はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

恋と報酬と 91 [恋と報酬と]

家に帰れば嫌でも顔を合わせるというのに、この兄弟はなぜわざわざここ、朋ちゃんのカフェに集うのか?

考えたって仕方がない。

迫田兄弟のすることに逆らおうとするな、とユーリも言っていたのだから。

美影はわずかにうしろめたい気持ちで、出されたコーヒーを飲み干した。

ここへ通い始めて、一度も財布を出した事がない。

もちろん払おうとした事はある。今日だって払う気満々だ。

ただいつもタイミングを逃してしまうのだ。

朋さんは「いいのいいの。俺のおごりだから」とか「弟が世話になってるし」とかそんな無粋なことは言わない。にこにこと笑うだけで、気付けば美影は店の外に追い出されている。

そんなことで商売は成り立つのだろうかと思いながら、店内を眺めまわしたが、その心配は無用だった。今日も女性客で満席だ。兄弟のために空けてあるカウンターを除いては。

そのカウンターも今日は満席。

双子とコウタ、花村と美影。そして、なぜかシオもいる。

「花村くんのお父さんが手を貸したんだって?本当?」

美影の左隣、カウンターの中央でひときわ異彩を放つシオが、前触れなく言った。ダークスーツを完璧に着こなすその姿は、埃や糸くずの方が避けて通っているのではと思わずにはいられない。

美影にはシオがいったい何の話をしているのか見当もつかなかったが、複数名の舌打ちが聞こえたのには何か意味があるのだろう。

「あれ?まさにいに聞いたの?」と端に座る海が、花村の陰から顏をのぞかせて尋ねた。

花村は海を押しやって、なぜかこちらを向いて微笑んだ。

気持ち悪い。

「そうだけど?もしかして秘密だった?」シオは隣で立てた人差し指を口に当てている陸を覗きこむようにして囁いた。

それはもちろん丸聞こえで――

おそらくはみんなが知っている情報を、美影ひとり知らないという意味でもある。

「僕たちが知っていることはまさにいには秘密です」壁に背中をつけて座るコウタが気まずそうに言った。美影と目が合うと肩をすくめた。秘密にしていてごめんねってことだ。

美影は堪らず声をあげた。

「僕には教えてくれるんでしょう?」

仲間外れにされた気分で泣きそうだ。

しばし、誰が話すかでごにょごにょとやったあと、代表してシオが言った。

「花村くんのお父さんが、聖文が彼女と別れるのに手を貸したそうだ。裏でこっそりとね」

「裏で、こっそり?じゃあ、あの、すっきり別れたとかいうアレって、実は花村喜助が絡んでたの?いったいなにしたの?」

聖文さんがフリーになったことを純粋に喜んでいただけに、腹黒い男が背後にいたと知って不安が募った。こんな大切なこと秘密にするなんて!

「それをみんな知りたいんだ」こそっとコウタが言った。

同時にみんな頷いた。

それがユーリの誕生日の前日のこと。

つづく


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恋と報酬と 92 [恋と報酬と]

規則正しい生活と、ストレスを受けにくい体質のおかげで、朝の目覚めはいい方だ。

けれどこの日は違った。

定刻になりゆっくりと瞼を押し上げた美影は、ひどく不機嫌だった。ユーリの誕生日をめちゃくちゃにしてしまいたいと思う程に。

原因は昨日、花村喜助が別れさせ屋みたいな真似をして、聖文さんに干渉していたことが判明したからに他ならない。

知って頭に血が上った。その事実を自分だけが知らされていなかったことも腹立たしかった。もちろん伝える義務はなかった。誰にも。

でも、誰か教えてくれてもよかったのに!

あの男は裏で何しているのか、わかったものではない。自分の息子にさえも平気で嘘を吐くようなろくでなしだ。

これまで美影は喜助に対して、個人的な感情を差し挟まないようにしてきた。友人――と呼べるかどうかは微妙なところだが――の父親(保険調査員をしている)だという側面だけを見るようにしてきた。

それも大切な人を裏で操っていたと知るまでだ。

聖文さんは彼女との別れを切望していた。それは兄弟やその周辺、美影も知るところだ。正直さっさと別れて欲しかった。美影がこんなにも何かを強く望んだのは初めてだった。だがそれは聖文さんの問題で、誰かが本人の与り知らぬところで操作すべきことではない。周りに良い結果しかもたらさなかったとしても。

ああ、そうだ。僕は花村喜助に腹を立てる一方で、結果に対しては文句なし、手放しで喜んでいる。認めよう。

だからといって、不機嫌さが和らぐ事はなかった。なぜかはわからないが、ひどくむしゃくしゃしている。

もちろん、いくら不機嫌でもユーリの誕生日をめちゃくちゃにしたりはしない。聖文さんにはしたないと思われたくないし、今日という日が、自分にとってとても重要な日だと分かっているから。

ユーリのことはどうでもいいけれど、計画を主導した朋さんやコウタさんの顔に泥を塗る真似は出来ない。しかも、聖文さんを連れ出すために、結城さんの力まで借りている。その結城さんを誘い出したのは陸だ。そして陸はユーリの為ではあるが、すすんで協力してくれている。

海もそうだ。花村は裏で父親に操られているとはいえ、総合的には美影のために動いている。

ユーリの誕生日に聖文さんと僕の間に何かがある――もしくは起こる――というわけでもないのに。

そこまで考えが及んだところで、美影はゆっくりと身体を起こして、気だるげに伸びをした。

喜助を責められるほど、自分はそんなに立派なのだろうか?裏でこそこそ嗅ぎまわって、あのろくでなしと大差ないのでは?

ううん。違う。僕は喜助のような残酷な嘘は吐かない。

一度ならず目にした事のあるその人が、実はすでにこの世にいないはずの母親だったなんて、そんな嘘、息子に吐けるはずない。

美影は冷静で無感情ないつもの自分を取り戻そうと、二度三度と深呼吸をした。

あきらかに無感情な自分を取り戻すのは無理だったが――おそらくもう二度とそんな自分は取り戻せないだろう――、ひとまず冷静にはなれた。

今夜何かが起こらなかったとしても、それでも胸に秘めたこの想いはこれからもどんどん膨らみ続けるだろう。

つづく


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恋と報酬と 93 [恋と報酬と]

そしてここにも不機嫌な男がひとり。

いまだに自分の誕生日は忌まわしい日だという考えを捨てきれないでいるユーリも、目覚めから当然不機嫌だった。

こんな時こそ陸が傍にいればいいのにと、ユーリはベッドの広く空いたスペースに手を置き溜息をついた。

携帯電話を手にし、陸からのおはようメールに目を凝らす。

絶対におめでとうを一番に言いたいから、夕方まで誰にも会ってはダメだと無茶を言う。
そんな無茶を言うわりに、今日に限って授業は七時限まであるらしい。

五時には陸を校門前で拾えるだろうが、その足ですぐさまホテルへ向かわなければならない。六時には会食がスタートするらしい。

まあ、少しくらい遅れてもという考えがユーリの脳裏をかすめたが、重大な事実を思い出して思わず呻き声を漏らした。

くそっ!シオも参加するんだった。几帳面で時間にうるさいうえ、陸を気に入っている不届きなやつ。

陸はまさにいを呼ぶためには仕方がなかったんだ、と甘えた声で言い訳して――誘惑して――こっちの反論を許さなかった。朋の命令だったようだし、陸が甘えた声でシオを誘ったというわけでもなし、今回の誕生日にまつわる様々なことにはすべて目を瞑るつもりだ。

それにしても、陸との仲直りの代償にしては、随分と高くついた。

ふんっ。まあいいさ。約束は約束だし、陸の顔を立ててほんの数時間我慢すればいいだけのこと。あとはどさくさにまぎれて陸を家に連れ帰って、最上級の贈り物を堪能すればいい。

あの馬鹿が食べ過ぎて動けなくならなければの話だが。

つづく


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恋と報酬と 94 [恋と報酬と]

聖文は騒音をまき散らしながら家を飛び出して行った双子が、確実に家から遠ざかって行くのを二階の窓から見届けると、のろのろと部屋を出た。

台所では朋が弁当のおかずの残りで朝食を済ませているところだった。

「俺のもあるか?」いちおう訊ねただけで、なにがなんでも朝食にありつくつもりだった。

「んー、コウタの卵焼きと、双子の焦げたナポリタンならあるけど」朋は目の前の卵焼きに称賛の眼差しを向け、コンロの上の放置されたフライパンに――中身は言うまでもないが――素っ気なく手を振った。

「コウタの卵焼きと、ごはんと味噌汁でいい。あと味付け海苔も」聖文は顔を引き攣らせながら、双子のナポリタンだけはあからさまに拒絶した。

ソフト麺に粉末のケチャップ風ソースを絡めるだけのナポリタンさえもまともに作れないとは。どうやら双子の食事当番の回数を増やす必要がありそうだ。練習台になるのは嫌だが、男とて料理は必修科目。いまのうち――家族と暮らしている――に習得しておくべきだ。

「普通に食べるってことね」

そう言っていそいそと支度をする姿はどことなく母と重なった。朋が母によく似て美人――くそっ!言葉を選び損ねた。整った顔立ちと言い換えておこう――だからか、丸二年、母のこうした姿は見ていないというのに、朝早くから台所に立つ姿が思い出される。

ああ、これではまるで恋しがっているみたいだ。甘ったれた子供でもあるまいし。

「そういえば、昨日店に結城さん来たよ。はい、ごはん」

「シオが?何の用で?」ぎょっとして、朋を見上げる。

朋はふいと背を向け、洗い物を始めた。「今更言うまでもないけど、うちはカフェだからね。コーヒー飲みに寄ったんじゃない?病院からも近いし」

確かに。と納得するほど聖文は馬鹿でも単純でもない。

「で、何の用だったんだ」朋の背中に問いかける。箸を手にし、まずはコウタの卵焼きを口に入れた。砂糖と醤油の絶妙なバランス。美味い。

朋はガチャガチャと食器を洗うのに夢中な振りをして――たった二、三枚の食器に!――、何とか答えを遅らせているようだ。シオがまた気まぐれを起こして、何かしでかしていたとしたら、とばっちりを受けるのは俺だ。さっさと口を割れ!

つづく


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恋と報酬と 95 [恋と報酬と]

「お気に入りの陸が来てたからかな」振り返った朋の顔は、ニヤついていた。

「冗談は程々にしろ。気色悪い」聖文は吐き捨てるように言った。シオを悪趣味な弟たちの仲間にさせてなるものか。たとえ冗談でも。

朋は冗談じゃないんだけどねとアピールするように肩をすくめ、腕組みをして流し台に寄りかかった。

「まさにいの元カノに何の弱みがあったんだろう、って話」

くそっ!シオのやつ。舌を引っこ抜いてやる。

「その話は、当然陸も聞いていたんだろうな」だとしたら、すでに兄弟全員に知れ渡っているとみていいだろう。

「うーん、そうとも言えるし、違うとも言える。陸だけじゃなく仲良しメンバー全員が――あ、ユーリはいなかったけど――その場にいたから。先に言っておくけど、この話、美影さん以外みんな知っていたから、結城さんが告げ口したとかうっかり秘密を漏らしたというのとは違うよ」

「シオの弁護をするとは、随分と仲良くなったんだな。カフェの店員と客という立場にしては」

「俺は店長だから特別」にこりと笑う朋。湯が沸いたのを見て、インスタントコーヒーとマグカップをふたつ取り出す。手際よくコーヒーを淹れると――お湯を注ぐだけだが――、席に着いた。「というより、元カノをねじ伏せたのは花ちゃんのお父さんだろう?こっちに情報が流れてきて当然だよ。海はお喋りだからさ」

「なぜわざわざ言う気になった?お前たちで面白おかしく騒いでおけばよかっただろう?」コーヒーの香りに誘われるように、聖文は急いで食事を済ませた。

「フェアじゃない気がしてさ。だから正直に話すけど、まさにいの恋愛話って珍しいから、俺たちすごく盛り上がっちゃって。結城さんが色々な話をしてくれたけど、まさにいの女性遍歴ってひどいね!女たらしもいいところじゃん!俺もコウタ――ああ、えっと、昔は色々体験したけどさ、はっきり言ってまさにいには勝てそうにないわ」

「そうか?」聖文は鷹揚に眉を上げた。「女性客にサービスし過ぎだとコウタがぼやいていたぞ」

朋とコウタの関係を肯定するつもりはさらさらない。ただ、家族の面倒をよく見ているコウタが拗ねて家事一切をやらなくなったら困るので、コウタが気分を害しているという事実を調子に乗っている朋に伝えておくのも悪くない。

「そんなはずない……」朋は不安げに表情を崩した。もはや余裕の笑みなど入り込む余地がないほどに。

聖文は至極満悦だった。今夜の事を思うと気が滅入るが、後方の憂いは取り除けたのだから、多少の面倒は我慢するしかない。

「ま、なんにせよ、俺は当分女性とはかかわりを持たない。お前も気を付けることだ。カフェの店長というのは愛想よくして当然だろうがな」聖文は勝ち誇ったようにふふんと鼻を鳴らした。

それが気にくわなかったのか、朋は整った顔立ちとは程遠いほどの渋面で、「女性がこりごりなら、男にすれば!」と吐き捨て、どすどすとまるでブッチのように足を踏み鳴らしながら台所から出て行った。

聖文はやれやれとひと息つくと、のんびりと苦めのコーヒーを味わった。

つづく


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恋と報酬と 96 [恋と報酬と]

放課後、打ち合わせ不足ゆえか、校門前に迎えの車が四台も到着した。

陸を迎えに来たユーリ。
陸と美影を迎えに来たシオ。
陸と海、もしくは美影と花村を迎えに来た聖文。
海と花村を迎えに来た朋とコウタ。

一番人気は陸。

取り合いになる前にユーリが目敏く発見し、驚いてもがく陸を車に無理矢理押し込んで連れ去った。

シオは不満げだったが、美影を誘い込むことには成功した。何か面白い事が起こりそうな予感を察知したため、美影だけは絶対に確保したかったのだ。美影にとってはありがた迷惑な話。

遅れをとった聖文は渋々――当初の予定通りだが――海と花村をゲットし、残った朋とコウタはふたりで仲良くホテルへ向かった。

車中でどんな会話がなされたのか、それはおいおい……。

「先頭を切った陸とユーリはまだみたいだね」エレベーターに最後に乗り込んだ朋が言った。

聖文は朋の後頭部に鋭い一瞥を投げつけた。車の性能はさておき、ここまでの道路状況からして、ユーリは当然一番に到着しているはず。前後が入れ替わることはまずない状況で、ユーリがこの場にいないという事は、ルートを外れたという事だ。

時間までに来なかったら、今後陸への締め付けを強化してやる。愚弟ごとき監督できないようでは、家長として失格だ。願わくば、その役目から解放されたいのだが。

「遅れたら、一ヶ月デート禁止にしてやろう」ひどく冷酷な声音でシオが言った。

どうやら同じようなことを考えていたようだが――

「デート?言葉を間違えているぞ」聖文は冷ややかに返した。

「いい加減現実を直視しろ」とシオ。

冷え冷えとした空気がエレベーター内を満たし、凍死する者がそろそろ出てもおかしくないと誰もが思い始めたとき、目的の階に到着し、ドアが何の屈託もなく開いた。

押し出されるようにしてコウタが飛び出した。すぐに朋が続き、氷のごとき冷たき男二人が睨み合いながら続いた。海は花村の陰に隠れたまま、美影を後ろに従えて、一同はレストランの入り口に到着した。

つづく


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恋と報酬と 97 [恋と報酬と]

中国料理『成都』の入り口ではレストランフロアの支配人が、社長の息子御一行様の到着をそわそわしながら待っていた。

当然ながら、特別なサービスをするようにとの命が下っている。社長直々に。

公私混同も甚だしいが、客によって待遇が変わることはしばしばあること。一般客には申し訳ないが、それが実情だ。

問題は、今夜、店が予約で満席だということ。同じ階の他のレストランはがら空きだというのに。

いったいどういう訳で、誰もが豆板醤と山椒を味わわずにはいられない事態に陥ったのだろうか?すっきりしない天候のせいで刺激が欲しくなった、とか?

支配人はそっと溜息を吐いた。おかげで他のレストランから人をまわさなければならない。それ自体はよくあること。派遣やバイトで補うこともあれば、社員が動くこともある。

そして今夜、ヘルプで『成都』に入ったのは、よりにもよって――

「いらっしゃいませ」

客の到着で、支配人の物思いはここで終わった。

ここからは、社長の息子御一行様にバトンタッチ。

「九名で予約の迫田、じゃなかった、四条です」コウタと並んで先頭を歩いていた朋が店の入り口に立つ黒服の男に告げた。

「お待ちしておりました」といかにも営業用の作った顔で応じる支配人を、朋は慇懃に見おろし(支配人はざっと見て朋よりも一〇センチは背が低い)案内役の女性従業員のあとに続いた。

「俺、あの人苦手なんだ」朋はコウタの耳元で囁いた。

コウタは擽ったそうに肩をすくめ、「怒られたことあるの?」と囁き返した。

店内はすでにスーツを着たサラリーマン風(おそらくサラリーマン)の客や年配の女性客、家族客で埋まりつつあった。珍しいこともあるもんだと、朋は密かに思った。最近料理長が変わったからだろうか?

「いや。ただ単に、宴会課とレストラン課は仲が悪いんだ。まさにいに聞いてみればわかる」

「ふーん。派閥争いみたいなの?」コウタはなんとなく思いついた言葉を口にした。

朋はふふっと笑って、『ま、そんなとこ』と言おうとしたが、予期せぬ出来事に口を開けたまま凍りついた。

個室に入り、無言のまま適当と思われる場所に座ると、最後に部屋に入って来た聖文の能面のような顔に同情めいた目を向けた。

これはとんでもないことになったぞ。

どうやら、まさにいの元カノがこの部屋を担当するらしい。

偶然なのか、確信犯なのか。考えるのも恐ろしく、朋はコウタの可愛らしい顔だけを見る事にした。いまにも吹き出しそうな結城さんも、蒼ざめたまさにいも視界に入れたくなかった。

つづく


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恋と報酬と 98 [恋と報酬と]

聖文は店の入り口でレストラン総支配人に抜かりなく挨拶し――このホテルで地位の向上を狙うなら当然のこと――、浮かれる弟たちの最後尾にまわった。

まだ六時にもなっていないというのに、約半分もの席がすでに埋まっている。各テーブルの上には予約の札、スタッフもいつもの倍はいる。こんな忙しい日にたった九名で一番大きな個室を使ってもよかったのだろうか?

部屋の前で、ふいに朋が振り返ってこちらを見た。何とも言えない表情に、聖文は一抹の不安を覚えた。

まさか、予約が取れていなかったとか?

思わず目の前の美影に目を向けた聖文だが、社長が直接席を確保したと言っていたことを思い出した。そもそも手違いで席が空いていなかったとしたら、入口で止められていたはずだ。

ホッとしたのも束の間、あまりに見覚えのある顏が目に飛び込んできて、聖文は平手打ちをされたかのような衝撃を覚えた。

なんであいつがここにいる?向こうは暇なのか?

聖文の元彼女は、フランス料理『ロワール』のチーフマネージャーである。いくらなんでも自分の店をほったらかしてまで、と思わなくもないが、社長の期待に応えられるようなサービスを提供できるのは彼女を置いて他にいなかったのだろう、と聖文は無理矢理納得した。

けっして嫌がらせの類ではない。そう思いたかった。

聖文は彼女と同じホテルに勤める同僚としての挨拶を軽くかわし――実際は冷ややかな目で見下ろしただけだったが――出入り口に背を向けるようにして、下座に座った。

はぁ。朋と花村くんは確実、彼女に気付いた。
彼女のことを知らないシオでさえ、いまにも吹き出しそうだ。まったく。察しのいいことだ。

おそらく会食が終わるまでには、全員にこの情報がいきわたるだろう。もしくは始まって間もなくか。

つづく


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恋と報酬と 99 [恋と報酬と]

今夜の主役であるユーリは、時間ぎりぎりで到着した。少しばかり着衣に乱れのある陸を従え、悠然と上座に腰をおろし、乾杯の音頭は誰が?という視線をあたりに巡らせ、ウーロン茶のグラスを手にした。

すでにグラスを半分ほど空けていた海が名乗りを上げた。誰もユーリにひとこともらおうなど思いつかなかったようだ。おそらくは、ユーリの誕生日会という名の、『なにやら面白そうな事が起こりそうな会』だとみんなが認識しているせいだ。

しかも、すでに面白いことは発生済みだ。

「じゃあ、ユーリ、誕生日おめ――あっ!陸、もう言ったんだよな?去年はさ、ハルに一番取られちゃったわけじゃん。あれでしばらく機嫌が悪かったよな――」

「もう言ったよっ!いいから早く乾杯して!」恥ずかしいアレコレを暴露されてはまずいと、陸が声をあげた。ほんのり赤面している。

「はいはい、こっちは待ちくたびれたし、おなかぺこぺこなんだからな。じゃあ、ユーリ誕生日おめでとう!美影さんのおかげで特大のフカヒレが食べれるらしいから、お肌ぴっちぴちになるぞ!かんぱーい!」

「乾杯!」

賑やかな会食のスタートだ。

ターンテーブルをぐるぐると回し、まずは前菜の盛り合わせの奪い合いが始まった。スタッフの取り分けましょうかという言葉は無残にも掻き消され、あっという間にひと皿目は空き、いろどりのための葉っぱ一枚さえ残らなかった。

迫田兄弟の勢い恐るべし。

勢いに押されうまく割り込めなかった美影だが、左右にシオと聖文がいるので、取り逃す事はなかった。が、花村は惨敗したようだ。

次の料理は、フカヒレの姿煮。大皿ではなく、個々に盛って出されたので、借りてきた猫のようにみんなおとなしくなった。

「すごいな」思わず声を漏らしたのはシオ。

「まったくだ」と、特大のフカヒレを目の前にして会計の心配をする聖文。いくら社長の口利きだとはいえ、タダというわけではないのだ。今日一日で一ヶ月分の給料が吹っ飛びそうだ。

「美味しいですね」聖文の胸の内を知ってか知らずか、美影がそっと言った。

「ほんと、すごく美味しい。全部食べちゃうのがもったいないよ」テーブルの向こうでコウタが言った。

「んじゃ、俺が貰う」隣で海が箸を伸ばして、反対隣りの朋にぴしゃりとやられた。

「ったく、油断も隙もあったもんじゃない。コウタ席変わるか?」

朋が過保護っぷりを発揮しはじめた。所詮は優しいお兄さん程度にしか見えないのだが、注意は必要だ。聖文は鋭い一瞥を朋に向けた。

すると、朋の背後にいた元彼女と目が合った。彼女はうっすらと微笑んで、陸のグラスにウーロン茶を注いだ。その間視線はこちらに向いたままだった。

つづく


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恋と報酬と 100 [恋と報酬と]

部屋に入った時からおかしかった空気が一段とおかしくなった。

美影は箸でフカヒレを切りながら、横目で聖文を見た。

聖文さんはここに来てずっと、あの女性を見ている。長い髪を後ろでひとつに束ね黒服に身を包んだ、とても美しい人だ。もちろん、同じホテルで働いているのだから知り合いで当然なのだろうけど、なぜか胸がざわつく。

まさか?

美影の脳裏にとんでもない考えがふと湧きあがった。それは本当にとんでもない思いつきで、そんな考えに行き着いた自分の頭を呪いたくなった。でも確かに、ユーリと陸が到着する前、何かの情報が一巡したのをこの目で確認した。それはこの事だったのでは?

「ねえユーリ、俺ごはん欲しい。このたれもったいないからごはんに掛けたい」陸は聖文に伺うような目を向け、ユーリに最上級の猫撫で声でごはんを要求した。

「あ!俺もそうしたい」海は花村のフカヒレを見ながら言った。自分のは残り少なくなっている。「フカヒレ丼!フカヒレ丼!」

双子はコース料理を食べるのには向かないようだ。

「ああ、君」シオが黒服のスタッフに声を掛けた。美人の彼女だ。「彼らにごはんを頼む」とても高飛車な物言いで、美影にはシオがわざとそうしているのだと思えてならなかった。

「他に欲しい方はいらっしゃいますか?」彼女は如才なく訊いた。

花村とコウタが手をあげ、美影もつられて手をあげてしまった。どうも双子のペースに巻き込まれてしまう。

「えーっと、いち、に、さん――五人ね。よろしく上瀬さん」陸は上機嫌で言って、フカヒレをぱくりとやった。

「かしこまりました」と、上瀬さんこと美人の彼女はにこりと笑って退室した。

「なになに、陸?なんで名前知ってるの?」と訊いたのは海。胸元のネームプレートに気付かなかったようだ。

「名札付いてたもん。あの人、すごく胸が大きいからよく見えたよ」陸は女性の胸の大きさについて語ることを何とも思わないらしい。「あれって何カップくらいなのかな?」

ユーリがぶすっとした顔で、陸の頭を小突いた。

「聖文に訊いてみたらどうだ?」シオが澄まし顔で言った。「女には詳しい」

「ああ、そうだよね。まさにいは経験豊富だからさ――」フォローしようとした朋だが、言葉の選び方を間違えたのか、何を言っても無駄だったのか、死神でもそんな恐ろしい目で俺を見たりしないぞという視線を食らってしまい、ぴしゃりと口を閉じた。

美影はシオの言葉の真意を探った。

結果、自分の考えが間違いではないという結論に達した。

上瀬さんは、聖文さんの元カノだ。

つづく


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