はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

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不器用な恋の進め方 11 [不器用な恋の進め方]

いったいなぜこうなった?

アーサーは馬車に揺られながら考えていた。

だいたい通常なら、子爵である自分が結婚を申し込んだのだから、断るなどあり得ない。しかも相手は貴族の令嬢ではない。女優だ。
こちら側が反対こそすれ、あちら側が拒絶するなど考えてもみなかった。

もちろん一方的な言い分で、断る権利も至極当然あるのだが、まったく相手にしようともせず、最初から拒絶していた。

やはり、彼女には決めた相手がいるのだろうか?それともパトロンが……。それならいっそ愛人になれと言った方が良かったのだろうか?

あれこれ考えるのも疲れてしまったが、屋敷へ戻るのはやめて御者に行先変更を告げた。

そして再び、メリッサのいる――つい一時間ほど前にいた――テラスハウスへ来ていた。今度は、アーサー自身が隠れてしまうほどの、大きな薔薇の花束を抱えて。

また例の少女が顔をのぞかせた。
今度こそ「何の用だ?」というような顔をして。
そしてその後ろから、こんな場所で見ることになるとは思わなかった男の顔が見えた。

ミスター・コートニー。
メリッサがエリックと親しげに呼ぶ男。そしてアーサーの親友の妻の兄。

「オークロイド子爵、なぜここへ?」

尊大な物言いだ。それはこっちが聞きたい。
いつも彼はメリッサの傍に居る。恋人同士ではないと言っているが、実はそうなのだろうか?それなら彼女の態度もつじつまが合う。

「君に言う必要はない」
余裕など一切ない、憮然とした態度で言った。

「エリック何してるの?」

メリッサの声だ。自分でここへやってきておきながら――しかも彼女に会うために――今は心底会いたくないと思った。

そして、それぞれが違う表情で対峙しているこの瞬間、自分があまりにも愚かしい行為をしている事に気付いた。

彼女は結婚するつもりもないし、俺の事も好きではないと言った。
それなのに、どうして俺は薔薇の花束など持って彼女に二度目の結婚の申し込みをしようなどと考えたのだろうか。

アーサーは少女に花束を渡すと、「先日と、先ほどの失礼のお詫びです」と言ってその場を後にした。
もう二度とここに足を運ぶことも、メリッサに会うこともないだろうと、最後にメリッサの姿を目の中にしっかりと収めた。

つづく


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不器用な恋の進め方 12 [不器用な恋の進め方]

「ビー、どういうことだ?なぜ子爵がここに来ていた?この場所を教えたのか?」

「エリック、珍しく質問攻めね」
メリッサはふふっとからかうように笑った。

「そういう言い方はよせ。わかってるだろう?俺がどれだけお前を心配しているか」

「ええ、わかってるわ。とにかく上へあがりましょう」
そう言って、メリッサはエリックを階上へ促した。


応接室の革張りの椅子に腰をおろしたエリックは、早く説明しろと言わんばかりにメリッサを見た。

「とにかくお茶でもどうぞ」
そう言ってエリックの向かいのソファに腰をおろし、準備しておいた紅茶をカップに注いだ。

「二人の時はそういう言い方はよせ」
エリックはメリッサのいかにも女優という様な振る舞いは好きではないのだ。

メリッサはムッとして言葉を返す。
「しょうがないでしょ!わたしは女優なんですもの」

「もう引退しただろう」

メリッサは言葉が返せなかった。
もめることなく引退できたのもエリックのおかげなのだ。それに何から何まで、メリッサが存在している事さえも、すべて彼のおかげだ。
「それで、子爵は何しに来た?」

「分からないの。この場所をどこで知ったのか――もちろん隠している訳ではないから、調べればわかることなんだけど、急にやって来て、結婚を申し込まれたの」
ふうっと溜息を吐き、何かの聞き間違いとでもいいたそうに顔を左右に振った。

「結婚だと?」
エリックの反応も同じだった。そんなはずはないとでも言いたそうな口調だ。

「ね、分からないでしょ?でもね、子爵様がわたしのことを好きだとアンジェラが言ったのよ」

「ハニーが?」

「侯爵様に聞いたんですって。わたしとエリックの関係も気にしていたって……でも、結婚なんて、ありえないし…」

およそ一分の沈黙ののちエリックが口を開いた。「で、なんて返事をしたんだ?」と、さも楽しそうに。

「断ったに決まってるでしょ」
メリッサは拗ねたような口調で言った。

「お前のそういう顔好きだな」
エリックは片方の口角をあげにやりと笑った。

「もう!からかうのはやめて」
いつもの澄ました表情は完全になくなっている。
もともとエリックの前では自然体のメリッサだが、からかわれるのには慣れていない。というよりもいつまでたっても慣れないと言った方がいい。

「お前は子爵の事を何とも思ってないのか?」
今度は真面目に訊いた。

「当たり前だわ。わたしは男だし、それに……」

「それに?」
口ごもるメリッサにその後の言葉を促す。

「何よ。分かってるくせに…」
そう言ってメリッサはぷいっと脇へ顔を逸らした。

つづく


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不器用な恋の進め方 13 [不器用な恋の進め方]

「ハニーとクリスのようにはいかないということか…」
エリックは今度はからかうような表情ではなく、まるで父親のような心配する表情に変わっている。

「好きになる相手が女性でも男性でも、わたしは何もできない」
メリッサは忘れたはずの過去を思い出し、表情を曇らせた。

「相手がそれを望むとは限らないだろう?精神的な繋がりだけでも一緒にはいられる」

「ならエリックには出来るの?」メリッサの口調にやや怒気がこもる。

「俺はお前が相手ならそうなれるだろうな。だが、今俺が求めているのはお前じゃないしな」
エリックは何かを思い出し、口の端をあげ笑みを浮かべた。

「わたしはアンジェラが羨ましい……本当に愛する人と結ばれて、夫婦としても――」
どういう訳か男同士で結婚まで行きついてしまった侯爵夫妻をメリッサは心底羨ましいと思っていた。

「あの二人は特別だ。羨ましがったってしようがない。まあ、結婚はたいした問題じゃないが、まさか夫婦としてベッドを共にするとは想定外だった」
エリックはメリッサがわざわざ言葉を濁した部分に触れた。

「本当に幸せそうで、それに、わたしにもその幸せを分けてくれるのよ。アンジェラは無意識なんでしょうけど、とても幸せな気持ちになれるの」

「だろうな、あれは天使だからな」

「ほんと」
アンジェラの事を思っただけで、沈んでいた気持ちが一気に上向いた。
忘れたはずの過去にいつまでも苦しめられるのはもう終わりにしたい。

だが間もなくすべてが変わる。
自分はエリックと出会い、アンジェラと出会った。
女優メリッサは引退して、もうじきこのロンドンから姿を消す。

別の場所へ、新しい人生を踏み出すために。

「さてと、俺は用事を思い出したから帰ろうかな。いい場所をいくつか見つけておいたから、詳しい話はまた今度な」

そう言ってエリックはメリッサに不敵な笑みを向け、慌ただしく屋敷をあとにした。

つづく


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不器用な恋の進め方 14 [不器用な恋の進め方]

アーサーはなんとも言えない虚しさに襲われていた。
運命だと思った。
メリッサと自分は結ばれる運命で、この先の人生を共にできると――勝手に思っていただけだった。

そのまま屋敷へ戻る気にもなれず、その足で紳士クラブへ向かった。
このクラブは最近アーサーが気に入って利用している。
賭け事はそんなに好きではないので、もっぱら一人で飲むことが多いのだが、それでも十分楽しめる。

ウイスキーを二杯ほど飲んだ。
上等なもののはずなのに、まったく味がしなかった。
三杯目をウエイターに頼もうか迷っていると、隣に誰かが座った。
アーサーは俯いたまま視線をちらりと向けた。

エリック・コートニー!

「俺も同じものをいただこうかな?」不敵な笑みを浮かべアーサーを見る。「ずいぶんと美味いものを飲んでいたんでしょうね」

そう言ってウエイターに同じものを注文した。
余計な事にアーサーのおかわりも一緒に。

アーサーは正直この男と一緒に酒を飲みたくなかった。同席する事も会話を交わす事も出来れば遠慮したかった。今、この瞬間にでも立ち上がり帰りたいと思っていたが、長年の習慣で礼儀に反する事は出来なかった。
なおかつ親友の妻の兄なのだから、相手が胡散臭い男だろうと無礼な振る舞いはできない。

「求婚したそうで」

アーサーは瞬時に隣の男を見た。
唇の端を上げ憎たらしいくらいの笑みを見せている。
この顔にむかついたが、どうして彼女はこいつにしゃべってしまったのだろうか?やはりそういう仲なのだろうか?
いや、それよりもそんな事をぺらぺらとしゃべってしまうメリッサに憤った。
このような事他人に話すべきことではない。

「諦めろ」

その一言にアーサーの反抗心に火がついた。
人から命令される事には慣れていない。特に女のことに関して他人から口出しされる筋合いはない。

「そんなつもりはない」

「あれは俺の女だと言ったら?」

くそっ!やはりそうなのか。
だが、もはやこの戦いから引くつもりはない。

「彼女の口からそんな言葉は出てこなかった」

「お前に言うと思うのか?」

「……」
アーサーは言葉を返せなかった。
エリックはお構いなしで続ける。

「あいつはお前に扱えるような女じゃない。だいたい、女なら他にいくらでもいるだろう?子爵にぴったりな従順で穢れなき乙女を妻にすればいい。社交場へデビューしたての令嬢なら子爵に相応しいでしょう」
エリックはいつの間にか運ばれてきていたウイスキーを喉に通し、ちらりとアーサーを見た。

アーサーは手元にグラスがあることなど気付いてもいなかった。
ただエリックを睨みつけ、まるでメリッサが穢れているかのような言葉を吐いた男に対して激しい怒りで顔を紅潮させている。
エリックに今にも殴り掛かりそうなのを何とか堪えたのは、この男がメリッサの愛する男なのかもしれないと思ったからだ。

きっと彼女はこの男を愛しているのだろう。
メリッサは常にエリックと共に行動している。女優をやめた理由も、もしかするとこいつと結婚する為なのかもしれない。メリッサは結婚するつもりはないと言っていたが、きっとそれを望んでいるのだろう。

アーサーは彼女の愛する男から目を離した。

エリックは勝ち誇ったような顔で、アーサーを見ていた。アーサーはそれに気付いていたがもはやどうすることも出来なかった。

エリックがグラスを空にし立ち上がった。
「では、子爵様」

嫌味極まりない口調で、仰々しく子爵様などと言われ、アーサーは怒りどころか気持ち悪ささえ感じていた。

この紳士クラブももう来ないだろう。
こんなに居心地の悪い思いをしたことを忘れることが出来ないだろうから。

つづく


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不器用な恋の進め方 15 [不器用な恋の進め方]

「子爵様」

メリッサは夜の静寂を破らないほど、ゆっくりと静かに言った。

一呼吸おき「子爵様はわたくしを聖人だとでもお思いですか?」と今度は怒気を含め言う。

「こんな夜中に、しかも酔った状態でやって来て、わたくしが訪問を歓迎するとでも?」

この時いくらアーサーが酔っていたとしても、メリッサが尋常ではないほど怒っている事に気付いただろう。
しかしアーサーはただ酔っているとは言い難かった。

泥酔だ。

それもかなりたちの悪い状態だ。

なぜこんな状態になったのかは言うまでもない。
紳士クラブを早々に引き払い、一旦屋敷へ戻ったアーサーはあれから延々と飲み続けていた。

いつもよりも早い帰宅に、屋敷の執事は驚いていたが、主の顔色をちらりと伺っただけでどのような状態にあるか察したらしい。

部屋には地下で貯蔵されていた上等のブランデーが素早く準備されていたのだから、気が利きすぎているといってもいい。

アーサーは執事に今夜はもう部屋へ下がるようにいい、やけ酒にはそぐわない酒を喉の奥へ流し込んだ。

美味い酒が喉の奥を刺激し、まるでアーサーしっかりするんだ!と渇を入れられた気分だった。

視線をカットグラスから壁に向け、そのまま部屋を見渡した。ふと、メリッサの女性らしい優雅な客間を思い出し、なんてわが屋敷は殺風景なのだろうかと思った。

調度品は上品すぎるほど控え目なものが多い。これは先代のオークロイド子爵、アーサーの父の趣味だ。丸みのない角ばった家具が父の厳格さを象徴している。

父は冷酷だった。特に母に対して。

アーサーは幼い頃何度も見た、父が母を殴る姿を思い出し、苦痛に顔を歪めた。
あの光景はアーサーにとっては苦痛以外の何物でもなかった。

母が父から解放された時――父が亡くなった時――アーサーは母と同じく安堵した。

母がいま幸せでいる事だけが救いだった。

嫌な事を思い出したアーサーは酒を飲むスピードが自然と増していた。
そして、今日起きた出来事――正確には自分が起こした出来事だが――をじっくりと思い返した。

沸々と湧き上がる怒りのような感情。
それはもちろん自分を拒絶したメリッサに対してだった。そして文句のひとつも言ってやろうと、再びメリッサの屋敷を訪れたのだった。

そういう訳で現在、泥酔状態でメリッサと相対している。しかもメリッサが怒っている事にも気づかずに。

この傲慢さが父と似ていようとはアーサーは思いもしなかったのだった。

つづく


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不器用な恋の進め方 16 [不器用な恋の進め方]

まさに聖女だ。

アーサーはメリッサの怒りなどお構いなしだった。
メリッサに文句を言いに来たはずなのに、彼女の顔を見てしまえばそんな気持ちはもともと持ち合わせてなかったように吹き飛んでしまっている。

化粧着姿のメリッサにアーサーは欲望を抑えることが出来なかった。
艶のある金髪が肩に掛かり、更には腰にまで伸びている。その髪に指を絡め優しく愛撫したい。腰のサッシュをほどきその下に隠れる美しい肌に触れたい。
彼女を抱きかかえ、ベッドへと連れて行き彼女の中へ身を埋めたい。

アーサーの身体は燃えるように熱くなっていた。

その時メリッサが思いもしなかったことを口にした。
アーサーを自室へ案内するというのだ。

アーサーは自分の心の声がメリッサに聞こえていたのだと、黙って彼女の後ろをついて階上へと向かう。

階段をあがるメリッサの腰が揺れる度、アーサーの股間は布地の中で質量を増していく。

普段のアーサーなら、メリッサのこのような誘いに対して憤り、怒りを露にしていただろう。
だが今は泥酔中だ。欲望に抗う事など出来そうになかった。

メリッサは使用人を下がらせ、自室の扉を閉めた。
小さな居間の向こうの部屋は、おそらく寝室だ。

アーサーの心臓が期待に早鐘を打つ。

「子爵様」
メリッサはそう言うと、腰のサッシュをほどき化粧着を絨毯の上に落とした。

はらりと落ちる化粧着に一瞬目を奪われ、そしてその視線を上へと上げる。メリッサは化粧着の下は何もつけていなかった。

そう、何も。

アーサーは口が利けなくなったかのように黙り込んでいる。
違う。あまりに驚き過ぎて声が出せないのだ。
メリッサの裸体が、想像していたものとあまりにも違っていたために。いや想像した通り、色白の肌は陶器のようにつややかに光り輝いている。

そこではない。
根本的に違うのだ。

「子爵様」
メリッサは静かに切り出した。

「これでお分かりでしょう?わたくしが子爵様と結婚できない訳が」
メリッサは部屋の中ほどに立つアーサーに徐々に近づいてくる。

アーサーは声を出すことも、動くことすら出来ずにいる。

「わたくしは男なんです。でも、子爵様がこの事を口外しないと信じていますわ」

手が届きそうな程メリッサが近づいてきたとき、やっとアーサーは息吐き吸うことが出来た。
驚きのあまり呼吸をすることも忘れてしまっていたようだ。

つづく


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不器用な恋の進め方 17 [不器用な恋の進め方]

酔いは一気に冷めた。

まるで、今日は酒を一滴も飲んでいないという程に。

メリッサは優雅に微笑み踵を返した。
絨毯に重なる化粧着を拾い上げると、サッと羽織り艶めかしい裸体を隠した。

そう、メリッサの身体がいくら男性のものとわかっていても、彼女の身体は魅力的だった。
女性的な丸みのある身体は後姿だけでは男だと見破ることは難しいだろう。

だがどれだけメリッサが魅力的だったとしても、彼女は――違う!――彼は男だ。

「なら、パトロンの話は全部でたらめで、ミスター・コートニーは恋人ではないと……そう言う事ですか?」

俺は何を口走っている?
アーサーはやはり自分は酔っているのだと思わずにはいられなかった。

今このような事口にする場面では決してない。

メリッサはアーサーの愚問に答える気はないようで、扉を開けるとアーサーに向かい「ごきげんよう」とその場に溶け落ちてしまいそうなほどの極上の微笑を見せた。

アーサーはふらりとよろめきながら扉口へと向かい、メリッサに紳士らしく挨拶をし屋敷の外まで何とか出ることが出来た。

いったい、今何が起こったのだ?

アーサーは愕然としその場にへたり込んでしまった。
今の気持ちを表すとしたら何が適切なのだろうかと、無意味な事を考える。

動揺、狼狽、恐慌状態、失望、怒り、悲嘆……どれも適切ではない。

とにかく、ここから去らねば。

屋敷へ戻り、ふかふかのベッドへともぐり込み一眠りしよう。
そして、朝の乗馬はやめておこう。
このままでは落馬して、首の骨を折って死んでしまいそうだ。

アーサーは御者の手を借り馬車に乗り込むと、一目散に屋敷へと戻っていった。

*****

アーサーのそんな姿をメリッサは二階の窓から眺めていた。
馬車が見えなくなると、分厚いカーテンを閉め窓際から離れた。

もっとうまく追い払うことも出来たはずだ。
だが、これ以上アーサーに期待して欲しくなかったし、嘘も吐きたくなかった。

自分が男だと告げた時のアーサーの驚いた顔が目に焼きついて離れない。
あの時、奇妙な事にがっかりとした気持ちになったのだ。

いったい何を期待していたのだろうか。いや、そもそも彼に真実を告げる事が正しかったのかさえ分からない。

メリッサは溜息を吐き、ベッドへ腰かけた。

「アンジェラには言わなければならないわ」

アーサーに真実を告げた事をアンジェラはどう思うのだろうか。
彼女は嘘をついたまま結婚したけれど、結局のところ真実の愛を手に入れている。

きっと自分には手に入れられないものだ。
それに、そんなものは望んでもいない。

ならば、なぜ涙が頬を伝っているのだろうか。
この涙の意味は?

メリッサは自分の心のうちさえも分からないのだ。

つづく


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不器用な恋の進め方 18 [不器用な恋の進め方]

おかしいと思っていたんだ。
そうでなければメリッサに出会ってからの自分の行動の奇怪さに説明がつかない。
女性に対して皮肉った物言いはあまりした事がなかったし、したとしてもそれはベッドの中でのやりとりで、まったく違うものだ。

彼女を口説き落とそうとするのに、それとは裏腹の言葉が出てしまったのは、自分の中から発せられる警告だったのだ。
早く気付くべきだった。

だが、彼女は――えいっ!いまいましい。彼女ではなく彼だ――あっさりと秘密を明かした。

それは自分に対する誠実さの表れではないだろうか?

だったら何だというのだ。誠実な男など探せばいくらでもいる。

アーサーは書斎の寝心地のいいソファで――本来は寝る場所ではない――身体を反転させ寝返りを打つと、膝を抱えるようにして小さく丸まった。

この仕草は幼い頃のくせだった。父が母の部屋を訪れると、決まって悲鳴のような声が屋敷に響いていた。
誰もそんな声は聞こえていないという振りをする。使用人たちは顔色一つ変える事は無かった。

アーサーは子供部屋に駆けこむと、ベッドの上掛けに潜り込み丸まってその時をやり過ごした。
その時は、母はただ殴られているだけだと思っていたが、本当は殴られ犯されていたのだ。夫に。

そのせいなのか、アーサーは女性に対してはとても優しかった。いつでも相手の女性を女神のごとく崇め、極上の世界へといざなう。だがそれは一時の戯れに過ぎず、アーサーは結婚するつもりも跡取りももうけるつもりもなかった。

父が母を犯していた理由はひとつ。子供を産ませるためだった。アーサーにもしものことがあれば、オークロイド子爵の称号がクラーク家のものではなくなってしまうからだ。

もしかすると、それだけではなく、父にはサディスティックな趣味があったのではないかと最近では思う。
いまさら母にそんな事訊けるはずがないのだが。

結婚を毛嫌いしていた自分を思い出し、アーサーはこれでよかったのだと大きく溜息を吐いた。

つづく


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不器用な恋の進め方 19 [不器用な恋の進め方]

「俺の記憶が確かなら、今朝はお前とハイド・パークにいたはずだが…」

アーサーは書斎に入って来た男をちらりと見た。

「もう昼だ。今から乗馬なんかできるか」
約束をすっぽかしたくせになんて物言いだ。
なおかつ、ソファにだらしなく横になり、声を掛けられても特に起き上がる素振りすらない。

「昼だと分かっているならよかった」

ふふんと馬鹿にしたような態度が癪に障る。

だがすでに酔いは冷め、昨日からの自分の醜態を思い返し、親友に悪態をつくのはこのくらいでやめておこうと思った。

アーサーはのそりと起き上がり、ソファに背を預けると、クリスに詫びのような言葉を呟いた。

クリスは特に気に留めることも無く、向かいのソファに腰をおろすと、今のこの状況を早く説明しろと言った顔でじっとアーサーを見つめている。

アーサーは正直昨夜起きた出来事について、自分の中でどう対処するべきか決めかねていた。
どうするも何もないのだが、気持ちの整理がつけられずにいる。

メリッサは男で結婚はおろか、愛人、恋人にすらなれないのだ。
けれども、いまだにその真実を受けとめられない。

それに、メリッサは自分がこの事を口外しないと信じているとまで言った。

アーサーは今すぐにでも目に前にいる親友にこの事を打ち明けたくて堪らなかった。こんなこと言えるのはクリスしかいないのだ。

だが、言ったところでどうにかなるものでもない。
クリスに相談すればメリッサが女になるとでも言うのなら別だが。それにこんな複雑な気持ち、クリスに理解してもらえるはずがない。

アーサーは頭を振り、何も話す事は無いという意思を伝えた。

「今朝、エリックが屋敷に来た。お前が朝の乗馬にはやってこないだろうとわざわざ伝えに来たんだ。いったいどうなっている?昨夜は彼と飲んだのか?」

明らかに酒の匂いの漂う書斎で、昨夜は一滴も飲んでいないと言い訳することは難しいだろう。
アーサーは仕方なしに、「ああ…」と一言言った。

一緒になど飲むつもりはなかったがな、と内心ひとりごちる。

「メリッサ嬢の所に行ったのか?」

アーサーは目をしばたたかせて、クリスを見た。
クリスはすべて知っているのだろうか。昨日何が起こったのかを。それをミスター・コートニーに聞かされたのだろうか。

「どうやら、あいつはぺらぺらとお前に喋ったらしいな。お前には悪いが、俺はあの男が嫌いだ」
アーサーは心底思った。

あいつはすべて知っていて、俺にあんなことを言ったんだ。
何がお前に扱えるような女じゃないだ、確かに女じゃなかったさ。
それに俺のものだという様な事を言ってなかったか……。

アーサーはそこではたと気が付いた。

そうか、そういうことか。
あの胡散臭い男はやはりメリッサとそういう関係だったのか。
だから結婚するつもりはないとメリッサは言ったのか。

アーサーは親友の存在をほぼ忘れた状態で、一人納得した。

つづく


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不器用な恋の進め方 20 [不器用な恋の進め方]

アーサーは笑いが止まらなかった。
腹を抱え、目には涙が滲むほどだ。

男に運命を感じ、愛という幻想を抱き、結婚まで迫った。それに嫉妬した恋人――こいつも男だ――に、手を出すなと釘を刺される始末だ。
これが笑わずにいられるか。

アーサーはほとんど自棄になっていた。
騙したメリッサたちが悪いのだ。秘密を口外しないだと?そんなこと知った事か。

そして、捌け口のない不満が口をついて出る。

「あの男がなんて言ったか知らないが、これでよかったんだ」

「なんて……って?」

「俺はもう気にしていない。なぜあんなにも彼女に惹かれたのか今ならよく分かる。今までの女とは違っていたからだ。それはそうだよな、彼女は――いや……彼は男だったんだからな」
わざとらしいくらい大きな笑い声を立てる。乾いた笑いに虚しさが込み上げた。

「お前、今何て……」

虚を突かれたクリスの表情に愉快な気持ちになる。
その反応はもっともだ。

アーサーがそう思ったのもつかの間、親友の口から意外な言葉が飛び出る。

「なぜそれを――」

アーサーの笑いが止まった。笑いどころか、口を開けたまま動きも、おそらく呼吸も止まっている。

クリスの言葉が脳内でリピートする。

アーサーはゆっくりと口を閉じ、呼吸も再開すると、眉間にたっぷりと皺を寄せクリスをねめつけた。

クリスがしまったという表情をしている。

アーサーはこの時思いの外自分が冷静な事に気付いた。
親友をジワリと追い詰め、いたぶってやろうと思えるほどに。

「説明はしてくれるんだろうな?俺の耳はすこぶるいいはずだから、お前が今、なぜそれを知っていると言ったのは聞き逃さなかった」

実際には『なぜそれを――』までしか言っていないが、その後に続く言葉が他にあるなら是非教えて欲しいものだ。

「いや、知っているとは……(言っていないが、言ったようなものか?)」

もしかして、メリッサが男だと知らなかったのは俺だけなのか?劇場へ足を運ぶ奴らも承知しているのか?クリスも、おそらく妻であるレディ・メイフィールドも知っていると言う事か。

「お前は知っていて、おもしろがっていたのか?」
急に腹が立ってきた。

「まさかっ!俺だってつい数日前に知ったばかりだ」

「数日前?それまでは知らなかったというのか?そんな事があるはずないだろう!」

「本当だ。ハニーが寝言で――いや、寝言ではなく、ベッドの中で愛を囁き合っていたんだが……そんな事ではなく……とにかく俺だって確信はなかったんだ」

クリスは支離滅裂な状態だ。
アーサーは思わずぷっと吹き出した。

つづく


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