はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

恋と報酬と 121 [恋と報酬と]

もちろん、父は冗談など言わない。

それを裏付けるように、夜遅く、朋さんから連絡が入った。美影は夏休みの宿題を早くも始めている最中だった。もしかするとと期待して、携帯電話を手元に置いておいてよかった。
父の言った通り、聖文さんは週明けから一ヶ月、手の届かない場所へ行ってしまうらしい。朋さんは申し訳なさそうに言って、それから付け加えた。

『双子は大喜びだったよ』

想像はつく。

「本当に一ヶ月も?」しつこいようだけれど、訊かずにはいられなかった。

『夏休みが終わるギリギリくらいに帰ってくるらしい。あ、あと、お盆は戻ってくるみたいだよ』

「そうですか……」美影は失望を隠せず呟くように言った。

せっかく計画をたくさん立てたのに、すべて――水の泡。

『でも、うちには遊びに来てくれるよね?そうめん流し用の竹を隣のおじさんに頼んだんだ』

そう言われてハッとした。
聖文さんは恋しい人で、会いたい人だけれど、一緒に計画を立てた朋さんもコウタさんも友達で、勉強会もそうめん流しも花火大会も、楽しみにしている夏休みの行事に他ならない。

「もちろんです!」美影は恥ずべき考えを吹き飛ばすほどの快活さで答えた。もう二度と、無意味だとか水の泡だとかそんな不届きなことを考えたりしない。友達を大切にしてこそ、恋の成就もあり得るというものだ。

『よかった。コウタといろいろ準備してるんだ。もちろん、まさにいがいたらもっといいんだろうけどさ。でもさ、夏休みの終わりには『まさにいおかえり』パーティーも計画してるから、がっかりすることないよ』

朋さんは優しい。もちろんコウタさんも。家長である聖文さんがいなくて大変になるというのに、僕のことをまるで弟か何かのように心配してくれている。

泣いてしまいそうなほど嬉しかった。「ありがとうございます」

『あ、そうだ。お父さん、オッケーしてくれた?お泊りの話。まだ言ってない?』

「聖文さんがいないからダメだそうです。その代り、うちに来てはどうかと……」

『うちって、美影さんち?』驚きの声。『すごく行きたいって、コウタは言うと思うし、俺も行きたいけど、双子を御邪魔させる訳にはいかないよ。俺も出来れば、社長には嫌われたくないからね。まさにいのためにも』

朋さんの言いたい事はなんとなく理解できた。双子が余所の家だからとおとなしくしている保証はないし、もし仮にいつも通りだったとしたら、社長――お父さん――がいい印象を持たないと思っているのだ。

その可能性は無きにしも非ずだけれど、「お母さんはすごく喜ぶと思います」これだけは確かだった。

ということで、”迫田兄弟美影の家に泊まりに行く”計画は追って話し合われる事となった。

つづく


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恋と報酬と 122 [恋と報酬と]

聖文は苛々と溜息を吐き、ノートパソコンを閉じた。

ニュージーランドにいる両親に仕事でひと月家を空けることを伝えたが、返ってきたのは姫とモニャのきゃっきゃと騒ぐ姿と、母親のいってらっしゃいという声だけだった。せっかく顔を見ながらやりとりできるのに、母はちらりとも顔を見せなかった。父親に至っては存在すら不明だ。

でもまあ、姫の姿を見れたので良しとしよう。

「母さん、なんだって?」

朋が戸口に顔をのぞかせた。朋とコウタはなにかにつけ、部屋にズカズカ侵入してくる。

「気を付けて行ってこい、それだけだ」聖文は仏頂面で答えた。

「それだけ?俺の心配はしてなかった?」朋は濡れた薄茶色の髪をタオルでくしゃくしゃと拭きながら訊ねた。水滴がそこかしこに跳ねる。

聖文は顔を顰め、椅子をくるりと回して朋と向き合った。

「うちの親が、俺たちのうち誰か一人でも気に掛けて心配したことがあったか?」あったらとっくに帰国している。そもそも、息子五人を置いて移住したりはしない。

「いちおう訊いてみただけ。姫は元気そうだった?大きくなってた?」

「たいして大きくはなってないが、元気そうだったぞ。モニャと取っ組み合ってたからな」

朋は笑って、デスクの上の今は閉じられているノートパソコンに目を向けた。

呼んでやればよかった。聖文の胸に後悔の念が湧きあがった。弟たちは両親にも妹にも無関心だと思っていたが、どうやら違っていたようだ。朋は――おそらく朋だけじゃない――両親に腹を立てる一方で恋しいとも思っている。

うーむ。でもまあ、双子が両親を恋しいと思っているかはかなり微妙なところだが。

「まさにいが研修でいない間、うちでいろいろやることになってるんだ」朋は話題を変えた。

「そうめん流しをやるんだろう?おじさんから聞いた」

「竹をお願いしたんだ。ついでに流し台の組み立ても手伝ってもらうつもり。俺とコウタだけじゃ、心許ないからね。双子は当てになんないだろうし」

「双子が役立ったことなど今までないからな」聖文は同意した。

「一ヶ月、何事もなく過ぎると思う?」朋が声に不安を滲ませた。

兄の代わりにひと月とはいえ家長を務めるのだ。抑制のきかない双子が何か仕出かしはしないだろうかと、不安になって当然だし、実際双子は何か仕出かすだろうと、聖文はうっすら考えている。

「心配するな。手は打ってある」聖文はぴしゃりと言った。それから、やや顎をあげて朋をひたと見据えると、不遜な笑みを浮かべた。「お前こそ、はしゃぎ過ぎるなよ」

すでにコウタには釘を差しておいたから、朋が暴走する――もしくは朋を暴走させる――事はないだろう。コウタはこの家の秩序を守る、堅牢な砦のようなものだ。

だから多少の不安はあるものの、ひと月も家を空けられるのだ。まあ、ひとまず二週間で戻って来るが。

つづく


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恋と報酬と 123 [恋と報酬と]

夏休みだが、美影は学校にいた。

図書室のいつもの席で、午前中は読書をして過ごすつもりだった。午後の予定は未定だ。

兄の言葉を認めるのは癪だけど、美影には本を読む以外することがなかった。毎年そうしているし、そうしない夏休みなど想像もできない。

でも、なんだか落ち着かなかった。
兄が家にいるので、いつもの時間に家を出るしかなかったのだが、たまには――そう、迫田家の双子のように、家でゴロゴロぐうたら過ごしてみたかった。

兄には出来るだけ早く元の場所に戻ってもらうしかない。

今日はもう切り上げて、一日限定一〇食のランチを狙って朋さんのカフェに走ってみようか。

運よくありつけたらラッキーだし、もしも売り切れだったら、クッキーとコーヒーを頂くことにしよう。

「あ、いたいた!」

聞き慣れた声だ。けれど、二人のうちどちらなのか、顔を見なければわからない。

「まさかほんとにいるとはね」

また同じ声だ。
美影は本に栞を挟み閉じると、ゆっくり振り返った。

陸と海。結局どちらが先に声を発したのかわからずじまいだが、美影は二人を見て図らずも顔をほころばせた。

「どうして学校に?」美影は顔を引き締め訊ねた。双子に会えて喜んでいると思われたくなかったからだ。

「どうもこうもないよ。補習に決まってんじゃん!」と海が言った。

「補習?そんなに成績悪かったの?」もしくは素行が。

「違う違うっ!まさにいの策略だよ。俺たち成績は中の中くらいだもん、落ちこぼれじゃないって」陸は言って、美影の正面に座った。海はその隣。

あの、迫田聖文の弟が中の中?信じられない。せめて、中の上か上の下くらいじゃないと。多くを望むなら、学年で一〇位以内には入っておかなきゃ。まったく。補習を追加されて当然だよ。

「聖文さんの好意に感謝するべきだね」恋しい人の名を口にして、胸がきゅっとなった。

「ふんっ!感謝なんかするわけないじゃん!まさにいのやり口の汚さに俺たちほんとムカついてんだ」海が場所もわきまえず声を荒げた。

ムカついてもどうしても、補習授業から逃れるすべはない。落第してもよければ別だが。

「そうそう、シオまで寄こして、見張らせてさ」と陸。

「シオ……結城さん?学校へ来ているの?」驚いて尋ねる。

「あれれ?ここから見てなかった?」と陸も驚く。

見逃した。だから驚いているのだ。「気付かなかった」と言って、美影は小さく首を振った。

シオは本気の本気で陸を奪うつもりだ。学校にまでやって来て、ユーリに警告すべきだろうか?

美影の胸の内を読んでか、海が同調するような眼差しを向け、同じく首を振った。

つづく


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恋と報酬と 124 [恋と報酬と]

陸の言葉を証明するように、シオが図書室に姿を現した。

いつ見ても完璧な姿。誰もが振り返らずにはいられない悠然とした足取りで、双子めがけてやって来た。

双子は机に突っ伏し顔を隠したが、それが無意味な行動であることは明らかだった。

「おはよう。四条くん」

美影は双子の後頭部をねめつけ、なめらかな動作で立ち上がった。

「おはようございます、結城さん」敬意を込めて言う。

シオはにこりとした。「陸くんと海くんもおはよう」

それを聞いた双子は渋々顏を上げ、「おはようございます」とぼそぼそと呟くように言った。

「君たちには夏休みは存在しないのか?」シオは言って、美影の隣に座った。

美影も腰を落とし、閉じた本を脇に寄せた。

「もちろん、夏休みはあるよ」海がぶすっとした顔で言う。

「まさにいが余計な事しなきゃね」と陸。俺たちがちゃんと学校へ来てるか確認しに来たくせに、という目でシオを睨むように見ている。

美影はそんな陸を見て、海と目を合わせて、それから横目でシオを見た。

シオは挑戦的な眼差しで陸を見返している。片眉を軽く上げて、唇の端に笑みを浮かべて。

まるで、ますます陸を気に入ったと言わんばかりだ。

海がわざとらしく咳払いをして、陸を鞄で小突いた。「そろそろ行こうぜ。授業始まる」

陸は壁に掛かった時計に素早く目をやった。「え、まだ一〇分あるじゃん」

鈍感!海は陸と同じ顔を鬼のように変化させ、あとあと困ったことになっても知らないからねと、口をへの字に曲げた。

「ところで、結城さん。学校へはどのような用でいらっしゃったのですか?」美影はどぎまぎしながら訊ねた。よもや、陸に会いに、とは言わないだろう。

「ちょっと用があってね」シオは明らかに言葉を濁した。

「何の用?」陸が突っ込んで訊ねる。無邪気とはこのことだ。

「知りたい?」シオは身を乗り出した。もったいぶった態度をとればとるほど、好奇心旺盛な双子がむきになることを知っているから。

「どうせ、まさにいに見張りを頼まれたんでしょ」海は挑発に乗らなかった。えらく強気な態度は、陸とユーリの間に割り込ませるものかという決意の表れのように感じた。

「聖文?あいつは関係ない。まあ、留守の間君たちを頼むとは言われたけど」

「ほらねっ!」陸が勝ち誇ったように言う。

シオは微笑み、腕時計にちらりと目をやり、席を立った。「もう行くけど、何かあったら連絡するように」

いったい何があるというのだろう?美影は困惑を隠し、ほとんど無表情でシオの背を見送った。

つづく


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恋と報酬と 125 [恋と報酬と]

まもなく双子も出て行き、図書室に静寂が戻った。

美影はぼんやりと外を眺め、そこに花村の姿を見とめた。

慌てた様子から、海が補習授業に参加を余儀なくされた事を知らされていなかったのが伺える。ライバルの須山はすでに学校へ来ているので、花村が慌てたところでもう遅い。残念ながら、海は唇のひとつも奪われているだろう。もしくは自ら差し出しているか。

お決まりのパターンだ。

それよりも、シオが学校へ来ている理由を探る必要がありそうだ。もちろん、理事長の息子だし、ここの卒業生でもあるわけだから、学校を訪れる理由はそれだけで十分説明がつく。が、もちろんそれで十分なはずはない。

あとで花村に探るように言っておこうか?それとも、自分で調べようか。

どちらにしても、カフェでランチを頂いてからにしよう。聖文さんのいないこの町がどんなに無味乾燥なものか、朋さんに愚痴らずにはいられないから。

よし。カフェに急ごう。オープン時間がまちまちなため、出遅れると確実にランチを逃してしまう。

校門を出たところで、ユーリの車とすれ違った。ペパーミントグリーンの鉄の塊は、猛烈な勢いで門を通過し、別館の玄関前に派手な音を立てて横付けされた。

美影はそれ以上見ることなくカフェへと急いだ。

ユーリの目は血走っているだろうし、恐ろしく怒っているに違いない。見ずともわかるというものだ。

海が連絡したのだろうか?自分のことは棚に上げて、なんて調子のいい。兄の心配よりも、自分の心配をした方がいい。いくら花村が従順な飼い犬だったとしても、何かの拍子に手を噛まないとも限らない。

まあ、そんな事が万が一にでもあれば、見てみたいのだけれど。

道を横切り、住宅街に入った。陽射しが頭のてっぺんをじりじりと焼き、美影は建物の陰に隠れるようにして小道を進んだ。

もしも陸がユーリを捨ててシオを取ったらどうなるのだろう?

美影はそんな考えを思いついた途端、恐ろしさに身震いした。ユーリは怒りに囚われるのだろうか?それとも喪失感に気力を失うのだろうか?

陸とユーリの間には誰であろうとも入り込む余地はない。それはシオも分かっているはず。ということは、やっぱり、僕たちの勘違いなのかもしれない。そうあるべきだ。

カフェの入口の木札が見える頃には、美影はなにかに追い立てられるかのように小走りになっていた。

つづく


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恋と報酬と 126 [恋と報酬と]

ランチ争奪戦に敗れた。

まだ午前十一時をまわったところなのに、どう見積っても一〇人以上の人がいる。

美影はあっけにとられ、その場に立ち尽くした。

「あれ、美影さん?夏休みじゃないの?」

出迎えたのはもちろん朋さん。いらっしゃいませの言葉も忘れるほど、美影の登場に驚いている。

「はい、あの、実は――」と言いながら、美影はいつもの席に座った。奥様方の好奇の視線が背中に突き刺さり、いたたまれず身体をもぞもぞと揺すった。「ランチを食べに来たんですけど、もうないですよね?」

「あー……ちょっと待って。加瀬くん!ランチもうひとついける?」朋さんはカウンターの向こうの向こうに向かって声をあげた。

「もうひとつですか――いけますよ」と店の一番奥まった場所から姿を見せた、加瀬くんと呼ばれた男性が言った。
歳は朋さんよりも二つ三つ上だろうか?頭にバンダナを巻き、真っ白なエプロンに身を包んでいる。

美影は驚きを隠すように、ぎこちなく微笑んだ。

壁面いっぱいの収納棚の向こうに、調理スペースと見知らぬ誰かがいるなど想像もしていなかった。前から不思議には思っていた。いったいどこで誰がランチを作っているのだろうかと。コウタさんはどこでクッキーを焼いているのだろうかと。

「無理を言ってすみません」美影は二人の美男子に向かって言った。

そう、加瀬さんはいわゆるイケメンだ。迫田兄弟の周りには、タイプは違えど男としての魅力を充分に兼ね備えた人物しか存在しない。自分がそうであるとは思わないけど、唯一の例外だとも思いたくなかった。顔は母親によく似ていると言われるので、比較的整っている方だと思う。背も高いし、身体つきも、まあ悪くはない。

「いいのいいの。加瀬くん、こちら美影さん。双子の先輩で、俺の友達。で、こっちはうちの昼営業を支える、加瀬くん」朋はお互いを紹介したところで、テーブル席から声がかかり飛んで行った。

「メインは牛のカツレツだけど、ごはんとパン、どっちがいい?」加瀬さんが訊いた。

「ごはんでお願いします」美影は即答した。

「オッケイ!」加瀬さんはにこりと笑って奥へ引っ込んだ。

あまりに爽やかな笑顔に、美影は眩暈を覚えた。ランチが限定一〇食なのも頷ける。そうしなければ、朋さんと加瀬さん目当ての奥様方で大行列ができてしまうだろう。

それはそれで悪くないのではと思いながら、美影はいつのまにか目の前に置かれていた氷水をごくごくと飲み干した。

のどがからからだった。

つづく


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恋と報酬と 127 [恋と報酬と]

コウタさんは加瀬さんに嫉妬したりしないのだろうか?お昼の短い時間とはいえ、朋さんと二人きり。もちろんお客さんは大勢いるけど.。

すぐ隣、カウンターの端のコウタさんの指定席には加瀬さんが座っている。エプロンとバンダナを外して、淹れたてのコーヒーの香りに至福の表情を浮かべている。

どうやら彼の仕事はランチを提供することのみらしい。

「僕の顔に何かついてる?」美影にじろじろ見られて面白がっているのか、ランチに欠かせない男――加瀬は、おどけた仕草で自分の顔をぺたぺたと触った。

「いえ、特に目立ったものは何も」美影はいつものように無表情で答えた。人見知りをする美影は、ごく親しい人の前以外では感情を表に出したりはしない。

「ぷっ!美影さんもそんな冗談言うんだ」朋は吹き出し、磨いていたカップをカウンターに置いた。

「ああ、よかった。いまの冗談だったんだ」加瀬は安堵の息を漏らし、にこっとまばゆいばかりの笑みを美影に向けた。

お日様みたいだ、と美影は思った。そして、この人と仲良くなるのも時間の問題だとも思った。

「不作法なまねをしてすみません。朋さん以外の誰かがいるとは思わなかったので――」美影は言葉を切った。これでは加瀬さんが気分を害してしまう。

「つい、じろじろ見ちゃった?」加瀬は部外者扱いされても、気分を害すことはなかった。

「はい。すみません」美影はほんのり赤面した。

「加瀬くん、美影さんをいじめないで」朋がからかうように言った。

おかげで美影は更に頬を熱くした。

「はいはい。美影さんをいじめたりはしません」加瀬は右手を軽く上げ、宣誓した。それから自己紹介を始めた。「加瀬尚道、二十四歳。いろいろあって、昼だけここを手伝ってます。朋さんとはバイト仲間だったんだ。ちょっとの間だったけど」

「ホテルで働いていたんですか?」だとしたらコウタさんも安心だ。

「あ、うん。そうだよ」

「美影さんは社長の息子なんだ」朋がズバリ言った。

加瀬は目を丸くした。「社長?じゃあ、美影さんは、四条美影さんなんだ」

美影は喉の調子を確かめるように咳払いをすると、加瀬と同じように自己紹介を始めた。「はい。四条美影、十八歳。朋さんとは共通の友人(花村のことだ)を通じて仲良くなりました。コウタさんも仲良くしてくれています」

「まさにいもね」と朋が付け加える。

恋する美影は当然その名に反応し、全身を真っ赤に染めた。

つづく


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恋と報酬と 128 [恋と報酬と]

年上の加瀬のことを、朋がどうして加瀬くんなどと呼んでいるのか、それにはたいした理由はない。バイト先では、朋の方が先輩だったからだ。ということで加瀬は朋のことを朋さんと呼ぶ。最初は迫田さんと呼んでいたが、間もなくして迫田さんが二人いることに気付き、呼び方を変えたのだ。

その加瀬は次の仕事場へ行くため、早々にカフェをあとにした。

それと入れ替わるようにしてコウタが戸口に顔をのぞかせた。

予想外の客に、朋は驚いてカウンターから飛び出した。奥様方に呼ばれた時よりも倍は早い。

「どうした?なにかあったのか?」

何をそんなに心配することがあるのか、朋はコウタの全身をベタベタと触り、眺めまわし、傷ひとつないのを確認してようやく安堵の長い息をついた。

奥様方は仲のいい兄弟にうっとりとした視線を投げかけ、束の間中断していたお喋りを再開した。

「退屈だから来ちゃった」コウタは赤い舌をぺろっとのぞかせ、無自覚のうちに朋を誘惑し、弾むような足取りで指定席へと向かった。

そこでようやく、夏休みなのに制服姿でカウンターに座る美影に気付き、「あれっ?」と声をあげた。

美影は加瀬には遠く及ばないお日様的な笑みを見せ「こんにちは」と、はにかみながら応じた。

「美影さんも学校だったんだ。まさか補習じゃないよね?」

「もちろん違います」美影は今度こそ笑いながら答えた。「陸と海には会いました。聖文さんにひどく腹を立てていましたよ」

「そうだろうね」朋は言って、コウタにアイスコーヒーを差し出した。しかもバニラアイス乗せのスペシャルバージョンだ。

「まさにいの力って絶大だよね。絶対逆らおうなんて思わないもん」ちょいちょい聖文に逆らうコウタの口からよもやそんな言葉が出てこようとは。

「結城さんを見張りにつけたとか言っていましたけど」

「あ、そうそう。それで陸とユーリが揉めてるって、海からメールが来たんだ」

「結城さん……」朋が思案顔で言う。「本当に陸なのかな?」

「ユーリはそう思っているみたいだよね。この前もすごく敵視してたから」コウタはアイスをストローでつつきながら言った。

「でも、親友の弟だぞ。あり得ないだろう?」

実の弟に手を出している朋が言うのもどうかと思う。

美影は判断を保留した。現実問題として、ユーリから陸を奪えるものはいない。それが例え、すべてにおいて完璧な男であっても。

「聖文さんは許さないでしょうか?」

「きっと俺か陸かどっちか選べって話になると思う。まさにいは、結局俺たちの事も誰のことも認めてないからね」朋が溜息をこぼす。「美影さん、苦労するね」

苦労して手に入るものなら、どんなに辛くてもそれを甘んじて受ける覚悟はある。けれども、決して手に入らないのなら、憧れていた頃に戻るしかないのかもしれない。

美影は陰鬱な気分でそう思った。

つづく


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恋と報酬と 129 [恋と報酬と]

どうにも不満を口にせずにいられなくなった。

「実は、兄が家にいて、それで朝から家を出て――」

まるで行き場のない子供のような言い草に、美影は自分の非力さを痛感した。
実際そうなのだろう。兄の悪意に満ちた嫌味にまともに言い返すこともできず、逃げ出すのが精一杯なのだから。

「お兄さんて、どっちの?二人いたよね?」朋は訊ねて、後ろの棚から、特別上等なカップを取り出した。オーナーのコレクションのひとつだ。

「次兄です」

美影の素っ気ない物言いは、兄弟の間に大きな溝があると告白したようなものだった。

けれど迫田兄弟はそんなこと気にしない。

「ねえ、お兄さんてどんな人?」コウタは好奇心いっぱいに訊ねた。

どんな人と訊かれても、そう簡単に答えられるほど美影は兄のことを知らなかった。

でもこれだけは言える。「すごく意地悪で、僕のことを嫌っています」

ここ数日の兄の態度を思いだし、怒りが込み上げてきた。今朝も兄は、とっくに仕事に行っていてもおかしくない時間に食卓に姿を現し、「まだいたのか」と嫌悪も露に吐き捨てた。

美影はぐっと奥歯を噛みしめ、「もう出るところです」と声を絞りだした。反抗的な態度は見せたくなかったが、わざとのろのろとした動きで兄をもっとイラつかせてやった。

目には目をだ。

「へえ、お兄さん意地悪なんだ。陸と海も意地悪だよ」コウタはなんとなく的外れのような事実を口にした。

確かに双子は意地悪だが、コウタを嫌ってはいない。それどころか、大抵の兄弟よりも仲は良い方だ。

美影の兄が実際に美影を嫌っているのかは不明だが、関係が良好とは言えなかった。

「あいつら何度言ってもコウタを苛めるのをやめないからな。腹が立つったらない」と朋。

「朋ちゃんがいるから平気」コウタは照れ隠しにアイスコーヒーをずずっとすすった。

そういえば、うちにももう一人兄がいて、その兄は、おそらく次兄よりかは優しいと思う。すごく幼いころの記憶しかないのだけれど、そうだったはず。いや、そう思いたい。

つづく


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恋と報酬と 130 [恋と報酬と]

朋は最後の客を店の外まで見送ると、木製の柵にさりげなく掛けられた札を裏返した。

“CLOSE”

今日はもう店じまい。

名もなきカフェの営業時間はいたって曖昧なのだ。それでもオーナーが店をやっていた頃と比べると、真面目にやっているほうである。

思わず笑みがこぼれる。オーナーは大切な弟の為に、この洋館をわざわざ住宅街のど真ん中に移築した。どうやったのかは知らないが、相当な金が掛かった事は想像に難くない。

アンティークを愛するオーナーは、それ以上に弟を愛している。だからこのカフェもあっさり捨ててしまった。いや、捨てきれなかったからこそ、朋に譲ったのだ。まあ、束の間――いまのところ無期限――預けているだけだろうけど、オーナーに返せと言われるまではここをコウタとの明るい未来の為に存分に利用するつもりだ。

朋は入口に立て掛けてあるコウタの自転車を柵の内側に入れた。こんな暑い中、自転車で三〇分はかかる距離をわざわざやってきたコウタが愛おしくてたまらない。美影さんがいなかったら、コウタが赤面して抵抗するようなことをいろいろしていただろう。

ああ、そうだ。美影さん。

今、二番目の兄への不満をコウタ相手にぶつけているところだ。美影さんはもっと感情的になるべきだ。おとなしくしているから、兄のよしたか――だったか?――がつけあがるのだ。いやもちろん、弟よりも兄の方が立場は上だ。けれど、もしもまさにいが必要以上に兄であることを笠に着てコウタを苛めたなら、おそらく俺一人ででもクーデターを起こすだろう。

まあ、まさにいがコウタを苛めることなんてないけどさ。兄弟の中で一番のお気に入りなのだから、あるはずない。もちろん邪な感情は抜きだ。

さて、美影さんの恋は完全に行き詰っている。元来た道を引き返すべきだが、煽った手前いまさらそんな助言は出来ない。

となると、まさにいになんとしてもこちら側へ来てもらうしかないのだが、そもそも、まさにいと美影さんの組み合わせはアリなのか?弟として、それを受け入れられるのか?

いやいや、もちろん大丈夫だ。我が家はユーリでさえ受け入れている。美影さんのような優等生を迎えられたら、迫田兄弟の株があがるというものだ。

そして、まさにいはうしろめたさいっぱいで社長と対峙することになる。こんな面白い事があっていいのだろうか。もちろん、いいに決まっている。大歓迎だ。

朋は根に持つタイプで、聖文に顔が変形するほど殴られたのを忘れてはいない。事あるごとに思い出す。だからいまも思い出した。

店内へ戻ると、朋は様々ある計画のどれを薦めようか思案しながら、特別にブレンドしたコーヒーをポットいっぱいに淹れた。

おそらくだが、もうすぐ補習授業を終えた双子どもがやってくる。腹が減ったとかなんとか抜かして、売り物の菓子やらなんやらを食い尽くすだろう。

ドアベルがカランカランと鳴った。と、同時に双子とその仲間たちがどたどたと店内へなだれ込んできた。

予想通りの展開だ。

つづく


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