はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

恋と報酬と 161 [恋と報酬と]

憎たらしいガキだが、確かに海の言う通りだ。

美高は何とか気持ちを落ち着け、海を突き飛ばさないように気を付けた。相手は身長が一七〇センチにも満たない口が達者なだけの子供だ。生意気なことを言っても、こちらにはそれを受け流すだけの度量はある。

美高は小さな身体で虚勢を張る海を見て、脅しをかけるべきか懐柔すべきかつかの間悩んだ。

ひとまず、脅してみるか。こういう生意気なガキは、大人を甘く見るとどうなるか、思い知らせてやる必要がある。

「誰に何を聞いたか知らないが、お前みたいなガキに何がわかる?男子校特有の思考回路で大人をからかってタダで済むと思っているのか?」

「男子校特有ってなにさ」海がすぐさま反発する。

昔飼っていた猫に似ているなと美高はぼんやりと思った。まだ美影がこの世に存在していなかった頃だから、おそらく五歳くらいか。どこにでもいるようなトラ猫で、記憶にはないが兄が拾ってきたと聞いている。あの冷徹極まりない兄にそんな一面がるのも驚きだが、一番可愛がっていたのがこの俺なのだからもっと驚きだ。どうして今まで忘れていたのだろうか。死んでしまった時、この世の終わりのように悲しんだのに。

「俺の質問に答えろ」美高は愛猫の記憶を頭の片隅に置いたまま、海を威圧した。海が何に答えるのか忘れていなければいいが。

「命令?そういうの通用しないからな」海は爪先立ちになった。脅しには屈しないのが海の信条らしい。顔つきから頑なさが伺える。

ではもっときつい脅しをかけてみよう。見方によってはこちらが一歩譲ったようにも見えるが、海はどう出るだろうか?

「そうか?じゃあ、取引だ。いますぐに言わないと、社長の息子を脅したと君の一番上の兄に告げ口するよ。彼はどうやらまともな人間のようだし、仕事に対して並々ならぬ熱意を持っている。君のせいで職場での立場が悪くなったりしたら、彼はどうするだろう?腹立ちまぎれに君を殴るか?それとも大事な小遣いを減らすか――」

「だ、ダメ!ダメダメ!まさにいに言い付けるとか、そういうのなしだからな。人間のすることじゃないよっ!まったく」

海は背中を丸め敗北を露にした。どうやらお小遣いを減らされることが一番堪えるようだ。高校生らしくていいじゃないか。美高は海に好感を持った。

「取引成立ということかな?」美高はほくそ笑んだ。

「成立。で、なにが訊きたいんだっけ?俺が知ってるのは、美高が恋人ともめて仕事をやめたって事だけだからな。それ以上は知らない」

それだけ知っていれば上等だ、と美高は思った。眩暈を覚えながら、噂の出所について海を追求した。

「誰に聞いた?そんな話どこでもしていないはずだぞ」

「誰、とは言えないけど、俺たちの情報網はすごいんだ」

「俺たち?」

「そう、俺たち。だから美影さんも美高の愛憎劇は存じてるって訳さ」小生意気な言い方が癪に障ったが、海は貴重な情報をくれた。

美影が知っている。俺が仕事をやめた理由を。

うーん。これで事態はややこしくなった。あいつの口を封じるべきか、放っておくべきか。父さんに告げ口する事はないだろうが――しても信じないだろうし――、それでも口止めは必要だ。

なに。ほんの一言で済む話だ。“聖文さん”へ片思いしていることを知っていると、耳打ちすればいいだけのこと。それで万事うまくいく。

つづく


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恋と報酬と 162 [恋と報酬と]

今夜はもう無理かもしれない。

美影はがっかりとした顔を見せまいとしながらも、いつまでも聖文を独占し続ける父親に冷めた目を向けずにはいられなかった。

暇なの?と言いたいのを我慢して、先ほど陸が取ってきてくれた穴子の握りを腹立たしさと共に口に突っ込んだ。たちまち煮穴子がとろけ、そのおかげで美影の刺々しい心も幾分か和らいだ。

やっぱりたつみ寿司の煮穴子は最高!

これを聖文さんにおススメできればいいのだけれど。美影は顔を曇らせた。あいにく聖文さんは父の相手で忙しく、時折ワインを口にすることしか出来ないでいる。何も食べずにお酒を飲むのはよくないのに。

お父さん、早くどこかへ行ってくれないかな。

その思いが通じたのか、父が一瞬顔を顰めてズボンのポケットから携帯電話を取り出した。相手が誰だか確認すると、すまなさそうに席を立った。

美影の胸は喜びに弾んだ。そしてやっとチャンスが巡ってきたことに興奮した。もちろん緊張の方が先にたってはいたけれど。


社長が席を立つと、聖文は肩の力を抜いてホッと一息ついた。手元のグラスを空け、片方に寄り過ぎた身体を戻すと「四条くん、そこの唐揚げ取ってもらえるかな」と美影に向かってにこりとした。

さきほどからずっと食べたくてうずうずしていた一品だ。ちょうど海がトイレに行くと宣言して部屋を出た頃、アキさんが揚げたてを持って来た。スパイシーな香りが辺りに充満し、口の中に唾が湧くのを止められなかった。

「これ、ピリ辛で美味しいんですよ」美影は小皿に大きな塊を三つほどのせ、端にレモンを添えた。

聖文は皿を受け取ると、よだれを垂らさないように気を付けながら礼を言った。見守るようなそれでいて突き刺さるような視線を受けながら、ひとまずピリ辛唐揚げを味わった。「うまい」心からそう言った。

「まさにい、これも美味しいよ!」テーブルの向こうの陸が一人前の寿司桶の中を指差しながら言った。

そりゃうまいに決まっていると聖文は胸の内で応じ、大将にうまい寿司を握ってもらうため席を立った。言えば持って来てくれるのを知っていたが、そうする気はなかった。弟たちも誰一人としてテーブルで待つような事はしてなかった。食い意地が張っている。ただそれだけのことだが。

「僕も行きます。おすすめは穴子です。ふわりと柔らかくて口の中でとろけるんです」

あとをついてくる美影を待って、聖文は訊ねた。

「他におすすめは?」

つづく


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恋と報酬と 163 [恋と報酬と]

寿司を握ってもらうあいだも、他愛もない会話が続いていた。

秋休みの勉強会はどの教科を集中的にやるかとか、ブッチが昨日から帰ってきていないだとか――外泊はよくあるらしい――、そんなこと。

それは美影が以前に比べて喋るようになったためか、相手がこちらに気を使ってのことか。どちらでもかまわないと美影は思った。聖文さんに気を使わせるのは申し訳ないけど、いまだけ、きっといまだけだから。

美影と聖文はそれぞれ長方形の和皿を受け取ると、肩を並べて席に戻った。

「夏休みのほとんど、お祖母さんの家に行っていたんだって?島にあるって聞いたけど」聖文は座りながら訊ねた。

美影は皿を慎重に置くと、席に着き、おしぼりを手にした。「そうなんです。約三週間ほど行っていました。聖文さんもご存じのとおり、うちの学校は夏休みが短いので、帰ってきたと思ったらもう夏休みは終わりです。せっかく立てた計画が台無しになってしまいました」落胆も露に言った。

「そうだな。弟たちも随分楽しみにしていたようだから、残念だったな。向こうでは何をしていたの?」

「何って……」囚人のような生活をしていましたとは言えず、美影は言葉を濁した。

聖文は美影の閉ざされた口元を見ながら、穴子の握りを口に運んだ。神妙な面持ちながらふいに口元が綻んだ。美影の言った通り、煮穴子が口の中でとろけたのだ。

聖文は再び口を開いた。「お祖母さんは厳しい人だと聞いたけど――」

美影は何でもお見通しなんですねという目を聖文に向けた。「はい。でも慣れていますから。お母さんも同じように厳しいので。時々――羽目を外すようですけど」そう言ってにこりと笑った。ぎこちない笑みになっているだろうと覚悟したが、思いの外自然だったようだ。

「確かに四条くんのお母さんは時々羽目を外すようだな。でもあの一回こっきりだ。社長夫人が俺たちに『坊やたち』なんて言ったのはね」聖文も同じように笑みを返した。

「あれにはほんと驚きました。でも、あれがお母さんの本当の姿なんだと思います。おばあちゃんが見たら、顔を真っ赤にして竹の物差しを振り回しそうですけど」美影は笑い飛ばすように言った。

聖文は美影の言葉に衝撃を受けた。「もしかして、暴力を?」

「い、いいえ!いまはそんなことありません。小さい頃はお尻を軽く叩かれることはありましたけど……父には言わないでもらえますか?」美影は空いた席を見て言った。

聖文は内緒話をするように声をひそめた。「俺も親父にしょっちゅう頭を小突かれていたけど、弟たちは知らないんだ。だから内緒な」

顔を見合わせた二人は思わずぷっと吹き出した。

秘密を共有するのって、楽しい。

つづく


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恋と報酬と 164 [恋と報酬と]

「ねえ。海が戻ってこないんだけど」陸がしばらく空いたままの席を見て言った。

それぞれ和気あいあいと食事を楽しんでいた一同は、ぴたりと口をつぐんだ。

「ほんと。美影さんのお兄さんもだね」と言ったのはコウタ。よもや二人が場外戦を繰り広げているとは思いもしない発言だ。

「お兄さんもトイレだっけ?そのまま部屋に行っちゃったのかな?騒がしいの嫌いなんだよね」陸は美影に訊ねた。

「今日はまだおとなしい方だろう?」ユーリは言って、他の男を気にする陸に仏頂面を向けた。

「あいつまさか変なことしてないだろうな」朋は最悪の事態を想定した。それは何パターンもあり、これだと断定するには情報が足りなさすぎた。

「勝手に家の中をうろついたりしてたらことだ」聖文はテーブルに手をつき立ち上がった。

美影は長身の聖文を見上げ、やんわりと制した。「僕が見てきます。聖文さんは食事を楽しんでいてください」

もし仮に兄と海が一緒にいて、何かしらの揉め事が起きていた場合――特に美高が海に攻撃を仕掛けていたとしたら、間に割って入るのは美影のほうが都合がいい。

美影はダイニングルームを出て廊下を奥へと進んだ。辺りは静かだった。トイレから声が漏れ聞こえることもなかった。

あまりの静けさに、二人はトイレにはいないのかもしれないと美影が思い始めたとき、タイミングよく海がドアを押し開け出て来た。

海はバタンと派手な音を立ててドアを閉めると、美影に向かって肩をすくめてみせた。「美影さんもトイレ?美高がまだ中にいるよ」のんきに言い、ぷらぷらとした様子で辺りをぐるりと見回した。「あっちがお風呂?」

美影は苛立たしげに息を吐いた。「お風呂はあっちだけど、兄さんと何してたの?」というか、海ってば兄さんのことを美高って呼び捨てにしてる。

「ちょっと話してただけ。あまり美影さんをいじめないでって。あ、余計なことするなって言う気でしょ。でももう言っちゃったからどうしようもないよ」

開き直りなのかなんなのか、いつもに増して腹立たしい物言いだった。しかも嘘を吐いている。それでも念の為確認せずにはいられなかった。

「なにかされなかった?ひどいこと言われたり――」

海はチッチっと立てた指を振って、美影に口を閉じさせた。「こっちが言ってやったくらいだから気にしないで」そう言って、バイバイと手を振って去って行った。

美影は大きく息を吐くと、思い切ってトイレのドアを開けた。

兄は両手を洗面台につけ、流れる水に目を凝らしていた。やがて顏を上げ、戸口にいるのが弟だと気付くや、醜悪なものでも見るように顔を歪めた。

つづく


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恋と報酬と 165 [恋と報酬と]

美高は、弟がごくごくプライベートな場所にズカズカと踏み込んできたことに激しい怒りを感じながらも、落ち着き払った態度で非難の意を伝えた。

「お前には俺の姿が見えないのか?」

例えトイレが海の部屋ほどの広さがあろうとも――海が大袈裟なだけで、実際はさほど広いトイレでもない――使える場所は一人分だ。使用中だとわかっていて――表にそれを示すものはないが――あえて入り込んできたということは、なにかしら兄に対して意見する気なのは間違いない。

忌々しいことこの上ない。

ちょうどいい機会だ。ここで話を付けておけば、後々面倒も起こらず、生意気な弟の鼻をへし折ってやることも出来る。お互い問題を抱えてはいるが、どちらが有利なのか、考えるまでもない。

「海とここでなにをしていたんですか?」

詰問するような口調にカッとなったが、それでも美高は持ち前の自制心を発揮して、抑揚なく応じた。

「お前のオトモダチはろくな人間じゃないな。年上に対して口のきき方がなっていないし――いや、まあ、お前のオトモダチだから当然か」

美高は美影の表情を伺った。反論するか悩んでいるようだ。賢いのか、ただ臆病なだけなのか。だが、もう一言二言でも足せば、掴みかかって来ないという保証はない。今夜の弟は援軍を得た気でいるらしく、やけに強気だ。

「海が兄さんに何を言ったのかは知りませんが、兄さんの方に問題があったのではないですか?」美影は見下すような視線を美高に向けた。

美高は奥歯を噛みしめた。カッとなった方が負けだとわかっていても、頭に血がのぼるのを止められそうにない。

「問題は、お前の慕う“聖文さん”にあるのではないか?弟も満足に監督できないくせに父さんに取り入ったりして、厚かましい男だ」美高は侮蔑混じりに口元を歪めた。

美影が態度を一変させた。「聖文さんはお父さんに取り入ったりなんかしていないっ!」目を剥き、声を荒げ、いまにも殴りかかって来そうだ。

「そうか?手土産だと言って持って来たワイン。下心がなかったと言えるのか?」美影に詰め寄り、ドアの外に押し出そうとした。

「あるわけない!それ以上聖文さんを侮辱するようなら、僕だって黙ってないですよ」美影は入口にとどまったまま一歩も引こうとしない。

「黙ってない?誰に何を言うっていうんだ?父さんに告げ口か?お前があの男を好いていると知らされるよりも衝撃的な内容か?好きなんだろう?聖文さんが」

「だったらなんだというんですか?別にお父さんに知られたって構いません。兄さんこそ、たかが恋人と別れたくらいで銀行をやめたりして、お父さんが知ったらなんて言うでしょうね。働く気も全くないようですし――」

とにかく美影を黙らせたかった。たかが恋人と別れたくらいだと?たかが?恋愛ごっこを楽しんでいるような子供に何がわかる。憧れの人を好きになりましたとほざくガキに、何もわかるはずない。

美高は手の甲で美影の右頬を思い切りはたいた。まさかという美影の表情が視界から消え、ドスッという音ともに呻き声があがった。

ざまあみろとしりもちを着く弟を見おろし顏を上げると、そこには驚きに目を見開いた“聖文さん”がいた。

つづく


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恋と報酬と 166 [恋と報酬と]

やはり気になり、握りたての寿司に後ろ髪を引かれながら海を探しに出た聖文が目にしたのは、兄が弟に暴力をふるう場面だった。

聖文とて弟に暴力をふるったことがないわけではない。だが、唯一といってもいい、記憶にあるのは朋がコウタに襲い掛かった時のもので、あれには正当な理由があったと今でも思っている。朋は殴られて当然のことをした。殴られるだけで済んでよかったと感謝されてもいいくらいだ。

四条くんが殴り倒されたのも、理由あってのことかもしれない。だから不用意に、兄弟間のいざこざに口を出すべきではない。

わかってはいるけれど、美影の人となりを知っている聖文としては口を出さずにはいられなかった。

「いったい、何をしているのですか?」聖文は美高に向かって辛辣に言い、手を伸ばして美影を助け起こした。

赤くなった頬を見て、憤怒の情が湧きあがる。四条くんは殴られるような何かをするような子ではない。それを言うなら、四条くんのお兄さんも暴力をふるう人間には見えない。それこそ意地悪をするのが精一杯といったところだ。だが実際、四条くんは殴られた。

もしも、海のせいで二人が揉めたのだとしたら、怒りをぶつける相手を間違えることになる。でももう一言付け加えずにはいられなかった。

「いつもこんなふうに弟に手をあげているのか?」言葉遣いなどどうでもいい。相手は年下だ。社長の息子だとしても知った事か。

「こいつが勝手に転んだだけだ。席に戻って、父の機嫌でも取ったらどうだ?」

ほう。どうやらこいつは俺の存在が気にくわないらしい。

「ではそうしよう。四条くん、行くよ」

聖文はくるりと踵を返すと、美影の腕を掴んでダイニングへと促した。背後から何も心配いらないと囁くように言い、再度美高に睨みを利かせた。

相手もかなりの長身だが、こちらも負けていない。見下ろすには充分だ。

「大丈夫か?」聖文は歩きながら美影の顔を覗き込んだ。

「ええ、大丈夫です。少し驚いただけで、たいしたことありません」美影は頬に手を置き上の空で答えた。

聖文は廊下の隅に美影を引き込むと、どことなしか焦点の定まらない青い顔を見つめた。そっと手を伸ばし、ぶたれた衝撃で乱れた前髪を整えてやりながら、状態を確認した。

「腫れてきている。少し冷やしたほうがいいだろうな」それにショックを受けている。このまま戻れば愚弟どもが大騒ぎするだろう。なんといっても、あいつらの今夜の目的は四条美高を懲らしめることなのだから。

「ひどいですか?」

「そうだな。良いとは言えない」

「どうしよう。父が見たら気づくと思いますか?」

「見たら気づくだろうが、見ない可能性もある。もしくは、早々に食事を終えて――」

「いやですっ!だってすごく楽しみにしていたのに」美影は聖文に掴みかかるようにして胸元にしがみついた。おそらくは、聖文が帰ると言うとでも思ったのだろう。

ひと月ほど前、同じように抱きつかれた事があった。あの時と今とでは状況が違い過ぎるが、誰かに見られるとまずいということには変わりはない。例えば社長とか、意地悪な兄とか。

「早々に食事を終えて、庭で花火でもしたらどうかと提案しようとしたんだ。そうすればお父さんに顔を見られることもないし、俺の弟たちにあれこれ詮索されることもない」聖文は幼子に言い聞かせるように、ゆっくりと言葉をかみ砕き説明した。

聖文の提案に美影はホッとしたように肩の力を抜いた。「では、もし父が戻っていたらうまく言ってもらえますか?僕は少ししてから庭で合流するようにします」

「ああ、そうしよう」そう言って、聖文は美影の肩に手を置き、自分からやんわりと引き離した。

つづく


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恋と報酬と 167 [恋と報酬と]

聖文のすることに抜かりはなかった。

さりげなく席に戻ると、海に一度だけ威嚇するような視線を投げつけ、社長との会話をそつなくこなし、弟たちを引き連れ計画通り庭に出た。

日本庭園ふうでもなく、ガーデニングに力を入れているというわけでもない。さほど大きな木は見あたらず、塀に沿って低木が植わっているだけだったが、迫田家の庭とは比べものにならない広さだ。

つまり、花火をするにはもってこいの庭ということだ。

「近所迷惑にならない程度のものにしろよ」聖文は一同に向かって言った。

聞き分けのいいのはコウタだけだったが、朋もそれに習うのは間違いなかった。問題は双子だ。海の手にはすでに二〇連発の打ち上げ花火が握られている。スーパーで売っている程度の花火とはいえ、馬鹿には出来ない。そこそこ大きな音も出るだろうし、一軒一軒が離れているとはいえ、この辺は住宅密集地だ。社長は花火くらい平気だと請け合ったが、なにせ閑静だ。ともかく苦情が来ないことを祈ろう。

「ねえ、美影さんまだ?」パラシュート花火を手に陸が言った。

「陸、手持ちのだけにしろ。それはどこに落ちるか分からんだろう?」聖文は数ある花火セットの中から数本手持ち花火を取り出し、陸に渡した。

陸は唇を尖らせ、受け取った花火をユーリに押し付けた。

「美高は来ないの?不貞腐れちゃったかな」海は聖文の言葉を聞き流し、こそこそと打ち上げ花火を芝生に設置した。

「お前、あの兄貴に何かしたんじゃないだろうな?」聖文は詰問口調になった。

「トイレで一緒になったからちょっと話しただけだよ。陸と間違えなかったから、まあ、見る目はあるよな」海はにんまりと笑顔になった。

それを見て陸が反発する。「なにそれ?俺の方がかっこいいとか言いたいわけ?言っとっけど、俺の方がいい男だかんな」

「同じ顔だろうが」馬鹿馬鹿しいとばかりにユーリが吐き捨てた。二人を一度も間違えたことがないうえ、陸を溺愛しているユーリにしては珍しい発言だ。

「そうそう」コウタは言って、振り返って室内に目をやった。ちょうどリビングを横切る美影が目に留まった。「あ、美影さん!こっちこっち」

コウタが手招きをしている間に、海が一発目を打ち上げた。

二〇連発だ。

つづく


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恋と報酬と 168 [恋と報酬と]

打ち上げられた花火を止める手立てはなく、聖文は隣に立った美影の頬をそれとなく確認すると、弟たちに交じって歓声をあげた。

この夏最後のイベントだ。あれこれうるさく言っても仕方がない。ひとまず昇進も決まったし、苦情程度なら甘んじて受けよう。

「うまく誤魔化せたようだな」聖文は花火に目を向けたまま語りかけた。

「アキさんが化粧をしてくれました。それに思ったほどひどくはないようです」美影も前を向いたまま静かに答えた。

「それを聞いて安心した」言いながら、聖文はもう一度横目で確認せずにはいられなかった。凛とした横顔に動揺の色は見られず、わずかに腫れているように見えなくもない頬は、女の肌のようになめらかで透き通っている。

それが化粧のせいだけではないことを聖文は知っていたが、月明かりとリビングから漏れる灯り、そして花火の煌めきと、やはり化粧のせいだと思う事にした。

「はい、これ美影さんの。まさにいも」コウタがやって来て、二人に花火を手渡した。

後ろにいた朋は火のついた花火を危なっかしくこちらに向け、それぞれに火をつけにやりとした。「まさにいが花火か」

朋のどこか面白がるような顔つきが気に入らなかったが、今夜は見逃すことにしよう。隣で四条くんが笑顔で花火を振り回しているから。

今夜は彼の為にある。
夏休みを意地悪な兄によって台無しにされたのだ。殴るような兄にだ!そう思うとまたしても怒りが湧きあがったが、聖文は愚弟によって培われた自制心を発揮し、何とか気を落ち着けた。

ひとつ終わると、次が来る。その繰り返しで延々花火は続き、気付けば陸と海によって七回目の打ち上げ花火が発射されていた。

「パラシュート来るよっ!」海が叫び、一同が右往左往する。いくつ落ちるのかは知らないが、みんな必死だ。まるで一万円札が舞い降りてくるのかという程、それはもう、死に物狂いと言ってもいい。

もちろん聖文も参加した。誰が一番多く拾ったかを競っているわけではなかったが、負けたくなかった。

つづく


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恋と報酬と 169 [恋と報酬と]

七人の男が、紙製のパラシュートを追いかけ庭を右往左往する姿は、あまりに滑稽だった。

「聖文さんはいくつ拾いましたか?」頬を上気させ美影は聖文に尋ねた。

聖文は手の中のパラシュートを見せながら、やや得意げな面持ちで答えた。「三つだ」

「僕は二つです」美影は負けましたというように肩をすくめた。

結局、一番多く手にしたのは聖文とユーリ。背の高さがものを言ったのだろう。小回りが利くはずのコウタと双子はそれぞれひとつずつしか手にしていない。

「なんだかんだ言って、ユーリもムキになってんじゃん!」今日はなにかとぷりぷりしている陸がユーリを責め立てた。

「馬鹿言うな。たまたま目の前に落ちただけだろうが」ユーリはそっけなく言い、陸にパラシュートを押し付けた。「ほら、これで四つだ」

「お情けは結構!でも、これはもらっとく。ブッチに見せるんだ~」現金な男だ。

「あ、朋ちゃんピンクゲットしてる」時折乙女発言をするコウタは、朋の手の中を羨ましげに見つめた。

「コウタの緑と交換するか?」ピンクと黄色のパラシュートを運良く拾えた朋は、デレデレと言った。

「あれあれ?あそこに見えるのはデザートじゃない?」海はリビングに目をやり、興奮気味に言った。

ガラスの器が人数分乗ったトレイをテーブルに置いたアキさんが、顏を上げて手を振った。

「早くいかなきゃ!溶けちゃうよっ」海は一目散に駆けて行った。

「えっ?アイスなの、あれって」陸も走った。

コウタと朋も一旦はリビングに足を向けたものの、花火の後始末を思って足を止めた。

「神宮と俺でここは片付けるから、行って来い」聖文が言うと、ユーリが苦虫を噛み潰したような顔で呻いた。けれども、嫌だと反論はしなかった。甘いもの嫌いのユーリはアイスには何の興味もないからだ。あんなもん陸にくれてやるとばかりに、先頭切って散乱した花火の欠片を集め始めた。

「僕も手伝います。アイスはあとで一緒に食べましょう」美影も言って、片付け始めた。

あとで聖文と二人でアイスを堪能する気だ。とユーリは思ったが、あえて指摘はせず、今後の成り行きを思ってニヤつくにとどめた。

つづく


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恋と報酬と 170 [恋と報酬と]

ドアをノックする音がした。

美高は咄嗟にパソコンを閉じ、警戒するように戸口を振り返った。

どうぞともなんとも言っていないのに、ドアが開いた。ひょっこり顔をのぞかせたのは、海だった。

「何か用か?」
てっきり美影か、美影の崇拝する“聖文さん”だと思っただけに、幾分気持ちに余裕ができた。トイレでの一件――弟に手をあげたところを他人に見られるという失態――は、美高に大きなダメージを与えた。美影がどうなろうが知った事ではないが、他人にああもすさまじい敵意をぶつけられると、委縮せずにはいられない。

正直、かなりビビった。どことなしか、元上司に似ていたからかもしれない。

「アイス、持って来てやったぞ。いらないなら、俺がもらうけどさ」海はずかずかと部屋に入り込み、アイボリーのシャギーラグの上にどかっと腰を下ろした。楕円形のガラステーブルにトレイを置くと「食べないの?」と急かすように問い掛けた。

美高は迷惑千万とばかりに顔を顰めた。「食べる。と言ったら、すぐに出て行くか?」

「追い出す気?」海は唇を尖らせ、ギロリとこちらを睨みつけた。

「俺は無駄なことは嫌いだ。それを持ってさっさと出て行け」美高はしっしと手を振った。

「ここで食べる」

どうせ最初からそのつもりだったに違いない。美高は海を追い出すのを諦め、階下で何が行われていたのかを探る事にした。花火をしていたのは聞かずともわかる。随分騒々しかった。きゃあきゃあ、わあわあと。

「お前の兄貴も、花火に参加していたのか?」あの恐ろしい顔で、線香花火なんかを持っている姿は想像もつかない。

「俺末っ子だから、兄貴はいっぱいいる。どれ?」

「お前が一番恐れている兄貴に決まっているだろう?」

「まさにい?やる気満々でパラシュート三つもゲットしてたよっ。ったく」

パラシュート……?花火と何の関係が。

「なにか言っていたか?」例えば、美影を叩いたこととか。

海がさっと顔をあげた。「なにかってなにさっ!まさかチクッたの?鬼っ!悪魔っ!」海はスプーンを持ったまま掴みかかって来た。「約束だったじゃん。美高の事ばらさないのと引き換えに口をつぐむってさ」

「バカっ。言ってない。言ってないから、そのベタベタしたスプーンを押し付けるのをやめろ」

美高は海を押しやった。海はドスンとしりもちを着いた。先ほどの美影とかぶる。だが海に対してはざまあみろという気持ちは湧き上がって来なかった。

「大丈夫か?」助け起こしながら、長い溜息を吐く。俺はいったい子供相手に何をやっているのだろうかと。

「大丈夫じゃない。かわいいお尻が腫れちゃうじゃん」海は泣き顔を真似てお尻を擦り、美高の手を振り払うとアイスの前に戻った。「で、まさにいが何って?」アイスを口に含み満面の笑みを見せる。

「いや、別に――」美高は一旦言葉を切った。この先を訊くかどうか、悩みどころだ。だが結局は訊く事にした。「あのあとトイレに来た。美影を探していたのか、お前を探していたのか……すれ違っただろう?」

「ううん。俺ちょっと台所覗いてたからさ」

「お前、ひとのうちの台所を覗くもんじゃないぞ。そういうの親から教わらなかったのか?」まるで躾がなっていない。

「俺の親はそういうのじゃないんだ。超自己中なイタイ夫婦なんだよ。そういえば、俺もう末っ子じゃなかったんだ。見たこともない――写真以外でね――妹がいるんだ。よちよち歩きのね」海はそう言うと、どことなしか寂しげにアイスをスプーンの先でつついた。

美高は同情をこめて海を見た。うちの親も大差ない。

つづく


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