はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

恋と報酬と 151 [恋と報酬と]

双子のうち、先鋒は兄の陸だった。

「ねえ、なんで家に戻ってきたの?」

質問に四条兄弟は凍りついた。

想定して然るべきだった。双子に遠慮という文字は存在しない。なので、知りたい事があれば、状況をさして考慮せず訊き出そうとするのが常だ。

だが今回に限ってはわざとだ。双子は兄が家に戻って来た理由を知っているのだから。優秀な情報屋のおかげで。

美影は美高の様子を探った。

案の定、隣に座るように促されうっかり言う通りにした美高は、質問者である陸を気が触れた異常者か何かのように凝視している。想定外の出来事に上手く対処できないのは美影だけではなかった。

「家賃、もったいないからじゃない?」これこそ答えだと、海が得意げに言った。

そのとおり!美影は声をあげそうになった。兄がいつまで失業状態でいる気かは知らないが、月々の家賃ほど無駄なものはない。とはいえ、家賃がもったいないからと兄が家に戻って来るのは困る。もう遅いけど。ともかく、一刻も早く出て行って欲しいし、一緒に暮らす気ならいちいち突っかかってくるのはやめてもらいたい。

「家賃いくらくらい?」陸はお尻を移動させ、美高に近づいた。

美高はソファの肘あての部分にぐっと身体を押し付けるようにして身を引いた。「じゅう……くらいかな?」

「えっ!じゅうって、十万円ってこと!」陸と海、同時に声をあげた。

双子にとっては途方もない数字だ。

「わぁ、もったいないもったいない」陸は十万円に震えあがり、最後に余計なひと言を付け足した。「家にいなよ」

美影は目を剥いた。裏切り者っ!

「君の言うとおりだ。だから戻ってきた」美高は上機嫌で言った。どうやら的確な提案をした陸を気に入ったようだ。

「じゃあ、その浮いたお金を家に入れるの?朋ちゃんはそうやって時々俺たちにお小遣いくれるよ」陸は上目遣いで美高を見た。

「いや。うちはそういうシステムを取っていない。お金には困っていないからね」美高は高慢に言い、コーヒーカップに手を伸ばした。ケーキ皿は一顧だにしなかった。

「そうだよね。うちとは違うもんな。俺たち、大学に行くなら、学費は自分で稼げって言われてるんだ。だから美影さんがうらやましい」陸は言って、唇を尖らせた。

美影さんがうらやましい?嘘ばっかり。

さっきから陸はまるで兄を誘惑でもするかのような猫なで声を出し、二人のあいだの距離を縮めている。まもなく膝に乗ってしまうのではと不安になるほどだ。

美影はやりすぎ感のある陸をたしなめるようにと、海に目配せをした。海はこの状況を面白がっているようで、にやにやしながら手元の携帯電話をいじっている。まさか!ユーリに情報を流しているのか?だとしたら、ユーリがここに乗り込んでくる可能性は高い。

「ねえ、そのチーズケーキ食べないならもらってもいい?」とびっきり甘えた声。陸は美高に触れそうなほど近づいた。

狙いはそれか!

つづく


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恋と報酬と 152 [恋と報酬と]

ユーリが四条邸に乗り込んでくるまで、そうたいして時間は掛からなかった。

玄関先で一緒になったという朋とコウタも、ユーリの剣幕には閉口したまま、陸が連れ去られていくのを見送った。

というわけで、せっかく美高にすり寄ってゲットしたチーズケーキは、半分を残して海の手に渡ってしまった。

「いつもああなんです」なんの言い訳か、自己紹介の前に朋が言った。

「まさかあいつも友達だとか言わないよな?」

ユーリに噛みつかれそうになった美高はテーブルの角に脛をぶつけながら、窓際まで退避していた。恐怖と困惑で声は微かに震えていた。

「友人の一人です」美影は平然と言った。ユーリが乱入して出て行くまで、じっとしてその場から動かなかった。嵐は一瞬で過ぎるとわかっていたから。「学校の先輩で、理事長の甥でもあります」

「そうそう。ユーリは理事長の甥っ子だから学校でヤリたい放題でさ、陸のことは可愛がってるけど、同じ顔の俺は虫けらみたいな扱いなんだよ」海はフォークをぶんぶん振り回し、奪ったチーズケーキをぱくりとやった。

「顔は同じでも性格は結構違うもんね」とコウタ。陸と入れ替わりに美高のお気に入りのソファに朋と並んで座った。「兄のコウタです。で、さらに兄の朋ちゃん」

美高は腰を抜かしたように傍の椅子に腰かけた。「美影の兄の美高です」双子よりも穏やかなコウタの登場で気持ちがいくらか和らいだようだ。

「朋さんはカフェの店長で、とても美味しいコーヒーを淹れてくれます。兄さんも今度行ってみてはいかがですか?」美影は言って、カップの底に残ったコーヒーを喉の奥へと流し込んだ。コーヒーメーカーのコーヒーも決して悪くはない。

「へえ、カフェの店長ね」美高は呟くように言った。カフェの店長というものが、世間的にはどの立ち位置にいるのか見当もつかなかった。ホテルの従業員よりも上なのか、下なのか。収入面で考えても、そう上に位置するとは思えなかった。

「雇われですけどね。オーナーが趣味でやっていた店なんですけど、忙しくなったので俺が引き継ぎを頼まれたんです。もしお時間があれば、ぜひうちにコーヒーを飲みにいらしてください。御馳走しますよ」

朋の滑らかな口調は悪意をまったく感じさせなかった。

けれども朋が、美高に『お時間がある』ことも『収入がない』ことも知っているのは、この場の誰もが承知していた。もちろん美高を除いて。

あまりに上手な当て擦りに、美影は感心しきって思わず感嘆の吐息を漏らした。

「お客さんは女性が大半なので、少々騒がしいですけど、でも居心地はいいと思いますよ」朋はダメを押した。

「ぜひ、伺わせてもらいます」美高は静かに言った。社交辞令ではなかった。

つづく


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恋と報酬と 153 [恋と報酬と]

しばらくして陸がユーリと一緒に戻って来た。

陸はぷりぷりと怒っていて、ユーリは不満そうではあったが怒ってはいなかった。

「案外早かったね」すでにチーズケーキは腹の中。海は余裕顔で言った。

「早かっちゃ悪い?」陸が不機嫌に言い、少し前まではあったはずの食べかけのチーズケーキをきょろきょろと探した。「まさかっ!取ったの?」

「もう戻ってこないと思ってさ」と海。

「ばかっ。そんなはずないじゃん!もうっ、ユーリのせいだからねっ」陸は半泣きで、ユーリの腕をぽかぽか殴った。食べ物の恨みは恐ろしい。

「アキさんに頼んでこようか?」見兼ねた美影が腰を浮かせ言った。

「いいよ、美影さん。いま食べたら夜ごはん食べられなくなるから」ケーキもコーヒーも断っていた朋が言った。

美影は腰を落とした。「そうですよね」

「ねえ、メニューはなに?」海が訊ねた。

「いろいろです。皆さんの好物は全部出てくると思います」と美影。

「そういえば、たつみのじいさんが握りに来るって言ってたな」美高が情報を追加する。

「握りって……お寿司?俺の好物じゃん!」陸は一瞬で機嫌を直した。

「僕も好き」コウタがぽつっと言った。

「俺もだけどね」と朋がどちらとも取れる口調でコウタに囁きかけた。

「ゆったら俺もだしさ」海はたまらず唾を飲み込んだ。

「ところで、君も夕食会には参加するのか?」美高は胸の前で腕を組み、ユーリをひたと見据え、高圧的な態度で訊ねた。ユーリが美影と親しくしていて、さらには地元では有名な一族に属していたとしても、本日の招待客ではない。

「出来ればそうさせてもらいたいですね」立ったままのユーリは威圧的な態度で応じた。

うっかりとはいえ陸に近づいた――実際は陸が近づいたのだが――美高を敵とみなしたようだ。というわけで、敵のそばにエサを置いて帰るわけにはいかない。しかもそのエサは、自覚症状なしにやたらめったら愛想とフェロモンを振りまく、困ったやんちゃ猫なのだから。

「ひとり増えても大丈夫かな?」ユーリと美高の間に火花が散ったのを見た朋が、美影に向かって訊ねた。

「席はありますし、大丈夫だと思います。念の為、アキさんに伺ってきます」美影はいつもの優雅さで腰をあげると、「兄さん、いいですよね?」と言ってリビングを出て行った。

美影の有無を言わせぬ口調に、美高の不満は更に膨れ上がった。

つづく


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恋と報酬と 154 [恋と報酬と]

食卓に料理が並べられ、招待客が席に着くのを待って、美影の父、四条宗徳はダイニングルームへ足を踏み入れた。

テーブルに男ばかり八人。なんと壮観な眺めだろうか。妻がこの場にいれば、さぞ喜ぶだろう。仕事で参加できず、可哀想なことだ。

しかし、いったい今夜はなんの集まりなのだろう?わたしとしては、迫田くんをこの家に招待できてとても喜ばしく思っているが。

迫田くんは今日も手土産にワインを持ってきてくれた。彼に好みのワインを伝えたことがあったかどうか覚えてはいないが、どれもわたし好みだった。

長いテーブルの上座に腰を落ち着けた宗徳は、右隣に座る聖文に軽く頷いてみせた。言葉が少ないのはいつものこと。挨拶がてらの世間話は済ませたので問題ないだろう。

「お父さん、人数が一人増えました」左隣に座る美高が末席に座る客人をさして言った。

そういえば、一人多いなとは思ったが。

「神宮といいます」

なんとも簡素な自己紹介だが、その名だけで十分だった。

神宮謙吾の息子と親しいとは、美影もなかなかやるものだ。

宗徳は口元だけで微笑むと――息子の友人への言葉の掛け方がいまいち分からなかったため――、飲み物を各席に配るように、我が家の家政婦を務めるアキさんに目で合図した。

今夜、アキさんは残業だ。いつもは夕食の支度を済ませた時点で終業となる。長時間働かせているようで心苦しくもあるが、心なしかいつもよりも表情が明るい。おそらく美影の隣に座る迫田朋のせいだろう。なるほど。妻もアキさんも胸をときめかせるほどの美形だ。

彼のことは知らないわけではなかったが――うちのホテルでバイトをしていたようなので――、こうまじまじと顔を見たのは初めてだった。

飲み物が行き渡ると、美高の隣に並んで座る双子が同時に声をあげた。

「俺、乾杯したい!」

イキイキとした声は聞いていて気持ちがいい。うちの息子たちもこのくらい覇気があれば面白いだろうに。と、物静かな性格は父親譲りだということに気付いていない宗徳は密かに思った。

「美影さん、おかえりなさい」誰も許可はしていないが、双子の兄のほう、陸が第一声を発した。「夏休み一緒に遊べなくて残念だった。秋休みはいっぱい遊ぼう!」本当に残念だったのか疑わしい口調だったが、いっぱい遊ぼうという部分だけはやけに感情がこもっていた。

「その前に期末試験があるけどね」ぺろっと舌を出して茶目っ気たっぷりに、弟の海が言葉を足した。

わははと笑い声があがった。

宗徳は驚いた。

食卓で笑い声など聞いたことがなかったからだ。

仕事上、さまざまな人と食事をする機会がある。そこであがる笑い声は、どことなしか計算されていて、あまり好きではない。愛想笑いを強要されているようで、胸がむかむかする。

我が家ではその愛想笑いさえ、耳にした事がない。しかも、息子は笑わないものだと思っていた。笑い方を知らないのか、笑う必要がないからなのか、ともかくそういうものだと。

けどいま、美影は笑っていた

父親として、胸が熱くなった。

「かんぱ~い!!」

つづく


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恋と報酬と 155 [恋と報酬と]

聖文が四条邸に到着したのは、会食が始まるほんの一〇分前のことだった。

少しギリギリすぎたと、手にした紙袋を握り直し、玄関のチャイムを鳴らそうとしたところで、後ろから声をかけられた。

社長だった。

思わず貴重なワインを取り落としそうになった。あたふたと挨拶をしながら、弟たちが先にお邪魔している旨を告げ、軽く世間話をしながら家の中へ入った。

弟たちのはしゃぐ声が聞こえてくる中、書斎へ案内された。

聖文はワインを手渡し革張りの椅子に浅く腰掛けた。いつ、弟たちと合流できるのだろうか?見飽きた顔ばかりだが、出来ることなら一秒でも早く馬鹿面を拝みたいものだ。

祈りが届いたのか、ほんの三分ほどで解放された。密室で二人きり。何を言われるのかとビクビクしたが、つまるところ、息子をよろしく頼むと、それだけのことだった。

『美影はああ見えて友達が少ない。おそらく片手で数えきれるほどしかいないだろう』

社長の目には四条くんはどのように映っているのだろうか?片手で数えきれるということは、弟たち+花村くんで埋まってしまうではないか。

でもまあ、四条くんには申し訳ないが、どう贔屓目に見ても友達が多いようには見えない。おそらくは俺と一緒で静寂を愛する部類の人間だ。だからというわけではないが、俺も当然友達は少ない。いまサッと思い浮かぶのは、たった一人、シオだけだ。

やれやれ。

バタバタと人が行き交う中、ダイニングルームへ足を踏み入れると、会話はぴたりと止み視線のすべてが聖文に集中した。

「遅いよ、まさにい」

「こっちこっち、早く席に着いて」

「早くしないと美影さんのお父さん来ちゃうよ!」

「お寿司屋さんが出張してるんだよ」

「からあげもあるし、あ、これ。うちから持って来たキュウリとトマト」

う、うるさい。

聖文は目の下をヒクつかせた。余所の家で、我が家の狭い台所でするような会話はしたくない。しかも問題の兄がいるというのに、挨拶さえまともに出来ないではないか。

四条くんの二番目の兄。四条美高。

彼が本当に四条くんを苛めているのか確かめなければ。確かめてどうこうするというわけではないが、放ってはおけない。四条くんは、弟たちの友達なのだから。

引いた椅子の前に立ち、目の前の男を凝視する。弟と似ているし、父親とも似ている。背筋の伸ばし方は四条くんにそっくりだ。確か、年下だったよな。

「遅くなりました。迫田聖文、こいつらの兄で保護者です」

第一声はこんなもんでいいだろう。

つづく


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恋と報酬と 156 [恋と報酬と]

乾杯からしばらく無言が続いた。

四条陣営はもともと無口なのでいつも通り。それでもちゃっかり聖文の隣の席を確保した美影は、話し掛ける隙を今か今かと伺ってはいた。

一方の迫田陣営は、喋ろうにも食べるのに忙しくて、口の空く暇がなかった。おまけのユーリは、訳の分からない集まりで自発的に喋る予定はなかった。

ここで口火を切ったのは、度胸と知恵を備えた海。先鋒がやたらめったら突っ込むのに対し、次鋒は頭を使って戦う。まあ、たいした頭の使い方ではないが。

「ねえ、おじさん。どうして美影さんを島へやっちゃったの?ぼくたち、美影さんと夏休みの計画いっぱい立てていたのに」

美影はぎょっとして、茶わん蒸しを吹き出しそうになった。

ぼくたち?

良い子ちゃんの演出か、それとも陸の甘えん坊作戦の模倣か。

同じ顔、同じ声。さきほどまんまと引っかかった兄には通用するだろうが、息子に無関心な父が海の問いに答えるかどうか疑わしい。しかも島に追いやったのは兄と母で、父はほとんど干渉していない。

「島?」宗徳はぴんとこなかった。「遊ぶ約束をしていたのかな?確か、勉強会をすると聞いていたが」ちらりと聖文を見て、上機嫌でワインを口にした。

「勉強会?……ああ、そうそう」海はそうだったかなという顏をして、ひらめの握りを頬張った。あまりの美味しさに、ぶるっと身を震わせ、うぅんと唸った。それから言った。「でもおじさん、反対したんでしょ?」

「海、失礼だぞ」聖文が声をあげた。美高への攻撃なら黙っているつもりだったが、相手が社長となれば別。いくら子供たちが仲良くしているからといって、言っていいことと悪いことがある。

「いや、いいんだ」宗徳は軽く手をあげ聖文を制した。軽く身を乗り出し、海を見据えて穏やかな口調で話し始めた。「そんなに楽しみにしているとは知らずに反対して申し訳なかったね。夏休みはもう終わってしまうが、次は、そうだな。期末試験の前にでも勉強会を開くといい。うちに泊まりに来てもいいし、そちらへ行ってもいい。もちろん、迫田くんが迷惑でなければだが」最後に聖文を見た。

「迷惑なはずありません」そう言う以外に、聖文に選択肢はなかった。

つづく


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恋と報酬と 157 [恋と報酬と]

勉強の話が出た時点で、海は作戦からの撤退を決めた。いきなり大物を釣り上げようとしたのが敗因なのは間違いない。

「お父さん、いいんですか?」美影は興奮気味に訊ねた。

こんなにもあっさりお泊まりの許可が下るなど想定外だったようだ。

「約束だったのだろう?その代わり、しっかり迫田くんに勉強をみてもらいなさい」

五人の”迫田くん”は一斉に眉根を寄せた。

いったい誰が美影さんに勉強を教えるのだろう、と。

最有力候補は聖文。

その次は聖文と同じく秀才の朋。

以下、他人に教えるほどの能力を持たないコウタ、陸、海は論外。

「聖文さん、いいですか?」美影は隣に座る聖文に視線を置き、おずおずと訊ねた。

美影のターゲットは聖文ひとり。仕事だろうとなんだろうと、都合をつけてもらわなければ意味がない。目的は勉強会などではなく、二人が親密になることなのだから。

四人の“迫田くん”はそれぞれ目配せをした。ユーリはあほくさとばかりに陸の皿のフレンチフライをつまんだ。それを察知した陸がユーリの手に噛みつく。目の前には山盛りのフレンチフライがあるというのに、いちいち絡まなければ気の済まない二人に、朋が対抗心を燃やし、コウタの皿に手を伸ばしプチトマトを奪った。コウタが噛みついてくれることを願って。

コウタがそんなことするはずもないが、念のため聖文は咳払いをした。「早めに日程を決めてくれれば都合をつけるよ」と美影に向かって答え、威嚇するように朋を睨みつけた。

朋はプチトマトをこれ見よがしに口に入れて、肩をすくめた。よそ様の家で変なことはしませんという意味だ。

「だったらもう決めちゃおうよ。いつにするか」海は素っ気なく言い、いつもは隣にいる花村の代わりに美高に擦り寄った。それはもう、うっかりで無意識で、擦り寄られた美高でさえ呆気に取られなにも言えなかったほどだ。

聖文が機転を利かせて美影父に酌をしていなければ、大きな問題になった事だろう。

つづく


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恋と報酬と 158 [恋と報酬と]

美高は左腕にほどほど強い圧力を感じ、右へ身体をずらした。見ると双子の弟、海が身体半分を押し付けていた。

「ねえ、美影さんのお兄さん、そこの生春巻き取って。スイートチリソースも一緒に」

何かと思えば、給仕のまねごとをしろと言うわけか。
美高は口をすぼめて一心に生春巻きを見つめる海を見下ろした。

「反対側にも置いてあるだろう?そっちの方が取りやすいぞ」美高は肩で海を押し返した。

海はキッと睨むように顔を上げ「そっちの方が美味しそう」と肘をぶつけてきた。

生意気な!

「美高、取ってあげなさい」父は言って、お気に入りの余所の家の長男との会話に戻った。

迫田聖文。父があからさまな好意を示すこの男のいったいどこがいいのだろうかと、美高は生春巻きを取りながら、じろじろと観察した。

「そっちじゃなくて、その隣のにして」海がじれったそうに言う、

「なんだって?どれも一緒だろう?」美高は手を止め、海を睨んだ。

「違うよ。海老がはみ出てるもん」

なんて食い意地の張った奴だ。どいつもこいつも一週間水だけで暮らしてきたような食いっぷりだし、ここが他人の家だという事を忘れている。

そう、こいつらは誰の目にも明らかなほど、いわゆる男子校的な振る舞い――すなわち、人目もはばからずいちゃついている。兄弟が仲良いだけかもしれないが、あの黒々しい神宮と陸の間に何かがあるのは間違いない。

美影も今のところは行儀良くしているが、“聖文さん”を狙っているのは確かだ。
それをこの俺が気付かないとでも思ったか?馬鹿め。最初は父のご機嫌取りで“聖文さん”やその弟と親しくしていると思っていたが、まさか下心があったとはな。滑稽だ。

まあ、なんにせよ、美影に“聖文さん”をどうにかできるわけがない。

美高は小皿に生春巻きを乗せ、海の前に置いた。次はスイートチリソースだ。

「ありがと。美高さん、箸の持ち方きれいだね」

よしたかさん?なぜ急に名前で呼ぶ?

「よく言われる」美高は平常心で答えた。子供相手に心を掻き乱すのは愚かだ。

「美影さんも綺麗だよな」美影の隣に座る、カフェの店長の朋が言った。彼にこそ、綺麗という言葉がふさわしい。特に兄弟の中で一番平凡なコウタの隣に座っていると、その美しさが一層際立つ。

くそっ。なんてことだ。男相手に美しいだのなんだのと、気でも違ったか?

「ありがとうございます、朋さん」
美影が頬を赤らめながら、横目で“聖文さん”を盗み見るのを美高は見逃さなかった。

気色悪い。

「ねえ、いま朋ちゃんに見惚れた?」海が肩口で囁いた。

美高はサッと身を引き、勘違いも甚だしい言葉を口にした、小悪魔を見やった。海はニヤついていた。

「わざわざ美影を褒めるなど、思いやりがあるなと思っただけだ」

「ふーん、そう。まあ、朋ちゃんはその辺の女子よりも美人だけどね」

海は何かを知っているのか、何も知らないのか、さも意味ありげにそう言って、生春巻きにかじりついた。

美高は席を立った。

「ふぉこふぃくにょ?」と海。

おそらく『どこいくの』と言ったのだろう。まったく。口にものを入れて喋るとは行儀の悪い子だ。

「トイレだ」

つづく


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恋と報酬と 159 [恋と報酬と]

「なぜついてくるっ!」

美高は振り返った。背後にぴたりと海が張り付いている。

「俺もトイレ」

「そうか。分かったから外で待っていろ」美高は海を押し出した。

「なんだよ。広いんだからいいじゃん。鏡見ながら待ってるからさ」海は扉を閉めて、鏡に映った自分に微笑んでみせた。

「お前はナルシストなのか?」

「まさか。朋ちゃんじゃあるまいし。ってか、なんでこんなにトイレ広いの?俺と陸の部屋くらいあるじゃん。これって大理石?手、洗うだけなのに?」海は言って、大理石のカウンターに指を這わせた。

「随分お喋りなんだな」美高はうんざりと言い、海の口をどうやって塞いでやろうかと視線を巡らせた。カウンターの端に重ねられたハンドタオルが目についた。

あれを口に突っ込んでやろかと考えていると、海がにじり寄って来た。

「ねえ、どうして美影さんをいじめるの?嫌いなの?」

「好きとか嫌いとかない、ただの弟だ」話題が急に変わった事に驚いたが、美高はそんなことはおくびにも出さず答えた。

あの馬鹿。こんなガキに余計なこと吹き込みやがって。そういえばさっき、海が父さんに向かって、島へやったとかどうとか言っていたな。あれは俺に向けた言葉だったのか。

「ふうん。ただの弟でも、好きになることはある」海がぼそぼそと言った。

「なんだって?」よく聞こえなかった。

「別に」海は唇を尖らせた。

別にだと?「だったらさっさと出て行け」

「ねえ、ところでさ。恋人は女の人だったの?それとも男の人?どうして別れたの?」

海が突如攻撃を仕掛けてきた。

美高は不意を突かれ、おそろしく狼狽えた。海はいったい何を知っているというのか。俺が恋人と別れたという話は誰も知らないはずだ。

いったいどこから情報を入手したのだろう。

このまま黙ってここから出すわけにはいかなくなった。

美高は静かに移動し、出入り口を塞いだ。入手先をなにがなんでも吐かせてやる。

つづく


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恋と報酬と 160 [恋と報酬と]

美高はあまりに海を知らなさすぎた。

今日が初対面なのだから当然なのだが、魔性の双子の片割れ、しかも浮気性の海を個室に閉じこめるなど、飛んで火に入る――危険きわまりない行為だ。

とはいえ、さすがの海も先輩兼友達の意地悪な兄に何かしようなどとは思わない。確かに今夜は、ちょっとばかし気が立っていて、誰かに意地悪したい気分ではあるが。

ユーリに連絡したのもそれだ。けど結局目の前でいちゃつかれて、イライラ度は増してしまった。

あーあ。このあと花村んちに寄って帰ろうかな、と海が思っていると、約二〇センチの身長差を見せつけるかのような尊大な仕草で美高が詰め寄ってきた。

「どこでその話を聞いた?それともただの当てずっぽうか?」

そう訊いている時点で先ほどの問いに答えたも同然。

海はニヤリと笑った。

「タダでは答えないよ」

美高は目を見開いた。こんな憎たらしいガキは見たことないといった顔つきだ。

「なんだ?金が欲しいのか?」

「お金?そりゃ欲しいけど、俺はまだ高校生だからね。情報の対価は情報って決まってるんだ。でも美高から欲しい情報なんてないなー」

「勝手に呼び捨てにするな」美高は海の胸を突いた。

「ちょっと!暴力反対!」海は美高の胸を突き返した。かなり強く。

美高ははずみでドアの取っ手に腰をぶつけた。「痛っ!」

「ふんっ。大袈裟な」海は腰に手を当て胸を突きだし、やり返せるものならやってみろというポーズを取った。「案外感情的で驚いちゃった。美影さんのお兄さんだから、もっとポーカーフェイスなのかと思ってたけど、やっぱあれ?彼氏と別れたのが堪えてるわけ?」

海は賭に出た。別れた恋人は男で間違いない。そうでなければ仕事をやめるはずない。どうせ上司かなんかと不倫でもしてたんだろう。

海は不意に一之瀬のことを思い出し、古傷がうずくのを感じた。もしかすると美高の相手も、一之瀬みたいに無神経な男だったのかもしれない。悪気のないやつが一番タチが悪い。俺たち仲間かも。

美高は口をぱくつかせ言葉が出ないようだった。図星か。海は思ったが、これをみんなに言うかは美高次第だ。ここでまた俺を乱暴に扱うようなら、口を閉じておくのは難しいだろう。

さあ、どうだ。

つづく


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