はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

恋と報酬と 111 [恋と報酬と]

いったい何を言うつもりだったのか。

ぞっとするほど耳障りな声音に自分でも驚いてしまった。

俺は不機嫌なのか?

聖文は自問した。

考えるまでもなく、ずっと不機嫌だ。ほんの三〇分ほど前にも同じことを自問自答したのを忘れたのか?それでもまた不機嫌さを再確認しなければならなかったのは、四条くんがシオの話ばかりするからだとは思いたくなかった。

「なんでしょうか?」
名前を呼ばれたままほったらかしになっていた美影が、痺れを切らせて尋ねた。

聖文は安全のため車を路肩に停めた。

「お金のことで、社長に――お父さんに何か頼んだりしていないよね?」

そう、これを訊くつもりだったのだ。
もしも四条くんが今夜の会食費を支払うように言っていたとしたら、結局、社長の息子と仲良くしているのはそういうことだと思われかねない。細かいことを気にし過ぎかもしれないが、変な誤解を受けるのだけは避けたい。

「はい、していません。朋さんにそれだけはダメだときつく言われましたので」

四条くんは気を悪くして当然の質問にもかかわらず、きっぱりとした口調で答えた。ピンと背筋を伸ばし、いかにも優等生らしい堂々とした受け答えに、聖文は感心するとともに胸の辺りがじんわりと温かくなった。

うちの馬鹿どもと違って、本当にいい子だ。

「悪かったね、こんなこと訊いてしまって。社長が支払ったと聞いてもしかしてと思ったんだ」

「あ、それは……」と、うしろめたそうな声。

聖文は緩んでいた口元を引き締め美影を見た。ほんのり頬が赤らみ、気まずげだ。

まさか?「社長夫人が?」

無言の頷きが返ってきた。やれやれ。これは困ったことになったぞ。お礼の仕方が全く分からない。

「母は、僕に友人がたくさん出来たことをとても喜んでいて、それで少し、なんというか……調子に乗ってしまったようなんです。父は怒っていました。邪魔をしてはいけないとか、なんとか……」

「怒っていたのは四条くんだったように思えたけど」聖文は困り果てたような様子の美影を見兼ねて、冗談めかして言った。

「す、すみません……」

冗談は通じなかったようだ。

聖文はそそくさと車を発進させた。

つづく


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恋と報酬と 112 [恋と報酬と]

聖文さんは怒っている。

お母さんのせいだ。

男というのはお金が絡むと、同時に自尊心というものも密接に絡んでくるものだ。
普段、お金を持ち歩かない美影でさえ、今夜母親の取った行動が、あとあと問題になることは容易に想像ついた。

「本当にすみません」美影は心底謝った。母のせいで聖文さんとの関係がぎくしゃくするのは嫌だった。それでなくとも良好とは言えない関係なのに。

「いや、気にしないでいい」

素っ気なく言われ、美影は胸に重石を乗せられた様に息苦しくなった。もう、やだ。お母さんのせいでこの二か月の努力が水泡と帰したのだとしたら、これまで守るように言い付けられていたすべての規則を破ってやる。

食事の前に手を洗わない。いただきますも言わない。背中を丸めて、ぼそぼそと喋ってやる。勉強だって、もう頑張らない。成績が五位以下になってもなんとも思わない。云々……。

美影の反抗は所詮その程度だ。本人にとっては世紀の大反抗のつもりだろうが、この程度の不作法は世間一般ではたいしたことではない。もちろん咎められはするだろうが。

なにがなんでも目的地へ辿り着くのだという強い意志を持って突き進む車。募る焦り。突如シオの『速攻』という一言が、美影の脳裏によみがえった。

ぐずぐずと時間を浪費するなど愚か者のすることだ。美影の中の美影が罵った。胸の大きな仕事のできる女性はまだ他にもいる。取られる前になんとかしなければ。

いまここには聖文さんと僕しかいない。誰も邪魔できないのだから、焦らずゆっくりと落ち着いて気持ちを伝えればいい。

でもなんて言う?

好きです。そう言えばいい?憧れから恋心へと発展するまでの急激な変化を気持ちとして綴ってもいい。

そうしたら、聖文さんはなんと答える?「ちょうど彼女と別れたところだし付き合っちゃおうか」

なんて言うはずないっ!

ああ、それよりも、答えをくれなかったらどうしよう!これから一生、聖文さんの気持ちを想像して生きていくのだろうか。

まるで地獄だ。いや、もしかして天国?どっち?

「四条くん――」

「ハ、ハイッ!」突如声を掛けられ、美影は声を裏返した。

うっかり考え事を口にしていたのではという不安が頭をよぎった。もしそんな事をしていたら、進んで地獄まで歩いて行こう。だからなにも聞いていないと言ってください。

「着いたよ」タクシーの運転手よりも愛想のない声。聖文も美影同様、少々上の空だった。

「……え」

期待していた様な事は一切起こらず、美影はホテルを出て二〇分後には家に到着していた。

つづく


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恋と報酬と 113 [恋と報酬と]

帰宅した聖文を出迎えたのは、玄関先に不貞腐れたように座るブッチだった。
車の音に耳をピクピクさせていたブッチだったが、降り立ったのが聖文と見るや、ブッと身体のどこからか音を発し、のそのそと朋の車の下に非難した。
不機嫌でもやはり聖文はこわいらしい。

「おかえり、まさにい。どうだった?」

台所には朋と海がいた。

聖文は朋が何について尋ねたのか分からず訊き返した。「どうだった?」

こいつらは揃いも揃って、なぜ家でもケーキを食べている?しかもホテルで出されたものよりも数倍美味しそうなコーヒーを飲みながら。「なんの話だ」席に着いて、顎をくいとしゃくった。コーヒーを寄こせという意味だ。

「美影さんだよ」海が言った。陸と違ってまっすぐ家に帰ってきたようだ。

「四条くんがどうしたって?」

「あ、まさにいおかえり~。どうだった?」コウタは風呂上がりらしく、首にタオルを掛け、半パン姿で廊下から現れた。

それを見た海がコウタに牙を剥く。「コウタ、目が腐る!Tシャツ着ろよ」

「いやいや、目の保養だからそのままでいい」と、にやつく朋。

変態め。こういう姿を世の女性たちに見せてやりたいものだ。せめてカフェに集う、女の子たちにだけでも。

「着てくるっ!」コウタは踵を返し、バタバタと階段を駆け上がっていった。おそらく半ベソで。

ったく、騒々しい。こいつらはほんの少しも静かに出来ないものなのか?

「それで、どうだったの?」朋は聖文にコーヒーを差し出し、席に着いた。「カフェインレスだよ」

「どうもこうも、家まで送って来ただけだ。社長が帰宅していたら挨拶をしようと思ったんだが――」聖文はカップを手にした。

「そうじゃなくてさ。告白、されたんでしょ!」海がじれったそうに言う。

「告白?なんのだ?」口に入れたコーヒーを吹き出しそうになった。

「とぼけなくてもいいだろう」と朋。

「そうそう。美影さんを追い掛けて行って、何かあったのは分かってるんだから」

「花村くんのことで少し動揺してたから、落ち着かせてあげただけだ。お前らが思うような事はなにもない」あったとしても言うはずがない。

「そうかな?」

疑り深いな。

「ところで、花村くんは大丈夫だったのか?」

するりと話題を変えた。

「ああ、あいつなら平気。俺もちょっと驚いたけどさ、あいつの母ちゃんが生きてるってのはとっくにわかってたわけだし、なにもあんなに驚くことなかったんだよ」海はえらそうに言い、口の端に付いた生クリームを舌先で拭った。

蒼ざめてぶるぶる震えていたのはどこのどいつだ?

「だったらいいんだが」

「心配なのは美影さんの方だよ。お母さんの登場ですごく動揺してただろう。取り乱すっていうのかな……」

あっさり話が戻った。

「美影さんは想定外の出来事に弱いんだよ。規則正しい真面目ちゃんだからさ」

「それのどこが悪い」小馬鹿にするような海の物言いに、聖文は微かな苛立ちを覚えた。

「お待たせ~。話どこまで進んだ?」

遠慮を知らないコウタが加わった事で、聖文は当分この話題から逃れられなくなった。

つづく


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恋と報酬と 114 [恋と報酬と]

コウタに続いてブッチも台所へやって来た。
不満げな面持ちで朋の隣に座ったコウタの足に頭突きをくらわし、「ぶみゃ」と一声鳴いた。ブッチは陸がいつまで経っても帰って来ないので、コウタで手を打つ事にしたらしい。

コウタは手を伸ばしてブッチを抱き上げ、膝に乗せた。「今日はブッチ、甘えん坊だね」と甘えた声を出し、ブッチの喉をくすぐる。ブッチは不貞腐れてはいるものの、喉をゴロゴロ鳴らさずにはいられなかった。

「どうせ陸が帰ってきたら、コウタなんてすぐ捨てられるよ」

ブッチに選ばれず、海は気分を害したようだ。

「ねえ、美影さんと戻ってきて、そのあと彼女と何話してたの?」

コウタは海の暴言も話の進み具合もお構いなしで切り出した。

「あ、それ、俺も気になってた」朋がコウタにケーキの皿を差し出しながら言う。

コウタは首を振り、お腹をさすって、いっぱいだとアピールした。朋は皿を海にまわした。海は渋々といった態で受け取り、がつがつと食べ始めた。

聖文は弟たちにうんざりとしながらも、席を立とうとしない自分に少々驚いていた。つまり、コウタの質問に答える気があるという事だ。

「今夜の礼と、支払いについて話をした。あれだけ飲み食いして、あげく、社長のおごりだったと知った時の俺の驚きようがわかるか?」これを伝えずにいられるか?

「え、じゃあ、美影さんのお父さんが払ってくれたの?」海が言った。

「まさにい、それってまずいんじゃ……」朋は頬を引き攣らせた。

「美影さんは知ってるの?」と、コウタ。

「ああ、知っている。帰りに尋ねたからな――」

「まさか、美影さんがお父さんに払うように頼んだと思った訳じゃないよね?」朋が鋭い口調で訊いた。

図星だったため、聖文は無言を貫いた。

朋は呆れ顔でやれやれと首を振った。「美影さんがまさにいの立場も考えずそんなこと頼むと思ったんだ。信じられないよ」

「事実、社長が支払っていたんだ。まあ実際は社長夫人がそうするように言ったらしいが――どちらにせよ、念の為確認して当然だろう」そう言ったものの、帰りの車中での気まずさを思い出さずにはいられなかった。

「そうかな……」朋はまだ納得していない様子だ。

「僕もまさにいの立場なら訊くかも。だって、誰にお礼言っていいかわかんないじゃん?」
コウタは軽い口調で言い、朋のコーヒーを一口拝借した。

「まあ、コウタがそう言うならそうだな。社長にお礼するなら、美影さんを通さなきゃいけないわけだし――」

「なぜ、四条くんを通す必要がある?」聖文は警戒するように訊いた。

「そうしなきゃどうすんだ?仕事中ばったり出会ったついでに、ごちそう様でしたって言えばいいとでも?もちろん美影さんを通してお礼に行くべきだよ。家まで」朋は強気に押した。

「それは俺も考えたが、大袈裟過ぎないか?」

「ぜんぜんっ!」と声が揃った。

つづく


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恋と報酬と 115 [恋と報酬と]

「そういうお前らこそ、四条くんに礼を言うのを忘れるなよ」聖文はそう言って席を立った。

「どこ行くの?」海は挑戦的な目を向けてきた。逃げようたってそうはいかないよ、といったところだろう。随分と偉くなったものだ。

「風呂だ」何か文句があるかと海を見おろす。

「いやいや、次は海の番だろう。ほら、海行ってこい!」朋が急に慌てふためき、海に向かってしっしと手を振った。

「え、俺?」海はきょとんとしていたが、朋の目配せに気付くと慌てて言葉をつないだ。「ああ、そうだ。コウタのあとに入ろうと思ってたんだよねぇ。ということで、まさにいはしばらくここにいて」

海は椅子を後ろの壁にぶつけ立ち上がると、二歩で台所から飛び出して行った。

「なにを企んでいる?」聖文は腰を落とし、目の端で朋を捉えた。

「なにも。なあ、コウタ」朋は同意を得ようとコウタに目を向けたが、あいにくコウタはブッチの尻尾で遊んでいる最中だった。

朋は苦笑いを浮かべ、ひとりで長兄に立ち向かう事にした。

「ほら、美影さんのことどう思っているのかな――ってさ」

コウタがブッチの尻尾を見事掴み、やっと顏を上げた。勝者の顔だ。

聖文は慎重に答えを探した。迂闊なことは何ひとつ口に出来ない。「どうって、お前らとは比べ物にならないくらい、いい子だ。それだけだ」

「それって好きかもってこと?」コウタが直球勝負に出た。

朋は隣で震えあがった。武者震いだ。

「コウタ、よく聞け」聖文は凄んだ。「俺はこれまでもこれからも、女性しか好きにならない。いくらいい子でも男は対象外だ」

コウタは怯え、首を竦めた。が、言うことは言う。「でもさ、まさにいは彼女のこと好きじゃなかったんでしょ」

「好きだったに決まっている」そう言い切ったものの、聖文の頭の中に疑問符がいくつか並んだ。

聖文の恋愛観はコウタたちとはちょっと違う。好きだから一緒にいたいと思うことはほどんどなく――まったくないと言っても過言ではない――、尊敬でき、お互いを高められる存在で、時折性的な欲求を満たすことが出来れば、特段会わなくても平気だ。大抵においては。

「仕事は出来るし、胸が大きいから?」

コウタの言っていることはほぼ間違いない。

間違いないのだけれど、言い方が悪い。

が、間違いがないのなら同意するしかない。

「そのとおりだ」

おっぱいフェチ決定だ。

つづく


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恋と報酬と 116 [恋と報酬と]

聖文が弟たちから逃れ、風呂に入れたのは、帰宅して少なくとも二時間は経った頃だった。

明日は朝が早いというのに、ずいぶんのんびりと家族団欒を楽しんだものだ。これだけ自分を犠牲にして、なんと立派な兄だろうか。そんな皮肉めいた事を思いながら、聖文は深々とベッドに身を沈めた。

もうすぐ午前零時。陸はまだ帰ってきていない。約束を破るつもりなのか。それならそれで、連絡くらいすればいいとは思うものの、出来ない状況にあることは容易に想像できた。

四人いる弟は揃いも揃って男を好きになった。男だから、というわけではないらしいが、理解しがたい。

もちろんそういう恋愛を否定するつもりはない。ただ押し付けられるのはごめんだ。あいつらは、まさにいも当然そうあるべきだと決めつけて話を吹っかけてきた。

そもそも、四条くんがこちらに恋愛感情を持っているといつ断定された?彼は一度だって好きだという言葉は口にしていない。

いや、もう、バレバレではあるが、弟たちにけしかけられてその気になってしまった可能性だってある。よくよく冷静になってみれば、到底あり得ないことだと気付くはず。

そうあって欲しい。

「まさにい、入るよ」

どうぞともなんとも言っていないのに、コウタが聖域にずかずかと入って来た。まったく。コウタは日に日に図々しくなっていっているではないか。

「これ以上、お前らのくだらない能書きに耳を貸す気はないぞ」聖文はベッドに横になったまま言った。

「能書き?――陸、帰ってきたって言おうとしただけ」

今日一番のまともな報告だ。

「そうか、ギリギリだな」返事をしたが、コウタは出て行こうとはせず、窓を背にもじもじしている。「他に何かあるのか?」

何もないと言ってくれ。

「うーん。ユーリも一緒だってことくらいかな」コウタは言って、ひょいと肩をすくめた。

「ほう。くらいかな――などと軽く言うことではない気がするが、お前はどう思う?」

「仕方ないんじゃないかな。陸は今日中に帰らなきゃいけなかったわけだし……」コウタはそれがまるで正論かのように言った。

冗談じゃない!と激しい怒りと嫌悪感が湧きあがったが、今夜はもう何事にも関知したくなかった。さすがにこの家で不埒な行為に及ぶことはないだろう。だが念の為――

「和室に布団を用意してやれ。それから、騒ぎを起こすようなら、今後一切出入りを禁じると伝えておけ。もちろん余所に報告が行くことも忘れるなとも」

長兄の命にコウタは曖昧に返事をすると、そそくさと部屋から出て行った。

つづく


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恋と報酬と 117 [恋と報酬と]

階段の軋む音がし、足音は一旦遠ざかった。

しばらくして、ふすまをぴしゃりと締める音が聞こえ、規則的な足音とともに現れたのは、行き場を失くしたブッチだった。
同時にコウタも姿を見せ、朋はホッとした。

ブッチは陸が帰ってきたとはしゃぎながら出迎えたものの、背後にユーリの姿を見るや否や、全身の毛を逆立て後退した。天敵――もしくは恋敵――ともいえる男がこんな夜遅くに何の用だと逆上してみるが、陸はユーリといるときに見せるふやけた顔でただいまと言うだけだった。

そこへコウタがやって来たので、ブッチは最近何かと親切な幸薄い男に泣きついたのだった。和室を占領され、コウタは二階へ消え、廊下の片隅で縮こまっていると、またコウタが現れ、和室へ入ってそれから出て来たので、一緒にいい匂いのする朋の部屋へ向かったのだ。

「まさにい怒ってた?」朋はコウタに向かって尋ねた。

「怒ってたというより、眠そうにしてた」コウタはそう言って、マットレスに座る朋の隣に腰を下ろした。ブッチはいそいそとその間に踏み込み、ちょうどいいへこみを見つけどかりと座った。

「そっか。ユーリも運がいいな」

「去年も来たよね、雨の中。それで、大騒ぎになって――」コウタはくすくすと笑い、ブッチを押し潰しながら朋に寄り掛かった。

「あれから一年か……」朋は感慨深げにつぶやいた。

「なんかさ、ちょっとやり過ぎちゃったと思わない?」コウタがぽつりと言う。

急に話題が変わったが、コウタが何のことを言っているのかすぐに分かった。

「俺たち、どうかしてたよな。なんで暴走しちゃったんだろうな?」迫田兄弟にはよくあることだ。

「ほんと……でも、美影さん本当に告白しなかったのかな?」

「まさにいの反応見る限りはそうだな。ああ、くそっ!正攻法は無理だとわかってたのに――」朋はむしゃくしゃと息を吐くと、コウタの頭をくしゃくしゃにした。

「美影さんに無断で余計なことしちゃったね」コウタはしゅんとなった。「これでまさにいは防御を固めたよ」

コウタの言う通りだ。朋は後悔し、反省した。

自分で伝えるべき恋心を他人が勝手に暴露することは、あってはならないことだ。おせっかいというだけでは済まされない。もちろんよかれと思ってやったことだが、膨れ上がった好奇心が兄弟の頭の中を占めていたことは間違いない。

「とにかく、作戦を変更しなきゃな」朋は頭を傾げた、

「押し過ぎたから引いてみるといいかも」コウタは頭を上げた。

二人の唇が重なると同時に、ブッチがブッと同意のおならをした。

つづく


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恋と報酬と 118 [恋と報酬と]

明日から夏休み。

朋ちゃんのカフェはいつものように女子大生と、男子高校生で満席だった。

カウンターにずらりと並ぶ白シャツ軍団。真ん中に一人だけ、チャコールグレーのベストを着用している、真面目ちゃんがいる。

目下、先の見えない片思いに苦しむ美影だ。

何もできずに終わったユーリの誕生日以来、ずっと沈んだままだ。しかも兄弟のやらかしたことを聞いて、絶句したのは言うまでもない。で、身動きとれずにいる。

「俺があれだけの苦痛に耐えたのに、収穫なしとはな」

そんな意地の悪い事を言うのはユーリしかいない。

「苦痛って言う程でもなかったじゃん!ずっと陸と過ごせたんだしさ」美影を援護する気はないが、ユーリに反抗せずにはいられない海が強気に言った。

ユーリは海をギロリと睨んだ。

「そうそう。美味しいもの食べて、恋人とゆっくり過ごせたんだから、文句言わないの」のんびりとコウタが言った。

「誕生日もまんざら悪いもんじゃないだろう?」コーヒーポットを手に店内を巡回していた朋が戻って来た。コウタはカウンターの一番奥でカップをカチャリと鳴らし、おかわりを要求した。

「あ、俺も」と海が言うと、隣で背中を丸めおとなしくしている花村も「僕もお願いします」と続いた。

結局全員が再度カップを満たし、クッキージャーの底をつついて残っていたクッキーを均等に分け合った。もちろんユーリの分は陸がもらった。

「そういえば、シオはどうなったんだろうね」海は奥歯でクッキーを砕き、ミルクたっぷりのカフェオレをずずっと啜った。

「結城さん、本当に彼女と別れたのかな?ねえ、花ちゃん知ってる?」コウタが声を張り上げた。端っこ同士の会話は大変だ。

「どうやらそうみたいです。けど、彼女の実態はいたってあやふやです」花村ははきはきと答えた。

「なに?幽霊?」と陸。

「そんなわけあるか」ユーリは陸の口に割れたクッキーを突っ込んだ。

「そう苛立つなよ。結城さんの宣戦布告、受けて立つんだろう?」朋は優美な微笑みをたたえ、その目を好奇心で満たした。

シオがわざわざ彼女と別れることをみんなの前で宣言したのは、本気で陸を取りに行く気だと、誰もが気付いた。ただのお気に入りではない事は明らかだったし、同性間の恋愛に関して理解があり過ぎることも決定因子だった。

「受けて立つも何も、陸は俺のものだ」

こういうことをさらりと――ちょうど店内が静かになった時にもかかわらず――言ってのけるユーリに、誰もが尊敬をこめて閉口した。朋は思わず口笛を吹きそうになり、コウタは音を立てずに拍手し、海と花村は滑稽なほど目を見開いてお互いを見やった。

陸は恥ずかしげにブツブツと呟きを漏らし、ユーリを睨みつけた。

美影は、ちょっとばかし夢の中にいた。『美影は俺のものだ』などと聖文さんに言われたら――という類の。

「さて、では夏休みの計画を立てようか」朋が宣言した。

つづく


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恋と報酬と 119 [恋と報酬と]

高校生活最後の夏休みが始まる。

進路は既に決まっている。

なので思う存分計画を実行に移せる。あれや、これや、お泊り会やら。

帰宅した美影は上機嫌だった。玄関に足を踏み入れたときには、確かに。それが一変したのは、珍しく早い時間に父がリビングでくつろいでいたからではなく、その傍らに兄――次男の美高(よしたか)二十四歳――がいたからだ。

就職して一人暮らしを始めてから、ほとんど家に寄りつかなかった兄がいったい何の用なのか、美影は探るような眼差しを次兄に向けた。

美高はほとんど無関心に美影を一瞥すると、父親との会話に戻った。

兄のことは好きでも嫌いでもない。向こうがこちらに関心を示さないのだから、こちらとしてもいかなる感情も持ち合わせたくない。それだけのこと。

ふいに、兄弟のやることには干渉せずにはいられない迫田家が恋しくなった。あの兄弟には無関心、無干渉という言葉は存在しない。最初は誰もが鬱陶しいと思うだろう。もしくは暑苦しいか。でもしばらくすると、ふわふわの毛布に包まれているような居心地の良さと安心感に、そこから離れがたくなる。

でもここは違う。一秒だっていたくない場所だ。

美影は礼儀正しく挨拶を済ませると、ほとんど逃げるようにして自分の部屋に引っ込んだ。ドアが音を立てて閉まった時、美影の胸は早鐘を打っていた。動揺?兄がいただけなのに?

いつもの作法を無視して、鞄を手から無造作に放し制服のままベッドにうつぶせた。兄はいつまでここにいるのだろう。夕食を済ませたら帰るだろうか?それとも、明日の朝まで――それとも、もっと長い時間?

例えば、夏休み中ずっとだったりする?

そんなのダメッ!朋さんたちと立てた計画が台無しになってしまう。聖文さんを家に招くという計画が。

美影は祈るような気持ちで、ベッドから起き上がると、着替えを済ませて階下におりた。

夕食のテーブルには当然兄がいて、美影を見ると不快のしるしに鼻に皺を寄せた。ふんっ!思った通り、兄さんは僕が嫌いなんだ。でもそんなのどうでもいい。僕は以前の僕とは違う。礼儀正しいいい子ちゃんだと思ったら大間違いだからな。

とはいえ、やはり美影は誰の目から見ても、礼儀正しいいい子ちゃんでしかなかった。

つづく


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恋と報酬と 120 [恋と報酬と]

「夏休みの予定は?」

父は聖文さんと親しくしていると知って以来、以前よりも少しだけ末っ子にも関心を示すようになった。会話は弾んでいなかったが――これまで弾んだことなどないので、いつも通りなのだが――美影は今日カフェで話し合った夏休みの計画のあれこれを、父に報告したくてたまらなくなった。

兄がいるので迫田家へのお泊りの話と、聖文さんを我が家に招待してはどうかという話は、後日様子を見てからにするつもりだ。

四条家は迫田家同様、お泊りは原則禁止とされているので、よほど父の機嫌のいい時を狙わないと、実現する可能性はかなり低いとみていい。

「どうせ、本を読むくらいのものだろう」

兄の嘲るような物言いに腹が立った。これまで、兄に腹を立てた事はなかった。そんなことは無駄だと思っていたからだ。兄は兄であり、美影は弟に過ぎないから。迫田家で聖文さんに逆らう者がいないのと同じ。あっちは軽口を叩くくらいは許されてはいるけれど。

「友人といろいろ計画を立てています」美影はむきになって言った。すべての計画をぶちまけてやりたいとも思った。

「友人?おまえにそんなものが?」

屈辱で泣きそうになった。母は友人がたくさんできたと知ってすごく喜んでくれたのに。父でさえ、ユーリの誕生日会の御膳立てをしてくれた。どうして兄はこんなにも意地の悪い事を言うのだろうか。

「この前の子達か?迫田くんの――」父が静かに発言した。

「そうです。聖文さんも含めて、あの場にいたみんな、僕の友達です」

ああ。ごめんなさい。聖文さんまで友達の数に入れてしまって。天罰は受けたくはないけど、兄をぎゃふんと言わすためには仕方がなかったんです。

「夏休み、泊りがけの勉強会に誘われています。お父さん、行ってもいいですか?」美影は真剣な顔つきで、父にお伺いを立てた。兄は特に口を挟まなかった。聖文さんの名が効いているのだ。

「泊まり?迫田くんの家にか?」父が訊いた。

「はい」

「それはダメだ」

思っていた通りの返事だ。美影は食い下がった。

「どうしてですか?」

「彼の家は両親が不在だ。いまは子供たちだけだろう?」父はそう言って、梅酒を舐めるように口にした。お酒は好きだが、家族の前ではあまり飲まないようにしているのだ。

「で、でも聖文さんがいます。彼は家長ですよ。それに朋さんも。とてもしっかりした方です」美影は頬を上気させ躍起になった。兄が意地の悪い笑みを浮かべているのが目の端に移り、余計に頬が熱くなった。

「いや、そう、もちろんそれに異論はない。だが、迫田くんは来週からひと月ほど出張で家を空ける。家長が不在で何かと大変な時に、美影が御邪魔をして迷惑をかけるわけにはいかんだろう?どうせなら、こちらに招待しなさい。母さんも喜ぶ」

父がこれほど長く喋ったのを聞いたのは初めてだった。でも、なに?出張?聖文さんの仕事にそんなものが?嘘でしょ。お父さんが冗談を言った。笑っちゃう。

「だって、だって――」

それ以上、言葉が出てこなかった。

つづく


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