はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

恋と報酬と 201 [恋と報酬と]

「本気ではないですよね?」

懇願しているのか、腹を立てているのか。

食事中一度も口をきかなかったくせに、いまさら。

美高はステンレスシルバーの扉を閉じ、中から取りだしたカップアイスを手に振り返った。キッチンの入り口を塞ぐようにして立つ弟は、いつになく険しい顔をしていた。

やはり怒っているようだ。

「仕事の話なら、お前には関係のないことだ。だいたい、いつまでも家にいてと文句を言っていたのはお前だろう?」美高は弟の不躾な物言いにけちをつけた。

「あのときのことは謝ったではないですか。お互い協定を結んだはずですよ」

「まあ、そうだな」と美高は曖昧な返事をし、ひとりおたおたとする弟を愉快げに見やった。

馬鹿なやつだ。どう考えたって、あいつと俺とが同じ立場で仕事をするはずがないだろうに。それほどまでにあの男が好きなのか?迫田聖文。海の兄で、かなりの堅物。カフェにあいつがやって来たときは椅子からひっくり返って落ちそうになった。せっかく気配を消して存在を気づかれないようにしていたのに、海のやつが余計なことを言ったばかりに……結局こうして美影に責め立てられることになった。

「ではお父さんの申し出は断って下さい」

偉そうに!だが、まあ、最初から断るつもりだった。むしろなにも聞かなかったことにして無視するつもりだったのに、あの男が余計なことを――まったく。兄弟揃って余計なことを言わなければ気がすまないのか?

「見返りはあるのか?仕事先を世話してくれるとか?」美高は言いながら食器棚の引き出しを漁り、スプーンを見つけ出した。カップのふたを流しに投げ入れ、振り返ると、美影がなんで僕がというような渋面でこちらを見ていた。

「冗談だ」サッと手を振り、アイスを手にキッチンを出る。美影はわきへよけて兄を通しはしたものの、話を終える気はないようで、後ろをついて来る。

「どうなんですか?協力してくれると約束したではないですか」

弟はこんなにしつこい性格だっただろうかと、美高はアイスをぱくぱくやりながら階段をのぼりきり、自分の部屋の前で、ぴたりと足を止めた。

「同じ職場の方が協力しやすいような気もするが――」話を最後まで聞かず、美影が生意気にも反論しようとしたので、美高はスプーンを振り、口を閉じさせた。「あいつと一緒に仕事するのなんかごめんだ。父さんには何か口実を見つけて断っておく。言っておくが、これは貸しだからな」

美高は美影の返事を待たず、部屋に入った。

つづく


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恋と報酬と 202 [恋と報酬と]

美高を牽制し、父を味方に付け、聖文包囲網をがっちりと固めた美影だったが、ひとつ計算違いがあった。

それは聖文がいともたやすく網を破ってしまうということ。

九月に入ると、美影はお泊まり勉強会の日を指折り数えるようになった。

そんな美影に不運な知らせが届く。場所は朋ちゃんのカフェ。ユーリを除くいつものメンバーが揃っている。

「まさにい、休み取れなかったんだって」朋は申し訳なさそうに言い、人数分のコーヒーをカップに注いだ。

よもやそんなことがと美影は言葉を失った。

「まぁ、でも家には帰ってくるわけだし」慰めの言葉は海。

「でもさ、ってことは、まさにいは約束を破るわけでしょ?美影さんに勉強を教えられないんだから」陸はここぞとばかりに聖文の不誠実さを責め立てた。

「そもそも、美影さんはまさにいに教えて貰わなくても勉強できるんだから、いいじゃん」海が手のひらサイズのチョコチップクッキーを振り回しながら言う。

「社長の力も大したことないね」こわいもの知らずの陸が言う。確かに、お泊り勉強会をすすめたのは美影父なのだから、それなりに力を振うべきではある。

「さすがに従業員のシフトにまで口を出せないだろう」と朋。もっともな意見だ。

「それでも美影さん、うちに来てくれるよね?」純粋なコウタの心配処は友達である美影が遊びに来てくれるのかどうか。勉強云々、兄とのあれこれは二の次だ。もちろん二人がうまくいけばいいと思ってはいるが。

「はい、そのつもりです。でも、いいんですか?」美影は遠慮がちに言った。

「いいに決まってるよ!花村だって関係ないのに来るんだからさ」海は花村の背中をバンッと叩いた。

そんなことではびくともしない花村は、照れくさそうに反論した。「関係ないことないよ。僕はみんなのこと家族だと思ってるんだから」

「家族ね。で、ユーリは来ないの?」海は花村の少々行き過ぎの発言を無視して、陸に訊ねた。

陸は唇を歪めて海の言葉を無視した。が、どうやら海という男がしつこいことを失念していたようだ。

「ねぇ、来ないの?まさか、また喧嘩?」

「喧嘩なんかしてないよっ!ユーリは忙しいんだってさ」陸はフグみたいに頬を膨らませた。その話題だけには触れて欲しくなかったのにと海に背を向ける。

「またー?」

「弟のことで問題発生なんだって」なぜか事情を知るコウタ。

「ユーリに弟がいるのって忘れがちだよな」朋は全員にコーヒーを行き渡らせると、自分のカップを手にして、スツールに片尻を引っ掛けた。

「神宮新(あらた)。ユーリとはあんまり似てないようだよ」確かな情報を握る美影が新情報を持つ花村を見る。

催促された花村は渋々漏らした。「うちに転入してくるって話があるらしいよ」

「はぁ?陸、ユーリから聞いてないの?」好奇心を刺激された海の声が弾む。

「聞いていないって顔だよ。ということは、これは喜助さんの情報だね。さすがに陸より先に花村が知ることはないだろうし」と美影。

「あいつえぐいからな」海はうへぇと嫌悪も露わに言った。

「どっちにしても俺はいつだって後回しなんだよ」陸は完全に拗ねた。

さわらぬ神に祟りなし。拗ねた陸ほど面倒なやつはいない。

ということで、朋は話を元に戻した。

「それより、どういう作戦で行くわけ?お風呂に一緒に入ってみる?それとも、寝込みを襲う?」冗談か本気か、朋の顔は真剣そのものだった。

つづく


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恋と報酬と 203 [恋と報酬と]

双子と花村は先に帰った。あとにはコウタが残り、朋と並んで片付けをしている。

「僕にそんなこと出来ると思いますか?」一人カウンターに座る美影は、発案者である朋に弱々しく訊ねた。

多数決の結果、お風呂に一緒に入ることになった。

寝込みを襲うのはハードルが高すぎるという意見が出たためだ。

どちらにせよ無理だ、と美影は思った。

「協力するから大丈夫だよ」

コウタさんたら、他人事だと思って。

「そうそう。花ちゃんを入れて五人が協力するわけだし、絶対うまくいくって」

朋さんはあまりに楽観的だ。

おそらくは隣のコウタさんに気を取られているせいだろう。こうして見ると、二人は仲のいい夫婦のようだ。カフェを切り盛りし、休日は何をしようかと話し合い、他人のお節介を焼いて、絆を深めあう。ふいに強烈な羨望が込み上げてきた。

「こうなったらさ、僕朋ちゃんの部屋で寝るから、美影さん僕の部屋で寝なよ」コウタさんは目をキラキラとさせて訴えかけてきた。

「それいい考え!」朋さんは洗い物の最中でなければ、迷わずコウタさんに抱きついていただろう。

「いい考えとは思えません」美影は浮かれる二人を制した。寝込みを襲うという案はボツになったのに、すぐそばで触れることも出来ない聖文さんが眠っているなんて状況、耐えられるはずない。

それならいっそ、寝込みを襲う?

美影の考えが伝わったのか、カウンターの向こうの二人が顔を見合わせにやりとした。

「まあ、作戦はどうあれ、俺はコウタと一緒に寝たい。美影さん、コウタの部屋使ってよ」

これがダメ押しとなった。

朋さんみたいな綺麗な人にお願いされて、断れる人などいない。しかも、よくよく考えると、すごく恥ずかしいことを口にしているのに、至極当然のことのように聞こえるのだから不思議。

「そうさせていただきます」美影は丁重にその案を受け入れた。きっと、もっと色々要求されるだろうけど、これもすべて僕を思ってのことだと思えば、恥ずかしいのなんのと言ってはいられない。

せっかくのチャンス。ものにしないわけにはいかない。

美影は決意を新たにした。

つづく


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恋と報酬と 204 [恋と報酬と]

――秋休み(聖文を除く)――


出掛け間際にくじを引かされた。

コウタが俺にスナック菓子の空き袋に手を突っ込めと言う。

もちろん拒絶した。

何が入っているのかもわからないし、何より手首まで菓子くずにまみれるのはごめんだ。

だが、にこにこと袋を差し出すコウタを避けきることは出来なかった。

渋々、袋に手を突っ込んだ。

当然と言えば当然なのだが、袋はきれいに洗ってあった。

がさごそと探り、指先に触れた紙片を摘まむ。

これでいいかとコウタに差し出した。

コウタはもったいつけるように折り畳まれた紙片を広げ、「三番ね」と言ったきり台所に消えた。

何が三番なんだ?

玄関に取り残された聖文は、コウタが戻ってくるかと思いしばし待った。

今日から明日まで、我が家は合宿所と化す。秋の大勉強会という名目だが、弟たちが進んで勉強するなど想像もつかない。

こそこそ企んでいるのは分かっている。

四条くんがどうとかいう、あれだ。

風呂の順番か?

考え事の最中だったが、ひらめいた。

いや、三番目に入るのは不可能だ。

すぐにひらめきはしぼんだ。

今日はよりによって遅番だ。社長直々に息子をよろしくと頼まれていたのに、早くても帰宅は十一時を過ぎるだろう。勉強をみるには時間が遅すぎる。

いや、そうでもないか?わざわざ泊りがけで来ているのだ。遅くまで勉強して何が悪い?

四条くんは毎日何時頃眠るのだろう。勝手なイメージだが、十一時にはベッドに入っていそうだ。おそらく、さほど勉強に時間を割かなくても成績はいいのだろうから。

五番以内だったか?

どうせならトップを目指させてみるか。それなら教えがいもあるというものだ。もちろん、その時間があればだが。

「おい」

念の為声を掛けたが何の音沙汰もないので、聖文は仕事に向かった。

つづく


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恋と報酬と 205 [恋と報酬と]

「ところで、なんで朋ちゃんまだいるの?カフェは?」

聖文が出掛けたのを機に双子が穴蔵から出てきた。

午前十時を過ぎたというのに寝起き姿だ。ダイニングテーブルの上が綺麗に片付いているのを見て、がっかりしている。

「お休み。これからコウタと買い物に行ってくる」朋の声は恋人とのデートでウキウキと弾んでいる。

「ほんと年中いちゃついてんだから。気持ち悪いったらないよ」海は呆れて言った。

「食材の買い出し。今夜何がいい?」コウタはいつも通り、お母さんみたいだ。

「今から朝ごはんなのに、夜のこと訊かれてもね」海は言って、冷蔵庫から卵をふたつ取り出した。仕方がないので、ご飯と卵でちゃちゃっと朝食にありつくつもりのようだ。

「俺、カレー。合宿っていったらカレーでしょ?」陸はすでにお行儀良く椅子に座って、味付けのりのふたを開けて待っている。「あ、海、昆布もお願い」

「それキャンプじゃん!――あいよッ」ごはんをよそっていた海は、片手で冷蔵庫を開けて、しそ昆布のパックを取り出し、テーブルの上をすべらせた。

「じゃあ、牛と豚どっちでする?」コウタが訊ねる。カレーの話だ。

「両方入れようよ。俺は牛が好きだけど、花村は豚が好きなんだ」なんだかんだ花村の好みを聞き入れる海。

「じゃがいもはふかしたのにしてね。あと、絶対にピーマンは入れないでよ」子供じみている陸。

「じゃあ俺、マッシュルーム入れて欲しい。切らずにまるまま」

「んじゃさ、あれも入れようよ。ほら、ヤングコーン」

際限のない双子の要求をコウタはぷつりと断ち切った。「花ちゃんは何時に来るの?」折り畳んだエコバックを三つ、保冷機能のあるエコバックに入れながら言う。

「昼くらいじゃない?」と海。

「もうそろそろ昼だけど」キーホルダーをジャラジャラ言わせながら、朋は部屋から出てきた。

「まだ朝だよ。これから朝ごはんだってのに」海は言いながら、茶碗をふたつテーブルに置いた。

「海、それさっきも言った」陸は何がおかしいのか、きゃははと軽薄に笑った。

きっとユーリに放っておかれておかしくなってしまったのだと、海は思った。

爆発するのも時間の問題だ。

「それじゃあ、俺たちは行ってくるから。和室の片付けよろしくな」

そう言って、朋とコウタは買い出しという名のデートに出掛けた。

「んじゃ、俺たちはごはん食べて、アイスでも食うか」

「だね」

つづく


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恋と報酬と 206 [恋と報酬と]

兄がついてくると言う。

送っていってやると愛想のいいこと言っているけど、その実、海に会いたいからではと邪推せずにはいられない。

「けっこうです」美影はきっぱりと断った。

「なんだって?せっかくひとが車を出してやろうってのに。アイスが溶けても知らないぞ。そのアイス、お前の『まさにい』の好物なんだろう?」美高は美影の持つ保冷バッグに目をやった。

お前の、という響きは悪くない。それどころか、胸が高鳴った。

「気安く『まさにい』と呼ばないで下さい」自分で口にしても恐れ多くて震えた。

「ふんっ、あんなやつのどこがいいんだか……」美高は小さく鼻を鳴らした。

「何か言いましたか?」

「いや。とにかく送っていってやる。父さんが刺身も持って行けと言っていたからな。お前はそれ以上荷物を増やせないだろう?」

まさしく、美影の両手はふさがっている。着替えに勉強道具、それとアイスクリーム。

「刺身だなんて、お父さんは僕にはそんなこと言っていませんでしたけど」

「よその家に世話になるのに、アイスだけでいいはずないだろう?」

「このアイスは特別です」美影は保冷バッグをぎゅっと握りしめた。

「父さんは肉も持って行けと言っていたが、そこまですることはないと、俺が言ったんだ」

俺が言った?ふん。いつになく偉そうだけど、どうせ海が刺身だとか寿司だとかが好物だからでしょ?言わせてもらえば彼らは肉だって好物だし、両方持って行っても困ることはないのに、まるで兄さんが主導して何もかも決めたような言い方が気に入らない。

けど、ここは兄さんの言うとおり、車でささっと送ってもらった方が利口だ。

聖文さんのアイスが溶けたらいやだもん。

美影は不承不承、美高の申し出を受け入れた。

美高は得意満面、無職のくせに購入したばかりの軽自動車(なんと!朋さんと同じ車種で色違いだ)にいそいそと乗り込んだ。

てっきり後ろに乗れと言われると思った。けれども、兄は車の自慢がしたかったのか助手席に美影を座らせた。真新しい匂いが本当に自慢げで鼻についた。たった二年ほどの社会人生活の間にどれほど貯金をしたのかは知れないけれど、一人暮らしをしていたのでたいした額ではないはず。車なんか買っている場合?

もちろんそれは、美影の心配するところではないけれど。

車は順調に進んだ。

カーナビのおかげと兄は言うけれど、前もってルートを把握していたに違いない。順調すぎるほど順調に進んだ、シャンパンゴールドの車体は、美影の制止を振り切り、迫田家の前庭にまで侵入しやっと止まった。

そこはかつて双子の誕生日にバーベキューをした場所で、普段は朋さんの車が止められている場所だ。

誰もここまで上げれとは言っていないのに、どうやら兄は何が何でも海に会わずには帰らないつもりらしい。

ほら。玄関から海が顔を覗かせた。

つづく


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恋と報酬と 207 [恋と報酬と]

ブオンッ!ジャリジャリ、ズサーッ!

「あれ?もう朋ちゃん帰ってきた?」

「早いね?財布でも忘れたのかな?」

双子がそう思うのも当然。朋と同じ車が、迫田家の前庭にまで進入してきたのだから。

双子は朋の言いつけ通り和室の片付けをしていたのだが、ほぼ正午に花村が手土産を持ってやって来たものだから、目下休憩中だった。

手土産は”おいもチーズケーキ”。角切りさつまいもがごろごろと入った、秋の限定商品だ。貰い物らしいが、貰い物でも何でも貰えるものは貰うのが双子の信条。ドリンク係が二人とも外出中なので、インスタントコーヒーを花村がいれた。

「俺ちょっと見てくる」海が席を立った。陸は膝にブッチを乗せているので、動く気なしだ。

海はサンダルを引っかけ、玄関ドアから顔を覗かせた。

きらきらしたバニラアイスみたいな色の車が庭にいる。形は朋ちゃんと同じだけど、乗っているのは――

「美高?」思わずつぶやきを漏らした。

すぐにドアが開き、美高が降りてきた。反対側のドアからは美影さん。

どうなってるの?

「朋ちゃん?」和室から声が聞こえた。

「違う!美影さん」海は声を張りあげた。「美高もいる」

「なんで?」と、いきり立った声を出しどたどたと部屋から出てきたのは花村。美高が警戒すべき人物だと認識済みだ。

海は玄関の外に出た。「美高も来たの?」ぷらぷらと近付き、車の中を覗く。二人分にしては荷物は少な目だ。ぱんぱんに膨らんだトートバッグがひとつあるきり。あとはお買い物バッグみたいなのとクーラーボックス。釣りにでも行ったのかな?

「弟を送ってきただけだ。あと、親父からの差し入れがある」美高は気障ったらしく立てた親指で車内を指さした。

「社長さんの?なになに?」海は美高にずずいと詰め寄った。

「刺身と肉だ」美高は顎を引いて海を避け、簡潔に言った。

「刺身と肉!まじッ?やったねー!」美高が引いた分、海は前に出た。

美高は背中を車体にくっつけた。もう後はない。「あと、美影がアイスを持っている」

「『まさにいのアイス』です」美影は言いながら、後部座席からトートバッグとお買い物バッグを取り出した。

「わぁ!!ぱーちー開けるじゃん!」もともと勉強などする気のない海はテンションあがりまくりだ。勢い余って、美高に抱きつこうとしたが背後から首根っこ掴まれて引き戻された。

じっと成り行きを見守っていた花村の限界点が訪れたのだ。海を羽交い絞めにして、あとずさる。

「おいっ、花村!なにすんだよっ!」海はじたばたともがいた。

「早くアイスを冷凍庫にしまった方がいいと思うよ」花村は怒りも露に言い、海を玄関の内側に引きずり込んだ。

どうやら珍しく怒っているようだ。

海はその理由がわからなかったが、ひとまず抵抗をやめた。花村は怒るとすごく面倒だから。

つづく


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恋と報酬と 208 [恋と報酬と]

肉と刺身は無事冷蔵庫へと収まった。

アイスは危うく双子に奪われそうになったが、こちらも無事冷凍庫に収まった。

そして、美高はちゃっかり迫田家に居座った。

「帰らないんですか?」美影は声を低め、迷惑だということを明確に伝えた。

「仕方がないだろう。ケーキを食べていけって言うんだから」兄は渋々といった口調で言い返してきた。まるで自分は招待されてここにいるんだと言わんばかりだ。

「別に食べてもらわなくていいんですけどね」花村も当然迷惑に思っている。浮気ぐせのある恋人を持つと、目の前で目を光らせているだけでは到底安心できないのだろう。

かわいそうな花村。コーヒーまで入れさせられて。

「いいじゃん。おいもケーキいっぱいあるんだし」海が花村を肘でつつく。

「おいもチーズケーキだよ」花村はぶすっとしたまま訂正した。

「どっちでもいいじゃん」と海が言うと、陸がきゃははと笑った。何となく乾いた笑いで、わざとらしい気がした。まだユーリに放って置かれているのかな?

花村に目配せをしたが、花村は自分のことで手一杯な様子。兄なんか相手にもならないっていうのに、間抜けなんだから。

美影は諦めて、おいもチーズケーキを頂くことにした。

「で、美高はさ、仕事決まったの?」海が馴れ馴れしげに兄に話しかけた。

兄は真顔を作ろうとしてはいるが、海に関心をもたれたことが嬉しくて仕方がないといった様子だ。あからさますぎて花村の機嫌がさらに悪くなった。

「ん、まあな」

まあな?仕事なんて決まってないはず。いったい――

「何の仕事?」美影の隣に座る陸が、たいして興味もなさそうに訊ねた。視線は膝のブッチに落ちている。そしてブッチの視線は、ご無沙汰していた美影に向いていた。

ブッチがチーズケーキを寄こせと睨みを利かせているとも知らず、美影は精一杯にこりとしてみせた。

ブッチはそっぽを向いた。

と同時に、美高が爆弾を落とした。

「まあ、親の手伝いみたいなものだ」

「な、なんて言いました?」美影はヒステリックな声をあげた。しっかり聞こえてはいたが、訊き返さずにはいられなかった。

つづく


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恋と報酬と 209 [恋と報酬と]

一度は断ったオファーだったが、気まぐれに受ける事にした。

ひとえに生意気な弟があたふたするところが見たいからだが、こちらも気を付けなければいけない。うかうかしていると、あのことを父さんに告げ口されてしまうかもしれない。

美高は隣で歯ぎしりをする美影に、不遜に笑い掛けた。

『俺に勝とうと思うなよ』

そう、目で告げた。

「へぇ、じゃあ美高、ホテルで働くのか?」海が興味を示した。陸とは大違いだ。でもまあ、こちらも陸には興味がないので別にどうってことない。

「いいや。父さんについて回るだけだ。鞄持ちみたいなものだろうな」そうだ、と返事をしてもよかった。その方が美影が悔しがるから。けれどもここは正直に答えることにした。

案の定、あからさまに美影がホッとした様子をみせた。

「じゃあ、まさにいさんとは一緒に仕事しないんですね」海を隠すように座る大男が話に割って入った。

「まあ、今のところはな」含みを持たせた。実際、自分でも今後どうなっていくのかはわからない。一度足を踏み入れれば、容易にやめたいとは言い出せないだろうから。親のコネというのも良し悪しだ。

「兄さんは現場には向きませんよ」美影が知ったげに言う。どうせ“まさにい”の受け売りだろう。

「俺もちょうどそう思っていたところだ。一般人を相手にするのは疲れるからな」

「面倒なお客さん多いらしいよ」陸が言う。

「兄貴がグチるのか?」美高は小さな驚きと共に訊き返した。

「ううん。まさにいは仕事の話はしない。朋ちゃんだよ。前にバイトしてたから」海が言う。

「どっちにしろ兄貴には違いないだろう」

兄弟で同じ職場というのはどんな気分なのだろう。もしも美影と俺と、迫田家の二人が同じ部署で――と考えたところで、自分の思考そのものが怖ろしくなった。美影に付き合っているせいで、おかしくなりかけているのかもしれない。

なかなか美味いチーズケーキを食べながら、しばらく雑談を続けていたが、突然太股に鋭い痛みを感じ、美高は悲鳴を上げた。

見ると、さっきまで陸の膝の上にいた太った猫がお団子のような足先を突き立てていた。どうやら肉々しい指先からは爪が飛び出しているらしい。

「あ、ブッチ。お客様だよ」陸がたしなめるように言う。

「挨拶しなかったから怒ってんじゃない?」海は本気なのか冗談なのか分からないことを言って、いちおうやんわりと「やめなさい」という言葉を口にした。

「ブッチは人を見ますからね」美影が生意気な口を利く。

「とにかく、この太い足を退かせて貰えるとありがたい」

そう言われてブッチは気分を害したのか、さらに爪をくい込ませた。

仕方なしに陸が救出に向かった。

つづく


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恋と報酬と 210 [恋と報酬と]

ブッチはわきの下をむんずと掴まれ、ぐいと後ろに引っ張られた。

鋭く研いだばかりの爪がパリパリと言う。

やめて!と叫んだ。

「ぶみゃ!」

「無理に引っ張ったらズボンに穴があくよ」海が新入りのズボンの心配をした。

問題はオレの爪だっていうのに。

「はいはい。ほらブッチ、爪を引っ込めて」陸が優しい声で言った。

とろんとしたような声は陸以外が使うと吐き気がする。陸だと、つい言うことを聞いてしまう。ときどき、ユーリってやつを優先して放っておかれるけど、恨んだりはしない。陸のこと、大好きだから。

そういえば、昔は海もとろんとした声を出していた。でもいまはどんなにとろんとした声を出しても海の言うことなんか聞かない。いっつもいっつも、オレの嫌いなはなむらを連れてくるから。

ひとまず、ブッチは爪を引っ込めた。

陸の手の中で向きを変えられ、顔を合わせることになった。

「めっ!」

陸はダメだぞという顔をしてみせたけど、新入りの手前そう言っただけだと分かっていた。だからブッチも両手をぐっぱして形ばかりの反省を示した。

「兄さんが挨拶しなかったからですよ」お気に入りのみかげが新入りに注意した。

新入りはみかげのお兄さんらしい。我が家で言う、まさにいみたいなものだ。

いや、まさにいはあれだから、朋ちゃんにしておこう。朋ちゃんだと思えば、新入りの事も好きになれるかもしれない。ちょっと爪を立てただけで大げさに悲鳴を上げたりするけど。

そう考えると、みかげはえらかった。歓迎の印にもみもみをおみまいしたとき、ちょっぴり爪を立ててみたけど、声ひとつ上げなかった。あれは感極まったってやつだと、ブッチは思った。というわけで、みかげはお気に入りだ。

でもみかげを気に入っている一番の理由は、まさにいを『ぎゃふん』と言わせてくれそうだからだけど。

と、そんなことをブッチが考えていたかどうかは不明だが、陸の手によって美高から引き剥がされた。

「まったく。凶暴だな」美高はぶつくさ言い、攻撃を受けた太股をやれやれとさすった。

「花村なんか、毎回ネコパンチくらってるけどね」海が言う。

花村はなんで僕だけと不満そうな顔で、陸の膝に戻ったブッチを恨めしげに見た。

「ブッチは花村のこと嫌いなんだよ。ねー、ブッチィ~」陸はブッチの喉をくすぐった。

「ぶにゃ」とブッチは、肯定を示す一声をあげた。

つづく


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