はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

恋と報酬と 191 [恋と報酬と]

前髪は風に煽られくしゃくしゃになっていた。

扉の前で深呼吸し、額に滲んだ汗をハンカチで拭う。

久しぶりの全力疾走。

一回の深呼吸では乱れた息は整わなかった。

それでも美影はごくりと唾をのみ、カフェの扉をゆっくりと開けた。まるで音を立てでもすれば、草陰に潜む小動物が逃げてしまうとでもいうように。

実際、美影を待ち受けているのは小動物とは程遠い人物なのだけれども。

美影は微笑みそうになるのをなんとか堪えた。

聖文さんに会える。

海がそう連絡をくれた。

今日は寄り道をせずに家に帰るつもりだったけど、予定変更。だってカフェでばったり聖文さんに会うことなんてそうそうないのだから、何はさておき、駆けつけなきゃ。

いつものように店内は女性客で満たされている。

カウンターには双子とその相棒、真ん中に居るのが――まさふ……み、さん?

背中が、違う。

絶対違う。

美影はカウンターまであと数歩というところで足を止めた。海が振り向いて手招きをした。こっちこっち、と。

隣りの、明らかに聖文さんでない誰かが振り返った。

美影は卒倒しそうになった。

兄さんっ!!

なんでここに?なにがあっても、ここにはやって来ないと思っていたのに、ちゃっかり真ん中を陣取っちゃって。

僕はいったいどこに座ればいいの?そして聖文さんはどこ?

海に騙されたことに気付かないまま、美影はカウンターの端――花村の横――に座った。

「海に呼ばれたんだって?」と花村が訊いた。

「うん。そう。帰ろうと思ってたら、メールがね……」聖文さんがカフェに来ているっていう、メールが!

「ケーキ、お兄さんのおごりなんだよ」と、また花村。今は話し掛けないで欲しい。呼吸が乱れているし、喉がカラカラだから。

「外、暑そうだね。はい、冷たいお水。注文はあとで聞くね」気の利く朋さんはクラッシュアイスたっぷりの水のグラスを目の前に置くと、テーブル席の方に行ってしまった。戻って来るまでには少し時間が掛かるだろう。

美影は氷水で喉と身体を一気に冷やすと、氷を口に含んだ。ガリガリとやるのがなんだか心地いい。

「早かったね、美影さん……」小声で囁くように言い、やっちゃった感を漂わせる海。

そこでやっと、美影は自分が騙されたことに気付いた。

実際、カフェにいるのは聖文さんではなく兄さん。そうだ。海は兄さんが来ているから僕を呼んだんだ。それなのに必死に走って来て、馬鹿みたい。

美影は氷水よりも冷たい視線で海を串刺しにした。

海、許さない。

つづく


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恋と報酬と 192 [恋と報酬と]

すっかり頭に血ののぼった美影は、少しでも頭を冷やそうとアイスカフェオレを注文した。カッカしても仕方がないけれど、うっかり騙された自分に腹が立つ。だからというわけではないが、兄のおごりだというケーキは、もれなく遠慮した。もとより兄は生意気な弟におごる気などないだろうけど!

海は状況のまずさを察知したのか、花村の陰に隠れてしまっている。

美影はグラスを手にしてストローをくるくると回転させながら、こっそり兄の様子をうかがった。あまりに大きい花村が邪魔で仕方なかったが、わざわざ隠れている海と違って、なんとか目にすることは出来た。

衝撃に思わず息をのんだ。

兄は、完全にデレデレしている。

他人が見ればほとんど無表情に近い。けど、弟の目は誤魔化せない。兄のことをあまり知らないとはいえ、それでも兄弟。兄が怒っているのか喜んでいるのか、その程度の感情を読み取ることはできる。

海の馴れ馴れしさに毒されたのか、それとも先日のキスのせいなのか。すぐ横にいるこの大男が、海の恋人だって知ったらどうなるのだろうか?

美影はつい知りたくなった。花村が浮気者の恋人の異変に気付いているのかどうかを。「ねえ、花村」問い掛けたものの、なんて訊けばいいのか皆目見当がつかなかった。

「なんですか、美影さん」花村はのん気そのもの。

「来月の勉強会、花村も参加するの?」訊けなかった……。海が兄に興味を示していない?なんて。

海へ仕返しをするにしても、花村に嫌な思いはさせたくない。いつも振り回されてばかりで苦労しているのだから。

「もちろんです。海は来るなって言うんですけど」と言って、横目で海を見たが、どうやら無視されたようだ。

「まあ、そうなったら、一緒の部屋で寝ることになるんだろうね」美影は言って、いつだって無料のコウタのクッキーをかじった。

「あ、そうなりますね。でも出来れば……」花村はぼそぼそと言い、また海を見た。

海と一緒に寝たいと、ここで口にしないだけの良識はあったようだ。まずは参加の許可が必要だが、海がダメだと言っても、最高権力者の聖文さんが了承すればいいだけの話。花村は気に入られているからきっと大丈夫。

恋心とは無縁だけど、ほんと、うらやましい。

つづく


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恋と報酬と 193 [恋と報酬と]

奇跡というのは、ごくごく稀に起こる常識では考えられないような出来事や現象のことをいう。

美影が半ばふてくされてストローをくわえていると、新たな客がドアベルを鳴らした。ほぼ満席の店内、残る席は入って右手、カウンターから一番遠い隅っこの席。二人掛けの席でテーブルはやや小さめだ。

朋はその席を使うのを嫌う。オーナーもほとんど飾りでそのテーブルセットを置いていたらしいが――おそらくかなりの年代物で価値も相当なもの――、朋が店を受け継いでからというもの、その席を使わずにはいられないのだ。二階席を復活させれば問題はないのだろうが、一人で切り盛りするには一階で手一杯だった。

「いらっしゃ――」尻切れになった朋の声。続いて出た言葉は、せっかく汗の引いた美影がまた大量に汗を噴き出しそうなものだった。「まさにいっ!」

カウンターの男、全員が振り返った。それも相当素早く。

そして聖文の登場は、女性客の視線も釘付けにしてしまった。朋のような美男子とは対照的で――それでいてそっくりな――男性的な魅力と力強いオーラを身にまとうこの人物はいったい誰なのだろうかと。

「どうして?まさかっ!コウタに何か」青ざめ、聖文に駆け寄る朋。よもや聖文が普通の客として訪れるとは思いもしないらしい。

「コウタ?いや、病院に用があったから――」

「病院?コウタが怪我でも?」病院と聞いて、朋は卒倒しそうになっている。

「だからコウタは関係ない」聖文は困り顔だ。

「じゃあどうして来たんだ?だいたい、まさにい今日仕事じゃなかった?」

「この店は、客にコーヒーではなく喧嘩を売っているのか?」聖文が苛々と言う。兄が弟の店に顔を出して何か問題でも?と言いたげだ。

「いや、でもあいにく満席なんだ」と朋が言った途端、双子とユーリが立ち上がった。

「席、空いたよ」と双子。

朋はコウタが無事とわかって安心したのか――無事ではない理由もないのだが――くすくす笑いながら言った。「お前らは座ってな。あまり座り心地のよくないスツールでよければ、カウンターの端にどうぞ」やっと、兄を客として迎えた。

双子が鼻の穴を膨らませて抗議するが、朋は素知らぬふりで美影の横にこの店にはあまりふさわしくない椅子をひとつ出した。

「ホット?アイス?」朋が訊く。

「ホットで頼む。四条くん隣すまないね」そう言って聖文は強引にカウンターの端に座った。

「いえ、大丈夫です。聖文さんこそ、病院に用って……大丈夫なのですか」美影はおずおずと尋ねた。病院云々はあまりに個人的な事だし、知り合いとはいえ他人の行動に口出しするようで躊躇われたが、もし何か問題があるなら知らずにはいられなかった。好奇心とはちょっと違う、とにかく好きな人のことはどんな些細なことでも知りたいという、貪欲なまでの恋心ゆえだ。

「ああ、ただシオに呼ばれていただけだ。なんてことはない」

「結城さん?でしたら、学校の方が都合がよかったのでは?」

「まあね。でもあいつは時々医者のまねごとをしないと気がすまないんだ」聖文は言って、笑った。

ユーリがシオの名前を聞いただけで陸を抱えて店を飛び出しそうになっているのを背後で感じながら、美影も笑った。

つづく


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恋と報酬と 194 [恋と報酬と]

聖文は内心驚いていた。

朋の店が――厳密には違うが、ほとんどそうだと言ってもいい――これほどまでに繁盛していようとは思いもしなかった。長兄で一家の長である自分よりも稼ぎがいいのも頷ける。

家長であることの物差しは収入面だけではないが、正直、これでは長男の面目は丸潰れだ。

迫田家は決して金持ちではない。どちらかといえば不足している方だ。だからより多く稼いだ者が一家の長を名乗ったとて、文句は言えない。

「どう?新しいブレンドなんだけど」

目をあげると、朋がこちらを見ていた。母親に褒められたくてうずうずしている子供のような顔で。

「いいんじゃないか」聖文の好みからいうと、少しマイルド過ぎると思ったが、あくまで好みの問題。「コウタが好きそうな味だな」と付け足すと、朋は満面の笑みになった。

わかりやすい男だ。まったく。

「朋さん、僕も新しいブレンド味見してもいいですか?」隣でアイスコーヒーを飲んでいた四条くんが急いでグラスを空にして、身を乗り出し言った。

そんな飲みかたすると腹を壊すぞ、と聖文は心配した。余計なお世話だし、過保護かもしれないが、うちの弟どもとは違ってなにぶん繊細だ。(繊細だと聖文が勝手に思っているだけだが)意地悪な兄もここの客になったようだが、二人が同席するほど関係が改善したとわかってほっとした。

「どうぞどうぞ」と朋。背後のキャビネットから新しいカップを取り出し、汚れやほこりをチェックすると、コーヒーを注いで、空のグラスと差し替えた。

「朋さん、僕もおかわり貰ってもいいですか?」

花村くんが言ったのを皮切りに、朋はコーヒーポットを手にして店内を巡回し始めた。コーヒーのおかわりは無料らしい。

「コウタさんが好きそうな味っていうの、分かる気がします。優しい味って言うか……」四条くんはカップを持ったまま、言葉を探して固まってしまった。

聖文があとを引き継ぐ。「角がないって感じ?」

「そうです!」そうそう、と頷きながら四条くんは至極満足げにカップを口に運んだ。

角がないと言えば――

「そういえば四条くん、あれからどう?平気?」意地悪な兄に殴られたりひどいことを言われたりしていないかを、一応声を落として曖昧に訊ねた。率直に尋ねてもかまわなかったし、聞かれてもかまわなかったが、四条くんが後々困ったことになるのは本意ではないし、そもそも、わざわざ波風立てることはない。兄のほうも社長の息子なわけだし。

「ええ、平気です。うまくやっています」察しのいい四条くんは、いったって簡素に答えた。

聖文もそれで納得した。何かあれば、四条くんはきっと自分にだけは真実を語ってくれるという自信があったから。その自信がどこからきているのかは、確認するまでもなかった。

つづく


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恋と報酬と 195 [恋と報酬と]

美影は兄に感謝していた。いまこの時、この場所にいることを。そうでなければ、美影はいつもの席に座っていて、聖文と隣り合う事はなかったのだから。

しかもかなりの密着度。美影は平静を装いながらも、実のところ椅子の上でぐらぐら眩暈を起こしていた。ほんのわずか触れ合っているだけの腕も燃えるように熱い。

「仕事はどうですか?」気の利いた会話の出来ない美影は当たり障りのない話題を出した。将来自分も同じ場所で働くのだから、決して無駄な会話ではない。

「順調、かな」

「あ、まさにいさん。お父さんが昇進おめでとうって言っていました。また飲みに行こうとも」

花村が割り込んできた。そうなると当然、海も割り込む。

「喜助は何でも知ってんだな。美高も気を付けた方がいいよ」と、苦々しげに言い、兄に振る。

当然美高はなんのことやらとぽかんとするのだが、海に話し掛けられて嬉しそうに唇をすぼめたりしている。

「花村くん、お父さんによろしく言っておいて」聖文はいたって上辺だけの礼を述べた。

花村は忠犬よろしく、威勢よく返事をした。「はいっ!」

海がその忠犬に噛みつく。「おい、花村。喜助にそんなこと言う必要なんてないからな。あいつ、すぐ調子に乗るんだからさ」

相当嫌なことがあったらしく、海はぶつくさ言いながらフォークに残ったクリームをぺろりと舐めた。花村は同意するように頷いただけで、余計なことは言わなかった。

そのうち海と美高が花村そっちのけで会話を始め、端にいたユーリは陸を連れてそそくさと帰って行った。カウンターに残された空のカップとソーサーの間には千円札が数枚挟んであった。朋がほとんど支払いを請求しないので、適当に置いて帰るのだ。

美影は静かにコーヒーを味わった。隣に好きな人がいるというだけで、他には何もいらないという気分になる。
それはあまりに穏やかで、双子――特に海――なんかは物足りないと文句を言ってしまいそうだ。

けれども、恋を始めたばかりの美影には、まだまだこのくらいがちょうどいい。

「四条くん、これどうぞ」

お裾分けのように差し出されたクッキーの小皿に、美影は軽く頬を染め、ほっそりと長い指を持っていった。

つづく


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恋と報酬と 196 [恋と報酬と]

当然の成り行きか、聖文は美影を送っていくことになった。

『ここまで何で来たの?――車?じゃあ美影さんを送っていってあげて』これは朋の言葉。

『ついでなんだからさ、美高も乗っけてあげれば。うちの車おんぼろだけど文句はなしな』これは海。兄と友人の兄に向かってなんとも偉そうな言い草だ。

まあ、たいした手間でもないので別にかまわない。四条くんの兄、美高に関していえば、てっきり送ってもらうことを拒絶するものだと思っていた。少し意外だった。

店を出て、少し離れた場所にある駐車場まで三人で歩く。

聖文と美影は並んで、その後ろを美高がついていく。

「いつもあんな感じなのか?カウンターにずらりと身内ばかり並んでぐだぐだと……」聖文は半ば呆れ口調で美影に訊ねた。

「そうですね……僕が帰りに寄った時はほとんどあのような感じです。なのでいつもそうなのだと思います。けど、昨日は違ったみたいですよ。双子は一目散に家に帰ったようですし」

「ああ、昨日はまっすぐ家に帰るように言っていたからな」兄弟が揃って夕食を取れる時は、必ずそうするようにしている。昨日は陸がえらく不機嫌だったが、原因が神宮にあるのは容易に想像できた。今日は仲良く並んでコーヒーを飲んでいたが、兄として二人の関係を見て見ぬ振りするのもかなり問題がある。わかってはいるが、そう簡単に口出し出来る問題でもない。

「それであんなに急いでいたんだ」美影はくすりと笑った。地獄の番犬にでも追い立てられているかのような疾走ぶりを見れば、理由がどうあれ笑わずにはいられない。「昨日は双子が食事当番だったんですか?」

「いや、幸いなことにコウタが当番だった。あいつはまだ夏休み中だからな」

「あ、そうか。まだ夏休みですね」そう言って美影は、長い夏休みを満喫する兄に目を向けた。

三メートルほど後ろを歩いていた美高は、ムッとしたように美影を睨みつけた。会話はちゃんと聞こえているらしい。

その様子から、聖文は四条兄弟が冷戦状態にあることに気付いた。四条くんはやられっぱなしというわけではないようだと、満足げに口元だけで笑った。

「あ、そうだ」聖文は振り返った。「社長から会社を手伝うと聞きましたが――」と美高に話し掛ける。極秘とは言われなかったので、言ってもいいのだろう。

「まだ決めてない」美高は素っ気なく、吐き捨てるように言った。

「そんなの聞いていないです!」美影が憤然と言う。

かくして三人は道路端で向き合い、美高の再就職に関する意見をぶつけ合うこととなった。

聖文には全く関係のないことだが、これも成り行き。置いて帰るわけにもいかないので仕方がない。

つづく


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恋と報酬と 197 [恋と報酬と]

兄さんが仕事を手伝う?

それはつまり、聖文さんと一緒に働くという事?

冗談じゃないっ!

「ホテルの仕事なんかと馬鹿にしていたじゃないですかっ」美影は堪らず不服の声をあげた。もしも兄が聖文さんの愛する職場に土足で踏み込むつもりなら――しかも何の苦労もなく――持てる力のすべてを注いで、阻止してみせる。

向かい合う美高は弟をわずかに見おろし、冷静そのもので反論した。「お前にどうこう言われる筋合いはない」

「そんなっ!――だいたい兄さんにホテルの仕事が務まるはずありません」自分にも務まるとは思えなかったが、まだ数年先の話。今はとにかく兄を聖文さんに近づけたくない。

「働いたことのないお前が偉そうに言うな。確かに今は無職だ。だが、仕事が出来ないと決めつけられることには我慢ならない。ホテルの仕事には全く興味がないが、父さんが是非にと言うから、考えておくと返事をした。しかし、もうこれ以上考える必要はなくなった。父さんの申し出を受けて、ホテルに就職することにする」

まるで仕事を決めることなど些末なことだとでも言わんばかりの淡々とした口調で兄は言い切り、最後に笑った。

美影は狂乱の一歩手前まで来ていたが、兄の考えを改めさせようと宥めるように言った。「僕への当てつけならやめてください。そんなに楽な仕事ではないんですよ」けれど、声が裏返りそうなほど高音になるのは避けられなかった。

それとは対照的な低い声が兄弟の間に割って入った。「四条くんの言う通りだ」

美高が弟から視線を移す。「楽ではないのはどの仕事も同じだ。それは迫田さんも理解できると思いますが」

「ええ、もちろん」聖文は即座に言い返した。

「では、口を挟まないでもらいたい。これは我が家の問題だ」美高は高慢そうに顎先をあげた。

聖文は目を細めた。「確かに」と用心深く言い、それきり口を閉じた。これ以上踏み込んだことを口にすれば、美影が困ったことになるかもしれないと考えたからだ。

そんな聖文の気持ちを理解している美影は、陰鬱な気持ちで通りの向こうに目をやり、「行きましょう」と二人を促した。

二人は睨み合ったまましばらく動かなかったが、美影の心配するような表情に気付いた聖文が先に動き出した。

「余計なこと言ってすまない。社長がお兄さんのことを必要としているのだから、俺が口出しするような事ではなかった」サッと耳打ちをして、大股で通りを横切っていく。

広い背中が遠ざかっていくのを眺めながら、美影は怒りを込めて兄に警告した。

「お父さんは別に兄さんを必要となんかしていない。ただ困っていただけです。銀行をやめた理由も分からず、新しい職を探そうともしないのだから!僕は別に、兄さんが働いていようが何もせず家にいようが構いません。どうせならずっと何もせず引きこもっていればいいじゃないですかっ!僕は約束を反故にしたって構わないんですよ」

「そう、興奮するな。行くぞ」美高は美影の肩をポンと叩き、悠然と通りを横断し始めた。

美影はわっと泣き出したいのを堪え、兄の――ではなく、聖文のあとを追った。

つづく


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恋と報酬と 198 [恋と報酬と]

子供の頃から憧れていた仕事に聖文は誇りを持っている。

たとえ、社長の息子が『ホテルの仕事なんか』と馬鹿にしていたことを知ったとしても、それは変わらない。

ただし、その誇りを傷つけられたことは事実。

だいたいなんだってあの男は、銀行勤めをやめたりしたんだ?そうそう楽な仕事ではないだろうが、稼ぎはいいだろうし、あの傲慢な態度を見れば職場でそこそこいい位置にいたことは間違いないだろう。たった二年で捨ててしまうには惜しい仕事だと思うが……。

美高が痴情のもつれ(あくまで喜助談)で仕事を辞めたという、誰もが知っている事実を聖文だけが知らない。別に知ったからといって聖文の美高に対する印象が変わるかといえば、そんなことはないのだが。

ほとんど無言のうちに四条兄弟を送り届けた聖文は、シオに頼まれていた用事をひとつ済ませ、ようやく家に帰り着いたのは午後八時をまわった頃だった。

弟たちはすでに夕食を済ませ、アイスタイムに突入していた。

「まさにいおかえり。遅かったね」そう言って出迎えてくれたのは、やはりコウタだ。後の連中は知らんぷりで巨大アイスの取り分けに夢中だ。

「ただいま。そのアイスはどうした?」

「ユーリが美味しいアイス発見したって言うからさ、一緒に買いに行ったんだ」と陸。カレースプーン片手にカチカチアイスと格闘している。

「あいつは甘いものは嫌いじゃなかったのか?」どうでもいいが訊ねた。

「正確にはユーリの弟のおすすめらしいよ」と海。風呂上がりなのか、くるんとカールした毛先から雫が滴っている。

「弟ね……」確か双子と同い年だったはず。神宮とはあまり似ていないと陸が言っていたな。幸いなことに。「それで、俺の晩飯はあるのか?」椅子に座った途端、安堵の呻きが漏れた。どうやら相当神経を使っていたようだ。

「いまやってる」ガスコンロの前のコウタが振り返った。味噌汁を温めているようだ。

「今日は和風ハンバーグ。おろしポンたっぷり」海はアイスに釘付けのまま、頭にタオルを巻きつけながら言った。

「すごくふわふわで美味しかったよ」そう言いながら台所に入って来たのは朋。こちらも風呂上がりのようで、頭にタオルを巻いている。上半身裸なのはいつものこと。

レンジがチンと鳴り、ヘルシーな豆腐ハンバーグがふんわり熱々状態で登場した。おろしポン酢とネギ、シソはお好みでどうぞ、らしい。

コウタは汁椀をテーブルに置き、ごはん茶碗を手に聖文の隣に座った。「美影さん送って行ったんだって?お兄さんも」

好奇の目が四人分、こちらに向いた。

聖文は味噌汁を一口飲むと、言った。「朋がそうしろと言うからな」

「お兄さんの方は海が言ったんだ」と朋。裸のままコウタの横に座った。

「ついでじゃん」海は言って、アイスをひと舐め。「ほんと、美味しいっ!」

「ちょっ!海、先に食べないでよ」陸は憤慨し、盛り付け途中だったアイスを食べ始めた。「食べたかったら自分ですくって」なおも憤慨し言うが、アイスのおかげですぐに機嫌は直った。

「海が余計なこと言わなきゃ、二人きりになれたのに」朋もスプーンを手にした。

「そうだよ」とコウタ。朋からスプーンを受け取りながら訊ねる。「三人でどんな話したの?」

聖文は箸の先でハンバーグを切り分けながら、あのやりとりを話すべきかどうか悩んだ。

どうせ黙っていたってすぐにわかること。

諦めて話し始めた。

つづく


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恋と報酬と 199 [恋と報酬と]

聖文はいたって簡潔に概容を述べた。

四条美高がホテルで働くことになった。おそらく現場ではなく、社長について回るのだろう。やる気の有無は別として、それなりに大変な仕事なのは間違いない。

そしてそれに猛反発する弟。将来ホテルで働きたいと熱望している彼にとって、兄のいい加減な気持ちが許せなかったのだろう。

と、ここまでが聖文の考え。

「美高のやつ、ちゃっかりしてんなー。やっぱ持つべきものは親。しかも社長だよ」海はやってらんないとばかりに羨ましさ全開で言い、コツンとアイスクリームの入った茶碗の縁を叩いた。

聖文はそれを見て顔を顰めた。まったく、行儀が悪い。

「それに引き替え、うちはただのサラリーマン。しかももう定年退職しちゃったし……俺たちの将来、どうなるんだろうな」他力本願の陸は失望も露に言った。

「ってか、そもそもお父さん日本にいないし」海はふくれっ面をした。

「まさにいは頑張って就職したのに、コネってすごいよね」明らかな善人のコウタは、屈託なく言った。

「ユーリも社長の息子じゃん。不動産屋だっけ?あんな高そうなマンションに独りで住んじゃってさ。あ、ネコもいたっけ」と海。

ブッチがのそのそとやって来た。ネコの話題には敏感なのだ。

「ノアね。今は実家もすごいことになってるんだよ。うちみたいなボロい家によく来るなっていつも思うもん」

「あとさ、ハルも社長の息子だよな。お兄さんは朋ちゃんのカフェのオーナーでしょ」

「言い出したらキリないよ。だってうちって元々金持ちしか行けない学校だったわけじゃん。まさにいのおかげで俺たち特別に入学できたけど、格差ってあるよな」陸は肩を落とした。

海も肩を落とし、もれなく同意した。「あるある」

「勉強ができれば問題はないだろう?上位に入ればランチはタダだぞ」聖文は母校の利点を双子に教えてやった。

「はんっ!無理に決まってるよ。てゆーか、ランチ高過ぎ。サラリーマンがうちの学校でランチ食べたら、ぜったい奥さんに怒られるよ」海はぎゃんぎゃん言い、猛烈な勢いでアイスを食べ始めた。茶碗二杯目。

「コウタの弁当で我慢、我慢」

陸が調子に乗った事を言ったために、朋が牙を剥いた。

「お前ら、金取るぞ」

「朋ちゃんこわ~い」双子が声を揃えた。

話が脱線するのはいつものこと。聖文は食事を続けた。

つづく


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恋と報酬と 200 [恋と報酬と]

「それで、話を戻すと、美影さんは大反対をしたわけだ。お兄さんがホテルで働くことをさ」すっかり湯冷めした朋は台所と隣り合う自分の部屋から、寝間着用のTシャツに袖を通しながら言った。

「そりゃそうだよ。たかが恋人と揉めたくらいで銀行辞めちゃうようなやつだぞ。社長だからって息子の職を用意するなんてやり過ぎもいいとこ。美影さんが腹を立てて当然」四条家と迫田家の格差に憤る海が珍しく正論を述べた。

「恋人と揉めた?」事情を知らない聖文は我が耳を疑った。

「あっれー、まさにい知らなかったんだっけ?」まさにいが知らない事もあるんだと、陸は驚きの声をあげた。

「痴情のもつれって花ちゃん言ってたね」湯冷めした朋のために紅茶を淹れるコウタ。聖文には玄米茶を準備中だ。

「仕事辞めるほどのもつれ具合って、どうなってたんだろうな。まあ、俺だって……そういうことになったらさ、やっぱカフェやめたくなるほど落ち込むだろうな」

落ち込むだけで済むはずないと誰もが思ったが、あえて誰も指摘しなかった。

「朋ちゃんの場合、家出しなきゃ。だって暇人コウタはいっつも家にいるんだからさ」余計なことを口にせずにはいられない海。

「お前らが家事を押し付けるからだろう」朋は海をひと睨みし、コウタの手伝いに入った。

「コウタが好きでやってるんだよ」と陸。

朋がキッと陸を睨む。

見兼ねた聖文が、調子に乗る双子に命じた。「来週からは陸と海が家事一切をやるように」

「ええっーー!!」と双子。不満爆発。

「嫌なら次のテストで上位に入ってみろ」と、ぴしゃり。話はまた逸れている。

「上位って?」陸が噛みつくように言う。

「五位以内、と言いたいところだが、一〇位くらいで勘弁してやる」聖文はぞんざいに言い、コウタから玄米茶を受け取った。

「はぁ?」「ムリムリッ!」

当然の返答。

「というわけで、来週から食事当番決定な。洗濯もしっかりしろよ」朋は目を細め、憎たらしげに微笑んだ。

ギリギリと歯ぎしりする双子を尻目に、コウタがすっぱり話を元に戻した。「美影さん、まさにい取られちゃうかもって思ったんじゃない?」

一瞬、何の話かと誰もがきょとんとする。

まっさきに立ち直ったのは聖文。「馬鹿な事を言うな」

次が朋。「それあるかもな。美影さん、まさにいにぞっこんなわけじゃん」

双子はどうでもいいとばかりに甘めのミルクティーをがぶ飲みしながら、追い詰められていく聖文を内心ニヤニヤしながら見守った。

「お前の頭にはそれしかないのか?だいたい、それと四条くんの兄と何の関係もないだろうが」

関係がないようでおおいに関係があることは、聖文とコウタ以外が知っている。なぜなら、美高は海とキスをした。目撃した美影が、海よりも数万倍魅力的な聖文を取られやしないかとビクつくのも頷けるというもの。例え美高が海に何らかの感情を抱きつつあったとしても、弟に対する嫌がらせだけの為に、聖文にちょっかいを出さないとも限らない。

朋と陸は、美高の別れた恋人が男だという事は知らないが(海は約束を守り口外していない)、海とのキスは知っている。どちらにせよ、美高がこちら側の人間にもなれると朋は思っているというわけだ。

「まあ、そうだけどさ。心配はするんじゃない?あまり仲良くない兄貴がさ、好きな人と仲良しになったら良い気はしないだろうし」

「その、好きな人とか言うのもやめろ。だいたい、四条くんはそんなこと一度も口にしたことがない」と言いながらも、我ながら説得力に欠けると聖文は思った。確かに好きですとは言われたことはないが、四条くんの気持ちは十分理解しているし――受け止められるかは別として――時々見られる思い切った行動も恋に恋するが故と許しているのに、今更というものだ。

「いい加減、腹くくったら?これ言うの何度目だっけ?まあ、まさにいがどうしても美影さんを受け入れられないっていうなら別だけどさ。美影さんのこと嫌い?」

「そういう訊き方はずるいと思わないか?」聖文はむっつりと言い、玄米茶をずずっと啜った。ごはんのおかわりをしようかどうか悩む。さっさと席を立った方が己の為だが、ハンバーグがもうひとつ皿の上に残っている。もう茶碗半分、ごはんが欲しいところだ。

「うん。まあそうだね。で、好きじゃないの?お兄さんに意地悪されてるって聞いて、腹立たなかった?」

「僕はすごく腹が立った。けど、お兄さん、思ったほど悪い人じゃないみたいだったよね?」コウタがひょっこり口を挟む。

「そうか?」聖文は懐疑的な顔つきでコウタに茶碗を差し出した。「半分ほど頼む」

つづく


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