はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

恋と報酬と 41 [恋と報酬と]

「まさにい、ちょっといい?」

ふいに声を掛けられると、やましい事がなくても驚くものだ。聖文は驚きと姫の写真の両方を隠し、ゆっくりと振り返った。軋むはずの階段を音も立てずにあがってきたのは、いつだって許しを得ずとも部屋にズカズカと入って来るコウタだ。

「どうした?コウタ」

聖文は椅子を回し、コウタと向き合った。背後に立たれるのは背中がムズムズして落ち着かない。

「うん……美影さん、帰ったよ」

コウタはそわそわと窓の外を見やった。すりガラスの向こうは、ぼんやりと街灯の明かりが見えるだけで何も見えやしないのに。

「帰った?朋が送って行ったのか?」車を出す音はしなかったが。

「違う。バスで」

「バスで?どうして帰したりしたんだ!送って行くって約束していたのに」聖文は慌てて腰を浮かした。「まだ間に合うか?」

立ち上がったが、コウタは小さく首を振った。

もう手遅れらしい。

聖文は腰を落とし椅子の背にもたれ溜息を吐いた。帰りたかったのなら一言言ってくれればよかったのに。それともそれさえも言えないほどの急用で帰らざるをえなかったのか……。なんにせよ車で送っていった方が早いに決まっている。

「どうして?何かあったのか?」聖文はコウタに背を向け、額に片手を当てた。無責任な自分に怒りが湧きあがる。四条くんに約束も守らないいい加減な男だと思われただろうか?

「ひとりになりたかったみたいだよ。もともと物静かな人みたいだから――これは花ちゃんの情報ね――うちの騒々しさに参っちゃったんじゃないかな。まさにいによろしくって言ってたよ。で、また来てもいいですかって聞かれたから、是非って言っておいた。よかったよね?」

「ああ、もちろん。本当にまた来たいと思っているんだったらな」こんなところにまた来たいなどと思うはずがない。騒々しいだけでなく、靴をダメにされ、ズボンも毛まみれ泥まみれにされたのだから。

聖文は美影が服についたブッチの毛をコロコロで取っている姿を思い出して、苦い顔をした。きっと彼はあんなもの使ったことがないに違いない。

「きっとまた来るよ。そのうち……」コウタは歯切れ悪く言い、開いた戸口に目を向けた。摺り足で近寄って来て声をひそめ言う。「ねえ、さっきの本当なの?彼女いるの?」

どうして嘘だと思うのか不思議だ。

「いると言っただろう」

「職場の人?休みの日にデートとかしてるの?」

「どうしてそんな事訊く?お前には関係ないだろう」

「だって……彼女がいるようには見えないから」

「だったらどう見えるっていうんだ?」段々と腹が立ってきた。いや、四条くんが帰ったと聞かされた時から腹は立っている。弟たちが結託して、俺を貶めようとしているとしか思えないからだ。

「もし彼女がいるとしたら、別れる寸前だってこと」

コウタの鋭さには驚かされる。それでも、別れは当分やって来ないだろう。いまのところ切り出すつもりはないから。

「余計なお世話だ。俺はお前たちみんなに彼女が出来ることを期待している。なにも言わないからといって、すべてを許していると思うな」

弟が彼氏を作って喜ぶ兄はいない。まして兄弟でなど論外だ。いつのまにか怒りが爆発寸前にまで膨れ上がっていた。コウタは怖気づき――やっとだ――すすっと出口まであとずさった。

「でも、まさにいだって、可能性はあるでしょ?」コウタはぼそぼそと言い、踊り場まで後退した。

いったい何の可能性なのか、問いただす気にもならなかった。

つづく


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恋と報酬と 42 [恋と報酬と]

まったくあきれたことに、コウタは戸口に留まり、持論を展開し始めた。

憧れだとか尊敬だとか、朋を好きな理由を並べ立てて――聖文の耳にはそうとしか聞こえなかった――、四人の愚弟の世話を任されている兄の苦労などどうでもいいような口ぶりだ。

いったい俺にどうして欲しい?兄弟が必要以上に仲良くてよかったな、とでも言えばいいのか?本当はくだらない関係をさっさと終わらせて欲しいのに。

朋とコウタのことを黙認しているのは、ある程度の自制を持ってお互いが寄り添っているからだ。

双子たちを見てみろ。あいつらは自制も抑制もあったもんじゃない。誰か慎みという言葉を教えてやってくれ。

聖文はいい加減うんざりし――最近はなにかとうんざりしている。コウタの言う『別れる寸前の彼女』のことも然り――、右手を軽く上げてコウタの口を閉じさせた。

「四条くんの連絡先は聞いているか?」

とりあえず、靴の弁償はしないといけないだろうし、またここへ来る気なら忠告もしておかなければならない。弟たちに変な影響を受ける前に。

「美影さんの連絡先聞いてどうするの?」コウタが驚いた様子で尋ねる。

聖文はいぶかしげに眉間に皺を寄せた。「どうするの?今日のお礼とバカ猫の失礼を詫びるに決まっているだろう」

「あ、ああ、そうだよね。アイスあんなに持って来てくれたんだし、お礼は必要だよ。まさにいのケータイにアドレス送るね」

コウタはいやにニコニコしながらやっと姿を消してくれた。急こう配の階段をバタバタと駆けおりていき、着地のドスンという音とともに――最後の一,二段は必ずと言っていいほどみんな飛び降りる――ガシャンという音と呻き声のようなものが聞こえた。

想像するに、中途半端に開いていた台所のガラス戸の木枠に肩か足の小指かをぶつけたのだろう。兄弟なら誰しも一度は経験済みだ。

気付けば爆発しそうだった怒りも治まっていた。
ぐだぐだ言ったところで、恋愛は自由だし――必ずしもそうだとは思っていないが――、厳しくすればかえって反発して無茶なことをしかねないのがコウタだ。家を出るとかそんなこと言われでもしたら困る。こっちには責任というものがあるのだから。

しばらくして、コウタからメールが届いた。聖文はもう四年は使い続けているであろう折り畳み式の携帯電話を開いて、美影の電話番号とメールアドレスを『その他』のカテゴリで登録した。

明日にでもお礼のメールを送っておこう。そう思いながら、携帯電話を閉じた。

つづく


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恋と報酬と 43 [恋と報酬と]

六月。梅雨入りを控えた空はどんよりと曇っていた。

いまにも雨の最初の一滴がこぼれ落ちてきそうな気配。もう帰った方がいいだろうか?

授業が終わり、家路へと急ぐ一団を、美影は図書室の窓からぼんやりと眺めていた。この頃は勉強にも読書にもまったく身が入らない。

あっ。

たったいま、海が自転車で校門を駆け抜けていった。そのあとを花村が全速力で追う。ドタドタと滑稽な足音が聞こえてきそうだ。

あっ。

迎えの車の列にユーリの車を発見した。あの風貌なら高級外車にでも乗っていそうだけれど、意外にも初心者マークを付けた軽自動車なのだから驚き。ペパーミントグリーンというのだろうか?確か及川春人の兄もあんな色の車に乗っていた気がする。

まったく。花村は余計な情報を次々と耳に入れてくる。肝心な情報はこれっぽっちも報告があがらないっていうのに。

それでもいい。

美影は夏服のベストのポケットに忍ばせた携帯電話にそっと触れた。親に持たされているハイテク機器を、美影はついひと月前まで使いこなせていなかった。友達がいなかったため、通話機能以外とくに利用価値を見出せずにいたのだ。

あの日――双子の誕生日――の翌日、聖文さんからメールを頂いた。アイスと双子の誕生日を祝ったお礼と、送って行かなくて申し訳なかったという謝罪とが簡潔に述べられていた。それと、怒ってはいなかったという、ちょっとした気遣いも盛り込まれていた。

彼女について詮索したこと、怒っていなかったんだとホッとしたけれど、現在、花村に調査依頼している美影としては複雑な心境だ。

以来、聖文さんとはメールをしていない。その代りに、コウタさんと朋さんとは交流を深めている。

時折、朋さんのカフェにも立ち寄って、情報交換もしている。もっとも、こちらが提供できる情報は少ないのだけれど。

校門前の石畳が水玉模様に変わった。

とうとう雨が降ってきたようだ。

いけない。うっかりしていた。今日は折り畳み傘、持って来ていなかったんだ。

美影は鞄を手に席を立った。どこかで傘を調達できるだろうかと思いながら。

つづく


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恋と報酬と 44 [恋と報酬と]

職員室で借りた傘を手に、別館の玄関から出ようとしていた美影は、もう少しで悲鳴をあげそうになった。

ガラス張りの玄関扉の向こうに聖文が立っていたからだ。

学校に用事なのか双子を迎えに来たのか、後ろに見えるチェリーレッドの車は朋さんのもので、でも分厚いガラス越しに見えるのは聖文さんで――。

駆け寄りたいほどの喜びとは裏腹に――おそらく混乱の方が大きかったためか――美影はその場から動けなくなってしまった。

一声かけて、ただ横を通り過ぎればいいだけなのに、もしかすると自分に会いに来てくれたのではと、ささやかとは言い難い過分な期待をしてしまうから性質が悪い。

美影は自分を戒めるように、大嫌いな物理の北野から借りた傘の柄を強く握った。

その時、聖文が美影に気付いた。ホッとしたような表情から目当ての人物が美影だったことを物語っていたが、美影は動揺するあまりそれには気付かなかった。

案山子のように棒立ちになっている美影の元に聖文がやって来た。

「制服だと随分雰囲気が違うな」

そう言うのも無理はないと、わずかに残った冷静な部分の美影が密かに思った。ひと月前に会った時は、色の存在を知らないのかという程、全身真っ白ないでたちだったのだから。

「こんにちは」そう言うのがやっとで、ご無沙汰しておりますとか、陸と海はもう帰りましたとか、先生に用ですかとか、ちょっとした一言さえも口から飛び出してこなかった。まったく情けない。

「いま帰るところ?」

「ええ、そうです。雨が降ってきたので」

「ちょうどよかった。送っていくから、乗って」そう言って、聖文は背後の派手な車に立てた親指を向けた。

ちょうどよかった?送っていくから乗って?

美影の頭の中では聖文の言葉が疑問符付で反芻され、噛み砕かれたあげく、深く考えるのはよそうという結論に達した。その間、一.二七秒あまり。

「いいんですか?」と形式的な言葉を発しながら、やっと動くことを許された足が這うように一歩踏み出した。聖文との距離が縮まると、美影の心臓は一生の残りの分の動きを、ほんの三分ほどで済ませるかのように激しく脈打った。

死にそう。

まだ生きているのが不思議なくらい。

「アレに乗るのが恥ずかしくなければ」聖文は苦々しげに言い、不器用に微笑んだ。苦笑というやつだ。

美影はくすりと笑った。

ワゴンタイプの軽自動車はユーリも乗っていたので驚くに値しないが、ピンク混じりの赤い車に乗れる男性は、美影の知る限り、迫田朋をおいて他にはいない。

「聖文さんの車はどうされたのですか?」

「俺のというより、父さんの車だから家の車っていうことになるけど――朋が乗って出掛けたんだ」

「では、今日はカフェはお休みですか?」コウタさんとお出掛けだろうか?でもどうして、自分の車で出掛けなかったのだろうか?

「そうらしいな」

聖文さんが僕を迎えに来た理由は分からなかったし、朋さんが自分の車ではなく家の車を使った理由も分からなかったが、気付けば美影はまんまと助手席に乗り込み、思いを寄せる人にドアを閉めてもらうという栄誉に預かっていた。

つづく


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恋と報酬と 45 [恋と報酬と]

咎められる前に、聖文は急いで車を発進させた。
通常、構内は車の乗り入れが禁止されている。例外がないこともないが、迎えの車には例外は認められていない。

わかっていて玄関口に横付けしたのにはわけがある。もちろんわけもなく聖文がルール違反をするはずないのだが、そうたいした理由からではなかった。

とにかく、雨が降っていた。それと、朋が余計なことを言ったがために、必ず四条くんを捕まえる必要があった。

今日の昼過ぎのこと、部屋に現れた朋が突然言った。

「そういえば、みかげさんに靴弁償するって言ってなかったっけ?」

もちろん言っていたが、あの日からいろいろ忙しく――言い訳がましいが、本当に忙しかった――時間が取れずにいた。たまたま朋にそう言われた時に暇だっただけで。

「するつもりだが――」

「だったら、今日がちょうどいいと思う。みかげさん、誕生日だから。ちなみに花ちゃんの情報によれば、放課後の予定はないらしいよ。図書室で勉強する以外はね――でも、雨降りそうだから早めに切り上げて帰っちゃうかも」

「それは俺に四条くんを迎えに行けと言っているのか?で、一緒に靴を選んで来いと?」

「だってまさにい、みかげさんの誕生日知りたがってたじゃん。それって、弁償するって言うと気を遣うから、プレゼントって形にしたかったんでしょ?この前のアイスのお返しだってしないといけないしさ――」

「わかったから、それ以上喋るな。鬱陶しい」

双子みたいにやたらべらべらと喋る朋とのやり取りを終え、聖文はしばらくベッドに横になって考えていた。久しぶりの完全なる休みを返上して、弟の友人――もしくは自分の後輩に対する義理を果たすべきだろうかと。

そうこうしているうちに、朋はコウタと遠出するからと言って家の車で出掛けた。男が乗るには恥ずかしい色の車を残して。絶対に嫌がらせだと、聖文は思ったが、ぐだぐだ言っても始まらない。

きちんとお返しもしない礼儀知らずだと思われたくなければ、赤かピンクだかわからない車ででも出掛ける必要があった。

それに少し気晴らしもしたいと思っていたところだ。兄弟以外のまともな人との――職場の人間は除いて――まともな会話は、それだけで気分を良くさせる。意味の通じない会話にはうんざりだし、いやに的を射た不躾な会話にもうんざりだ。

「ちょっと寄り道するけど、大丈夫?」聖文は隣でおとなしくしている美影にいまさらながら尋ねた。

すでに車は当然通るべきルートを外れていた。

つづく


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恋と報酬と 46 [恋と報酬と]

人は緊張や興奮がある一定の割合を超えると――その割合は個々で異なると思われる――、ひどく冷静になるものだと美影は思った。

寄り道の場所がショッピングモールだと分かって、これは見様によってはちょっとしたデートのようなものでは?と考えていた時も、おおむね冷静だった。

「これとこれだったら、どっちが好き?」

聖文さんは黒と紺のスニーカーをそれぞれの手に持っていた。

美影は真剣に見比べ、黒の方だと答えた。

すると、ちょっと履いてみてと言われた。

もちろんすぐさま言う通りにした。

制服のグレーのズボンにはよく似合っていた。鏡の前で格好をつけてポーズまで取ってしまった。見るのは足の部分だけなのに。

僕も海の真似をしてスニーカーで学校に行ってみようか?靴紐がほどけてこける危険はあるけれど、革靴より楽だ。みんなが禁止されていても――先生は見てみぬふりをしているけれど――履いてくる理由が、これでわかった。

「じゃあ、黒にしよう」聖文さんは納得したようにそう言った。

美影も満足げに頷いた。まるで恋人同士のようなやり取りにも、冷静に対処できた自分が誇らしかった。

聖文さんがレジから戻って来て、包みを差し出したので思わず受け取った。

「えっ?」と困惑すると、「誕生日プレゼント」と聖文さんは言った。

そこからは冷静ではいられなくなった。もちろん、もともと冷静を装っていただけで、冷静ではなかったのだろうけども。とにかく、感動して、泣きそうになってしまった。

さすがにそんな醜態を晒せはしないので、もごもごとお礼を言って、包みを抱きしめ誤魔化した。

「のど乾いたな。なにか飲もうか?」

まだ帰りたくないという胸の内を読まれたのか、聖文さんが延長を申し出てくれた。美影はすぐさまそれに飛びつき、時間稼ぎも兼ねて、パンケーキの店を選んだ。

たまたま目に付いただけの、女性が好みそうな店だった。

「お腹も空いたような気がして……」美影は言い訳がましく言った。

「じゃあ、このセットっていうのにしようか?」そう言って、聖文さんはショーケースの中のリアルなパンケーキを指さした。フルーツやホイップがたっぷり乗っていて、ドリンクはなんでも飲み放題だった。

「はいっ!」と返事をして、いそいそと店内へ入ろうとした時、入口で人とぶつかった。

パッと顔を上げると、相手もこちらを見ていた。

「あれ~美影さんじゃん!」

陸だった。

つづく


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恋と報酬と 47 [恋と報酬と]

どちらがおまけかはわからないが、陸がいるという事はユーリも当然いる。
美影は学校でユーリのペパーミントグリーンの車を見つけていたので、わざわざ振り返って確認するにはおよばなかった。

「お前なんでここにいる?」席に案内されながら、聖文は不機嫌に訊いた。

「まさにいこそ、美影さんとデートする仲だって知らなかったよ」陸は振り返って、茶化すように言った。

ほんの冗談のつもりだろうが、言う相手を間違えている。聖文は天上から下界を見下ろす神々のように――怒りっぽいのでポセイドン辺りでどうだろうか――弟をねめつけた。

陸はひょいと肩をすくめて前を向いた。ユーリが一緒なのでそうひどく叱られることはあるまいと高をくくっているのだ。もちろん美影の存在も忘れてはいない。

概ね女性客ばかりの席の間を縫って、一行は店の奥の柱の陰の席へと案内された。男の客は邪魔だと言わんばかりだ。

けれども、誰もがその席を気に入った。陸以外は。

一番奥まった席に座ったのはユーリだ。女が嫌いだし、甘いものも嫌い。陸が一緒でなければ、店に近寄ることすらしなかっただろう。

ユーリの向かいには聖文が座った。その隣に美影が座り――もうそこしか空いていなかったので――ごくごく当たり前の席順となった。

「美影さん何買ったの?見せて」

美影が足元に置いた紙袋を盗み見ながら、陸が訊いた。

「いいから先に注文しろよ」とユーリ。一刻も早く店を出たいといった面持ちだ。それは女とパンケーキが嫌いだからなのか、それとも聖文と相席なのが気に入らないのか。

「俺、もうセットのやつに決めてるもん!」陸が偉そうに反発する。

「じゃあ、みんなそれでいいか?」注文するため店員を呼ぼうとする聖文。

「俺はコーヒーだけでいい。あんなクソみたいなもん食えるか」ユーリはお得意の暴言を吐き、一同を嫌な気分にさせた。

「何言ってんだよっ!セットはドリンク飲み放題でお得なんだぞ!パンケーキは俺が貰うから気にすんなよ」食い意地の張った陸は最初からそのつもりだったようだ。

「はいはい、セットな。だいたいお前ふた皿も食えるのか?」
なにかと陸には甘いユーリ。コーヒーは一杯だけで充分だと思いながらも、陸の腹がはち切れはしないかと心配する。

「俺をなめんなよ」またしても偉そうな陸。

聖文は調子に乗る弟を諌めたい気持ちを抑え、ひとまず注文を済ませた。

つづく


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恋と報酬と 48 [恋と報酬と]

「いつもこんなふうに寄り道しているのか?」

聖文は咎めるようにユーリを見た。弟を連れ回して好き勝手するのもいい加減にしろという意味だ。

「今日はたまたまだよ」陸が素早く反論する。「明日からテストだから、気合入れるために――」と言い掛けて、テスト前にのんきにデートしていること自体が問題だと気付き、口を閉じた。手元のグラスを手に取り、飲みたくもない水をごくごくと飲み干した。せっかくドリンク飲み放題なのに、もったいない。

「ほう。随分と余裕だな」聖文は当然言うべき事を口にした。

双子たちのどちらも、本当にあの迫田先輩の弟なのかと疑われるほど、成績が悪い。悪いと言っても、学年で真ん中あたりに位置しているので、落ちこぼれという程ではないのだが。

「ま、まあね。美影さんもでしょ?」陸はすばやく美影を巻き添えにした。こういうことは得意中の得意だ。

美影はすっかり虚を突かれてしまい、陸の言葉をそっくりまねた。「まあね」

「一〇番以内くらいには入っているんだろう?」かつての学年首位が特に他意もなく訊いた。ユーリにとって勉強が出来ることはそうたいしたことではなかったが、メンバーがメンバーだけに気になったのだ。

「五、以下にはならないように気を付けています」美影は平然と答えた。

陸が、裏切り者!と目を剥く。どうやら上位グループに属しているとは思っていなかったようだ。

聖文は感心したように軽く頷き、情けなさいっぱい、陸に冷たい視線を向けた。

「今回は結構上に行けるよ。ユーリが重要なとこは全部教えてくれたから」
どうやら陸も、兄の期待に応えようと、努力はしているようだ。

「まあ、テストまで覚えていられるかどうか……」
ユーリは呆れた溜息を洩らし、陸に勉強を教えることがどんなに難しい事かを、暗に訴えた。

美影は同情をこめてユーリを見た。ちょっぴり羨ましさもあったかもしれない。自分も聖文さんに勉強を教わることが出来たらどんなにいいか。もちろん負担にはなりたくないけれど――陸ほどの負担にはなりようがないが――少しでも一緒にいられたら、最近のやる気のなさも吹き飛んでしまうのに。責任転嫁も甚だしいが、恋するという事は、腑抜けになってしまうということ。とても勉強になった。

「ということで、帰ったらしっかり勉強する事だな」聖文は締めくくった。これ以上の寄り道を禁ずると言ったに等しい。

「徹夜とか、しない主義なんだ。だから今日はいつも通りに過ごして、明日に備えるつもり」

勉強嫌いがいかにも口にしそうなセリフだが、意外にも美影も同意見だった。

「賛成。焦って詰め込もうとすると、頭の中がぐちゃぐちゃになる可能性があるからね」

「確かにそうだ。普段真面目にやっていれば、前日にあれこれやる必要はないんだ」聖文も同意見らしい。

「俺は真面目にやった事なんかないが、首位陥落なんてへまはしたことない」ユーリは挑戦的な笑みを浮かべた。

「それはそれは――」聖文とて、首位陥落した事はない。

険悪な視線の間に、パンケーキの皿がズカズカと割り込んだ。

陸は歓声をあげた。いつだって甘いものには歓声を上げる。

美影も歓声をあげた。パンケーキを縁取るチョコレートの細いラインが『HAPPY BIRTHDAY』を綴っていたからだ。

つづく


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恋と報酬と 49 [恋と報酬と]

「えっ!美影さん誕生日なの?」

陸は驚きの声をあげ、ユーリはくだらないとばかりに鼻を鳴らした。ユーリは誕生日が嫌いなのだ。

「どうして僕が誕生日だとわかったのですか?」美影は至極真面目な顔つきで、パンケーキを持って来た女性店員に向かって尋ねた。

二十歳そこそこの可愛らしい女性店員は、訳知り顔の笑みを見せただけで、理由については口にしなかった。

聖文の口止め効果は抜群だ。こんな小細工を――いや、演出を――すんなりやってのけるのは聖文以外にありえない。

それに早くも気付いたのは、陸だ。さすが身内なだけある。

「あの人がわかるわけないじゃん!まさにいの指図だよ」

陸の言い方だと、とてつもなく悪いたくらみのように聞こえなくもない。

まったく腹の立つ。「せっかくの誕生日だ。このくらいはして当然だ」聖文は言い、感動冷めやらぬ美影に「おめでとう」と一言添えた。

「ありがとうございます。プレゼントまで頂いて、こんなふうに誕生日を祝ってもらえるなんて夢みたいです」美影はついついプレゼントのことを暴露してしまった。

陸の食いつきは早かった。すでにパンケーキを口に入れているにもかかわらず、「プレゼント?」と美影の足元に目を向けた。「何貰ったの?」

ユーリはコーヒーをすすり、「おおかたスニーカーだろう?」とズバリ言った。

まあ、紙袋にショップ名が書いてあるのでわかって当然なのだが。

「スニーカーかぁ。この前ブッチがダメにしたもんね」

陸の一言は余計だった。美影はショックを受け、なにかにしがみつこうとするように、テーブルの上に置いた両手の指先をきゅっと丸めた。

聖文は久しぶりに冷や汗をかいた。

プレゼントはブッチがダメにしたスニーカーの代替品だったのだと四条くんは思っている。それはそれで間違ってはいないのだが、プレゼントをしたいという気持ちも嘘っぱちだったと思われているような気がして、今すぐに邪魔な二人を追い払って、説明をさせてくれと懇願したくなった。

「白いスニーカーはダメになんかなっていない。きちんと洗って休みの日には履いている」美影はムッとしたような口調で、陸に向かって言った。

ひとまず、誕生日を都合のいいように利用する打算的な男だとは思われなかったようだ。

聖文はホッとした。

つづく


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恋と報酬と 50 [恋と報酬と]

神宮優羽里が迫田家に仲間入りして、一年が経つ。

陸と付き合うという事は兄弟とも付き合わなければならず、それが出来ないようであれば、やはり陸とは付き合えないだろう。

ユーリはコーヒーを飲むふりをして、美影と聖文の双方をじっくりと観察した。

美影が聖文を好きだという事は、見ずともわかる事実だ。本人がどれほど自覚しているのかは不明だが、迫田家に片足を突っ込んでいるのは間違いない。ただ、もう片方の足を入れさせてくれるかどうかは、聖文にかかっている。

ユーリは聖文が苦手だ。自分より偉い人間など存在しないという態度が――その点ではユーリも負けてはいないが――、いとこの結城史生にそっくりだからだ。

そんな聖文と美影が付き合う姿――ヤル姿を想像できるかというと、花村と海以上に想像が出来ない。あいつら(海と花村)は、体格も含めバランスが悪すぎるし――自分のことはすっかり棚に上げるが――、なにより気持ちに温度差があり過ぎだ。

美影と聖文もそうだ。温度差があり過ぎる。もっと言うなら、聖文は絶対に落ちない。

だからせいぜい、誕生日を楽しめばいい。

「ホイップは溶けない方が美味しいのにね」上機嫌の陸が訳の分からない事で同意を求めてきた。

パンケーキが熱いのだから、添えられたホイップが溶けてしまうのは時間の問題だ。こっちとしては、ホイップが溶けていようが固まっていようが、美味しいとは思わない。知っているくせにいちいち訊いてくるところが、鬱陶しくもあり愛しくもある。

そういう鬱陶しい事を美影はしそうにない。絵に描いたような優等生。このままでは気持ちを伝えることも出来ないだろう。

さっさと押し倒して、挿れてくれと懇願すればいいものを。

当然ユーリは二人を応援する気はない。ただ、男に迫られてあたふたする聖文が見たいだけだ。さぞ気分がいいだろう。

「だったら、よけておけばいいだろう」
ユーリは言って、手元のフォークを手に取り、ホイップを皿の淵に移動させた。

「自分でやるのに」

陸は誰も取りはしないのに、皿を自分の方に引き寄せ、ユーリの手からフォークをとった。案の定、気持ちの悪い事にフォークについたホイップを舐め取った。

ったく。いやらしい舌使いをしやがって。誘っていると取られても文句は言えないぞ。

「僕は少し溶けたくらいが好きだな」
そう言って、一口サイズにカットされたパンケーキに白く泡立つ半液体をなすりつけて口に運ぶ美影に、ユーリは合格点をやりたくなった。

上品なお口には似合いの代物だ。

つづく


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