はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

恋と報酬と 171 [恋と報酬と]

海は濃厚バニラとチョコレートのアイスを食べながら、美高の出方を伺った。両親の話になると、どうにも自分が哀れな子供のように思えてならない。俺たちのことを何も知らない大人になんて思われようが気にしないけど、美高には哀れだなんて思われたくなかった。

まあこいつは、誰かを憐れむようなタイプじゃないけど。

「それで、本当は何しに来た?アイスを横取りするためだけじゃないだろう?わざわざ俺のを取らなくても、言えばいくらでも出てくるんだ。お前らはお客様だからな」

げっ。美高のやつ案外鋭い。ここへ来たのはまさにいの様子がおかしかったからで、てっきり告げ口したんだと思ったからで。「そういう嫌みな言い方しかできないの?せっかく相手してやってるのにさ」

「勘違いするな。こっちが相手してやってるんだ」ハイバックチェアに座る美高は高飛車に言い、長い脚を誇示するように大袈裟に足を組んだ。聖文が弟を威嚇する時によく見せる仕草だ。

「まあ、どっちでもいいけどさ。なんかさ、俺、美高と気が合いそうだと思ってさ。ほら、お互い脛に傷を持ってるわけじゃん。つーか、胸に傷って感じだけど……傷心ちゅうなんだろう?」

「その話ならしないぞ。お前が勝手にいろいろ言っているだけで、なんの証拠もないんだ」美高は勝ち誇ったように眉をつり上げた。

「そういうこと、言わないほうがいいよ。俺の恋人は情報屋だし、その父親は腹黒情報屋だからさ。秘密って言葉、通用しないよ」

喜助の非道っぷりを教えてやろうか?あいつがどんなふうに秘密を暴いて、それを利用するのかを。夜もおちおち寝てられないんだからな。

「お前、彼女がいるのか?」美高は腹黒情報屋のことよりも海に恋人がいることに食いついた。心底驚いている。

「いちゃ悪い?」あえて訂正しなかった。

「いや」お好きにどうぞと肩をすくめた。「それより、なんで美影なんかと友達ごっこをしている?あんなつまらないやつと」

「友達ごっこじゃなくて、友達。美影さん、けっこう面白いよ。本人は自覚してないみたいだけどさ」

「あいつが面白い?冗談言うな」

「ほんとほんと。それにさ、怪我の手当てしてもらったことあるし――」聖文さんの弟だからという理由だったが、そのちょっとした行為に対する恩義はある。だから――「もしも美高がこれ以上美影さんの事を苛めるようなら、黙ってないからな」

つづく


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恋と報酬と 172 [恋と報酬と]

美高は諦め混じりの溜息を吐いた。

「随分しつこいが、俺は美影を苛めてはいない。正直言って、あんな小者を苛めるほど俺は暇じゃない」

たとえ失業中でも。

「へえ、そう?じゃあどうして夏休みを台無しにしたのさ」海は懐疑的な顔つきで美高を見上げながら、チョコアイスを口に含んだ。

「お前まさか、夏休みは遊ぶためにあるとか言わないよな?」いかにも言いそうではあるが。

「言うに決まってんだろう!」海はスプーンを危なっかしく振りまわした。

やっぱり。分かってはいたが呆れずにはいられなかった。

「それでよくあの学校に行ってられるな」

「落ちこぼれって決めつけてない?言っとくけど、成績は中くらいだからな」海は胸を張った。

「兄貴はトップだったんだろう?」美高は組んでいた足を解き、椅子からおりた。海の横に座り、あまりに美味しそうに食べるアイスを覗き込んだ。

「そうだよ。伝説の人らしいけどさ、それって俺たちには関係ないしさ、比べられても困るっての。まさにいと朋ちゃんはすごく頭が良いんだけど、俺たちとコウタはフツーなんだよ」海はそれとなしにアイスの器を遠ざけた。無意識の行動だ。

確かに、兄弟のうち長男と次男は見るからに別格だ。「俺たちっていうのは、双子の兄とお前のことを指して言っているのか?」

「陸ね。双子ってさ、やっぱ二人で一人なんだよな。ぜんぜん違う人間なんだけどさ、別では考えられないってゆーか、美高にわかるわけないよな」海はとうとうアイスを完食した。

美高は空の器を恨めしげに見やった。いまになってアイスがとてつもなく食べたくなった。「そうだな。双子の事などさっぱりだ」上の空で答え、わざわざアイスの為に下におりるべきかひとしきり悩んだ。

「俺、アイスのおかわり貰ってこ!」海はさっさと立ち上がって、勢いよく部屋を出て行った。

「俺のも持って来い!」美高は閉まるドアに向かって叫んだ。

つづく


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恋と報酬と 173 [恋と報酬と]

「俺はユーリと先に帰るね」陸はアイスを食べ終えると、口の端を舌先でぺろりとやりながら言った。

美影はキャビネットの上の掛け時計に目をやった。

まだ九時過ぎ。それとも、もう九時過ぎ?

「神宮、今日中に陸を戻せよ」聖文は陸をまるで図書館の本か何かのように言い、デミタスカップを口に運んだ。

中身はエスプレッソ。美影に言わせれば、おとなの飲み物だ。

「はい。いつものように、今日中に、送り届けます」ユーリは不満たっぷりの口調で言うと、陸の腕を掴んで引きずるようにしてリビングをあとにした。

「美影さん、またね~」と陸の声が廊下から聞こえた。

「月曜に学校で!」見送るには手遅れだと判断した美影は、半分腰を浮かせて声を張り上げた。

「陸帰っちゃったんだ」しばらく姿の見えなかった海がリビングに入って来た。両手にアイスを持っている。

「おかわり?」美影は訊ねた。両手ということは、ひとつは兄のだろうか?海が兄の所へ行っていたのには気付いていたが、アイスを一緒に食べるほどの友好関係を築いたのには驚きだ。このわずかな時間で。

「ああ、これね」聖文に睨まれた海は言い訳がましく言った。「美高が持って来いって言うから、ついでに俺ももう少しだけ食べようと思ってさ」

こんもりと盛られたアイスを見る限り、もう少しだけとは言い難い。

「海、美影さんのお兄さんと仲良くなったの?よしたかって……」コウタが訊いた。

「まさか。こいつはすぐに調子に乗るんだ。生意気なこと言って、美影さんのお兄さんを怒らせるなよ」朋は言って、アイスに添えられていたウエハースをかじった。

聖文は朋の意見に賛成だったが、美高の援護にまわる気はなかった。「アイスが溶けるぞ。早く持って行ったらどうだ」かわりに海をけしかけた。

「はいはい。言われなくても行くよ」海は意味ありげな視線を美影に投げつけ、リビングを出て行った。

パタパタと階段を駆け上がる音を聞きつけながら、美影は視線の意味を考えてみた。

余計なおせっかいだって分かってるけど、俺に任せときな。か、美高は手懐けたからもういじめられることはないよ。か、このアイス美味しいから止まらない。か――

美影は小さくかぶりを振った。

わからない。海の考えることなんて。

でも、悪い意味ではなかったような気がする。

つづく


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恋と報酬と 174 [恋と報酬と]

海が出て行くと、コウタは身を乗り出して美影に尋ねた。

「ねえ、海がお兄さんのこと美高って。最初はわざと美高さんなんて呼んでたけど、さっきのはわざとじゃなかったよね?ごはん食べてるとき、ベタベタしてるなって思ったけど、何もないよね?」

「あるはずない」聖文は即座に言った。

確かにベタベタしていた。一度はしなだれかかったりもした。生春巻きを食べたいがために、兄を押し退けようとしただけかもしれないが、そうでない可能性の方が高い。

信じがたいことに、海は兄を誘惑しようとしていたのだと思う。いつも学校でしているみたいに、おそらくは無意識の行動だ。

「海は兄さんに意見してくれたようです」おかげであのあと、兄と揉めて、あげく叩かれたわけだけど。

「まさかあいつ、ド・ストレートに美影さんをいじめるなとか言ったんじゃないだろうな」朋は手にしていたコーヒーカップを荒っぽく置いた。コウタがたしなめるように、朋の手からカップをやんわりと奪った。

「そのまさかのようです」美影は悠長に答えた。思わず笑い声も漏れた。海がまわりくどい事をするなど、想像もつかなかったからだ。

「だったら上で揉めてるんじゃない?仲良くやってるなんてどう考えてもおかしいもん」コウタは心配そうに天井を見上げた。

そこは兄の部屋ではないけれど、と美影は思ったが口には出さなかった。

「いや。海はああいうタイプは得意なんだよ」朋がニヤリと笑う。厭味っぽくない見惚れてしまうような笑みだ。「陸を見てみろ。ユーリみたいなのを手玉にとって、結城さんまで――」

「シオがなんだと?」聖文が目くじらを立てた。シオと陸のことに関してはかなり敏感になっている。

「ああ、いや」聖文の鬼の形相に朋は引き際を悟った。「そういえば結城さんが学校に顔を出してたらしいけど、まさにい何か聞いている?」話題をすり替えた。

「学校?そりゃ顔くらい出すだろう。校医になったらしいからな」聖文はさらりと言い、ぽかんとする一同を順々に見やった。

「校医?保健室の先生ってこと?」コウタが訊いた。

「いや、違う。健康診断の時にやって来る類の医者だ。が、常勤するとかなんとか言っていたな。病院はあまり好きじゃないらしい」

そうだろうとも。好きなのは陸なのだから。

シオはユーリを出し抜く気だ。

美影は思った。

つづく


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恋と報酬と 175 [恋と報酬と]


聖文が時間を気にしだしてからしばらく経つ。

明日は仕事だし、いつまでも他人の家のリビングで、我が物顔でくつろいでいるのもいかがなものかと思う。アイスも食べ終え、コーヒーも飲み干した。朋とコウタも同じ。いつ腰を上げようかと様子をうかがっている。

問題は、海がまだ上にいるということ。まあ、海は置いて帰ってもいいが、目的を果たしたのかどうかだけは確認しておく必要がある。美高をぎゃふんと言わせたのかどうかを。

「四条くん、片付け手伝うよ」聖文は出し抜けに言った。

四条くんは一瞬驚いた顔を見せたが、すぐにこちらの意図を汲んでくれた。「ええ、お願いします」そう言って、コーヒーカップを回収して回った。

朋とコウタはニヤつき、聖文は邪推をするなと睨みを利かせた。

お盆を手に二人はリビングを出た。アキさんは少し前に長い一日を終えていた。兄弟たちをいたく気に入り――とくに朋を――また是非いらしてくださいと告げ、名残惜しげに帰って行った。

「聖文さん、今日はありがとうございました。とても楽しかったです」流しに食器を置きながら、四条くんが言った。

聖文はスポンジを手にして、シングルレバーを押し上げた。洗剤はどこだ?「それはこっちのセリフだ。それより、大丈夫?」叩かれた頬とか、叩かれたショックとか、その他もろもろ。

「先ほどのことでしたら、もう大丈夫です。何か訊きたい事があったんですよね?」

屈託なく見つめられると、なんとなく後ろめたい気持ちになるのはなぜだろうか?

「ああ……」聖文は歯切れ悪く切りだした。「四条くんのお兄さんと、さっきのことも含めて少し話しておきたいと思って。余計なことだと言われればそれまでなんだが。四条くんは弟たちの大切な友達だからね――」そこまで言って、聖文は美影の悲しげな顏に気付き慌てて言葉を付け足した。「もちろん、俺にとっても大切な、いや、そうだな……」

やはり弟たちの友達でしかない。でもそう言ってしまうのは気が引けた。

「いいんです。わかっていますから。兄の部屋に案内します。洗い物はあとでしますから、どうぞ」そう言った四条くんは、やはり悲しげだった。

好きな人に相手にされないというのは、とてもつらいことだと思う。けれど、こっちは男で向こうも男だ。弟たちにそそのかされてその気になってしまった四条くんには同情するが、いつかきっと目が覚めるはず。

ついつい情にほだされ、自分が思う以上に優しく接してしまったりするが、期待させてはいけない。させてはいけないのに、放っておけない。

くそっ!どうすればいい?

つづく


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恋と報酬と 176 [恋と報酬と]

美影は先に立って、聖文を階上へ案内した。美高の部屋の前に立ち、軽く二度ノックをすると返事も待たずにドアを開けた。

なぜそうしたのか。何となく不意をついてやろうと意地の悪いことを思ったからだ。だが不意をつかれたのは美影のほうだった。

とにかく、ドアを閉じた。

「どうした?」

耳元で聖文さんの声がした。

「なにもっ!」声がうわずった。

心臓がドキドキしている。
たったいま目にした信じられない光景と、聖文さんの吐息が耳にかかったせいで。
後者はドキドキというより、ゾクゾク。まるで背中を抱かれて、愛の言葉を囁かれたみたい。

「海のやつが何か?」

また息が!今度は強めに。

美影は堪らず振り返った。あわよくば、どこか――唇辺りが――ぶつからないだろうかと期待したが、そんなにうまく事は運ばない。

聖文はいまにも美影を押し退け、美高の部屋に押し入ろうとしていた。

「違いますっ!聖文さんの息が耳に――」言ってしまってから後悔しても遅いけど、兄と海に時間を与えるためには仕方がなかった。

「なんだって?あ、ああ……すまない」聖文は一瞬何のことかとぽかんとし、飛び退った。

実際、本当のところ、兄と海は何をしていたのだろうか?ドアを閉めるのが早過ぎて、細部を見逃してしまった。

二人は重なっていたように見えた。どこがどう重なっていたのかは不明。もうきっと離れてしまっているだろうから、どの辺がくっついていたのかいまさら確かめることは出来ない。

そして僕と聖文さんの間にも、相応の距離が出来てしまった。

カチャリとドアノブが回り、海がまったく悪びれる様子もなく――悪びれなきゃならないわけではないが――、兄の部屋から出て来た。こころなしか、唇が赤くぷっくりとしているようにも見える。

「どうしたの二人して」海は俯き加減、上目遣いでこちらを見ると、つつっと壁伝いに二人を避けた。スタスタ、部屋から遠ざかりながら言う。「花村んち行こうと思ってたけど、遅いからやめとこ。朋ちゃんに乗せて帰ってもらおうっと」

美影は海の異変に気付いたのかどうか確かめようと、聖文をじっと見つめた。いつ見ても男らしくて素敵な顔。眉間に皺をよせ、訝しがっているふうでもある。

「ああそうだ」海が振り返った。「美影さん、もう何も心配いらないよ」

なんとも頼もしい限り。そのセリフ、どうせなら聖文さんの口から聞きたかった。

美影は残念に思いながらも、「行きましょう」と聖文を促し海のあとを追った。

つづく


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恋と報酬と 177 [恋と報酬と]

帰りの車中、聖文は海を問いただすような真似はしなかった。

弟のことはよく分かっている。言うべき事があればとっくに喋っているはず。特に何も口にしないのは――もちろん美高をどう丸め込んだかについて――案外あっさりと海の言葉を聞き入れたため言うに値しないか、言えない事情があるかのどちらか。

前者の見解は懐疑的。聖文の経験上、美高のような人間は他人の意見を無条件で聞き入れるようなタイプには分類されない。あれこれ難癖をつけ、自分の気に入る状況に落ち着かなければ気が済まないはずだ。

ということは、海はなにかをやらかした。

想像するのも恐ろしいことを。

四条くんの態度からも、それははっきりしていた。

それでも海を問いたださないのは、いまはまだその時ではないからだ。場合によっては一生訊かないままにするが、しばらくして四条美高の弟に対する態度が変わっていないようなら、話は変わってくるだろう。

聖文の目に耳に記憶された理不尽な仕打ち。

ショックで呆然とする美影の姿は、聖文の怒りに火をつけた。それは本当に凄まじい怒りで、聖文の記憶にある限り、この種の怒りを感じたのは初めてだった。

最初は朋を殴った時の怒りと同種だと思った。自分が保護すべき相手が誰かに危害を加えられた時のような。朋がコウタを襲った時、当然聖文は、保護すべき弟を守るためにもう一人の弟をこてんぱんに伸した。

もちろん、聖文は美影に対しても同じような保護欲を抱いた。だからこそ守るべきだと、行動を起こした。海に先を越されたが、すでに美影が聖文の保護下にいることは間違いなかった。

弟でもないのに。

そこが、コウタに対する感情と違うところだ。

弟ではないから。

だとしたら、聖文にとって美影はどういう存在になるのだろう。

弟の友達。弟のような存在。それとは全く違う、聖文が拒み続けるある種の存在。

それがわかるのは、まだ、ずっと、先のこと。

つづく


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恋と報酬と 178 [恋と報酬と]

四条家に静寂が戻った。

美影はいつものように粛々と寝支度を済ませると、ベッドに腰掛け、その時を待った。

廊下の微かに軋む音が聞こえたかと思うと、前触れなく部屋のドアが開いた。ノックも声掛けもなし。兄は無言のまま部屋に入ると、待ち構える弟の前に立った。

やはりやって来たか。

美影は心もち微笑んだ。せっかく休戦協定を結びに来たのだ。あまり勝ち誇ったように振る舞って、兄がへそを曲げてしまっては元も子もない。

「言っておくが、俺はお前のことを嫌ってはいない。勝手に勘違いして、まわりに余計なことを吹聴するのはやめろ」美高が口火を切った。

「大袈裟に言ったつもりはないんですけど、とにかく兄さんが僕を嫌っていないと知って、ホッとしました」本心ではなかった。

美影は美高を見上げた。背が高く、スタイルもいい。顔の良し悪しを言うなら、良い方の部類に入るだろう。そんな兄が、恋人と別れて失業して、弟の友達といちゃついていた。そう、あれはいちゃついていたに他ならない。

「キス、したの?」僕の友達と。海は男で、恋人もいるのに?

美影は叫び出しそうになった。

「馬鹿なことを」美高は吐き捨てた。

「僕の勘違いならそれでいいんです。誰にも言うつもりないし――」これは脅しだろうか?美影は思った。

「勘違いも甚だしい。あれはアイスが好きなただの子供だぞ」美高はむきになって言った。

「その通りです。そして僕の友達です!」美影は語気を荒げた。

美高は大きく息を吐き出した。「海がお前の数少ない友達だという事はよくわかった。しつこくお前を苛めるのをやめろと言っていたからな。今夜、叩いたことは悪かったと思っている。けど、あれはお前が傷口をえぐるような真似をしたからで、苛めとかそういうのではないからな」

「僕も言い過ぎました。でもあれは、兄さんが聖文さんを侮辱したからで……僕だってあんなこと言いたくはなかった」美影は足元に視線を落とした。首が痛くなったからだ。

「お前が聖文さんを慕っていることは――いや、好きだという事はよぉくわかった。なんなら協力してやってもいい。これまでのこと、今夜見たことをチャラにするなら」

兄は今夜海にした事――もしくは海がした事――を見なかったことにしろと言っている。別にそれでもいい。海の浮気癖はいまに始まった事ではないし、花村のことは可哀相だとは思うけど、僕には関係ない。それに兄と海が何かしたなんて、想像もしたくない。早く忘れてしまいたい。

決まりだ。

「兄さんは僕の友達と友達になってくれた。それだけですよね?」美影は無表情ながらもとびきり愛想よく応じた。「それで……協力って具体的にはなにを?」

つづく


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恋と報酬と 179 [恋と報酬と]

美高は敗北感いっぱいに美影の部屋を出ると、猛烈な勢いで廊下を進んだ。
階段を駆け降り、明かりの消えたダイニングルームに入ると、キャビネットの上に置かれたままの飲みかけのワインボトルを手にした。傍にあったグラスを掴み、なみなみワインを注ぐと、リビングのお気に入りのソファによろめくようにして腰を落とした。

ワインを口にし顔を顰める。
いやに渋く、舌にざらざらとした感触が残った。甘ったるいアイスを食べた後だからなのか、それとも――

『キスしたの?』

美影のやつ、とんでもないことを口にしたものだ。俺があんなガキとそんなことするはずがないだろうが!

美影の角度からだとそう見えたかもしれない。いや、見えたのだ。海の唇が俺の唇と重なっているところが。

だが、あれにはわけがある。断じてキスなどではない。あのガキは、アイスの最後のひと口を奪おうとしていただけだ。さも自分のもののように主張して、俺を押し倒し、跨り、口に運んだばかりアイスを奪わんとした。

いや。実際、奪うことに成功した。舌を突っ込んで、口の中を隅々までまさぐって、アイスを掻き出し、満足げに溜息まで突きやがった。

それでも飽き足らず、唇に残った甘い汁を吸ったり舐めたり――

くそっ!あれはアイスを貪っただけで、キスをしたわけではない。だが、どう否定しようとも、俺は海とキスをした。子供っぽい、自由奔放なキス。

あいつ、ガキのくせに慣れていやがった。生意気にも男が相手でも物怖じせず、濃密なキスにもかかわらず、欲情の欠片も見せなかった。彼女がいる身では、男相手に反応するはずがないのだろう。こっちは身体のあちこちが、凄まじく敏感に反応していたというのに。

そして海は、美影に見られようが全く気にする素振りも見せず、ごちそうさまとのたまって、にこりと笑って部屋を出て行った。

美高はワインをもう一口飲んだ。やはり好きにはなれない。

だが、別れのキスにも似た海の勝手気ままなキスの味を忘れることは出来そうだ。おかげで美影とくだらない取引をする羽目になったが、まあいい。あいつもこちら側の人間だ。友達を取られやしないかとヒステリックになっていたが、愛しの聖文さんの名を出しただけで、借りてきた猫のようにおとなしくなった。

こっちが協力したところで、どうになるものでもないのに。馬鹿な弟だ。

美高はグラスを置き、お気に入りのソファに身を委ねた。目を閉じ、指先で唇に触れた。そのとき誰の事を思っていたのか、自分でも分からなかった。

つづく


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恋と報酬と 180 [恋と報酬と]

当初の目的を果たした海は上機嫌だった。昼間のイライラが嘘のようだ。

帰りの車でまさにいのただならぬ視線を感じたが、冷や汗をかきながらも何とか切り抜けることが出来た。

美高に何をしたのか知ったらさぞ驚くだろう。

海はニヒヒと下卑た笑いを漏らした。

「海、気持ち悪い」約束通り、午前零時前――ほんの一分ほどだが――に帰宅した陸が扇風機の前の海を押しのけながら言った。

「よく言うよ。ユーリの匂いぷんぷんさせてさ」海は特等席を取り戻しながら言う。

「変な言い方するなよ。そういう海は朋ちゃんの匂いじゃん」陸は唇を尖らせた。

「朋ちゃんのシャンプーは髪がさらさらになるんだよ」海も口を尖らせる。

陸は鼻から息を吐き出した。「俺も一緒。ユーリのシャンプーはさらさらになるんだ」

海が鼻を鳴らす。「ふんっ。どうせやったんでしょ。俺がひとりで美高をぎゃふんと言わせてる間にさ」最近えっちしていない海は、少々欲求不満だった。

「しょうがないじゃん!ユーリはそういうやつなんだよ。だいたい海ひとりで美高をぎゃふんと言わせられるはずないじゃん。いかにも一人頑張りましたって言うのやめてよね」

「ほんと、お前ってやなやつ!」海はぷいと顔を背けた。

双子の喧嘩は珍しくない。一触即発の状態はどちらかが機嫌が悪いとすぐに発生する。二人が腕力に訴える部類の人間なら、とっくに殴り合いが始まっているだろう。だが陸と海は、口が達者なだけの小生意気な子供に過ぎない。

ぎゃあぎゃあとわめき散らしたあげく、結局二人はいつものように扇風機の前に並んで風を受けた。ブッチが背後からのしのしと近づき、ぼってりとした肉球で『強』のボタンを押した。

グゥォと唸るように扇風機が回り、二人は別々の匂いを部屋中に拡散させた。

「ちょっ、ブッチ。息が出来ないじゃん!」陸は言って、『弱』に戻した。そよ風くらいが心地いいのだ。

「それで、どうやって美高をぎゃふんと言わせたのさ。ってゆーか、そんなに意地悪そうに見えなかったけど?最初の頃の美影さんに比べたら、愛想が良いくらいだったよ。ねぇ、ブッチィ」陸は暑苦しいブッチを膝に抱えた。

「チッチッ」海は指を振った。「あいつはとんでもなくねじくれた奴だよ。俺、ちょっと話しただけでわかっちゃったもん」

「美影さんのこと嫌いだって?」陸が訊いた。

そんな単純な話ではない。

「あいつがそんなこと言うはずないじゃん。なんていうかさ、たぶんどうでもいい存在なんだよ。美高にとって美影さんはさ。だから目の前にちらつかれると鬱陶しいっていうかさ……」結局説明できなかった。

「俺よくわかんない。海ってさ、けっこうひねくれてるよね?あの事があってから、変わっちゃったってゆーか、何も知らなかった頃とは違うってゆーか」

「当然じゃん」海は呟いた。ひねくれ者にはひねくれるだけの理由がある。「俺、あいつにキスしてやった。あいつ、バカみたいに驚いた。なのに俺を押し退けようともせず、最後にはキスを返した」こんな説明をしてどうするつもりだったのか分からなかったが、陸だけには言わずにはいられなかった。なんとなく、遅かれ早かれ気付かれると思ったからかもしれない。

「はっ?え、何やってんの!美影さんのお兄さんだよ!!しかも、お前花村がいるじゃん!」

ブッチは陸のキンキン声に耳を塞いだ。

「お前って言うなよ。不愉快」海は憮然と言い、『中』のボタンを押した。

「いやいや、言うよ!海、そろそろそういうのやめた方がいいよ。いつか花村に捨てられるよ。そうなったら困るのは海だぞ。絶対!」陸は人さし指を海に突きつけた。

「あいつは別れるなんて言わないよ。言えるものなら言ってみろっつーの」

「もうっ!知らないからな。今のは聞かなかったことにするから、二度と友達を裏切るようなことはするな」

「キスは裏切りなのか?」口をついて出そうになったが、賢明にも海はやめておいた。陸が激怒しているのがわかったから。

つづく


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