はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

恋と報酬と 181 [恋と報酬と]

「なに?お前ら喧嘩?」

双子が声に驚いて振り向くと、本物の朋ちゃんの香りをまとった朋が戸口に立っていた。

「と、朋ちゃん!!」

下着姿の朋に双子たちの目は釘付けになった。ついつい股間の膨らみに目をやってしまうのは好奇心のなせる技。

「喧嘩なんかしてないよ」陸は言って、引き締まった朋の身体から視線を引き剥がした。このまま見つめていては、よだれを垂らすのも時間の問題だ。

海はうっとりと朋を見つめたまま言った。「今日の反省会してただけだよ」

「俺もまぜて」朋は悪魔か天使か、どちらとも取れるような微笑みを浮かべ、暑苦しい部屋に足を踏み入れた。ずかずかと窓際まで行くと、あっさりとクーラーのスイッチを入れた。「禁止じゃなかったよね?」

現在、聖文を特段怒らせていない双子にクーラー禁止令は出ていなかった。

「そうだけど、使っちゃうとさ、いざって時我慢できなくなりそうで」と言った海は、早くも冷風を受け昇天しそうになっていた。

「あ~天国。ねぇ、ブッチぃぃ」

分厚い脂肪と毛皮に覆われたブッチはゴロゴロと喉を鳴らした。

「で、原因は何?海がユーリに告げ口した事?それとも陸が途中で帰った事?まさか、海が美影さんの兄貴となんかごちゃごちゃしてた事で揉めてたりする?」朋は今度こそ正真正銘の悪魔的微笑みを見せた。

朋の鋭さに、双子は急に咳き込んだ。

すべて大当たり。陸は海がユーリを呼びつけたことが気にくわなかったし――けっしてユーリが気にくわないわけではない――、海は陸が全く仕事をせず離脱したことが気に入らなかった。

そしてまさに、海が美高とキスをした事が問題だった。

朋ちゃんにはかなわない。そう思った双子は同時に声をあげた。

「全部だよ!」

「で、話す気はあるわけ?」朋は冷風が直接当たらない場所に移動し、海の勉強椅子を引き寄せ、浅く座った。二人の表情がしっかりうかがえる位置だ。

「海に聞いて」陸は約束通り口をつぐんだ。

海は板張りの天井を見上げた。言おうか言うまいか思案中だ。

「美影さんを苛めるなって忠告したらしいね」渋る海を朋が攻める。

陸はブッチの喉を指でこちょこちょとくすぐった。

「遠回しに言っても仕方がないと思ってさ」海はこそっと言った。

「問題の兄貴は何て?他人に口出しされる筋合いはない、とか?」朋が訊いた。

「まあ、そんなとこ。弟を嫌ってはいないし、苛めてるつもりはないって――」

「それから?」

「そ、それから……アイス食べて、で、俺のがなくなっちゃって――」

「て?」

「最後のひと口を貰っただけ。もう口の中に入っちゃってたけど」

「な、なにそれ?どれだけ食いしん坊なんだよ!」と言ったのは、さすがにそこまではしない陸。ユーリが口移しで食べさせてくれることはあっても、食べたものを奪おうと噛みつくような真似はしない。

「美味しかった?」全く動じる様子もなく尋ねる朋。けど声の響きから怒っているのが伺えた。花村のことを考えているのだ。

海は白旗を上げた。

「ちょっとからかってやろうって思ったんだ。美影さんを苛めた仕返しにさ」それだけではなかったが、他の理由は自分の胸に仕舞ったままにしておいた。「とにかく、これで美高が美影さんを目の敵にすることはなくなったって事。だってそうしなきゃ、俺がキスしたってばらすからさ」

「ばれたら危ないのは海も一緒だと思うけど」陸は呆れたように言い放った。

つづく


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恋と報酬と 182 [恋と報酬と]

海の誤算は、花村が迫田家で高い支持を得ているということ。

朋の不興を買ったのもそのせいだ。

ちぇっ。花村のやつ。

海は完全なる八つ当たりで、花村に腹を立てた。

朋が出て行くと、陸が言った。「あれ、キレてたよ」扇風機を止め、ブッチを抱いてベッドに入ると、寝る前の儀式のようにタオルケットをお腹に巻きつけながら、不貞腐れる海の反応を伺った。

「言われなくても分かってるっての」海は苦々しげに言った。どう答えたって、朋も陸も腹を立てていることには変わりない。

「へたしたら、まさにいより恐いかも」陸は言ってコロンと横になった。「あ、クーラータイマーしといてよ」

「はいはい」海は伸びをするように立ち上がると、『切タイマー』のボタンを一回押した。これで一時間だ。部屋のドアに隙間を作り、ブッチが出入りできるようにしておくと、海もベッドにあがった。

二段ベッドの階段に足を掛けたとき、すでに陸の寝息が聞こえたような気がしたが、海はかまわず話し掛けた。

「夏休み終わるね」

返事はない。

「たぶん、来週から大変になると思うよ。陸、ひとのこと心配してる場合じゃないからな」

寝たのか?

「シオが学校に来る。しかもずっと。きっと、ユーリと奪い合いになると思うんだよね。そうなったら、学校にいるシオが有利じゃん。陸だって、なんだかんだ言い寄られるの嫌いじゃないと思うんだよね……」

「もうっ!うるさいっ!」「ぶみゃん!」

陸とブッチが怒りの声をあげた。

「ああ、起きてた?」

「寝てたよ!ってゆーか、寝らんないじゃん!」

抗議のしるしか、ブッチはドスンと音を立ててベッドからおりると、不満げに鼻を鳴らし部屋から出て行った。廊下をどすどす歩く音が聞こえる。

「で、どうなの?シオに好きだって言われたらどうする?保健室のベッドに押し倒されちゃったり――」どうにも好奇心が抑えられなくなった海は捲し立てた。

「シオがそんなことするはずないじゃん!だいたい、シオは女好きだし――女好きって言っても違う意味だからね――、完璧主義だし、ユーリのいとこだし、えっと……」

「完璧主義だからこそ、間抜けが好きなんだよ」

陸がうなった。「ケンカ売る気なら、寝かせてもらうからね」

それきり、陸は返事をしなかった。

海は目を閉じ、花村のことを想った。美影のことも、そして美高のことも。

つづく


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恋と報酬と 183 [恋と報酬と]

聖文が兄弟間の剣呑な雰囲気に気付いたのは、夏休み明けの夕食時だった。

朋はまだ帰ってきていないが、兄弟揃っての食事は先週、四条家にお呼ばれして以来だった。

あと一週間夏休みが残っているコウタが今夜の食事当番。

誰のリクエストか、カツ丼だった。ひとつずつ仕上げるので、出来た順に食事がスタートする。

珍しくコウタを手伝う海が、今夜のメニューに物言いをつけた。「俺は塩サバがいいって言ったのに」きのこと油揚げの味噌汁をよそいながら言う。

陸が歯を剥き出し、海を威嚇する。「今日は、肉が食べたかったんだよ!」

そこでふと、聖文はある人物のことを思い出した。

「そういえば、シオは今日から学校だったな」

理事長の息子のシオは、病院勤めをやめて、エリート学校の校医になった。最近我が母校の風紀は著しく乱れているが、シオがそれを正すことは間違いない。

「塩サバ、じゃなかった――」海はわざと間違え、陸をちらりと見た。「シオなら今日見掛けたよ。てっきり白衣着てると思ってたけど、いつもの高そうなスーツ着てた。ずっとああなのかな?」

「保健室の先生じゃないんだから、白衣は着ないんじゃない」陸はとげとげしさ全開で言った。手を合わせ、いただきますと言って箸を手にし、まずは味噌汁を口にした。

「でも病院の先生には変わりないから、やっぱり着るんじゃない?」とコウタ。ちょうど聖文のカツ丼を仕上げたところだ。

「ただいま~」玄関から声がし、間もなく朋が台所に入って来た。お腹を空かせたブッチも一緒だ。「もしかして、ナイスタイミング?」

「おかえり朋ちゃん。すぐに準備するね」まるで新婚さんのようなウキウキ声のコウタ。

「朋ちゃんおかえり。お客さんいっぱい来た?」不機嫌な陸はくるぶしに頭突きをくらわすブッチをキッと睨んだ。おとなしくしないと、エサやらないぞと言う意味だが、目下のエサ係はコウタなのでほとんど効き目はなかった。

それにブッチの狙いは、ジューシーで柔らかなヒレカツだ。

「ん、まあね」朋は流しで手を洗い、早速テーブルに着いた。「加瀬くんにお願いして、ランチ追加してもらったんだ。ブツブツ文句言われちゃったけど、特別に淹れたコーヒーでなんとか機嫌直してくれた」

「加瀬さんて、朋ちゃんのこと好きなんじゃない?」海が言った。

「そうかもね。俺って人望あるし」さらりと受け流す朋。
 
「そういう意味じゃない」

「だって、コウタ。どう思う?」朋は振り仰いだ。

「みんな朋ちゃんのこと好きだよ」コウタはもじもじと言い、どんぶりを手に朋を見つめた。

「だよな」朋はにこりと笑って、コウタを見つめ返した。

聖文が咳払いをし、二人の世界を即座に壊した。

朋ははいはいと肩をすくめ、コウタが席に着くのを待って、箸を手にした。「そういえば、結城さん今日からだったよね?」陸を見ながら、聖文と同じことを言う。

陸は朋を完全に無視して、カツ丼を掻っ込んだ。

海はニヤリと笑った。

コウタは「いまその話してたところ」と言い、朋から箸を受け取った。

聖文は弟たちの言葉の端々に異変を感じながらも、ひとまず気付かない振りでやり過ごした。

シオが陸を……とは考えたくなかったからだ。

つづく


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恋と報酬と 184 [恋と報酬と]

迫田家の面々がカツ丼に舌鼓を打っていたその頃、四条家では美影と美高の二人が盛岡冷麺を静かに食べていた。

「しばらくお母さんを見ていませんが、旅行中ですか?」あまりに会話がないのもと思い、美影は兄に話し掛けた。

「さあな。母さんが家にいないのはいつものことだろう?」美高は素っ気なく答え、歯ごたえのある麺をズルズルと啜った。

美影と美高は相も変わらず、ギスギスとしていた。お互いの秘密を漏らさないことを条件に、二人はかりそめの和解にこぎつけたものの、どうにも反りが合わないのだから仕方がない。

「今日、学校であいつに会ったのか?」美高は箸を置き、手元にあったティッシュで口元を拭った。

兄が誰のことを言っているのかすぐに見当がついた。だが素直に答える気はなかった。

「あいつ?」美影はすっとぼけた。

「あいつだ。生意気なガキだ」美高は苛立たしげに言った。

生意気なガキね……名前だって覚えているくせに。「海のこと?それとも陸?」

「陸……ああ双子か。いや海だ」

どうやら兄は陸のことは頭にないらしい。顔も声も着ていた服だって同じだったのに。

「会いましたよ。今日は早く帰ると言って、猛スピードで帰って行きましたけど」

美影は図書室の窓から見た海の姿を思い出した。花村を置き去りにして、ありえない速度で校門を自転車で駆け抜けていった。そんなに急いでどこへ行くのだろうと不思議だったが、ただ単に早く家に帰らなければならなかっただけのようだ。

「へえ、そうか」美高は素っ気なく言い、別皿に盛られたキムチに箸をのばした。

海が気になって仕方がないといった兄を見て、美影は馴染のない感覚に襲われた。意地悪してやろう。「兄さんのことを聞かれました」

「なんだって?」美高は身を乗り出した。

向かいに座る美影は、美高の言葉など聞こえなかったかのようにゆっくりと照り焼きチキンをサニーレタスで包むと、顏を上げて言った。「大したことではありません」

「あいつが俺のどんなことを知りたがった?」美影の言葉を一ミリも信じていない物言いだ。

どんなことを知りたがったら、兄は満足するのだろう。美影はほんのりと嗜虐的な笑みを浮かべた。「別に、知りたくはなかったでしょうね」断定するように言う。

「美影!」

「大きな声を出してお父さんに聞かれでもしたら大変です。僕たちが仲違いしているなんて知らないんですから」

「別に、仲違いなどしていないだろう?少し、行き違いがあっただけだ」

美影は首を傾げた。それは単純に、兄の言葉に違和感を覚えたからで、どう考えても僕ら兄弟は行き違いで仲が悪いわけではなかった。兄はどうしても、二人のぎこちない関係を一時的な誤解に基づくものとして処理したそうだった。

それでもいいけど、海を気にするのは気にくわない。

海には花村がいて、兄さんは恋人と別れたばかりなのだから。

つづく


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恋と報酬と 185 [恋と報酬と]

「兄さんが約束を守っているのか訊かれました」美影が言った。

「約束?」美高はほとんど虚をつかれ、弟の言葉の意味に気付くのにしばらくかかった。

気付いた途端、怒りがメラメラと湧きあがり、海の首を締めたくてたまらなくなった。細くて白い首筋に手を這わせて、顎のラインを指先で辿る。掴んで引き寄せ、生意気な口を封じてやるのだ。

くそっ!なんてことだ。

いつの間にか海にキスをすることを想像していた自分に驚き、同時に腹を立てた。

「当然、守っていると答えたんだろうな?」美高は美影ほどではないものの、卓越した自制心を発揮し、平然と訊ねた。念を押したといった方がいいだろう。美影が余計なことを口にすれば、海がさらに余計なことを口にして、美高の気に入らない状況に陥ることは間違いないのだ。

あきらかに、がんじがらめの状態だった。

「海と兄さんの約束事なんか知らないと答えました」

腹の立つほど無表情な弟に、美高は掴みかかりたくなった。

けれど、そんなことは無意味だと知っているので、軽く片眉を上げるだけにとどめた。お前の脳みそはきちんと仕事をしているのか?そんな意味合いだ。

「海は何と答えた?」

「特には……あ、そう。とかなんとか」

いかにも海らしい。そう思った美高だったが、海の事は何ひとつ知らないことに気付いた。

いや、ひとつ、ふたつは知っている。双子で、生意気で、食い意地が張っていて……だから、俺の口まで食べた。あのガキは……。

美高は無意識に唇に触れていた。下唇をそっと摘まむと、思わず目を閉じ、あの時の感覚を思い出そうとしていた。

「そういえば、朋さんのカフェも再開しました。時間があるようでしたら、行ってみてはどうですか?」
兄が妄想をしているのに気づいているのかいないのか、美影が美高の物思いを破った。

正直、美高にとってはありがたかった。それが例え、嫌味であっても。

海の事を考えるのをやめなければと思いつつ、どうにもやめられない。別れたばかりの恋人のことを忘れたわけではないが、ここ数日は頭の片隅に追いやられたままで、きっと早い時期に忘れてしまうのだろうと確信すらする始末だ。

忘れたいと思っていたのだから、これほど都合のいい事はないのだが、都合がいいだけで状況はまったくよろしくない。

「そうだな、近々行ってみることにしよう」美高は溜息を押し殺し、素直に言葉を返した。

つづく


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恋と報酬と 186 [恋と報酬と]

翌日、美高はさっそく朋のカフェを訪れた。

比較的新しい二階建て住宅に紛れるようにして建つ洋館。コロニアル様式というのだろうか。とにかく目立って仕方ない。けれどこの建物はここにあってこそだと思えた。

カフェだと示す唯一のものは、柵に引っかかるようにして下げられている”OPEN”の札。美高はちゃちな木札に触れ、ここで間違いないよなと洋館を見上げた。

歓迎されるとは思ってはいないが、友達の兄なのだから追い返すことはしないだろうと、玄関までの道を多少びくつきながら進み、おずおずと扉を開けた。

ドアベルがカランカランと鳴った。どこか懐かしい音色だ。

「いらっしゃいませ」と耳がこそばゆくなるほどの歓迎の声に、美高はどぎまぎとしながら艶やかな床板を踏みしめた。

時刻は午後三時過ぎ。女性客で満たされているはずの店内はがらんとしていた。ランチタイムが終わり、束の間の休息タイムだという事は美高は知る由もなかった。

「美影さんのお兄さん」驚いたような声。「カウンターへどうぞ」

美高はカウンターの向こうに立つ朋に目を留めた。彼にどうぞと言われて、断る愚か者はいるのだろうか?女性客は悲鳴をあげて失神でもしかねない。それほど彼の美は完璧だった。

声に従い席に着くと、美高は店内を見回した。調度品はかなりの年代物で、相当な価値がありそうだ。確か、オーナーが金持ちだと言っていなかったか?美影の話にちゃんと耳を貸しておけば良かったと、美高は軽く後悔した。

「いまちょうど一息入れようと思っていたんです」彼は手元にカップを二つ並べた。

「申し訳ない」客として来たのに謝る羽目になるとは。

「ああ、いえ、そういう意味ではないです。コウタもいないし、ひとりで飲むのもなぁって思ってたんで。新しいブレンド、一緒に飲んでくれませんか?あいつらがそろそろ来ると思うので、そうのんびりもしていられませんが」

あいつらがそろそろ来る?海のことか?双子の兄も一緒なのか?

「自分でブレンドを?」訊いたものの、たいして興味のない話題だった。美高はコーヒーなんてものはどれも同じだと思っている。

「ええ、まあ。オーナーには遠く及びませんけど」

「へぇ」

「うちは女性客と子供が多いので、苦みを抑えた方がウケがいいんです」

ささやかな会話を交わしている間に、美高の手元には湯気の立ちのぼるコーヒーと手の平サイズのクッキーが置かれていた。

子供向けのコーヒーか。

美高は半分馬鹿にしたようにカップを口に運んだが――目からうろこが落ちた。

美味い。

これか。美影が勧めたコーヒーは。

美高が至福の表情で感想を述べようと口を開いた時、カフェの扉が派手な音を立て『あいつら』がドカドカとなだれ込んできた。

つづく


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恋と報酬と 187 [恋と報酬と]

バタン!

扉の開いた音か閉まった音か、振り返ってみるつもりはなかった。背中がチリチリと疼く。警戒しろと、身体が危険信号を発している。

美高は背中に全神経を集中させた。

「朋ちゃんおなか空いた!なんか食べさせて」

やはり海だ。いや待て、双子のほうかもしれない。

「おい、お客様だ」朋がピシリと言う。

「あ、すみませっ――て、美高じゃん!」

呼び捨て!海しかいない。背中だけで俺だとわかるとは、海のほうでも色々気にしていたということか?美高は振り向いた。

「え、美高って……美影さんのお兄さんのこと?あ、本当だ。似てる」そう言ったのは、驚くほど背の高い男子。海の背後にいるせいか、よけいに大きく見える。まさに巨木。

「なんでなんで?コーヒー飲みに来たの?それとも美影さんと待ち合わせ?」海は真新しい黒のリュックを背負い、とことこと傍までやって来た。

美影と待ち合わせなどするものか。

「あいつがいやに勧めるから来てみたんだ。来て良かった」そう言って美高はコーヒーカップを掲げて、朋に頷きかけた。

「新しいブレンド。おまえらも飲んでみろ」得意げなのは、美高のお墨付きを頂けたからだが、そもそも美高はコーヒーの味がわかる方ではない。それを朋は知らない。

「その前にケーキとかないの?もう腹へって死にそう」海は美高の横に何の気なしに座った。

「売り物しかない」当然の言い分。

「けちっ!」海は両手こぶしをカウンターに叩きつけた。

やれやれ。海はそのうちカウンターでもかじりそうだ。「おごってやるから、好きなものを頼め」美高は海とその隣の大男を見て言った。

「えっ!いいの?だって、朋ちゃん。今日のケーキ何があるか見せて」海はお愛想程度に一瞬だけこちらを見ると、朋にケーキを早く出せとせっついた。

大男も海と一緒になってケーキを選んでいる。いかにも甘いものには興味がないといった風貌のくせに、海にぴたりと身を寄せ、あれにしようかこれにしようかと、なんと優柔不断な事か。海はすでに三つ選んでいるというのに。

じっとその様子を眺めていると、海の頭越しに大男が話しかけてきた。海はケーキ選びに夢中。いったいいくつ食べるつもりだ?

「花村拓海です。海と同じクラスで、一番の仲良しです。美影さんとは一年の頃からの知り合いです」

彼は警戒心も露に言った。でも。いったいなぜだ?

つづく


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恋と報酬と 188 [恋と報酬と]

もうひとり来た。

「朋ちゃ~ん!かくまって」

バタバタと駆けこんできたのは、双子の兄のほう。カウンターに一直線。通り過ぎて奥に消えようとしたところで、海がケーキを食べていることに気付いた。足を滑らせ急停止をすると、目をらんらんとさせ、Uターンして海と花村の間に割り込んだ。

「どうしたのこれ?タダ?」ごくりと唾をのむ陸。

海と同じ反応だと、美高は思った。

「タダなはずがないだろう?店を潰す気か」朋が呆れて言う。伝票なんてものは存在しないらしいが、優秀な頭の中にはきっちり請求金額が刻まれているのだろう。

「美影さんのお兄さんのおごりなんだ」と大男の花村。さっきは妙に刺々しい口調だったが、今はそうでもない。

「えっ!そうなの?俺も食べていいの?」

陸が縋りついてきた。美高はどぎまぎし、頭をカクカクと上下させた。

どうぞいくらでも、という意味。

陸は美高の隣に座った。これで美高は双子に挟まれる形になった。

「ところで陸、お前逃げなくていいのか?」朋が冷蔵庫からケーキのバットを取り出しながら言う。

確かに。と美高は陸を見た。

陸が誰から逃げているのかは不明だが、ついさきほどまではかなり切羽詰まっていたはず。のんきにケーキを食べている場合ではない事は確かだが――

「おい、陸!」

次の客がやって来た。彼はかなり怒っている。

これまた長身の男は、夕食会にも来ていた、あの神宮優羽里だ。理事長の甥っ子だかなんだかで、相当頭が良いらしいが素行は驚くほど悪いらしい。

そしてそのあとに続いて、若い女性グループ――おそらく女子大生だろう――が店内に入って来た。カウンターに立つ朋の姿を見て、恥ずかしそうに微笑んだ。

「いらっしゃい。空いている席にどうぞ」

常連客なのだろう。朋は笑顔で女子大生を迎えた。客ではない陸と神宮は後回しのようだ。

となりで身を小さくしていた陸は美高に向かって小声で囁いた。「助けて」

無理だ!

美高は迫りくる怒れる男を無視するべく、食べるつもりのなかった大きなクッキーを手にし、思い切りかぶりついた。

争い事は苦手だ。特に他人のは。

つづく


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恋と報酬と 189 [恋と報酬と]

理由はともあれ、朋にはユーリの嫉妬深い行動が理解できた。

けれども、自分の店で――厳密には違うが――大声を出されるのには我慢ならない。はしゃぐ程度なら、常連のお客さんも大目に見てくれるだろうが、痴話喧嘩を見せつけられてはたまったものではない。

とにかく、ここは俺の城だ。好きなようにはさせない。

「ユーリ、おとなしくその端に座っておけ。さもないと、お前一人、テーブル席に座らせるぞ」朋は笑顔で命じた。

女嫌いのユーリにとってこれ以上の脅し文句はないだろう。

ユーリは後ろを振り返り、女性客の姿をみとめると、ぶるっと震えておとなしく席に着いた。いつもコウタが座っている席だ。朋の胸がきゅっとなった。コウタの夏休み中はずっと一緒に居られると思ったのだが、そう甘くはなかった。コウタは愛しの兄よりも宿題の方が大切らしい。オトモダチと料理の練習?まったく。それならここですればいいのに。

朋が注文を取ってカウンターに戻ると、陸が不貞腐れた顔で海のケーキを凝視していた。間に挟まれた美影兄の気の毒な事といったら。

「陸、もっとこっちに寄れ」ユーリが陸の腕を引っ張った。

陸はささやかな抵抗を見せ、「えぇ、だってユーリ怒ってるでしょ?」と唇を尖らせた。

「怒ってない」と言ったユーリは怒りを抑えこもうと必死だ。こういうところが、らしくなくて、朋は好きだったりする。

「どうだか?じゃあさ、美高さんのおごりでケーキ食べてもいい?」

「なんだと?ケーキくらい俺がおごってやる。誰彼かまわずねだるのはやめろ」

「ねだってない。海がおごってもらうから、俺も便乗しただけ」

俺も食べてもいい?とかなんとか言って、美高さんの腕にぶら下がっていたのは誰だ?

「海?海の事なんかどうでもいい――問題はお前だろうが」とユーリ。

「どうせ、俺はどうでもいい男ですよ」海はぷうっと頬を膨らませた。

「そんなことないよ」と献身的な花村。

「まっ、お前はそう言うだろうけどさ。そのケーキ美味しそうだから、一口貰ってもいい?」言い終わる頃にはフォークが花村のケーキに突き刺さっていた。

気の毒な花ちゃん。

朋はポタポタと滴るコーヒーの雫を見ながら、花村を憐れんだ。

つづく


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恋と報酬と 190 [恋と報酬と]

男子校のノリについていけない美高は、兄弟とその仲間たちの輪に入れず――入ろうとも思わないが――飲み干したカップをソーサーに戻すと、そそくさと切り出した。

「そろそろ帰ろうか――」言い掛けたところで、海に邪魔をされた。最後の言葉が尻切れになる。

「ええっ!なに言ってんの?ダメに決まってんじゃん」海は危なっかしくフォークを振り回した。どうやらこれは癖のようだ。先週、家に来たときにもスプーンをふり回していた。まったく。躾がなっていない。

「なぜだ?」美高は真顔で訊ねた。理由によっては前言撤回も可能――かもしれない。

「だって、もうすぐ美影さん来るもん」

なんだって?前言撤回は絶対にナシだ!「まさか、呼んだのか?」美高は念の為に訊ねた。美影がカフェに入り浸っていることは承知しているが、そういつもではない。まして、今日は違う。記憶に新しい今朝のことだ。美影は――何の用事かは知らないが――今日は早く帰ると言っていた。だから寄り道はしないはず。

「まあね」と、ずるそうな笑みを見せる海。口の端にクリームが付いていようがお構いなしだ。

そのクリームを舐めたい。自分でも驚くような考えが頭に浮かび、美高はむせそうになった。

「俺はあいつと待ち合わせなどしていないと言っただろう」そう言いながらも、海の口元から目が離せなかった。ひとのおごりでケーキを貪り食う生意気なガキの唇に魅了されるなど、どうかしている。

「どこ見てるの?」と海が覗き込むようにして、こちらを見上げる。

美高はドキリとし、咄嗟にコーヒーをもう一杯と朋に注文していた。

これでひとまず帰れなくなった。もしかすると、まだ帰りたくなかったのかもしれない。いや。そんなことあるものか。忌々しい弟と外でも顔を合わせなければならないなど、愚の骨頂。だいたい、たまたまコーヒーでも飲もうと立ち寄っただけで、長々と居座る気などない。

「クリームがついているぞ」ほらそこ、と美高は海の口元を指差した。

海は予想通り、舌先で口の端を拭って、にこっと笑った。「取れた?」

「ああ、ほとんどな」ほんのわずか、クリームの名残が口角から少し離れたところに存在しているが、別にどうって事はない。

やっぱり舐めたいなど、思うはずもない。

美高は目を逸らし、コーヒーのおかわりが出てくるのをじっと待った。

とにかく、さっさと飲み干してここを出る。海から逃れるすべは、それしかない。

つづく


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