はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

恋と報酬と 131 [恋と報酬と]

たっぷり一時間は兄の悪口を言っただろうか。

コウタさんが「それで?」「それで?」と煽るものだから、つい調子に乗ってしまった。途中から話に加わった双子も案外聞き上手で驚いた。ユーリは一言も喋らず、ずっと陸の腰のあたりの手を置いていた。少しでも触れておきたいという気持ちの表れか、無視されて拗ねていたのか、気になるところだ。
花村はいつも通り、海が何か言うたび、隣で大袈裟なほど頷いていた。狂信的な信者のようで時々花村がこわくなる。

でも、楽しかった。

そのせいか、カフェからの帰り道、足取りは重かった。けっして帰りたくないわけではない。自分の部屋の居心地の良さに勝るものはいまのところ存在しないし――いくらカフェや迫田兄弟と一緒にいるのが楽しくても、それはそれ――、勉強もおろそかに出来ない。

けど、家には兄がいる。きっとまだいる。

躊躇いがちに玄関のドアを開けると、美影は忍び足で中へ入った。きょろきょろと視線を巡らす前に、不愉快な声が頭上に降り注いだ。

「子供は遊びが仕事、か――」美高は階段をゆっくりと降りてきて、薄気味悪く微笑んだ。

間延びした物言いは、じわじわと身体を蝕む毒物のようだ。正直、思ったほどこわくない。不満をすべて吐き出してきたからだろうか?

「兄さんこそ、僕にかまっていられるほど暇なようですね」美影はいつになく強気に言った。

美高は目を剥き、何か言い掛けたが、一旦口を閉じた。美影を忌々しげに見やり、それからお得意の薄気味悪い笑みを浮かべ、言った。

「母さんが帰ってきているぞ。お前を探していた」

「お母さんが?」珍しいこともあるものだ。

美影は貴重な情報をくれた兄を無視して、廊下を奥へ進んだ。母は僕を見つけてどうするつもりだろうか?

「おい、美影!」

イライラとした声が背中にぶつかった。美影は足を止めたが振り返らなかった。歯ぎしりが聞こえた気がしたけど、気にしない。

「なんですか?」

「いや」と言って、美高は鼻を鳴らした。もったいつけるような間を置き、「しばらく会えなくなるから挨拶をと思っただけだ。まあ、たかが一ヶ月だ。気を付けて行ってこいよ」と、声高らかに言った。

気を付けて行ってこい?出て行くのは兄さんで、僕ではないのに?

何かがおかしい。

美影は母の元へ急いだ。

つづく


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恋と報酬と 132 [恋と報酬と]

美影は部屋へ駆け込むと、派手な音を立ててドアを閉めた。

どうして僕が?

いやだいやだ!

ベッドメイク完了とばかりに上掛けが半分ほど折り返されたベッドに身を投げ出し、シーツも何もかもぐしゃぐしゃに掻き乱し、美影は声をあげて泣いた。

こんな泣き方をしたのはいつ以来か。思い出そうにも、記憶になかった。なぜなら、美影は感情むき出しの大泣きなどした事がなかったからだ。

ひとしきり泣いた美影は、悔しさに口元を震わせ、ベッドからおりた。無言で乱れたシーツを整えると、両手で頬を拭い、部屋を出た。

やられた。それも完膚なきまでに。

兄は見事だ。

この家から僕を追い出すことに成功したのだから。自分が戻って来る――いま住んでいるマンションを引き払って完全に――からといって、そんなことする?信じられない。

明後日から十九日間、母方の祖父母の家に行かなくてはならなくなった。つまり、夏休みのほとんどをここから遠く離れた場所で過ごすということ。否、という言葉は受け付けてもらえなかった。母も祖父母の決定には逆らえないという事だ。特に祖母の。

それを知っていて兄は僕をあの家に送り込んだ。まさに悪魔の所業だ。

でも残念。模範的な孫を演じることは容易だ。あまりに良い子過ぎて面白味がないと愚痴をこぼされるかもしれない。指先、それも爪の先まで、完璧に振る舞ってみせる。

さて、これで夏休みの計画はすべて水泡に帰した。白紙撤回。そうめん流しも、花火大会もなし。

でもこのままでは終わらない。

予定通りなら、夏休みは一週間ほど残る。その時には聖文さんも帰宅しているはず。

美影は母の部屋の前で足を止めた。上半身を屈めて、落とした鞄を拾い上げ、内ポケットから携帯電話を取り出した。

まずは朋さんに計画変更を告げなければ。それから新たな計画に乗ってくれるか、尋ねよう。

美影は美高のくすぶる劣等感に火をつけるところを想像し、上品に冷酷に微笑んだ。

つづく


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恋と報酬と 133 [恋と報酬と]

聖文は二週間ぶりの我が家を目にして、ホッと安堵の息をついた。

午後八時。夕食に間に合ったのか、唐揚げのいい香りが迫田家を取り囲んでいる。これで今夜の当番がコウタなら、味も文句なしだ。

やれやれ。騒々しい我が家が恋しくなるなど、予想外だった。

「ぶみゃ」

玄関脇の植え込みから奇妙な鳴き声が聞こえた。ブッチがのそのそと這い出て来て、聖文の足元に纏わりついた。

さっさと玄関開けて中へ入れろという合図だ。

「俺はお前の出迎えに感謝すべきか?」聖文は呟き、ドアを開けた。

「誰か来た!」と海の声が聞こえた。よもや聖文が帰宅するとは思っていないようだ。

ブッチがどすどすと巨体を揺らしながら廊下を進み、姿を現した陸に体当たりした。

「わぁ~ん、ブッチおかえり~」陸は気色悪い声を発し、ブッチを抱き上げた。「唐揚げ食べたいの?」と猫撫で声で猫に話し掛ける。

と、そこでやっと玄関に佇む黒く大きな物体に気付いたようだ。

陸は悲鳴をあげた。

ブッチは驚いて陸の腕から飛び降り、台所へ駆け込んだ。

海が何事かと顔を突き出し、エプロン姿のコウタと朋が武器――しゃもじと菜箸――を持って廊下に出て来た。

「まさにいっ!」弟たちが叫んだ。

「ただいま。今日の当番はコウタか?」

「うん。おかえり。どうして連絡してくれなかったの?」心優しきコウタは、なんでもう帰ってきたの?という様子は一切見せなかった。

それに引き替え朋と双子は、あからさまに嫌そうな顔をした。予定と違うじゃん!とでも言いたげだ。

「お盆に帰って来るって、ちょっと早かったんだね」朋は警戒するように言った。

「ああ、向こうはもう俺を不要だとみなしたらしい」

「研修でしょ?きっちりやらなきゃ」海が偉そうに言う。

「出来が違う」と返すと、陸が蒼ざめた顔で訊いてきた。「また向こうに行くんでしょ?お盆休みが終わったら……」

聖文は得意げに眉を上げた。「いや、もういいらしいぞ。研修は終わった。これで俺はひとつ昇進だ」

「げっ!」と言ったのは誰か。

兄が昇進するというのだからもっと喜ぶべきだ。聖文は憮然とした顔で、台所に足を踏み入れ、大皿に山盛りの唐揚げを見てにやりと笑った。

これだけあれば、俺の分がないなどということはない。まったく。いい時に帰ってきたものだ。

やはり我が家が一番。意外にもそうらしい。

つづく


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恋と報酬と 134 [恋と報酬と]

「まさにいちょっと太ったんじゃない?」

唐揚げを口に入れた途端、陸が言った。

弟たちの視線が集まる。ぶくぶく太り続けているブッチも見上げた。

聖文は歯を突き立てた唐揚げをすぐさま吐き出したくなった。

自覚はある。連日連夜、親睦会という名のただの飲み会に引きずりまわされていたのだから、無事で済むはずがない。

聖文はお腹の辺りに手をやったものの、弟たちに体型を気にしているなどと悟られたくはなかった。目に見えるほどの変化はないはずだ。日中はしっかり体を動かし、膨大なカロリーを消費していたのだから。

「お前こそどうなんだ、陸。前にも増して、顔が丸くなっているぞ」聖文が言うと、陸は箸を持ったまま、両手を顔に当てた。

「丸くないもんっ!」

陸は自分の丸顔を気にしている。ユーリがいつだって陸の丸顔をからかうからだ。それは好きでたまらないというストレートな愛情表現ではあるのだが、とにかく陸は気に入らなかった。

「ま、どうになるわけでもなし、食いなよ」同じ顔の海が言った。

「そうそう」と、朋とコウタ。

聖文も同様に頷き、明日から自分にもっと厳しくしようと誓って、ビールを喉の奥へ流し込んだ。何とも言えぬ刺激に、呻き声が洩れそうになる。ただの缶ビールがこれほどうまいのは、やはり我が家だからか、聖文は家族のありがたみを実感せずにはいられなかった。

「あ!」突如コウタが声をあげた。コウタはいつだって唐突だ。

「なんだ?」気になるので当然訊ねる。

「まさにいがいない間に、美影さんが大変なことになってるんだ」コウタは切羽詰まったように言い、援護を求めて朋を見つめた。

「そうなんだよ、まさにい。ひどい兄貴のせいで、美影さん孤島へ送られちゃってるんだ」

「孤島だと?」

「おばあちゃんちがあるんだって」と海。「もしくはおじいちゃんち」と陸。

「母方のね」朋が補足する。

「美影さんを邪魔に思ったお兄さんが追いやったんだ。僕たちいろいろ計画してたのに、全部なしになったんだよ」
コウタは珍しく腹を立てているようで、憤りに顔を赤くしている。

四条くんのお兄さんとやらがどんな人間かは知らないが、あれだけ楽しみにしていた夏休みの予定がすべて流れたとなると、『ひどい兄貴』に一票入れるしかない。

「いつ戻って来るんだ?夏休みずっとじゃないだろう?戻ってからそうめん流しでもなんでもすればいいじゃないか」

「戻って来るのはお盆明けくらいだってさ」海は言って、マカロニサラダをつついた。

「うちの学校夏休み短いじゃん。もう、すぐ学校始まっちゃうよ」陸が切羽詰まったように言う。おおかた宿題の心配でもしているのだろう。

「美影さん、泣きながら電話してきたんだ。まあ、正確には電話をかけてきた時は泣いていなかったけど、すごく泣いたってのはすぐに分かった。こわいくらい冷静を装ってたからさ。なんていうか、可哀相だったよ」

朋が同情させようという作戦に出ていたとしたら、それはまったくもって成功したと言わざるをえなかった。

ということで、気付けば聖文は『美影さんおかえりなさいパーティー』への出席にマルを付けていた。

場所は社長宅だ。

つづく


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恋と報酬と 135 [恋と報酬と]

思うに、弟たちは四条くんに肩入れし過ぎだ。

聖文はぬるめの湯に肩まで浸かると、顔をごしごしと擦り、髪を後ろに撫でつけた。

ほうっと、至福の吐息が洩れる。

まったく。あいつらときたら、兄が帰宅して昇進することまで告げたのに、誰もそのことに触れようとせず、四条くんが可哀相だなんだと大騒ぎだ。

確かに、あいつらの言い分がすべて正しければ、四条くんの兄は少々性格に問題があるようだ。来週には実際目にすることになるだろうが、出来れば社長の家にお邪魔などしたくはなかった。

前回食事をごちそうになった時は、頭を地面に擦りつける勢いで感謝の意を伝えた。自宅の方には社長の気に入りそうなワインを数本選んで送っておいた。

まさかあのワインの礼が昇進って事はないよな?

聖文は今回の研修とそれに付随する昇進に疑問を持っていた。

系列のホテルへの研修は元々別の人間が行く予定だった。そいつが予定通り研修に行っていたとしても、やはり昇進していたのだろうか?

考えたところで、答えは見つからないのだが……。

ガリガリッ!ギーッ。

ブッチが鋭い爪で風呂のドアを開け、隙間に巨体を押し込み侵入してきた。水を飲もうという魂胆らしいが、風呂に入っているのが聖文だと知って、大きくあとずさった。

お気に入りの陸なら、こんなに静かに風呂に浸かってはいないだろうに。最近のブッチは、陸探知能力が衰えているようだ。

聖文は浴槽の外に手を伸ばし、洗面器をいい位置に置くと、蛇口をひねって水を糸のように垂らした。

ブッチは尻尾を大きく膨らませて、ギラギラとした目つきで水飲み場までやって来た。油断すれば、洗面器に顔を押し付けられてしまうとでも思っているのか、聖文に目をやったまま、滴る水に直接口をつけた。

器用なものだ、と聖文は思った。

溜息を吐いて、ブッチから目を逸らす。以前はまったく寄りつかなかったブッチが、最近はやたらと顔を見せる。俺は猫にまでなめられているのか?

そうでない事を祈りたいが、弟たちも年々生意気になって手に負えなくなってきている。悪影響を与えている人物にはひとり心当たりがあるが、それだけではない。おそらく自分も少しずつ変わってきているのだろう。

もしくはただ単に、厳しくしても無駄だと気付いただけなのか。

だからこそ余計に、四条くんの兄の言動には憤りを感じる。真偽のほどを確かめるためにも、やはり社長宅へ行くしかないのだろう。

そうしなくても、四条くんに会おうと思えばいつでも会えるのだが、あえてそうする理由もないといえばない。下手なことをして、愚弟どもが騒ぎ立てると厄介だ。

どうやら四条くんは俺に気があるらしいから。

面白いことにこの考えは、出張中も常に頭の中のどこかしらに存在していた。

つづく


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恋と報酬と 136 [恋と報酬と]

美影の聖文に対する気持ちは『気があるらしい』などという生易しいものではない。聖文も当然それを自覚しているのだが、なかなか認めようとしないのが現状だ。

十九日間も迫田家との交流を遮断させられていた美影は、自分をはるか遠くへ追いやった兄に恨みを募らせ、自宅前でタクシーから降り立った。

凍てついた表情をしているのは、なにも兄のせいだけではない。祖父母宅へ行けば誰しも――母でさえ――こうなる。人間らしさを失うというか、感情による行動を制限され、こうあるべきだという祖母の求める人格に、わずか一日で再形成されてしまうのだ。

よく十九日間も辛抱したと、美影は自身を褒め称えたい気持ちで、家の裏手にまわって勝手口から中へ入った。

「あら、美影さんおかえりなさい」

そう言って出迎えたのは、四条家で家政婦を務めるアキさんだ。五〇歳に手が届こうかという年齢にしては、随分と若く見える。ふくよかで優しい印象の彼女は、実際、とても優しい。

「ただいま、アキさん」美影は顔の筋肉を揉みほぐすように、ぎこちなく微笑んだ。「兄さんは家にいるようだね」

「ええ、いらっしゃいます」
夕食の支度に戻ったアキさんは、背を向けたまま返事をした。

「なにか知ってる?」美影は傍にあったスツールに腰掛け、気のない様子で尋ねた。実際は兄に関する事ならどんな些細なことでも知りたかった。

そんな美影の気持ちを知ってか知らずか、アキさんはふんっと鼻を鳴らして呆れた様子で言い放った。

「なにかもなにも、美高さんはずっと家にいますよ。銀行、やめたんですって。旦那様が何件かいい条件の再就職先を見つけてきたようですけど、何が気に入らないのか、時折癇癪を起こしたりなんかして、手の付けられない駄々っ子みたいになっていますよ」

駄々っ子?兄が?

信じられない。けど、これで兄が家に戻って来た理由も、僕を追い払った理由もわかった。劣等感の塊のような兄は、自分よりもレベルが上の学校に通う弟の存在が目障りだったのだ。

あんなに偉そうにしておきながら、失業していたとは――

これで面白くなった。

僕から夏休みを奪った代償は、そう安くはないということを思い知らせてやる。

美影は大理石のキッチンカウンターにアキさんへのお土産を置くと、居心地のいい自分の部屋へ向かった。戦いに備えなければ。

つづく


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恋と報酬と 137 [恋と報酬と]

部屋の前で、ばったり兄に出くわした。
兄はグレイの無地のTシャツに迷彩柄のハーフパンツという、ひきこもるには最適な格好をしている。

正直、兄がこのような姿で家の中をうろつくのを見たのは初めてだった。ひとり暮らしをしていた時は、これが当たり前だったのだろうか?

兄のことをほとんど知らない美影には、わかるはずもなかった。

「ただいまかえりました」

美影は目を伏せた。うっかり目を合わせると、攻撃の的になりかねない。それでなくても、兄は様々な――ほとんどが失業したことによる――ストレスのせいで気が立っているだろうから。

「帰って来るとは思わなかったな」美高は心底残念そうに言い、美影の前を通り過ぎて行った。

美影はキッと顏を上げた。兄の背に向かって舌を突き出し、それから部屋に入った。

まったく。弟を嫌な気分にさせる以外することがないのだろうか。

部屋は十九日前に家を出たときと何ら変わってなかった。わずかな埃さえもきちんと払われ、完璧なまでに整えられている。アキさんが毎日掃除をしてくれていたのだろう。

美影はベッドに腰掛け、ポケットに忍ばせていた携帯電話を取り出すと、電源を入れた。祖父母の家では携帯電話を取り上げられていたので、とても孤独だった。寂しかった。以前は孤独が好きだったはずなのに、いまはもう無理だ。

メールがいくつか来ていた。思っていたよりもたくさん。ほとんどがコウタさんと朋さんからで、最新情報は、『まさにいゲットしたよ!』だった。

やった!!聖文さんがうちに来てくれる。好きだと知られてしまっているので、もしかしたらダメかもと諦めていたのに。さすがは朋さん。

『いま帰ってきました。明日、カフェに行きます』

メールを送信してものの数秒で返事が来た。

早っ!!

『了解。お昼に来るならランチ準備しておくよ』

美影は束の間考え『では、お昼に』と短く返した。

三分ほどかかった。

つづく


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恋と報酬と 138 [恋と報酬と]

翌日、朝食の席に兄はいなかった。

兄に目にもの見せてやると意気込んではいても、余計な衝突は出来るだけ回避したかったので、美影にとっては好都合だった。

その代りに、今朝も会えないと思っていた父がいた。

「おはようございます」

父は新聞から顔をあげて、わずかに眉間に皺を寄せた。兄だと思ったのだろうか?

「忍者みたいな格好でどこへ行く?」

二十日ぶりに顔を合わせた息子に真っ先に言うセリフとは思えなかった。でもそれが父だ。

美影は自身を見おろした。

黒のぴったりとしたストレッチパンツに、速乾素材の黒いTシャツ。忍者には見えないが、ちょっとしたスパイのような格好だ。無意識に選んだ服だったが、まるで自分の心の内を表しているようで、気分が悪くなった。

「帰ってきたばかりなので、どこにも行きません」淡々と言い、席に着いた。お昼には朋さんのカフェに行く予定だったが、あえて言うまでもないと思った。

「そうか」

父は嫌味にも気付かず、新聞に目を戻した。末っ子に無関心なのは、二十日前と変わってないようだ。

美影は塩むすびと味噌汁という軽めの朝食――前日にリクエストしておいた――を済ませると、部屋に戻って黒いTシャツを脱ぎ捨てた。『忍者』みたいな格好で住宅街をうろつくものではない。

タンスを漁って、白の半袖のオックスフォードシャツを取り出し、それに着替えた。束の間、兄への恨みは忘れて、真っ白な気持ちで一日過ごしたいと思った。

気分転換に読書をして、出掛けるまでの時間を過ごした。最近のお気に入りは推理小説。コウタさんに勧められたものだ。

そうだ!今日もしカフェにコウタさんがいたら、本屋に誘ってみよう。
おすすめの本をいくつか教えてもらえたら、夏休み残り一週間、退屈しないで済む。それに気も紛れる。

美影は時計に目をやり、そろそろ家を出ようと、支度を始めた。といっても、今日は手荷物はなし。財布と携帯電話だけを手にして、鏡の前で軽く前髪を整えると、カフェに向かった。

つづく


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恋と報酬と 139 [恋と報酬と]

外は初秋を思わせるような風が吹いていた。

美影は聖文からプレゼントされた靴を履いて、住宅街をのんびりと散歩気分で歩いていた。

誰からも束縛されない時間があるというのは、当たり前のようで当たり前ではない。美影はこの夏休み、それを痛いほど実感した。身を削る思いだった。

見慣れた洋館を目にすると、一気に安堵感が押し寄せた。

取って付けたような腰までの高さほどしかない門扉を押し開け、伸び過ぎた芝生を踏みしめながらポーチを進んだ。

入口に掛かっていた木札が“CLOSE”のままだったが、札を反し忘れたのだろうと、特段気にも留めなかった。

扉を押し開けると、いつもは女性客でいっぱいの店内はしんと静まり返っていた。
どうやら“CLOSE”で間違いないようだ。美影の良心がチクリと痛んだ。昨日のメールで、店が開いているかどうかを確かめなかったために、大切な友人の貴重な休みを潰してしまったのだ。

「遅かったね、美影さん」カウンターの向こうから、朋さんが笑顔で手を振る。

美影はそれを見て、にこりと笑って店の奥へと進んだ。

「お久しぶりです。今日は店は休みのようですね、無理矢理押しかけてすみません」

「気にすることないよ、待ってたんだから」そう言って、奥から顔を出したのは、ランチ担当の加瀬さんではなくコウタさんだった。赤いチェックのエプロンをしている。朋さんの手作りだろうか?

美影は嬉しくて顔をほころばせた。「コウタさん!会いたかったです」自分の口からこのような言葉が飛び出るとは意外だった。感情を抑え込むことに長い夏休みを費やした後だけに、人間らしさを失わなかった自分を褒めてあげたいと思った。

「おかえりなさい、美影さん。加瀬さんじゃなくて申し訳ないけど、僕がお昼作ったから、一緒に食べよう」

「俺は、コウタの料理の方が好きだけどな。愛情たっぷりで」

美影は同意のしるしに頷き、指定席に着いた。料理自体は甲乙つけ難いけど、愛情云々でいけば、コウタさんに軍配が上がって当然。本当の愛情と友情、どちらもたっぷりだ。

「コウタさんの料理、恋しかったです」これは嘘でもおべっかでもない。本当に、恋しかった。

「どうせならうちに来てもらってもよかったんだけど、遠いし、双子がうるさいし、ここの方が落ち着くと思ってさ。店は、今週いっぱいは休みなんだ」朋さんは言って、コウタさんからランチプレートを受け取った。

「双子は来ないんですか?」美影は訊ねた。

「ああ、あいつらはゲームしたりアイス食ったり、男を部屋に連れ込んだりと忙しくしてる。花ちゃんは海が浮気でもしないか心配で片時も傍を離れないし――いや、大袈裟な話じゃなくてさ――、ユーリは……まあ、それはいっか」朋は双子なんざどうせもいいと言わんばかりに話を終わらせた。

ユーリが何をして夏休みを過ごしているのかは想像がつく。花村よりも鬱陶しく陸につきまとっているに違いない。あの独占欲は花村にでさえ真似できないだろう。

ある意味では羨ましい。焦がれていると言っても過言ではない。
誰かに必要とされ、愛情を注いでもらえるほどの価値が自分にあるのかは分からないけど、それを心から欲しているのは確かだ。

朋さんとコウタさんのような関係に、自分と聖文さんがなれたなら最高だ。

と、思うのは自由だよね。

つづく


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恋と報酬と 140 [恋と報酬と]

ランチプレートが出揃った。

タンドリーチキン、オムハヤシ、サーモングリルの三種。

美影はオムハヤシを選んだ。以前食べた、ふわふわオムライスが美味しかったのを思い出したからだ。

朋がサーモングリルを選んだので、タンドリーチキンはコウタのものになった。もちろん、二人は仲良くつつき合うつもりだ。

三人はテーブル席に座り――カウンターを背にする美影の向かいに朋、その隣にコウタという並びだ――ささやかな情報交換を始めた。

美影は祖父母の家でどのように過ごしたかを報告し、どれだけみんなが恋しかったかを伝えた。そして、自分を祖父母の家に追いやった兄が、驚くほど意地悪なのも言わずにはいられなかった。

コウタのタンドリーチキンを口に運びながら、朋はぼんやりと聖文のことを思い浮かべていた。意地悪でないにしても、一癖も二癖もある兄には変わりない。

「お兄さん、仕事辞めちゃったの?なんで?」コウタは朋の皿からマッシュポテトをすくい取った。

「わかりません」美影はきっぱりと言い、グリーンサラダに箸をのばした。「でもそのせいでかなりイライラしているようです」

「自分で辞めたのか、クビになったのか……仕事ってさ、いろいろタイミングなんだよね。ほら、俺も就職してすぐに辞めちゃったじゃん。会社には申し訳なかったけど、あのとき思い切ってやめておいてよかったって思う。お兄さんも何か考えがあるんじゃないかな?」

朋の大人の発言に未成年二人はぽうっとなった。

「そうですね。兄が何を考えているのかは分かりませんが、父や母がなにも言わない所を見ると、きちんとした理由があったのでしょう」そう思いたい。理由なく弟を不当に扱っているわけではないと。

「でもさ、それで美影さんに意地悪することないよね」とコウタ。

「まあな。その点は見逃せない。ということで、俺たちで美影さんを救いに行かなきゃな」朋は誰をもとろかせるような笑みを見せ、軽くウィンクをした。

美影はめろめろになった。

「木曜日楽しみだね。花火いっぱい持って行こうね」すでにめろめろのコウタがにこにこ顔で言う。

「さすがにそうめん流しは無理だからさ、明日うちでやる?まさにいのシフトは未確認だけど、運が良ければ一緒にそうめん流せるよ」

美影は朋の提案に一も二もなく飛びついた。

つづく


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