家まで送り届けてくれないか?」

胸の前で腕を組んだ聖文が、わずかにユーリを見おろし言った。その態度たるや、頼みごとをする者のそれとは到底思えない。

「はいはい。そう言うだろうと思っていました」ユーリはぼそぼそと返事をし、本屋に行ってくると言って逃げ出した陸に向かって舌打ちをした。

ユーリは分かっていたんだ。まさか!本当にこれから彼女と別れるつもりでは?

「仕事ですか?」美影は大胆にも探りを入れた。いざとなれば、より図々しくなれるものだ。

「四条くん、こっちの事情ですまない。悪いけど、神宮に送ってもらってくれるか?この埋め合わせはまたするから」聖文は軽く美影の問いかけをかわし、なおかつ、過大なる期待を持たせた。

「おい美影、本屋にいるから来いよ」そう言ってユーリは、長い脚を最大限に生かすように大股で歩き去った。

美影はぼんやりと返事をした。また聖文と二人きりになれたことで周りの世界が消滅してしまったのだ。すぐ傍を買い物客が通ろうがお構いなしだ。

「ほんとにごめん。誕生日に連れ回したあげく、最後まで責任を持てなくて――」

「大丈夫です。ユーリがきちんと送り届けてくれます」申し訳なくて、そう言うしかなかった。どうせ家に帰ったって、誰もいやしない。もしかすると兄がプレゼントを届けてくれているかもしれないけど、心のこもった祝いの言葉は聞けないだろう。

「ああ見えて、信頼は出来るからな」聖文は言い、ポケットから小さな包みを取り出し美影に差し出した。

美影は反射的に差し出された小さなリボンのついた細長い封筒のようなものを受け取った。「なんですか、これ?」

「栞だ。なにがいいのかすぐには思いつけなくて――本をよく読むと言っていただろう?気に入ってくれるといいんだが」

「プレゼントならもう貰いました。どうしてまた――」美影は右腕に下げていたショッパーを掲げて言った。

「陸の言う通り、それはブッチがダメにした白いスニーカーの代わりだ。そっちはちゃんとした誕生日のプレゼント。使っているうちに馴染んで、自分だけの栞になるんだ」

その言い方から、聖文さんも同じものを持っているのだと美影は思った。居ても立ってもいられず、包みのシールをはがし、中身を取り出した。

革の栞だった。深みのある赤い色。まるで二人を繋ぐ赤い糸。

美影は昂る感情を抑えきれなかった。

それは一粒の雫となって頬を伝いおりていった。

つづく


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恋と報酬と 56 [恋と報酬と]

新たな情報はまだない。

誕生日から一週間。嬉し泣きをしてしまった日から一週間。あれからもう一週間も経つのに、聖文さんが彼女と別れたのかどうか、そんな些細なことすら分かっていない。いい加減、花村は仕事をするべきだ。あの情報が欲しくないのだろうか?

美影は図書室のいつもの席で、栞を挟んだ本を開いたり閉じたりしていた。窓の外をぼんやりと眺めていたが、ついに面倒になって、監視作業をやめた。

何も手につかないなら、何か別のことをするべきだ。愚かにも時間を無駄にするのではなく。

例えば、そう、朋さんに会いにカフェに行くとか。

美影は本の間から栞を抜き取り、学校指定の鞄に大切にしまうと、本を元あった場所に戻して、図書室を出た。運が良ければ、校門を出る前に花村を捕まえることができるはず。更にうまくいけば、陸も捕まえられるだろう。

花村につきまとう――もしくは花村がつきまとう――海の存在はすっかり失念したまま、美影は運良く役立たずの情報屋を確保した。

「ねえ、花村。いったいどうなっているの?君は僕に約束したよね、死に物狂いで情報を仕入れてくるって」

実際には『まさにいに関するありとあらゆる情報を集める』と言っただけだったけど。

「すみません、美影さん」花村は己の無能さを恥じるように背中を丸めた。

「で?」美影は容赦しなかった。情報こそ命だ。

「まさにいの彼女は同じ職場の人でした。けどこれが、ちょっと古い情報で、新しい彼女もまた職場の人で――」

「新しい彼女?ウソッ!」

「いや、あの、その彼女とは別れたみたいなんです。どうやらまさにいはかなりモテるらしく……情報がこんがらがってしまって、それで報告できなかったんです」

聖文さんは過去にいったいどのくらいの数の女性と付き合ってきたのだろう!

「結局、いま彼女はいないの?」美影は躊躇いがちに尋ねた。

「おそらく」花村は簡潔に答えた。

「そう」美影はホッと一息ついた。情報が曖昧で報告できなかったのは分かるけど、途中経過は欲しかった。

「実は――」

「まだなにかあるの?」

「その彼女のこと――あ、元彼女ですけど――朋さんも知っていると思うんです。朋さん、以前ホテルでバイトしていたから」

いまさら別れた彼女について何も知りたいと思わなかった。別れた理由がなんであれ、もう過去の人だ。

でも、知っておいても損はないかもしれない。

「だったら、もうちょっと早く歩いて」

美影は花村を急かし、カフェまでの道のりをほとんど走るようにして通り抜けた。

つづく


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恋と報酬と 57 [恋と報酬と]

「みかげさん、いらっしゃい」

まるで今日初めてのお客さんのように、朋さんは極上の笑顔で迎えてくれた。店内は朋さん目当ての女性客であふれているというのに。

カウンターの端で忙しなく手招きをしているコウタさんはさぞかし心配だろう。

「こんにちは、朋さん。コウタさん」美影は笑顔で返した。

花村が美影に続いて巨体を店内に押し込むと、女性客の話し声はぴたりとやんだ。

「花ちゃんもいらっしゃい」

朋が言うと、女性客は安心したのか会話を再開させた。ほとんどが女子大生だ。

美影と花村はカウンター席に腰を落ち着け、注文するでもなく、コーヒーが出てくるのを待った。

「ずっと待ってたんだよ。せっかくまさにいのケツを叩いておいたのに、どうなったのか報告もないんだから。まったく薄情だよ、みかげさんは」朋は豆を挽きながら、悲しげな顏で傷ついたふうを装った。

「す、すみませんっ!」美影は心底謝った。あの一件が、朋さん――もしくはコウタさん――の計らいだとはわかっていたけど、泣いてしまったことや彼女とのいざこざ(有無は不明)、その他もろもろのことで頭がいっぱいで、白状すると、お礼を言うことにまで考えが及ばなかったのだ。

「うそうそ。試験が終わったら来るだろうって言ってたんだよ、僕たち」コウタはアンティークのガラスジャーからクッキーをひとすくいすると、小さなカゴに盛って、美影の前に差し出した。「どうぞ」

花村がさっそく手を伸ばした。「コウタさんのクッキー最高に美味しいです!」そう言って、次を手にする。

味を知らなければ、大袈裟な物言いに眉をひそめた事だろう。美影もひとつ口に入れ、バニラの香りとさくさくの歯ごたえを楽しんだ。

本当に美味しい。

「それで、どうだったの誕生日は?プレゼント貰ったって聞いたけど」朋が訊いた。

「はい。スニーカーと栞を」美影は答えた。

「えっ、そうなの?陸はスニーカーだけだって言ってたけど」コウタが言う。

美影は鞄から栞を取り出した。

「スニーカーはブッチの粗相のお詫びで――僕はブッチが粗相をしたなんて思っていません。あれは親愛のしるしだと――、これが本当のプレゼントだそうです」

「これって、まさにいと色違いのじゃない?ね、朋ちゃん」コウタは目をキラキラとさせた。

「ん?」コーヒーをカップに注ぎ終わった朋が顔をあげた。美影の手に乗った赤い革の栞を見て愉快げに片眉を上げた。「確か、茶色いの持ってたな。あれを茶色って言うのかはわかんないけどさ」カップを差し出し言う。「まさにいのは犬に噛み千切られたみたいにボロボロなんだ」

「そんなに大切にしてるのとお揃いってすごいですよね!」ひとり興奮する花村。

もちろん美影も興奮している。花村と違って表に出さないだけで。

美影は気を落ち着けようと、カップを手に取り、淹れたての香りを思い切り鼻から吸い込んだ。リラックスするにはうってつけだ。

「もしかしたら、みかげさんの気持ち、知っているのかもね」

コウタがクッキーを追加しながら言った何気ない一言に、美影は蒼ざめた。

やっぱり、泣いてしまった一件を白状するべきだ。

つづく


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恋と報酬と 58 [恋と報酬と]

栞をプレゼントされた時、感動のあまり泣いてしまったことを美影は白状した。花村には言いたくなかったけれど、周囲の協力が必要不可欠な相手だ、そうも言っていられないのが現実。

とはいえ、運命の赤い糸がどうとか、そんなことがちらりと頭をよぎった事は、さすがに言えなかったけれど。

「まさにいって、そういう面では結構やり手だよね。俺たちも誕生日にプレゼント貰うけど、絶対、確実に泣いて喜ぶほどのものをくれるんだよ」朋はそう言って、コーヒーポットを手にカウンターを出た。

女性客がそわそわとし始めた。

朋は笑顔で各テーブルをまわり、おかわりをサービスする。もちろん断る客はひとりもいない。それはタダで二杯目が飲めるからなのか、それとも長居する理由が出来るからなのか、とにかく、カフェが繁盛する秘訣はここにあるようだ。

「でも、栞で感動するなんて、みかげさんて、本当に本が好きなんだね」コウタがにこやかに言った。

それはちょっと違うかも。本は好きだし、本に囲まれた図書室で過ごす時間は好きだけれど、泣くほどのことではない。どうして泣いてしまったのか、あの時の気持ちを言い表すことはもうできないけど、聖文さんの気持ちが嬉しかった。たぶんそれだけなんだと思う。

「だって、お揃いですよ!僕だって、海とお揃いの何かをプレゼントされたら泣いてしまいます」花村が力強く言った。

美影は『海とお揃いの何か』とはいったい何だろうかと、頭の隅っこのほうで考えながら「花村の言う通りです」と力強く言葉を添えた。好きな人と何かを共有することは、理由なしに嬉しい。

朋が店内を一周して戻って来た。「それで、その時のまさにいの反応は?抱きしめてキスしてくれた?」

「キ、キスッ!」

美影は朋の突拍子もない発言に声を裏返した。女性客がカウンターに集う男集団に好奇の目を向ける。男の子たちはいったいどんな話で盛り上がっているのだろうと、聞き耳を立てているに違いない。

「公衆の面前ですよ。そんなことするわけがありません。それに、聖文さんは男にキスをするような人ではありません」美影は仲間内だけ聞こえるように声を落とした。「ついでに言うなら、彼女がいるわけで――もしかして、いた、のかな?なにか知っていますか?」

花村の情報だけでは心許なく――けっして信頼していないわけではない――もう一方の確かな筋からも情報が欲しかった。

もう一日だって、何も知らずに過ごすのは耐えられない。

つづく


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恋と報酬と 59 [恋と報酬と]

聖文さんはキスはしてくれなかったけど――そんなこと望んでもいなかったし――兄弟を支えている大きな手で、優しく頭を撫でてくれた。

自分が泣いていることに気付いたのはその時だった。

恥ずかしくて手の甲で乱暴に目元をぬぐった。

ぽんぽんと二度、聖文さんの手は頭の上で跳ねた。心地よくてうっとりしてしまった。

そうして聖文さんは何事もなかったかのように、もう行くねと言って去って行った。埋め合わせはするからと、少し離れた場所から声を張り上げ手を振りながら。

そのあと、彼女と会ったのだろうか?

花村の情報が確かなら――確かなのだけれども――聖文さんは彼女と会って、別れを切り出したようだ。実際別れを切り出したのはどちらからなのかははっきりしないけれど、別れた事は明白だ。花村がそう言うのだから。

「まさにいの女の趣味がよく分からないな」

朋の言葉に夢見心地だった美影は現実に引き戻された。

「趣味があまり良くないという意味ですか?」美影はズバリ踏み込んだ。

「まあ、そういうことかな。だから別れて当然というか、そもそもなんで付き合ったのか不思議。俺だったらもっと――」

朋さんは急に口を閉じた。なにかまずいことを口走りそうになったらしい。

普段穏やかなコウタさんが険しい顔つきになった。

「もっと、何?」声も刺々しい。

美影も『もっと――』のあとに続く言葉が知りたいと思った。

もっと――かわいい子と付き合う、とか?それとも綺麗な子?頭のいい子?仕事ができる、真面目、器用、足が速い……もしくは、キスが上手、とか?

キスうんぬんに関していえば、経験のない美影は不利だ。こればっかりは本を読んでも無意味だし、練習するわけにもいかない。ぶっつけ本番しかない。

「――もっと、一緒にいて安らげる人を選ぶ。例えば……コウタみたいな、ね」

朋さんはコウタさんにだけ伝わる、意味深長な笑みを見せた。

「僕は女の子じゃないけど」と言ったコウタさんは、はにかんでいた。

「問題は男か女かじゃないって事さ」

そう、朋さんの言う通り。問題は性別ではない。いや、もちろん性別は大きな壁ではあるのだけれど、一番は、聖文さんの気持ちが動くのかどうか、ということだ。

つづく


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恋と報酬と 60 [恋と報酬と]

デスクの上の携帯電話が不気味な音を立てた。ガタガタと振動する様は、まるで心臓を鷲掴みにされ揺さぶられているかのようだ。

聖文は相手を確認したのち、苛立った仕草で電源を落とした。

自分がとんでもない間違いを犯したのだと気付いたのは、ちょうど一週間前のこと。彼女に別れを告げたときだ。

彼女は別れの言葉を聞くや、こともあろうに殴りかかって来た。強く握った拳で。

当然、唖然とした。気の強い女性だという認識はあったが、暴力的だとは思いもしなかった。

さらには反射的に避けてしまったのが火に油を注いだようだ。彼女はヒステリックにわめき散らし――これは意外だった――、聖文をとことんまで困らせた。

その状態がまだ続いているというのだから、付き合ったこと自体間違いだったと言わざるを得ない。

付き合うことになったいきさつについては自分の不注意に他ならないのだが、いまさら考えたくもなかった。

唯一救いがあるとすれば、仕事に影響がないことだけだろう。それもいまのところ、だが。

聖文は空腹を覚え、階下へ向かった。午後七時、そろそろ夕食の時間だ。カレーのいい匂いもしていることだし――双子が当番の日なので匂いだけでは判断出来ないが、そもそもカレーは市販のルーによって味が決まるのだから、不味く作りようがない――、あとは朋とコウタが帰宅すれば、悲鳴をあげているお腹を満たすことができるだろう。

そしてタイミングよく、二人が帰ってきた。

「ただいま~。あれ、まさにい、今日休みだったんだ」玄関に入るなりコウタが言った。手には売れ残った(もしくは売るつもりのない試作品)焼き菓子の入った紙袋を持っている。「お土産」と言って、紙袋をカサカサと振った。

「今日も店に寄ったのか?勉強はちゃんとしているんだろうな?」高い授業料を払っているのだ、遊び半分では困る。

「ちゃんとしてるよ。今度筆記試験があるから、朋ちゃんとポイントをおさらいしてたんだ。あ、そうだ。今日、みかげさんが来たよ。花ちゃんと一緒に」

「花村がなんだって!」海が台所から顔をのぞかせた。

「お店に来たんだよ。みかげさんと――」朋が玄関を上がりながら答える。風呂のドアを開け、脱衣場に置かれた籠にエプロンを放り込むと、「お腹空いた~」と廊下を進み台所を抜け自室に消えた。

コウタは荷物を置くため二階へ、聖文は一刻も早くカレーにありつくため、双子の手伝いを買って出た。

つづく


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