はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

薄紅の心 11 [薄紅の心]

そっと瑞希の耳元で告白した慶は、もうこのまま動かずに今の状態でやめようと思った。
身体さえ手に入れば、瑞希の気持ちなど後回しでもいいと思っていたが、やはりそんな風に思えるほど、瑞希への感情は半端なものではなかった。
それでもその思いと反するように、瑞希の身体が欲しくてたまらない。
どうすればいいのか自分でも分からず、戸惑いさえ感じつつ瑞希を更にぎゅっと抱きしめた。

脅すような形でここまでやってきてしまい、後悔さえしていた。
孝雄からは他に守る方法があったはずなのに――

「兄さん……僕大丈夫だから、最後までして」
瑞希の柔らかな声が慶の身体に沁み込んできた。
「瑞希――もういいんだ」
慶は身を離し、瑞希の中から自分のものを抜こうとした。
瑞希が慶にしがみつきそれを拒んだ。

「お願い、このままして……本当に、僕大丈夫だから……」
瑞希はなぜこんなことを言うのだろうか?もう途中でやめても、友美に言ったりはしないのに。いや、もともと言うつもりなどなかったのだ。瑞希は慶が本当に友美に言うと思っているのだろうか――そこまで怯えているのだろうか?
瑞希のその言葉に揺れ動いていた慶の気持ちは固まった。
「ならやめない。後で文句言うなよ――」

そんな二人の空気を乱すように電話が鳴った。

二人はドキリとし音の鳴る方へ顔を向けた。
慶は瑞希を横に倒すと手を伸ばし、ベッド脇に置いておいた電話の子機を手にした。
スピーカーフォンにして電話をつなぐ。

『もしもしー、母さんよ』
「母さん、無事着いたんだね」
『あら、慶、まだ途中なんだけどね。そっちはどう?お昼ちゃんと食べた?』
「大丈夫だよ。子供じゃないんだし」
『瑞希は?』
「瑞希なら傍にいるよ」

瑞希が目を見開き、怯える様に慶を見た。

「勉強教えてたんだ。瑞希――母さんだ」

瑞希は一度コクッと唾を飲み込み、なんとか声を出した。

「母さん、そっちに着くの思ったより早いんだね――あっ…」
『どうしたの瑞希?』

慶がゆっくりと腰を動かし始めた。

「なんでもないっ――……宿のご飯美味しいといいね……」
『そうねぇー、それが楽しみね――』

もう、瑞希には友美が何を喋っているのか分からなかった。
動きだした慶に思考、感覚すべてを奪われた。
奪われたそれらすべてが、二人がつながる場所へ集中していた。

「じゃあね、母さん楽しんできて」慶はそう言うと電話を切った。

その言葉に瑞希がはっと我に返った。
心臓の鼓動が激しすぎて今にも気を失いそうだった。

つづく


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薄紅の心 12 [薄紅の心]

「瑞希、ダメだろ。あれじゃあ母さんが怪しむじゃないか」
意地悪そうに言う慶は、楽しそうだった。
「んっ……だって、急に動いたりするから……」
「少ししか動いてないだろ。瑞希はあまり無理は出来ないからな」
実際、少ししか動けないのだが……。
たったこれだけの事なのに、慶の額には汗が滴りそうなほど滲んで前髪を濡らしていた。

慶は瑞希の両膝をぐいと押し上げ、そのまま腕で抱え込むように押さえつけた。
「これで、動きやすいな……」
それでもゆっくりとした動きだが、先ほどよりも大きく出し入れをする。
「んっ……はぁ……兄さん……あぁ――」
瑞希は苦しいながらも、入り口をぬるぬると行き来する感覚に快感を抱いていた
慶はそれに気づき、瑞希の入口付近を亀頭で優しく擦りそして突き上げた。
「あぁぁ…やぁ……」
慶は思った通りに反応する瑞希を、激しく突き上げ悶絶させたい衝動に駆られる。

「兄さん……苦しい……いっぱいで……苦しいっ…」
両手でシーツを掴み圧迫感と快感の狭間で悶える姿は、ただただ慶を煽るだけでしかなかった。
「あっ、やだ……あっ…あっ……んん」
慶は腰をゆるりと動かしながら、瑞希のペニスを扱き始めた。
瑞希の表情からは、苦しさと気持ちよさに喘ぐ姿しか見られなかった。
その姿に慶は瑞希の中のモノを一段と大きくし、瑞希を貫く。
「兄さん……だめ……触らないで、でる……」
今にもイキそうな瑞希の顔が色っぽ過ぎてたまらない。
やだと言われてもやめるはずもないし、だいたいさっきからずっと『兄さん』と呼ばれていることも不満だった。だけどせめて苦しくても、思い切り気持ちよくさせてやりたいと思った。

「うぅ……もう……にい…さん……」

瑞希はそれだけ言うと、慶の手により自分の腹部に生温かい液体を放出した。
そのお返しとばかりに慶のペニスは瑞希の孔道にぎゅうっと圧迫され、限界を一気に超えた。

数時間かけて、やっと二人の交わりは終わった。

もちろん一度目の――

「瑞希、大丈夫か?」
手加減しすぎて自分はじれったい思いをしたのだが、それでも初めて瑞希は男を受け入れたのだ。そのことを思えば気遣って当たり前だった。

「とりあえず、シャワー浴びて、何か食べよう。腹減った」

慶は瑞希を支えるようにして、バスルームまで連れて行き、それから友美が準備しておいた昼食をレンジで温め用意し、その間にたった今交わったベッドのシーツを洗濯機に突っ込み、自分もシャワーを浴びてすっきりとした。

つづく


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薄紅の心 13 [薄紅の心]

なんとなく二人は気まずそうに食事を終え、瑞希は自分の部屋へ戻って行った。
瑞希はそのまま日が暮れるまでずっと自分の部屋に籠っていた。
慶はその間に洗濯を済ませ、孝雄の書斎で何かを探していた。
何か――瑞希から孝雄を遠ざけ、守る何かを――

瑞希の心さえ手に入れば、こんな結婚無くなってしまうのが一番いいのだ。
友美には悪いが、やはりこの結婚は瑞希目当てだったとしか思えない。
瑞希が孝雄に何をされたか知れば、友美は迷わず離婚するだろう。
それも、綺麗さっぱりと。

それに、瑞希の少年期が過ぎればもともと終わりを迎える結婚生活だったのかもしれない、とも思う。
いや、もしかすると、瑞希に対してはその時期を過ぎても逃がさないつもりなのかもしれない。

慶の母と孝雄は、慶が八歳の頃に離婚している。
その理由は知らないし、母が今どこにいるのかも、何も知らないのだ。
理由はもしかしたら、孝雄の性癖にあったのだろうか?

孝雄の書斎を探ったが、特に目に付くものは見つからない。
鍵が付いた引き出しでもあれば明らかに怪しいと分かるのだが、残念ながらそんなものはなく、渋々引き出しと中身を元に戻す。
はらりと紙きれが一枚落ちた。
それは名刺のようだった。

「アドニス……?なんだ?店の名前か?――」

名刺の真ん中に、『Adonis』とあり、何か番号が書かれていた。
裏返してみたが、それ意外は何も書かれていなかった。

とりあえず慶はそれをポケットにしまい、書斎から出た。


そのころ瑞希は、ベッドに身を沈め、考え悩んでいた。
自分の身に起きた出来事のすべてが信じられなかった。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか?
家族になって一年、ずっと仲良く暮らしてきたのに、急に孝雄の態度が豹変した。
そして、今は信頼し尊敬していた兄が孝雄と同じことをする。
だけど、孝雄と同じことをしているはずの兄がよく分からなかった。

孝雄の場合は欲望むき出しで瑞希に近寄ってくる。
慶は違う気がした。
怖いけど時々優しく、そして自分を好きだと言った。
「違う……違う――それは、父さんも言ってた。瑞希好きだよって……」

それに嫌だと言いながら、思いながらも、自分はあんないやらしい声をあげていた。
無意識だったが、その声は今も耳の中にこびりついているようだった。
瑞希は布団にもぐりこみ、その声をかき消すようにすすり泣いた。

つづく


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薄紅の心 14 [薄紅の心]

そのまま眠ってしまった瑞希は夢を見ていた。

ある日、結婚したい人がいるのと嬉しそうに瑞希に報告した母。
瑞希に伺うように言ったその言葉には、幸せが溢れていた。
新しい父親だと紹介されたその人の笑顔からは、温かさと優しさが感じられた。
そして兄も優しく瑞希を見守り、幸せな家族が出来上がった。
母と二人でも楽しかった生活が、より楽しく幸せなものになった。
瑞希が憧れていた理想の家庭が手に入ったのだ。

だけどそれを壊すように、暗い影が瑞希に覆いかぶさった。
それはとても大きくて強くて、瑞希には払い除ける事など出来なかった。

誰かに救って欲しい。
母さん……兄さん……

『瑞希…瑞希…』
『兄さん――助けに来てくれたの?』
『そうだよ、瑞希。こっち向いて、瑞希の唇が欲しい』
『何言って……んっ……んん――』
『瑞希の唇美味しい』

「やだ!――……」
「どうした瑞希?起きたのか?」
夢ではなかった。
今も目を開ければ目の前には慶がいて、驚くほど身体に密着している。
戸惑う瑞希をよそに慶によって唇が塞がれる。
慶の手が瑞希の身体を這い、慶の身体すべてから瑞希を求めているのを感じる。
そして今度は瑞希の部屋で、この日二度目のセックスが始まった。
それが終わっても慶はすんなり解放してくれなかった。
また次が始まるのだ。

汗と精液に塗れぐちゃぐちゃになり、思考さえもそれに絡め取られるように何も考えられなくなっていた。同意のはずの行為も、瑞希にはただ犯され続けているとしか思えなかった。
慶は行為の最中、何度も何度も瑞希の名前を呼んだ。
それはまるで恋人の名を呼ぶような甘い響きだった。

でも違う、慶は瑞希の弱みにつけ込み卑劣な行為をしているのだ。
瑞希が慕っていた優しい兄はもういないのだ。

瑞希の脳も身体も混乱していた。苦しいのに、嫌なはずなのに、身体は感じて慶のすべてを受け入れている。
ふっと慶の顔を見れば、いつもの優しく瑞希を見守る顔がそこにはある。
瑞希を好きだと言った慶の愛おしむような眼が、瑞希を混乱させているのだ。
好きならどうしてこんなことするのか、瑞希には理解できなかった。

翌日、慶はいつも通り何一つ変わらない様子で友美を出迎えた。
瑞希はそんな風に普通には出来なかった。
友美は元気のない瑞希に心配そうに声を掛けた。
瑞希は精一杯誤魔化そうと口を開くが、それを遮りすべてを覆い隠すように、即座に慶がフォローを入れた。
慶は平静を保つだけではなく、口も上手いのだと瑞希は思った。
結局友美は、瑞希に降りかかった闇に気付く事は無かった。

つづく


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薄紅の心 15 [薄紅の心]

それから慶は、夜になると瑞希の部屋を訪れるようになった。
慶の部屋は友美が寝ている真上にあるので、行為を行うには瑞希の部屋の方が都合がよかったのだ。
それでも、音を響かせる訳にもいかず、慶の優しく丁寧な愛撫が終わると、瑞希は壁に手を当て立ったまま慶に後ろから貫かれた。
後始末の事も考えて、部屋を汚さないように、慶はしっかりコンドームをつけ、瑞希の精液は手で受け止めた。そして雫が滴ってもいいように下にタオルを敷いていた。
瑞希が声を押し殺し膝をがくがくと震わせ倒れそうになっても、慶が瑞希を支え決して途中で許さなかった。


学校が休みの時や友美がいない時には、慶は自分の部屋へ瑞希を誘い入れた。

もうすぐ、孝雄が家に戻ってくる。
慶は焦っていた。
どんなに瑞希を抱いても、瑞希は少しも心を許してくれない。
「瑞希、好きだよ。瑞希俺を見て」
瑞希は虚ろな目で慶を見た。

――好き

何度も聞いた言葉。呪文のように耳に響くけど、その意味は分からない。
僕はどうして兄とこんなことをしているのだろうか?
瑞希の身体にくい込む慶の一部がこの数週間で、まるで自分の身体の一部のように感じる。
それを求めて自分の身体が熱く疼く。
おかしくなってしまった、なにもかもすべて。
瑞希は慶を見ながらいつものように唇を塞がれるのを待った。

慶は瑞希に挿入したまま抱き起し瑞希の頬を両手で挟むと唇を重ねる寸前、もう一度言った。
「瑞希、好きなんだ。瑞希は俺の事……好き…なはずないよな――」
瑞希の表情からは何の反応も見られなかった。
慶はそのまま瑞希の肩に顔を乗せ耳朶にキスをした。

「好きだよ。兄さんの事……だって大切な家族だもの」
瑞希は気のない返事をし、顎を慶の肩に乗せた。
「そうだな、瑞希……」
そう言って慶は瑞希をまた押し倒すと腰を動かし始めた。

慶が動き出せば、途端に瑞希の表情は血が通ったように上気し、虚ろな瞳にも光が宿る。
その瞳から朝露の様な綺麗な雫を零しながら、口元から艶のある声が発せられる。

気持ちとは裏腹な身体の反応――

瑞希をおかしくしたのは俺だ――慶はどうしていいかわからず、ただ欲望のままに瑞希の身体を貪った。

つづく


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薄紅の心 16 [薄紅の心]

孝雄が一か月の長期出張を終え帰宅した。

その日の夜は、家族みんなでフレンチレストランに出掛け食事をした。
友美の嬉しそうな顔が慶には堪らなかった。
その笑顔と引き換えに、瑞希は自分を犠牲にしている。
そして、そうさせたのは慶自身なのだ。

「どうだ、勉強はちゃんとしているのか?」
孝雄がメインディッシュのヒレステーキに、たっぷりとマディラソースを絡めながら慶に訊いてきた。
「してますよ。部活もほどほどに頑張ってます」
慶は頭もよく運動神経もかなりいい。硬式テニス部の活動も体のトレーニング程度にしか考えていないが、それでも大会などにも出場するほどの腕前だ。
「瑞希はどうだ?」
孝雄が瑞希の方を向き訊いてきた。そしてそのまま肉を口に運んだ。
「僕もちゃんと頑張っています。分からないところは兄さんが教えてくれるし……」
瑞希のナイフとフォークを持つ手が震えていた。
それを見た慶が言葉を被せる。
「瑞希も少しくらい運動したらどうだ?腕だってこんなに細いし――」
そう言うと瑞希の震えを止めるように腕を掴んだ。瑞希は慶に腕を掴まれ、落ち着きを取り戻し、身体の震えが止まった。
瑞希は慶が少なくとも孝雄からは守ってくれると信じていた。
「瑞希はねぇ、昔から運動だけは駄目なのよ。どうしてかしらねぇ?」
友美がのんきに付け加える。
久しぶりの一家揃っての食事は、一見何事もないように和やかに過ぎ去っていった。

しかし孝雄は気付いていた。
自分のいない間の瑞希の変化に。
孝雄のその胸の中には、獣的な怒りが静かに湧き上がっていた。

そして孝雄のその怒りに慶は気付いていた。

慶は帰宅して早くも先手を打つべく、孝雄の書斎を訪れた。
書斎に入ると孝雄はこまごまと書類をまとめているところだった。

「何か用か?」机の端に書類を押しやりながら訊いた。
「用がなければ来ませんよ。父さんは、分かっているんでしょう?」
慶のいっぱしに牽制するように放った言葉に、孝雄が冷笑を浮かべる。

「何のことだ?」

(あくまでしらを切るつもりか?もう気付いているはずだ――お前に穢される前に、俺が手に入れたことを)

「瑞希の事ですよ。遠まわしにやり合うのは面倒だと思いますが……瑞希には手を出さないでください」
「お前のものだとでも言うのか?」
「そうです」
「友美は知っているのか?」
「母さんには言うつもりはありません」
「言ってもいいぞ。私は構わんが……瑞希が嫌がるのだろうな――」
孝雄のその言い方に、慶はやはり親子なのだと思わざるを得なかった。
同じように瑞希の弱みにつけ込み、あのような行為を行っていたのだ。
孝雄をうまく納得させることなど無理だと思った。
相手の方が一枚も二枚も上手なうえ、結局切り札を握っているのは孝雄の方なのだ。

「私は別に瑞希をお前と共有しても構わないぞ」
「何言ってるんだっ!瑞希は玩具じゃないんだぞ!」
カッとなった慶は思わず声を荒げてしまい、その声を聞きつけた友美が書斎の外から声を掛けた。
孝雄が「なんでもない」と友美を追い払った。

ふぅっと一息つくと、孝雄はうんざりした顔つきで慶を見やり口を開いた。

「暫くはお前に貸してやる。私も友美の相手をしないといけないからな――まだ仕事がある、出ていきなさい」
「瑞希にあんなことしておきながら、平気でよくそんな事できるなっ!」
「それとこれとは別だ」
孝雄のその表情からは、もう何も話すつもりはないと、退出を促していた。

やはりどうやっても孝雄は瑞希を諦める気などなく、それに慶がその身体を手にしても特に気に掛ける様子もなかった。

要は、そんなことでは手放さないということだ。

つづく


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薄紅の心 17 [薄紅の心]

「慶ー、来週の大会エントリーしたからなっ!頼むよ」
テニスコートの脇でラケットのグリップテープを交換していた慶に、テニス部部長の奥田が話し掛けてきた。
「来週?大会?――出ませんけど……」
そっけなく答える慶に、奥田が、手を顔の前で合わせ拝むように懇願する。
「頼むよー、もう登録したし、三年の引退試合になるんだ。お前いないとうち勝てないもん」
このやりとりはいつもの事だった。しかもいつも慶に断る隙を与えない為か、ギリギリになって言ってくるのだ。
慶にとっては大会に出て勝つことなど興味はない。
それでも頼まれれば断る理由もないので、試合に出ていつもそれなりの結果を出す。
「わかったよ。来週ね――んじゃ、俺もう帰ります」

ラケットを手に部室へ戻り着替えていると、他の部員ががやがやと入ってきた。
先輩も後輩も関係なく、慶には相手から挨拶してくる。それは慶の実力故だろう。
「あっ、先輩お疲れさまです」後輩がぺこりと頭を下げ挨拶をする。
「来週の大会、北高の安藤も出るらしいですね、先輩頼みますね」
後輩の一人が慶に声を掛け、着替えながら他の部員と会話を始めた。

「あー、遠征楽しみだなぁー」
「お前、宿の食事が楽しみなんだろう?」
「ばれました?」
アハハっと部員たちの笑い声が狭い部室に響く。

部員達の何気ないやり取りが、着替える慶の耳にも入ってきた。

――遠征?――宿?

「遠征ってなんだ?宿って……」思わず振り返り尋ねる。
「えっ、先輩来週の大会ですよ。土日と泊りですよ」
後輩は、今更ですか?という様な表情で答える。
「聞いてないぞ、そんな事……」

(週末に泊りって……そんなことできるかっ!)

慶は早速出場を断ろうと奥田を探し回ったが、どこへ行ったのか見つからなかった。
携帯で連絡したが反応がなかった。

無視する気か?
今断らなければ、このままでは断れなくなると、他の部員にも声を掛け奥田を捕えようと必死になったが、部員もグルなので奥田は捕まるはずもなかった。いっそ顧問に直接言おうと思ったが、これこそ全くあてにならない形だけの顧問なので、結局、慶は難渋しながらとぼとぼと帰宅した。

どうすれば瑞希を守れるのか……きっと慶が家を空ければ孝雄は瑞希に手を出す。
いっそ、友美に言ってしまおうかと慶は思ったが、これ以上瑞希に嫌われたくなかったし、それは瑞希が一番嫌がっていた事だから出来るはずもなかった。言ってしまえば、瑞希は何のために自分の身を犠牲にしたのか分からなくなる。

本当は、慶はそんな風には思いたくなかった。
瑞希が嫌々自分に抱かれているのは分かっているが、それでも心のどこかでそうではないと思いたかったのだ。

つづく


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薄紅の心 18 [薄紅の心]

「瑞希、話がある」
帰宅した慶は、瑞希の部屋のドアをノックし声を掛けた。
部屋の中から返事が聞こえ、慶はドアを開け中へ入った。
一瞬瑞希が怯えたような眼をした。

慶はカッとなり、瑞希に近寄ると唇を奪った。
こんなことするつもりで来た訳ではないのに、そうさせたのは瑞希だ。
孝雄が戻ってからは何もしていないというのに――
「兄さん、何するの?」
唇を離した途端、瑞希が戸惑いながらも声を発した。
「何って……瑞希がそんな顔するからだろ。話があるって言ったのに……」
瑞希は責められると弱い。途端にすべての非を自分のせいにしてしまうようだ。
「ごめんなさい…」
「まあ、いいから座れ」
瑞希を椅子に座らせ、慶はベッドに腰を下ろした。

「来週末、俺は家を空ける。この意味分かるな」
そう言って慶は心配そうに瑞希を見た。
「それって……」瑞希の顔がどんどん蒼ざめていく。
「そうだ、こんなチャンス父さんが逃すとは思えない」
「嫌だ……兄さん、僕……どうしたら――」
恐怖のあまり、瑞希の思考が止まった。
小さく震え、顔を両手で覆い項垂れてしまった。

「瑞希、助けて欲しいか?」
こんな時でさえ、瑞希を手にするための駆け引きをする。
瑞希がゆっくりと顔をあげた。
何かを期待するような、縋るような眼で慶を見る。

「こっちにおいで」
瑞希は逆らわない。
それは慶が唯一孝雄から守ってくれる存在だからだ。
瑞希は慶の身体に密着するほど近くに腰をおろした。
慶は瑞希の肩を抱き寄せ、口を開いた。
「テニスの大会が土日とある。どうしてもって言うなら断ってもいい、どうする?」
「でも……それじゃあ、みんなに迷惑が……」
「瑞希がどうして欲しいか聞いてる。俺に傍にいて欲しいか?」
「――うん……」
「じゃあ、キスして」慶が瑞希を覗き込みながら言った。
瑞希は少し間を置き、慶の唇に自分の唇を重ねた。
ただ重ねただけだったが、慶はそれで満足し話を続けた。
「じゃあ、瑞希テニス部に入部しろ、遠征に連れて行く。それなら迷惑も掛からないし、瑞希も守れる」
「えっ、そんな急に……入部なんてできるの?それに、僕テニスなんて出来ない……」
「入部なんていつでもできる。お前を遠征に連れて行けないなら、俺も行かない。それは部としても困るから、お前の心配は無意味だ。分かったな」

瑞希は小さく「うん」と返事をすると、慶にぐっと身を寄せた。
慶の心臓は大きく鼓動した。
二人の関係が以前と変わってから、初めて瑞希から身を寄せられた。
以前はもっと気軽にじゃれ合うくらい仲良い兄弟として暮らしていたのだ。
たとえ、以前と同じ兄弟としての寄り添いだとしても、それでも何かが前進したような気がした。
慶は、瑞希の頭をくしゃりと撫でると部屋から出た。

少しずつだが二人の関係は変わろうとしているのだろうか?

瑞希は最初はまったく慶の気持ちが理解できなかった。
秘密を守るため、孝雄から守ってもらうために、慶の言いなりになったのだとしか思っていなかった。
その気持ちは今もあまり変わっていない。

慶は何度も瑞希に好きだと言った。
その気持ちが本当なのかもしれないと瑞希は思うこともあった。しかし、ある地点まで考えが及ぶと、そんなはずはないと必ず否定してしまう。
好きならこんなことしない――

瑞希には、好きだからしてしまうという慶の気持ちは理解するどころか、考えつきもしなかったのだ。

だけど、慶は瑞希を守ってくれる。
軽く重ねた唇もそんなに嫌ではなかった。

つづく


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薄紅の心 19 [薄紅の心]

翌日、慶は瑞希を連れて顧問に入部届を提出し、その足で部室に行き部員に紹介した。
瑞希の入部に部員が色めき立った。
慶の弟だというのもその理由の一つだが、やはり一番は瑞希の容姿にあるようだった。
長身の慶とは違い、瑞希は百六十七センチと小柄で華奢だ。言うなれば、ちょっと背の高い女子と言った感じだ。
マネージャー(女)でさえも、獲物を狙う目になっていた。
慶は凄味を利かせ一言、「手え出したら承知しねえからな」と部員全員に釘を刺した。
これで孝雄からも守れるし、何より少しでも瑞希を傍に置いておける。
当面の問題はクリアした。が、やはり部員達が心配でもあった。

しかし、これでは根本的な解決にはならない。
瑞希もだが慶も高校卒業まではまだまだある。
瑞希が孝雄から離れることなど当分は出来そうにもない。
それに、そろそろ孝雄が行動に移すころだとも思う。

相変わらず孝雄は、週に三、四日しか家に帰ってこない。
なぜ友美は父と結婚をしたのだろうかと、何が良かったのだろうかと疑問に思う。
友美はあんな父に騙されるようなタイプには見えないが……慶には不思議でならなかった。
とは言え、実際問題瑞希の事以外今は興味がない。

瑞希は慶と一緒にテニスウェアやラケットなど必要なものを一通り揃え、ちゃんと部活にも参加した。
とりあえずの入部だったが、几帳面な瑞希は練習も真面目にこなした。
ただやはり、運動神経は皆無に近かった。

部員たちは、そんな瑞希をいやらしい目で、もとい、温かい目で見守っていた。
スコートを手に「これ履いてみない?」と言いよる先輩もいたが、慶のひと睨みですごすご退散した。

そして、すぐに遠征の日はやって来た。
瑞希はほぼお飾りのようだったが、誰一人文句を言うものはいなかった。
むろん慶の手前、言えるはずもないのだが……。

大会初日から慶の活躍が光っていた。
一気に勝ち進み、先輩を差し置いてシングルスではもちろん優勝した。
例のライバルと目される安藤を破り。

瑞希はそんな慶の姿を初めて目の当たりにし、純粋にとても感動していた。
慶がテニスの大会で優勝するほどすごいとは知っていたが、試合を見たのは初めてだったのだ。
力強いサーブでほとんど相手は参っていた。
ボールを打ち返す時に発する声が男らしくて胸を突いた。
瑞希には到底出すことのできない声だった。
真剣な表情や飛び散る汗に瑞希はドキドキしていた。
ダブルスの方も順調に勝ち進み、慶のチームを含む二組がベストエイトに残った。

宿に戻り、翌日の試合に向けミーティングが開かれたが瑞希にはさっぱりだった。
部屋は八人が一つの部屋を使うという、むさ苦しい状態だった。
もちろん瑞希は慶と一緒の部屋だったが、他の部屋からも部員が押し寄せ、明らかに瑞希たちの部屋はキャパオーバーだった。

慶はうんざりし、瑞希を連れて外へ散歩に出た。

つづく


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薄紅の心 20 [薄紅の心]

「瑞希、今日はご苦労様。暑かっただろ?」
二人で川沿いをゆっくりと歩きながら、慶は瑞希の身体をさりげなく引き寄せた。
「ううん…僕、全然役に立たなくて……」
「みんなにお茶を配ったり、頑張ってただろ」

慶はいつそんな姿を見ていたのだろうかと、瑞希はそっと慶を見上げた。
試合にほぼフル出場で、瑞希の姿など見る余裕もなさそうだったのに。
お昼休みにかろうじて、一緒にお弁当を食べたくらいだった。
「僕はそんな事しかできないから……兄さんはすごいね。初めて見た、兄さんの試合する姿。――かっこよかった……」
少し照れるように発した言葉は、少し暗い夜道に光が差し込んだように慶の心を輝かせた。
初めて、テニスをやっていてよかったとも思った。
「瑞希はずるいな……そんな風に言われると、下心あって連れ出したのに何もできないじゃないか――」
その言葉に瑞希が慶のTシャツの裾を掴み、立ち止まった。
「どうした?」
「兄さん…………」
それきり瑞希は黙ってしまった。
その後の言葉を促そうか慶は迷った。
そして、じっと待った。
「兄さんに訊きたいことがあるんだ」
瑞希は俯いたまま訊ねた。
「なんだ?」
「僕は兄さんに守られていないと何もできない……兄さんは僕の事を好きだと言ったけど、それはどういう意味?父さんも言うんだ……僕の事――好きだって……」
瑞希の声が涙声に変わった。
「瑞希は俺の事を父さんと同じだと思ってるの?――確かにそうかもしれないな……そう思われても仕方ない」
慶は息を一つ吐くと、「戻ろうか?」と言って、方向を変え宿へと戻った。

慶は複雑な心境だった。一瞬、ほんの少しだけ瑞希との距離が縮まったように感じたのに、本当にそれは一瞬だった。思ったとたん、突き放された気がした。
瑞希はやはり、自分を父親と同じに見ていると思うと、こうして守ってあげて満足している自分が馬鹿馬鹿しく思えてくる。瑞希にとっては、結局同じ事なのに……。

瑞希は混乱していた。
以前は孝雄や慶に対してそうだったが、今は自分自身に困惑していた。
慶の気持ちを聞いてどうするつもりだったのだろうか?
何と答えて欲しかったのか、自分でもわからなかった。
ただ、父さんと俺とは違う、そう言って欲しかったのだろうか?


宿の部屋で色々な人と一緒に眠るのは居心地が悪かった。
だけど慶が布団の中で手を伸ばして、瑞希の手をしっかりと握っていた。瑞希はその手のぬくもりに安堵し、なんとか眠ることが出来た。
瑞希の中の慶の存在はその大きさを増すどころか、欠かせなくなっていたが、瑞希にはまだその気持ちに気付く余裕はなかった。

翌日、結局ダブルスの方はベストフォーで終了し、三年生の引退試合は幕を閉じた。

つづく


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