はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

恋と報酬と 21 [恋と報酬と]

どうして思いつかなかったのだろう。ヒントはすでに与えられていたのに。

ついさっき、朋さんが学生時代バイトをしていたと教えてくれたばかりだ。

なにも、四年――いや、五年も待たなくても、あと十ヶ月辛抱すれば同じ場所に立つことが出来る。
もちろん、その前に恋人になれればいいのだけれど、それは欲張りというものだ。まずはお互いの信頼関係を築かなくては、何も進みはしない。そのくらい経験がない僕にだって分かる。

そうなると残りの十ヶ月も無駄には出来ない。やはり朋さんとコウタさんに協力を仰ぐべきだ。こうやって楽しいティータイムの場を提供してくれたのも彼らなのだから。

美影は横目で聖文の様子をうかがった。コーヒーを飲み終えた聖文はマグを片手に立ち上がったところだった。美影はあわてて自分のマグを空にすると、部屋を出ていく聖文の後を追った。

「四条くんは座ってていいよ」そう言って、聖文は美影のマグを掴んだ。

美影はその瞬間頭が真っ白になり、マグを取り落しそうになった。聖文の指が美影の人さし指の第二関節辺りをかすめたからだ。

もちろん聖文が掴んでいるので落ちはしないのだが、美影は咄嗟にもう一方の手でマグを聖文の手もろとも支えた。

おかげで美影の頭は沸騰寸前だ。

そんなつもりがなかったとはいえ、いやらしくも聖文さんの手を掴んでしまった。などと自分を責めるような事を思いつつも、想像していたよりも温かくすべすべとした肌触りに、美影は生まれて初めて性的な興奮を覚えた。

この手を離したくない。

美影は今にも聖文に襲い掛からんばかりだったが、美影の興奮状態などたかが知れている。

あっさり聖文に手を振り払われ、マグを奪い取られてしまった。

途端に魔法は解け、美影はたったいま聖文に働いた無礼をどのように詫びればいいのか分からず、這う這うの体で迫田家へ逃げ帰った。

つづく


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恋と報酬と 22 [恋と報酬と]

マグカップの取り合いでショックを受けたのは美影だけではなかったが、これまでの自分を全否定してしまえるほどのショックを受けたのは、やはり、美影だけだろう。

庭でバーベキューの後始末をしていた朋に抱きつき、「もうだめです」と息も切れ切れに言う。

いったい何があったのかと困惑する朋と、朋に抱きつく美影をこれまた困惑気味に見るコウタしか庭にいなくて幸いだった。

「どうした?まさにいに何かされた?」朋は美影を突き放すようなことはせず、コウタにするように、背中を擦ってやった。ちらりとコウタを見て嫉妬していないかと期待するが、コウタは火ばさみを手に美影を心配そうに見ているだけだった。

朋はがっかりしながら、美影に注意を戻した。「大丈夫?」

「はい……」
蒼ざめていた美影の顔から一切の血の気が引いた。後ろに飛び退き、口をぱくぱくとさせ、すぐ横に立つコウタを見て、とうとう両手で顔を覆い隠した。

朋とコウタは面白い出し物でも見ているようだった。けれども、何事も動じなさそうな美影がここまで狼狽えている姿は、あまりに気の毒で、家の中にいる煩い連中に見つかる前に朋とコウタは密かに目配せをして、美影を連れて川土手へ向かった。ふたりの避難場所兼、いちゃつき場だ。

「さて、何があったのかな?」

朋とコウタで悩める男子を挟んで、『かわまた耳鼻咽喉科』のネーミング入りのベンチに腰をおろす。指定席だ。

肩を落とす美影は、俯いたまま大きく息を吐き出した。

「恋してしまったようです」

美影のその言葉に、朋とコウタは同時に息を呑んだ。

「つまり、まさにいにだよね?」念のために尋ねる朋。

「はい」と、やや強気に返す美影。他に該当する人物はこの世にいないといった口調だ。

「それに気付いて逃げ出してきたの?」コウタはのんびり尋ね、犬の散歩をしているご近所さんに軽く会釈した。

美影は朋を見て、それからコウタに顔を向けた。「聖文さんの手を握ってしまいました。しかもッ!――いえ……」

「なにっ?気になるじゃん!!」双子並みに興奮するコウタ。

「ゆっくりでいいから言ってごらん」優しく問いかける朋。

「手を、離したくないと思ってしまいました。それから、なにか、切羽詰まったような感情に襲われて、気付いたら聖文さんに手を払いのけられていて、そこで我に返ったんです。聖文さんは僕の非礼を許してくれるでしょうか?」

必死の形相の美影だったが、朋もコウタもどこがどういうふうに非礼なのか、さっぱり見当もつかなかった。

手を握るくらいいいじゃん、コウタは内心思う。

朋は、聖文の非情な振る舞いに傷つくのはみかげさんだけじゃないよ、と慰めるべきか迷いつつ、いっそこれで恋心が消滅してしまえばいいのにと思わずにはいられなかった。

まさにいはやめておいたほうがいい。

つづく


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恋と報酬と 23 [恋と報酬と]

オレンジ色の夕日が美影の頬を染める。もうそろそろお別れの時間だ。バス停も近いことだし、このまま次に来たバスに乗って帰ろうか。

「まさにいはいつでも怒っているんだ。俺なんか、コウタを好きだと言ったらボコボコに殴られたからね」朋は言いながら、握った拳を荒々しく交互に突き出した。

聖文さんが朋さんを殴る。想像もつかないけれど、無理矢理にでも想像してみると猛々しい聖文さんが目の前に浮かび、薄っぺらな胸がきゅっとなった。これをときめきというのだろうか?

「違うよ。キスしたから殴られたんだよ」コウタが言う。

コウタさんが何事もはっきりさせておきたい性分なのだということは、これでよくわかった。
朋さんは苦笑いを浮かべ、後ろからコウタさんの肩をつついた。コウタさんは眉をひょいとあげて、にこりと笑った。

本当にこの二人は仲良しだ。

「朋さんのキスは素敵でしたか?」

どうにも気になってしまい、美影は不躾だとは思いつつも訊かずにはいられなかった。コウタさんは夕日色に頬を染めて、視線を明後日の方向に彷徨わせた。

「もちろん最高に素敵なキスだったさ」
朋さんがコウタさんの代わりに答えると、コウタさんは拗ねたように唇を突き出した。

「びっくりしたんだからね」

うっとりと付け加えるあたり、朋さんの言葉には誇張はないようだ。

幾分落ち着きを取り戻した美影は、背筋を伸ばして座り直すと、きちんと声がでるのかを確かめるように、ひとつ咳払いをした。

「ところで、聖文さんには、いま現在お付き合いされている方はいるのでしょうか?」

いないに越したことはないのだけれど、それではこの世の女性は聖文さんの魅力に気付かない愚か者ばかりということになってしまう。もしくは聖文さんの眼鏡にかなう女性がいないだけなのか。

「さあ、いないんじゃないかな?」朋は自信なさげに答えた。

コウタはもう少し踏み込んだ。「去年の夏くらいはいたと思うけど……」

「そうなのか?」驚く朋。

「たぶんね。だって、まさにいって彼女とかできると、ちょっと行動パターンが変わるでしょ?去年の夏はそうだったもん」案外、聖文の事を知っているコウタ。

「そう言われれば、終バスで帰らなかったりとかあったな。仕事で確実遅い時は別として、あれはまさにいらしくない。彼女、いたな。あれは」朋は断言した。

美影は会話のキャッチボールを目で追うだけで、なかなか口を挟めずにいた。過去とはいえ彼女がいた。当然のことながら、その事実にショックを受けた。

「聖文さんが女性以外の誰かを好きになるという可能性はあるのでしょうか?」例えばこの僕とか。

美影の前で視線を交差させた兄弟兼恋人は、それが合図だったのか同時に立ち上がった。

「なんなら、家に戻って訊いてみる?」

そんなことできるはずがないっ!

つづく


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恋と報酬と 24 [恋と報酬と]

聖文さんに直接訊いてみる?

彼女いますか、と?

「本気ではないですよね?冗談ですよね?」

美影は冗談が好きではない。特にこのような冗談は。

夕日を背にした朋さんがニヤリと笑った。どうやら冗談ではないようだ。美影はベンチにお尻を張り付け、てこでも動くものかと、両足を踏ん張った。

「こういうのはコウタが得意なんだ。なにせ、まさにいを恐れてないからな」朋が言う。

「恐いよ!」コウタは甲高い声を出した。

美影はそわそわと前髪を撫でつけた。誰もが恐れる聖文さんをこれ以上怒らせるのも嫌だし、不快にさせるのも嫌だった。

「でも、訊けるだろう?」

朋さんは指先でコウタさんの頬を弾き、それから、見ているのが恥ずかしいほどの愛情を込めた仕草でひと撫でした。あんなふうに聖文さんに触れられたらと思うと、身体の奥の方が奇妙に疼き、じんわりと熱くなった。

ああ、嫌だ。

あまりに馴染のない感覚に、美影はその場から逃げ出したくなった。目の前の川に飛び込んで、全身を冷やしたい。水深は三〇センチくらいしかないけれど。

「訊けるけど、でも、まさにいが答えると思う?」コウタは腕組みをして、強気な態度で朋に尋ねた。

朋は首をひねった。「どうかな?いままで誰も訊こうなんて思わなかったから、答えるかどうかなんてわからないな」

「だとしたら、やっぱりみかげさんが訊いてみた方がいいと思うんだ」

なんてことをっ!

美影は正気を疑うような目でコウタを見た。この兄弟はやっぱりおかしい!

「無理に決まっています。先ほど、聖文さんを怒らせたばかりですよ」

聖文はけっして怒ってなどいなかったのだが、美影はすっかりそう信じ込んでいた。案外思い込みが激しい。

「怒るとしたら――」朋は勿体つけるように言葉を切った。上品な眉がゆっくりとあがる。

「怒るとしたら?」と、待ちきれない残りの二人が同時に尋ねる。

「バーベキューの後始末を放ってかわいい弟とデートしている俺にだと思う」

朋はコウタを抱き寄せ、前髪の間から覗いている額に軽くキスをした。他人が目の前にいる事を忘れているのか、あえてそうして美影を煽っているのかは、大胆不敵な朋にしか分からない。

「朋ちゃん!!」コウタは額を両手で覆い、非難の声をあげた。顔はゆでだこのように真っ赤だ。

恥ずかしいのか羨ましいのか、美影もつられて頬を染める。

「ということで、帰ろう」

朋は締めくくった。

つづく


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恋と報酬と 25 [恋と報酬と]

聖文は祭りのあとのような庭にいた。

片付ける気があるのかないのか、バーベキューコンロは出しっぱなし。ゴミ入れとして使っていたビニールを張った段ボール箱も置かれたままだし、椅子代わりにしていたと思われる背の低い脚立は、無残にも芝生に横たわっている。

灰色のブリキのバケツを覗くと、炭の後処理はしてあり、かろうじて怒りを抑えることが出来た。

今日は双子の誕生日だ。あいつらが後片付けをするはずはない。もちろん客にそんな事はさせられない。ということはこの役目は朋とコウタ、もしくはこの俺ということになる。

聖文は苛立たしげに溜息を吐き、ひとまず脚立を起こした。次にビニールの口を閉じ、それを持って、隣の畑に面した物干し場にまわった。

陸と海の自転車が並べて置いてあった。少なくとも家の中にはいるらしい。が島田兄弟の自転車がないという事は、彼らはもう帰ったのか。

聖文はビニール袋を軽く持ち上げ、ゴミから状況を読み取った。
空になった肉のトレイを見る限り、お腹を存分に満たしてから帰ったようだ。

それならいい。
祝いに来てくれたとはいえ、招待しておいて満足させずには帰せないからな。

ゴミ袋を縁台の下に置き、隣との境界にある水道の蛇口にホースをセットすると、軍手を探してあちこち見まわした。

「あ、まさにい、さん……」

タイミング悪く外に出て来たのは花村くんだ。いまだに遠慮してか、まさにいと呼べずにいる。当然、本人の前以外では呼んでいるのだろうけど。

「他のみんなは中にいる?」軍手を玄関ポストの上で見つけ、手に取った。

「海だけです。陸とユーリは散歩に出掛けました。腹ごなしに公園に行くって。島田たちは帰りました。朋さんたちは……どこへ行ったのでしょうか?」花村くんはきょろきょろとした。

「散歩?」変なことしないだろうな、あいつら。陸と神宮はまだしも、朋はコウタにベタベタし過ぎる。近所の目もあるからあまり二人でうろついて欲しくないのだが。「四条くんも一緒という事かな」

「美影さんはケーキを持ってお隣へ行ってから見ていません」

聖文はぎょっとして目を見開いた。さきほどの大人げない行動――マグカップを奪い取るという――に腹を立てて、そのまま帰ってしまったのだろうか?

そんな子ではないとは思うが――とても礼儀正しいので――七割八割はこちらに非があるので、何とも言えない。

「でも、もしかすると朋さんたちと一緒にどこかへ行ったのかもしれません。美影さん、朋さんに会いたがってましたから」

ああ、そうか。目当ては朋だったのか。

花村の余計なひと言ですっかり勘違いした聖文は、複雑すぎる三角関係を想像して、背筋を震わせた。

つづく


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恋と報酬と 26 [恋と報酬と]

美影は家までの小道をあれこれ思い悩みながら進んでいた。

目の前でじゃれついている二人のどちらかが、聖文さんに直接恋人がいるのかどうかを確かめるという。面白がっているのは確実で、やめて欲しいとそれとなく提案はしてみたのだが、朋さんに軽くあしらわれてしまった。

『大丈夫。みかげさんが知りたがっているなんて絶対に言ったりしないから』

そう言ったけれど、本当に知りたがっているのは朋さんとコウタさんなのではと思わずにはいられなかった。

外壁にひびの入った築三〇年の一戸建てが見えた途端、胃がキリキリと痛んだ。白いシャツのお腹のあたりをぎゅっと掴んで、この痛みは気のせいだと自分に言い聞かせる。緊張でお腹が痛くなったことなどこれまでになかったのだから、これだって違うに決まっている。

玄関に人が立っているのが見えた。あの大きさと、鶏のとさかのような頭を見る限り、花村に間違いない。いったいひとりで何をしているのだろうか?

と思ったとき、美影は聖文の姿を見とめ、もう少しで悲鳴を上げそうになった。

「お、まさにいだ。花ちゃんで見えなかった」

「ほんと、ちょうどいい感じで重なってたね」

面白がる兄弟は聖文が軍手を手にしているのを見た途端、表情を一変させた。

「やばいっ!まさにい、片付けしてる」朋が言うのと同時に、兄弟は駆け出した。

美影は束の間取り残されたままだったが、聖文の視線がこちらを捉えたのを見るや、兄弟のあとを追うように、ほとんど無意識のうちに駆け出していた。

息があがるほどの距離ではなかったが、美影は呼吸を乱しながら庭へと続くゆるやかな坂をのぼりきった。すでに兄弟は片付けを途中で投げ出していた理由をあれこれ説明していて、恋人の有無について尋ねる余裕はなさそうに見えた。

美影はほっと胸を撫でおろした。同時に、あのまま逃げ帰っていなくて本当によかったと、聖文の横顔を眺めながら恋しい気持ちで胸を満たしていた。

「ちゃんと戻ってやるつもりだったんだ」朋は念を押すように言った。

「どうだか」聖文は黒い目を細めて、朋を見おろした。

「ほんとだよ。ちょっとみかげさんを自慢の土手に案内してたんだ」コウタが言うと、聖文の視線は部外者然としていた美影に注がれた。

あの土手が自慢だったとは初耳。整備されたばかりで綺麗ではあったが、土手は土手。

土手は土手なんだけれども――

「そうなんです!とても素敵な土手でした」

つい、声を弾ませ、土手を褒め称えてしまった。

もちろん聖文さんは呆れ顔だ。

つづく


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恋と報酬と 27 [恋と報酬と]

日が暮れる前にすべて片付けてしまいたかった。

聖文は土手がどうのこうのと騒ぐ子供たち――社長の息子の四条くんも例外ではない――を無視して、軍手を両手にはめた。軒下の工具類がごちゃ混ぜになっているプラスチックのカゴから金属ブラシを見つけると、焼き網を手にして水場まで移動した。

ホースはもはや必要なかったが、つけたままにしておいた。

「水かけようか?」

振り仰ぐと朋がお得意の愛想のいい笑みを浮かべて立っていた。自然とやっているのだろうが、どうにも鼻につく。

どうせならブラシで磨くほうにしろと言いたいところだったが、すぐ後ろに四条くんが立って見ていたので「ああ」とだけ言った。別に格好をつけたわけではない。

高級な肉というのは、焦げ付きも少なくて済む。聖文はちょっとだけユーリに感謝の気持ちを抱きつつ、焼き網の焦げ落としをあっという間に済ませた。

コウタと花村くんがコンロを裏に片付け、見逃していたゴミをみんなで拾って、片付けは終了した。

「あー、お腹空いたね」朋が言った。

聖文はぎょっとして朋を見たが、確かに腹が減っている。

「僕も」とコウタが言うと、四条くんも「僕も」と控えめに言った。

「あ、そうだ。コウタさんに今日の夜ごはん何か聞いてこいって、海に頼まれてたんだった」

花村くんが表に出て来たのにはそういう理由があったらしい。間が悪く片付けを手伝わされる羽目になって、申し訳ないと聖文は思った。

「じゃあ、何か作ろうかな」とコウタ。冷蔵庫の中身を思い出しているのか、視線を上の方に彷徨わせて、それから言った。「オムライスとかどう?もしくはオムそばとか。昨日たまご安かったから、二パック買ったんだ」

「いいですね」と目を輝かせたのは花村くん。「海に報告してきますっ!」と家の中へ入っていった。

「あの、僕もいいのですか?御馳走になっても」おずおずと四条くんが言うと、朋とコウタが声を揃えた。「もちろんだよ!」

聖文はうめきそうになった。なにが、もちろんだよ、だ。いつまでも他人が家にいる状態は、あまり好ましい事ではない。弟たちだけでも手一杯なのに……こうなったらひとりでビールでも飲むか。

「あとでまさにいが家まで送ってくれるから、バスの時間は気にしなくていいからね」

朋が余計なひと言を口にしたせいで、聖文はアルコールを口にする事すら叶わなくなった。

つづく


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恋と報酬と 28 [恋と報酬と]

図々しさに拍車のかかった美影は、朋の気の利いた言葉に便乗して、バスの時間は気にしない旨を告げた。

ものの数時間でこれまでの四条美影は跡形もなく消え失せてしまった。変化を嫌い、秩序を保ち、とにかく――ひと様の迷惑にならないように生きてきたつもりだった。今日のお昼までは!

美影は迷惑そうに顔を顰める聖文を見ないようにした。見なかったからといって、迷惑がっていないわけではないけれど、直視するほどはまだ図々しくなっていない。

コウタと朋が家の中に消えると、美影はいたって普通の会話をしようと少々急いた様子で口を開いた。

「明日はお仕事ですか?」夜何時くらいまでなら居座れるのだろうか?

「一〇時出勤。そんなに早くないだろう?」聖文は答えた。

「そうですね」と答えるしかなく、美影はこっそり残りの滞在時間を逆算した。

これ以上の会話は続かず、美影はもごもごと何やらつぶやき――実際なんと言っていいのか分からず、もごもごと言ったのだが――みんなのあとを追って家の中へ入った。

玄関には五足の靴――家の中にいる四人のものと、聖文さんが仕事で履いていたと思われる革靴――が丁寧に並べてあった。きっとコウタさんが揃えたのだろう。だって、双子や花村が靴を揃える姿なんて想像もつかない。

美影は泥だらけのスニーカーをそれらの仲間に加え、にぎやかな声のする部屋へ入った。玄関横の和室は、縁側付きで、なおかつ洗濯物が眺められる場所だった。

はしたないのでそこは見ないようにしつつ、美影は空いていた座布団に腰を落ち着けた。

「あ、それブッチの座布団」そう言ったのは迫田海。寝起きなのか、ふわふわの猫っ毛が頭のてっぺんで絡み合っている。

「もともとは僕の」とコウタさん。

「毛むくじゃらになるから座らない方がいいよ。もう遅いけど」と憐れむような目で見る朋さん。

それなら座る前に言ってくれたらいいのに。

美影はむくれた。

誰もがそうするように、唇を突き出し、不機嫌そうに眉を顰めて。

それもまた、これまでの四条美影ではありえないことだった。

つづく


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恋と報酬と 29 [恋と報酬と]

夕飯は、午後七時からということになった。

異論はあったとしても、だれも文句は言わなかった。まもなく帰宅した陸とユーリも然り。この家の中に、まともにオムライスを作れる人間はコウタをおいて他にいないのだから、当然といえば当然だ。

陸は長い散歩から帰宅するなり、美影に向かって「まだいたの?」と無神経な一言を口にし、朋とコウタにひどく責められた。ユーリはその様子を楽しげに見るだけで、助け舟を出そうとはしなかった。迫田家において、年功序列を軽視してはいけない。傍若無人なユーリとて、その辺は心得ている。郷に入っては郷に従え、迫田家においてはまさにいが絶対。その次は朋、その次はコウタ、四男の陸と付き合うユーリにとって、兄三人に逆らうことは謀反に等しい。

ということで、二人は逃げるようにして双子の部屋へ引きこもった。

コウタと朋は夕飯の支度のため台所へ、聖文はすでに自分の部屋へ引き上げていた。いつまでも子供とじゃれ合ってはいられないそうだ。

結果、和室には、オムライスが出来るまで動かないと豪語する海と、その傍を離れたくない花村と、行き場のない美影と、美影のひざの上に乗るブッチの三人と一匹が残った。

「先輩、俺も美影さんって呼んでいい?」畳の上に寝転がる海は、浮気者のブッチに非難の眼差しを向けながら訊いた。

「どうぞ。僕も君のこと、海と呼ばせてもらうから」美影は心なしか得意げな面持ちで――ブッチの心を鷲掴みにしたのだから当然――返事をした。

「え、いいけど?ってゆーか、今までなんて呼んでたの?」と海。先輩に対しての口のきき方ではない。

「迫田海」と答えたのは健気な花村。のけ者にされないように必死だ。

「じゃあ、陸は迫田陸?面倒じゃない?」海は花村から遠ざかるように、ごろんと一回転した。

「別に。これからは陸って呼ぶから」と言って、ブッチのあごの下をくすぐる。ブッチは目を細めゴロゴロと喉を鳴らした。

海はムッとしながら「じゃあ、まさにいもまさにいって呼んだら」と言った。

美影は手を止め激しく否定した。「とんでもないっ!聖文さんは聖文さんです」

「みんなまさにいって呼んでるよ」すかさず会話に加わる花村。

「お前は、まさにいさんとか言ってるじゃん!」海は花村に指を突き立てた。

「まさにいさん、ね……それも悪くないかも」と美影。

「でも、美影さんのキャラじゃないね」と海に言われ、美影はぶすっと不貞腐れてしまった。

つづく


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恋と報酬と 30 [恋と報酬と]

膝の上のブッチが拷問さながらの重石に思えてきた。

美影は痺れた足を伸ばそうと、白目を剥いて眠るブッチを抱きかかえた。時折聞こえるゴーッという地響きのような音は、おそらくいびきだろう。

ブッチは自分が荷物のように抱えられていても、眉ひとつ動かさなかった。その代りにもにょもにょと架空の何かを食んで、よだれを滴らせた。

「うわぁ、ブッチよだれ垂らしたよ」決定的瞬間を見逃さなかった海が言った。

足を伸ばした美影は、よだれで濡れた部分を隠すように膝の上にブッチを戻した。

「ぜんぜん起きないね」花村は感心したように言い、うかつにもブッチの寝顔を覗き込んだ。

途端に重い拳が花村の鼻先をかすめた。

「ははっ!花村、ネコパンチされた~!」大喜びの海。

「起きているのかな?」美影も覗き込む。が、ゴーッといういびきが返ってきただけだった。「僕にはネコパンチというものはしないの?」

「美影さんにはしないんじゃないかな?花村は嫌われてるからやられて当然」海が美影の質問に答える。

「花村は嫌われているの?」美影は離れた場所で膝を抱える花村に向かって尋ねた。

「そうみたい。前よりはマシなんだけど」

「へぇ」

どうでもいいことだけど、ちょっと嬉しい。美影はブッチふくよかなお腹だか背中だかをさすった。肉がはみ出しているので、どこからどこまでが背中なのかさっぱりわからない。

台所の方から玉ねぎをソテーする香りが漂ってきた。いい香りだ。美影の記憶が確かなら――確かに決まっているのだけれど――、午後三時からバーベキューを開始したはずだ。そのあとは時間を確認したわけではないが、五時くらいまでは食べ続けていたように思う。

それなのに、もうオムライスの入る場所が胃に確保されている。驚きだ!

「あ~、いいにおい。コウタって料理だけは得意なんだよね。何の取り柄もないくせにさ」ブッチ同様よだれを垂らさんばかりの海は、いちいちコウタを馬鹿にしないと気が済まないようだ。

美影は腹立たしい気持ちになった。友達を馬鹿にされたとき誰もが抱く感情の初体験だった。

「コウタさんのオムライス楽しみ」花村は口元を拭った。よだれが垂れそうだったのだろうか?

ブッチはしばらく鼻をヒクつかせていたが、突如目を開け、ぽっちゃりとした体型からは想像もできないほど俊敏に膝からおりると、どすどすと畳を踏み鳴らして部屋を出て行った。

「それでさ――美影さん、憧れのまさにいに会ってどうだった?」海は何の前触れもなくあっさりと話題を変えた。

美影は花村を切り刻まんばかりに睨みつけた。

僕が今日聖文さんに会いたくてここへ来たことを、花村は(勝手に)海に言ったのだ。いったいどんなふうに喋ったのだろうか?別に秘密ではないけれど――当初は憧れの感情だけだったので――もしも好意を寄せていることを知られでもしたら、舌を噛み切ってしまいたい。

もちろん噛み切るのは花村の舌だ。

つづく


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